デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治19年11月18日（1886年）

是日栄一当会会頭トシテ、刑法第三百九十三条並ニ附則第五十五条ヲ改正サレタキ旨司法大臣伯爵山田顕義ニ建議ス。

東京商工会議事要件録　　第二〇号・第二一―三二頁　明治一九年五月一五日刊
　　第二十臨時会　　（明治十九年四月廿三日午後六時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○四十六名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ第三号議案乃チ刑法及附則ニ改正ヲ要スル建議ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ議案ヲ朗読セシム
（第三号議案）
　別紙之事項本会ノ意見トシテ其筋ヘ建議相成度此段建議致候也
　　明治十九年四月十七日
　　　　　　　　　　　　　　四十三番会員　　梅浦精一
　　　　　　　　　　　　　　五番会員　　　　奥三郎兵衛
　　　　　　　　　　　　　　五十九番会員　　鈴木周四郎
　　　　　　　　　　　　　　七十九番会員　　山中隣之助
　　東京商工会々頭
　　　　渋沢栄一殿

　謹テ刑法第三百九十三条ヲ案ズルニ他人ノ動産不動産ヲ冒認シテ販売交換シ又ハ抵当典物ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ズト有之、蓋シ本条中他人ノ動産不動産ヲ冒認シテ云々シタルトハ、例ヘバ他人ノ所有スル土地家屋又ハ借用品等ヲ己レノ所有ナリト詐リ之ヲ販売交換シ、若クハ抵当典物トスルガ如キ行為ヲ指スモノニシテ、委托販売商ガ荷主ヨリ販売ノ委托ヲ受ケタル商品ヲ、金融ノ都合ニヨリ在来ノ慣習ニ従テ他ヘ抵当ニ入ルヽガ如キ行為ハ此範囲内ニアラザルモノト奉存候得共、其字句ノ見解ニヨリテハ或ハ此等ノ行為ヲモ包含スルモノヽ如クニ相見ヘ当業者ノ常ニ危懼スル所ニ御座候、現ニ府下廻米問屋ノ如キハ所謂委托販売商ナル者ニシテ地方荷主ノ依頼ニヨリテ其商品ヲ販売スルヲ営業トシ、其商品ハ或ハ指直ヲ以テ売捌クアリ、或ハ成行相場ヲ以テ売捌クアリテ其方法一様ナラズト雖トモ、其商品未ダ売却セザル前ニ於テ常ニ荷主ヘ其商品ニ対スル為替金ヲ貸与シ、又ハ別段ニ金員ヲ貸渡ス事ハ均シク営業部内ノ事務トシテ扱来リ候故ニ、一旦其商品ヲ荷受セシ後之ヲ他ヘ抵当ニ入レ若クハ倉庫会社ニ預托シ、更ニ其預証券ヲ銀行ヘ抵当ニ入レテ金融ヲ弁スル事ノ如キハ是迄全ク其委托内ノ事トシテ慣行致来リ候処、豈料ランヤ昨年中地方荷主某ヨリ府下廻米問屋某等ガ受托ノ米穀ヲ倉庫会社ヘ預托シ、其預証券ヲ銀行ヘ抵当ニ入レタルヲ以テ前記刑法第三百九十三条ニ所謂他人ノ財産ヲ冒認シタル者ナリトシテ告訴シタル事有之、之ガ為メ問屋業ヲ営ム者大ニ驚慌ヲ来シ候、幸ニ此等ノ被告人ハ其後犯罪ノ証憑不充分ナリトシテ免訴セラレタリト雖トモ、法庭ニ於テハ未ダ此問屋ノ行為ヲ果シテ民事上ノ訴訟ニ止ルモノト確認セラレタルニ非ザレバ、若シ将来此種ノ告訴起ルニ当リテハ其審理ノ摸様ニヨリテ或ハ之ヲ刑法ニ触ルヽノ行為ナリト裁断セラルヽ事ナキヲ保セズ、夫レ我国ノ商業ハ其規程未ダ整備ニ至ラザルニ付随テ所謂問屋ナル者ノ営業及其荷主ニ対スル関係ニ於
 - 第18巻 p.556 -ページ画像 
テモ大ニ欧米諸国ト其趣ヲ異ニシ、現ニ我国ノ問屋ガ荷主ノ為メニ金融ヲ弁スル事ノ如キハ従来其営業部内ノ最モ肝要ナル事務ニシテ今日荷主ガ問屋ニ商品ノ販売ヲ委托スルモノハ実ニ此便利ノ存スルガ為メナリ、是我国問屋営業ノ今日ニ成立スル所以ニ御座候、故ニ若シ万一ニモ問屋ガ其受托商品ヲ他ニ抵当ニ入ルヽニ当リ必ズ荷主ノ指図ヲ要スルモノトスル時ハ之ガ為メ金融機敏ヲ欠キテ商品ノ販売益々縮小シ、遂ニ問屋ノ営業ハ決シテ今日ノ如ク成立スル事能ハズト奉存候
　又謹テ刑法附則第五十五条ヲ案ズルニ、贓物転輾シテ他人ノ手ニ在ル時公商ニ由リテ買取シタル物品ハ其公商若クハ被害者ヨリ買取者ニ原価ヲ償ハザレバ直チニ還給セシムル事ヲ得ズト有之、是畢竟買取者ノ地位ニ立ツ者物品ヲ買入ルヽニ当リ全ク其正不正ヲ鑑別スルノ途ナキニ付、公商ニ由リ買取シタル物品ハ正当ト見做シ以テ其責任ヲ免カレシムルノ御趣意ニシテ、今熟々此精神ヲ以テ推考スル時ハ公商ニ由リテ抵当トシテ受取リタル物品モ亦本条ニ準ズベキモノノ如シト雖トモ、抵当ノ場合ニ関シテ特ニ明文無之ヲ見レバ抵当トシテ受取リタル物品ハ公商ニ由ルト否トヲ問ハズ総テ還給ヲ拒ム事ヲ得ザルモノヽ如クニモ相見ヘ、是亦当業者ノ甚ダ危懼スル所ニ御座候、現ニ府下倉庫会社及銀行ノ如キ是迄問屋ヨリ商品ヲ預リ又ハ抵当トシテ受取ルニ当リ其商品ハ則チ公商ニ由ルモノニ付充分正当ナルモノト信ジ安心シテ取引致来リ候処、前条ニ挙示スルガ如ク昨年中地方荷主ヨリ府下廻米問屋ニ係ル告訴事件ノ起リタルヨリ此等ノ営業者ハ大ニ驚慌ヲ来シ自ラ安心ノ地ヲ失シタル姿ニ相成候、蓋シ商品ヲ抵当トシテ受取ル場合ニ於テ其正不正ヲ鑑別スルノ途ナキ事ハ之ヲ買取スル場合ト同一ニ付、此場合ニ於テモ公商ニ由ルモノハ同ジク正当ト見做サヽルベカラズ、若シ否ラズシテ其抵当ノ物品偶々不正ナルニ当リテハ仮令公商ニ由ルモ還給ヲ拒ム事ヲ得ザルモノトスル時ハ此等ノ営業者ガ商品ヲ預リ又ハ抵当ニ取ルニ当リテハ必ズ先ヅ其由来ヲ詳査シテ其正不正ヲ鑑別セザルヲ得ズ、然ルニ此等ノ営業者ハ取引ノ際固ヨリ其商品ノ銘柄及量価等ハ之ヲ鑑査スルヲ得ベシト雖トモ、其商品ノ産地及取引ノ由来ヲ詳査スルハ実際決シテ為シ能ハザル所ニ有之候、故ニ今若シ米商ヨリ米ヲ預リ生糸商ヨリ生糸ヲ抵当トシテ受取ルニ当リテモ必ズ其由来ヲ詳査シテ其正不正ヲ鑑別セザルヲ得ザルモノトスル時ハ、之ガ為メ商品ノ運転活動ヲ失シ倉庫会社及銀行ノ営業ノ如キハ決シテ今日ノ如ク成立スル事能ハズト奉存候
　夫レ我国ノ商業ニハ信約取引ノ習慣未ダ充分ニ発達セズシテ苟モ市場ニ金融ヲ得ントスルニハ多クハ皆抵当ヲ要セザルハナク、就中米生糸ノ如キハ我国産中重要ノ地位ヲ占ムルモノニシテ其運転ノ便否ハ大ニ金融ノ通塞ニ関スルモノアリ、故ニ今若シ前陳ノ如ク当業者ヲシテ営業上ニ危懼ノ念ヲ懐カシメ以テ此等ノ重要品ヲシテ金融市場ニ抵当タルノ効用ヲ薄弱ナラシムル時ハ之ガ為メ全般商工業ニ影響スル所実ニ少々ナラズト奉存候、依テ何卒一方ニ於テハ刑法第三百九十三条ノ字句ニ相当ノ改正ヲ加ヘラレ問屋ガ金融ノ都合ニヨリ
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受托商品ヲ他ヘ抵当ニ入ル＠ガ如キ行為ハ本条ノ範囲内ニアラザルノ意ヲ明示セラレ、又一方ニ於テハ刑法附則第五十五条ニ抵当トシテ受取リタル場合モ亦本条ニ準ズルト云フガ如キ意味ヲ追加セラレ以テ当業者ヲシテ安心シテ営業セシメ候様致度希望仕候、依テ此段建議仕候也
本案ニ就テハ各員ノ間ニ多少ノ問答アリタル迄ニテ別段ニ異議ヲ唱フル者ナカリシガ、只八十一番（阿部泰蔵）ハ刑法附則第五十五条ニ追加ヲ要スル事ハ同意ナリト雖トモ、刑法第三百九十三条ニ改正ヲ要スル事ハ不同意ナリ、抑モ刑法第三百九十三条ニ示ス所ノ行為ハ本来不正ノ性質ヲ滞ブルモノナリト雖トモ、委托販売商ガ受托ノ商品ヲ抵当ニ入ルヽ行為ノ如キハ全ク相互ノ契約ニ属スルモノニシテ本来毫モ不正ノ性質ヲ帯ブルモノニ非ズ、故ニ此異質ノモノヲ該条中ニ連記セン事ヲ望ムハ頗ル妥当ナラザルニ付、此分ハ建議ヲ止メ、只当業者ヨリ其筋ニ向テ該条ノ解釈ヲ請フ迄ニテ可ナリトノ説ヲ発シ、又五十八番（益田孝）ハ刑法第三百九十三条ニ云々ノ改正ヲ望ムト云フ時ハ幾分カ八十一番ノ述ベタルガ如キ懸念ナキニアラザレバ、只当業者ニ於テ云々ノ危懼心ヲ抱クニ付、相当ノ経画ヲ以テ事実上当業者ヲシテ充分安心ノ地位ヲ得セシメ度旨ヲ建議シ其筋ノ注意ヲ促ス迄ニテ可ナリトノ説ヲ発シ、此等ノ主意ヲ賛成スル者多ク、遂ニ本案ハ理事本員及建議者ニ於テ前陳ノ主意ヲ参酌シテ相当ノ修正ヲ加ヒ直チニ其筋ヘ建議スル事ニ決セシガ、猶十六番（益田克徳）ノ動議ニヨリ本案ニ論ズル所ハ法律ノ解釈ニ関スルモノニ付、之ヲ其筋ヘ建議スルニ当リ一応東京代言人議会ノ意見ヲ問合ハスベキニ決ス
又三十二番（吉田幸作）ハ本案ヲ議スルニ当リテ質屋モ問屋ヨリ商品ヲ質ニ取ル事往々其例アリテ、銀行倉庫会社等ト同シク危懼ノ念ヲ抱クニ付、本案中抵当ノ下ニ典物ノ二字ヲ加ヒ、銀行倉庫会社ノ下ニ質屋ノ二字ヲ加ヒタシトノ動議ヲ発シタルガ、質屋ノ貸借ト普通ノ貸借トハ或ル点ニ於テ全ク其性質ヲ異ニスルモノアリ、且ツ刑法中所謂典物トハ果シテ普通ノ質物ヲ指スモノカ将タ否ラザルカ其辺ニ就キ頗ル疑フベキモノアルヲ以テ、衆議ノ上是ハ猶理事本員及建議者ニ於テ篤ト詳査ヲ遂ゲ然ル後見込ニヨリテ之ヲ取捨スルニ決ス
○下略

東京商工会議事要件録　　第二一号・第六―三六頁　明治一九年一〇月二〇日刊
　　第十定式会
　　　　　　　　　　（明治十九年十月二日午後五時三十分開会）
　　第廿一臨時会
　　　　会員出席スル者　○三十七名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ明治十九年上半季間事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自昭和十九年一月至同年六月　半季間事務ノ報告
○中略
　　　　雑事　　　　七件
○中略
○委托販売ノ義ニ付刑法及附則ニ改正ヲ要スルノ議
 - 第18巻 p.558 -ページ画像 
　　本件ハ五番奥三郎兵衛・四十三番梅浦精一・五十九番鈴木周四郎及七十九番山中隣之助ノ建議ニ係リ、其要旨ハ刑法第三百九十三条ヲ改正シ委托販売商ガ受托ノ商品ヲ抵当ニ入ルヽガ如キ行為ハ之ヲ該条ノ範囲外ニ置カレン事ヲ其筋ヘ建議スベシ（第一項）、刑法附則第五十五条ヲ改正シ総テ公商ニ由ル物ハ其買取シタルト抵当ニ取リタルトヲ問ハズ之ヲ還給セシムルニハ必ズ原価ヲ償ハシメラレン事ヲ其筋ヘ建議スベシ（第二項）ト云フニ在リ、即チ明治十九年四月廿三日第二十臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ各員一トシテ之ニ異議ヲ挿ム者ナカリシガ遂ニ十六番（益田克徳）ノ発議ニヨリテ本件ハ現行法律ノ解釈ニ関係ヲ有スルモノニ付之ヲ其筋ヘ建議スルニ当リ、先ヅ東京代言人議会ノ意見ヲ問フベシト云フニ決シタルニ付、其後理事本員ハ建議案ヲ草シ同年五月十八日附ヲ以テ同会ノ意見ヲ問合セ、爾後同会ニ於テハ数回ノ会議ヲ開キ審議中ノ趣ナルガ、本季中未ダ其回報ヲ接手セザルニ付其顛末ハ更ニ次季ヲ期シテ報告スベシ
○下略

東京商工会議事要件録　　第二二号・第四三―五三頁　明治一九年一二月三日刊
　○参考部
（第二号）
　　　　○（代言人議会ヘ諮問書）
謹啓陳ハ今般本会ニ於テ別紙ノ通リ其筋ヘ建議可致ト議決仕候処、右ハ大ニ法律ノ解釈ニ関係仕候儀ニ付貴会ノ御高案ヲモ拝承仕度、就テハ右建議案ニ就キ充分ノ御評論被成下御意見ノ次第御細示相成候様仕度、此段及御依頼候也
　　明治十九年五月十八日　　東京商工会々頭　渋沢栄一
　　東京代言人議会長
　　　　高橋一勝殿
尚々本会ニ於テハ刑法並附則中ニアル抵当典物ノ文字ハ従前相用候書入質入ノ文字ヲ引直シ候迄ニテ敢テ普通ノ抵当品ト質屋業ノ質物トヲ区別シテ指示セシモノニ無之、之ヲ再言スレバ抵当トハ現物債主ノ手ニ移ラサルモノヲ云ヒ、典物トハ現物債主ノ手ニ移ルモノヲ云フ迄ノ意味ト思考仕候、而シテ別紙建議案中ニ抵当典物ト連記仕候モノハ総テ此見解ニ依ルモノニ御座候、右見解ノ当否ニ就テモ併テ御意見御示シ被下度此段添テ申進候也
　（別紙建議案ハ参考部第四号ニ掲グルモノト全ク同文ナルニ付重復ヲ厭ヒ玆ニ之ヲ略ス）
（第三号）
　　　　○（同回答書）
拝啓当組合ヘ御照会有之候建議案ノ儀、別冊ノ通リ議了相成候ニ付御送呈致候也
　　十九年十月十九日　　　　　　東京組合代言人会長
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　増嶋六一郎
　　東京商工会々頭
 - 第18巻 p.559 -ページ画像 
　　　　渋沢栄一殿
　　　　　　回答書
拝啓当組合常議員会第一号第二号議案本月八日左ノ通リ議了候ニ付此段申進候也
第一条　第一号議案抵当典物ノ義解ニ付テハ学理上種々ノ見解有之候得共、書入質入ノ文字ヲ引直シタルモノト云ヘル商工会ノ見解敢テ不当ト勘ヘラレズ候
第二条　第二号議案中刑法第三百九十三条ノ文字不完全ナルニ付其字句改正ヲ建議スルハ無益ナリ、何トナレバ委托販売問屋ニ於テ慣例ニ従ヒ荷主ノ利益ヲ計リ商品ヲ典物トスルガ如キハ刑法第三百九十三条ニ触ルベキ事柄ニアラズ、従ツテ賍物トシ処分セラルヽガ如キ恐レナケレバナリ
第三条　刑法附則第五十五条改正建議案ハ権衡上一応道理アル如クナレトモ、同条ノ如キ社会公衆一般ニ関スル法律ナルガ故、其改正ヲ建言スルヨリハ寧ロ特ニ商業ニ而已関係スル商法律ノ範囲内ニ於テ其救正保護ヲ仰グノ便ナルニ如カズ
第四条　各常議員ノ意見中商工会建議ノ参考トナルベキモノ尠キニアラズ、故ニ本件ニ係ル当常議員会議事録ヲ抜萃シ議長手許ニ扣ヘ置キ商工会員ノ需メニ応ジ閲覧セシムベシ
右議決候也
　　　　　　　　　　　　　　　東京組合代言人常議員会議長
　　明治十九年十月十八日　　　　　　　　　　松尾清次郎
　　東京組合代言人会長
　　　　増嶋六一郎殿
（第四号）
　　　　○刑法並ニ同附属ニ御改正ヲ要スル儀ニ付意見
謹テ刑法第三百九十三条ヲ案スルニ他人ノ動産不動産ヲ冒認シテ販売交換シ又ハ低当典物《（抵）》ト為シタル者ハ詐偽取財ヲ以テ論ストアリ、右ハ例ヘハ回漕運搬ノ業ヲ営ム者カ他ノ委託ヲ受ケタル商品ヲ窃取シテ販売スルカ如キ殆ド窃盗罪ニ類スルノ行為ヲ指スモノニシテ、問屋業ヲ営ム者ガ荷主ヨリ販売ノ委托ヲ受ケタル商品ヲ金融ノ都合ニヨリテ他ヘ抵当典物トスルガ如キ商業上ノ慣習ニ因依スルモノヲ指示セラルヽ儀ニハ有之間敷、現ニ明治七年三月四日太政官第二十七号ノ布告ヲ以テ預金穀ハ其証書中ニ封印ノ儘預リ置候歟、或ハ預リ中融通使用ヲ為サヽルノ明文ナキ分ハ出訴候トモ貸金同様ニ裁判可致旨ヲ明記セラルルヲ見テモ其意義著明ナル事ト奉存候処、豈料ランヤ昨年中地方荷主某ヨリ当府下廻米問屋某等ヘ委托セシ米穀ヲ倉庫会社ヘ預托シ、其預証券ヲ銀行ヘ抵当ニ入タルヲ以テ即チ他人ノ財産ヲ冒認シタル者ナリトシテ荷主ヨリ告訴シタルニ当リ其筋ニ於テ之ヲ刑事トシテ受理セラレ、又各地方ニ於テモ往々同様ノ御取扱有之由聞知致シ、是当業者ノ深ク危懼スル所ニ御座候、蓋シ預金穀ヲ融通使用スル者ハ預主ニ対シ之ヲ弁償スルノ義務ヲ負フベキ事固ヨリ論ヲ待タスト雖トモ之ヲ刑事トシテ取扱ハルヽ時ハ其審理中本人ハ拘留セラレ、物件ハ不正品トナリテ売買其他取扱方ノ自由ヲ失シ、徒ラニ時日ヲ稽延シ機敏迅速ヲ要
 - 第18巻 p.560 -ページ画像 
スル商業取引ニ在リテハ実ニ困難ノ極ニ御座候、顧フニ政府ガ明治七年中第二十七号ノ布告ヲ発セラレタルモノハ夙ク此等ノ事情ヲ洞察セラレタルニ因ル義ト想察仕候処、今日実際ニ於テ往々此布告ノ精神ニ矛盾スルガ如キ御取扱有之候モノハ、畢竟我国ニ於テ未ダ商事又ハ民事ニ関シテ完全ノ制法アラザルガ為メナルベシト雖トモ、要スルニ刑法第三百九十三条ノ文義不定全ナルニ原由スル義ト奉存候、就テハ此際本条ノ字句ヲ相当ニ改正シ自今委托販売ノ業ヲ営ム者等ガ金融ノ都合ニ依リテ受托ノ商品ヲ他ヘ抵当典物トスルガ如キ行為ハ刑事上ニ受理セラルヽ事無之様希望仕候
又謹テ刑法附則第五十五条ヲ案スルニ贓物転輾シテ他人ノ手ニ在ル時公商ニ由リテ買取シタル物品ハ、其公商若クバ被害者ヨリ買取者ニ原価ヲ償ハザレハ直チニ還給セシムル事ヲ得スト有之、是畢竟買取者ノ地位ニ立ツ者物品ヲ買入ルヽニ当リ全ク其正不正ヲ鑑別スルノ途ナキニ付、公商ニ由リ買取シタル物品ハ正当ト看做シテ以テ其責任ヲ免カレシムルノ御趣意ト奉存候、今熟々此精神ヲ以ヲ推考スル時ハ公商ニ由リ抵当典物トシテ受取リタル物品モ其正不正ヲ鑑別スルノ途ナキハ全ク買取シタル物品ト同様ナルベキニ、本条中単ニ買取シタル物品トノミアリテ抵当典物トシテ受取リタル物品ノ掲載無之ハ当業者ノ甚ダ危懼スル所ニ御座候、現ニ府下倉庫会社及銀行ノ如キ是迄問屋ヨリ商品ヲ預リ、又ハ抵当典物トシテ受取ルニ当リ其商品ハ則チ公商ニ由ルモノニ付、充分正当ナルモノト信シ安心シテ取引致来リ候処、前項ニ上陳スルガ如ク昨年中地方荷主ヨリ府下廻米問屋ニ係ル告訴事件ノ起リタルヨリ此等ノ営業者ハ大ニ驚悚ノ念ヲ生シ、爾来其取引大ニ渋滞梗塞ノ姿ニ立至リ候、蓋シ商品ヲ抵当典物トシテ受取ル場合ニ於テ若シ公商ニ由ルモノト雖トモ其物件不正ノ品ナレバ、貸金先取ノ権ヲ失シテ其物件ノ還給ヲ拒ム事ヲ得ザルモノトスル時ハ此等ノ営業者ガ商品ヲ預リ又ハ抵当典物ニ取ルニ当リテハ、必ズ先ヅ其由来ヲ詳査シテ其正不正ヲ鑑別セザルヲ得ス、然ルニ此等ノ営業ハ取引ノ際固ヨリ其商品ノ銘柄及量価等ハ之ヲ鑑査スルヲ得ベシト雖トモ、其商品ノ産地及取引ノ由来ヲ詳査スルハ実際決シテ為シ能ハザル所ニ有之候、故ニ今若シ米商ヨリ米ヲ預リ生糸商ヨリ生糸ヲ抵当典物トシテ受取ルニ当リテモ、必ズ其由来ヲ詳査シテ其正不正ヲ鑑別セザルヲ得ザルモノトスル時ハ、之ガ為メ商業上ノ融通活動ヲ失シ倉庫会社及銀行ノ営業ノ如キハ決シテ其成立ヲ得ル能ハズシテ其極遂ニ商業ヲシテ衰運ニ帰セシムルニ至ルベク奉存候、夫レ我国ノ商業ニハ信約取引ノ慣習未ダ充分ニ発達セズシテ苟モ市場ニ金融ヲ得ントスルニハ多クハ皆物件ノ抵当典物ヲ要セサルハナク、就中米生糸ノ如キハ我国産中重要ノ地位ヲ占ムルモノニシテ而シテ今若シ前陳ノ如ク当業者ヲシテ営業上ニ危懼ノ念ヲ懐カシメ、此等ノ重要品ヲシテ金融市場ニ抵当典物タルノ効用ヲ失ハシムル時ハ之ガ為メ全般商工業ニ影響スル所実ニ少々ナラズト奉存候、依テ刑法附則第五十五条ヲ公商ニ由リ抵当典物トシテ受取リタル物品モ買取シタル物品ト同様ニ処分セラルヽノ意味ヲ以テ御改正相成度希望仕候、此段開陳仕候也
　　明治十九年十一月十八日　　　　　　　東京商工会々頭
 - 第18巻 p.561 -ページ画像 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　司法大臣　伯爵　山田顕義殿

東京商工会議事要件録　　第二三号・第一〇―一二頁　明治二〇年三月二二日刊
　　第十二定式会　　（明治二十年二月廿六日午後四時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○五十六名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ規程第五章第二十二条ニヨリ明治十九年下半季間定式事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自昭和十九年七月至同年十二月　半季間事務報告
○中略
　　　　政府ヘ建議　　　四件
○中略
○刑法並ニ同附則ニ改正ヲ要スル義ニ付司法大臣ヘ建議
　　本件ニ就テハ既ニ前季ニ於テ報告シタルガ如ク東京代言人議会ノ意見ヲ問合セタルニ其後十月十九日同議会ノ回答ヲ接手セシガ、右回答ノ趣旨ハ一応道理アリト雖トモ此趣旨ニ拠ルトキハ聊カ不安心ナキ能ハザルニ付建議書ハ原案ノ儘ニテ十一月十八日司法大臣閣下ヘ進達シタリ
○下略
　　　○刑法第三九三条及ビ附則第五五条ハ明治四十年新刑法ノ公布ニ至ルマデ実施サレタリ。