デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
28節 貿易
2款 匿名組合堀越商会
■綱文

第14巻 p.416-421(DK140046k) ページ画像

明治27年2月1日(1894年)

栄一、森村市左衛門等ト共ニ出資シ、堀越善重郎ヲ営業者トスル匿名組合堀越商会ヲ設立ス。


■資料

青淵先生六十年史 第二巻・第三〇五―三〇六頁 〔明治三三年二月〕(DK140046k-0001)
第14巻 p.416 ページ画像

青淵先生六十年史 第二巻・第三〇五―三〇六頁〔明治三三年二月〕
    第四十九章 直輸出入業
○上略 堀越商会ハ明治二十七年二月一日、堀越善重郎外数名ノ創立ニ係リ、専ラ絹織物段通花莚等ヲ海外ニ直輸シ、又之カ委托販売ヲ引受クルヲ業トス、堀越ハ商業学校出身ニシテ夙ニ米人メーソンノ商館ニ入リ、絹織物段通及ヒ花莚直輸出業ニ従事セルコト玆ニ年アリ、偶々と明治二十六年、矢野二郎ノ高等商業学校長ヲ罷ムルヤ、矢野ノ親友益田孝、堀越ヲ助ケテ独立セシメ、矢野ト共ニ同業ヲ経営セシメンコトヲ企テ、之レヲ青淵先生ニ諮ル、先生曰ク、海外直輸出業ハ余カ多年ノ宿望ナリシモ、未タ其実行ヲ試ミシコトナキノミナラス、邦人ノ此ノ業ニ従事セルモノ多ク蹉跌ヲ免レスシテ失敗ニ終ルヲ見ル、聞クカ如クンハ、其能ク功ヲ奏シ産ヲ殖セル者独リ森村市左衛門氏アリ、希クハ斯業ノ計画ニ先タチ氏ニ会見ヲ請フテ親シク其所説ヲ聴クコトヲ得ント、同年七月二十六日先生森村ト帝国「ホテル」ニ会見ス、先生ノ所信愈々固ク、乃チ請フテ森村外数名ノ賛同ヲ求メ、匿名組合ヲ組織シテ同商会ノ創立ヲ視ルニ至レリ、其趣旨トスル所ハ専ラ邦人ヲ以テ斯業ヲ経営シ、以テ我邦ノ商権拡張ニ資セントスルニ外ナラス
同商会ハ先ツ其商品ノ販路ヲ専ラ米国ニ求メンコトヲ欲シ、二十七年二月十一日堀越自ラ渡米シテ其支店ヲ紐育府ゲリーン街ニ設置セリ、堀越ノ発スルニ先タチ、先生之ヲ誠メテ曰ク、蹞歩ヲ積マサレハ以テ千里ヲ致ス無シ、百里ノ行程ハ一日ニ馳セ難シ、今夫レ海外貿易ハ重大ノ業ニシテ、此ノ盛衰ハ以テ国家ノ消長ニ関シ、其興廃ハ以テ一国商権ノ縮暢ニ及ホス、足下ノ任重ク途遠シ、決シテ功ヲ急ク可ラスト同年三月十九日其支店ヲ紐育ニ開設ス
○下略


堀越商会匿名組合規約(DK140046k-0002)
第14巻 p.416-420 ページ画像

堀越商会匿名組合規約
(表紙)

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 堀越商会匿名組合規約 



      (美濃罫紙、表紙共十枚)
(印) (印)
      堀越商会匿名組合規約
第壱条 渋沢栄一・堤惣平・馬越恭平・矢野次郎・益田孝・森村市太郎・中上川彦次郎・中山譲治・藤本荘太郎・木村浅七ハ匿名組合ノ法制ニ遵ヒ堀越善重郎カ経営セル事業ニ対シ資本ヲ供給シ、其損益
 - 第14巻 p.417 -ページ画像 
ヲ共分スル為メ此組合規約ヲ締結ス
第弐条 当組合ノ商号ハ堀越商会ト称ス
第三条 当組合ノ営業ハ自己ノ計算又ハ他人ノ委托ヲ受ケ絹布花莚及段通ヲ海外ニ直輸販売スルヲ以テ其目的トス
第四条 当組合ノ本店ハ東京市ニ設置ス
第五条 当組合ノ営業年限ハ本規約締結ノ日ヨリ満十ケ年トス
(太字ハ朱書、以下同ジ)
明治四十六年拾弐月八日迄営業継続
  但満期後尚ホ其営業ヲ継続セントスルトキハ総組合員ノ承諾ヲ要ス
                  明治廿八年ノ増資金壱万五千円也
第六条 当組合ノ資本総額ハ金拾万円トシ内金壱万五千円ハ営業者堀越善重郎之ヲ負担シ、其残額ハ左ノ割合ヲ以テ匿名員ヨリ出資スルモノトス

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                            匿名員             明治廿八年ノ増資 内金壱万円也明治四十年一月廿六日減資        渋沢栄一     金壱万五千円也   金弐万円也 内金壱万円也明治四十四年九月十一日村井吉兵衛譲受  堤惣平      金壱万円也     金壱万円也 内金壱万円也明治卅一年浅野総一郎譲受        馬越恭平     金壱万円也     金五仟円也 内金五千円也明治卅七年七月十六日減資        矢野次郎     金壱万円也     金五仟円也 明治四十四年堀越善重郎譲受             益田孝      金壱万円也     金五仟円也 改名 森村市左衛門                 森村市太郎    金壱万円也     金弐万円也 明治卅五年一月十四日相続人中上川次郎吉継承     中上川彦次郎   金五千円也     金五仟円也 明治卅弐年一月十八日堀越善重郎譲受         中山譲治     金五千円也     金五仟円也 明治卅弐年一月廿四日堀越善重郎譲受         藤本荘太郎    金五千円也     金五仟円也 明治四十四年五月十二日堀越善重郎譲受        木村浅七     金五千円也     金五仟円也                                  合計金拾万円也   合計金拾万円也 



第七条 営業上ノ都合ニ依リ資本金ヲ増減セントスルトキハ総組合員ノ承諾ヲ要ス
第八条 匿名員ノ各自出資スヘキ金額ハ当組合営業開始前十五日以後ニ於テ何時ニテモ営業者ノ通知ニ応シ出金スヘシ、其金額及払込期日ハ其都度少クモ十四日前ニ通知スヘシ
 若シ払込期日迄ニ払込ヲナサヽルトキハ其金額ニ対シ百円ニ付日歩参銭ノ割合ヲ以テ延滞利子ヲ納ムヘキモノトス、万一期日後六十日ヲ過クルモ尚ホ払込ヲナサヽルトキハ延滞利子ノ外損害賠償トシテ其引受金高ノ五分ノ一ヲ徴収シ組合ヲ除名スヘシ
第九条 営業者ハ匿名員ヨリ出資払込ノ都度同一ノ割合ヲ以テ自己ノ負担ニ属スル金額ヲ組合資本ニ払込ムヘシ、若シ其払込ヲ怠リタルトキハ前条ノ例ニ依リ処分スヘシ、尤モ其場合ニ於テ除名ヲ為スヘキトキハ組合ヲ解散スルモノトス
第十条 営業者及匿名員ノ別ナク組合存立中ハ如何ナル事情アルモ其出資金ノ払戻ヲ請求スルコトヲ得ス
  但除名ニ依リ組合ヲ退去スルトキハ此限ニアラス
第十一条 営業者ハ其権利義務ヲ他人ニ譲渡スコトヲ得ス
第十二条 匿名員ハ総組合員ノ承諾アルニアラサレハ其権利義務ヲ他人ニ譲渡スコトヲ得ス
第十三条 組合員損益ノ共分ハ各出資額ニ応シ計算スルモノトス、尤
 - 第14巻 p.418 -ページ画像 
モ匿名員ノ責任ハ其出資額ニ止ル
第十四条 営業者ハ総匿名員ニ対シ組合財産ノ全部ヲ担保ニ供スル義務アルモノトス
第十五条 営業者ハ組合営業上常務ニ付テハ総テ専行ノ権ヲ有スト雖モ、組合ノ利害ニ関スル重大ノ事件ニ付テハ匿名員多数ノ意見ニ反シテ行フコトヲ得ス
第十六条 匿名員ハ組合営業上ノ利害ニ関シ意見アルモ、総組合員ニ協議セスシテ特リ自ラ其権利ヲ行使スルコトヲ得ス
第十七条 匿名員ハ互撰ヲ以テ二名乃至三名ノ委員ヲ置キ匿名員ニ代リテ組合営業上ノ計算ヲ監査セシム
  但委員ニハ其勤務ニ応シ相当ノ報酬ヲ給スヘシ
第十八条 委員ハ営業時間中何時タリトモ営業者ニ対シ組合ノ財産帳簿及其他ノ書類ノ撿査ヲ求ムルコトヲ得
第十九条 営業者ハ組合営業ニ関スル帳簿ヲ設ケ其計算ヲ明カニスヘシ
第二十条 営業者ハ毎年十二月ニ於テ其期間ノ決算ヲナシ、貸借対照表・財産目録及計算書ヲ調製シ各匿名員ノ認定ヲ受クヘシ
 積立金ハ総利益高ノ百分ノ十ヨリ二十マテノ範囲内ニ於テ毎期決算ノ時組合員ノ多数決ヲ以テ之ヲ定メ、其残高ヲ純益金トシ左ノ割合ヲ以テ之ヲ分配ス
  一配当金        純益金高 百分ノ五十
  一営業者賞与及役員賞与 純益金高 百分ノ五十
(貼紙)一
 明治二十八年三月十八日臨時惣会ノ決議ニヨリ規約第二十条ヲ左ノ如ク修正ス
  ○第二十条 営業者ハ毎年十二月ニ於テ其期間ノ決算ヲナシ、貸借対照表・財産目録及計算書ヲ調製シ各匿名員ノ認定ヲ受クヘシ
   積立金ノ割合及役員賞与ノ額ハ毎期決算ノ時組合員ノ多数決ヲ以テ之ヲ定メ、其残高ヲ純益金トシ左ノ割合ヲ以テ之ヲ分配ス
    但シ積立金ハ惣利益ノ百分ノ十ヨリ二十マテノ範囲内トス
    一配当金   純益金高 百分ノ七十五ヨリ八十
    一営業者賞与 純益金高 百分ノ二十五ヨリ二十
 右之通リ
(貼紙)二
 明治三十五年一月廿七日総会ノ決議ニヨリ組合規約第二十条第一項ヲ左ノ如ク修正ス
  第二十条 営業者ハ毎年六月ニ於テ既往一ケ年間ノ決算ヲナシ貸借対照表・財産目録及計算書ヲ調製シ各匿名員ノ認定ヲ受クヘシ
 右之通リ
第二十一条 営業者破産又ハ家資分産ヲナシ又ハ死亡シ又ハ法律上無能力者トナリタルトキハ組合ハ当然解散スルモノトス
 - 第14巻 p.419 -ページ画像 
第二十二条 匿名員破産又ハ家資分産ヲナシ又ハ法律上無能力者トナリタルトキハ組合ヲ除名スヘシ
第二十三条 匿名員死亡シタルトキハ其権利義務ハ組合員過半数ノ承諾ニヨリ相続人ニ於テ引受クルコトヲ得
第二十四条 組合資本額三分一以下ニ減少シ又ハ商況ノ衰頽等ニ因リ到底営業ヲ維持スル見込ナキトキハ、組合員過半数ノ意見ニ依リ組合ヲ解散スルコトヲ得
第二十五条 営業者第三条ニ掲クル目的外ノ業務ヲ営ミ、又ハ不正ノ行為ヲナシ、其他此規約ニ背キタルトキハ、匿名員過半数ノ意見ニ依リ組合ヲ解散スルコトヲ得
第二十六条 前条ノ行為ニ因リ損害ヲ生シタルトキハ営業者ハ総匿名員ニ対シ其責ニ任スヘシ
第二十七条 匿名員死亡又ハ除名ニ因リ組合ヲ退去スルモノアルトキハ、其当時ノ貸借対照表ニ依リ其持分ヲ除名者又ハ相続人ニ払渡スヘシ、但第二十三条ノ場合ハ此限ニアラス
 死亡又ハ除名以前ノ取引ニシテ未タ完了セサルモノハ其完了ノ後之ヲ計算スヘシ
第二十八条 存立時期ノ満了又ハ此規約ノ定ムル所ニ依リ組合ヲ解散スルトキハ、営業者ハ組合解散着手ノ当日限リ其営業ヲ停止シ、其日ヨリ三ケ月以内ニ組合ノ債権ヲ取立テ債務ヲ弁済シ、現存ノ財産ヲ売却シ、其他組合ニ関スル計算ヲ整理シ、貸借対照表ヲ調製シ、各組合員ノ持分ニ応シ分配スヘシ
第二十九条 営業者前条ノ手続ニ従ヒ解散ニ着手セサルカ、又ハ着手スルモ空シク其時日ヲ経過シ、容易ニ整理ノ見込ナキカ、又ハ不正ノ行為アリタルトキハ、委員ハ営業者ニ代リ、解散事務ヲ完了スヘシ
右規約ヲ締結シタル証トシテ組合員各自記名調印シ、原本ハ営業者之ヲ保管シ、各匿名組合員ヘ正写壱通宛ヲ交付スルモノ也
  明治二十六年十二月九日
              東京市深川区福住町四番地
                    渋沢栄一
              滋賀県犬上郡高宮村七十四番邸
                    堤惣平(印)
              東京市麻布区広尾町十九番地
                    矢野二郎(印)
              栃木県足利郡足利町字助戸五十四番
                    木村浅七(印)
              東京府荏原郡北品川町三百十二番
                    益田孝
              中山譲治代理
                    益田孝
              東京市日本橋区新右衛門町十六番地
                    中上川彦次郎(印)
              東京々橋区銀坐四丁目壱番地
 - 第14巻 p.420 -ページ画像 
                    森村市太郎(印)
              大阪府堺市車之町参拾壱番屋敷
                    藤本荘太郎(印)
              東京市芝区桜川町十三番地
                    馬越恭平(印)
              東京市京橋区采女町十二番地
                    堀越善重郎(印)



〔参考〕(矢野二郎)書翰 渋沢栄一宛(明治二六年カ)七月一四日(DK140046k-0003)
第14巻 p.420 ページ画像

(矢野二郎)書翰  渋沢栄一宛(明治二六年カ)七月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
  七月十四日
謹啓
此炎暑中分時を争ひ而公共之事ニ御尽力之処へ一小事之為に御文通申上候も恐入候得とも、又捨置兼候一要件無拠此書拝呈仕候
益田出立之際一書のこし置候文意ハ、先日ホテルにて御会合被上候節之事ハ愈御賛助被成下候事ニ御決心、同志募集之事ニ迄も御尽力被成下候由、何とも御礼之申上様も無之次第なれとも、又御迷惑被察候間右募集方等ニ付直接間接ニ御指揮を受ケ私とも働キ度と存居候
益田ハ三井組内規上妨ル者有之組合ニ入リ兼候様痛心、其辺貴台江も御相談致候処稍御同感ナレバ益田・馬越ハ先ハ此募リニハ応し兼候者ト心得候様申来リ居候
全体此事ハ徐々相進候様可料事柄ニありなから、堀越外壱名の進退相計候義ハ数月ヲ要候事故ニ其着手ハ可成さし急キ度、此レ等二者内情ハ既ニ御承知被為在候へハ斯ク申上候とて無理トハ不思召事ト確信仕候、益田書中ニモ「堀越ニハ先ツ明年一月より開業之積りニて用意」云々ト有之候得とも、右ニ付退社下拵迄の事ニ着手致候ニ付テハ先以御意見伺候上ならでは心配ニ候間、其委細手紙以申上候様堀越へ談し置候、是ハ即此書中之最要点ニ御坐候まゝ甚申上兼候事ながら堀越江ハ簡短なる御返事仰られ候様奉願候
尚其内折を得而可申上候 草々頓首
                       二郎○矢野
    渋沢老台
  ○堀越商会ノ資料ハ震災ニテ一切焼失シタリ。


〔参考〕渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛明治二八年二月一七日(DK140046k-0004)
第14巻 p.420-421 ページ画像

渋沢栄一 書翰  八十島親徳宛明治二八年二月一七日
                   (八十島親義氏所蔵)
(別紙)
別ニ一事申進候義者例之堀越商会ニ於て、此度資金増加之事組合員中ニ於ても議定いたし、倍高之引受と相成候ニ付而ハ、其金高之半額即七千五百円(壱万五千円之半高)本月廿五日頃ニ払込之通達可有之と存候、就而ハ、其高期日御払被成候様、尾高氏○尾高幸五郎へ御打合可被下候、尤も堀越・矢野両人之中へ御引合有之度と存候、もし組合員之模様ニより、或ハ少々増加相望来候哉も難測候間、其辺も御含御問合有之度候
 - 第14巻 p.421 -ページ画像 
○中略
右ハ尾高氏ヘ可申進之処出状之幸便貴兄ヘ申上候ニ付宜敷御通達可被下候 匆々
  二月十七日                  栄一
    八十島殿
  ○本書翰略ス。


〔参考〕渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛明治二八年二月一七日(DK140046k-0005)
第14巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 書翰  八十島親徳宛明治二八年二月一七日
                   (八十島親義氏所蔵)
三白○中略
別紙ハ堀越善重郎被参計算書差出候ニ付、先日之書類と共ニ御保存可被下候
○中略
  十七日                    栄一
     親徳殿
東京市日本橋区兜町二番地 渋沢栄一留守宅 八十島親徳殿 要件 書留 渋沢栄一
二月十七日 従興津


〔参考〕渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛明治二八年二月二三日(DK140046k-0006)
第14巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 書翰  八十島親徳宛明治二八年二月二三日
                   (八十島親義氏所蔵)
○上略
頃日来之用向ハ夫々御取扱済と存候、右之中堀越商会出金と青木○青木孝へ之貸金ハ同族会ニ評議すへきものニ付、其御心得ニ尾高とも御打合置可被下候
○中略
  二月廿三日                 栄一
    八十島親徳殿
  ○封書ニ「従興津海水楼」ト記セリ。
  ○青木孝ハ北海道漁業関係ノ人。