デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
6節 製紙業
5款 製紙所聯合会
■綱文

第11巻 p.142-146(DK110029k) ページ画像

明治18年3月(1885年)

栄一、当会ノ請ニ因リ、印刷局抄紙部ノ製品ヲ市場ニ売出サザランコトヲ大蔵卿伯嚼松方正義ニ請願ス。大蔵卿之ヲ容レ、二ケ年間其ノ発売ヲ止ム。


■資料

王子製紙株式会社回顧談 (男爵 渋沢栄一) 第四九―五六丁(DK110029k-0001)
第11巻 p.142-143 ページ画像

王子製紙株式会社回顧談 (男爵 渋沢栄一) 第四九―五六丁
    一二、印刷局紙発售停止請願
其の頃政府は不換紙幣の制度を廃する目的から正貨の蓄積に努め、同時に紙幣の流通を減じたので、紙幣は大に価を回復し、一時八釜敷かつた銀紙の差といふものは殆ど無いまでになつた。そこで政府は十七年五月兌換銀行券条例を制定し、日本銀行に命じて其の準備をさせた。然るに此が為に一般の金融界には大逼迫を来し、諸物価はずんずん下落したので、製紙の方へも其の影響が及んで、紙況も頗る不振の声を高めた。製紙業者の困厄は独りそれのみならず、明治十一年に洋式抄紙機械を据付けた印刷局抄紙部では、最初の中は紙幣用紙の外、擬革紙・壁紙・三椏紙(俗に局紙と称す)等を抄造して、専ら外国人を顧客とする方針で居たから、其の時代は民間の製紙業者には何等の防害《(妨)》ともならなかつたが、一両年来普通印刷用紙をも抄造して民間に発售するの計劃を立て、盛んに格安に之を発売し初めたから堪らない。民間製紙業者は経済界不振の一事だけでさへ充分苦しんで居る上に、今亦此の勁敵が目前に現れたから、同時に二大災厄を引受けた様なことになつた。従つて此の儘に打捨て置けば同業者の致命傷とならぬとも限らぬといふので、十八年一月二十七日に聯合会の改正条規に基いて定時総会を第一国立銀行楼上に開催し、これが善後策に付いて凝議することゝなつた。当日の出席者は本社から西村虎四郎・高野栄次郎・谷敬三・斎藤純造の四氏及び自分も之に加はり、神戸からはジヨージウヲルシユ氏、有恒社からは伴資健・足助房太郎の二氏が来会した。会議の結果は官営の印刷局が普通の印刷用紙を製造して一般市場に出されては、殆ど民間製紙業者の圧迫に等しいもので、吾々の為にこれ程の障害はない。宜しく大蔵卿に向つて之が停止の請願をするがよからうといふことに議が決した。そこで先づ本社の谷敬三氏が聯合会を代表して印刷局に出頭し、印刷用紙だけは是非内地の市場へ出すことを停止されたいと、縷々事情を陳べて懇願に及んだ。然るに後日印刷局では谷氏を呼出して云ふには、本局の製品は均しく内外国の需用に応ずる方針に確定して居る。民間の当業者が本局同様の廉価を以て其の製品を売捌くことが出来ぬといふは、畢竟技術を勉強せぬからであらうとの趣旨で、遂に谷氏の請を却けた。当局者にして已に左様な無謀なることを云はるゝならば、此の上は是非に及ばぬといふので、愈愈請願書の提出に決し、本社が願書の起草を依嘱されたので、直に之を作り、聯合会以外の同業者にも同意を求める必要があるので、其の人々にも通知して三月中に其の調印を終り、四月二日に自分がそれを携へて大蔵省に出頭した。時の大蔵卿は松方正義侯であつたが、自分
 - 第11巻 p.143 -ページ画像 
は願書を其の手許迄差出して帰つた。此の請願書は長文であるが、当時製紙業者の苦衷を披瀝して余さない。製紙事業の状態を知るの好資料と思ふから左に掲げて置く。
  印刷局に於て普通印刷紙御発售相成候儀に付歎願書○略ス
これが歎願書の全文であるが、此の中下郷伝平・磯野小右衛門二氏は聯合会以外の人。又三田製紙所の名が連名中に見えぬのは、前年来経営難であつた上に火災に罹り、それ切り再興しなかつたから、此の当時は無論存在しなかつたのである。偖て此の請願書は五月十六日に至り一旦印刷局長の手を経て却下されたが、併し当局者も大に悟る所があつたものと見え、其の願意を諒とし、口頭を以て満二年間印刷紙の発売を休止する旨を申渡された。それにしても、願意を納れられたのは、其の当時の我々としても仮令一時的にせよ大に意を安んずるに足る事であつた。而して是全く聯合会の功績と云はねばならぬ。其の後四五年間は聯合会も別に取立てゝ云ふ程の事もなく、何事も余り振はぬ勝に過して仕舞つた。


日本製紙聯合会所蔵書類(DK110029k-0002)
第11巻 p.143-145 ページ画像

日本製紙聯合会所蔵書類
    印刷局に於て普通印刷紙御発售相成候儀に付歎願書
頃日印刷局抄紙部御製造の普通印刷紙を低価にて市中へ御発售相成候以来、市場の紙価大に変動を生じ将に甚しく低落せんの勢に御座候、抑方今に在ては縦令此発售無之も、目下私共各製紙所にて製造する紙量に於て、遥に世間需要の額に超へ市場の蓄積常に多を加へ候より、互に低価を以て相競売するの風を長じ、動もすれば損得相償はざるの有様に候へども、各製紙所に於ては偏に後日の需要増加すべきを恃み候為め、此苦境を忍び纔に以て其営業を維持仕候処、此際又急劇な低下を紙価に惹起し候に於ては、最早私共工業支持の術計尽き相率ひて倒るゝの外無之、誠に以て慨嘆の至に堪へず候間、何卒格別の御詮議を以て印刷局より普通印刷紙御発售の儀は御見合相成候様御処置之程奉歎願候、就ては私共創業以来経歴の状況、数年来製紙の数量、及其販売額の比較、舶来紙減退の有様等、之を左に提開し歎願の趣旨を証明可仕候
私共製紙場を創起仕候は明治七八年の際にして、最初は機械も整頓ならず、職工も熟練せず、随て製造高も亦多からず候処、爾来漸次整備の地位に至り、製造高次第に増加し、販路日々拡張し、明治十一二年の際に及て大に舶来紙との競争を生じ候に付、当時私共の期念は、到底舶来紙を市場より駆逐不致上は、我製紙業の永続を望むべからずして、之が勝を制するは、又我製紙の価を舶来品よりも低下せざるべからず、然る時は一層工事を拡伸して製造額を増加し、是を以て紙価を低廉ならしむべしと決心仕候に付、最初放下したる所の資本に於て未だ瑣少の利益を見ざるを恐れず、尚復巨資を擲て器械を改良し、又は之を増加したる者一にして足らず、此間私共の艱難は実に名状すべからざる有様に御座候、其後製造額の増加するに従ひ、漸次紙価を低下致候へ共、市場の低落は加倍の勢を来し、常に私共に先ち其価を低下し私共営業上の困苦は更に前日よりも甚しく相成候へ共、之が為舶来
 - 第11巻 p.144 -ページ画像 
紙の減少せしめたる数は実に著しく相見え候、則左に掲ぐるが如く十六年には十五年の十の六を減じ十七年には復十六年の約半額を減じ候


           明治十五年       明治十六年      明治十七年
                    封度        封度        封度
  普通印刷用舶来  一、〇一二、六二八   四〇一、五七〇   二〇八、四八四

  紙横浜へ輸入高
   但し神戸長崎等亦輸入紙あれども其数極めて少なるを以て之を略す

斯くの如く舶来紙の輸入を減却せしめたるは、嚮きに私共計画仕候期念幾んど相貫き候者にて、稍愁眉を開くに足り可申之処、又恐るべきは此成跡と同時に相伴ふたる一種の結果は、更に復私共へ一層の辛苦を与へ来り候、是れ即ち内地の製造著しく増加し、大に需要に超過するを以て、各自其販路を求むるに急なるより、竟に相競て、低価を唱へ、其底止する処を不見有様に御座候、則明治十四年已降内地私立製紙所に於る毎年の製紙額及販売額の比較と紙価低落の景状等、左の概表の通に相成候

           私立工場製紙高   同販売高        超過高       一封度の売価
                 封度          封度         封度   銭
  明治十四年  三、九六八、三七五   三、六二七、四八九    三四〇、八八六  一四・〇二
  同 十五年  四、二五〇、九一九   三、八二四、八三九    四二六、〇八〇  一二・七二
  同 十六年  四、六〇〇、一三一   四、二三七、五四一    三六二、五八九  一〇・八五
  同 十七年  五、二六四、一〇四   四、九四一、七三二    三二二、三七二   九・二八
   合計   一八、〇八三、五二九  一六、六三一、六〇一  一、四五一、九二七

右に掲ぐるが如く、明治十四年より昨年に至る迄四年間製造額の過量は百四十五封度余にして、其已前既に各製紙所に貯蓄のもの十四五万封度を加へ、約百六十万封度は則当今各製紙所に貯ふる所の数にして、此外各紙商の貯蔵する物二三十万を下らず、之を合計すれば約百八九十万封度の数は則目下国内各所に散在致候者に御座候、如斯追々貯蔵を増加致候為め紙価甚敷下落し、十五年には十四年の約一割を減じ、十六年には十五年の一割五分、十七年には十六年の一割四分を減じ、即ち三年間に約三割四分を低下致候に付、此間に於て各製紙所共或は製紙時間を減縮し、或は特に休業を取り、努めて其製出を節して供給の度を減じ候へ共、畢竟損失のみ相嵩み、未だ其苦境を脱却不仕候、然るに私共の猶絶望不仕者は、前表載する所の販売高年々増加するの一点に有之候、且此増加たる能く将来に維持して、益進歩可致事は、紙の需要は世の文化に伴ふて上進すべき理あるを以て確信仕候、但し従前製造額逐年増加に至り候へども、畢竟民業に於ては世間需要の如何を問はず、損益の如何を計らず、能く其業を営業する者は無之候に付、業既に彼勁敵たる舶来紙を市場より駆逐致せし今日に在て、猶無益の器械を増添し、又は別に製紙場を創起するが如き、実際に適せざるの事あらざるよりは、後来復従前の如き長足の進歩を製造額に現出すべきは必無のことたるべきに付、今後数年間を期し、供給と需要と自然相適するに至るべきものと信憑仕候故、敢て艱苦を凌ぎ、畢生の力を尽し、及ぶ限りの経営を為し、纔に各自の工場を維持するもの、寔に一髪千鈞を引くの思に御座候、此時に当り若し卒然紙価に大下落を来すが如き不幸に遭ひ候ては、最早私共微力の能く支ふべからずして、終に巨額の資金と多年の辛苦とを以て一併水泡に帰し、廃業
 - 第11巻 p.145 -ページ画像 
するの外策無之儀に御座候
現状既に斯の如きなるに、向後印刷局御発售の紙品市場に普及致候時は、大に一般の紙価に影響し、目下の紙価は忽ち二割以上を低下すべくして、其勢尚此に止るべからず、其故は私共製紙所の大なるものにして一ケ月間の製造額は十五万封度より二十万封度を超へざるが為めに同局より毎月御発售可相成と伝聞仕候数量十万乃至十五万封度とすれば、恰も是れ一大製紙場を創建すると同一にして、縦令其発售の価値は格段の低価ならざるも、需要なき供給の増加は勢ひ低価競売を助長し、将来何様の激変を紙価に現出すべきや逆視すべからず候
私共創業以来工事に会計に幾多の艱難を窮め候は、前文に陳述候如く数々巨資を投じて以て工場を改築し、又は人を欧米に派出して其良法精術を伝習せしめ候も、唯其製品を上進し価額を低廉ならしめ、以て需要者の満足を得んと欲するに至りて、近頃漸く其製品と価格とに於て世間の信認を増し候へ共、未だ以て抄紙部御製造紙の如き低廉なる能はざる者は、民間の事業と官設とは大に其趣を異にする所に原因仕候、則私共の拠て以て業務を経営する資金は株金を除くの外は、都て他に負債する所にして、之に対する利足は大率一割以上の割合を以て事業の損益に拘はらず之を支出せざるべからず、此支出を弁するの外に得る所の収益より又若干を除き、之を非常変災に備ふる積金及家屋器械の改修に要する積金に充て、最後に余す所を以て僅に株金に配当すべき純益とするを以て、現今の如く紙価の低落甚しきに当ては、惟其純益の寡少なるのみならず、殆ど将に得失相償はざらんとす、困難此に至るの事情深く御諒察を所仰に御座候、以上具陳仕候次第にして之を要するに、今日私共製紙の価格は之を舶来紙の減退に徴するも、又顧客の明言する所に拠るも、其適当の点より低位に居るは既に著名なる者に御座候、而て之が為め各自資力を尽くし拮据経営の労は一朝筆紙に尽し難き程に有之候へ共、往々損益相償はざるの有様なるに付今日こそ私共危急存亡の秋と思惟仕候処、此際復多量の供給を増加し価格の下落測るべからざるに至り候ては、各製紙所は踵を施らさずして倒産に帰し可申奉存候、本邦民間の工場にして漸く数年を経営し、其基礎稍定まるの今日に於て、如此不幸の境に陥り候ては其影響の及ぶ所猶《(独)》り製紙業に止まらずして、一般工業者の元気を沮喪せしむるも亦知るべからず、思ふて爰に至り候へば実に寒慄痛歎長大息に堪へず候、伏て願くば格別の御詮議を竭させられ、印刷局より紙品御発售の儀は御差止被成下度、偏に奉歎願候
  明治十八年三月

          東京王子製紙会社   谷敬三
          同 有恒社      伴資健
          神戸製紙所      二見昇
          大阪市中之島製紙会社 下郷伝平
          京都梅津製紙所    磯野小右衛門
    大蔵卿 伯爵 松方正義殿


中外商業新報 第二五七五号〔明治二三年一〇月一九日〕 製紙業者の歎願(DK110029k-0003)
第11巻 p.145-146 ページ画像

中外商業新報 第二五七五号〔明治二三年一〇月一九日〕
 - 第11巻 p.146 -ページ画像 
    製紙業者の歎願
近来各地製紙工場の一時に其規模を拡張して俄に其製産額を増加したるにも拘らず、需用の力は其割合に進まず洋紙の不捌なるに、尚外国為替相場の騰貴に依て、海外紙類の輸入多き等、旁旁以て困難の折柄、印刷局に於ても今日の如く其製紙を市場に売出さるゝ事ありては益々難渋の次第なれば、此際同局製紙の販売を中止せられたしとの義に付き、去る十五日渋沢栄一氏には得能印刷局長を訪ひ、夫より更に松方大蔵大臣の許を訪ひ種々同業困難の事情を述へられ、又其翌十六日には谷敬三・大川平三郎・高木要蔵・村田一郎の四氏か全国同業者の総代として得能局長を訪ひ、又大蔵省へ出願して松方大臣を訪ひしも、大臣多忙の故を以て更に書記官に面接し、種々目下の事情を陳述し、一篇の歎願書を差出したりと云ふ



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三九年(DK110029k-0004)
第11巻 p.146 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三九年
三月二十三日 曇 風ナシ            起床七時三十分就蓐十二時
○上略 午後一時半製紙業者数名来リテ課税ノ件ヲ談話ス○中略三時過事務所ニ抵リ○中略製紙業者数名来リテ貴族院議員ヘ添書ノコトヲ依頼セラル、依テ名刺数葉ヲ交付ス○下略