デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治20年5月9日（1887年）

是日栄一当会会頭トシテ、薬品取扱規則ニ改正ヲ加ヘテ注意薬ノ名目ヲ削去シ其売買ノ制限ヲ解カンコト外二項ニ就キ内務大臣伯爵山県有朋ニ建議ス。

東京商工会議事要件録　　第二四号・第一四―一五頁　明治二〇年五月一六日刊
　　第廿三臨時会　　（明治二十年四月廿二日午後六時三十分開会）
　　　　会員出席スル者　○三十四名
 - 第18巻 p.630 -ページ画像 
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ第二号議案ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム
（第二号議案）
　　　　薬品取扱規則ニ改正ヲ要スル義ニ付建議
　　（此建議案ハ衆議ノ末全ク原案ニ可決シタルニ付、五月九日附ヲ以テ内務大臣閣下ヘ進達シ、即チ其全文ハ参考部第八号ニ掲グルヲ以テ重複ヲ厭ヒ玆ニ之ヲ略ス）
本案ハ建議者ト各員ノ間ニ多少ノ問答アリタル迄ニテ格別ノ議論ナク衆議ノ上遂ニ全ク原案ニ可決シ、其建議案ハ別ニ修正スルヲ要セズ原案ノ儘ニテ其筋ヘ上呈スベキニ決ス

東京商工会議事要件録　　第二四号参考部・第一五―二五頁　明治二〇年五月一六日刊　
（第八号）
　　　　○薬品取扱規則ニ改正ヲ要スル義ニ付建議
明治十三年一月十七日太政官第一号御布告ヲ以テ制定セラレタル薬品取扱規則ノ義ハ、衛生上必要ノ御制規タル事勿論ニ御座候処、元来薬品ノ儀ハ啻ニ医業上必要ノ材料タルノミナラス工業上ニモ甚タ必要ノ材料ニシテ、近来工芸漸ク進歩スルニ従ヒ其用途モ益々拡張シ、今日各人ノ間授受取扱ノ頻繁ナル事決シテ前日ノ比ニアラス、随テ右御規則中当時ニ於テハ御取締上極メテ必要ナリシ条項モ今日ニ於テハ其必要ヲ見ザルノミナラズ当業者ニ於テ大ニ不便ヲ感スル条項不少、依テ今其御改正ヲ要スル条項左ニ叙述仕候
第一本則中第一類（注意薬）ノ名目ヲ削去シ其売買ノ制限ヲ解カレ度事
　　本則第一条ニ「凡薬品中、最モ注意シテ精撰スベキモノヲ第一類（注意薬）トシ云々」トアリ、第二条ニ「第一類ノ薬品ハ其性効緩劇ニ拘ラズ若シ精良ナラザル時ハ医師ノ目的ヲ誤リ以テ人命ヲ危フスルガ故ニ其粗製品ハ之ヲ薬用トシテ販売スベカラズ」トアリ、今熟々此第一類ノ類目表ヲ点撿スルニ中ニハ其注意スベキノ要点全ク精撰ニ関セズシテ単ニ貯蔵ニ関スルモノアリ、然ルニ此等ヲ概括シテ之ヲ其注意シテ精撰スベキ類目中ニ包入スルハ其名実相適応セザルノ嫌アリ、況ンヤ薬品ナルモノハ如何ナル種類ヲ問ハス必ス皆注意精撰ヲ要スルモノナレハ、斯ノ如ク僅々其種類ヲ限リテ之ガ注意精撰ノ区域ヲ定ムルハ決シテ其当ヲ得タルモノニアラス、故ニ本則中第一類（注意薬）ノ名目ハ寧ロ全ク之ヲ削去シテ以テ其販売ノ制限ヲ解除セラレン事ヲ希望ス、或ハ斯ノ如クスル時ハ取締上如何トノ懸念ナキニアラザルベシト雖トモ、抑モ薬品ノ良否ヲ鑑別スルハ当業者ノ伎倆ニヨルモノニシテ其伎倆ノ如何ヲ撿定スルニハ既ニ現行試験法ノ存スルアリ、且ツ其精撰貯蔵ノ方法ニ就テハ、曩ニ日本薬局方ヲ発布シテ充分其方針ヲ指示セラルルアリ、故ニ仮令其注意精撰ヲ当業者ニ委任シテ之ガ販売ヲ制限セラレザルモ実際決シテ不都合ナカルベシト確信仕候
　第二本則第四条ノ末ニ一項ヲ追加セラレ凡諸官衙・公私立病院・医師・薬舗・薬種商・化学者・製薬者・絵具商・工職者・学校等ニテ
 - 第18巻 p.631 -ページ画像 
需用スル場合ニ際シ当業者ニ於テ購入者ノ住所姓名ヲ熟知シ且ツ其需用ノ目的ヲ詳知スル時ハ必ズシモ本条ニ示ス正式ノ手続ニヨラズシテ販売授与スルヲ許サレ度、又本条但書中幼穉ノ者及不安心ト認ムル者トアルヲ、共ニ今少シク意義ニ限界アル文字ニ改メラレ度事
　　本則第四条ニ「第二類第三類ノ薬品ハ医師ノ処方書ニ拠テ調合スルノ外医師・薬舗・化学者・工職者等ヨリ品名・量数・需用ノ目的・年月日及住所姓名ヲ詳記シタル証書ヲ以テスルニアラザレバ決シテ販売或ハ授与スベカラズ」トアリ、右ハ畢竟自殺・謀殺・誤用等ノ危害ヲ防止セラルヽノ精神ニシテ実ニ緊要ノ御取締法ト奉存候得共、場合ニヨリテハ仮令此正式ノ手続ニヨラシメザルモ実際毫モ危害ヲ来スノ懸念ナクシテ而モ之ニヨラシムル時ハ却テ種々ノ不便ヲ生スル事有之、夫レ薬品ニハ特ニ数多ノ種類アリテ其種類ヲ挙ゲテ尽ク之ヲ自家ニ貯蔵スルハ蓋シ当業者ノ為シ能ハザル所ナリ、左レバ偶々需用者ノ注文ニ接スルニ当リ当業者互ニ相供給シテ有無ヲ通ズル如キハ営業上ノ常慣ナリ、而シテ当業者ガ他ノ同業者ニ就テ之ヲ購入セントスル場合ノ如キ先ツ雇人ヲ甲乙丙数店ニ派シテ種々探問ヲ遂ゲシメ、若シ其中品質精良ニシテ価格低廉ナルモノアル時ハ臨機之ヲ購入セシムル事殆ド常例ニシテ、此場合ニ於テ甲乙丙何レノ店ヨリ之ヲ購入スベキヤハ固ヨリ之ヲ予期スベカラザル所ナリ、然ルニ此際必ズシモ正式ノ証書ヲ要スルモノトスル時ハ予メ数枚ノ証書ヲ製シテ携持セシムルニアラザレバ以テ其目的ヲ達スル事ヲ得ズ（第一例）又工職者ガ工芸用ノ為メ常ニ同種ノ薬品ヲ購入スル場合ノ如キ、其時々必ズシモ正式ノ証書ヲ要スルモノトスル時ハ為メニ無益ノ時間ヲ空費シ其不便決シテ少々ニアラス（第二例）又夜中急病人アリテ医師ヨリ使ヲ馳セ、只薬名量数並ニ姓名ノミヲ記載シタル紙片ヲ以テ此類ノ薬品ヲ購入セントスル場合ノ如キ、其書面ノ不合式ナル故ヲ以テ之ニ応セザル時ハ為メニ人命ヲ危フスルノ虞ナシトセズ（第三例）又悪疫流行ニ際シ地方ノ諸官衙・病院等ヨリ予防消毒用ノ為メ電信ヲ以テ此類ノ薬品ヲ注文スル場合ノ如キ、其正式ノ証書ナキ故ヲ以テ之ニ応セザル時ハ為メニ病毒ヲ蔓延セシムルノ恐アリ（第四例）以上ノ場合ハ当業者ガ常ニ屡々遭遇スル所ニシテ其実例蓋シ少シトセズ、然ルニ若シ本条ニヨリ必ズシモ正式ノ手続ニヨラサルヲ得ザルモノトスル時ハ、当業者ハ勿論購入者ノ不便実ニ名状スベカラズ、故ニ本条ノ末ニ一項ヲ追加セラレ諸官衙・公私立病院・医師・薬舗・薬種商・化学者・製薬者・絵具商・工職者・学校等ニテ需用スル場合ニ際シ当業者ニ於テ兼テ購入者ノ住所姓名ヲ熟知シ、且ツ其需要ノ目的ヲ詳知スル時ハ必ズシモ本条ニ示ス正式ノ手続ニヨラズシテ普通ノ認証ヲ以テ販売授与スル事ヲ許シ即チ前陳第一例及第二例ノ場合ノ如キハ通帳若クバ糴帳ノ類ヲ以テ販売ヲ許サレ、第三例ノ場合ノ如キハ一片ノ書附ヲ以テ販売ヲ許サレ、又第四例ノ場合ノ如キハ電信文ヲ証書ト看做シ販売ヲ許サレ度希望仕候
　　又本条ノ但書中ニ「本条ノ手続ニヨルモノト雖トモ幼穉ノ者其他
 - 第18巻 p.632 -ページ画像 
不安心ト認ムル者ニハ一切交附スベカラズ」トアリ、然ルニ幼穉ノ者トハ凡ソ何年以下ノ者ヲ指スカ、又不安心ト認ムル者トハ如何ナル者ヲ指スカ、其限界ヲ定ムル事頗ル難ク見解上往々誤謬ヲ生シ易キニ付、此幼穉ノ文字ヲ丁年未満若クバ何年以下ト云フガ如ク、此不安心ノ文字ヲ白痴者若クハ酔狂者ト云フガ如ク要スルニ今少シク意義ニ限界アル文字ニ改メラレ度希望仕候
第三本則第六条及第七条ハ全廃セラレ度事
　　本則第六条ニ「第二条第四条末文ニ背戻シ又ハ贋品敗品ヲ販売スル者ハ其贋敗品ヲ没入シ三拾円以上五百円以下ノ罰金若クバ一月以上一年半以下ノ懲役云々」トアリ、又第七条ニ「右ノ罰則ヲ再犯スルモノハ其本罪ノ最多限ニ二倍以下ノ罰ヲ科シ云々」トアリ蓋シ薬品取扱方ノ如キハ衛生上ニ重大ノ関係ヲ有スルガ故ニ特別ノ取締ヲ要スルノ事情ナキニアラサルベシト雖トモ、現ニ刑法第二百五十四条ニ「規則ニ違背シテ毒薬劇薬ヲ販売シタル者ハ拾円以上百円以下ノ罰金ニ処ス」トアリ、同第二百五十五条ニ「前二条ノ罪ヲ犯シ因テ人ヲ疾病又ハ死ニ致シタル者ハ過失殺傷ノ各本条ニ照シ重ニ従テ処断ス」トアリ、此正条ニヨル時ハ以テ取締ノ実効充分可相立存候ニ付本則第六条及第七条ノ罰則ハ全廃セラレ度希望仕候
前陳ノ要旨ニシテ幸ニ御採択相成候時ハ御取締上毫モ差支ヲ来ス事ナクシテ、当業者ハ勿論購入者共ニ便利ヲ得結局一般ノ利益ト可相成奉存候、依テ此段建議仕候也
　　明治二十年五月九日　　　　　　　東京商工会々頭
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　内務大臣　伯爵　山県有朋殿

東京商工会議事要件録　　第二五号・第七―一〇頁　明治二〇年九月二〇日刊
　　第十三定式会　（明治二十年八月廿九日午後七時十五分開会）
　　　　会員出席スル者　○二十五名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ規程第五章第二十二条ニヨリ明治二十年上半季間定式事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自明治二十年一月至同六月　半季間事務ノ報告
○中略
　　　　政府ヘ建議　　　二件
○中略
○薬品取扱規則ニ改正ヲ要スル義ニ付内務大臣ヘ建議
　　本件ハ七番会員森島松兵衛・八番会員竹内久兵衛・九番会員雨宮綾太郎ノ建議ニ係リ、其要旨ハ現行薬品取扱規則中第一類（注意薬）ノ名目ヲ削去シ其売買ノ制限ヲ解カレタシ（第一項）該規則第四条ノ末ニ一項ヲ追加セラレ凡諸官衙等ニテ需用スル場合ニ際シ当業者ニ於テ購入者ノ住所姓名ヲ熟知シ、且ツ其需用ノ目的ヲ詳知スル時ハ必ズシモ本条ニ示ス正式ノ手続ニヨラズシテ販売授与スル事ヲ許サレタシ云々（第二項）該規則第六条及第七条ハ全廃セラレタシ
 - 第18巻 p.633 -ページ画像 
（第三項）ト云フニ在リ、即チ明治二十年四月二十二日第二十三臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ全会異議ナク之ヲ可決シタルニ付、其建議案ハ同五月九日附ヲ以テ直ニ之ヲ山県内務大臣閣下ニ進達シタリ
　　　○明治十三年一月十七日太政官布告第一号薬品取扱規則ハ明治二十二年三月十六日法律第十号薬品営業並薬品取扱規則ヲ以テ廃セラル。新規則ニヨリ建議案中第一項ハ実現シ、注意薬ノ名目並ニ其売買ノ制限ハ撤廃サレタレドモ、第二項・第三項ハ多少ノ修正ヲ受ケタルノミニテ再現セリ（法令全書明治十三年及ビ明治二十二年上巻）。
　　　○日本薬局方ハ明治十九年ニ公布、二十年七月ヨリ施行セラル。