デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

4章 鉱業
1節 銅
1款 足尾鉱山組合
■綱文

第15巻 p.369-373(DK150040k) ページ画像

明治13年1月1日(1880年)

是日栄一、古河市兵衛・志賀直道ノ組織セル足尾銅山組合ニ加盟シ、新ニ作成セラレタル協約書ニ調印ス。


■資料

古河文書 第二十二巻(DK150040k-0001)
第15巻 p.369-371 ページ画像

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〔参考〕渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)二月三日(DK150040k-0002)
第15巻 p.371-372 ページ画像

渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)二月三日 (古河男爵家所蔵)
足尾鉱山より来状昨夕一覧いたし候間返上仕候、浅野氏ハ同地ヘ出立
 - 第15巻 p.372 -ページ画像 
いたし候哉、且其後ハ未タ来状無之候哉
昨年中之諸勘定ハ㝡早出来候哉、其中長七氏ニても御来訪右計算向一応承知仕度候、将又当年之収入と費用との予算ハ浅野氏着山之後精細取調申越候筈ニ候哉、是又早々承知仕度候
拙生も廿九日仙石原へ罷越昨夜帰京仕候、此段為念申上候 匆々
  二月三日
                      渋沢栄一
    古河市兵衛様



〔参考〕渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)四月五日(DK150040k-0003)
第15巻 p.372 ページ画像

渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)四月五日 (古河男爵家所蔵)
足尾鉱山より来状一覧済返上仕候、勘定書ハ手許ニ御預申候、追々摸様ハ宜敷様子ニて御同慶ニ候得共、仕送金増加ニハ閉口仕候、本月分よりハ出鉱も幾分か相増可申候得共、尚精々御申遣し可被下候
右御返事迄 匆々
  四月五日
                      渋沢栄一
    古河市兵衛様



〔参考〕渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)五月九日(DK150040k-0004)
第15巻 p.372 ページ画像

渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)五月九日 (古河男爵家所蔵)
拝啓然者銅売込約束之義ニ付至急御面会之上御相談いたし度候間、今日午後一時頃第一銀行迄御越被下度候、もし貴兄御差支ニ候ハヽ浅野氏ニても御遣し被下度候、此段申上候 匆々
  五月九日
                      渋沢栄一
    古河市兵衛様



〔参考〕渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)六月二四日(DK150040k-0005)
第15巻 p.372-373 ページ画像

渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)六月二四日 (古河男爵家所蔵)
其後ハ御疎音申上候益御清勝御坐可被成奉万賀候、拙生無異即今坂地滞在仕候、御省念可被下候、然者吉岡始生徒三人之義ハ先日西京着之節より紡績会社山辺京都迄被参、右三人此儘帰京いたし候よりハ足尾草倉とも各荒銅四五万斤宛造幣局へ御買上相願、夫ニて実際之試験いたし候而ハ如何との申聞有之候間、着坂之上局長へ相願其都合ニ可取斗と存候処、此間坂地到着後拙生も少々不快ニて夫是延引いたし、去ル廿日ニハ漸快方ニ付造幣局へも罷出、鎔銅所も逐一拝見いたし局長へも面会種々承合候得共、銅御買上之事ハ難行届様子ニ有之、其上試験相願候も中々手続面倒ニ被存候間、既ニ職工拝借を御許し相成候上ハ当方ニて試験致し候より寧ロ貴方ニて実地経験之方と存候、右荒銅当方ニて相試候事ハ見合、吉岡始之三人ハ今廿四日之便船ニて帰京申付候、委細ハ同人等着之上ニて御聞取可被下候
ガニスタルサンド拝借之事も拙生より局長へ相願置、且取扱方ハ山辺氏へ托し候間、早々願書御差出し被成候ハヽ相済可申、又職工拝借之事も貴方之都合次第時日御申越ニ候ハヽ御廻し被下候様可相成と存候、右等も吉岡より御聞取可被下候
 - 第15巻 p.373 -ページ画像 
精銅ニ付必要之事柄ハ拙生も花田と申課長へ面会種々聞合申候、其質問廉書及花田より答書ハ吉岡へ相渡候ニ付、同人より御聞取可被下候
先ハ吉岡帰京ニ付其後之摸様申上候為如此御坐候 匆々再拝
  六月廿四日
                      渋沢栄一
    古河市兵衛様
 尚々拙生帰京ハ廿八九日と存候、委細ハ御面話ニて相尽し可申候
 健良ヘハ別ニ書状さし出不申候、宜御伝声可被下候
 銅之景気引立不申、円銀も低下いたし候ニ付、山許仕上ケ直段可成引下候様御注意専一ニ存候、乍序申上候也



〔参考〕渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)一〇月一日(DK150040k-0006)
第15巻 p.373 ページ画像

渋沢栄一 書翰 古河市兵衛宛(明治未詳年)一〇月一日 (古河男爵家所蔵)
拝啓然者一昨日支那公使銀行へ被参面会之節申聞候ニハ、同公使館ニて約定之銅ハ当九月分之高ニて凡三拾四五万斤渡り不足と相成居候処公使も十月中遅くとも十一月ニハ日本を立去り帰国致候筈ニ付、可成ハ其前一切之勘定向も結了仕度ニ付、右渡り不足之精銅至急引渡呉候様特別ニ古河へ依頼致度、其段拙生より申上呉候様との事ニ候、依而昨夜浅野氏ニ面会仕度と存し申上候得共、来訪無之ニ付態と書中前段申上候、即今之引合向如何相成居候哉、右不足之精銅早速ニ渡方出来候都合ニ候哉、夫是御報知被下度候、且御都合取調之上至急高橋ニても公使館へ御遣之上御引合有之度候
右可得御意如此御坐候 匆々不一
  十月一日                渋沢栄一
    古河市兵衛様



〔参考〕(芝崎確次郎)日記簿 明治一三年(DK150040k-0007)
第15巻 p.373 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿  明治一三年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
四月十四日 晴
○上略
足尾銅山書類取纏メ方被仰付 ○下略
  ○中略。
四月十六日 雨降
例刻出頭、十一時半頃主君御出頭被遊候、支配人不勤ニ付御多忙被為入候、去ル十四日被仰付候足尾銅山書類綴込御覧ニ入候 ○下略



〔参考〕(芝崎確次郎)日記簿 明治一四年(DK150040k-0008)
第15巻 p.373 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿  明治一四年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
八月廿二日
○上略
本日主君より御下ケ金請払左ニ
  金千六百六拾円足尾銅山資本金出金古川市兵衛[古河市兵衛]渡証書ハ奥方ヘ差上置候事
○下略