デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第2巻 p.308-309(DK020029k) ページ画像

明治三年庚午一月十三日(1870年)

一月十三日

民部省蚕紙製造取締ノ為改正掛ノ立案ニ基キ各府藩県ニ命ジテ、蚕紙ノ開港場ヘ輸スベキ総員数並鑑札願受人ノ氏名ヲ上申セシム。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。


■資料

青淵先生伝初稿 第七章一・第三二―三四頁〔大正八―一二年〕(DK020029k-0001)
第2巻 p.308-309 ページ画像

青淵先生伝初稿 第七章一・第三二―三四頁〔大正八―一二年〕
殖産興業の方面においては、蚕糸及ひ蚕卵紙の事に関し尤も留意する所あり、並に重要の海外輸出品にして、貿易上至大の関係を有するが為なりき。されば之が改良の方法を講じ、産額を増すは、当年の急務なりしかば、先生は意を此に注ぎ、改正掛にて調査講究を重ね、斯業者を指導せること甚多し。是より先政府は或は蚕卵紙生糸改所を各開港場に設けて、輸出品を検査すると共に、蚕卵紙には必ず其紙背に産出の国郡町村氏名を押捺せしめ、或は密に外商と取引するを禁じ、斯業の発達を奨励戒諭するなど、力を尽さゞるにあらされども、なほいまだ十分ならず、先生は郷里にある頃より斯業の見聞に富み、且晩香翁は早く此業に従ひ、同族と共に生糸を横浜に輸出し、藍香も亦之に関する智識浅からずして其感化を蒙りしこと多かりし上に、静岡の商法会所における経験をも加へたれば、今や改正掛の事業として改良の実を挙げんとするもの誠に故なきにあらず。かくて先生等の調査考案の結果、省議を経て実施せられたる諸件を列記せんに、明治三年正月には各府藩県に命じ「蚕種の製造近時粗悪となり、不正品の販売行はるゝが為に、中外商人の破産する者尠からず、後日かゝる不正品の製
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造を糾問せんとするも、出所不明にして便宜なし。自今取締の為鑑札へ紙数を記し交附すべければ、宜しく其意を体し、製造品中開港場へ輸すべき分の総員数、並鑑札願受の氏名共に至急取調べて上申すべし」と布達し、云々。○下略


法令全書 第一二頁〔明治三年〕 第三十三 正月十三日(民部省)(DK020029k-0002)
第2巻 p.309 ページ画像

法令全書 第一二頁〔明治三年〕
第三十三 正月十三日(民部省)         藩県
蚕紙渡世ノ者近来漫リニ相成、夜附其外怔合不宜品製作売捌イタシ、夫カ為メ中外商人破産ノ者不少、右製作人共後日可相糺節出所不相分差支候ニ付、向後為取締鑑札へ紙数ヲ記シ相渡候筈ニ候条、得其意其藩県支配中貿易所へ可差廻分総員数凡目当並ニ鑑札願受候名前共早々取調来二月二十日迄ニ通商司へ可申立事