デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

4章 鉱業
1節 銅
1款 足尾鉱山組合
■綱文

第15巻 p.375-379(DK150042k) ページ画像

明治21年6月(1888年)

是ヨリ先、志賀直道足尾銅山組合ノ持分ヲ古河市
 - 第15巻 p.376 -ページ画像 
兵衛ニ譲渡ス。是月栄一モ亦之ヲ譲渡ス。是ニ於テ爾後同銅山ハ全ク古河一人ノ経営トナル。


■資料

古河文書 第二十二巻(DK150042k-0001)
第15巻 p.376 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

古河文書 第二十二巻(DK150042k-0002)
第15巻 p.376-378 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕渋沢栄一 書翰 渋沢元治宛明治三八年九月三〇日(DK150042k-0003)
第15巻 p.378-379 ページ画像

渋沢栄一 書翰 渋沢元治宛明治三八年九月三〇日 (渋沢元治氏所蔵)
  明治卅八年九月三十日
○中略
古河家も近頃追々制度変更し殊ニ原啓氏入社合名会社《(原敬)》と相成候ニ付而ハ、種々之方面ニ改正之点相及可申と存候、乍併右組織改正も陸奥広吉氏より内話有之、矢張引続き老生ハ重立候事件ニハ顧問之位地ニ相立居、又第一銀行とハ大株主ニも有之且取引も不相替継続いたし候義ニ付、先方ハ貴兄帰国之上相談之末ニ相応之地位ニ任用之考ニ有之候筈と存候、殊ニ技術上ハ原・岡崎抔ハ関係無之、多く近藤陸三郎抔相任し居、同人ハ決而先般之意念保続候事と存候、故ニ老生之企望ハ貴兄帰国後ハ兎も角も同家ニ就て相談いたし、其任用之模様ニよりてハ不得已他へ転し候事と御考被成、第一ニハ古河家従事と御思考被成候方と存候
○中略
  九月三十日王子別荘ニ於て
                         栄一
 - 第15巻 p.379 -ページ画像 
    渋沢元治殿



〔参考〕渋沢栄一 書翰 渋沢元治宛(明治三九年)一月五日(DK150042k-0004)
第15巻 p.379 ページ画像

渋沢栄一 書翰 渋沢元治宛(明治三九年)一月五日 (渋沢元治氏所蔵)
○上略
貴兄帰国後御身上之振向方ニ付而ハ先般も申進候如く、兎に角古河之合名会社ニ御従事被成候事と御心得有之度候、同家も先日潤吉ハ死去いたし候得共、木村長七・近藤陸三郎・岡崎邦輔抔いつれも相応ニ尽力被致候、殊ニ昨年陸奥広吉在京中原敬氏入社いたし万事鞅掌被致候処、同人ハ政事家中ニてハ先堅固之性質ニて将来相談相手ニも相成可申と存候、既ニ過日井上公ニより貴兄旅費補給之事内話有之候ニ付、其義ニハ不及候も元治帰国之上ハ不取敢古河之店ニ勤務為致度と老生ハ相考居候旨相通置候義ニ御坐候
○中略
  一月五日
                         栄一
    元治殿
      坐下