デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

8章 政府諸会
1節 諮問会議
1款 鉄道会議
■綱文

第23巻 p.111-118(DK230016k) ページ画像

明治26年2月12日(1893年)

是日栄一、第一回鉄道会議ニ出席シ、奥羽線中軍部ノ主張スル仁別線ヲ廃シテ檜山線又ハ能代線ヲ取ランコトヲ力説シ、陸軍中将児玉源太郎ト激論
 - 第23巻 p.112 -ページ画像 
ス。十三日ニ至リ檜山線ヲ取ルニ決ス。


■資料

第一回鉄道会議議事速記録 第九号 明治二六年二月一二日(DK230016k-0001)
第23巻 p.112-116 ページ画像

 第一回鉄道会議議事速記録  第九号 明治二六年二月一二日
  明治二十六年二月十二日(日曜日)午前十一時十五分開会

     出席
   議長  川上操六
   議員  箕浦勝人   有島武    堀田正養
       若尾逸平   伊藤大八   小室信夫
       河津祐之   古沢滋    村野山人
       石黒五十二  井上勝    斎藤修一郎
       佐藤里治   児玉源太郎  渡辺洪基
       松本荘一郎  谷干城    高橋維則
       中根重一   山根武亮   田村太兵衛
       渋沢栄一   山口圭蔵
 ○議員一同著席

   奥羽線  第一読会
 ○議長(川上操六) 開会致シマス――奥羽線カラヤリマス、朗読ヲ……
    〔書記、奥羽線路議案ヲ朗読ス〕
      線路ノ形勢設計ノ概況 奥羽線
 本線路ハ日本鉄道会社ノ福島停車場(東京ヨリ百六十六哩四十一鎖)ニ起リ ○中略 秋田(停車場設置見込)ニ達ス、福島ヲ距ル百八十六哩ナリ
  秋田・鷹巣間ニ於テ二線ヲ測量セリ、一ハ右折シテ山間ヲ伝ヒ仁別・落合・小沢田ヲ経ルモノ仁別線ト名ク、一ハ八郎湖ニ沿ヒ檜山・鶴形ヲ経、能代川ニ沿フモノ檜山線ト名ク、玆ニ仁別線ヲ取テ記述シ檜山線ハ下文ニ別記スヘシ
 秋田ヨリ旭川ニ沿フテ上リ三哩ニシテ二百呎ノ橋梁ヲ以テ同川ヲ渡リ、其左辺ニ傍フテ濁村ヲ経、同川ヲ渡ル三回、仁別村ノ左ヲ過キ千七百十六呎ノ隊道ヲ穿チ仁別川ヲ渡ル七回、此橋梁延長七百五十呎ヲ要シ、銚子ノ沢ニ至リ、新城山脈ニ九千五百七十呎ノ墜道ヲ穿チ、馬場ノ目川ノ上流ニ出、其渓間ニ沿フテ左折右曲、懸崖巉岩ノ間ニ過キ同川ヲ渡ル十二回、此橋梁延長五百六十呎許ヲ要シ、而シテ北ノ又(停車場設置見込)ニ出、馬場ノ目沢等ヲ経、秋田ヲ距ル十七哩五十鎖ノ処ニ於テ四千七百五十二呎ノ墜道ヲ穿チテ落合(停車場設置見込)ニ達ス、是ヨリ山内川ノ渓間ニ沿ヒ笹森峠ニ一万四千五十八呎ノ墜道ヲ穿チ南沢ニ出、小阿仁川ノ水流ニ沿フテ下リ、其屈曲ニ逢フテ之ヲ渡過スル六回、橋梁ヲ通計スレハ八百七十呎ノ長ニ及ヘリ、夫ヨリ大阿仁川ニ出架スルニ四百呎ノ橋梁ヲ以テシ、是ヨリ田野ヲ経過シ米代川ヲ渡ルニ六百呎ノ橋梁ヲ以テシテ、鷹巣(停車場設置見込)ニ達ス秋田ヨリ此ニ至ル四十五哩七十二鎖ニシテ概ネ嶮峻ノ山谷ヲ経過スルユヘ勾配ハ多ク四十分一ヲ用ヒ、土工モ巨大ニシテ且困難ノ区域トス
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    附記
  五十《(城)》ノ目線 此線ハ仁別線ト檜山線ノ中間ヲ行クモノ ○中略
  能代線ハ檜山線ノ条ニ附記スヘシ
 以上線路設計ノ概況ナリ、玆ニ全線ノ距離及工事ノ要項ヲ挙レハ左ノ如シ
  距離  福島ヨリ仁別線ヲ経テ青森ニ至ル二百九十一哩三十四鎖
  土工  四百二十八万七千二百三十二立坪
  橋梁  二百三十七ケ所 延長二万三千八百九十九呎
  隧道  三十三ケ所 延長五万六千七百九十呎
  ○中略
  興業費 二千百八万千八百五十九円 毎一哩ニ付
                   七万二千三百四十円
    福島・青森間檜山線
 本線ハ福島ヨリ秋田ニ至ルマテ及鷹巣ヨリ青森ニ至ルマテハ、仁別線ト同一ノ設計タルニ依リ此ニ省イテ記セス、単ニ秋田・鷹巣間ノミヲ記述スヘシ
 秋田ヲ出ル一哩許ニシテ、二百呎ノ橋梁ヲ以テ、旭川ヲ渡リ、土崎(停車場設置見込)ニ出、六十呎ノ橋梁ヲ以テ神良川ヲ渡リ追分(停車場設置見込)ニ至リ、国道ノ左側ニ沿ヒ四十呎ノ橋梁ヲ以テ大久保川ヲ渡リ大久保(停車場設置見込)ニ至ル、是ヨリ八郎湖ノ沿岸ニ沿ヒ六十呎ノ橋梁ヲ以テ虻川ヲ渡リ、百呎ノ橋梁ヲ以テ今戸川ヲ渡リ、大川村ノ右ヲ過キ二百呎ノ橋梁ヲ以テ大川ヲ渡リ、一日市(停車場設置見込)ニ至リ、三倉鼻ヲ経テ鹿渡(停車場設置見込)ニ至リ、国道ノ右辺ヲ通過シテ森岳村(停車場設置見込)ニ至リ、丘陵起伏ノ間ヲ過キ、金岡・四斗橋・中沢・下屋敷ヲ経テ鶴形(停車場設置見込)ニ至ル、秋田ヨリ此ニ至ルノ間ハ、森岳近傍ニ地形起伏アルノミニシテ、其他ハ概シテ平坦ノ地ナレハ、土工モ多キヲ要セス
 鶴形ヨリ米代川ニ沿ヒ山河相迫ルノ間ヲ通過シ、左折右旋八百呎ノ隧道ヲ穿チ、富根村ヲ経テ切石村ニ至リ、千呎ノ橋梁ヲ以テ米代川ヲ渡リ二ツ井(停車場設置見込)ニ至リ、又千九百呎ノ橋梁ヲ以テ同川ヲ渡リ小繋ニ至リ、千八十呎ノ隧道ヲ穿チ、又九百三十呎ノ橋梁ヲ以テ米代川ヲ渡リ、丘陵起伏ノ間ヲ過キ、今泉村ヲ経テ鷹巣ノ附近綴子村ニ至ル、鶴形近傍ハ山裔河岸ニ接シ平地ヲ余サヽルニ依リ、隧道ヲ穿ツノ外尚頗ル切取築堤ノ土工ヲ要ス、又小繋前後ハ河流回旋巴状ヲナスニ依リ、数哩間ニ三長橋ヲ架シ、長隧道ヲ穿ツ等ノ工事ヲ要シ、土工モ随テ多キモノトス
 秋田ヨリ此ニ至ル五十二哩六十四鎖ニシテ仁別線ニ合ス
    附記
 能代線  此線路ハ檜山線ノ鹿渡ヨリ分岐シ、八郎湖ニ傍フテ鵜川(停車場設置見込)ニ至リ、大曲村ノ左ヲ過キ右折浅内村ニ至リ、河戸川・棒ケ崎ノ諸村ヲ経、左折シテ能代(停車場設置見込)ニ至リ、夫ヨリ逆行前線ヲ踏ム一哩七鎖ニシテ分レ、鰄淵《(カヒラゲフチ)》・扇田等ヲ経テ檜山線ニ合ス、此線路ハ地勢・設計トモ檜山線ト大差ナシ、只能代ノ一地方ヲ経過
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スルノ目的ヲ以テ五哩七十四鎖余ヲ迂回スルモノナリ
 玆ニ全線ノ距離及工事ノ要項ヲ挙レハ左ノ如シ
   距離  福島ヨリ米沢・山形・秋田ヲ経、檜山線ヲ取リ青森ニ至ル二百九十八哩二十六鎖
   土工  三百五十六万千三百八十八立坪
   橋梁  二百二ケ所 延長二万二千七百二十二呎
   隧道  三十ケ所 延長二万八千五百七十四呎
   ○中略
   興業費 千五百八十五万七千六百五十八円
        毎一哩五万三千百五十五円
○渋沢栄一(二十四番) 十八番ニ伺ヒマスガ、此檜山線ノ仕舞ニ能代ヲ通ルト五哩七十四鎖迂回スルト云フコトガアリマスガ、サウスルト即チ此ノ距離ト云フモノガ二百九十八哩二十六鎖ノ上ニ、五哩七十四鎖ガ増スト云フノデアリマスカ
○松本荘一郎(十八番) 其通リデアリマス
○渋沢栄一(二十四番) 経費ノコトハ別ニアリマセヌガ、哩ガ増シテモ興業費ハ尚ホ減少スルノデアリマスカ
○松本荘一郎(十八番) 幾分カ減少スル
○渋沢栄一(二十四番) 幾分カト云フノハ
○松本荘一郎(十八番) 凡ソ十五・六万円ト記憶シテ居リマス
○渋沢栄一(二十四番) 此ノ檜山線ト仁別線ト此二線ノ興業費デハ二千百八万幾ラ、次ノデハ千五百八十五万円デ、五百万円ト云フ違ヒニナリマスガ、夫ハ今仰セラレマシタ秋田カラ鷹ノ巣迄達スルノ間ニ於テバカリノモノデゴザイマスカ、他ノ場合ニモゴザイマスノデスカ
○松本荘一郎(十八番) 是ハ全ク秋田ヨリ鷹ノ巣ノ間ノ差デゴザリマス
○中略
  午後一時五分休憩

  午後一時四十五分開議
  奥羽線  第二読会
○中略
○児玉源太郎(十五番) 十五番ハ一寸奥羽線ニ就テ軍事上ノ目的ヨリ仁別線ヲ賛成致シマス ○中略 既ニ唯今日本鉄道会社デ持ツテ居リマス線ガ青森マデ達シテ居リマス、ソレニモ拘ハラズ特ニ縦貫線トシテ之ヲ撰マナケレバナラヌト云フノハ、何レノ点ニアルカト申シマスレバ、青森附近ノ海岸ニ露出シテ居ツテ、是ハ軍用ノ目的ノ達セラレヌト云フ所カラ、此ノ縦貫線ガ起ツタ、シテ見レバ今後計画スル所ノ他ハ兎ニ角、奥羽縦貫線ニ於テハ沿岸ヲ離レテ軍事ノ目的ニ叶ウト云フヤウニト云フノガ、此ノ主眼デアラウト思ヒマス ○中略 カク大体ガ極マツテ此ノ鉄道ヲ敷設スルト云フ暁ニナツテ見マスレハ、為シ得ル限リ最初ノ縦貫線ト云フモノヽ目的ヲ違ヘナイヤウニシナケレバナラヌ、又之モ如何ニモ人ノ力デ為シ得ラレヌト云フコトナラハ致シ方ノナイ次第デアリマスガ、幸ニ此ノ仁別線ト云フモノハ出来ルニハ出来ルニ違ヒ
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アリマセヌガ、唯工費ノ上ニ於テ檜山線ニ比シテ高ク掛ルト云フタケデアリマス、是丈ケヲ以テ斯クノ如ク重大ナル軍事ノ目的ヲ顧ミヌト云フコトニナリマシテハ、殆ト秋田以北ノ鉄道ハ有ツテモ無クテモ宜イト云フ位ニ極論シ得ルコトガ出来ルタラウト思フ、最早軍事《(上カ)》ノ海岸ニ出テハナラヌト云フコトハ、諸君モ十分是迄ニ御承知ノコトデアリマスカラ、殊更私ガ述ベヌデモ宜シイト思ヒマスガ、斯様ナ関係ヲ持テ居ルモノデアリマスカラ、銘々ノ考ヘデハ殆ント比較線ト云フ考ヘヲ持ツテ居ラレマスガ、私ハ比較線トナツテ玆ニ上ボルヘキモノデハアルマイト思ヒマス ○中略
○渋沢栄一(二十四番) 此奥羽線ニ就キマシテ原案モ詳カニ拝見シ質問モ丁寧ニ承リマシタ心得デゴザリマス、併シ私共ハ其実地ヲ経過シマシタ場所モアリ、若クハ経過セヌ場所モゴザリマスルデ、甚ダ地ノ理ニ委シウナイノハ如何ニモ遺憾千万ニ存シマスル、併シ此原案ニヨリ或ハ説明ニ依テ詳カニ考ヘテ見マシタ所デハ、私ハ仁別線ニハ全ク反対デゴザリマシテ、檜山線ニ賛成ヲ致シタイ、一歩進メテ寧ロ此附記シテゴザイマスル能代線ト云フモノヲ採用致シタイト迄希望致シマス、丁度十五番ノ御説ハ縦貫線ニ重キヲ置テ、国家捍衛上カラ縷々述ベラレマシタ、我々ト雖モ国家ノ捍衛ヲ重ンゼヌコトハアリマセヌ、国防ハ大事ナト云フコトハ如何ニ商売人・百姓デモ皆覚ヘテ居ルヘキコトデアリマス、去リ乍ラ此鉄道会議ガ若シ其点ノミデスルモノデアツタナラバ、我々如キ者ガ此会員ヲ任命サレル筈ハナイ、即チ此商売興業ト云フコトヲ共ニ含味シタモノデアラウト私ハ信ジマスル、然ル上ニハ我々ノ満腔ニアル丈ノ説ハ、若シ反対スル為メニ国家捍衛ノ心掛ケガ薄イト御叱リヲ蒙ルトモ、御憤リヲ蒙ルトモ、申サネバナラヌト考ヘマス、今若シモ此線路ヲ貫通スルニ付テ、仁別線ヲ執ルナラバ秋田ニ止メテモ宜イデハナイカト云フコトノ、十五番ハ御説デゴザリマシタガ、元来此鉄道ト云フモノハ途中ニチギレルコトガ宜イト云フモノデアルカ、ソレハ甚ダ不利デアルト私ハ考ヘルデ、此仁別線ヲ執ルト云フハ只全ク海ニ近カラザラシメン為メニ、申サバ商売トカ工業トカニハ聊カモ利益ノナイ線路ヲ執ツタト申サナケレバナラヌ、而シテ其費用ハ幾ラ違ウト云フト、玆ニ附記シテアル能代線カラ比較スルト五百三十八万円概算相違ヲ生スルノデス、鉄道ノ経済ト云フモノヽ将来ニ就テ、一ト三トノ差ヲ予算上ニ見テ居ル、里程ハ成程能代ヲ通ルト十二哩以上延ビマスガ、能代ヲ通ル為メニ此鉄道ノ経済ガ仁別線ヨリ増スト云フコトハ、細ニ調ベハ致シマセヌケレドモ、殆ト経済上想像シ得ラルヽコトヽ私ハ考ヘルノデゴザリマス、而シテ此能代ト云フ場所ガ港モ適当デナイ、人家モ左マデ稠密ト云フモノデナイ、貨物ノ聚散スヘキ程ノ価アル土地デハナイト云フコトニ聞及ヒマスケレドモ、是ハ他ノ立派ノ場所カラ比較シタノデ、兎ニ角縦令遠浅タリトモ港湾ヲ備ヘテアル、彼辺ニ付テ秋田人ノ総テ謂フ所ハ、秋田・土崎続イテ先ヅ能代デアルト申シマス、必ズソレ丈ノ秋田地方ノ貨物ヲ聚散セシムル寄セ場タルコトハ必ズ保ツテ居ルト思フ、寄セ場タルコトヲ保ツテ居レバ、ソレニ附属スル其地方々々モ必ズアルニ相違ナイ、五百万円以上価ヲ安クシ、斯ル将来ニ経済ノ見込ノアル場所ヲ除イテ、
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縦貫線ダカラ其方丈ニスルト云ヘバ、我々共此議席ニ列シタノハ何ノ量見デ連ナツタカ訳ガ分ラヌト云ハナケレバナラヌ、故ニ徹頭徹尾十五番ニ反対、即チ能代線ヲ私ハ採用シタイト考ヘマス
○児玉源太郎(十五番) 如何ニモ御尤デゴザリマス、二十四番ガ此席ニ列シタノハ、斯クモアルベキ意味合カラ此議場ニ御出ニナツタト思ヒマス、ソレハ私ハ御論ジニナルノハ平時ニアルト思ヒマス ○中略 此ノ縦貫線ト云フモノハ如何ナル働キヲ何レノ時期ニ足スモノデアルカ、或ハ軍サト云フモノハ十年ニ一回ゴザリマセウカ、五年ニ一回ゴザリマセウカ、又縦令軍サガアツテモ、此北海ハ二十年ニ一遍犯サレヌ場合ガアルカモ知レマセヌ、然レトモ之ヲ以テ軍ノ利器トスル暁ニ於テハ、何日何時何ウ云フ事ガ生ジヤウヤラ分ラヌト云フコトハ、各人ノ頭ノ中ニ入レテ置カネバナラヌト思ヒマス、ソレデ詰リ銘々共ガ此議場ニ出テ居ル性質上カラ云ハナクテハナラヌト云フ只今ノ御話デゴザリマスガ、又其中ニハ二十四番ノ如キモ決シテ国家捍衛ノコトニ就テハ忘レハシナイト斯ウ仰シヤルノデスガ、其国家捍衛ト云フ上ニ就テ御忘レニハナリマスマイガ、事実ノ上ニ就テ此国家捍衛ト云フコトヲ外ニ御置キニナル有様デアル、ソレ丈ヲ……
○田村太兵衛(二十三番) 二十三番ハ二十四番ヲ賛成致シマス ○下略
○村野山人(十番) 本員ハ仁別線ト檜山線トノコトニ就イテハ二十四番ノ修正ノ説ニ賛成デゴザイマス ○中略
○佐藤里治(十四番) ○檜山線賛成演説略ス
○中略
○谷干城(十九番) 是ハ大分喧シイ論ニナツタ様デスガ ○中略 先ヅ本日ノ会議ハ御中止ニナツテ、サウシテ篤ト御詮議ノ上デ、明日ナリ明後日ナリ会議ヲ開カルヽコトヲ希望致シマス ○中略
○渡辺洪基(十七番) ○外三名中止賛成略ス
○渋沢栄一(二十四番) 十九番ヲ賛成仕リマシテ、直ク御中止ニナツタガ宜カラウト思ヒマスノミナラズ、其ノ中止ニナルニ就テ、一言此ノ鉄道会議ニ対スル希望ヲ申セバ、此会議ニ依テ線路ノ事、工費予算ノ事等ヲ議セシメ、成ルヘク各種ノ人ヲ集メテ精シク之ヲ調ヘサセルト云フ精神ト思ヒマス、其故ニ我々如キ者迄モ議員ニ選ハレタコトヽ思ヒマス、然ルニ……
○議長(川上操六) ドウカ此事ハモウ余リ喧シク御論ジニナラナイデ……○中略 ソレデ十九番ノ御説ノ、此会ハ今日ハ中止シタイト云フ事ニ御同意ノ御方ハ起立ナサツテ下サイ
  起立者  多数
○議長(川上操六) 過半数デゴザイマスカラ休会致シマス
  午後三時二十分散会
   ○是日ノ会議ニ於テ檜山線ニ関スル賛否両論ノ激論アリタルニ加ヘテ、議員伊藤大八(六番)ハ政府ガ第四回帝国議会ニ提出セル鉄道敷設法改正法案中八千百万円ノ公債ヲ起ス項ハ、既ニ政府ニ於テハ仁別線ヲ採用ノ決意アル故ナルコトヲ暴露シ、鉄道会議ニ諮問シナガラ、其報答ヲ俟タズ予断的態度ニ出デタル不信ヲ非難セルヲ以テ、政府委員ヲ除ク各議員ハ之ニ和シテ当局ヲ攻撃シ、議論紛糾遂ニ議事中止セラルルニ至レルナリ。(第一回鉄道会議議事速記録第九号ニ拠ル)
 - 第23巻 p.117 -ページ画像 


第一回鉄道会議議事速記録 第一〇号 明治二六年二月一三日(DK230016k-0002)
第23巻 p.117-118 ページ画像

第一回鉄道会議議事速記録  第一〇号 明治二六年二月一三日
 明治二十六年二月十三日(月曜日)午後七時五分開会

    出席
  議長  川上操六
  議員  箕浦勝人  渋沢栄一 ○外二十一名氏名略

○上略
○石黒五十二(十一番) 最早只今デハ二読会ニナツテ居ル訳ト考ヘマスガ昨日来此事ニ就キマシテハ色々御意見モアツテゴザリマスガ論ジ尽シタト思ヒマスカラ本員ハ直チニ御裁決アラトコトヲ希望致シマス
○斎藤修一郎(十三番) 賛成
○伊藤大八(六番) 一寸其決ヲ採ル前ニ二十四番デゴザイマシタカ、一寸確メ申シテ置キタイト思ヒマスハ、二十四番ハ昨日此檜山線、進ンデハ能代ノ方ニ往ク方ノ線モ採リタイノデアルガ、檜山線ト云フヤウナコトガ御言葉中ニ在ツテ、サウシテ其一番仕舞ニ能代線ヲ採ルヤウニ承ハリマシタガ、所謂檜山線ト云フ方ハ所謂能代ト云フ方ニ渉ツタ線デハナイノデゴザイマスカ、或ハ又檜山線ト書イテ能代ノ方ヲ御採リニナルノデゴザリマスカ、何ノ方ヲ御採リニナルノデアリマスカ承ハリタイ
○渋沢栄一(二十四番) 今ノ御尋ニ対シテ御答致シマスガ、私ハ決シテ檜山線ヲ望ンデ申シタ訳デハアリマセヌ、能代線モ是非必要デアルト云フコトヲ云ツタノデアル、全ク此七十幾町ニ要ル金額ハ余計ニナリマスガ、此金額ハマダ安クナルト云フ十八番ノ説明ガアル、秋田ニ達スル鉄道デアル以上ハ低額ヲ採リ能代ヲ採ツテモ、海岸ニ達スル、サウ御嫌ヒナサラヌデモ宜シイト思フ、斯ル大金ヲ使フ、サウシテ将来鉄道モ維持スル、彼ト此レトハ利益ヲ異ニスルモノデアル、檜山線ニドウゾスルコトニ致シタイ、採用致シタイト云フノデ
○渡辺洪基(十七番) 是ハ決ノ採リ方デゴザリマスガ、ドウカ此仁別線ニ就キマシテハ、別ニ比較ノコトハゴザリマセヌ様デアリマスカラシテ、仁別線ト檜山線ト云フコトニ就イテ、大体ニ就イテ決ヲ採リマシテ、檜山線ノ方ニ決シマシタナラバ、檜山線ニ当ツタ所デ修正説トシテ、渋沢君ノ説ヲ一ツ決ヲ採ラルヽ様ニ希望致シマス
○中略
○議長(川上操六) 決ヲ採リマス
○渋沢栄一(二十四番) 檜山線ハ一緒デアリマスカ――檜山線ノ方ヲ先ニ決ヲ採ツテ戴キタイ
○議長(川上操六) 二ツ併セテヤルコトニシマス、仁別・檜山、両方賛成者ガアリマスカラ無記名投票ニ致シマス
   〔書記投票用紙ヲ配布ス〕
   〔書記投票ヲ読上グ〕
  総数   二十三
  檜山線   十二
 - 第23巻 p.118 -ページ画像 
  仁別線   十一
○議長(川上操六) 檜山線ニ可決シマシタ
○渡辺洪基(十七番) 能代線ハ……
○田村太兵衛(二十三番) 之ガ決定シタ以上ハ矢張リ能代ノ方モ……
○議長(川上操六) サウデスカ、ソレデハ採リマセウ、檜山線ノ鹿渡カラ分岐シテ八郎湖ニ添フテ能代ニ至ル修正説ガアリマス、御同意ノ方ハ起立シテ下サイ
  起立者  少数
○議長(川上操六) 少数デ御座イマス
  午後十一時十六分散会
   ○コノ日山根武亮ヨリ仁別・檜山両線ノ中間ヲトリ五城目線ニ修正説提案セラレシモ否決セラル。政府ハ鉄道会議ノ議決答申ニモ拘ラズ、閣議ヲ以テ仁別線ヲ採用ニ決定シ、ソノ予算案ヲ第四回帝国議会ニ提出セシモ削減セラレタルタメ、ソノ工事実施ニ際シテハ略々檜山線予定ニ従ヒ、明治三十二年三月大館・秋田間ヲ起工シ、翌三十三年十月大館・鷹巣間、三十四年十一月鷹巣・能代間、三十五年八月能代・五城目間、同年十月五城目・秋田間開通スルニ至レリ。(日本鉄道史中篇第一一七頁)


雨夜譚会談話筆記 上・第一三二―一三三頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月 謄写版(DK230016k-0003)
第23巻 p.118 ページ画像

雨夜譚会談話筆記  上・第一三二―一三三頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月 謄写版
                     (渋沢子爵家所蔵)
  第六回 昭和二年四月二十六日 於飛鳥山邸
    鉄道会議と鉄道国有
先生「○中略 それは彼の鉄道会議で明治廿五年のことであつた。会議の席上川上操六さんと大議論をしたのを憶へて居る。即ち川上さんは軍事上から檜山線が近くなるからとて之を主張し、私は経済上から秋田県の能代線を主張した。川上さんは「君は物産の方のみ見て軍事上のことを等閑視する」と云ひ、私は「軍事上のみを考慮して居ては物産や交通の便利が忘れられる」と論じた。鉄道線路の関係が軍事と経済と相反するのは、単に此檜山線と能代線のみではなかつたと思ふ。そして当時は結局私の説が勝を制し「演説は渋沢の方が上手だ」などゝ云はれたことがある。○下略
   ○第六回雨夜譚会出席者、栄一・増田明六・渡辺得男・白石喜太郎・小畑久五郎・高田利吉・岡田純夫。
   ○右ト同様ノ記事ヲ「竜門雑誌」第四六四号(昭和二年五月)ニ「私の関係した鉄道に付いて」トシテ掲載ス。
   ○右ノ栄一談話ノ中、川上操六トアルハ児玉源太郎ノ誤、軍部ガ檜山線ヲ主張セリト云フハ仁別線ノ誤リナルコト、前掲議事録記事ニヨリ知ルベシ。