デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第20巻 p.100-107(DK200006k) ページ画像

明治25年7月1日(1892年)

是日栄一、当会議所会頭トシテ大日本紡績聯合会ノ建案ニ係ハル綿糸棉花輸出入税免除ノ儀ニ付、大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣河野敏鎌ニ建議ス。


■資料

第一回東京商業会議所事務報告 第一一―一二頁 明治二五年四月刊(DK200006k-0001)
第20巻 p.100 ページ画像

第一回東京商業会議所事務報告  第一一―一二頁 明治二五年四月刊
一綿糸綿花輸出入税免除ノ儀ニ付、大日本綿糸紡績同業聯合会ヨリ建議ノ件
  本件ハ明治二十四年十一月三十日大日本綿糸紡績同業聯合会ヨリノ建議ニ係リ、其要旨ハ綿糸輸出税及棉花輸入税ハ国家経済上ニ不利ナルニ付、本会議所ヨリ之ガ免除ノ意見ヲ其筋ヘ建議アリタシト云フニ在リ、依テ同年十二月十二日第十回ノ臨時会議ニ附シタルニ、会頭ヨリ五名ノ委員ヲ指名シテ之ヲ調査セシムル事ニ決シ、即チ会頭ヨリ左ノ諸君ヲ指名シタリ
                   益田孝君
                   奥三郎兵衛君
                   梅浦精一君
                   辻粂吉君
                   菊地長四郎君
  其後委員ハ之ヲ調査中ニ付、追テ共報告ヲ待チテ、更ニ会議ニ附スル見込ナリ


渋沢栄一書翰 萩原源太郎宛 (明治二五年)二月二二日(DK200006k-0002)
第20巻 p.100-101 ページ画像

渋沢栄一書翰  萩原源太郎宛 (明治二五年)二月二二日   (萩原英一氏所蔵)
○上略
綿花輸入税免除之義ニ付建議書ハ未タ熟覧不仕候、其他之書類も覧閲延引ニ相成居候間廿六日迄ニ充分取調、其節委細可申上と存候、右拝答如此御坐候 不一
 - 第20巻 p.101 -ページ画像 
  二月廿二日               渋沢栄一
    萩原源太郎様


第二回東京商業会議所事務報告 第一三―一七頁 明治二六年四月刊(DK200006k-0003)
第20巻 p.101-106 ページ画像

第二回東京商業会議所事務報告  第一三―一七頁 明治二六年四月刊
一綿糸綿花輸出入税免除ノ儀ニ付、大蔵・農商務両大臣ヘ建議ノ件
 本件ハ前回ニ報告シタルガ如ク、大日本綿糸紡績同業聯合会ノ提案ニ係リ、委員ニ於テ審査中ノ処、其後委員ハ右提案ノ大躰ヲ賛成シ其建議書案ヲ草シ報告シタルニ付、明治二十五年三月十一日第十一回ノ臨時会議ニ附シ、其決議ニ基キ、正副会頭ニ於テ少シク文案ヲ修補シ、同年七月一日ヲ以テ左ノ如ク松方大蔵大臣及河野農商務大臣ヘ建議シタリ
    綿花輸入税及綿糸輸出税免除之義ニ付建議
 謹テ惟ルニ今日輸入綿花及輸出綿糸ニ対シ、関税ヲ課スルノ制有ルハ、国家経済上大ニ不利益ナリト信スルニ因リ、本会議所ハ玆ニ之ヲ免除スルノ意見ヲ具シ、敢テ閣下ニ建議スル所有ラントス
 夫レ我国紡績事業ノ実況ハ四・五年以降著シキ進歩ヲ為シ、明治十七年ニ於テ全国ノ錘数三万五千本ニ過キサリシモ、同二十四年ニ至リテハ其数三十八万本ノ上ニ出テ、之ニ係ル資本ハ実ニ一千余万円ニ達セリ、而シテ曩ニ其製出スル者ハ和紡績糸ト称スル太糸ノミナリシカ、近年其事業ノ進歩スルニ従ヒ、漸ク細糸ヲモ紡績シ、大ニ外国綿糸ノ輸入ヲ防キタルノ事跡ハ既ニ較著ナリトス、今試ニ明治十九年以来二十四年ニ至ル六年間、外国綿糸ノ輸入高及我国綿糸ノ製造高ヲ対照シ、以テ其増減ヲ証明スヘシ

  年次     外国綿糸輸入高      我国綿糸製造高
                 斤           斤
 明治十九年  二四、六三〇、三八六   四、八六五、二〇六
 同二十年   三三、二九六、五三〇   七、二八一、七〇六
 同二十一年  四七、四三九、六三九   九、九五六、八九四
 同二十二年  四二、八一〇、九一二  二〇、九八七、七六三
 同二十三年  三一、九〇八、三〇二  三二、〇七八、六七五
 同二十四年  一七、三三七、六〇〇  四五、三〇六、四四四

 我国ノ製糸カ近来漸ク外国綿糸ノ輸入ヲ防キタルハ前表ノ如シト雖モ、又顧ミテ内国市場ノ景況ヲ審査スレハ、我国ノ製糸ハ動モスレハ印度製糸ノ為メニ其発達十分ナラサルノ情況ナキニアラス、是本会議所ノ常ニ最憂慮シテ救護ノ方案ニ怠ラサル所ナリ、今本会議所ハ印度ノ実況ヲ査問シ、我国ノ現状ヲ観察スルニ、此際幸ニ奨励ノ方法宜シキヲ得ハ、啻我国ノ製糸ヲシテ能ク印度製糸ノ輸入ヲ防キ尚進テ支那地方ニ向テ販路ヲ拡張セシムルノミナラス、又進テ我国ヲシテ東洋紡績工場ノ中心タルノ利益ヲ占有セシムルコトヲ得ベシト信ス
 現時我国ニ於テ需用スル綿糸ヲ大別スレハ、太糸・細糸ノ二種ト為シ、太糸ナル者ハ本邦及清国ノ産綿ヲ以テ紡績スル二十手未満ノ数種トシ、細糸ナルモノハ米国及印度ノ産綿ヲ以テ紡績スル二十手以上ノ数種トス、然リ而シテ太糸ノ原料ハ日清両国ニ在ルヲ以テ、印度製糸ノ競争ヲ受クルコト少シト雖トモ、細糸ニ至リテハ其原料需
 - 第20巻 p.102 -ページ画像 
用ノ関係ヲ以テ、勢ヒ印度ノ製糸ト競争セサルヘカラス、然ルニ近時印度ノ紡績事業ハ非常ニ発達シ、現ニ其製糸ハ東洋市場ニ雄飛スルカ為メニ、今我製糸ノ業ヲ振興シテ其襲来ヲ拒絶シ、他日再ヒ輸入セシメサルノ基礎ヲ確立スルハ、固ヨリ容易ノ業ニ非スト雖トモ能ク其得失ヲ審案シ、果シテ我ニ利有ルノ計算ナラハ、亦以テ其目的ヲ達スルヲ得ヘシ、因テ試ミニ我国ニ在テ印度産綿ヲ輸入シ、之ヲ紡績スル費用ト、印度ニ在テ同一ノ綿花ヲ以テ紡績シ、之ヲ我国ニ輸入スル費用トヲ比較スレハ左ノ如シ
      印度輸入綿ヲ以テ製造スル費用
  金四拾七円五銭九厘 二十手一梱ニ要スル原綿プローチ三百五十斤ノ原価印貨百〇四留為替二百二十一留以下之ニ準ス
  金弐円六拾九銭弐厘 神戸ニ到ル運賃三百斤入一俵ヲ十二立方尺トシ四十立方尺ニ付印貨十七留ノ割
  金弐拾九銭四厘   海上保険料保険金高百三十留ノ七厘五毛割引三分ノ一ニテ印貨十安四
  金四拾五銭弐厘   積込諸費印貨一留
  金弐拾五銭三厘   為替打歩五十円五十二銭ニ対スル千分ノ五
  金参拾五銭     陸上持込費百斤ニ付十銭
  金壱円参拾七銭八厘 綿花輸入税百斤ニ付一分銀一個二五ノ割一個ニ付三十一銭五厘
  金五拾三銭     輸入商売捌口銭百分ノ一
  金六銭       蔵敷料六ケ月分一ケ月ニ付一銭
  金壱円七拾六銭七厘 綿花代金利息四ケ月分一ケ年一割ノ積
  金拾弐円      一梱四百度封ニ対スル工費荷造費共一封度ニ付三銭
   通計金六拾六円八拾三銭五厘
       印度ニ於テ製造シ我国ニ輸入スル費用
  金四拾七円五銭九厘 二十手一梱ニ要スル原綿プローチ三百五十斤原価印貨百〇四留為替二百二十一留以下之ニ準ス
  金拾四円二銭七厘  一梱四百封度ニ対スル工費荷造費共一封度ニ付印貨一安二四
  金三円八銭八厘   神戸ニ到ル運賃製糸三百斤入一梱ヲ十六立方尺トシ四十立方尺ニ付十七留一安ノ割
  金三拾六銭三厘   海上保険料保険金高百六十留ノ七厘五毛割引三分ノ一ニテ印貨十二安八
  金四拾五銭二厘   積込諸費印貨一留
  金三拾二銭五厘   為替打歩六拾五円ニ対スル千分ノ五
  金四円七拾二銭五厘 綿糸輸入税百斤ニ付一分銀五個一個三拾一銭五厘
  金拾銭       陸上費
  金七拾銭壱厘    輸入商売捌口銭百分ノ一
   通計金七拾円八拾四銭
 前表ニ拠レハ、我製糸ハ彼製糸ヨリ低価ナルコト四円五厘ナリ、故ニ此計算ヲ以テ彼我ヲ較計スレハ、我製糸ハ既ニ十分ノ勝算アリテ敢テ奨励ヲ要セサルカ如シ、然レトモ本会議所ニ於テ熟々印度紡績事業ノ実況ヲ査察スルニ、前途甚タ憂慮ニ堪ヘサル者有リ、蓋我国ハ石炭低価ニシテ且従来労働時間ニ制限ナク、職工夜業ヲ為スヲ以テ製糸ノ工費ハ印度ヨリ低下ナリト雖、印度ノ如キハ綿花ノ産出ニ富ミ其常ニ市場ニ上ルモノ数百種ニ下ラス、例ヘハ我国ト印度トノ間ニ某種綿花ヲ以テ紡績スル二十手ノ糸ヲ以テ競争セントスルニ、我ニ於テハ特ニ某種綿花ヲ限リ購求セサルヲ得サルモ、彼ニ在テハ其市場ニ数種有ルヲ以テ、若シ某種綿花騰貴シ又ハ払底ナル時ハ、便宜他ノ種類ヲ採買シテ某種綿花ニ混用シ、以テ同等ノ糸ヲ製スルヲ得ヘシ、加之我ニ於テハ其原料ヲ遼遠ニ需ムルカ為メニ、殊ニ巨
 - 第20巻 p.103 -ページ画像 
額ヲ貯蔵セサルベカラス、彼ニ在テハ市場ノ供給乏シカラサルヲ以テ、敢テ原料ヲ貯蔵スルノ必要ナシ、凡此等諸益ハ彼ノ特有スル便利ニシテ、我ノ遠ク及ハサル所ナリ、是ヲ以テ将来彼ニ於テ我製糸ノ大ニ侮リ難キヲ知リ、其便利ニ藉テ更ニ力ヲ用ユル所有レバ、今日ノ勝算有ル如キ者ハ反テ恐クハ他日敗境ニ陥ルノ地歩タランコトヲ保ツヘカラス、由此観之、方今我紡績業ハ目前ノ小康ニ安ンスルノ秋ニアラスシテ、其之ヲ未然ニ救護スルハ綿花輸入税ヲ免除シテ其対抗ノ基礎ヲ堅固ナラシムルノ外、又他ニ求ムル者ナシ
 綿花輸入税ノ免除ハ我製糸ト印度糸トノ競争上ニ於ケル救護策タル事ハ、前陳ノ得失ヲ以テ昭々タリ、而シテ我紡績業ノ発達ヲ謀ルハ特ニ救護策ノミヲ以テ足ル者ニアラス、更ニ一歩ヲ進メテ清国ニ向テ我製糸ノ新販路ヲ開カサルベカラス、請フ其計画ヲ疏陳セン
 近来清国ハ外国綿糸ノ需用年々増加ノ勢ヒアリ、明治十三年頃ニ在テハ其輸入数量十五万七千五百十八担其価額海関銀三百六十四万八千百十二両ナリシモ、爾後漸次増進シテ同廿二年ニハ数量六十七万八千五百五十八担其価額海関銀千二百九十六万千四百八十五両ニ達シ、即此十年間ニ大約四倍ノ進歩ヲ呈セリ、且ツ此輸入ノ外清国産綿ヲ以テ製出スル手繰糸ノ需用モ亦以テ少シトセス、聞ク所ニ拠レハ、上海紡績新局カ上海地方ノ産綿ヲ以テ紡績シタル者ハ、最上印度糸ヨリモ較々高価ヲ保ツト、是他ナシ、其綿質極メテ柔軟ニシテ大ニ染色ニ適シ、印度糸ニ比シテ染費ヲ減少シ得ルカ為メナリ、故ニ今我国ニ於テ清国ノ産綿ヲ紡績シ、之ヲ同国ヘ輸出スル時ハ必ス彼ノ嗜好ニ適シテ其販路ヲ開通スルヲ得ヘシ、試ニ我国ニ在テ清国ノ産綿ヲ以テ紡績シタル製糸ヲ上海ヘ輸售スル価格ト、紡績新局カ自ラ製造スル所ノ糸ヲ発售スル価格トヲ比較シ、其我ニ利益アルヲ証明スヘシ
      我製糸ヲ上海ヘ輸售スル予算
  金五拾二円二拾三銭九厘 十六手一梱ニ要スル原綿三百三十斤上海ヨリ神戸ニ至ル輸入費用百斤ニ付拾五円八拾三銭
  金三拾三銭     陸揚等費用百斤ニ付拾銭
  金壱円二拾九銭九厘 同上輸入税百斤ニ付一分銀一個二五ノ割一個三拾壱銭五厘
  金二拾四銭八厘   税関ヨリ紡績所ニ至ル運賃百斤ニ付七銭五厘
  金九厘       一梱四百封度ニ対スル工費(荷造費共)一封度ニ付弐銭二厘五毛
  金五拾銭      右製糸ヲ内国紡績所ヨリ本船迄運搬スル費用百斤ニ付拾六銭七厘
  金三円五拾銭    同上輸出税原価七拾円ノ五分
  金三拾壱銭五厘   同上海上保険料保険金高七拾円ノ五分但一割引
  金壱円拾弐銭    同上運賃一梱ヲ十六立方尺トシ四十立方尺ニ付弐円八拾銭ノ割
  金三円拾六銭弐厘  同上上海輸入税上海銀二両三匁四分ノ割但百円ニ付七十四両換以下之ニ準ス
  金四銭壱厘     同上碼頭税上海銀三分ノ割
  金六銭八厘     同上一ケ月分火災保険料上海銀五分ノ割
  金拾弐銭弐厘    同上一ケ月分蔵敷料上海銀九分ノ割
  金三拾五銭九厘   仲買口銭千分ノ五上海銀二匁六分六厘ノ割
  金壱円三銭九厘   売捌手数料百分ノ一五上海銀七匁六分九厘ノ割
   通計金七拾三円三拾四銭弐厘(上海銀五十四両二匁七分三厘)
      清国紡績新局製糸沽価
 - 第20巻 p.104 -ページ画像 
  金七拾円二拾七銭(上海銀五十二両)製糸十六手一梱沽価
 前表比較ヲ以テ之ヲ見レハ、清国製糸ヨリ金三円余低下ナリト雖、我製糸原価ハ綿花綿糸ノ輸出入税ヲ包含スルヲ以テ、若シ此税ヲ扣除スレハ其原価一梱金六拾八円五拾四銭三厘トナリ、即チ清国製糸ニ比シテ金壱円七拾銭余ノ剰余アルヲ見ル、故ニ我国ノ紡績業者ニ於テ目前ノ小利ニ拘泥セス、勉メテ輸售ヲ怠ラサレハ、清国ヲシテ我製糸ノ顧客タラシムルハ、蓋シ亦甚タ難事タラサルヘシ
 印度輸入糸ニ対スル方案及清国輸出糸ニ於ケル計画等前陳ノ如シト雖、世或ハ此事業ニ伴ヒ外国綿花ノ輸入増進シテ我綿作ヲ衰耗セシムヘキヲ杞憂スル者有ルニ因リ、左ニ綿花ニ関スル実況ヲ述ベ、以テ其虞ナキヲ証セントス
 (一)元来我国ノ産綿ハ繊緯短疎《(維)》ニシテ細糸ヲ績クニ適セザルガ故ニ、前年太糸ノ需用多カリシ頃ニハ之ヲ其原料トシテ使用シタレトモ、近来我国ノ紡績事業進歩シテ細糸ノ需用大ニ増加スルニ当リ、其原料ハ重ニ印度及米国ノ産綿ヲ使用スルコトヽナレリ、左レバ今日我国産綿ノ用途ハ農民ノ自家用料即チ手繰糸ニ供スルモノ多分ヲ占メ、其他ハ蒲団衣服ノ中入等ニ供シ紡績上ニ需用スルモノハ只混用品トシテ幾分ヲ使用スルニ過キズ、斯ノ如ク外国産綿ト我国産綿トハ大ニ其性質用途ヲ異ニスルガ故ニ、今綿花ノ輸入税ヲ免除シテ外国ノ産綿ヲ自由ニ輸入セシムルモ、我国産綿ノ用途ヲ奪フコトナク随テ我綿作ヲ害スルノ虞ナシ、蓋シ外国産綿ノ中、独リ支那産綿ハ我国ノ産綿ト略ホ其性質用途ヲ同フスト雖モ、我国ノ産綿ハ之レヲ支那ノ産綿ニ比スレバ、光沢多クシテ染色好ク柔軟ニシテ弾力強キヲ以テ、従来市場ニ於テ常ニ百斤ニ付凡七八十銭ノ高価ヲ保持シ、而カモ猶需用者ハ彼ヲ舎テヽ此ヲ取ルノ情況アリ、是支那ノ産綿ガ近来印度及米国綿ノ輸入増加スルニ従ヒ、漸ク其輸入ヲ減スルニ拘ハラズ、我国産綿ガ介然独立シテ手繰糸ノ原料トナリ、中入用トナリテ其需用ヲ減セサル所以ナリ、由是観之免税ノ結果トシテ支那産綿ヲ自由ニ輸入セシムルモ我国産綿ノ用途ヲ縮小スル事ナカルベシト信スルナリ
 (二)今試ニ既往数年間我国綿産額及外国綿輸入額等ノ比例並我国綿ノ価格及外国綿ノ価格ノ比較ヲ表示シテ、従来外国綿ノ輸入ガ我国綿作ノ上ニ如何ナル関係ヲ有セシヤヲ観察スヘシ
 (甲)

 年次    我国綿産額(繰綿)             外国綿輸入額          外国綿糸輸入額
               斤             斤          斤           斤
 十五年  二八、七九〇、七一〇 繰綿  三、三〇九、七九六  三、三〇九、七九六  二五、二九七、一〇〇
                 生綿        ………
 十六年  三四、八七七、六六八 繰綿  二、一〇六、二六一  二、一〇六、二六一  二四、六四〇、六二五
                 生綿        ………
 十七年  三二、三七三、四二二 繰綿  四、五四二、五二二  四、五四二、五二二  二一、一八六、七九八
                 生綿        ………
 十八年  未詳         繰綿  四、三九九、四八九  九、六三八、四一八  二一、三九七、三八〇
                 生綿  五、二三八、九二九
 十九年  未詳         繰綿  四、六四三、八三一  六、六三五、七八二  二四、六三〇、三八六
                 生綿  一、九九一、九五一
 二十年  四六、六四二、八九五 繰綿  五、五七〇、六一五 一〇、六五二、七二六  三三、二九六、五三〇
                 生綿  五、〇八二、一一一
 二十一年 三一、八七六、三三三 繰綿 一一、八九三、二六七 二四、〇七六、四七六  四七、四三九、六三九
                 生綿 一二、一八三、二〇九
 二十二年 未詳         繰綿 二三、一六八、〇九四 六四、四六三、三六五  四二、八一〇、九一二
                 生綿 四一、二九五、二七一
 二十三年 未詳         繰綿 二六、〇八四、三四五 五二、一四一、七五二  三一、九〇八、三〇二
                 生綿 二六、〇五七、四〇七
 - 第20巻 p.105 -ページ画像 
 二十四年 二七、四五九、八四六 繰綿 五〇、一二八、七五〇 八〇、〇八四、一一三  一七、三三七、六〇〇
                 生綿 二九、九五五、三六三

 (乙)

  年次   我国産繰綿百斤平均価   外国産綿百斤平均価   二者価格ノ差違百斤ニ付
         円            円          円
 十八年   一九・二一七       一六・二五六      二・九六一
 十九年   一八・二三五       一六・二五七      一・九七八
 二十年   一八・七二六       一六・八七五      一・八五一
 二十一年  二〇・三九四       一七・九二六      二・四六八
 二十二年  二二・四九五       一八・五二六      三・九六九
 二十三年  二一・六五八       一八・七一五      二・九四三
 二十四年  一九・一九二       一六・九九八      二・一九四

  前表ニ就テ之ヲ見ルニ、近来外国綿ノ輸入ハ年々増加セリト雖モ我国綿ノ産額モ敢テ減少セザルノミナラズ、或ハ却テ年々増加ノ傾向アリ、又此際我国綿ノ価格ハ敢テ下落スルコトナク、之ヲ外国綿ノ価格ニ比スレハ概ネ二円ヨリ三円マデノ高差ヲ保テリ、夫レ斯ノ如ク外国綿ノ輸入増加スルニ拘ラズ、我国綿ノ産額及其価格ニ影響スル所ナキヲ見レハ、今綿花ノ輸入税ヲ免除シテ外国ノ綿花ヲシテ自由ニ輸入セシムルモ、我綿作ニ影響スルコトナカルベキハ甚タ明カナリ、然リ而シテ甲表ニ於テ我国綿ノ産額明治二十一年以来稍々減少シタルノ跡アルハ、蓋シ二十一年以来特ニ米価上昂蚕業発達ノ時ニシテ、農家ノ為メニハ米・豆・桑・藍ノ作物ニ利アリテ綿作不利トナリタルニ付、此際現ニ摂・河・尾・参ノ地方ニ於テハ綿作ヲ廃シテ他ノ農作ニ改メタルノ実例少カラズト云ヘバ、此減少ハ外国綿輸入増加ノ結果ニアラズシテ、要スルニ綿作ト他ノ農作トノ損益比較上ヨリ致シタルノ結果ナリト謂フヲ得ベシ
 (三)以上論述スル所ニ拠レバ、綿花輸入税ノ免除ハ我綿作ヲ害スルモノニアラザルハ疑フベカラサルノ事実ナリトス、然リト雖トモ仮リニ一歩ヲ譲リ、其免税額ダケ我国綿ノ価格低下シテ我綿作ニ影響スベシトスルモ、一方ニ於テハ製造品ノ原料ヲ安価ニ供給スルヲ得テ、製糸ノ国用及外国輸出ヲ増進スルノ利益アレバ、其得ル所ハ以テ其失フ所ヲ償フニ足リテ、結局我国家ノ経済上ニ裨補スル所少々ナラザルナリ
 今夫レ国家ノ富実ヲ増進スルヲ欲セバ、主トシテ製造力ノ助長ヲ勉メサルヘカラス、故ニ国家ニ憂フヘキハ工業原料ノ産出乏シキニアラスシテ製造力ノ薄弱ナルニ在リ、試ニ明治二十一年ヨリ同二十三年ニ至ル三年間、我国ヘ輸入シタル外国綿糸ノ価額ヲ平均スレハ一ケ年千二百二万六千六百余円トナス、而シテ其工費其他諸経費ノ割合ハ之ヲ我国及印度等ノ実例ニ徴スルモ、大約製糸価額五分一以上ニ当ルヲ以テ其金高二百四十万円ニ上ラントス、今若シ此輸入ヲ全ク防止スルトセハ其二百四十万円ハ年々直接ニ我国ニ取得スヘクシテ、此他間接ノ利益ニ至テハ労働社会ノ生理ヲ助クルヲ得ヘク、採炭ノ業ヲ増進スルヲ得ヘク、機械ノ運用依テ以テ練熟スヘク、工業ノ実務依テ以テ発達スヘクシテ、其国家ヲ裨益スル実ニ測リ知ルベカラザルナリ
 - 第20巻 p.106 -ページ画像 
 且夫レ我国ハ幸ニ石炭ノ産出ニ富ムノミナラス、職工ノ賃銀低廉ニシテ工業上特殊ノ便益ヲ有シ、地勢亦四方ニ交通スルノ便アリ、西ハ印度・支那・朝鮮ヲ控ヒ、北ハ露国ニ対シ、南ハ南洋諸島ニ向フ若シ我工業ニシテ益発達スルヲ得バ、坐ナカラ東洋ノ貿易ヲ制スル事決シテ難キニアラス、蓋此等ノ諸国ハ将来文化ノ進度ニ応シテ其物貨ノ需用ヲ増加スヘク、之ヲ我未来ノ一大顧客ト称スルヲ得ヘシ果シテ此企望ヲ達スルヲ得ハ、他年我国ノ商工業ヲシテ東洋ノ英国タラシムルモ亦以テ難キニ非ザルベシ、然ルニ計此ニ出テサルノミナラス、却テ制度ノ為メニ工業ノ発達ヲ抑制スルハ、本会議所カ国家ノ為メニ深ク痛惜シテ措ク能ハサル所ナリ
 上来列挙スル所ヲ以テ利害得失已ニ明著ナルヲ得ヘク、而シテ本建議ノ要旨ハ実ニ方今我工業上ノ一大急務ニ居リ、其施行一日後ルレハ国家ニ於テ一日ノ損有ルヲ免カレス、国利民福ニ志ス者決シテ坐視スルニ忍ヒサル所ナリ、仰キ願ハクハ閣下本建議ノ要旨ヲ採納セラレ、早ク実効ヲ奏センコトヲ、懇願切望ノ至ニ堪ヘス、此段本会議所ノ決議ニ依テ謹テ建議仕候也
  明治二十五年七月一日
            東京商業会議所会頭 渋沢栄一
    大蔵大臣 伯爵 松方正義殿
    農商務大臣   河野敏鎌殿
   ○本巻明治二十六年九月二十二日、同二十六年十一月二十八日、同二十八年十月二十九日ノ各条参照。
   ○本資料第十巻所収「大日本紡績聯合会」明治二十四年十二月二十五日ノ条及ビ第二十二巻所収「商業会議所聯合会」明治二十八年九月二十五日ノ条参照。



〔参考〕東京日日新聞 第六一六三号 明治二五年五月五日 渋沢商業会議所会頭の関税意見(DK200006k-0004)
第20巻 p.106-107 ページ画像

東京日日新聞  第六一六三号 明治二五年五月五日
    渋沢商業会議所会頭の関税意見
条約改正問題に伴ふて最大の関係を有するもの海関税法案なりとす、さればこそ其筋にては昨冬之れを全国の商業会議所に諮問して其答案を求め自由党も之れを今回の特別議会に提出すると云ひ、将た東京の商工相談会・大阪の商工協会の如き実業団体も目下之れが取調委員を設けたるなれ、昨日社員は商業会議所会頭渋沢栄一氏の邸を訪ひ其意見を問ふ、蓋し氏は経済家として工業家として銀行家として商業家として最も世の尊信を得る人なればなり、たゞ惜む何時もながらの事とて来客多く談話の詳細を尽すこと能はざりしことを
東京商業会議所に於ける関税問題は未だ定まらざるなり、或る者は自由貿易主義を持し或者は亜米利加流の保護主義を主張し、又は収入増加主義(国庫の財源を増加せんが為めに課税せんとするもの)を取れるものあり、現に増田孝氏《(益田孝)》の如きは自由貿易主義にして成るべく輸出入品とも課税を少なくして単に手数料位に止めんとし、又或る物品に対しては全く無税主義を主張せり、乍併予は十数年来の持説として又経験上よりして是等の説には同意すること能はず、予は寧ろ我が現今の国情に照らして保護貿易主義を持せり、何となれば工業の未だ振起
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せざる我国の如き所に於ては輸入物品は重もに製造品にして輸出する所のものは粗製品ならざるはなし、かくては相互の間運送料と保険料に於て絶へず損失を醸すのみならず一国の造出力も為めに消耗するに至るべし、蓋し半開国民の開明国民に対して平等に相戦ふや製造工業の遂に之れが為めに萎微するもの止むを得ざるなり
去れば相当の範囲に於て海関税を重くし内地の産物をして発達の猶予を与へしむること海関税問題に付て最も重要とする所なるべし、仮へば我が紡績業を盛大ならしめんと欲せば勢ひ細糸を要せざるべからずと雖も、此細糸は如何なる手段によるも到底我が国に生産し能はざるものとすれば之れを外国に仰ぐの外なし、此場合に於ては之れを無税とすること何の不可か之れあらん、況んや之れがために内地綿の発達に向つて妨害を与へざるのみならず、却て之れが為めに蒲団綿・太綿小袖綿の需要を増加すべければなり
併しながら紡績糸が印度に於て七十円の生産入費を要するものとすれば之れに七円の税を課して我が内地の七十二・三円の紡績糸に競争せしむること亦何んの不可かあらん、彼の禁輸入主義を取りて必ずしも物品の原価より以上の課税を為すに及ばざるなり、又彼の砂糖の如きは之れに向つて一割内外の課税を以て定れりとすべし、何となれば我が内地に於ても琉球・沖縄諸島の如き或は紀州・河内・遠州の如き多少之れが産出ありと雖も、未だ内地全体の需要を充たすに足らずとせば相当の程度に於て課税し消費者を苦しましむるの結果に陥ることを避くべし、若し夫れ向来〓菜の北海道に発達し得る見込み充分に立つ場合あらば其時に於て更に之れを発達せしむる程度に於て課税を重くするも差支なかるべし、輸入品に於ても石油の如き到底我が国に産出すべき見込なき時は之れが課税を薄くすること之れ又必要の事柄なるべし
之を要するに海関税は必ずしも重税保護主義に依るべからず又自由主義にも基くべからず将た収穫主義の如きは最も不可なりとす、只物品に依りて課税の率を定め便宜変更するの外他あるべからず云々と物語られたり