デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
7款 金融関係諸団体 2. 関東銀行会
■綱文

第7巻 p.176-184(DK070029k) ページ画像

明治32年11月25日(1898[1899]年)

是日第七回集会開カレ、栄一会長トシテ同会規程改正ノ件、幹事銀行改選ノ件等ヲ協議ス。右集会終了ノ後、同会及ビ東京銀行集会所組合銀行懇親会ヲ幹事トシテ開催シ、栄一同会ヲ代表シテ挨拶ヲ為ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三二年(DK070029k-0001)
第7巻 p.176 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年
十一月廿五日 晴
○上略 二時銀行集会所ニ於テ関東銀行会ヲ開ク ○下略


銀行通信録 第一六九号・第一六六三―一六六四頁〔明治三二年一二月一五日〕 関東銀行会第七回集会(DK070029k-0002)
第7巻 p.176-184 ページ画像

銀行通信録  第一六九号・第一六六三―一六六四頁〔明治三二年一二月一五日〕
    ○関東銀行会第七回集会
関東銀行会は明治三十二年十一月二十五日午後一時より、東京銀行集会所に第七回集会を開きたり、当日来会したる銀行は三十六行にして其出席人名左の如し
         第一銀行頭取   渋沢栄一 ○外四三名氏名略
幹事第一銀行頭取渋沢栄一氏会長席に着き、幹事銀行に於て本会へ提出議案に付き協議を遂げたるも、別に議案を提出せざることゝなりたる旨を告げ、夫より左の報告を為したり
 一、第五銀行東京支店は明治三十一年七月浪速銀行へ合併に付退会したる事
 一、山乃内銀行は明治三十一年八月同行の都合に依り退会したる事
 一、第百四十七銀行東京支店は明治三十二年二月閉鎖に付退会したる事
 一、第四十五国立銀行は明治三十一年十月営業満期解散に付退会したる事
 一、明治三十一年五月より同三十二年十一月迄の本会経費報告
右終て議事に移り
 一、明治三十一年五月より同三十二年十一月迄本会経費金十五円一銭は、本会組合銀行より各金一円づゝ合計金五十一円を出金して之を支払ひ、其残金中より書記手当金を支給し其残額は後季に繰越す事
は原案に決し、次に
 二、本会規程第九条に依れは、本会は毎年一回之を開会する筈なるも必要ある時之を開会することに改むるの協議
は高田第百三十九銀行頭取上野貞輝氏の発議にて規程の如く、毎年一回之を開会することゝし、其時期は成るべく春季に於てすることに決し、次に
 三、幹事銀行改選の件
に移りしに多数を以て選挙を用ゐず従来の幹事第一、第三、十五、第
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百、三菱、三井及横浜正金の七銀行重任することゝなれり、次に
 四、東京銀行集会所組合銀行は本会規程第七条に依ることを要せず本会に加入するを得せしむることゝするの件
を議決し、次に
 一、株式会社信濃商業銀行加入申込の件
は全会一致を以て之を許諾することに決し、右にて議事を終り、会長は閉会を告げたり、時に午後三時四十分なりき

    ○関東銀行会及東京銀行集会所組合銀行懇親会
関東銀行会第七回開会を期し、同会及東京銀行集会所組合銀行は、明治三十二年十一月廿五日午後五時より内山下町帝国ホテルに於て懇親会を開けり
当日は来賓として兼て招待せる大蔵大臣伯爵松方正義、大蔵大臣秘書官斎藤恂、日本銀行総裁山本達雄、同副総裁高橋是清、同理事三野村利助、同理事山口宗義、同秘書役木村清四郎の諸氏臨席せられ、主客合して参会者百八名に及び、宴酣にして幹事第一銀行頭取渋沢栄一氏は本会を代表して左の挨拶を為せり
 閣下諸君、私は此会の総代と致しまして臨席を忝う致しました大蔵大臣、日本銀行総裁其他の諸君に一言御挨拶を申上げます、今夕は関東銀行及東京銀行集会所の組合銀行相混じまして玆に懇親会を開きました、其懇親会を機会に致しまして大蔵大臣閣下、日本銀行総裁其他の諸君に御臨場を請ひました所が時節柄御繁忙にも拘はらす尊臨を忝う致しましたるは会員一同の光栄是に過ぎませぬ、蓋し此関東銀行会と申すものゝ成立は明治廿六年から起りまして当年迄七回の経過を致しましたのであります、其原因を繹ねますれば国立銀行が同盟を致して成立つたと云ふのが抑も起りと云つて宜しいのでございます、併し今日は最早国立銀行と云ふものはございませぬ、皆同種の銀行となつて共に倶に懇親を厚うし、共に倶に智識を交換すると云ふことになつて居るのでございます、而して或る場合には時事に就て協議することもあれば、或は又互に相議して法律若くば規則に付て意見を提出することも此会に於て為し得ることでございます、併し今年などは先づ永年引続きました経済社会の不振も挽回し至つて無事な時でございまするで、敢て斯かる困難、斯かる苦痛と申して喋々する程のこともございませぬ、又吾々共商業家として成るべく所謂世間に事無かれと望むものでございますから議論がましきことは総て致さぬと云ふ性質でございまする、而して玆に相会して一同歓を尽すと云ふのみならず幸に大蔵大臣、日本銀行総裁の臨場を得ましたのは、実は吾々前申上げまするやうな次第で、左程議すべき事、左程訴ふる事もございませぬが、併し世の中を顧ますると、我帝国の如きも此財政上が大に膨脹を致しました、其事に付ては当席の大臣などは定めて大なる御議論を持て居られませうし、伺う所はで追々と財政の整理も緒に就て居ると云ふことでございます、又今夕は銀行として枢要の地位にある日本銀行総裁の臨席を請ふたのでありますから幸に財政上若くば金融上に付て大臣閣下若く
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ば総裁閣下が平素の御抱負を吾々に御示し下さらば誠に光栄此上もないことでございまする、尚幹事たる吾々が地方遠来の御方に対して総ての取設けの不行届と云ふことは誠に陳謝に堪へぬ所でございます、併ながら玆に大臣閣下、総裁閣下の御臨席を請ふて今申上げました如き御抱負を伺ひますことを得ましたならば吾々の前に陳列致しました食事が少うして設備が足らぬでも、是が何寄の御土産にならうと思ひますが故に、幹事の尽力は是に止めました次第でございます
 一言御拶挨を申上げまして会員の光栄を謝します
次に来賓松方大蔵大臣は徐に起て左の演説をなしたり
 銀行家諸君、今晩は懇切なる御招待を受けまして辱なう存じます、只今渋沢君の御演説を承りますれば此会は最早数回催ふされて業務を種々御研究になり要用な御会であると云ふことで誠に宜しい御企であると存ずる、願くば長く継続せられて益々業務御研究の進歩発達することを私は希望致す次第であります、此銀行の業務は近来余程発達致して大に進歩を見るといふ景況である、如何となれば廿年以前の事を顧ますると実に僅に国立銀行があるだけで微々たる有様でありましたが其以来に於きまして特に戦後に於きまして尚ほ一層の発達を致し銀行の数と云へば既に千を越して居ると云ふ有様で資本は既に億を越へて居ると云ふ著しき発達になつて居ります、併し誠に遺憾なることは其数は殖て居りますけれども其資本の過半或は過半より多き部分が個々に分れて五万とか十万とか云ふ小資本の銀行が全国で大部分を占めて居る有様である、実は是は事情の許す限は追々合併して資本を大きくして銀行の発達を謀る方が銀行其ものの為めにも宜し且つ又社会融通の為にも利益ではあるまいかと考えます、又新に銀行を設立すると云ふ場合には願くは資本を大きくして準備を全くすると云ふ方針を執たらば社会の金融上に就ても誠に宜しいに違ひないと思ひます、オカシナ喩か知れませんけれども、此金融上にも余りステーシヨンが多くあつては丁度鉄道のステーシヨンが多くて屡々止まると云ふやうな訳になつて、則ち銀行が小さく分れて居つては金の融通上に宿るところが多なつて敏活に往かない、余り悪いといふ程でもないけれども、尚ほ進むには資本を大きくして進む方が鉄道のステーシヨンが少ない方が早く進むと同じやうな訳でありますから、成たけ事情の許す限りは銀行を合併して資本を大きくしてソーして大きく運転すると云ふ方が、銀行のためにも社会のためにも大変宜しいであります、もともと普通銀行は商業界の媒介者となつて商工業の発達を計る機関に違ひない、何ぞ今日小さい資本の銀行が悪るいかドウとか云ふことでもありませんが、将来の希望は御互にさういふ風に進んで往きたいものと思ひます
 又今日は最早条約改正も実施されて世界各国平等の権利を以て万事の事を致すと云ふことになりましたから、商業上の事に就ても最も眼を外に放ちましてソーして内の金融のことも進めて行かんければいかん事であらふと思ふ、最も今日世界の金融におきましては、諸君は定めて近来の景況は御承知で御座いましやうけれども一通り陳
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述しますが、実に此英国とトランスヴアールとの戦ひが開けて以来第一世界の市場とも申すべき倫敦の金融の有様は随分劇しい変態を現はして居る、或は独逸の伯林の金融又その外近頃は亜米利加の金融或は印度の金融近くは上海抔の有様を見ますれば近来金が忙はしくなりて非常な景況を現はして居るといふことで実に近来稀なる事であらうと考えます、其結果或は互に金を外の国に出さぬといふやうな政略を執て各自国の利子を引上げて成るべく其国の貨幣が外に出ぬやうな策を執ると云ふやうな景況が大に見えます、それで此有様は近代の世界金融上の大劇変と私は勘考致します、此風波がどうぞ我国に参らんやうにありたいけれども、奈何せん此経済社会には台場がない境といふものがないから何処迄這入て来るかも知れません、特に我国の貨幣に於きましても世界共通の位置を得て居ることでありますから随分此風波には注意しなければならぬと思ひます、近来は御承知の通りに此経済社会も追々順道に趣く傾きを持ちまして内地の所は余程宜い景況に歩を進めて参ることでありますが世界の金融の景況は実に之に反対しまして緊縮の状態を現はして居る有様であります、是には先刻も申す通り其原因は此戦の始まつてからの事ではないかと私は観察致します、倫敦の中央銀行の割引歩合は五分又近来発行致した大蔵証券は予ては一分とか一分一厘とかいふ割合で御座います、処が此節三千万磅を発しましたのでは三分六厘と云ふ程の有様それから伯林の中央銀行は六朱に利息を上げ市中は七朱半になりました又紐育の景況を見るに一割印度も一割を超へて居ると云ふ有様で、上海は一割から一割五分乃至二割と云ふやうな状況になつて居ります、御承知の通り倫敦抔は二分とか二分半とか云ふやうな利息が通例でありますが、今日はさう云ふ様な変態を顕はして居つて伯林の如きも平時は四朱位になると大変高いと云ふ声を聞きますけれども是以て今申すやふな有様、凡て世界の有様は非常に激変を来たしましたから是は銀行家の注目する処であらうと考へますから今晩は其有様を一言して置きます
 夫れから諸君に御参考に申して置きたい事は、我国の政府財政上のことに就きまして近年困難を訴へて居つたことは諸君の御承知の通りであるが、此春の第十三議会で増税計画が成立ちまして其の以来諸種の増税も都合能く運びまして財政のことに就きましては本日も議院で陳述致して置きましたが、殆んと今日は先づ歳入歳出が平均を得且亦経常の歳入を以て臨時の歳入を助けてやると云ふ程の傾きになりましたから、先づ今日の処では安全鞏固なる財政になつたのでございます、斯の如く財政と云ひ一般の経済と云ひ近頃の処では先づ順境に向つて実に国家の為め慶賀すべき景況であると云ふ有様に違ひございませぬ、併し玆にたつた一つ近来此戦の余響を受けたる金融の風波には甚だ憂慮して居る次第でございます、願くは早く此戦も止んで余りの劇変を生せず静かになるやふにありたいものと頻りに国家の為めに祈つて居るやふなことでありますが、是以て儘ならん事でありまして何時運びが付くか分らない、マア兎に角油断のならぬ有様であると云ふことは今申した通りであります
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 夫から又一箇条諸君に御注意致さにやならぬことは此貯蓄銀行是も段々此頃は進みまして預金等も大分多くなつてモウ既に五千万以上になつて居りますが、是れは幾分か慈善主義を抱いた銀行に違いない訳で能く当路の諸君は御注意になつて御取扱になる事だらうけれども労働者抔の僅な金を貯金して置くと云ふやうなことが重な主眼でございませうから、貯蓄銀行の取扱は鞏固でありませぬと万々一貯蓄銀行が過つたと云ふことが到来致しましては非常な混雑を来すことは申す迄もないことであります、其の一の銀行に関係のある貧乏人は勿論外の銀行にも大影響を来す次第でございますから各此貯蓄銀行に従事する御方々は余程鞏固に事務を御執りなさることを、是は私の職務上から申しても偏に望まなければならぬ事でありますソコで此会は始終年に一遍位は御会合であるやうでございますが長く御継続なすつて能く銀行の進歩発達を謀りますことを御攻究なさる事は返す返すも希望致す処でございます、願くは今日は余程銀行の事業も進んで手形の取引も余程進んで来て居りますけれどもマダ此辺では十分ではありますまい、ソウして是迄は始終対物主義で事務を執つて居ることが往々ありましたけれども、願はくは一ツ対人主義で則ち人を能く信用して人の上で取引をすると云ふ方のことが進むやうにならないと金の融通の発達を十分になすと云ふことは難いであらふ、是もさう急激に望むことではありませぬけれども兎に角其の方針を諸君に於て御採りなさる事を私は希望致す次第である思ひ出し考ひ出し前後致しました御話でござんしたけれども聊か意見を陳述致しまして今晩の御礼に一言致した次第であります
次に来賓山本日本銀行総裁は左の演説を為したり
 関東銀行会諸君、今夕私及び我日本銀行の重役諸氏は此盛大なる宴会に御招きを受けまして、列席することを得ましたのは私等の最も光栄とし、諸君に対つて深く感謝する所であります、付きましては幹事諸君より私にも何か一場の演説をするやうにと云ふことでありましたからして、之を辞せずして、玆に立ちましたる次第であります、唯今大蔵大臣閣下より銀行の大きくなること、又世界各国経済の有様又財政のこと、貯金のことなどを懇々鄭寧に御話になりました、其後に立つて私も彼是申すのも甚だ竜頭蛇尾でありますが姑くの間時間を頂戴しまして清聴を汚したいと思ひます
 近来此銀行の発達しましたことは申す迄もありませぬが、第一に此為替の事業と云ひ又コルレス相互の取引と云ひ若くは手形の増殖と云ひなかなか近来進歩致して居ります、就中此預金の増加は実に近来は驚くべき増殖をなして居る、試みに東京組合銀行の預金の総高を調べて見ますると明治二十八年の此頃即ち十月時分には僅に四千八百万円の預金の総高でありました、然るに今年の先月即ち十月には其高が九千二百万円に上つて居ります、而して此預金は昨年の十月迄は甚だ僅な進歩でありました、即ち一年の平均五百万円前後の増殖でありましたが、昨年の十月より本年の十月に掛けて著しく増加しまして其高は今月三千万円と云ふ高に上つて居ります、又東京の銀行はさうでありますが、大阪組合銀行の総高を見ますると明治
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廿八年の当月には僅に一千八百万円余でありましたのが、今年の十月にはそれが五千六百万円と云ふ高に上つて居ります、是も昨年十月迄は甚だ遅々たる増加でございましたが昨年十月より今年の十月に掛けて僅か一箇年の間に二千万円と云ふ増加を来して居る、東京の組合銀行、大阪の組合銀行此二つのもので既に一箇年の間に五千万円と云ふ増加をして居るのであります、此両都会の銀行の預金増加は今申上げます通りでありますが全国の組合の銀行の預金を取調べて見ましたならば非常な高に上つて居ることであらうと思ひますが、其方は今日私は記憶して居りませぬが非常な増加になつて居るだらうと信じます、そこで此増加が何故に両三年の間に著しく増加せずして昨年の十月より一箇年の間に斯の如く著しく増進したかと云ふ其原因を簡単に調べて見ますれば、御承知の如く二十七八年の戦争後は政府も軍備拡張其他事業の経営を拡張されまして容易ならぬ金が民間に落ちました、又それと同時に民間に於ても此人気が非常に発揚し事業熱が勃興して諸工業にも容易ならぬ資金を要したことであります、そこで其間には遂に当り前の商業上の必要から来たことばかりでありませぬからして、其金なるものは我商工業と云ふ一の社会の金でなくして此個々、個人々々の間に金が散布して居つて銀行の手には金が集まらなかつた、それがために御承知の如く随分其間には通貨が膨脹をして居りました、通貨が膨張して居るにも拘はらず営業資金は常に欠乏を訴へ、金利は騰貴し又輸出入は大に不平均を来すと云ふやうなことで種々な悲しむべき現象が我実業社会に現はれて、さうして吾れ人共に大に苦んだる次第であります
 さう云ふやうな有様で此商工業の資本となるべき金が自分々々に金が散つて居つて銀行其他に這入つて来なかつたがために今申上げまするやうな困難を来たし、それと同時に銀行者の預金の増加と云ふものが甚だ遅々として著しく進まなかつた、此有様で二年以上続いて居りましたが、是では到底健全な発達は出来ない、どうか之を順道に復さなければならぬと云ふので政府に於ても又民間の有志者に於ても苦慮されたのである、或は少額の軍事公債を発するが宜いとか或は貯金の機関をもう一層完全にするが宜いとか、甲は何、乙は何と種々に苦慮致しましたが、大勢の赴く所容易に翻へすことが出来なくして遂に両三年を過ぎた、然るに昨三十一年と云ふ時に至りますると云ふと益々資本の欠乏甚しく大に実業社会は恐慌を来たしたと云ふ有様であつて、時の政府に於ては之を坐視するに忍びずして遂に三千五百万円の公債を買入れた、さうして国庫の金を民間に蒔散し且つ三百万円の金を勧業銀行に貸して、さうして紡績事業を助けると云ふやうなことになつた、続いて郵便貯金の利子を上げ又我同業者たる銀行は頻に預金の吸収に努められた、一方には政府がさう云ふ道を採られ又銀行者は大に預金の吸収に努めたと云ふことがあります、又一方を翻つて見ますると一時勃興して居つた工業熱も大に冷却して従つて資金の必要と云ふものが大に減じた、斯う云ふやうな事柄が双方相合して来て愈々昨年の十月頃より其成績が顕はれて今日に至りまして、前申上げまする如く東京、大阪の両組合
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銀行に至つても五千万円と云ふやうな容易ならざる預金の増加を来した次第であります
 そこで斯の如くに預金の増加したと云ふことが我銀行業者の一大進歩でありまして、諸君と共に此点に付ては最も喜ぶべき現象であります、即ち今申しまする如く実業社会以外の民間に散布して居つた金が――却つて実業社会には金が乏しくして、さうして其以外に金が散つて居つたと云ふ偏重偏軽の有様であつたのが、漸く実業社会に段々金が流れて来て、今日は稍々順道に復して平均を保つと云ふ有様になつて来ました、斯くなつて来ました点に付ては誠に喜ぶべきことでありますが、さて銀行者に取つてどうあるかと云へば、又一方には人の金を預つて居るのである、其預りたる金が自然経済社会の変遷に依つて斯く集つて来たものでありますから、又一朝経済社会に変遷が来たる時に当つては此金がいつ何時減ずるやら、引出されるやら知らぬと云ふ玆に一つの危険が起つて参る、そこで吾々銀行者たるものは斯く進歩して来たるを喜ぶと共に一つの大なる責任と云ふものが玆に増して来た有様であります、此後銀行の業務を執る上に付ては昔日の如く預金の少い時と同じやうな考を持つて往くと云ふことは甚た難い事であらう、又さう云うやうなことでは他日或は意想外の事柄が起きないとも言はれぬ、それでどうか此預金の増加を喜ぶと共に他日又引出されると云ふやうな困難の来ると云ふことを予め覚悟して事に当らなければなりませぬ
 それに付て第一の用意は此預つた資本をして成るたけ固定させないやうに、ザツと云へば直ぐ取れるやふにして成るたけ固定的の貸金を避けると云ふ方針を取ると云ふことが申上げまする迄もなく第一に必要であらうと思ひます、若し之をして固定させるやうなことに成ると云ふと、又数年来苦んだやうな不幸に際会しないとも申上げ難い次第であります、斯の如く今日此順路に帰した時より他日逆境に際会すると云ふ頭を以て、どうか手形の如きも先刻大蔵大臣の申されました如く、対物信用と云ふよりも対人信用と云ふ傾を以て其方針に向つて往くと云ふことは今日最も必要なることではあるまいかと思ひます
 第二には斯く預金が増殖したと云ふ以上は、成るべく相当な預金の準備をして置くと云ふことが是れ又従つて必要になるであらうと思ひます、仮令固定しない商業手形の如きものに融通をして居りましても又経済社会は何時如何なる変化が起きぬとも計り難い、独り手形にのみ資金を下して居つても其他のものに放銀して居つても、それでは未だ十分でない、自身に相当な準備を持つて不時の用に備へなければならぬと云ふ必要が起りはせぬかと考へます、既に御承知の如く亜米利加の如きは国立銀行条例で以て必ず預金の二割五分以上は現金を以て銀行に備へて置かなければならぬと云ふ規則があります、又英国の如きは預金の三割乃至四割の準備金を以てさツと云へば何時でも応ぜらると云ふ用意を持て立つて居る、尤も此倫敦の如きは悉く現金ではありませぬが、其一部は英蘭銀行に預金として預け入れ又一部は極く確かな手形を買入れ或は公債証書を持つて居
 - 第7巻 p.183 -ページ画像 
つて、サー引出すと云へば何時でも市場へ持つて往つて売却さへすれば直ぐ現金に換えることが出来ると云ふことになつて居ります、斯ふ云ふやうな訳になつて居りますからして、どうか此預金と云ふものが増加して来たのに付ては、それを喜ぶと同時に危険も段々多くなり責任も重くなりましたから、今日より予めさう云ふやうな事に付ては今申上げるやうな覚悟を以て御進みにならなければならぬことゝ私は考へます
 尚一言申上げたいのは、近年我国の経済社会が大に欧米各国と接近したと云ふ一事であります、既に一昨年は我政府は数千万円の軍事公債を倫敦に売り又今年一億円の外債を倫敦に募つた、其他我整理公債、以前に売つた整理公債を今日概算して見ても五千六七百万円と云ふものが倫敦市場に参つて居ります、実に前後併せて一億四五千万円の我公債が倫敦に至つて居ると云ふので、英国の如き国と貸借関係玆に開けたのであります、果して貸借関係が開けたと見ますれば、若し経済社会の変動に因つて倫敦に於ける公債が非常に安いと云ふことであつたならば吾々は其公債を日本に引入れると云ふ必要も起りませう、又日本の経済の有様に因て非常に公債が安いと云ふことが起つたならば尚一層倫敦市場より我公債を買ふと云ふ必要も起りましやう、実にさう云ふ事に於ても経済が共通の有様になつて大に密接な関係を持つて来ました、又貿易はどうであるかと云ふに、廿七八年の戦争前に於ては僅に輸出入貿易は一億七八千万円と云ふ少額であつたが昨年はどうでありました、四億四千万円と云ふ容易ならざる巨額に達する輸出入貿易になつたのでございます、又今年はどうである、先月即ち十月迄に既に三億五千万円と云ふ輸出入合計になつて居ります、此塩梅しきで見ますると云ふと、今年は優に四億以上の輸出入貿易の合計になるやうな有様であります、是も即ち外国との関係が大に密接になり先刻大蔵大臣の申された如く経済社会の籬がとれてしまつて、世界共通の有様になつたと云ふ事の証拠である、世の人は日本は東洋の孤島であるとかイヤ外資輸入は一向這入つて来ないとか云ふて、何か経済を別にしたものゝ如くに心得て彼是議論するものがありますが、今申上げますやうな訳で実に容易ならぬ関係を持つて金が這入つて来るやうになつた、啻に金ばかりでない、既に貿易の上に於て三四年前には僅に一億八千万であつたのが今日は既に四億以上になつて、且つ今の公債の如きも一億四五千万と云ふ貸借を開いて来ると云ふ有様になつて来ました、斯の如き有様に進歩して来ましたから、是からは唯日本が自働的に自身の経済のみを以て律することは出来ない、必ずや周囲各国の経済の有様に因て我日本国の経済も消長すると云ふ時代になつて来たのです、例へば今年今日商売が大変盛んになつて、品物が動き金利も大分締つて来たと云ふことが何から起つて来た、ツイ昨年の今頃は実に事業熱もスツカリ冷却してしまひ商売は非常な不景気、とても此塩梅しきでは前途はどうなるであらうと額を鳩めて将来の事を苦慮して居つたのである、然るに其一年後の今日はマルで打つて変つて商売も活溌と云ふ有様になつた、是は自働的であるかどう
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であるかと云ふことを考へて見ますると、此春から生糸が大変善く出来て予想外善く売れる、日一日と価が高くなつて多々益々弁ずと云ふ有様で善く売れる、今日では五千何百万と云ふ生糸が売れて居る、又羽二重の如き是も日々価が高くなつて幾らでも売れば売れると云ふ有様で、既に一千二百万の物が売れ、其他綿糸の如きものも三千二百万の綿糸が売れ、銅も九百万以上売れる、其他石炭の如き皆外国へ出る物が善く売れて来た、斯く売れると云ふのは欧雑巴の景気が好く又亜米利加の景気が好いために遂に思はざるの価を以てドシドシ売れて往く、巨額な物がドシドシ売れて行くに付てオヤオヤ是はどうも不思議だ不思議だと云ふやうな有様で段々さう云ふ物が売れて行く、其結果として大に是に活動を与へて今日商売が動いて来たと云ふ有様であります、即ち他働的に此商売に景気が付て来ていると云ふ有様であります、又大蔵大臣の話された如く英国とトランスウアールの間に戦争が起つた、又此頃は印度に於ても金貨本位の幣制を愈々実行されたと云ふことになつて見ると、一方に輸出が多少増加して居るにも拘はらず金貨が油断をすると動もすると引取られてサツサと神戸、横浜あたりから周囲の国々に持去られてしまうと云ふやうなことが起る、実に今日は油断も隙もならないと云ふやうな経済社会になつて来たのであります、そこで即ち他働的に我経済を動かされると云ふ今日になつて来た以上は、唯諸君は自国の経済にばかり見込を付けることは出来ない、常に周囲各国の経済如何と云ふことに目を注いで、さうして此経済社会の消長を計らなければならぬと云ふやうな時代に立至つて参つたのであります、それで今日玆に出席されてござる諸君は各地到る所に於て金融の機関を握つてござる重要な位地に立つて居る諸君であります、此諸君のやり方に因つては或は商工業の発達をして横道に到らしめ或は正道に到らしめて完全な発達をなさしめると云ふことは、たゞ諸君のやり方如何に因ると信ずるのであります、そこでどうか斯の如く世界共通の経済となつたる以上は独り内のみならず外の経済にも大に着目して、さうして互ひの間の内輪の少々の小競合と云ふやうなことは成るべく止めて、さうして大体の方針に付ては相計り相一致して、我実業社会をして将来健全に発達をなすことに付て、大に注意あらんことを願ひたいと思ひます、言或は不遜に渉るやうな所もありましたらうが、今日の形勢に於きまして、彼是私情を以て往くべき時ではあるまいと思ひますからして、私も不遜を顧ずして、我が心中に思ふて居る事を申上げました次第であります、而して今夕此懇篤なる御饗応に対して御礼を申上げます
主客歓を尽して散会せるは午後九時三十分なりき
当日関東銀行会に出席せる者(前項に見ゆ)の外、関東銀行会及東京銀行集会所組合銀行会員にして懇親会に出席せる人名左の如し
    第一銀行取締役兼支配人   佐々木勇之助 ○外二九名氏名略
      以上関東銀行会の分
    帝国商業銀行支配人     島甲子二 ○外二四名氏名略
      以上東京銀行集会所組合銀行の分