デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第6巻 p.516-520(DK060145k) ページ画像

明治34年7月5日(1901年)

是ヨリ先、大蔵大臣曽禰荒助栄一等銀行業者ヲ招キテ新任ノ挨拶ヲ為ス。是日栄一等曽禰及ビ大蔵省総務長官阪谷芳郎等ヲ銀行倶楽部ニ招待シテ答礼ス。栄一演説シテ、政治ヲ主トシ実業ヲ従トセル旧習ヲ更革センコトヲ希望ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三四年(DK060145k-0001)
第6巻 p.516 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三四年
七月五日 曇
○上略銀行倶楽部ニ抵リ曾禰大蔵大臣及大蔵省高等官ヲ招宴ス、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、夜九時散宴○下略


銀行通信録 第三二巻第一九〇号・第三四九―三五二頁〔明治三四年八月一五日〕 銀行家の大蔵大臣招待(DK060145k-0002)
第6巻 p.516-520 ページ画像

銀行通信録 第三二巻第一九〇号・第三四九―三五二頁〔明治三四年八月一五日〕
    銀行家の大蔵大臣招待
曾禰大蔵大臣は去る六月下旬銀行家の重立ちたるもの十数名を大蔵大臣官舎に招き饗宴を張りしが、同日招待を受けたる渋沢栄一、山本達雄、相馬永胤、高橋新吉、添田寿一、曾根静夫、園田孝吉、豊川良平、原六郎、安田善次郎、池田謙三の十一氏は右答礼の為め、七月五日午後五時より大蔵大臣を始め同省高等官を銀行倶楽部に招待して宴会を開けり、当日来会せるは大蔵大臣を始め阪谷総務長官、松尾理財局長、目賀田主税局長、長谷川造幣局長、仁尾専売局長、長森官房長、水町、塚田、三島の各参事官、若槻、荒井、長尾、金子、片山、山崎、斎藤の各書記官及林秘書官の諸氏にして、宴酣なる頃渋沢男爵は起て左の
 - 第6巻 p.517 -ページ画像 
挨拶を為したり
 元来我々同業者と御本省とは離るべからざる関係を有つて居つて、御本省の管理の下に営業をして居るものでございますから、今日までも別して御懇情を願ひ居りました、新大臣閣下に於かれましても定めて同じやうな御意見を持て居られませうが、前よりは一層御愛顧下さることを只管希望致します、今日我日本の経済界が甚だ困難な事態に向ひつゝあることは、玆に喋々致しませんでも、大臣閣下は固より御本省の方々は御熟知でございますから、多弁を費やす必要はないと思ひます、又此経済に就て未来の方針は斯く処さねばならぬ、我々共の営業として斯る心を持つが宜からうと云ふことは、大臣閣下から我々へお示し下さるのであらうと存じますが、併し御高説を伺ふ前に平日我々の希望する二三点を述べて御参考に供したいと思ひます、蓋し尊臨を請ふて希望を述べると云ふことは何やら願ふやうでありますが、是れ以て御懇親を厚ふして胸襟を開いた一端とお考下さらば、誠に有難い仕合でございます、此経済界の困難に当つて未来の方針如何と云ふことに就ては、我々共も今金融界の一部に居りますれば、始終懸念して居ることでございます、夫に就ては他日相謀りて大臣のお耳を汚すと云ふ場合も生じやうと考へますが、今其点を玆に陳述致すはお聞煩はしいことゝ考へますから、私は単に二三の希望を申上げることに致します
 第一に申上げたいのは、是から先大臣閣下は勿論御本省でお採り下さる財政は民間の経済と云ふものに成るべく密着せられむことを希望致します、尤も決して是までとても相離れたと云ふこともございますまい、蓋し離るべからざるものである、さりながら彼を厚ふし此を薄ふすると云ふことは、其嫌ひなきにしもあらすと思ひます、凡そ国の富は製産力の進歩……我々から申すと我田に水と云ふ嫌があるかも知れませんが……実業上の発達は必ず国家の光を発すると云ふことは、多弁を待たずして明かであらうと信ずるのであります然る上からは未来の財政に対して、経済と云ふものに重きをお置き下さることとは堅く信じて疑ひませぬ、既往の事を論じて、或は此点が経済に充分御着目が届かなかつたではないかと云ふことを申上げることは、私の長所でございませぬ、殊に斯様な事を指摘して申すことは好みませんが、日本の従来の有様を考へて見ると、どうしても政治が主に立つて、実業が従になつて経営し来つたと云ふことは掩ふべからさる事実であるから、是から先何時までも此姿を持続して往く時は、国の真正の発達を望む上に於て、少し途行が違ひはせぬかと思ふのであります、であるから、是から財政を執るには国の形勢如何と云ふことをお考を願ひたい、事毎に申しますと、此点或はあの点と甚だしきは我々が得手勝手の理屈を云ふ如くに聞へ、却てお耳を汚すやうになり、且つ世の中の事に熟達して居る諸君の面前に冗長の弁は費やしませんが、主眼を経済の点に御注ぎあらむことを願ひたいと思ひます
 次に申上げたいのは、官民協和の事であります、御本省と我々銀行者との間柄は唯今までも御懇情を受けて居りますが、新聞などでは
 - 第6巻 p.518 -ページ画像 
往々官尊民卑と云ふことを誹謗的に申して居る、けれども我々は左様な事を以て不足らしうは申しませぬ、併し総て風習を論じて見たならば、幾らか他の国に比較して、其風習の存在して居ると云ふことは言ふに憚からぬと思ひます、今までの大臣閣下も其弊を去ることに努められた事と信じて居りますが、尚ほ未来に於て此点に御注目あらむことを願ひたいのであります
 もう一つ申上げたいのは、果して銀行業者に必要であるかどうかと云ふ嫌はありますが、近来余り法律づくめになつて、物が鄭重に失すると云ふ点が段々に膨脹して参りはせぬかと思ひます、幸に御本省などは余程簡易に御処置下さるので、我々大に心悦ばしう存じますが、是も法律是も命令と総て規則倒れに……倒れと申しては悪いか知れませんし、又法治国と成つた日本が法律を粗略にして宜しいとは申しませんが……一例を申しますれば、登記法なども実に煩雑でならぬと云ふことであります、一寸しても是が法律に適はぬと、法律から国が出来、法律から人間を造り出すやうに行き走りはせぬかと気遣ふのであります、国の政治を重んじ、財政経済を尊ふ以上は、無用の法律は之を減ぜしむるやうに御心配を願ひたいと考へます
 種々申上げたい事もございますが、前申した如く経済界未来の方針に就ては我々も寄々に話を致した事もございますから、それ等の事に就ては方針の御示しを願ひ、更に陳情致すこともございませう
 今日は誠に喜ばしい紀念日でございます、其日に何やら今までの有様に不足ある如き意味を以て陳述致すのは、甚だ憚ることではございますが、是は心事を吐露して陳情致す儀とお聴取を願ひたいのであります、折角の尊臨に総ての準備が不行届、粗酒粗肴、貴賓をお招きしたには値しませんが、我々の大臣閣下に対する招待の意は厚いのでございます、終に臨んで大臣閣下の健康を祝します
次に曾禰大臣は左の演説を為したり
 渋沢さんから私に心得ろと云ふお望でございますが、是は私が腹の中へ入れて置くか、頭の中へ入れて置くか、仕事に掛つて見たら解ることゝ思ふ、唯今は何ともお答は致しませぬ、私は今日は貴方々重立つた銀行家諸君のお招ぎを受け、殊に此倶楽部に於て御招待を受けましたのを第一に謝します、而して私の方から望みを申上げます
 此倶楽部員の方々は素より楽を倶にするお方に違ひない、楽を倶にしたいことは今日まで充分成し遂げられたでございませう、併し私の冀望する所は決して単一に楽を倶にすると云ふことだけではございませぬ、寧ろ苦を倶にして貰はなければならぬと考へます、近来情けないことは銀行の破綻であります、実に情けないことでございますが、若しも此破綻より前からして所謂苦楽を倶にする所の精神を充分実地に行つて居つたならば、真逆今日のやうな不都合は生じなかつたであらうと思ひます、故に此後は銀行員諸君に於きましては、何卒単に倶楽部と云ふ事の考よりは、苦楽を倶にすると云ふことを始終忘れぬやうにして貰ひたい、若しも苦を倶にすることにな
 - 第6巻 p.519 -ページ画像 
りましたなら、総ての事が円満にならうと思ひます、楽だけの友は何処にもございますが、どうぞ苦の友と云ふことを今一ツお加へ下さることを希望致します
 斯様な事を貴公方の前に申すのは殆ど釈迦に説法でございますか、私の感じて居ります所は、楽を倶にする人は多うございますが、苦を倶にする人の少くないと云ふことを感じて居りますから、一寸是だけの事を申上げ、併せてお礼を申上げます
次に阪谷総務長官は左の演説を為したり
 唯今大臣より大蔵省を代表せられてお礼を申上げましたから、別段申上げませんでも宜からうと存じますが、事務長官として一言申します、誠に御鄭寧なる御招待を受けまして有難くお礼を申上げます、先刻会長の御演説の中に財政と経済と云ふことに就てお話がございましたが、欧羅巴の言語で財政と申しますと「フイナンス」、固より民間の経済の事を包含して居ります、従来大蔵省の方針としても決して会長の言はれた、経済を別にして政府の財政(モツと綿密に申したら会計と申しませうか)即ち政府の会計のみを主とすることはございませぬ、併ながら維新後日尚ほ浅く、総て物の発達の順序と致しましても人材も政府の方に集りて居りますし、諸般の仕事が先に進んで居りまして(其事は会長閣下の明治六年の建議書の中にもあると思ひます)政府が主としてやつて居りますので、民間の経済と官の財政とを二様に分けて、政府の会計を主として居る如くお考になるは無理ならぬと思ひますが、「フイナンス」を扱ふ処の大蔵省に於て此二者の区別を立てる道理がない、元来政府の会計と云ふものは、民間の経済から生じますもので、元が涸れゝば即ち其取るべきものゝ欠乏を来すのは明白であつて、此民間の経済と政府の会計とは隔別しやうと思つても、隔別し得べからざるものでございますから、将来に於ても此方針を採る考でございます、即ち大蔵大臣が楽を倶にするのみならず苦を倶にすると云ふ言葉も或は此意味であらうと存じます
 それから官尊民卑の弊がある云々と云ふお言葉がありましたが、其事も我々共はさういふ考を懐きませんのみならず、実際に於て努めて居る考でございますが、此度事務長官を拝命したに就ては、従来御不満足に感ぜられた点は之を直して参りますことを努めるのみならず、成るべく民間の経済上に於て地位名望を有し智識を有せらるる処の人が、財務の方に充分近寄られて、政府が施政の方針を決定する処の材料を、我々の耳目に達するやうせられむ事を希望致します、斯様な事は我々の方から望むのみならず、諸君に於かれましても国の為めに御注意を願ひたい、又我々の方からも進んで諸君の御意見を徴することもございませう、さう云ふ時には御遠慮なく御意見を御陳述あらむことを希望致します
 会長閣下はモウ一ツお望みになつた、夫は法律の弊と云ふことでありましたが、成程法律は実際の必要よりも余分であると云ふ嫌があるか知れませぬ、それ等も国の発達と共に国の事情に適するやうにならうと存じます、其事は独り大蔵省許の関係ではございませぬが
 - 第6巻 p.520 -ページ画像 
其に就ては事務官として充分其心を有つて居たのでございますが、将来に於ても益々其考で進行致す考でございます、今夕は御鄭重なる御饗応に与りまして、折角御腹蔵なく御注文の点をお話でございますから、自分の考へて居る処、又従来の行、将来に行ふ所を述べてお礼に代へます
此他目賀田主税局長の関税定率法実施に関する演説あり、各自歓を尽して散会せるは午後九時なりき


中外商業新報 第五八三四号〔明治三四年七月七日〕 銀行家の蔵相招待会(DK060145k-0003)
第6巻 p.520 ページ画像

中外商業新報 第五八三四号〔明治三四年七月七日〕
    銀行家の蔵相招待会
予記の如く一昨五日午後六時より府下の重立ちたる銀行家諸氏発起となり、去月二十九日曾禰大蔵大臣の招待を受けたる答礼として銀行倶楽部に曾禰蔵相及阪谷総務長官、各局長、各課長等を招待し晩餐会を催したるが、出席者は右来賓及渋沢、山本、安田、豊川、相馬、添田、園田、原、池田、高橋等の諸氏にして一同食卓に移りたる後渋沢男一場の挨拶を述べ、次て曾禰大蔵大臣先づ当日招待を受けたる謝意を述べ、大蔵の重任を辱ふして以来日夜其職責に悖らざらんことを苦慮せるが、何分日浅く財政経済の方針に関し未だ陳述すべき時機に達せすと語り、次に倶楽部は読んで字の如く楽を衆と共に為すの意なれども之のみに止まらず、経済社会の困難せる今日に当りては更に苦をも共にせらるの機関に供せられ、一朝金融界に不測の変起りたる場合の如きは互に相協力して救済し、禍害を大ならしめざるの途を講ぜられんこと切望に堪へずとの趣旨を陳述し、引続き阪谷総務長官、目賀田主税局長の挨拶あり、食後時事談に時を移し、十時頃退散したりと云ふ