デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

6章 対外事業
1節 韓国
7款 平安電気鉄道株式会社
■綱文

第16巻 p.616(DK160100k) ページ画像

明治39年10月(1906年)

是ヨリ先、栄一韓国視察ノ結果平壌・鎮南浦間鉄道敷設ノ必要ヲ認メ、浅野総一郎等ト共ニ電灯及ビ電車兼営ノ事業ヲ計画シタルモ、収益ノ見込少ク之ヲ中止ス。


■資料

竜門雑誌 第二二一号・第五三頁 明治三九年一〇月 ○平安電気鉄道布設計画(DK160100k-0001)
第16巻 p.616 ページ画像

竜門雑誌  第二二一号・第五三頁 明治三九年一〇月
○平安電気鉄道布設計画 今春青淵先生の韓国視察の結果平壌及鎮南浦間陸上交通機関設備の必要を認め、其の調査方を和田工学士に委嘱せし其の調査も此の程完了せしに付、同先生は同地第一銀行主任麻生蓬氏を以て電気鉄道敷設に関し我が居留民に交渉せられたる処、居留民の重なる人々は九月二十二日夜民団役所楼上に会合商議の上異議なき旨回答することに決し、直ちに其の旨麻生氏に回答せしかば麻生氏は右の用件を帯び翌二十三日平壌に赴き着々設立準備に取掛り居る由にて、来春解氷期には是非共起工せしむる見込なりと云ふ


朝鮮鉄道史 朝鮮総督府鉄道局編 第一巻・第四二〇頁 昭和四年一〇月刊(DK160100k-0002)
第16巻 p.616 ページ画像

朝鮮鉄道史 朝鮮総督府鉄道局編  第一巻・第四二〇頁 昭和四年一〇月刊
 ○第一編 第九章 新線の建設
    第四節 平南線
 明治二十七八年日清戦役当時我が陸軍は鎮南浦に上陸し、此の地に兵站部を設置し軍需品輸送に便するため鎮南浦・平壌間に軽便人車鉄道を急設したることあり、当時より平南線急設の必要を痛感せる陸軍に於ては後日露戦役中、臨時軍用鉄道監部に於て、之れが敷設計画を立て、明治三十八年八月平壌建築班長をして之れが測量を為さしめたるも戦局の状況に依り用地の一部を買収したるのみにして中止した。後三十九年渋沢栄一・浅野総一郎等が大同江の水力を利用する電灯会社を設立し鎮南浦・平壌間の電車兼営を計画したるも、収益の見込尠なく、是れまた成立するに至らなかつた。その後第二十四帝国議会に於て、官営鉄道として工費百八十八万六千四十四円を四十一年度以降三箇年に分ち支出するの予算案が通過した。
○下略
  ○「青淵先生職任年表」ニ明治三十九年十月当会該社発起人トナル旨記載アルモ何日発起シタルヤヲ明カニセズ、他ニモ之ニ関スル資料ヲ得ズ。