デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
■綱文

第2巻 p.336-344(DK020044k) ページ画像

明治三年庚午二月(1870年)

民部省養蚕方法書及ビ下問書ヲ府藩県ニ頒付ス。

栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。


■資料

大蔵省沿革志 租税寮第三・第一三―二〇丁(明治前期 財政経済史料集成 第二巻・第二六〇―二六三頁 〔昭和七年六月〕)(DK020044k-0001)
第2巻 p.336-339 ページ画像

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法令全書 明治三年・第六八―七六頁 第百五十九 二月(民部省)/第七四―七六頁 第百六十 二月(民部省)(DK020044k-0002)
第2巻 p.339-344 ページ画像

法令全書 明治三年・第六八―七六頁
第百五十九 二月(民部省)
養蚕者民間至要ノ業ニ候処、其仕法基ク所不一定、往々其製ヲ誤リ終ニ産業ヲ失フ者モ有之哉ノ趣、実ニ嘆敷事ニ付、今般別冊仕法書三部宛及配達候間管内不洩様致布令早々為相試候上、可否又ハ発明ノ説等有之候ハヽ、巨細可届出、且是迄ノ製法モ詳細相糺、来ル七月限リ可差出此段相達候事
(別冊)
 - 第2巻 p.340 -ページ画像 
 外国通商ノ道開ケシヨリ蚕業ノ利益次第ニ多ク、随テ其業モ盛ニ相成リ凡養蚕ヲ事トスル者、三陸・両羽・磐城・岩代・信・上・甲・丹・但其外ノ地ニ至ルマテ其術日々新ニシテ、各地桑畑ノ美悪ヲ検シ、気候ノ冷温ヲ計リ追々妙手段好工夫モアルヘケレトモ、所謂後世恐ルヘシノ理ニテ未タ其至極ヲ得タリトハイヒカタカルヘシ、且養蚕ニ卵種ヲ製スルト糸ヲ繰ルトノ両様ノ別チアリテ、糸ヲ繰ルハ卵種ヲ製スルノ利ニ及ハストイフトモ、必ス其土地気候及ヒ桑畑ノ美悪ト養育ノ精疎巧拙ニヨレハ、固ヨリ謂レアル事ニシテ、シカモ各其利ヲ営ミ、国用ヲ増スモノナレハ相共ニ其業ヲ勉メ、其理ヲ考ヘ、更ニ至極ノ処ニ至ル様ニ心ヲ用フヘキ事ナリ
 蚕卵ヲ製スル家ノ養蚕法ハ、先ツ原蚕卵ノ極上ナルヲ撰ミ、蚕ニ化シテハ毛子ノ養ヒヨリ桑種ヲ吟味シ、四度ノ休起ノ手当、庭ヲキノ桑ヲスヽメヒキタル後揚方ノ所作ニ至ルマテ其精ヲ尽スヘケレトモ、漸ク繭トナリテノ後、其年ノ模様ニヨリ繭ノ中ノサナキニ黒キ疵ヲ生シ、其サナキヨリ蛆ヲ生シ、大ニ其年ノ蚕卵出来高ヲ減スルアリ、是ハ蚕ノヨシアシノミニカヽハラス、唯自然天然ノ災害ニテ実ニ遺憾少カラサル事ナリ、素ヨリ数多キ蚕ノ養ヒニテ、殊ニ気候ニヨリテ化生シ、僅五十余日ノ間ニ数回ノ形ヲ変シ、再ヒ蚕卵ニ成ル程ノモノナレハ、其年ノ気候ヨロシカラサルカ、或ハ桑種アシク養方イマタ其精ヲ尽サヽルニヨリテ、様々ノ病ヲ生スルモマタ由シ無シトハセサレトモ、今此蛆ノ如キハイマタサル仔細ヲ究ルコトヲ得スシテ、唯自然天然ノ災トノミナシタルハ、実ニ心苦キ事ナラスヤ
 世ノ精妙ヲ究メシトイウ養蚕家ノ説ニ拠レハ、此蛆ノ生スル本ハ其飼フトコロノ桑ニアリテ、風ヌケアシキ屋敷附ノ桑、又ハ真土ノ桑又ハ年古キ痩ハテタル桑ヲ以テ飼フ時ハ其蚕ニハサマテサワラスシテ繭トナリテ後、其余毒ヲ発シ、サナキニ疵ヲ生シ、蛆ト成リシナルヘシトイヘリ、経験ノ事ナレハ決シテサル理ノアルヘキナレトモ、尚其理ヲ推究メンニハ其蛆ノ因テ生スル所ヲ明ラメ、其後マタ何物ニ変ストイウ事ヲ詳ニセスンハ、イマタ果シテ其理ヲ究、其証ヲ得タリトイフヘカラス、因テ今玆ニ欧羅巴人勘考究理セシトイフ蛆ノ説ヲ記載シ、遍ク養蚕場ヘ布告セシムル間、能ク実事ニ付キ其理ヲ究メ、当年養蚕方ノ試験ヲ以テ発明ノ事アラハ、手続書ニテ申立ヘシ、弥其証ヲ得、其徴ヲ見ルノ事アラハ、其発明人ニハ相応ノ褒賞ヲ下サレ、且其者ノ名面ヲ以テ広ク其説ヲ天下ニ頒布スヘシ
 近来蚕舎利ト唱ヘ、蚕成長ノ後ニ至リ、俄然蚕身不随ノ病ヲ起シ、尽ク仆レ死スルノ奇妙ナル蚕病流行スルヨシ、且世人其病ノ奇妙ナルヲ疑ヒ、伝染病トシ蚕室ヲ易ヘ、養蚕具ヲ捨ルナトノ弊モアルノ趣ナレトモ、是又必ス其由アルコトニテ、蚕室ヲ易ルハ其気候ニ因ル事ナレハサル筋ニモアルヘケレトモ徒ニ流行病トシテ其病根ヲ究理セサルハ口惜キ事ナラスヤ、イマタ外国ニモ其究理無キヨシナレトモ、能ク其病根ヲ探リテ稍其証拠ヲ得ハ、速ニ布令スヘケレハ、当年実事試ノ上其病根ヲ究メシ者、経験上ノ書取ヲ以テ申立ヘシ、其説ヲ得タランニハ上条ノ例ニ従フヘシ
 - 第2巻 p.341 -ページ画像 
 蚕ニ様々ノ病種アリ、生シテ両三日ノ間カ子ニナルトテ毛子ノママ黒クナリ、消ヘウセルアリ、又初度休二度休ノ頃休ストテ其期ヲウシナヒ、次第ニ蚕ノ身縮少ニナリ死スルアリ、或ハアカル蚕トテ蚕ノ頭大クナリ淡紅色ニ成リテ死スルアリ、或ハ縮蚕トテ漸々枯痩シテ死スルアリ、或ハ庭休後俄ノ暑サ東南風ナト烈ク吹頃ニ成リ、フシ蚕トテ蚕身ノ節々高クナリ、終ニタレ蚕トテ黒ク腐爛スルアリ、右等ハ其大略ナレトモ尚其上ニモ土地ノ異同気候桑種養方ノヨシアシニテ各種ノ病類アルヘケレトモ、皆其由ヲ審ニセサルハ其業ヲ事トスルモノヽ怠ニテ、遂ニ人ノ知識ヲ進ルコト無ルヘシ、因テ右等ノ病種中ニテ其説アラハ書取ヲ以テ申立ツヘシ、都テ前条ノ例ニ従フヘシ
 糸ヲ繰ルニ近頃二ツ取トイフ器械開ケテ外国交易ノ品及従来ノ織物ニモ用テ稍便利ナレトモ、未タ其器精巧ナラサル故ニ外国人常ニ吾製糸ノ疎ナルヲイトヒ価モ貴カラス、遂ニ蚕卵ヲ製スルト格別利益ノ差ヲ生セリ、サレトモ世ノ養蚕都テ蚕卵ニナルヘキノ理ナク、縦令ソノ理アリトテ人々養蚕後ノ営業ニモナル事ナレハ、是非トモ此繰糸器械ヲ開キ、更ニ其巧ヲ増シ、繰糸家ノ利ヲ殖シタキ事ナリ、因テ近々外国ヨリ其器械ヲ求メ、其製造ヲモ伝習シテ容易ク弁知候様ナスヘケレハ、望アル者ハ早ク名面ヲ申立置ク可シ成功ノ上便覧セシメ其器械ヲ購ヒ得ル事ヲモ許スヘシ
右ノ趣国々養蚕場ヘ不洩様布令セシムル者也
  蛆ノ説
日本養蚕人ノ説ヲ聞クニ、蚕ノサナキノ身ヲ喰フ蛆ハサナキヨリ這出レハ、日ヲ経スシテ自然ニ死スル故其蛆ハ殺サストモヨキモノト心得居レリ、是ハ心得違ニテ則別紙絵図ノ如シ(三四二頁参照)
第一図蚕身ニ黒キ点アルハ、其腹内ニ蛆ノ居ル証拠ニテ、三度四度ノ休起ノアイタニテ此黒点見エサレトモ、蛆ノ生スル蚕、果シテ此点アルトイフ慥ナル証拠ハイマタ得サルナリ
第二図繭ヲ切リタル形状
第三図サナキニ第一図ノ蚕ニアル如キ黒点アルヲ示ス
第四図サナキヨリ生スル淡黄色ノ蛆ノ形状
第五図四五日ヲ経テ黒クカワキタル蛆ノ形状、此蛆ノ皮ヲ剥キ去レハ
第六図蠅ノ雛ノ如キ形状ニ変シアルヲ見ル、右ノ蠅イツ頃ヨリ生スルヤ、イマタ分明ナラサレトモ、多クハ季春ノ頃ナルヘシ、何故ナレハ初度ノ夏蚕ニハ蛆アリテ、再度ノ夏蚕ニハ決シテ蛆見ヘサレハナリ、此蠅定メテ春蚕ノ節ニ生シテ、蚕身ニ卵種ヲ残シ、暫時ニシテ死スル故再度ノ夏蚕ナトニ此害ナキ事ナルヘシ、尤此蛆山繭ヲモ喰ヘリ、扨此蛆ノ生スル説種々ノ論弁アリトイヘトモ、先ツ蠅ノ雑蚕ヲ刺シ、其腹中ニ卵種ヲ残シ、卵種ノ外周ヲ油質ノモノニテカタメ置ト見ユ、シカシテ蛆ハ卵種ヨリ生シテ、其油質ノモノヲ吸フテ成長シ、終ニ蚕ノ腹内ヘ喰入ナルヘシ、然ルニ日本人大ナル心得違ニテ此蛆ハ両三日捨ヲケハ死スルモノトシテ殺サスニ取捨ル故、来春ニ至リ蠅トナリ、此害ヲ為スナレハ、蛆ノサナキヨリ這出ルト直ニ殺
 - 第2巻 p.342 -ページ画像 
シナハ、明春出ル蠅ノ数モ減シ、随テコノ害モ絶ルニ至ラン且又黒点ノアル蚕ヲハ取分ケ置キ、其繭ハ別ニ蛆ヲ殺スノ手段ヲナサハ糸モ損セスシテ都合ヨカルヘシ、是等ノ事ハ日本政府ニテ世話シ易キコトニテ、右ノ蛆ヲ殺サスニ取捨ル故死セスシテ来春蠅トナリ、蚕ヲ刺シ、卵種ヲ残シテ害ヲナスノ理ヲ日本国内養蚕場ヘ仔細ニ布令シ、前ニ説ク如ク蛆ハ必ス殺スヘシ、決シテ其儘ニテ取捨ヘカラス、又黒点アル蚕ヲハ取分ケ置キ、ソノ繭ハ別ニ蛆ヲ殺スノ手段ヲナサハ、此害次第ニ減シテ終ニハ蛆ノ卵種絶ルニ至ルヘシ
第一 第二 第三 第四 第五 第六
  生糸ノ製ヨロシカラス西洋ヨリ繰糸機械ヲ取寄スヘキ説
 前橋生糸改所ハ御取建ノ頃ハ種々ノ日的アルコトナルヘケレトモ、其目的十分行ハレス、此改所ノタメ益ヲ見ルハ僅ニ風袋紙ノ目方ノ揃フノミニテ、製シ方アシキ糸ヲ改メ除クトイフコト無シ、就中当年ハ格別前橋改糸ニハ汚レ又ハ繆レタル把糸アリ
 日本ノ生糸製シ方ヨカラヌトイフ訳ハ、全ク好器械無キ故ナレハ、欧羅巴様ノ器械ヲ日本ニテ仕立タキモノナリ、方今日本ノ人ハ生糸ノ美悪ニハカヽハラス只品数多ケレハ外国人ニ売リテ利益アル事トシテ糸ノ製シ方ハ更ニ注意セス然ルニ当年ノ生糸頗ル汚レ繆レアル故ニ外国ニ輸出スル品数ハ少ク多クハ国内ニ残リタレハ日本商人ニモ果シテ多分ノ損失トナルヘキ事ナリ故ニ商人トモ此等ノ処能能勘考シ好器械ヲ国内ニ広ムル様世話致サハ随分佳キ品ヲ得ヘシ、然シテ外国人ヲ雇ヒ伝習ヲ受ケナハ、聊カナル歳月ニテ熟練シ、永ク教師モ雇フニ及ハスシテ製糸ハ奇麗ニ品質ヨク価モ高貴ニ至リ、器械買入レ等ノ費用ハ速ニ補ヒ得ル事容易ナルヘシ
   第七四―七六頁
 第百六十 二月(民部省)            藩県
養蚕ハ方今民間至要ノ業ニ候処、其学術ノ依頼スヘキ者無之ニ付、心得違ノ者ハ其業ノタメ却テ其産ヲ失フモ有之哉ノ趣、以ノ外ノ事ニ候、困テ今般別紙布告書ノ通遍ク養蚕場ヘ下問シ、養蚕ノ方法詮議イタシ候条、其藩県管内不洩様布令セシメ別紙条件ニ従ヒ養蚕ノ手続取調可為申立、尤是迄蚕卵ヲ製スルヲ業トスル輩ハ夫々養蚕法著述ノ書類モ可有之ニ付、書冊紛冗ニ不渉シテ方法精悉相成候様更ニ斟酌ヲ加ヘ、且又新発明ノ事共無遺漏記載為致其申立候者ノ名面相添来 月三十日限差出候様可致候事
 但右手続書ノ儀、養蚕場毎戸ヨリ為差出候トモ、徒ニ繁雑ニ相成候
 - 第2巻 p.343 -ページ画像 
迄ニテ、其功有之間敷候間、管内養蚕研精ノ者取調、最寄最寄ヨリ為差出候様可取扱候事
 養蚕ハ皇国至要ノ産業ニテ、唯其事ヲ勤ムル者ノ利潤アルノミナラス、大ニ国ノ資用ヲ増殖スルモノナレハ、追々其術ヲ考究シテ各妙手ニ至ルヘキ筈ナレトモ、其巧拙ニヨツテ豊凶有之、随テ損益モ不少候処、近来養蚕場挙テ其利ヲ競フヨリシテ徒ニ他ノ利益ヲ羨ム者ハ己レ其術ヲ精フセス、分ニ超ヘ力ニ過ルノ蚕業ヲ営ミ、却テ其産ヲ失フニ至ルノ類間々有之哉ノ趣、実ニ憫然ノ至ニ候、畢竟其者ノ貪慾ヨリ生スルノ孽ナリト云トモイマタ其学術究理ノ依頼標準トスヘキモノナキ故、未熟ノ輩唯其豊凶ハ天与ノ禍福トノミ存込、遂ニ知覚ノ進歩ヲ得サルハ、今日マテノ遺漏ニシテ不可忽事ニ候、最モ是迄養蚕ハ婦人ノ業ニ属シ、自ラ手ニ覚ヘ心ニ記ス芸術ニ等シケレトモ、漸々其事盛大ナレハ各一家ノ本業ニモ可相成、殊更人ノ原蚕卵ヲ製スルノ輩ハ別テコレヲ研窮シ、実際ヲ試験シタル自案ノ手記モ可有之間、今般遍ク養蚕場ニ布令シ、各地風土ノ差ト養法ノ別トニ不拘広ク其事ヲ下問シ、要ヲ撮ミ萃ヲ抜キ養蚕ノ方法ヲ輯集シ、コレヲ頒布シ、人々無経ノ惑ヲ解キテ有効ノ勤ニ処スルノ楷梯タラシムルノ条、各其秘訣蘊奥ヲ吐露シ、左ノ条件ニ随ヒ手続書ヲ以テ可申立事
    条件
 一養蚕室建築ノ模様、気候温暖ノ用ヒ振、日除風ヌケノ手当、窓戸ノ設ケ方
 一蚕卵ノ手置、原蚕卵ノ撰ミ方
 一卵ノ蚕ニ化スルトキ、其年桑ノ様子ニヨリ、遅速アラシムルノ法、其遅速ニ付テノ取扱振
 一白繭ヲ作ル蚕黄繭ヲ作ル蚕ノ養ヒ方ノ差違難易
 一蚕ハ幼稚ノ時、養ヒ方別テ行届クヘキノ理、桑ヲ用ル度数、温度ノ加減、蚕室ノ手当
 一稚蚕ヲ桑ノ花ニテ飼フノ善悪及雨露ニヌルヽ桑ノ善悪
 一獅子休ヨリ庭起迄、休起ノ順序、日限及手当、蚕裏ノ取捨様、桑ノ度数温度ノ分量
 一揚方手続、繭ニナルノ日限及繭ノ掻取リ方
 一繭トナリテ後、蚕ノサナキニ化スルノ日限及繭ノ手置
 一サナキニナリテヨリ、蛾ニ化スルノ日限及蛆トナルサナキノ因縁
 一蚕卵ヲ紙ニトルノ仕方温度ノ有無
 一総テ蚕ト化シテ繭トナリ、繭ヨリ蛾トナルノ日限
 一春蚕ノ外、夏蚕、又ハ再出ト唱ヘ卵トナリテ、其年再ヒ蚕ニ化スルノ因縁
    附右二種ノ卵ヲ製スルノ法
 一蚕卵紙一枚本部半枚厚取ニテ蛾何個ニテ出来シ、其蚕卵数幾粒アルノ取調
 一右紙一枚ノ蚕ヲ養フニ、桑何株馬ニ何駄備フヘキノ算当、及蚕室ノ間取、蚕具入用ノ積
 一桑樹ノ種類、地味ノ善悪及培養ノ法
 - 第2巻 p.344 -ページ画像 
 一凡蚕ニ障ル気候品物及蚕病ノ種類、因縁
一都テ養蚕ニ用ユル道具ノ寸法絵図並蚕トナリ四度ノ休ミ起リヨリ庭起後ノ様子繭ノ図サナキノ貌蛆及蛾迄ノ処ヲ丁寧ニ真写シタル絵図 但此分ハ養蚕場一最寄ヨリ一通ツヽニテヨロシ
右挙ルトコロノ条件ハ、全其概略ニテ、各地各種ノ取扱ヒアリテ、尚洩ルノ件モ不少筈ナレハ、篤ト実地取調書取ヲ以テ可申立者也


青淵先生伝初稿 第七章一・第三四―三八頁〔大正八年―一二年〕(DK020044k-0003)
第2巻 p.344 ページ画像

青淵先生伝初稿 第七章一・第三四―三八頁〔大正八年―一二年〕
○上略同年又仕法書といへる養蚕法を記したる諭書を府藩県に頒ちて、管内に告知せしめ、尋で又各地の養蚕家に対して、養蚕の方法を録上し、かねて斯業に関する著述あらば、併せて呈出せしめたるが、其諮問は左の諸件なりき。
 一養蚕室建築ノ模様、気候温暖ノ用ヒ振、日除風ヌケノ手当、窓戸ノ設ケ方
 一蚕卵ノ手置、原蚕卵ノ撰ミ方
 一卵ノ蚕ニ化スルトキ、其年桑ノ様子ニヨリ遅速アラシムルノ法、其遅速ニ付テノ取扱振
 一白繭ヲ作ル蚕、黄繭ヲ作ル蚕ノ養ヒ方ノ差違難易
 一蚕ハ幼稚ノ時、養ヒ方別テ行届クヘキノ理、桑ヲ用ル度数、温度ノ加減、蚕室ノ手当
 一稚蚕ヲ桑ノ花ニテ飼フノ善悪及雨露ニヌルヽ桑ノ善悪
 一獅子休ヨリ庭起迄、休起ノ順序、日限及手当、蚕裏ノ取捨様、桑ノ度数、温度ノ分量
 一揚方手続、繭ニナルノ日限及繭ノ掻取リ方
 一繭トナリテ後、蚕ノサナキニ化スルノ日限及繭ノ手置
 一サナキニナリテヨリ、蛾ニ化スルノ日限、及蛆トナルサナキノ因縁
 一蚕卵ヲ紙ニトルノ仕方、温度ノ有無
 一総テ蚕ト化シテ繭トナリ、繭ヨリ蛾トナルノ日限
 一春蚕ノ外、夏蚕又ハ再出ト唱ヘ、卵トナリテ其年再ヒ蚕ニ化スルノ因縁
   附右二種ノ卵ヲ製スルノ法
 一蚕卵紙本部半枚厚取ニテ蛾何個ニテ出来シ、其蚕卵数幾粒アルノ取調
 一右紙一枚ノ蚕ヲ養フニ桑何株馬ニ何駄備フヘキノ算当、及蚕室ノ間取蚕具入用ノ積
 一桑樹ノ種類、地味ノ善悪及培養ノ法
 一凡蚕ニ障ル気候品物及蚕病ノ種類、因縁
 一都テ養蚕ニ用ユル道具ノ寸法絵図、並蚕トナリ四度ノ休ミ起リヨリ庭起後ノ様子、繭ノ図、サナキノ貌、蛾及蛆迄ノ処ヲ丁寧ニ真写シタル絵図、但此分ハ養蚕場一最寄ヨリ一通ツヽニテヨロシ