公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2025.3.16
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明治39年3月1日(1906年)
韓国方面ヘノ綿布ノ輸出向上ノタメ大阪紡績株式会社・三重紡績株式会社・金巾製織株式会社ノ三社協同シテ輸出同盟三栄綿布組合ノ組織ヲ図リ、是日成立ス。当組合成立ニ際シ、栄一、飯田義一等ト共ニ斡旋スルトコロアリシガ、其後、第一銀行ヨリ当組合ニ為替資金ヲ融通スルニ当リ尽力セリ。組合成立後幾何モナクシテ金巾製織株式会社ハ大阪紡績株式会社ニ合併サレ、又是年新ニ岡山紡績株式会社ノ加盟アリタルモ、同会社ハ其後明治四十四年ニ至リ脱退シタルタメ、遂ニ当組合ハ大阪・三重二紡績会社ノミトナリテ、大正三年六月両社合併ニ迄及ベリ。
大日本紡績聯合会月報 第一六三号・第二四頁 〔明治三九年三月〕 ○韓国輸出織布同盟(DK100046k-0001)
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大日本紡績聯合会月報 第一六三号・第二四頁 〔明治三九年三月〕
○韓国輸出織布同盟 大阪紡績・三重紡績及金巾製織の三会社は韓国へ向け輸出する織布の大発展を期する目的を以て一のトラストを作らんとて、過般来種々協議中なりしか其後渋沢栄一・飯田義一氏等中間に立ちて大に斡旋したる結果、去る一日協議全く熟し愈々三栄組なる名義の下に直ちに之が実行に着手する事となりたり、該協定の内容は
一向ふ七ケ年大紡・金巾・三重の三会社は韓国へ輸出の織布に対し同盟を為す事
一向ふ三ケ年は大紡四、三重・金巾各三分の割合を以て輸出し、爾後三会社平均する事
一販売方法は全権を挙けて三井物産会社に委托する事
一製糸検査の結果、三会社の内にて製出したる織布の品質劣等なるものに対しては、格落賠償金を徴収する事
此の外細則に亘りて種々の制裁法を規定したり、而して目下右三会社か韓国に向て輸出しつゝあるシーチングの数量は、一ケ年約三十万反なるか、今回輸出トラストの成立を告けたるの暁は輸出数量の上に於て余程増額すへしと云ふ、尚ほ従来は米国シーチングと常に競争免れさりしも、右トラスト成立の上は米国シーチングも自然加入を申込むに至るへしと
大日本紡績聯合会月報 第一六二号・第一九頁 〔明治三九年二月〕 ○対韓織布会社の提携(DK100046k-0002)
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大日本紡績聯合会月報 第一六二号・第一九頁 〔明治三九年二月〕
○対韓織布会社の提携
我国より韓国に輸出しつゝあるシーチングの如き大阪紡績の製品は昨年において一時百五十円以上の価格を保ちたりしものか、三重紡績又
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は金巾製織のシーチングと同地において大競争をなし、次第に価格を崩し遂には百十三円まで暴落せしめ、これにつれ三重又は金巾製織の品も非常の崩落を現はし、三社とも少なからさる打撃を蒙りたることあり、而して競争はますます激甚となり製品の相場は那辺まて低落するや、殆んとその止まるところを知らさるまてに立至りしを以て、去月上旬三社とも相互無益の競売を停止する旨を契ひ、これと同時に大阪紡績の製品は百三十五円に、三重紡績の分は百三十二円に、金巾製織のものは百二十八円にそれそれ引上けをなし、爾来今日のところにおいては右の協約相場にて売捌きつゝあるなり、然るところ売捌人中動もすれは又々機を見て競売を開始せんとする模様あるを以て、今回右三社は相提携して一商標の下に三社の製品を売捌き、損益とも三社相互に均霑せんことになさんことを計画し、大阪紡績と三重紡績とは略内約も成立し居りて金巾製織に向つて目下交渉中なりといふ、而して商標は韓国において最も信用厚き大阪紡績の商標になすまての運ひに立至り、三重の方においても此旨承諾せりといへは金巾製織の方においても無論、この同盟に加はることとなるへし
大日本紡績聯合会月報 第一六七号・第二一頁 〔明治三九年七月〕 ○満韓輸出棉布検査所(DK100046k-0003)
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大日本紡績聯合会月報 第一六七号・第二一頁 〔明治三九年七月〕
○満韓輸出棉布撿査所 満韓輸出棉糸組合三栄組《(布)》に於ては、此程三井物産大阪支店長藤野亀之助、大阪紡績会社長山辺丈夫氏等の一行、満韓視察の結果、従来の毎月輸出額千梱を本月は二千梱と為し、尚ほ来月以後は需要期節に入ることゝて、先方の摸様に因て大に増加することゝ決したると同時に、嘗て報道せし中央検査所を大阪紡績会社の一部建物、若くは安治川辺に於ける便宜の場所に新設する筈にて、昨今場所選定中の由、而して品質一定の方法に就ては、両三日前組合員協議会を開き、第一輸出棉布に使用する原棉を一定し、縦糸の丈数梭の打込み数に至るまて総て一定したると、挊糸の糊附は織立てに必要なるたけ之に施し、量目加重の為め使用すへき糊塗は一切廃止することに決定したれは、今後輸出すへき我棉布は毫も粗悪の患ひなきに至るへき見込なりと、又中央検査所設置後は三重及ひ岡山地方の輸出品は其儘検査所に搬入して検査に及ひ、一定の荷造として積出を為す筈なりと
我国商工業之現在及将来 (松尾音次郎編著) 第一九五―二〇八頁 〔大正三年一月〕(DK100046k-0004)
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我国商工業之現在及将来 (松尾音次郎編著)
第一九五―二〇八頁 〔大正三年一月〕
○第三章第四項 棉布販売聯合
(二) 三栄棉布組合
朝鮮に於て我が同業者相互の販売競争を避け、且相提携して本邦製棉布の販路を開拓するの目的を以て、明治三十九年三月、当時朝鮮向き輸出棉布製織業者中、主要の地位を占めたる、三重紡績株式会社・大阪紡績株式会社及金巾製織株式会社の三社は、左の契約書に基づきて販売組合を組織し之れが製品の販売方を三井物産株式会社に委托せり
契約書
大阪紡績株式会社。三重紡績株式会社。及金巾製織株式会社は。其製
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品を韓国へ販売するに当り各社間の競争を避け。相提携して公平なる利益を得る目的にて。三社間に左の組合契約を締結す
第壱条 本組合を三栄棉布組合と称す
第弐条 本組合は大阪紡績株式会社。三重紡績株式会社。及金巾製織株式会社の三社を以て組織す
第参条 本組合は新たに加盟せんとするものあるときは。組合員の承諾を要するものとす
但新加入者に対し其当時の状態により相当の条件を定むる事あるべし
第四条 本組合員は契約期限内に中途脱会することを得す
第五条 本組合員の決議権は過半数とし。総員出席するにあらすんは決議をなすことを得す
第六条 本組合は組合員の製品を韓国に輸出し及販売することを三井物産合名会社大阪支店に委托するものとし。尚組合員より韓国へ代理人を派遣する場合には。同社と協議の上販路の拡張及業務執行の補佐をなさしむるものとす。
但代理人を派出する場合には。旅費。給料等。個人に属する費用は。組合各個の負担とし。組合全体に関する費用は。輸出俵数に応し。組合員に於て分担するものとす
第七条 本組合は現時大阪紡績株式会社に於て専用権を有する登録商標第弐弐八四〇号。三重紡績株式会社同上第弐弐七九五。及金巾製織株式会社同上第五六四八号。第壱五参五壱号。第弐五四弐六号を以て組合員の韓国輸出棉布に使用すへき共同商標と定め。之れか共有の登録をなすへきものとす
但前記商標の内大阪紡績株式会社の第弐弐八四〇号商標を常用商標となすへし
第八条 本組合は総員の承諾にて解散するか若くは契約満期後継続を為さゝるときは。何れの組合員も総員の同意なくして前条の共有商標を使用することを得さるものとす
第九条 本組合員か製織する拾五封度以上の棉布は。其商標の如何に拘らず。又手続の直接間接を問はず組合規約に拠らすして一切韓国へ輸送を禁するの条件を附すへし
但拾五封度未満の棉布と雖。第七条の共有商標を使用することを得さるものとす
第拾条 本組合員か拾五封度以上の棉布を韓国以外の地に輸出する意思にて売約する場合には。其契約書に韓国へ輸送を禁するの条件を附すへし
第拾壱条 本契約締結当時の各組合員所有の棉布にて。韓国輸出向拾五封度以上のものは左の方法に依り。組合共通計算勘定へ買取るへし。而して其買取品の売価。及売出時期は。組合会議に於て決定し其損益は大阪紡績株式会社拾分の四。三重紡績株式会社十分の三。金巾製織株式会社十分の三の割にて負担すへし
一、金巾製織株式会社の韓国輸出棉布。壱等品弐拾反入。壱俵の製造原価(工場直段)を評価せしめ其直段(韓国在庫品は之に運賃
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諸掛を加ふ以下同断)にて共通計算勘定へ買取るへし
二、三重紡績株式会社の韓国輸出棉布弐等品は。前項の評価直段より毎俵(弐拾反入)何円高にて共通計算勘定へ買取るへし
三、大阪紡績株式会社の韓国輸出棉布一等品は。第一項の評価直段より毎俵(弐拾反入)何円高にて共通計算へ買取るへし
四、各社共其製品の弐等品。参等品。及軽目物等は。今日まての市価の直違に準し。共通計算勘定へ買取るへし
五、劣等品若くは疵物等は受渡の前後に拘らす相当の賠償金を徴収し共通計算勘定へ組入るへし
第拾弐条 共通商標を使用すへき棉布の種類。数俵。及出来期日は。一ケ月乃至二ケ月前。組合会に於て之を決定し。三井物産合名会社大阪支店に移牒すへし
第拾参条 前条の棉布を輸出せし月より起算し三ケ年間組合員か輸出すへき俵数左の割合に依るへし
大阪紡績株式会社 拾分の某
三重紡績株式会社 拾分の某
金巾製織株式会社 拾分の某
前項の三ケ年を経過せし後は。三社各。三分の一宛を輸出するものとす
第拾四条 本組合員の棉布品質を均一ならしむるため。別に製織取締法を設け。三井物産合名会社大阪支店をして之か執行の任に当らしむへし
第拾五条 三重紡績株式会社。及金巾製織株式会社の両社は。大阪紡績株式会社へ対し。共同商標を使用せし棉布を輸出せしときより起算し。其販売俵数に対し。初年は毎俵(弐拾反入)金何円。弐年目は毎俵金何円。三年目は毎俵金何円宛を支払ふへし
但し四年目以後は両社とも支払の義務なきものとす
第拾六条 韓国へ輸出したる棉布の販売価格は。組合会議。若くは韓国派出の組合代理人に於て決定し。之を三井物産合名会社大阪支店へ通知すへし
第拾七条 本組合の棉布を三井物産合名会社大阪支店へ転付せし後は其損益の分担は組合共通計算に依るものとし。売却済俵数に対し。実際輸出せし俵数の比例により。各社へ按分精算するものとす
但し輸出棉布の積出高は。一ケ月毎に区別し。一ケ月分の販売済を待て。順次精算するものとす
第拾八条 前条の棉布にして水火災。盗難。其他天災の為。損失を生したるときは。左の割合により負担すへし
大阪紡績株式会社 拾分の某
三重紡績株式会社 拾分の某
金巾製織株式会社 拾分の某
但し第拾参条所定の三ケ年を経過せし後は。各社平等に三分の一宛を負担するものとす
第拾九条 本組合員中。天災。其他の事故により。第拾参条所定の数量を製織し能はさるときは其期間は同条所定の権利を失ふものとす
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第弐拾条 本組合の棉布を三井物産合名会社大阪支店に転付したる後は。其輸送。及貯蔵方法。金融。及保険等に関する事務は。組合会の決議により。三井物産合名会社大阪支店をして執行せしめ。組合員各自の行動を許さゝること
第弐拾壱条 本組合は韓国に於ける下受販売人を選定し。且下受販売人をして競争の為。組合会決議の実価を崩さしめさる方法を設くへし
第弐拾弐条 本組合員にして本契約を無視し共同の利益に反するものは。組合会過半数の決議を以て除名をなすことを得
第弐拾参条 第四条に反し。若くは第弐拾弐条に該当するものは。共有商標使用権を失ひ。且組合員の蒙るへき損害を賠償すへきものとす
第弐拾四条 本組合は信認金として金弐阡円宛を組合会へ提出すへし前項の信認金は第三者へ保管を委托するものとす
第弐拾五条 本契約の有効期間は調印の日より向ふ七ケ年間とし。満期の上は総組合員の承諾に依り継続する事を得るものとす
右の通り契約の証として此証書参通を作り。各自壱通宛を分有するもの也
明治参拾九年参月八日
大阪市西区三軒家
大阪紡績株式会社取締役社長
氏名
名古屋市仲之町
三重紡績株式会社
大阪市西区四貫島番外壱番屋敷
金巾製織株式会社専務取締役
氏名
契約書
大阪紡績株式会社。三重紡績株式会社。金巾製織株式会社(以下甲者と称す)は。某製品を韓国へ販売するに当り。各社間の競争を避け。相提携して公平なる利益を得る目的にて。別冊規約を設け。其契約の趣旨に基き。輸出販売方を三井物産合名会社大阪支店(以下乙者と称す)へ委托する件に関し。双方の間に契約をなすこと左の如し
第壱条 甲者は別冊規約第十二条に基き決定せし棉布の種類。製織すへき数量。出来期限。及荷造方法等を乙者に移牒すへく。乙者は之に対し。規約第十三条の割合を算定して。甲者の各社へ指図書を発行すへし
第弐条 乙者は前条の指図により製織せられたる棉布の品質。及期限の遅延。俵装の適否。等の検査をなし別に定むる製織取締法に拠り其賠償金を徴収し。総て規則励行の任に当るへし
第参条 乙者より甲者へ対し。混棉及製織迄の順序。及糊の重量等を問合せたるときは。甲者は速に之か回答をなすへし。又乙者か甲者の製織工場の巡覧を望むときは。甲者は之を拒むことを得さるものとす
第四条 乙者は乙者の韓国支店と協議の上。検査済棉布を適当の地に
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輸出すへし
第五条 乙者は甲者より委托せられたる棉布の輸送。及保管方に関し出来得る限り費用低減の方法を講すへし
第六条 甲者の要求ある場合には。甲者より乙者へ転付せし棉布に対し。時価八掛まての為替金を出荷主に貸与すへし
但し利率は其当時の市場の成行による事とし。且出来得る限り。乙者は低利に供給することを勉むへし
第七条 棉布か甲者より乙者の手に移りたる後は。火災。及海難(普通保険会社にて補償すべきもの)より起る危険は。乙者に於て負担すへし
但右に対する保険料は甲者の負担とす
第八条 前条の保険金額の算定及保険料等に関する細目は。別に協定すへきものとす
第九条 乙者は会社別勘定帖。及共通計算勘定帖を備へ。規約第十一条。及第十五条の収支計算を掌り。販売済棉布に対し。毎月一回各社に精算すへし
但前項の帳簿は甲者の請求あるときは。何時にても甲者の閲覧に供するものとす
第拾条 共有商標を貼付せさる棉布は。本契約締結後。速に甲者より乙者へ転付し。乙者に於て保管をなし。甲者の組合会議の指図に依り時々販売地へ発送すへし
第拾壱条 甲者か自己の代理人を販売地へ派遣する場合にば《(は)》。乙者は販売直段の決定。販売すへき数量等。凡て販売に関する事柄は甲者代理人の指図に随ふへし
第拾弐条 甲者か自己の代理人を弐名以上派遣する場合には。其内一人を総代と定むへし。乙者は其総代を以て甲者全員の代理権者と認むへし
第拾参条 乙者は甲者代理人と協議の上。相当の販売人を選定し。之と販売に関する契約を締結すへし。而して其契約の履行及代金取立に関しては。乙者其責に任するものとす
但右の契約書は場合により甲者代理人の名を以て。販売人と直接交換することを得へし。此場合には某契約書に甲者の委任状を添へて乙者に交付すへし
第拾四条 乙者は甲者代理人の同意を得て。販路拡張の趣旨に則り。必要と認むる各地に委托荷を発送することを得
第拾五条 乙者は本契約有効期間中は。其内国品たると。外国品たるとを問はす。毎反十五封度以上の棉布を。甲者の同意なくして韓国へ輸出の取扱を為すことを得す
第拾六条 甲者代理人の事務取扱所は。乙者の費用を以て韓国に一ケ所を限り設備すへし
但必要に応し甲者の費用を以て適宜の場所に出張所を設置することを得へし
第拾七条 委托販売手数料として甲者は乙者に対し棉布売上済の俵数に応し。弐拾反入壱俵に付。金何円を支払ふへし
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但し壱ケ年を経過したる後。其成績により右の手数料率を増減することあるへし
第拾八条 乙者は別冊規約第二十四条の信認金を保管すへし
但現金にて納付の分には。合名会社三井銀行大阪支店の定期預金の利率によりて利子を付し。其出金者の所得とすへし
第拾九条 本契約は調印の日より七ケ年間有効とし。満期の上は甲乙協議の上継続することあるへし
但し契約期間中と雖。双方協議の上本契約の一部。又は全部を変更し。若くは解除することあるへし
右の通り契約の証として本証書四通を作り各壱通を分有するもの也
明治三十九年三月八日
大阪市西区三軒家
大阪紡績株式会社取締役社長
氏名
大阪市西区四貫島番外壱番地
金巾製織株式会社専務取締役
氏名
名古屋市仲之町
三重紡績株式会社
大阪市東区高麗橋二丁目一番地
三井物産合名会社大阪支店
支店長 氏名
然るに明治三十九年九月。金巾製織株式会社は。大阪紡績株式会社に合併し。随つて其権利義務は大阪紡績株式会社の継承する所となり。又同年同月。岡山紡績株式会社は。該組合の趣旨を承認して新たに加盟したるも。四十年四月。同会社の絹糸紡績会社に合併せらるるや。其権利義務は。絹糸紡績会社の継承する所となれり。斯くて数年を経過したるが、明治四十四年の初め。絹糸紡績会社の鐘淵紡績会社に合併せらるゝや。亦其権利義務は鐘淵紡績会社の継承する所となりしも後ち幾何《(も脱カ)》なく。同会社は組合を脱退せり。爾来同組合員は。三重紡績株式会社。及大阪紡績株式会社のみとなりて今日に至りしものとす。
其成績を概観するに。別表甲乙二表によりて表示せらるゝか如く。我製品の朝鮮に於ける販路を開拓して。漸次同国市場より外国製棉布を駆逐し。以て大体上日本製棉布の朝鮮向き移出を促進したるが如し。
左表を一瞥すべし
別表甲 三栄綿布組合綿布朝鮮移出表
年次 俵数 反数
明治参拾九年 壱弐、七八五 弐五五、七〇〇
同四拾年 二〇、七三三 四一四、六六〇
同四拾壱年 一六、五四〇 三三〇、八〇〇
同四拾弐年 一四、五〇〇 二九〇、〇〇〇
同四拾参年 二〇、五五〇 四一一、〇〇〇
同四拾四年 一九、九二三 三九八、四六〇
同四拾五年 二三、九二九 四七八、五八〇
合計 一二八、九六〇 二、五七九、二〇〇
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別表乙 朝鮮国輸移入綿布内外品比較表
Grey shirtings & Sheetings White Shirtings
年次 日本製 外国製 日本製 外国製
反 反 反 反
明治参拾九年 三一八、一四二 二八二、八三六 一、七六八 一四四、六一〇
同 四拾年 四七一、〇七九 五八四、一五三 六九〇 二五四、四五九
同 四拾壱年 四五四、八〇〇 四四〇、五〇四 四、六五〇 二九〇、三九九
同 四拾弐年 三九八、八四〇 三六八、〇一八 三、一八四 二八六、四一八
同 四拾参年 五九一、二二〇 三五一、五四九 三六、一一五 二九二、三六九
同 四拾四年 八七七、八四〇 三三四、五八六 六〇、五八一 二九六、六七三
同 四拾五年 一、一三七、八四〇 二七一、六六二 九六、九五〇 四二五、二一六
〔参考〕大日本紡績聯合会月報 第四一四号・第四―一〇頁 〔昭和二年二月〕 朝鮮綿布史 其一 (朝鮮総督府技師税田谷五郎)(DK100046k-0005)
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著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。
〔参考〕韓国ニ於ケル日本綿布販売組合ニツキ(DK100046k-0006)
第10巻 p.512-514 ページ画像PDM 1.0 DEED
韓国ニ於ケル日本綿布販売組合ニツキ (株式会社 第一銀行大阪支店所蔵)
韓国ニ於ケル棉布ノ需要逐年増加スルト同時ニ、従来此地ニ棉布ヲ輸出シテ販路ヲ求メツゝアリシ三重紡績・大阪紡績及金巾紡績《(織)》(金巾紡績ハ其後大阪紡績ニ合併セラレタリ)三会社製品ノ競争劇甚ヲ加ヘ底止スル処ヲ知ラズ、只買次者タル清韓人ニ利益ヲ壟断セラルヽノミニシテ各会社ノ損失漸ク大ナラントセシヲ以テ、同業者間ニ於テ之レガ救済ノ方法ヲ購ジ、本年三月内地ニ於テ、関係者協議ノ結果、三重紡績・大阪紡績及三井物産三会社ノ合同ニヨリ専ラ両紡績会社製造韓国向棉布ノ売価ヲ一定スルノ目的ヲ以テ、三栄組ナルモノ組織セラレタリ、之レ韓国ニ於ケル唯一ノ日本綿布販売組合ナリ、今其内容ヲ示セバ
一組合ノ組織
組合ハ三重・大阪両紡績会社製品ヲ一手ニ三井物産会社ニ委托販売シ、三井物産ハ更ニ京城・仁川ニ於ケル日本商人十名ヲ選定シテ之レニ一週間ノ延取引ヲ以テ、特約販売ヲナシ、本年七月ヨリ実行セリ、此外元山・群山・及平壌ノ三地ニ同様ノ特約販売人ヲ設置セントシテ目下調査中ナリ
其特約販売ニ関スル要項左ノ如シ○前掲(第五〇六頁)ニ付略ス
而シテ京仁間ニ於テ特約販売人ニ選定シタル商人左ノ如シ
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京城 高瀬支店
〃 和田常市
〃 安盛孫兵衛
仁川 久野勝平
〃 底野支店
〃 貞安若吉
〃 兼路兼次郎
〃 赤松吉蔵
〃 阿野竹之助
一組合ト銀行トノ特約 ○前掲(第五〇七頁)ニ付略ス
一組合ノ営業振
組合成立後ハ販売契約中ニ示スガ如ク売価一定セラレシタメ、紡績会社相互ノ競争ハ防止シ利益ハ保護セラレタリト雖トモ、一方内外商人ヨリ其営業振合ニ対スル苦情尠ナカラズ、今其二三ヲ挙グレハ
一組合成立後ノ製品ハ在来ノ棉布ニ比シ品質甚劣等ニシテ、一俵七八円ノ差違アルモ其売価ハ成立以前ニ比シ廉ナラズ、需用者殊ニ韓人ノ信用ヲ失墜シ他社製品ヲ望マシメタルコト
一組合員三井物産ガ特約販売人ニ製品ヲ分配スルニ、其販売者信用ノ程度又ハ売捌ノ多少ヲ標準トセズシテ各店均一トシ、同数量ノ棉布ヲ分配スルコト
一随テ販路拡キ店ニテハ受取リタル組合ノ棉布ヲ直チニ売戻《(尽カ)》シタル場合ト雖モ、組合以外ノ棉布ヲ取扱フコトヲ得ズ、即チ組合ノ為其商売ヲ制限セラレタル観アルコト
一本年十月ニ入リ組合ノ製品ノ輸入著シク減少シ(之レハ組合ガ製品ノ粗悪ニシテ不評判ナルヲ気付キテ織機ノ立直シヲナシタルタメナリト云フモ、実際其後ノ製品ニツキテ見ルモ、依然品質粗悪ニシテ改良ヲ加ヘタル模様ナシ)為メニ一年中最好売行時機ニ際シ品物ノ払底ヲ告ゲ、販売契約者ハ空シク其営業ヲ停止シ、商権ヲ失スルノ止ムヲ得ザルニ至リシコト
一清韓商人問屋ヲ特約販売人中ニ加ヘザルタメ、組合ノ成立ニヨリテ受クルノ利益ハ彼等一モ得ル処ナク、随テ三栄組ニ対シ反抗心ヲ起シ同製品排斥ノ考ヲ助成セシメタルコト
前述ノ如ク組合員三井物産ノ営業振ハ適切ナラズ、且販売契約者ニ対スル態度ハ冷淡専横ニシテ販売者ノ意見又ハ助言ヲ採用スルニ吝ナルタメ、相互ノ関係融和ヲ欠キ不満ノ声高シ
一組合ニ対スル打撃
前項述ベタル如ク組合ハ在来自己製品ガ韓国市場ニ於テ独占的販路ヲ有スルニ安シ、其和金巾販路ノ主脳タル韓商問屋及清商ニ重キヲ置カズ、彼等ニ向テ何等ノ利益均霑ヲ与ヘズ、加之品質劣等ノ棉布ヲ輸入シテ顧ミザレバ一般清韓人ノ信用ヲ失墜スルコト漸ク甚シカラントシ、此機ニ乗ジテ他社、製造棉布殊ニ従来韓国ニ於テ余リ販路多カラザリシ厚地洋金巾等ハ、漸次歓迎ヲ受ケテ勢力ヲ得、販路ヲ拡張シツヽアル傾向ヲ呈セリ、特ニ注意スベキハ米国棉布ノ在仁川世昌洋行ニヨリテ輸入セラレタルモノ、清高《(商)》ノ手ヲ経由シテ市場
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ニ散布セントシツ、アルハ、本邦織布業者ニ対シ大ニ警醒ヲ促スノ価値アリ、昨年七月頃当地鐘路ニ於テ起リタル彰信社ナル韓人ノ組合アリ、合名会社組織ニシテ資本金五万円第一回払込トシテ資本金ノ四分ノ一ヲ目下払込中ナリト云フ、組合員ニハ京城ニ於ケル有力ナル韓人布木高《(商)》(金布高《(商)》)九十名ヲ網羅(全組員ハ会社ニ対シ無限責任ナルコトヲ決議セリト云フ)セル強固ナル団体ナルガ、三栄組ノ成立以来ハ其独占的行為ニヨリ彼等同業者ノ利益ヲ壟断セラレ、且其棉布ハ品質劣等ニシテ需用者ノ信用ヲ失シタルヲ看破シ、自ラ進ンデ他ノ紡績会社ト和金巾ノ特約販売ヲ試ミントシテ、其重役四名本年九月東京ニ到リ富士瓦斯紡績会社ニ向テ交渉ヲナセシガ、会社モ韓国輸出棉布ニ対シ注意ヲ払ヒツヽアリシ際ナレバ、此レニ応ジ本年十月東京小林合名会社ヲ代理人トシテ彰信社ト左ノ如キ契約ヲナセリ
○契約内容、前掲(第五〇七頁)ニ付略ス。
以上ノ如キ契約ノ成立ヲ見、棉布市場ノ形勢一変セントシ、三栄社ニ対シテハ大打撃ナレトモ韓商ノ本邦棉布ヲ捨テヽ他外国製棉布ヲ撰択セザリシハ幸ナリト云フベシ
一組合ノ改良
組合ガ今日韓国ニ於ケル莫大ニシテ且有望ナル販路ヲ奪ハレ、場合ニヨリテハ他外国製品ノタメ本邦棉布ノ韓国市場ヨリ駆逐セラレントスル時ニ際シ、日韓貿易ノタメ将又組合自衛ノタメ左ノ点ニツキ改良スルガ適当ナリト信ズ
一富士瓦斯紡績会社ト協議シテ新ニ同業組合ヲ組織スルコト
一韓人布木問屋中有力ナル商人ヲ特約販売人中ニ加ヘルコト
一品質ノ精選ニ注意シ需用者ニ満足ヲ与ヘ商標ノ信用ヲ高ムルコト
一京仁間ニ常ニ相当ナル貯蔵品ヲ置キ、商品ノ欠乏ヲ憂ヘザラシムルコト
一特約販売人ノ売捌程度ニ応シ商品ヲ分配スルコト
要スルニ日本棉布ハ韓国ニ於ケル重要輸入品ニシテ、其売行ノ消長ハ日韓貿易ニ大ナル影響ヲ有スルヲ以テ、第一銀行ニ於テモ此レガ荷為替資金ニ対シ特別ノ保護ヲ与ヘ、其輸出奨励ニ力ヲ尽シツヽアル今日一組合ノ陋手段ニヨリ一般和金巾声価ヲ墜シ信用ヲ毀ケ、韓人ヲシテ他外国製品ヲ歓迎セシメンカ、商機ニ敏ニシテ資本ノ豊ナル欧米人或ハ清商人ハ此機会ニ乗シ洋金巾ノ販路ヲ拡張シ、漸次日本棉布ノ顧客ヲ浸蝕シテ遂ニハ本邦棉布ヲ韓国市場ヨリ駆逐スルヤモ計リ難シ、此日韓貿易ノ一大阻害ニシテ本邦織布業者及関係者ハ最モ重視スベキ問題ナリ
○右調査ハソノ記述内容ヨリシテ明治三十九年ノモノト思ハル。
〔参考〕綿業時報 第一〇巻第一号・第七六―八二頁〔昭和一七年一月〕 綿布最初の輸出(絹川雲峯)(DK100046k-0007)
第10巻 p.514-519 ページ画像
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〔参考〕我国商工業之現在及将来 (松尾音次郎編著) 第一七三―一九一頁〔大正三年一月〕(DK100046k-0008)
第10巻 p.519-524 ページ画像PDM 1.0 DEED
我国商工業之現在及将来(松尾音次郎編著)
第一七三―一九一頁〔大正三年一月〕
○第三章 我邦繊維工業界に於ける企業集中
第四項 棉布販売聯合
○上略
元来我が対支棉布輸出は年を追ふて増進の趨勢を示し居りしも。日露戦役後。満洲方面に向つて一大販路を開拓せんとの議当業者間に起り玆に大阪紡績株式会社。三重紡績株式会社。絹糸紡績株式会社。天満織物株式会社の四社相謀り。其の製織棉布の販売に関して組合を組織し。名けて日本棉布輸出組合と称し。所謂販売聯合を創設せり。是れ実に明治三十九年四月の事に属す。爾来満六ケ年以上。同方面に於て販路の開拓に従事し。着々其成功を事実の上に証明し。終に明治四十五年六月に至り。其当初の目的を遂げたりとの理由を以て之れを解散せり。同組合の組織及其後の経過は頗る興味ある事項なるを以て。以下該組合の性質及其成蹟等に就きて研究を試みんとなす
(一)日本棉布輸出組合
先つ日本棉布輸出組合の性質より観察せんに。其規約左の如し
第一条 本組合は日本棉布輸出組合と称す
第二条 本組合は共同一致し。組合員の製織する棉布を満洲方面に販路を開拓するを以て目的とす
第三条 本組合は左の組合員を以て組織す
大阪紡績株式会社。三重紡績株式会社。絹糸紡績株式会社。天満織物株式会社
第四条 毎年五月。十一月。両度に組合総会を開き。収支決算。及事務の成績を報告し。且重要事項を決議するものとす
第五条 組合員の決議案は。各自の織機台数による。但し特に規定せる場合は此の限にあらす
第六条 組合員は信認金として各自の織機台数に応し。一台に付金壱円の割にて。現金。又は公債証書にて組合へ差出すへし。但し信認金の金額は。一百円を以て単位とし、端数は四捨五入の上計算するものとす
第七条 新に組合に加入せんと欲するものあるときは。組合総会にて可否を決することを得。但し其当時の状態により。組合の商標拡まり居る等の場合には。新加入者に対し。相当の加盟料を要求することを得るものとす。尤も現在組合員か。織機の増設を為す場合には此の限にあらす
第八条 組合員か中途組合を脱せんと望む場合は。本規約より起る収支計算の負担額を仕払ふに足るへき担保を提供し。且組合総会の承
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諾を得たる上。脱退することを得
第九条 本組合は組合員四分の三以上の同意あれは解散することを得
第十条 組合員は組合事業の内。左の事項を三ケ年間の期限にて。三井物産合名会社に委托するものとす
(一)満洲に於ける最も売行宜き棉布を選定し。組合員に製織方を申込むこと
(二)前項の数量。並に出来期限は別に定むる条件により。公平に定むること
(三)製品検査規定を設けて。粗製の弊を防くこと
(四)製品は満洲へ売却する目的を以て。適当の地方へ輸送し売却すること
(五)製品検査成績。及輸送販売の状況を。毎月一回。書面。又は口頭にて。組合員一同へ報告すること
(六)製品の保管。並に為替金融の便を謀ること
(七)組合員。織機台数三分の二以上の同意を得て。先物約定を為すこと
(八)数種の商標を定め。三井物産合名会社の名義にて登録を受け。本規約により製織する組合員の製品にのみ。共同使用し。他に使用せさること
(九)販売済製品に対し。毎月一回計算書を作り。組合員個々の所得高を算出して精算すへきこと
(十)組合員より本組合へ差入るへき信認金を組合に代り受授保管すること
第十一条 組合員は当分の内。毎月少くとも壱千俵の棉布を各自の織機台数の按分比例により製織して。三井物産合名会社に引渡すへし但し組合員織機台数三分の二以上の同意にて。其製織高の増減をなすものとす
第十二条 組合員にして本規約の義務を履行せさるときは。組合の受くへき損失に対し。織機台数に比例し。其損失を分担賠償せしむるものとす
第十三条 本規約の有効期間は満三ケ年とし。満期に至り。組合員協議の上継続することあるへし
附則○略ス
右販売聯合の組織に関し最も注意すへき点は
(一) 三井物産株式会社なる。日本有数の大会社か組合四会社以外にありて組合四会社に商品の注文を発し四会社は其の注文に応して製品を同会社に提供すること
(二) 正金銀行が政府の命令によりて一般満洲向商品に対して与へたる為替資金融通の恩沢に浴する大なることゝなり
而して明治四十三年五月。大蔵大臣か横浜正金銀行に交付したる命令は。大要左の如し
一、満洲に特別金融機関を設置する代りに。正金銀行をして其任務に当らしむへし。故に其趣旨を体して日清貿易に関する金融上の円滑を図るへきこと
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二、不動産抵当貸の範囲を拡張し。又有望なる開発事業に対し。可成低利の放資を為すへきこと
三、為替歩合。送金手数料等は。成るへく低減すべきこと
四、固定放資に関しては。特別調査機関を設置すへきこと
五、政府に於て必要と認むるときは。満洲に於て支店。又は出張所を設置すへきこと
以上の命令書交付以前に於て。正金銀行は。事実上既に満洲向商品に限り。特別低率を以て荷為替の割引を為し居たるなり。即ち明治三十九年春期より同四十三年一月に至る間に於て満洲向商品に限り年利四分五厘の割合を以て其荷為書を割引せり。同期間に於ける普通割引率は年利七分の割合なりしなり。而して四十三年二月以降普通の割引率は年利五分五厘に低下せられ。同六月以降は年利五分に低下せられしも。満洲向商品に対しては依然四分五厘の割引率を維持したり
○中略
尚明治四十五年六月。日本棉布輸出組合の公表したる『日本棉布輸出組合事歴』なる者を左に附記して参考に資せんとす
(一)日本棉布輸出組合事歴
満洲へ棉布販路開拓の為め組織せし日本棉布組合が、其目的を遂げ本年六月を以て開散せしに付、其功績を摘記する事左の如し
一、組合組織前即明治三十七年、満洲へ輸入せし米国其他外国棉布千百三十万円に対し、日本棉布三万八千円即ち千分の三強に過ぎず
一、明治三十八年組合組織予備行為として、試売輸出を開始せし年度の米国其他の棉布満洲輸入金額二千百四十一万に対し、日本棉布三十九万円即ち百分の二強
一、組合組織後六ケ年間組合品千二百九万円を輸出し、此期間日本棉布の信用漸次発展し、組合外製品其の影響を受け六ケ年間二千百五十万円の巨額を輸出せり
一、米国其他の棉布にして、我国に於て製織し得る程度の棉布は、満洲市場より殆んど駆逐さるゝに至れり
一、組合は我棉布界の犠牲となりて荊棘を拓き、道路を布設し総て我棉布の発展に資したり
一、今後我棉布販路開拓地として多々有望なる南北支那、海峡殖民地、印度地方の如き広大無限の需要地あるに於ては、既往本組合の満洲に於て奮闘努力以て国家的輸出せし効果に徴し将来我織布工業発展は、蓋し斯る企画の続出にあり、随て国家は之が奨励の途を講ずること緊要なりとす
(二)日本棉布輸出組合の起原
織布事業は。紡績工業の発展に資すべき一大要素なりと雖も。明治三十九年の頃に於ける我広巾織機応用技術未だ幼稚なるを免れずして。其台数も亦僅に八千台に止まれり。而して当時。日露戦役後。財界の膨脹に伴ひ。紡績錘数は四割以上の増加計画ありて。織機台数も又増加を計るの必要ありと雖。其製織し得る品位は。主として満洲方面の需用にまつ可き者なるを以て。之が増台。又は発展を計
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らんと欲せば。其前提として予め同方面の販路を開拓するは。尤も緊要なる問題とす。然るに同方面需用の大部分は。米国製棉布の勢力範囲に属するを以て。仮りに同品よりも優秀なる者を以て彼を駆逐せんと欲すると雖。元来。頑迷にして旧習を墨守する需用者は。容易に新商標に転機せざるのみならず。我製品は原料棉花の関係。且技術上に於て。彼に譲る処多きを以て。彼を凌駕する事至難に属す。故に我製品の販路を満洲に開拓し織布業将来の発展を期する為には少くとも製造業者。共力一致して技術上の改良を計り。且犠牲を覚悟して。以て米国製品を同市場より駆逐するの急務なるを感じ愈々満洲南部が日露戦役の効果により。我が勢力に帰したるに当り三井物産会社は。此好機会に乗じ。我製品を同地に輸出するは。国家的緊急事業なるを唱導し。有力なる。大阪紡績三重紡績の熱誠なる賛同を得。三者中心となり。大々的輸出を企画し。之が方法としては。弘く同業者の優勢なる共同販売に若かざるを以て。他同業者を勧誘し。去る三十九年二月。本邦広巾織機台数の約七割半を占めたる大阪紡績会社(二、九二〇台)三重紡績会社(二、四九九台)金巾製織会社(一、〇〇六台)岡山紡績会社(三二〇台)天満織物会社(四四六台)の五会社締約して棉布輸出組合を組織し。販路拡張を計る為め。毎月二千俵を降らざる数量を満洲に向け輸送し。三井物産会社をして最初二ケ年は無手数料其後百分の一に該当する手数料を似て一手販売の衝に当らしむるに至れり
(三)組合創立以来の経過
去る三十九年四月初めて輸出を実行するに至りしが。輸出開始に先ち。組合当事者数名渡満して主要の集散地に於て清商を招き。組合創立の趣旨を明かにし。其同情を惹き。一方我が組合品は断然たる競争を覚悟して当時毎反六両前後の米国棉布に対し我が十四封度物を一両安を以て売出しを開始したるを以て。幸ひに着荷するに従ひ売行き思ひの外好況を呈し。最初一ケ年に於て。約壱万五千俵を輸送する事を得たりしが。其翌四十年に至り。荷嵩みながら辛ふじて相場を維持し来りたる米国棉布は。我が突撃に堪へずして俄然暴落し。我が組合品と同値。或は其以下に降下したるを見ても。同棉布の受けし打撃の大なると同時に。組合も又如何に大なる犠牲を払ひしかを想像するに余あり。玆に於て。米国政府は。我が組合が国家の大なる後援により。斯る突撃を企つものと想像し。東洋各地に於ける自国領事。及有力なる同業者に命じ有ゆる対抗策を講じ。又支那各地。及米本国に於ける英字新聞は。挙て囂々筆を揃へ。我れに圧迫し来りしを以て。組合の苦戦益々甚しきを加へ。三井物産会社。又其焼点にありて。海外に於ける同社の商取引にまで影響を及ぼすに至れり
斯る難境に立ちて。我が組合は共力一致。製品の改良と。技術の研究を怠らず。益々奮闘する処ありて予定の数量を輸送する事に腐心せしが。去る四十年来。未だ曾て見ざる経済界の大恐慌を来したると同時に。元来満洲市場は。当時営口に於ける過炉銀を通貨本位とせるものにして。其基礎の軟弱なる事。累卵の危きに等しきものな
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りしを以て。其打撃尤も甚しく。商取引は一時杜絶せるのみならず破産。倒産。頻々として起り。営口に於ては日支官民挙げて之が救済に必死の力を尽したりと雖も。其打撃は一般甚大にして。我組合も亦其渦中に陥りしを免れず。四十一年下季。漸くにして経済界も聊か平静に帰するに至りしも其翌四十二年に至り。安奉鉄道問題により。日支両国の係争は。我が帝国の勝利に帰したりと雖。時恰も支那に於ては利権回収の熱盛なりし時代に際し。同国民は我が製品に対し「ボーイコツト」を行ひ。当時旧奉天米国総領事たりし何某窃に米国より渡満して陰然支那盲民を煽動せりとの説あり。其説の実否は別として。我が製品に対する打撃僅少ならず。玆に於て。三井物産会社は。満洲農産物輸出上に於て優勢の地位にあるを以て。是等農産物取扱上有力なる支那商人を利用し。反面には我が領事に懇請して支那官憲により之れが鎮定に腐心の結果。数ケ月にして旧態に復するに至れり。爾来満洲貿易品に対する経済上の小波爛は。屡々見る処にして。其複雑。且困難なる内情は。局外者の窺知し能はざるもの多く。従て其腐心と。犠牲は僅少ならざるものあり。殊に近く昨年来支那政府の革命による動乱は一般の打撃なりと雖。其経済界に及ぼす影響は。満洲に於て尤も甚しく。過炉銀。及官帳文の如き通貨が五割。乃至七割の下落を来し。小銀貨の如き者すら。尚且。二割以上。下落せし点に於ても。其一般を窺知するに足るものなり
(四)組合員異動
一、組合成立以来。去る三十九年末。金巾製織会社は大阪紡績会社へ合併し。其権利義務は。大阪紡績会社の継承する処となり。又明治四十四年の初め。岡山紡績会社は。鐘淵紡績会社へ合併により。天満織物会社は自己の都合上。何れも組合を脱し。最後迄。一貫して奮闘したる者は。大阪紡績。及三重紡績の両会社也
(五)組合創立以来の成績及解散顛末
組合開始以来。解散に至る迄。六年三ケ月間に於て。別紙示す如く総数十三万三千五百八十俵を積出したる事が。本組合の成績にして極めて単純なれども。其裏面を窺へば極めて複雑なるものにして。上来述べたる如く幾多の困難に遭遇し。組合が仕払ひたる有形無形の損害は。決して僅少ならず。而も此犠牲により。一般同業者に与へたる公共的利益は。去る三十九年の一ケ年に於て。組合品を除きたる満洲輸入棉布は皆無なりしが。昨四十四年の一ケ年に於て約壱千壱百万円を輸入するに至りしを見ても。其甚大なる事明らかなり今試みに本組合の創設により贏得たるものを挙ぐれば
一、品位。及技術上の改良。進歩を促したる事
二、日本棉布組合により。組合製品以外の我が棉製品販路を。満洲市場に於て著しく拡張せし事
三、以上の結果により。本邦織機台数の激増を見るに至りし事
にして。以下逐条的に説明を加ふる如く。組合員は不絶。犠牲を払ひながら。其効果を収むるものは多く組合員以外の同業者。即ち我棉物工業界なれども。而も本組合が斯界の為め指道啓発の公共的任
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務を尽せし事を思へば。聊か以て慰むるに足る即ち
○中略
以上順を追て述べたる如く。組合の目的を達したるは。即ち我国織布事業の勃発の基礎を構成したるものにして。向後に於ける本組合の力を待たずして独力進歩すべき販路既に拡張せられ。将来永く本組合を継続するの必要を認めざるを以て。全然当初の目的を達し。本年六月。即ち之れを解散し。一先づ終局を告ぐるに至れり
(六)組合創立以来尤も功労ある組合員
本組合創立以来。組合各会社が払ひたる犠牲は。何れも顕著なりと雖。就中。大阪紡績会社。三重紡績会社等の如きは。比較的多数の犠牲を払ひ。而も創立以来。最終迄継続したると。一面販売の衝に当り。幾多困難と奮闘し。鋭意効果を収めし三井物産会社大阪。満洲。各支店。及販売上。多大の援助を与へし。支那商。酉義順。協盛豊。義昌信。東発店。長升舎。三盛桟。益発号の功労は特記すべきものとす
明治四十五年六月一日
日本棉布輸出組合
大阪市東区高麗橋弐丁目
三井物産株式会社大阪支営店布掛
○統計表ハ略ス。
〔参考〕(東洋紡績株式会社)第弐回営業報告書 自大正四年一月至同年六月(DK100046k-0009)
第10巻 p.524 ページ画像PDM 1.0 DEED
(東洋紡績株式会社)第弐回営業報告書 自大正四年一月至同年六月
庶務ニ関スル事項
一、満州輸出綿布ニ功労アルノ故ヲ以テ、社長山辺丈夫・副社長伊藤伝七ノ両氏ハ禄綬褒章ニ附スヘキ飾版ヲ下賜セラレ、昨年十二月一日大阪府ニ出頭同飾版ヲ拝受シタリ、章記如左
大阪府士族 山辺丈夫
(各通) 三重県平民 伊藤伝七
夙ニ力ヲ紡績業ノ発展ニ致シ其効績尠カラス、明治三十九年満洲方面に綿布ノ輸出ヲ企テ三井物産会社主唱ノ下ニ、大阪.三重両紡績会社中心トナリ金巾製織会社外二会社之ニ加ハリ、日本綿布輸出組合ヲ組織セリ、是時ニ当リ満洲ニハ既ニ外国製品ノ信用ト勢力ヲ有スルアルニ因リ、当初損失ヲ予期シ廉価ヲ以テ供給シ好結果ヲ得タリシモ、猶他ノ対抗的圧迫又ハ障害等ヲ受クルヲ以テ組合中脱退スル者アルニ至レリ、然ルニ大阪・三重両紡績会社ハ毫モ屈撓セス、鋭意努力セルヲ以テ信用頓ニ加ハリ、需要年ヲ逐テ激増シ、組合成立当時満洲ニ於ケル外国製品ノ輸入額ハ総額ノ七割ヲ占メ、我製品ハ僅カニ三割ナリシモ四十四年ニハ我製品其七割弐分ヲ占ムルニ至リ、其販路ヲ拡張シ信用ヲ確保シ、我国家経済ニ貢献シタル功績愈々顕著ナリ、洵ニ実業ニ精励シ衆民ノ模範タル者トス、依テ褒章条例第三条ニ拠リ曾テ授与セシ禄緩褒章ニ附スヘキ飾版一箇ヲ賜ヒ、其善行ヲ表彰セラル