デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.2.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
1節 綿業
5款 三栄綿布組合(韓国輸出綿布同盟)
■綱文

第10巻 p.497-524(DK100046k) ページ画像

明治39年3月1日(1906年)

韓国方面ヘノ綿布ノ輸出向上ノタメ大阪紡績株式会社・三重紡績株式会社・金巾製織株式会社ノ三社協同シテ輸出同盟三栄綿布組合ノ組織ヲ図リ、是日成立ス。当組合成立ニ際シ、栄一、飯田義一等ト共ニ斡旋スルトコロアリシガ、其後、第一銀行ヨリ当組合ニ為替資金ヲ融通スルニ当リ尽力セリ。組合成立後幾何モナクシテ金巾製織株式会社ハ大阪紡績株式会社ニ合併サレ、又是年新ニ岡山紡績株式会社ノ加盟アリタルモ、同会社ハ其後明治四十四年ニ至リ脱退シタルタメ、遂ニ当組合ハ大阪・三重二紡績会社ノミトナリテ、大正三年六月両社合併ニ迄及ベリ。


■資料

大日本紡績聯合会月報 第一六三号・第二四頁 〔明治三九年三月〕 ○韓国輸出織布同盟(DK100046k-0001)
第10巻 p.497 ページ画像

大日本紡績聯合会月報 第一六三号・第二四頁 〔明治三九年三月〕
○韓国輸出織布同盟 大阪紡績・三重紡績及金巾製織の三会社は韓国へ向け輸出する織布の大発展を期する目的を以て一のトラストを作らんとて、過般来種々協議中なりしか其後渋沢栄一・飯田義一氏等中間に立ちて大に斡旋したる結果、去る一日協議全く熟し愈々三栄組なる名義の下に直ちに之が実行に着手する事となりたり、該協定の内容は
 一向ふ七ケ年大紡・金巾・三重の三会社は韓国へ輸出の織布に対し同盟を為す事
 一向ふ三ケ年は大紡四、三重・金巾各三分の割合を以て輸出し、爾後三会社平均する事
 一販売方法は全権を挙けて三井物産会社に委托する事
 一製糸検査の結果、三会社の内にて製出したる織布の品質劣等なるものに対しては、格落賠償金を徴収する事
此の外細則に亘りて種々の制裁法を規定したり、而して目下右三会社か韓国に向て輸出しつゝあるシーチングの数量は、一ケ年約三十万反なるか、今回輸出トラストの成立を告けたるの暁は輸出数量の上に於て余程増額すへしと云ふ、尚ほ従来は米国シーチングと常に競争免れさりしも、右トラスト成立の上は米国シーチングも自然加入を申込むに至るへしと


大日本紡績聯合会月報 第一六二号・第一九頁 〔明治三九年二月〕 ○対韓織布会社の提携(DK100046k-0002)
第10巻 p.497-498 ページ画像

大日本紡績聯合会月報 第一六二号・第一九頁 〔明治三九年二月〕
    ○対韓織布会社の提携
我国より韓国に輸出しつゝあるシーチングの如き大阪紡績の製品は昨年において一時百五十円以上の価格を保ちたりしものか、三重紡績又
 - 第10巻 p.498 -ページ画像 
は金巾製織のシーチングと同地において大競争をなし、次第に価格を崩し遂には百十三円まで暴落せしめ、これにつれ三重又は金巾製織の品も非常の崩落を現はし、三社とも少なからさる打撃を蒙りたることあり、而して競争はますます激甚となり製品の相場は那辺まて低落するや、殆んとその止まるところを知らさるまてに立至りしを以て、去月上旬三社とも相互無益の競売を停止する旨を契ひ、これと同時に大阪紡績の製品は百三十五円に、三重紡績の分は百三十二円に、金巾製織のものは百二十八円にそれそれ引上けをなし、爾来今日のところにおいては右の協約相場にて売捌きつゝあるなり、然るところ売捌人中動もすれは又々機を見て競売を開始せんとする模様あるを以て、今回右三社は相提携して一商標の下に三社の製品を売捌き、損益とも三社相互に均霑せんことになさんことを計画し、大阪紡績と三重紡績とは略内約も成立し居りて金巾製織に向つて目下交渉中なりといふ、而して商標は韓国において最も信用厚き大阪紡績の商標になすまての運ひに立至り、三重の方においても此旨承諾せりといへは金巾製織の方においても無論、この同盟に加はることとなるへし


大日本紡績聯合会月報 第一六七号・第二一頁 〔明治三九年七月〕 ○満韓輸出棉布検査所(DK100046k-0003)
第10巻 p.498 ページ画像

大日本紡績聯合会月報 第一六七号・第二一頁 〔明治三九年七月〕
○満韓輸出棉布撿査所 満韓輸出棉糸組合三栄組《(布)》に於ては、此程三井物産大阪支店長藤野亀之助、大阪紡績会社長山辺丈夫氏等の一行、満韓視察の結果、従来の毎月輸出額千梱を本月は二千梱と為し、尚ほ来月以後は需要期節に入ることゝて、先方の摸様に因て大に増加することゝ決したると同時に、嘗て報道せし中央検査所を大阪紡績会社の一部建物、若くは安治川辺に於ける便宜の場所に新設する筈にて、昨今場所選定中の由、而して品質一定の方法に就ては、両三日前組合員協議会を開き、第一輸出棉布に使用する原棉を一定し、縦糸の丈数梭の打込み数に至るまて総て一定したると、挊糸の糊附は織立てに必要なるたけ之に施し、量目加重の為め使用すへき糊塗は一切廃止することに決定したれは、今後輸出すへき我棉布は毫も粗悪の患ひなきに至るへき見込なりと、又中央検査所設置後は三重及ひ岡山地方の輸出品は其儘検査所に搬入して検査に及ひ、一定の荷造として積出を為す筈なりと


我国商工業之現在及将来 (松尾音次郎編著) 第一九五―二〇八頁 〔大正三年一月〕(DK100046k-0004)
第10巻 p.498-504 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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〔参考〕大日本紡績聯合会月報 第四一四号・第四―一〇頁 〔昭和二年二月〕 朝鮮綿布史 其一 (朝鮮総督府技師税田谷五郎)(DK100046k-0005)
第10巻 p.504-512 ページ画像

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〔参考〕韓国ニ於ケル日本綿布販売組合ニツキ(DK100046k-0006)
第10巻 p.512-514 ページ画像

韓国ニ於ケル日本綿布販売組合ニツキ (株式会社 第一銀行大阪支店所蔵)
韓国ニ於ケル棉布ノ需要逐年増加スルト同時ニ、従来此地ニ棉布ヲ輸出シテ販路ヲ求メツゝアリシ三重紡績・大阪紡績及金巾紡績《(織)》(金巾紡績ハ其後大阪紡績ニ合併セラレタリ)三会社製品ノ競争劇甚ヲ加ヘ底止スル処ヲ知ラズ、只買次者タル清韓人ニ利益ヲ壟断セラルヽノミニシテ各会社ノ損失漸ク大ナラントセシヲ以テ、同業者間ニ於テ之レガ救済ノ方法ヲ購ジ、本年三月内地ニ於テ、関係者協議ノ結果、三重紡績・大阪紡績及三井物産三会社ノ合同ニヨリ専ラ両紡績会社製造韓国向棉布ノ売価ヲ一定スルノ目的ヲ以テ、三栄組ナルモノ組織セラレタリ、之レ韓国ニ於ケル唯一ノ日本綿布販売組合ナリ、今其内容ヲ示セバ
一組合ノ組織
 組合ハ三重・大阪両紡績会社製品ヲ一手ニ三井物産会社ニ委托販売シ、三井物産ハ更ニ京城・仁川ニ於ケル日本商人十名ヲ選定シテ之レニ一週間ノ延取引ヲ以テ、特約販売ヲナシ、本年七月ヨリ実行セリ、此外元山・群山・及平壌ノ三地ニ同様ノ特約販売人ヲ設置セントシテ目下調査中ナリ
 其特約販売ニ関スル要項左ノ如シ○前掲(第五〇六頁)ニ付略ス
  而シテ京仁間ニ於テ特約販売人ニ選定シタル商人左ノ如シ
 - 第10巻 p.513 -ページ画像 
                京城  高瀬支店
                〃   和田常市
                〃   安盛孫兵衛
                仁川  久野勝平
                〃   底野支店
                〃   貞安若吉
                〃   兼路兼次郎
                〃   赤松吉蔵
                〃   阿野竹之助
一組合ト銀行トノ特約 ○前掲(第五〇七頁)ニ付略ス
一組合ノ営業振
 組合成立後ハ販売契約中ニ示スガ如ク売価一定セラレシタメ、紡績会社相互ノ競争ハ防止シ利益ハ保護セラレタリト雖トモ、一方内外商人ヨリ其営業振合ニ対スル苦情尠ナカラズ、今其二三ヲ挙グレハ
 一組合成立後ノ製品ハ在来ノ棉布ニ比シ品質甚劣等ニシテ、一俵七八円ノ差違アルモ其売価ハ成立以前ニ比シ廉ナラズ、需用者殊ニ韓人ノ信用ヲ失墜シ他社製品ヲ望マシメタルコト
 一組合員三井物産ガ特約販売人ニ製品ヲ分配スルニ、其販売者信用ノ程度又ハ売捌ノ多少ヲ標準トセズシテ各店均一トシ、同数量ノ棉布ヲ分配スルコト
 一随テ販路拡キ店ニテハ受取リタル組合ノ棉布ヲ直チニ売戻《(尽カ)》シタル場合ト雖モ、組合以外ノ棉布ヲ取扱フコトヲ得ズ、即チ組合ノ為其商売ヲ制限セラレタル観アルコト
 一本年十月ニ入リ組合ノ製品ノ輸入著シク減少シ(之レハ組合ガ製品ノ粗悪ニシテ不評判ナルヲ気付キテ織機ノ立直シヲナシタルタメナリト云フモ、実際其後ノ製品ニツキテ見ルモ、依然品質粗悪ニシテ改良ヲ加ヘタル模様ナシ)為メニ一年中最好売行時機ニ際シ品物ノ払底ヲ告ゲ、販売契約者ハ空シク其営業ヲ停止シ、商権ヲ失スルノ止ムヲ得ザルニ至リシコト
 一清韓商人問屋ヲ特約販売人中ニ加ヘザルタメ、組合ノ成立ニヨリテ受クルノ利益ハ彼等一モ得ル処ナク、随テ三栄組ニ対シ反抗心ヲ起シ同製品排斥ノ考ヲ助成セシメタルコト
  前述ノ如ク組合員三井物産ノ営業振ハ適切ナラズ、且販売契約者ニ対スル態度ハ冷淡専横ニシテ販売者ノ意見又ハ助言ヲ採用スルニ吝ナルタメ、相互ノ関係融和ヲ欠キ不満ノ声高シ
一組合ニ対スル打撃
 前項述ベタル如ク組合ハ在来自己製品ガ韓国市場ニ於テ独占的販路ヲ有スルニ安シ、其和金巾販路ノ主脳タル韓商問屋及清商ニ重キヲ置カズ、彼等ニ向テ何等ノ利益均霑ヲ与ヘズ、加之品質劣等ノ棉布ヲ輸入シテ顧ミザレバ一般清韓人ノ信用ヲ失墜スルコト漸ク甚シカラントシ、此機ニ乗ジテ他社、製造棉布殊ニ従来韓国ニ於テ余リ販路多カラザリシ厚地洋金巾等ハ、漸次歓迎ヲ受ケテ勢力ヲ得、販路ヲ拡張シツヽアル傾向ヲ呈セリ、特ニ注意スベキハ米国棉布ノ在仁川世昌洋行ニヨリテ輸入セラレタルモノ、清高《(商)》ノ手ヲ経由シテ市場
 - 第10巻 p.514 -ページ画像 
ニ散布セントシツ、アルハ、本邦織布業者ニ対シ大ニ警醒ヲ促スノ価値アリ、昨年七月頃当地鐘路ニ於テ起リタル彰信社ナル韓人ノ組合アリ、合名会社組織ニシテ資本金五万円第一回払込トシテ資本金ノ四分ノ一ヲ目下払込中ナリト云フ、組合員ニハ京城ニ於ケル有力ナル韓人布木高《(商)》(金布高《(商)》)九十名ヲ網羅(全組員ハ会社ニ対シ無限責任ナルコトヲ決議セリト云フ)セル強固ナル団体ナルガ、三栄組ノ成立以来ハ其独占的行為ニヨリ彼等同業者ノ利益ヲ壟断セラレ、且其棉布ハ品質劣等ニシテ需用者ノ信用ヲ失シタルヲ看破シ、自ラ進ンデ他ノ紡績会社ト和金巾ノ特約販売ヲ試ミントシテ、其重役四名本年九月東京ニ到リ富士瓦斯紡績会社ニ向テ交渉ヲナセシガ、会社モ韓国輸出棉布ニ対シ注意ヲ払ヒツヽアリシ際ナレバ、此レニ応ジ本年十月東京小林合名会社ヲ代理人トシテ彰信社ト左ノ如キ契約ヲナセリ
   ○契約内容、前掲(第五〇七頁)ニ付略ス。
 以上ノ如キ契約ノ成立ヲ見、棉布市場ノ形勢一変セントシ、三栄社ニ対シテハ大打撃ナレトモ韓商ノ本邦棉布ヲ捨テヽ他外国製棉布ヲ撰択セザリシハ幸ナリト云フベシ
一組合ノ改良
 組合ガ今日韓国ニ於ケル莫大ニシテ且有望ナル販路ヲ奪ハレ、場合ニヨリテハ他外国製品ノタメ本邦棉布ノ韓国市場ヨリ駆逐セラレントスル時ニ際シ、日韓貿易ノタメ将又組合自衛ノタメ左ノ点ニツキ改良スルガ適当ナリト信ズ
 一富士瓦斯紡績会社ト協議シテ新ニ同業組合ヲ組織スルコト
 一韓人布木問屋中有力ナル商人ヲ特約販売人中ニ加ヘルコト
 一品質ノ精選ニ注意シ需用者ニ満足ヲ与ヘ商標ノ信用ヲ高ムルコト
 一京仁間ニ常ニ相当ナル貯蔵品ヲ置キ、商品ノ欠乏ヲ憂ヘザラシムルコト
 一特約販売人ノ売捌程度ニ応シ商品ヲ分配スルコト
要スルニ日本棉布ハ韓国ニ於ケル重要輸入品ニシテ、其売行ノ消長ハ日韓貿易ニ大ナル影響ヲ有スルヲ以テ、第一銀行ニ於テモ此レガ荷為替資金ニ対シ特別ノ保護ヲ与ヘ、其輸出奨励ニ力ヲ尽シツヽアル今日一組合ノ陋手段ニヨリ一般和金巾声価ヲ墜シ信用ヲ毀ケ、韓人ヲシテ他外国製品ヲ歓迎セシメンカ、商機ニ敏ニシテ資本ノ豊ナル欧米人或ハ清商人ハ此機会ニ乗シ洋金巾ノ販路ヲ拡張シ、漸次日本棉布ノ顧客ヲ浸蝕シテ遂ニハ本邦棉布ヲ韓国市場ヨリ駆逐スルヤモ計リ難シ、此日韓貿易ノ一大阻害ニシテ本邦織布業者及関係者ハ最モ重視スベキ問題ナリ
  ○右調査ハソノ記述内容ヨリシテ明治三十九年ノモノト思ハル。


〔参考〕綿業時報 第一〇巻第一号・第七六―八二頁〔昭和一七年一月〕 綿布最初の輸出(絹川雲峯)(DK100046k-0007)
第10巻 p.514-519 ページ画像

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〔参考〕我国商工業之現在及将来 (松尾音次郎編著) 第一七三―一九一頁〔大正三年一月〕(DK100046k-0008)
第10巻 p.519-524 ページ画像

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〔参考〕(東洋紡績株式会社)第弐回営業報告書 自大正四年一月至同年六月(DK100046k-0009)
第10巻 p.524 ページ画像

(東洋紡績株式会社)第弐回営業報告書 自大正四年一月至同年六月
    庶務ニ関スル事項
一、満州輸出綿布ニ功労アルノ故ヲ以テ、社長山辺丈夫・副社長伊藤伝七ノ両氏ハ禄綬褒章ニ附スヘキ飾版ヲ下賜セラレ、昨年十二月一日大阪府ニ出頭同飾版ヲ拝受シタリ、章記如左
             大阪府士族  山辺丈夫
   (各通)      三重県平民  伊藤伝七
  夙ニ力ヲ紡績業ノ発展ニ致シ其効績尠カラス、明治三十九年満洲方面に綿布ノ輸出ヲ企テ三井物産会社主唱ノ下ニ、大阪.三重両紡績会社中心トナリ金巾製織会社外二会社之ニ加ハリ、日本綿布輸出組合ヲ組織セリ、是時ニ当リ満洲ニハ既ニ外国製品ノ信用ト勢力ヲ有スルアルニ因リ、当初損失ヲ予期シ廉価ヲ以テ供給シ好結果ヲ得タリシモ、猶他ノ対抗的圧迫又ハ障害等ヲ受クルヲ以テ組合中脱退スル者アルニ至レリ、然ルニ大阪・三重両紡績会社ハ毫モ屈撓セス、鋭意努力セルヲ以テ信用頓ニ加ハリ、需要年ヲ逐テ激増シ、組合成立当時満洲ニ於ケル外国製品ノ輸入額ハ総額ノ七割ヲ占メ、我製品ハ僅カニ三割ナリシモ四十四年ニハ我製品其七割弐分ヲ占ムルニ至リ、其販路ヲ拡張シ信用ヲ確保シ、我国家経済ニ貢献シタル功績愈々顕著ナリ、洵ニ実業ニ精励シ衆民ノ模範タル者トス、依テ褒章条例第三条ニ拠リ曾テ授与セシ禄緩褒章ニ附スヘキ飾版一箇ヲ賜ヒ、其善行ヲ表彰セラル