デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治20年5月6日（1887年）

是ヨリ先、新潟酒類営業組合ヨリ酒造営業ノ衰頽ヲ挽回センガ為メノ救済策数項ヲアゲ当会ノ意見ヲ求メ来リシガ、是日栄一当会会頭トシテ該件ニ関シ同組合ニ回答ス。

東京商工会議事要件録　　第二四号・第一五―三六頁　明治二〇年五月一六日刊
　　　第廿三臨時会　　（明治二十年四月廿二日午後六時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○三十四名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ第三号議案ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム
（第三号議案）
　　　　（新潟酒類営業組合ヨリノ諮問）
拝啓陳ハ酒類営業ノ衰頽ヲ挽回セン為メ別紙意見書並説明書ニ詳陳セル如ク数項ノ救済策ヲ実行致度、就テハ先ツ貴会議所ノ御意見相伺度候間至急御決議ノ上可否ノ御回答相成度此段県下同業ノ決議ヲ以テ及御諮問候也
　　　　　　　　　　　　　新潟区東堀通十番町十四番地
　　　　　　　　　　　　　北越酒類営業組合創立事務所
　　　　　　　　　　　　　　　　　　創立員
　　明治廿年一月三十一日　　　　　　　　　　赤阪長八
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　西村伊平
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂井一六
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　茅野勝蔵
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　　東京商工会々頭
　　　　渋沢栄一殿
　　　　　　意見書
多年ノ積弊今ニ至ルモ尚ホ未ダ救医セス民間ノ事業挙ケテ衰頽セサルハ無シ、就中酒類営業ノ如キハ一層困難ノ極ニ陥ヰリ産ヲ破リ業ヲ廃スル者陸続踵ヲ接ス、若シ今ニシテ鋭意之ガ挽回ノ策ヲ図ラスンハ竟ニ本邦ノ一大産業ヲ挙ケテ衰滅ニ帰セシムルナシトセズ、豈ニ奮興セサル可ケンヤ、蓋シ酒造営業ノ衰頽セシ所以ヲ繹ヌルニ其原因第一ニシテ止マラスト雖モ其重モナル件々ヲ列挙スレハ概略左ノ数項ニ外ナラサル可シ
　　第一　世間ノ不景気ヨリ販路ヲ減少セシ事
　　第二　洋酒ノ需用増加セシヨリ販路ヲ縮少セシ事
　　第三　粗製濫造ヲ為ス者アリテ声価ヲ失墜セシ事
　　第四　逋税密造ヲ企ツ者アリテ正業者ニ妨害ヲ与ヘタル事
　　第五　酒造営業ノ重税ナルヨリ酒価ノ騰貴セシ事
　　第六　自家用料酒醸造者ノ増加セシヨリ酒類営業者ノ販路ヲ減少セシ事
以上列挙スル所ノ原因中其関係ニ直間ノ別アリ、其影響ニ大小ノ差アリト雖モ是等数原因ノ相抱合シ以テ今日ノ結果ヲ呈ハシタルハ寔ニ明白ナル事実ナリトス、酒造営業ノ衰頽既ニ此数項ノ原因ニ外ナラストセハ宜シク進ンテ之ガ救済ノ策ヲ画セサル可ラス、然レトモ此原因中直チニ除去スヘキ者アリ、又除去スヘカラサル者アリ、其除去スヘキ者ハ直ニ之カ救済ノ方法ヲ実行スルヲ得ヘキモ其除去スヘカラサル者ハ更ニ他ノ方案ヲ索メテ之カ挽回ヲ図ラサル可ラス、因テ其救済ノ策ヲ画スル事左ノ如シ
　　第一　海外ニ向テ輸出ノ業ヲ開ク事
　　第二　各府県下ニ酒類営業組合ヲ設置スル事
　　第三　酒類ノ品評会ヲ開設スル事
　　第四　自家用料酒ニ向テ更ニ撿束ヲ加ヘラレンコトヲ請願スル事
　　第五　北海道酒造営業者ニシテ酒類ヲ内地ニ輸入スル者ハ内地酒類造石税ト同一ノ輸入税ヲ徴収アランコトヲ請願スル事
以上五項ノ救済策タル其企画ノ大ニシテ関係ノ広キ全国酒類営業者ノ一致協同ヲ得ルニ非サルヨリハ決シテ十全ノ成蹟ヲ収ムル能ハサルナリ、然ルニ現今酒造営業者ノ有様タル一二地方ヲ除クノ外ハ互ニ箇々睽立シ之レガ一致協同ヲ求ムルニ由ナシ、是ヲ以テ先ツ全国各商法会議所ニ向テ意見ヲ提出シ、若シ其賛同ヲ得ハ即チ之ガ実行ニ助力アラン事ヲ請ハント欲スルナリ、事固ヨリ国家ノ鴻図ニ属ス、庶幾クハ左記説明書ニ就テ審案熟議以テ是非ノ酬答アラン事ヲ
　　　　　　説明書
　　第一　海外ニ向テ輸出ノ業ヲ開ク事
本項ハ衰頽ノ原因中第一第二両項ノ挽回策ニ充テント欲ス、蓋シ世間ノ不景気タル政事上及ヒ財政上ノ変動ニ基因シ其痼疾遠ク数年ノ前ニ発シ施テ今日ニ至レル者ナレハ固ヨリ一朝一夕ニシテ之ガ回復ノ実効ヲ奏シ得ヘキニ非ス、而シテ洋酒ノ需用増加セシコト亦タ世態進歩ノ
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致ス所人力ノ能ク制禦シ得ヘキニ非サルナリ、然レドモ現ニ酒類営業者ノ最大妨害ヲ為シ又後来酒類営業者ノ最大障礎《（礙）》ヲ為スモノ此二事ニ外ナラサル可クンハ決シテ之ガ救済ヲ藐忽ニ附ス可ラス、然ラハ別《（則カ）》チ之ヲ奈何セハ可ナル歟、海外ニ向テ輸出ノ業ヲ開キ其販路ノ内ニ減スル所之レヲ外ニ拡ムルヨリ善キハ莫シ、顧フニ我国醸造ノ酒類タル或ハ欧米各国人ノ嗜好ニ適セサルコト之アラン、然レトモ支那・朝鮮ノ我国ニ於ケル其人種相同ジク其風土相肖タリ、其我国人ノ嗜好ニ適スルモノ亦タ彼ノ邦人ノ嗜好ニ適セスト謂フ可ラス、現ニ朝鮮国人ノ如キ日本酒類ヲ珍重スルコト夐カニ自国ノ酒類ニ優リ支那国人ノ之ヲ嗜好スル事亦タ朝鮮国人ニ譲ラス、故ニ我国醸造ノ酒類ヲ支那・朝鮮ニ輸出シ以テ其販路ヲ拡張セハ啻ニ酒造営業ノ衰頽ヲ挽回スルノミナラズ、大ニ斯業ヲ振興シ以テ国家ノ利益ヲ増進スルニ至ルヤ必セリ、然ルニ今日ニ至ルマテ支那・朝鮮諸国ニ向テ盛ンニ輸出セシ者之アラサルハ何ゾヤ、蓋シ我国ノ酒類タル其税額既ニ重シ、加フルニ運賃並ニ海関税等ノ費用ヲ以テセハ之ヲ輸出スルト雖モ毫モ収益アラザルカ為メノミ、是ヲ以テ海外輸出ノ業ヲ始ムルニ先タチ政府ニ向テ請願セザル可ラザル者アリ、即チ海外ニ輸出スル酒類ハ其造石税ヲ免除シ以テ其業ヲ奨励セラレンコト是ナリ、醤油税則ヲ案スルニ其第十二条ニ云フ、外国ニ輸出スル醤油ハ輸出ノ節税関ニ於テ撿査ヲ受ケ置キ輸入港税関ノ陸揚免状若クハ其他ノ証憑ト為ルヘキ書類ニ在留領事ノ撿印ヲ受ケ之ヲ当初輸出ノ税関ニ提出シ其造石税ニ相当スル金額ノ下戻ヲ請フ事ヲ得云々ト、其レ此クノ如ク外国輸出ノ醤油ニ向テ其造石税ヲ下戻サルヽ所以ノモノハ畢竟其外国輸出ノ業ヲ奨励セラルヽノ意ニ外ナラザル可シ、果シテ然ラハ外国輸出ノ酒類ニ対シテモ之ト同一ノ奨励ヲ与ヘラレン事敢テ不当ノ事ニ非スト信スルナリ、政府若シ海外ニ輸出スル酒類ノ造石税ヲ免除セラレンカ海外輸出ノ事業是ヨリ振興セン事決シテ疑ヲ容レザルナリ、是故ニ先ツ政府ニ向テ外国ニ輸出スル酒類ハ其造石税ヲ下戻スベキ一条ヲ酒造税則中ニ追加セラレンコトヲ請願シ、併セテ酒類営業者ニ向テ盛ンニ海外輸出ノ事業ニ勉メンコトヲ奨励鼓舞スルコト酒造営業ノ衰頽ヲ挽回スルニ於テ最モ緊要ナル方策ナリト確信ス
　　第二　各府県下ニ酒類営業組合ヲ設置スル事
本項ハ衰頽ノ原因中第三・第四両項ノ弊害ヲ矯正スルニ効力アルノミナラズ酒造営業ヲ改良振興スルニ於テ極メテ緊急ナリト信ス、凡ソ事業ノ何タルヲ問ハス其弊風ヲ矯正シ其改良ヲ企図セント欲スルニ方リテハ一人一個ノ力ヲ以テ之ニ当ランヨリハ多数結合ノ力ヲ以テ之ヲ行フノ労ヲ費ヤス事少ナクシテ功ヲ収ムル事速カナルニ若カサルナリ、向キニ農商務省ノ組合準則ヲ発布シ以テ各商工業者ノ組合設置ノ挙ヲ促カサレタルモノ蓋シ此意ニ外ナラザルナリ、近来酒造営業者中粗製濫造の酒類ヲ販鬻スル者アリ、又逋税密造ヲ企ツ者アリテ大ニ正業者ニ妨害ヲ与ヘ、又一般ノ声価ヲ失墜スルニ至レリ、現ニ我カ新潟県下ノ如キ北海道地方ニ輸出スル酒類ハ毎歳一万石ニ下ラサリシニ、近年其額著ルシク減少シ殆ント其十分ノ一ニ過ギサルニ至リタルモノ職ハラ粗製濫造ノ劣品ヲ輸出シ以テ其声価ヲ失墜セシニ由ラズンハ非ス、
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抑モ酒類営業者中此ノ如ク粗製濫造ノ酒類ヲ販鬻シ若クハ逋税密造ヲ企ツ者アル所以ノモノハ畢竟同業者互ニ箇々睽立シ以テ一致協同セサルガ故ノミ、是故ニ各府県下ニ酒類営業者ノ組合ヲ団結シ其事務所ヲ置キ其規約ヲ設ケ以テ是等ノ弊害ヲ矯正センコト実ニ目今ノ急務ナリトス、且ツ夫レ酒類ノ製造法タル今日ニ改良セサル可ラサルモノ一ニシテ足ラズ彼ノ酒中ニ含有スル有害物ヲ除去シ又ハ腐敗予防ノ法ヲ行ヒ若クハ酒造器具及ヒ家屋建築法ヲ改良スル等苟クモ学術的ノ改良進化ニ係ルモノハ酒造営業者ノ鋭意実行セサル可ラサル所ナリ、然レトモ之ヲ実行スルニ方リテハ同業者ノ一致協同スルニ非サルヨリハ決シテ完全ノ成績ヲ収ル能ハス、是レ又タ酒類営業者ノ組合ヲ団結セサル可ラサルノ要旨ナリトス、況ヤ前項ニ陳述セル如ク海外輸出ノ業ヲ実行スルニ至テハ永ク我国酒類ノ声価ヲ保維シ、利益ヲ増進セン為メ進ンテ全国酒類営業者ノ大団結ヲ起シ以テ同業者ノ気脈ヲ通シ協同ヲ図ラサル可ラザルノ事情アルニ於テオヤ、抑モ我国商業者ノ幼稚ナル或ル物品ニシテ少シク外国ノ需用ヲ増加シ以テ其輸出ノ盛ンナラントスルヤ忽チ粗悪ノ物品ヲ濫出シ以テ其声価ヲ失墜シ一時ノ小利ノ為メニ永遠ノ大利ヲ失却スル者其例少シトセス、彼ノ生糸及製茶ノ如キ最モ其甚シキモノトス、是故ニ蚕糸業及ヒ茶業者ノ如キハ各々其組合ヲ設立シ以テ其業ノ改良進歩ヲ企図セルコト概ニ世人ノ知悉スル所ナリ、我ガ酒類ノ如キ一タヒ販路ノ海外ニ開クルニ及テヤ亦タ前車ノ覆轍ヲ踏襲スルナシト謂フ可ラス、是レ其組合ヲ団結シ以テ其弊害ヲ予防セサル可ラザル所以ナリトス、之ヲ要スルニ組合団結ノ事タル其弊風ヲ矯正シ其改良ヲ企図スルニ於テ最モ効力アルモノナレハ、酒造営業ノ褒頽ヲ挽回スルニ方リテハ実ニ必要欠ク可ラサル者ナリト信ス、灘酒造営業者ノ如キ既ニ率先シテ其組合ヲ設置セリ、全国酒類営業者亦タ各々速ニ其組合ヲ設立シ遂ニ進ンテ全国ノ大団結ヲ起サンコト実ニ急務中ノ急務ナリトス
　　第三　酒類ノ品評会ヲ開設スル事
本項ハ酒類ノ粗製濫造ヲ矯正シ且ツ其改良進歩ヲ促進スルニ於テ最モ効力アルモノナリト信ス、凡ソ世間ノ百事万般始メアラサル無ク克ク終リ有ル鮮ナシ、其始メ業ヲ創ムルニ当リテヤ鋭意熱心事ニ此ニ従フト雖モ歳月ヲ経ルニ随ヒ知ラス識ラス疎漫ニ流ルヽニ至ルハ古今ノ通弊タリ、故ニ酒類営業者ノ如キ此弊ヲ未然ニ防遏シ以テ益々酒類製造ノ改良ヲ図ラント欲セバ其品評会ヲ開設シ以テ同業者ヲシテ其業務ヲ競進セシムルヨリ善キハ莫キナリ、然レトモ此品評会開設ノ挙タル酒類営業組合ノ設立後ニ実行スルコト最モ便利ナルノ事情アルヲ以テ先ツ其組合ヲ設立シ然ル後チ一府県下ノ品評会ヲ開設シ、異日全国酒類営業者ノ大団結ヲ起スニ至ラハ更ニ全国ノ品評会ヲ開設シ以テ酒類製造ノ改良ヲ奨励鼓舞セハ其利益タル決シテ鮮少ニアラサル可キナリ
　　第四　自家用料酒ニ向テ更ニ撿束ヲ加ヘラレンコトヲ請願スル事
本項ハ酒類営業者ノ業務ヲ保護スルニ於テ最モ緊要ノ条項ナリト信ス抑モ衰頽ノ原因中第五項ニ示ス如ク酒類造石税タル我国諸税中ニ在テ最モ重税ナルヲ以テ酒造営業者ハ勢ヒ酒価ヲ騰貴セサルヲ得ス、酒価騰貴セハ其需用者ノ減少スルニ至ルハ誠ニ事理ノ明白ナル者トス、然
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ルニ他ノ一方ヲ観察スルニ彼ノ自家用料ノ酒類タル製造免許鑑札料金八拾銭ヲ納ムレハ、何人ト雖モ一石以内ハ自由ニ之ヲ製造スルヲ得ルヲ以テ、彼ノ酒価ノ騰貴ニ苦ム者ノ如キ亦自家用料酒製造ノ鑑札ヲ受クルニ至ルナシト謂フ可カラス、是ヲ以テ我ガ新潟県下ノ如キ自家用料酒ヲ製造スル者頗ル多ク現ニ明治十六年度ニ於テハ自家用料酒製造ノ免許ヲ得タルモノ五万七千七百二十人ニシテ、其造石高ハ四万六千百七十六石ナリトス、之ヲ同年度ノ酒造営業者ノ造石高十二万九千九百四十一石ニ比スレハ殆ト其三分ノ一以上ニ居レリ、然レトモ是レ特ニ免許鑑札ヲ受ケタル者ノミ、若シ夫レ之カ密造ノ造石高ヲ挙クルニ至リナハ其額或ハ酒造営業者ノ造石高ニ超過スルニ至ルヤモ亦タ未タ知ル可ラス、自家用料酒ノ酒造営業者ノ累ヲ為ス事甚タ大ナルヲ見ル可キナリ、政府此ニ見アリ、昨年七月勅令第六十号ヲ以テ酒造税則附則ヲ改正セラレ自家用料ノ清酒ヲ製造スルヲ禁シ、又酒類受売卸売小売営業飲食店又ハ旅籠屋営業者及ヒ其同居人ノ自家用料ノ酒類ヲ製造スルヲ禁シ、又自家用料ノ酒類ハ一家内ニ於テ一期製造高一石ニ超ルヲ禁シ、其他自家用料酒ニ向テ大ニ撿束ヲ加ヘラレタリ、是レ政府カ酒造営業者ヲ保護セラルヽノ盛意ニ外ナラズ、我々同業者ノ最モ欣喜スル所ナリ、然レトモ自家用料酒撿束ノ上ニ於テ尚ホ望蜀ノ感ナキ能ハス即チ自家用料ノ酒類ハ濁酒・蒸溜酒ノ外ハ其製造ヲ禁セラレン事及ヒ自家用料酒製造免許鑑札料ヲ増加セラレンコト是ナリ、請フ聊カ其故ヲ弁セン、熟々政府カ自家用料ノ酒類製造ヲ許サルル所以ノ意ヲ考フルニ僻陬遐壌ノ人民ハ其交通運輸不便ニシテ其自家用料ノ酒類ヲ製造スルヲ禁スル時ハ其不便尠ナカラサルニ依リ、特ニ之ヲ縦シテ禁セラレサルモノナル可シ、然レトモ政府既ニ日用必需ノ清酒ヲ製造スルヲ禁セラルヽ以上ハ更ニ再製酒ヲ製造スルヲ禁セラルヽモ実際ニ於テ左マテノ不便ヲ醸スベキニ非ザルナリ、唯濁酒・蒸溜酒ノ二種ニ至テハ僻陬遐壌ノ人民常ニ之ヲ飲料ニ供スルモノナルヲ以テ之ヲ禁スル時ハ其不便決シテ鮮少ニアラズ、故ニ自家用料ノ酒類ハ姑ラク濁酒・蒸溜酒ノ二種ニ限リ其他ノ酒類ハ之カ製造ヲ禁セラレン事猶ホ清酒ニ於ケルガ如クセラレン事ヲ希望スルナリ、而シテ濁酒・蒸溜酒ヲ製造スル者ハ概ネ中等以上ノ人民ニ多クシテ中等以下ノ人民ニ少シ、其然ル所以ノモノハ下等人民ハ自家用料ノ酒類ヲ製造スルノ余資ナケレハナリ、政府既ニ是等中等以上ノ人民ニ自家用料ノ酒類ヲ製造スルヲ許シ、而シテ其免許鑑札料ハ僅々八十銭ニ止メラルヽ時ハ酒造営業者ノ造石税ト非常ノ逕庭アルヲ以テ、苟モ酒価ノ騰貴ニ苦ムモノハ仮令ヒ僻陬遐壌ノ人民ニ非サルモ亦タ皆ナ飲料ヲ自醸ノ酒類ニ取ラントスルニ至ル、是レ酒類営業者ノ最モ妨害ヲ受クル所ナリ、故ニ政府ニ向テ更ニ其免許鑑札料ヲ増加シ以テ酒類営業者ヲ保護セラレン事ヲ請願セント欲スルナリ
　　第五　北海道酒造営業者ニシテ酒類ヲ内地ニ輸入スル者ハ内地酒類造石税ト同一ノ輸入税ヲ徴収アラン事ヲ請願スル事
政府ハ昨年七月勅令第六十一号ヲ以テ朝鮮国ニ於テ製造シテ日本国ニ輸入スル日本酒類ニハ当分ノ内内地酒類造石税ト同一ノ割合ニ当ル海関税ヲ徴収スル旨ヲ公布セラレタリ、是レ我邦人ノ朝鮮ニ渡航セル者
 - 第18巻 p.623 -ページ画像 
彼地ニ於テ日本酒ヲ醸造シ之ヲ我国ニ輸入シ以テ逋税ヲ図ル者アルニ由ルモノニシテ是カ為メ関西地方ノ酒類営業者ハ大ニ保護ヲ被リタル事ナル可シ、然ルニ尚ホ之ニ類スル者アリ、即チ北海道地方酒造営業者ノ東北地方諸県ヘ酒類ヲ輸入セント企図セル事是レナリ、聞ク北海道ハ人民未開ニシテ内地ト同一ノ治下ニ置クヲ得ス、且気候冱寒ニシテ厳冬積雪中ハ酒力ヲ仮ルニアラスンハ寒威ニ抵敵スベカラサルノ事情アルヲ以テ、酒造税ノ如キ特ニ軽税ナルニ依リ同地方酒造家ハ之ヲ奇貨トシテ東北諸県ニ酒類ヲ輸入セントノ経画アリト云ヘリ、果シテ然ランニハ東北諸県ノ酒類営業者ハ非常ノ影響ヲ被ルニ至ルヲ以テ速カニ之カ防禦ノ策ヲ施サヽル可ラス、而シテ之レカ防禦ノ策タル北海道酒造税モ亦タ内地ト同額トナスニ若カスト雖モ今日ノ事情少シク之ヲ許サヾルアラン、故ニ其内地ニ輸入スル者アル時ハ姑ラク之ニ向テ内地酒類造石税ト同一ノ輸入税ヲ徴収セラレンコトヲ政府ニ請願セント欲スルナリ
本案ハ衆議ノ上、元来当府下ハ酒類消費地ニシテ醸造地ニ非ズ随テ充分ノ考案ヲ附シ難キニ付、理事本員ニ於テ此趣旨ニヨリ単簡ナル回答案ヲ作リ直チニ諮問者ヘ回報スベキニ決ス
　（此回答案ハ其後理事本員ニ於テ立案シ五月六日附ヲ以テ諮問者ヘ回報セシニ付其全文ハ参考部第九号ニ掲グ）

東京商工会議事要件録　　第二四号参考部・第二五―二七頁　明治二〇年五月一六日刊
　　　　○（北越酒類営業組合ヘ回答書）
去一月三十一日附ヲ以テ酒類営業ノ衰頽ヲ挽回セン為メ数項ノ救済策御実行相成度旨別紙相添本会ノ意見御問合ノ趣承知仕候、然ルニ当府下ノ義ハ元来酒類消費地ニシテ醸造地ニ無之随テ本会ニ於テハ充分ノ意見難申述候得共、熟々御意見ヲ通覧スルニ猶類営業衰頽《（酒）》ノ原因ハ要スルニ本会ニ於テモ御同見ニ御座候、而シテ其救済策ノ中第一・第二第三ノ三項ノ如キハ相応ノ道理可有之存候得共、之ヲ実行スル為メ果シテ衰頽ヲ挽回スルニ足ル程ノ効果ヲ見ルベキヤ否ヤニ就テハ本会ノ少シク懸念スル所ニ候、又第四・第五ノ両項ノ如キハ果シテ御説明ノ如キ事実有之候ニ於テハ之ヲ実行スル為メ必ズ多少救済ノ効果可有之存候得共、一方ニ於テハ斯ノ如キ施設ヲ嫌悪スル者多分ニ可有之ニ付其趣旨公正ヲ得ルモノナルヤ否ヤニ就テハ本会ノ俄ニ卑見ヲ附シ難キ所ニ候、先ハ此段及御回答候也
　　明治二十年五月六日
　　　　　　　　　　　　　　　　東京商工会々頭
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　北越酒類営業組合創立員
　　　　茅野勝蔵殿
　　　　坂井一六殿
　　　　西村伊平殿
　　　　赤坂長八殿

東京商工会議事要件録　　第二五号・第七―一六頁　明治二〇年九月二〇日刊
 - 第18巻 p.624 -ページ画像 
　　第十三定式会　　（明治二十年八月廿九日午後七時十五分開会）
　　　　会員出席スル者　○二十五名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ規程第五章第二十二条ニヨリ明治二十年上半季間定式事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自明治二十年一月至同六月　半季間事務ノ報告
○中略
　　　　会外ヨリ諮問　　　四件
○中略
○酒類営業挽回ノ義ニ付北越酒類営業組合ヨリノ諮問
　　本件ハ明治二十年一月卅一日北越酒類営業組合創立員赤坂長八外三名ヨリノ諮問ニ係リ其要旨ハ同人等ノ規画セル酒類営業救済策数項ヲ実行シタキニ付先ツ貴会ノ意見ヲ回示アリタシト云フニ在リ、依テ同四月廿二日第二十三臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ衆議ノ末、当府下ハ元来酒類消費地ニシテ醸造地ニアラズ随テ充分ノ考案ヲ附シ難キニ付概略ノ意見ヲ回報スベシト云フニ決シ、依テ其後理事本員ハ此趣旨ニ拠リテ回答案ヲ作リ同五月六日附ヲ以テ諮問者ニ回報シタリ
○下略