デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
29款 鉄道国有問題
■綱文

第9巻 p.532-546(DK090056k) ページ画像

明治24年11月28日(1891年)

是ヨリ先十一月二十五日、川田日本銀行総裁、栄一ヲ首メ園田孝吉・安田善次郎・中上川彦次郎・山中隣之助等銀行業者ヲ招キテ私設鉄道買上ノ事ヲ諮ル。是日銀行集会所ニ於テ東京銀行集会所同盟銀行臨時会議ヲ開キ、栄一会長トナリテ該件ニ付キ東京商業会議所ニ建議スベキコトヲ決議シ、同三十日建議ス。


■資料

東京銀行集会所第二十三回半季実際考課状 (自昭和二四年七月至同年一二月)(DK090056k-0001)
第9巻 p.532 ページ画像

東京銀行集会所第二十三回半季実際考課状
                 (自昭和二四年七月至同年一二月)
○上略
一十一月二十八日、同盟銀行臨時会議ニ於テ、去ル二十五日川田日本銀行総裁ヨリ渋沢栄一氏外数名ニ私設鉄道買収ノ件ニ関スル協議ニ基キ、其建議案ヲ討議シ、全会一致ノ同意ヲ得テ東京商業会議所ヘ建議スヘキコトニ議決セリ
○中略
一十一月三十日、東京商業会議所ヘ私設鉄道買上ノ件ヲ建議シ、同所ノ意見トシテ帝国議会ヘ提出ヲ請求セリ
   ○尚、第二篇第一部第一章第六款東京銀行集会所明治二十四年十一月二十八日ノ項(本資料第六巻第二八八頁)参照。


日本鉄道史 中篇・第七九七―八一〇頁〔大正一〇年八月〕(DK090056k-0002)
第9巻 p.532 ページ画像

日本鉄道史 中篇・第七九七―八一〇頁〔大正一〇年八月〕
  第十七章 鉄道国有始末
    第一節 国有案ノ由来
明治二十四年井上鉄道庁長官ハ鉄道政略ニ関スル議〔第八章第一節参照〕ヲ建テ、内務大臣ハ之ニ拠リ私設鉄道買収法案及鉄道公債法案ヲ具シテ閣議ヲ請ヒ、閣議之ヲ修正シテ十二月十四日之ヲ第二回帝国議会ニ提出シタリシカ、私設鉄道買収法案ハ衆議院ニ於テ否決セラレ、鉄道公債法案ハ同院解散ノ為議決ニ至ラザリシカハ、翌二十五年政府ハ再ヒ該二法案ヲ第三回帝国議会ニ提出シタリ、然ルニ当時衆議院ニ於テ別ニ議員等ノ提出ニ係ル鉄道諸法案アリシヲ以テ、之ト共ニ一括シテ審議ニ附シ、鉄道敷設法ト改称シテ之ヲ議決シ、尋テ貴族院亦之ヲ可決シ、即チ鉄道敷設法ノ公布ヲ見ルニ至レリ、然レトモ同法ハ鉄道官設ノ方針ヲ定ムルヲ目的トシ、既成私設鉄道ハ予定線敷設ノ為必要ナルモノニ限リ之ヲ買収スルコトヲ得ルニ過キズシテ、政府提案ノ根本趣旨ハ未タ之ヲ貫徹スルコト能ハザリキ

 - 第9巻 p.533 -ページ画像 


〔参考〕公爵松方正義伝 (徳富猪一郎編)坤巻・第四一〇―四七八頁〔昭和一〇年七月〕(DK090056k-0003)
第9巻 p.533-539 ページ画像

公爵松方正義伝 (徳富猪一郎編)坤巻・第四一〇―四七八頁〔昭和一〇年七月〕
  第二章 公と第二帝国議会
    一 公と施政方針の演説
○上略
 公が此の演説○第二帝国議会ニ於ケル施政方針演説中に列挙せる如く、公の内閣の政綱は、確に時代の要求に応じたる、積極政策を遂行して、産業の発達、国防の充実を期し、国利民福の増進を期せんとするにあつた。其の要点を摘んで之を掲ぐれば、左の如しだ。
 (一)国防の充実として(甲)陸軍軍備費(乙)軍艦製造費(丙)製鋼所設立費を要求したること。
 (二)運輸交通機関の完成を期する為め、鉄道布設法案、並に私設鉄道買収法案を提出したること。
 (三)益々産業の発達を図るが為め(甲)信用組合法案(乙)農会法案を提出したること。
 (四)地方の水害を除き、其の生産を奨励する為め(甲)河身修築費(乙)北海道土地調査費を要求し(丙)監獄費国庫支弁法案を提出したること。
○中略
  第三章 公と第三帝国議会
    一 公と施政方針に関する演説
 解散後の特別議会、即ち第三帝国議会は、明治二十五年五月二日、東京に召集され、越えて六日、車駕親臨して、其の開院式を挙行された。
 五月九日、帝国議会の開かるゝや、公は衆議院に臨み、本期議会に対する政府の方針に関し、左の演説を試みた。
 諸君、今回帝国議会に提出せる議案は、事後承諾を求むるの件、府県監獄費国庫支弁法案、私設鉄道買収法案、二十五年度予算追加案等である。客年十月、愛知・岐阜両県下震災に係る救済、並に河川堤防工事費、予算外支出と、其後、右両県並に富山・福岡二県の土木費補助予算外支出とを併せて、議会の承諾を求めた。明治二十四年勅令第四十六号も、亦憲法の命ずる所に従ひ議会に提出した。
 ○中略
 次に鉄道の経済上、軍事上重大なる関係を有し、文明の利器、富強の要具たることは、世人一般の認識する所にして、政府は疾くに鉄道の敷設せざるべからざるを看破し、必要線路の工事を起し、又は民設を許可し、其の進歩を図りたるも、創業以来、幾多の星霜を経て今日に至り、僅に千六百哩に過ぎず。殊に現在私設会社中には、往々予定の如く工事に著手せざるものあり、又た半途に工事を中止したるものあり、又た既に工事を完成せる会社と雖も、将来益々諸般の改良を加へ、経済上、軍事上、完全なる鉄道の効用を為さしむるは、到底望むことが出来ない。
 既往の実験に徴し、現在の形勢に照し、之を考ふるに、鉄道事業た
 - 第9巻 p.534 -ページ画像 
る、専ら営利を主眼とする私設会社に放任せば、国家経済上、軍事上、公共の利益を進むること甚だ困難である、是れ政府が鉄道を国有として、大に其の拡張完成を図るの計画を定めたる所以である。此の計画を実施するには、私設鉄道を買収して、十分に線路を連絡し、又た其の管理を統一しなければならぬ。畢竟私設鉄道の買収は鉄道拡張に伴ふ必要の手段である。
○中略
    五 公と鉄道法案並に私設鉄道買収法案
 鉄道公債法案、並に私設鉄道買収法案は、公の内閣の政綱として、第二議会に提出したる重要法案であつたが、議会は今日に於て、鉄道買収の全権を行政府に与ふる法案を協賛する能はずと云ふことを理由として、之を否決した。而して公は第三議会の開会と同時に、叙上二法案を議会に提出し、之に附するに、其の理由書を以てした。
    鉄道公債法案理由書
 鉄道は、全国の経済社会の進運、及び政治、軍事等と重大の関係を有し、富国の要具たること、弁明を俟たずして、一般の是認する所なり。然れども、富国の要具たる鉄道本来の効用は、線路全国に普及し、幹支相連絡するの後、始めて之が完全を見るを得べし。本邦現在の鉄道は、啻に枢要の地に普及せざるのみならず、短距離の線路、各所に孤立し、嘗て連絡統一する所なし。随て未だ鉄道の効用を全うするの域に達せず。之を今日の儘に放棄し、更に其の延長普及を計らざるときは、実に国力の発達を阻滞し、経済上、軍事上亦た頗る不利益なる所あるを認む。依て玆に鉄道普及の計画を起し、年を期して敷設工事を竣功せしめんとす。
 本邦の現況に就き、全国枢要の地に鉄道を敷設し、各線の連絡を全うせんとするには、延長大約五千弐百哩の線路なかるべからず。但だ既成官私設鉄道、及び目下敷設中の線路は、合計千六百余哩なるを以て、之を控除すれば、今後敷設を要する線路は、大約三千六百哩なり。
 三千六百哩の鉄道を敷設するは、一大事業にして、之を完成するには、概計殆んど二億千六百万円を要す、加之、其の線路の大半は資本に対して、直接の収益を得ること頗る寡額なるべく、即ち収益よりも寧ろ経済上、軍事上等、公共の利益を主眼とするを以て、之を私設会社の経営に放任するときは、竟に成功の期なかるべし。蓋し公共の利益を主眼とする鉄道は、営利の目的と並行す可らざるものなるが故に、一私人若しくは一会社をして、之を建設維持せしめんとするは、事実上決して行はれざるものとす。若し然らずして、営利を目的とする私設会社に、其の経営を委するときは、或る地方に在りては、稍々鉄道の便を得せしむることあるも、他の地方に向ては、絶て鉄道を敷設せず、随て線路の首尾環聯、幹支接続を望むことを得ず。殊に幾多の私設会社孤立して、各短線の鉄道を経営するが如きは、建設費営業費共に長大の線路に比して、常に多額を要し其の放下したる資本に対して、相当の利益を収むることを得ず。之に反して長大なる線路を一手にて管理し、其の営業を統一するとき
 - 第9巻 p.535 -ページ画像 
は、経営上総て供給流用の便を得て、甲乙線の余裕は、丙丁線の欠損を補ひ、以て鉄道の普及を完成することを得べし。
 且つ夫れ鉄道は、郵便・電信の二業に於ける如く、元来公共の用に供すべきものなれば、収益の多からんよりも、寧ろ公共の利益を計らざるべからず。既に公共の用に供し、公共の利益を計るべきものたる以上は、其の建設管理、挙げて国家の事業と為すを当然とす。依て自今本邦の鉄道にして、旅客荷物を運搬するものは、総て国家之を建設経理する設立物となさんとす。
 此の理由に依り、前記三千六百哩の鉄道は、総て国費を以て敷設するの方針を取らんとす。然れども、其の工事固より容易ならずして且つ巨額の経費を要するを以て、時日と経費との許す範囲内に於て其の大成を期せざるべからず。即ち其の工事を数期に分ち、追次敷設に著手せんとす、依て玆に先づ第一期に起工すべき線路を挙げんに、左の如し。
 八王子、甲府線 本線は、延長凡そ五十四哩にして、東京、名古屋を聯絡すべき軍事上最緊要なる中央鉄道の一部なりとす。此の中央鉄道の方路には、信州上田の近傍より、信州の南部に出で、名古屋に達するのは、或は八王子より甲府に出で、夫れより信州の南部を経て、名古屋に至るもの等の数線あり。之れが大体に就て、其の得失を比較するに、甲府に出で、信州の南部を経過する線路は、最も直線に近きものなれば、距離随て最も短く、且つ物産豊饒なる、甲信の要地に、運輸の便を開通するに依り、経済上、軍事上共に利益ありて、将来維持上の見込も亦た確実なるものとす。但だ地形険峻工事困難なる所尠からざるを以て、精密なる実測を施したる後にあらざれば、其の線路の距離、及び工事等を予定することを得ず。依て玆に其の一部分となるべき八王子、甲府線を掲出し、之を第一期に起工するものとし、其の工費は、概計四百九拾弐万円を要す。甲府より信州を経て、名古屋に至るの線路は、実地に就き、測量調査を為したる上、之れが工費を予算して、第一期の年限中と雖も、工事の都合次第、継続施工する目的なるを以て、他日更に帝国議会の協賛を求めんとす。
 三原、馬関線 本線は、延長凡そ百五十九哩にして、工費概計七百拾五万五千円を要す。本線は国防上最緊要の点なる馬関に達するものにして、且つ山陽の要路に通ずるものなれば、経済上亦甚だ必要なりとす。
 佐賀、佐世保線 本線は、延長凡そ四十一哩にして、工費概計百六拾四万円を要す。本線は九州鉄道会社の敷設免許を得たるものなれども、同社は佐賀以西の工事を中止せるを以て、其の成功の時を期すること能はず。然るに、佐世保の軍港まで鉄道を及ぼすは、国防上最も緊要にして、猶予すべからざるを以て、今回速に之を敷設せんとす。
 敦賀、富山線 本線は、延長凡そ百二十六哩にして北陸線と称し、敦賀線より福井・金沢を経て、富山に達するものなり。本線は、人口稠密、物産亦饒多、冬季船舶航行の便を欠く地方に通ずるものに
 - 第9巻 p.536 -ページ画像 
して、最も速に敷設を要するものとす。其の工費は概計五百六拾七万円を要す。
 福島、青森線 本線は、日本鉄道会社白河・仙台間線路より米沢・山形・秋田・弘前を経て、青森に達するものにして、延長凡そ三百九哩なり。本線は北陸線と稍々其趣を同うせる人口稠密、土壌肥沃なる地方に、運輸交通の便を与ふるものにして、且つ国防上にも、日本鉄道会社の線路と相俟て、極めて必要なりとす、其の工費は概計一千二百三拾六万円を要す。
 直江津、新発田線 本線は延長凡そ百十哩にして、直江津より新発田、及び新潟近傍に達するものにして、其の工事は、概計三百八拾五万円を要す。今や信越線は、直江津まで開通するも、其の以東信濃川沿岸の沃野、物産饒多、人口稠密なる部分は、依然運輸の便を欠き、殊に其の地方たる冬期船舶航行の便なきに由り、直江津より線路を延長して、前記の沃野に達せしめ、以て其の地方に運輸の便を与へ、同時に信越線の利用を全うせしむるは甚だ必要なりとす。前記各線を敷設するの外、軍事上既成鉄道の利用を可成完全ならしむる為め、東京・大阪・名古屋・仙台等の如き師団所在地、若しくは其他分営所在地に於て、軍用停車場を設備し、且つ本線に接続する支線を敷設し、或は在来の停車場を取拡げ、以て軍隊輸送の便に供せんとす。現に新橋停車場の如き、単に普通の旅客乗降貨物積卸に対する便利を謀つて、設備したるものなれば、多数の軍隊輸送を要する場合は、大に不便を感ず。故に東京近郊適当の地にある停車場を拡張して、軍事普通兼用のものとし、或は別に軍事専用の停車場を設備せんとす。是等の工事は第一期の線路敷設と同時に施行するの見込を以て、其の工費を概計するに凡そ四拾万五千円を要す。
 以上の鉄道は、経済上、軍事上一日も速に敷設を要するものにして従来既に其の計画を起し、一部は既に実測を終へ、又は技師をして実地を踏査せしめたるものなり。故に第一期の工事として、明治二十五年度より、九箇年間に竣功せしめんとす。尚ほ其の哩数、及び概計を表示すれば、左の如し
  第一期に敷設すべき線路並に工費概算

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 線区        哩数     工費                          円 八王子 甲府線    五四    四、九二〇、〇〇〇 三原  馬関線   一五九    七、一五五、〇〇〇 佐賀 佐世保線    四一    一、六四〇、〇〇〇 敦賀  富山線   一二六    五、六七〇、〇〇〇 福島  青森線   三〇九   一二、三六〇、〇〇〇 直江津新発田線   一一〇    三、八五〇、〇〇〇 合計        七九九   三五、五九五、〇〇〇 



 外に軍用停車場及接続支線建設費    四〇五、〇〇〇
  工費通計金三千六百万円
 前記新設線路の内、八王子・甲府間、即ち中央線、福島・青森線、三原・馬関線は所謂縦貫幹線にして、軍事上最重要なるものなるを
 - 第9巻 p.537 -ページ画像 
以て、単線にては十分に其の目的を達すべからず。然れども、当初より複線を敷設せんとすれば、多額の資金を要し、経済上又必ずしも得策なりとせず。依て此の三線の敷地は、初めより複線の見込を以て之を買収し、隧道、橋梁等の如きも、他日複線敷設の時を待て別に築設するに困難なるものは、予め複線敷設の計画を以て、施工し置かんとす。
 各線敷設工費総額金三千六百万円は、明治二十五年度より九箇年間に公債を起して之に充てんとす。其の公債は、証書を発行して之を募集すれども、一時に総額の募集を要せざるものなれば、工事の進歩、及び支出の必要を見計ひ、漸次其の分額を募集せんとす。而して此の公債の利子、及び元金償還、其他の規定は、総て明治十九年勅令第六十六号整理公債条例の例に依らしめんとす。
 各線の延長は、合計凡そ七百九十九哩なるが故に、第二年より漸次竣功するものとすれば、毎年平均凡そ百哩の新線を開業し得る割合なり。然れども、地形の険夷、工事の難易に随ひ、甲年に於て僅に四五十哩を竣功し、乙年に於ては、二百哩以上を開業することもあるべきを以て、其の工費は、今より支出年割額を予定せずして、年年工事の実況に応じ、其の支出額を予算せんとす。但だ此の工費の総額と年数とは、本案に予定する如くなるを以て、之を明治二十五年度より、九箇年間に支出すべき継続費となさんとす。
 該法案提出の要旨は、『鉄道は富国の要具たること、固より多言を俟たぬのであるが、本案の効用は、線路の普及と幹支の聯絡とに由て始めて其全きを得るものである。之を我国の現状に徴するに、各線の聯絡統一を図らんが為には、延長凡そ五千二百哩を要し、既成並に目下敷設中のものを控除するも、今後尚ほ約三千六百哩の線路を敷設せねばならぬ。而して其の目的は、公共の利益を主眼とし、営利事業と並行すべからざるものなるを以て、一私人若しくは一会社をして、之を建設維持せしめんとするも不可能なり』と云ふにある。
    私設鉄道買収法案理由書
 近年会社を組織して鉄道敷設を企業したるもの、其数尠からずと雖も、当初計画の目的を誤らず、敷設の功を竣成し、略ぼ鉄道の面目を具備するに至りたるものは、僅に二三にして、其他の私設鉄道は概ね当初の目的を達すること能はずして、或は全く工事に著手せず或は敷設工事半途にして、逡巡進む能はず。或は已に大略竣功して営業を始めたるも、収益意外に少額にして、維持に困めり。今日の勢を以て之を見れば、是等私設鉄道が当初の目的を貫徹し、鉄道の真面目を具備するに至るは、殆んど望み難きことゝす。然るに、其の線路は、概ね全国枢要の地を聯絡すべき最重要のものなるを以て之れが敷設を遷延するは、独り其の地方の人民に不便を感ぜしむるに止まらず、実に国力の発達を遅滞せしむるの恐れあり、加之、今日の有様にて、之を会社に放任し置くときは、鉄道普及の計画を立つるも、其の目的を達するに由なく、既成の鉄道も亦竟に其の効用を全うすること能はざるべし。
 若し私設鉄道の既成線を現在の儘に存在せしめ、之に接する国有線
 - 第9巻 p.538 -ページ画像 
を敷設延長する時は、往々私設線を中間に挟むが如き不便ある上、今後の延長敷設に依て、既成の私設線に収利を増すことあるも、其の増加は、全く会社の所得に帰し、収益少き部分のみ国有となり、自から国庫の負担を重くして、少数なる株主に特種の恩恵を与ふるが如き、不公平なる結果を生ずべし。
 現に敷設の許可を与へたる私設鉄道会社は、十有七にして、既に運輸を開始したるものは、十有三なり。此の会社の鉄道は、皆所有主を異にして、各別に其の事業を経営するを以て、旅客貨物の運輸上公衆の不便を受るもの少なからず。例へば甲所有主の線路と、乙所有主の線路とに跨る貨物の運賃額は、其の距離長遠に渉る場合にも同一なる所有主の線路の、同距離に於ける賃額よりは、高からざるを得ざることある如き是なり。又た線路の延長、僅に数哩に過ぎずして、一箇の鉄道会社独立するを以て、鉄道の管理経営上に係る費途、即ち本社費と称するものは勿論,車輛器械の修理に必要なる器械場の設備、維持に係る費用等、総て割合に多額ならざるを得ず。故に縦令ひ収用は相当の金額に上る線路と雖も、純益として株主に配当するを得る金額は、甚だ減少せざるを得ず。随て旅客貨物の賃額を低廉にし、又は車輛其他に改良を加へて、大に公衆の便を謀るが如きことは、短線薄資の鉄道会社に望むべからざることゝす。
 以上述ぶる所の現状と、其の他私設鉄道に随伴して、将来起らんとするの弊害とを慮るときは、今にして国有鉄道の方針を定め、現在の私設鉄道を政府に買収し、管理経営一途に帰せしむるは、国家の大計上に於て、最も策の得たるものとす。況んや鉄道は公共の用に供すべき設立物にして、収益の多からんよりも、寧ろ公利公益を進むるを主眼と為すべきものなれば、営利的の民業と為すに適せず。即ち郵便電信と同じく、国家の事業として、経営するを当然とするの理由あるに於てをや。殊に今日は、私設鉄道を買収するに最適当なる時勢にして、買収の事行はれ、之を国有に移すと同時に、其の延長普及を謀るときは、始めて鉄道の経済を確立するを得べし。其の買収の方法に就ては、政府と会社との協議に由て之を定めしむるの精神にして、法律の効力を以て買収を命ずるにあらずと雖も、買収価格は、会社の株券払込額を超過せざるの制限を設くるを必要なりと信ず。但だ日本鉄道会社の如き、其の株券の実価高きものに在ては、払込現額以内にて買収するの難きを認むるに依り、此の場合に対して、第二条末項の規定を設けたり。
 買収の資金は、凡そ五千万円を要すべき見込なり。此の資金は公債を起して之に充てんとす。但だ其の公債は公衆より募集せずして、買収の契約成る毎に、公債証書を発行し、買収代価として、之を会社に交付せんとす。而して其の公債に関する爾余の規定は、総て明治十九年勅令第六十六号整理公債条例に依らしめんとす。
 該法案提出の要旨は、『私設鉄道会社は、収益少額にして、維持に困難なること。敷設工事、中途にして逡巡、挫折すること。線路区域の混入錯綜を極むること。運搬、聯絡上の不便なること等の弊あるを以て今日国有鉄道の方針を定め、現在の私設鉄道を政府に買収し、其の
 - 第9巻 p.539 -ページ画像 
管理経営を挙げて、之を一途に帰せしむべし』と云ふにある。
 維新以来、政府は鉄道の敷設に鋭意するに至つたけれども、其の計画は小規模であつたが、明治十二年、公が欧洲より帰朝後、公の建議に由て、始めて大規模の鉄道計画を立て、之が資金に充てんが為め、公債募集の方法を執るに至つた。即ち起業公債として、中山道鉄道公債・鉄道費補充公債の如きは皆是れだ。
 由来、鉄道は一国経済の進運、商工業の発達、国防上、政治上の関係に於て、最も重大なる意義を有すること、多言を俟たぬのであるが其の線路遠近に普及し、幹線、支線互に聯絡するにあらざれば、之が効用を全うすることが出来ない。然るに、我国の既成鉄道たる、啻に全国の要地に貫通せざるのみならず、短距離の線路各所に孤立して、其の聯絡統一を欠き、未だ其の効用を完からしむるの域に到達せざるが為め、経済上、国防上、政治上に於て共に不利を被むることを免れない。
 是に於て、公は国家百年の大計に鑑みる所あり、全国の鉄道を完成するの方策を立て、之が資金として三千六百万円を限り、漸次公債を募集すると同時に、私設鉄道を買収して、国有鉄道の主義を実行し、鉄道統一の実を挙げんが為め、別に五千万円の公債を起すことを企画した。是れ実に公が鉄道公債法案、並に私設鉄道買収法案を、第二議会に提出するに至つた所以であつた。然るに、公は議会解散の為め、其の二法案共に其の成立を見るに至らなかつたので、今回改めて該法案を本期議会に提出し、其の協賛を求むるに至つた。
 叙上鉄道公債・私設鉄道買収両法案の議会に提出せらるゝや、政府は、該法案の通過を期し、弁明太だ勉むる所あつたが、議会は之に修正を加へ、二法案を合して、一の鉄道敷設法なる法律案として、可決するに至つた。
 議会の修正案は、公の提出したる国有鉄道の主義と径庭あるを免れなかつたが、公の主張の一半が実現されたので、公は之を是認し、確定するに至り、該法案は御裁可を経、六月二十日法律を以て公布された。而して該鉄道敷設法に於て規定せる、第一期敷設鉄道線路の建設費として、六千万円を限り、漸次公債を募集することゝ為つた。


〔参考〕品川子爵伝 (村田峰次郎著) 第三九八―四一三頁〔明治四二年四月〕(DK090056k-0004)
第9巻 p.539-541 ページ画像

品川子爵伝(村田峰次郎著)第三九八―四一三頁〔明治四二年四月〕
    一二政論
○上略
二十三年、貴衆両院議員の選挙を終り、十一月廿九日、始めて帝国議会を東京に開き、翌年三月八日を以て閉会せり、二十四年五月六日、山県は内閣総理大臣の職を辞し、松方正義新に大命を帯びて之に代れり、六月一日、その閣僚の更迭に際し、君は諸友の懇誘に由り、遂に已むを得ずして閣員に加入し、西郷従道の後職を襲ぎて、内務大臣に任ぜらる。
○中略
十一月廿一日第二回帝国議会を召集せられ廿六日に開院式を行はる。
○中略
 - 第9巻 p.540 -ページ画像 
十二月十四日、政府は鉄道公債法案並に私設鉄道買収法案を衆議院に提出し、十七日を以て、その第一読会を開かれたるに依り、品川君はまた孰れも本案の趣旨を弁明せり。
    鉄道公債法案に関し品川内務大臣の演説
               (十二月十七日の衆議院議場に於て)
 諸君、国富み兵強からざれば、一国の独立を保つこと能はず、軍事上に於ても、亦経済社会に於ても、最重要なる利器と云ふべきものは、即ち鉄道を以て最大一としなければならぬ事と考へます。此の事に付ては、本大臣に於ては、時々其の詳細なる説明を致しませぬけれども鉄道をして箇様に兵馬二途の要具たらしめて、其の十分の効用が交通の区域を拡張するに従つて、次第に増加すると云ふことは、最見易き道理でありませう、而るに今日日本の鉄道の有様に付て考察を下したならば、短日月の割には、長足の進歩を為したるには相違ありますまい、現在今日の官私の鉄道線路を引き延ばして見ると、総計千六百哩に達しますけれども、是れ丈けの延長では、中中全国枢要の地に鉄道を布設するの度に達したと云ふ事は勿論出来ませんのみならず、此の千六百哩の鉄道も、切れ切れに短距離の線路に分割せられて、彼処に二百哩、此処に三百哩と云ふ様に、連絡一致を欠きますから、継続して見れば、千六百哩のものも、連絡したる千六百哩程の効用を為す事は出来ません。
 然らば日本全国の枢要の地に鉄道を布設して、各線の連絡を完ふするには、幾哩の鉄道を要するかを調査して見れば、どうしても延長大約五千二百哩の線路を要する計算となります、其の中先きに述べました既成線路千六百哩を差引くと、今後に布設するは三千六百哩となる、偖て愈々之れを布設する時は、従来左程の効用のなかつた既成の鉄道迄が、全国交通の利器となつて、兵馬二途に欠くべからざる重大の利器となるは疑を容れません、左りながら此の理の大事業を完成するには、二億余万円の費用を要する事で、迚も私設会社に放任して、其の成効を完ふするは容易の事にあらず、夫故に政府は国家の事業と為し国庫の費用を以て、更に三千六百哩の鉄道を布設し、兵馬二途に付て鉄道の効果を収むること、今日の急務なるを察し、玆に公債を募集して、時日の許す限り、成るべく速に、其成効を期する訳で御座ります、其の計画の大要は、既に理由書にも説明したる通り、敷設の工事数部に分ちて、漸次其の実効を収むるの見込みを立て、玆に鉄道公債法案を帝国議会に提出して、諸君の協贅《(賛)》を求むる訳であります、諸君どうか国家の為め、又人民の為め、速に此の法案を通過せられんことを切望致します。

    私設鉄道買収法案に関し品川内務大臣の演説
               (十二月十七日の衆議院議場に於て)
 此の法案は、鉄道公債法案と、密着の関係を有しまして、二者相待ちて離るべからざるもので御座ります、成るべく速に鉄道事業の拡張を為すことの必要に付きましては、既に公債法案の大体の理由につきて、国家の事業行はなければならぬものでありますから、従つ
 - 第9巻 p.541 -ページ画像 
て私設鉄道を買収して、従来成立しある鉄道合併統一を付けなければなりませぬ、私設鉄道会社の過去の有様を見ますると、不幸にも充分の改良進歩を為したと云ふことは固より出来ませんのみならず概するに順次退歩の状況を顕はしたと云はなければなりません、政府から布設の免許を得て居りながら、其の工事に着手しない会社もありまするし、又中途にして其の工事を中止したる会社もありまする、併しながら此等のことは、営業上目前の利害のみを目的としまする私設会社の事でありますから、民業上当前の成行は、今更之れを咎むる訳はありません、夫故に政府を起して、大に鉄道の拡張布設を計画しますると同時に、私設鉄道を買収して、国有に移すの議は決定致しました、或は又従来存在しまする私設鉄道は、其の儘に据置いても、政府が鉄道事業の拡張を計画することには、関係がないとの議論もありませうが、そうしますると私設鉄道に連続して国有線を布設し、又は之れを延長しなければならん訳合となりまして僅かなる私設鉄道が、彼処此処に、国有線路の中間に挟まる様なことになりまする、而して其の私設小部分の私設鉄道は、既に公債法案の理由として陳述致したるが如く、国有鉄道の為めに、非常なる利益を収むることゝなりますから、甚しきは全国を通じて、利益多き部分のみ私設となり、利益少なき部分のみ国有となるの有様にも立ち至りませう、詰る所巨額の費用を以て布設したる国有鉄道を以つて、私設鉄道の利益に供することになりまする、其の外既設の鉄道を其の儘に存せしめますると、数多の会社が区々分立して、各々小経済を立てることゝなりますから、経済上に不利益を来すは勿論全国の交通上、種々雑多の不便利を感ずる事は、諸君が想像を画かれた丈でも十分に分りませう、要する所鉄道は、郵便電信等の事柄と同じく、公共一般の利益を主眼とするものでありますから、之れを国有とすることは、最其の性質に適合することであります、従来の私有鉄道を、其の儘に置きますると、其の有様は丁度、東京大阪等に限りて、郵便電信の事業を、私立の会社へ委托すると一般、甚だ奇怪なる結果を生じませう、此等重大の理由あるに依りまして、政府は漸次に私設鉄道を買収して、之れを国有に移すの議を計画しまして、法律案として、玆に諸君の協賛を求めます。


〔参考〕東京経済雑誌 第二四巻第五九一号・第四五七―四五九頁〔明治二四年九月二六日〕 ○全国鉄道買上に関する政府の方略を論ず(伴直之助)(DK090056k-0005)
第9巻 p.541-543 ページ画像

東京経済雑誌 第二四巻第五九一号・第四五七―四五九頁〔明治二四年九月二六日〕
    ○全国鉄道買上に関する政府の方略を論ず(伴直之助)
回顧すれば、今年の初夏、鉄道問題が東京経済学協会の調査議題となり、進みて調査委員の選定せらるゝや、該件に関する輿論、勃として興り、玆に再び鉄道時代《レイルウエー・エーヂ》を出現せんとするの有様とはなれり、貴族院の有志者より成れる国家経済会は殊に最急の事件なりとして鉄道問題を研究し、今や第一民設論、第二官設論より第三の結論に至る、全三篇亦た既に其の稿を脱したり、又た衆議院議員有志者の団躰なる実業派よりは八巻九万、佐藤里治の二氏(倶に経済学協会々員)をして特に出京して経済学協会鉄道調査委員に列せしめたり、而して当路の之に関する方針も亦た近来に至りて殆んど決する所あるが如し、余輩
 - 第9巻 p.542 -ページ画像 
は暫らく其の論の当否を問はず、兎に角紛々擾々一事も纏らざるの今日に於て、独り鉄道問題に関して斯くも合感一致して官民上下の熱心なる注意を惹くに至りしは、固より近来の快事なり、又た慶事なりとして賛するを辞せざる也
鉄道に関する輿論の景況如何を問ふに蓋し官設論を主張するもの稍々多きが如し、而して政府は勿論官設を可とし、進みて既成未成の鉄道許可線路を買上くるの議を決したりといふ、此事頃日来各社新聞の紙上に出てゝ、今は殆んと公けの秘密となれり、本月廿三日の読売新聞は「鉄道政策に関する政府の方針」と題して左の一報を掲けたり、其の説余輩か聞知する所に酷似するものあり、曰く
 鉄道政策に関する政府方針の所在は私設鉄道買上の事に由て明かに之を知り得べし、蓋し鉄道買上論は松方首相・伊藤議長・品川・高島両大臣、井上祗候・川田日本銀行総裁・井上鉄道庁長官等が熱心に主張する処にして、其大方針とする処ハ将来数十年の後には全く私設鉄道を禁止し鉄道を以て国家の財源、国家の独占事業と為すに在り、而して先五朱利付の公債二千万円を募り、山陽・九州・関西其他の鉄道を買上るは其順序に於る第一着手にして、政府の極意は決して之に止らず、別に八千万円(都合一億万円)を募り、内三千万円を以て日本鉄道買上の資と為し、残五千万円を以て予て政府に於て着目せる九州・東北其の他各所に於る鉄道工事を起し、鉄路を以て全国を蛛網の如く架設し、以て鉄道の効用を全うするに在り、今日政府に於て考案する処に由れば九州・山陽・関西其他の鉄道会社は元々其の維持に苦み居る実況にて、現に其の市価払込価格より内に喰込み居る事なれば、若し政府に於て之を買入るゝとなさば喜で其の需用に応ずべく、価格も随て払込額を以て充分なりとす、之に向て二千万円を準備するは決して少きに非るなりと
 乃ち知る早く云はゞ政府は独逸流儀の鉄道政略を用ひんとすることを然らば日本鉄道会社は如何ん、依然半官半民設として成り立つことを許すや否や、之に関して読売新聞は政府の方略を記して曰く
 唯々夫れ日本鉄道会社に至ては目下火の出の勢なれば容易に政府の望に応ずべしとも思れざるも之一時の事なり、東北鉄道線路の如き急に利益の上るべしとも思はれず、旁々全鉄道の利益を通ずる時は僅に年四五朱位にさへ当らざるべければ、遠からざる内幾分か其の気を折くべし、其の節に至り懇談するあらば彼必ず政府の意に従はん、而して其の価格は大凡そ二千九百万乃至三千万円なるべし、何となれば同会社の株金総額は二千万円なるも実際の払込額は漸く千八百万円なり、之に年八朱の利子十五ケ年分千百万円を加ふれば合計二千九百万円となる、此金額を以て之を買入んとす、鉄道会社員焉んぞ辞退せん、直に其の譲合ひの付くべきは論を俟たず、扨て一方に於て斯く既設鉄道を我有とし、一方には更に新設線路を布き其の哩数、歳々に増加せば年五百万円(一億万円五朱の公債利子)の収入を得るは容易にて或は其の以上に登るを想像し得べし、然るときは此の剰余金を以て漸次に公債を償還せば遂に国庫に手を附けずして全国に鉄道を布設するを得べし云々と言ふに在るよし
 - 第9巻 p.543 -ページ画像 
政府か官設鉄道を主張する固より当さに然かるべし、而して関西を始め九州・山陽、其他の私設鉄道の現時の景況を酙酌し、進みて日本鉄道会社十数年の衰運を看破せし眼光、流石は当局の人なればこそ斯くもあれと余輩の敬服する所なり
余輩は此の意見に対して一部は同意して、一部は反対するものなり、一時の政略としては私設鉄道買上論を主張するも、永世の官有鉄道制度に向ひては飽くまでも反対するものなり、私設鉄道買上の議を決する以上は一時は悉とく官有となし、日本鉄道であれ、九州であれ、山陽であれ、悉皆之を買上げて一旦官有となさゞる可からざるを主唱す而して一度び区々の鉄道制度の整理するを待ちて、又た悉とく民設たらしめんことを希望するものなり、是れ余輩が素望宿説にして従来之に関して聊か論弁する所ありしと雖とも、今や国会の開期漸く切迫し該問題は日一日熱度を高うするが故に不日篇を更めて江湖の教を乞はんことを期す
   ○栄一東京経済学協会会員ニシテ鉄道調査委員タリ。左ニソノ報告ヲ掲グ。


〔参考〕東京経済雑誌 第二五巻第六一一号・第二二八―二三一頁〔明治二五年二月二〇日〕 鉄道調査委員報告(DK090056k-0006)
第9巻 p.543-546 ページ画像

東京経済雑誌 第二五巻第六一一号・第二二八―二三一頁〔明治二五年二月二〇日〕
 左の二報告は此程東京経済学協会に於て特に委員を設けて調査したる緊要の報告なり、依て玆に之を掲ぐ
    ○鉄道調査委員報告
今や我邦東海道には官有の線あり、東北には日本鉄道会社の線あり、山陽・九州には山陽・九州両社の線あり、太平洋に面して全国を貫くもの稍々全きを得たり、而して日本海に面するものに至ては一も未た布設せられざるなり、又た中腹を横断して日本海に接するもの僅かに直江津及ひ敦賀の二線に止まり、未た之を以て内地の蔵を発するに足らす、未た以て通商の便に応するに足らす、且つ政府従来の方針は予め全国に対する一定の方案を立つることなく、単に局部に就いて難を避け易に就き、其線路を定めたるものゝ如し、故に我経済学協会は先つ全国の鉄道方案を立て、然る後之を各地に起工するの必要なることを感せり、是に於て委員等屡々会合協議の末終に左の線路を確定せり
 第一 青森より弘前・秋田・横手・本合海・山形・米沢を経て福島に至る   三三九哩
 第二 米沢より新発田・新潟・長岡・清水越を経て前橋に至る        二〇〇哩
 第三 御殿場より甲府・塩尻・松本を経て篠井に至る            一七〇哩
 第四 塩尻より名古屋に至る                       一一〇哩
 第五 松本より高山を経て富山に至る                   一二二哩
 第六 富山より福井・武生を経て敦賀に至る                一二六哩
 第七 西京より舞鶴・宮津・和田山・堺・鳥取・島根・直江を経て広島に至る 三三〇哩
 第八 奈良より上柘植に至る                        三〇哩
 第九 桑名より名古屋に至る                        一六哩
 第十 東京より銚子に至る                         八〇哩
 第十一 水戸より磐城平に至る                       七五哩
 - 第9巻 p.544 -ページ画像 
 第十二 高知より徳島に至る                       一〇七哩
 第十三 八代より麑島に至る                       一〇〇哩
 第十四 空知太より北見国網走を経て根室に至る              二三五哩
   総計                              二、〇四〇哩
以上の線路総計二千四十哩にして、一哩の建設費大約五万円と算し、合計一億二百万円となる也、而して余輩委員は其資金を得るの点に於て説の一和を得ざりき、其説左の如し
 一 官設論
此論は、日本今日の場合に於ては到底官設にあらざれば之を建設すべからずとの主意にて、公債を募集して以て其資金を得るものなり、其年々募集金額三百万円にして、其収支の概算左の如し

図表を画像で表示--

 年数      募集額          資本合計        同上利子      営業純益       差引補給利子       差引純利               円            円          円 初年    三、〇〇〇、〇〇〇    三、〇〇〇、〇〇〇    一五〇、〇〇〇 二年    三、〇〇〇、〇〇〇    六、〇〇〇、〇〇〇    三〇〇、〇〇〇            円        円 三年    三、〇〇〇、〇〇〇    九、〇〇〇、〇〇〇    四五〇、〇〇〇  2   一八〇、〇〇〇  二七〇、〇〇〇 四年    三、〇〇〇、〇〇〇   一二、〇〇〇、〇〇〇    六〇〇、〇〇〇  2   二四〇、〇〇〇  三六〇、〇〇〇 五年    三、〇〇〇、〇〇〇   一五、〇〇〇、〇〇〇    七五〇、〇〇〇  2   三〇〇、〇〇〇  四五〇、〇〇〇 六年    三、〇〇〇、〇〇〇   一八、〇〇〇、〇〇〇    九〇〇、〇〇〇  3   五四〇、〇〇〇  三六〇、〇〇〇 七年    三、〇〇〇、〇〇〇   二一、〇〇〇、〇〇〇  一、〇五〇、〇〇〇  3   六三〇、〇〇〇  四二〇、〇〇〇 八年    三、〇〇〇、〇〇〇   二四、〇〇〇、〇〇〇  一、二〇〇、〇〇〇  3   七二〇、〇〇〇  四八〇、〇〇〇 九年    三、〇〇〇、〇〇〇   二七、〇〇〇、〇〇〇  一、三五〇、〇〇〇  3   八一〇、〇〇〇  五四〇、〇〇〇 十年    三、〇〇〇、〇〇〇   三〇、〇〇〇、〇〇〇  一、五〇〇、〇〇〇  3   九〇〇、〇〇〇  六〇〇、〇〇〇 十一年   三、〇〇〇、〇〇〇   三三、〇〇〇、〇〇〇  一、六五〇、〇〇〇  4 一、三二〇、〇〇〇  三三〇、〇〇〇 十二年   三、〇〇〇、〇〇〇   三六、〇〇〇、〇〇〇  一、八〇〇、〇〇〇  4 一、四四〇、〇〇〇  三六〇、〇〇〇 十三年   三、〇〇〇、〇〇〇   三九、〇〇〇、〇〇〇  一、九五〇、〇〇〇  4 一、五六〇、〇〇〇  三九〇、〇〇〇 十四年   三、〇〇〇、〇〇〇   四二、〇〇〇、〇〇〇  二、一〇〇、〇〇〇  4 一、六八〇、〇〇〇  四二〇、〇〇〇 十五年   三、〇〇〇、〇〇〇   四五、〇〇〇、〇〇〇  二、二五〇、〇〇〇  4 一、八〇〇、〇〇〇  四五〇、〇〇〇 十六年   三、〇〇〇、〇〇〇   四八、〇〇〇、〇〇〇  二、四〇〇、〇〇〇  4 一、九二〇、〇〇〇  四八〇、〇〇〇 十七年   三、〇〇〇、〇〇〇   五一、〇〇〇、〇〇〇  二、五五〇、〇〇〇  4 二、〇四〇、〇〇〇  五一〇、〇〇〇 十八年   三、〇〇〇、〇〇〇   五四、〇〇〇、〇〇〇  二、七〇〇、〇〇〇  4 二、一六〇、〇〇〇  五四〇、〇〇〇 十九年   三、〇〇〇、〇〇〇   五七、〇〇〇、〇〇〇  二、八五〇、〇〇〇  4 二、二八〇、〇〇〇  五七〇、〇〇〇 二十年   三、〇〇〇、〇〇〇   六〇、〇〇〇、〇〇〇  三、〇〇〇、〇〇〇  4 二、四〇〇、〇〇〇  六〇〇、〇〇〇 二十一年  三、〇〇〇、〇〇〇   六三、〇〇〇、〇〇〇  三、一五〇、〇〇〇  5 三、一五〇、〇〇〇 二十二年  三、〇〇〇、〇〇〇   六六、〇〇〇、〇〇〇  三、三〇〇、〇〇〇  5 三、三〇〇、〇〇〇 二十三年  三、〇〇〇、〇〇〇   六九、〇〇〇、〇〇〇  三、四五〇、〇〇〇  5 三、四五〇、〇〇〇 二十四年  三、〇〇〇、〇〇〇   七二、〇〇〇、〇〇〇  三、六〇〇、〇〇〇  5 三、六〇〇、〇〇〇 二十五年  三、〇〇〇、〇〇〇   七五、〇〇〇、〇〇〇  三、七五〇、〇〇〇  5 三、七五〇、〇〇〇 二十六年  三、〇〇〇、〇〇〇   七八、〇〇〇、〇〇〇  三、九〇〇、〇〇〇  5 三、九〇〇、〇〇〇 二十七年  三、〇〇〇、〇〇〇   八一、〇〇〇、〇〇〇  四、〇五〇、〇〇〇  5 四、〇五〇、〇〇〇 二十八年  三、〇〇〇、〇〇〇   八四、〇〇〇、〇〇〇  四、二〇〇、〇〇〇  5 四、二〇〇、〇〇〇 二十九年  三、〇〇〇、〇〇〇   八七、〇〇〇、〇〇〇  四、三五〇、〇〇〇  5 四、三五〇、〇〇〇 三十年   三、〇〇〇、〇〇〇   九〇、〇〇〇、〇〇〇  四、五〇〇、〇〇〇  5 四、五〇〇、〇〇〇                     円 三十一年  三、〇〇〇、〇〇〇   九三、〇〇〇、〇〇〇  四、六五〇、〇〇〇  6 五、五八〇、〇〇〇               九三〇、〇〇〇 三十二年  三、〇〇〇、〇〇〇   九六、〇〇〇、〇〇〇  四、八〇〇、〇〇〇  6 五、七六〇、〇〇〇               九六〇、〇〇〇 三十三年  三、〇〇〇、〇〇〇   九九、〇〇〇、〇〇〇  四、九五〇、〇〇〇  6 五、九四〇、〇〇〇               九九〇、〇〇〇 三十四年  三、〇〇〇、〇〇〇  一〇二、〇〇〇、〇〇〇  五、一〇〇、〇〇〇  6 六、一二〇、〇〇〇             一、〇二〇、〇〇〇 合計                                                   八、一三〇、〇〇〇   三、九〇〇、〇〇〇 



 右の計算は公債利子を五朱と見積り、営業純益を二年間無利益とし
 - 第9巻 p.545 -ページ画像 
三年目より二朱とし、六年目より三朱とし、十一年目より四朱とし二十一年目より五朱とし、三十一年目より六朱として計算せり、故に当初二十年間は補給利子を要し、其総額八百十三万円の多きを致すと雖も、三十一年目以後は差引純利あり、故に三十九年目に至れば右八百十三万円の補給利子を償ふて余剰あるの見込なりとす
二 要部官設論
此論は全国の鉄道線路を以上の如く決定すと雖も、単に右第一線より第六線に至る六線を官設し其余の線路は人民の私設に委することを主張す、其線路の長さ一、三九九哩にして其資金六千九百九拾五万円なりとす、此論は此線路落成の後凡ての官線を数社の私立会社に売却するにあり
三 私設保護論
此論は日本全国の鉄道を六七の大会社に私有せしめ政府にて年々五朱の利益配当を保証し、建設営業せしむることを主張す、其線路方案は第一論者に同じ
四 純然私設論
此論は政府の保護を要することなく全然民設の気運を待つべし、而して現今の諸官線を売却し之を民設会社となすに於ては、十分に民設を以て建設するを得へしと主張す、其売却の方法たる、東海線を一社とし、直江津線を一社とし、敦賀線を一社となし、其収益を以て年五分程に当るへき割合にして株式を作り、当初三年間は政府株式の半数を所有し以て社長の撰任権を政府に収め、其半数を売却し、三年の後政府其所有の株券を売却して全然独立のものとなすにあり
    軌道・隧道・鉄橋等の事
軌道の広狭に関しては世間種々の説あり、余輩委員は其広軌道ならざりしことを惜むと雖も、今日に於て之を改築すへきの必要を見ず、又た従来の線路海岸に沿ひたるを以て軍事上不都合なりと論する者ありと雖も、委員等は鉄道の目的は専ら経済上にあることを信し、経済上に於ては其線路の当を得たるを認む、唯々隧道・鉄橋等の計画常に小規模にして複線を容るゝに足らさるを惜む、是れ亦た其線路の要不要に因り斟酌せざるべからすと雖も、向後シベリヤ線路に対する港湾の線路に於ては是非とも複線の計画を以て建設せんことを要す、何となれば多年を出てずして其必要は必ず顕はるべければなり
    賃銀
当今鉄道の賃銀旅客に於ては一哩壱銭五厘を以て定限となすと雖も委員は之に関して二説を有す、一は曰く全く此定限を解くへしと、一は曰く其定限を高度に進むべしと、要するに民設を以て山間鉄道を起さんとするに当りては、此定限以内にては決して有利なるを得ず、而して事実馬車、人力車、若くは馬背を以て此嶮路を往来するには其賃銀極めて高価なるを以て、鉄道に於て之を低廉にするの必要なし、寧ろ其制限を解き若しくは高くして以て鉄道の発達を助くるに如かすとは是れ委員等の望む所なり、又た現行上中下の賃銀の割合も其段階甚た懸隔せるを以て、上等を以て下等の二倍となし中等を以て其中価となすに於ては、現時の如く徒に空車を廻旋するの虞なかるべしと信す
 - 第9巻 p.546 -ページ画像 
                     委員 渋沢栄一
                     同  益田孝
                     同  田辺朔郎
                     同  渡辺嘉一
                     同  佐分利一嗣
                     同  中隈敬蔵
                     同  山口俊太郎
                     同  黒川九馬
                     同  関輪正路
                     同  伴直之助
                     同  塩島仁吉
                     同  八巻九万
                     同  佐藤里治
                     同  田口卯吉