デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
1節 実業教育
4款 東京高等商業学校
■綱文

第26巻 p.665-668(DK260109k) ページ画像

明治41年7月7日(1908年)

是日栄一、当校第十八回卒業証書授与式ニ臨ミ演説ス。


■資料

一橋会雑誌 第四四号・第七〇―七五頁 明治四一年九月 第十八回卒業式(DK260109k-0001)
第26巻 p.665-668 ページ画像

一橋会雑誌  第四四号・第七〇―七五頁 明治四一年九月
    第十八回卒業式
 吾人は前号に於て卒業生諸君を送りたり。今は只卒業式の大略を叙し、各科卒業生諸君の芳名を伝ふるに止めん。
去る七月七日、幾多内外貴顕紳士の賁臨を辱うして第十八回卒業式は本校講堂に挙行せられたり。其順序を略記せんに、先づ卒業証書の授与終りて校長の挨拶あり。続いて牧野前文相の祝詞、柳沢次官によりて代読せられ、渋沢男爵は現時の沈衰せる実業界に入らんとするものの為めに、種々訓諭を垂れられたり。之等に対して、専攻部卒業生総代滝谷善一・本科卒業生総代春田茂躬・選科畢業生総代向瑞琨諸子の謝辞ありて式を終る。
之等多大の栄誉を担うて社会活動に第一歩を印せるもの総計二百四十九名にして、内専攻部卒業生八名・本科卒業生二百二十七名・撰科畢業生十四名なり。諸子が氏名を列記すれば次の如し。
   ○氏名略ス。
尚ほ前記文相の祝詞、並に渋沢男の演説筆記を紹介すれば左の如し。
   ○文相祝辞略ス。
                  男爵 渋沢栄一氏 演説
 閣下諸君・学生諸子、今日の祝典に私は評議委員として学生諸子に
 - 第26巻 p.666 -ページ画像 
対して、一言御餞けを申すやうにと、過日松崎君より御委託を蒙りまして、此席に登りました次第でございます、年々にある祝日であつて諸君は無論初めて卒業せらるゝが、中へ出て御話をする私は最早何十年と申しても宜いくらゐであるから、謂はゆる相手変つて主変らず、同じことを繰返へすと云ふほかない、況や只今文部大臣閣下、又松崎校長より諸君に対して御懇切なる御指示がございましたから、もう之に加へる言葉は殆ど無いやうに思ひます、さりながら此所に罷出ました上には、一言諸君の前途を祝して愚見を申上げざるを得ないと思ひます。
 四年乃至六年の歳月を勤勉されて、玆に卒業証書を得られて、現に我々が経営して居る実業界に御出下される諸君である、私は此諸君を最も歓迎して居る一人であります、又我々社会は有為の青年を頗る渇望して居ると申して宜いのであります、故に十分な学識を持つて其場合に出るならば、初めから立派に世の中に活動し、経済界に雄飛するが無論のことでありますが、さう世の中のことは易々と行けないものである、諸君が今日のやうに能く学問をして其功を積んで、即ち卒業証書を得られた勉学の原因で、今日の結果を見たに相違ないけれども、実業界の旅立ちは是からが初めである。今日で学問の力は終りであるが、実業界の境遇は是から諸君は抑々の初めである、取りも直さず是から実業学校の予科に這入ると思はなければならぬのであります。
 而して此実業界の現在の有様は如何なるものであるか、唯今校長は一昨年と昨年は甚だ有望であつたか、当年は有望でないやうに思ふと仰つしやられました、いや、有望である、若し時態が困難だから有望でないと言ふならば、困難でない場合が有望であると言はねばならぬから、私は一昨年・昨年より最も有望なる年柄であると言はんと欲するのである、但し有望と云ふ度合に多少の差がございます即ち諸君が是から這入らうと云ふ予科たる経済界は、凡そ如何なるものであるかと云ふことは、先生から御聞きでありませう、新聞でも御覧でありませう、併し其先生或は新聞紙のは直接でない、自ら苦んで居るものでない、私は其間に刻苦経営して居る者であるから玆に諸君に御知らせするのが一番親密であると云ふことが言ひ得らるゝだらうと思ひます。
 元来実業界は四十年の歳月の間に、実に膨脹し実に発達したと申して宜いのであります、他の国の人々も日本の商工業の発達は非凡である、目を驚かすに足ると云ふほどであるが、如何に其根本が堅実であつたかと云ふことを顧ねばならぬ、仮令数十年の間に大いに成長したと云つてもが、其樹木が如何に大なる株、如何に大なる幹を成して居つたかを顧ますると、実に植立てであつて、何ぼ繁茂したと申しても根が十分堅固でない、従つて枝葉の繁茂も、最も風雨霜雪には摧れ易く倒れ易いと云ふことを考へねばならぬのである、徳川以来微力なる実業界は、維新以後度々戦乱あつて、時の変に際して進んだと云ふやうな形はあるけれども、国家全体から論ずると、決して国は左様に富んで居るのでない、殊に最近日露の関係に於て
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経済界に最も激しい動揺を与へた、而して其有様が戦時中には誰も予期したよりは都合が宜かつたのは、申さば戦争関係から内にしても、国債に力を逞しく注ぎ込み、又外からも外債を募つて戦争に供用した、其財本が二つにも三つにも見えた為めに、国家の富は甚だ進んだ、商工業界の力も大に増したものゝ如き感想を為しましたけれども、其実力は戦時中に見えた如く逞しいものでなかつたと云はねばならぬ、此場合に於て政治をする人も商工業に従事した者も皆観察を誤つた、手短かに申すと己れの力を少し見過ごしたと云ふ嫌ひがある。戦時中総ての公債の需要に国を挙げて応ずる、而して左まで経済界に影響を為さぬから、事態斯の如く充実したものと政治家も誤解した、戦ひ止んだ後の設備が国家の力、即ち財政の処置が果して其権衡を得たや否やと云ふことに付ては、我々は大に誤つたと信じますが、或方面では其宜きを得たと論ずる、此議論は決して此席で諸君に御質しをする訳でないけれども、併し少くとも其権衡を得たと言はれない点に於ては、論決し得らるゝと思ひます、而して経済界の現況は我々の見る所では甚しく其権衡を失つたから、金融も緊縮し商業も不景気で、事業も衰退し意気も消沈した、此有様は蓋し之に原因すると論断する人が、我々社会には多いのでございます、加ふるに実業界が最も注意せねばならぬのは、近頃外国人の我が実業界を如何に評するかと云ふのであります、但し此事は其誹謗を受ける人のみではない、日本全体が其注目を蒙つて居ると考へねばならぬ、数年前戦争の間には総ての事が日本を歓迎した、吐いた唾も日本人のは喜ばしいものとしたのである、之に反して今日は如何であらうか、政治家・軍人は兎角野心がある日本だと云われるやうに、私どもの耳に這入る、又実業界に対しての言葉は、道徳が欠乏して居る、約束が固くない、信用すべき度合が甚だ乏しいと言はれて居る、而して前に申す政治上に瑕瑾があつたとし、或は軍事上宜しきを得ないことがあつたとすれば、それ等の攻撃は我々実業界の方に向けられる、日本人はこれだと云ふ誹りは、多く実業界に来る、第一に実業界は内にしては政治家の不権衡なる圧迫を受け、外にしては圧迫から起る誹りを蒙る、謂はゆる腹背敵を受くる塩梅であるから、余ほどの勇気を持つて之に応ぜぬければ、決して此場合を切抜けることが出来ないのである、諸君は斯る時代に御出掛けになる、諸君の前途は斯様に困難なものであると言つたら、寧ろ卒業せぬが宜かつたと御思ひになるか知らぬが、今日既に証書を貰つた以上は此実業界に出ぬければならぬのであります、斯様申すと云ふと何だか前途が甚だ暗黒世界のやうに思はれますが、多分孟子の言葉だつたと思ふ、
  天将降大任於是人也、必先苦其心志、労其筋骨
 と云ふことがある、即ち諸君に天が大任を下したのであるから、諸君は誠に好時機の世の中に出た、春先きの時分に造つた、甘酒は味が変る、寒中に造つた甘酒は一年置いても味が変らぬ、諸君は誠に好時機の世の中に出たと考へねばいかぬと思ひます。
 畢竟長い間学業を練磨されたる因は、即ち今日の卒業と云ふ果を結
 - 第26巻 p.668 -ページ画像 
んだのである、故に斯る時代に出掛けて、是から先き経営せらるゝ所の原因は、即ち将来、大いに諸君の前途を祝福いたすのであります、且つ私は更に其御自身に属する因果ばかりと申すのでない、不肖ながら、我々は先づ実業界の第一期の者である、而して此第一期の実業界の者は多くは不規則な連中である、御覧なさいませ、多少今の世の中の実業界に活動して居る者は、皆商業学校の卒業証書を持つて居かと云ふと、一人も持つて居ない、此所に来てお喋りはしますが、不幸にしてさう云ふ時代でなかつた、又学問も甚だ粗野である、諸君の第二期の実業界に我々と違つた因を為して、更に良い結果を成して下さらなければならぬのであります、一身に於も因果があり、一代に於ても因果があり、世紀に於ても因果があるから、未来の実業界は道理正しく秩序を履んでやらねばならぬ、若し我々が悪因を作つたとすれば、其悪因を善化せしむるやうに諸君に希望して止まぬのであります、斯の如く希望いたすとすれば、今校長が今年は望み無い年であると言はれたが、否今年ばかりではない今年からずつと向ふに望みは多い、益々あると云ふ年柄と、御考へにならぬければならぬ、諸君の前途を祝福して玆に一言申上げます(拍手)