デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
1節 実業教育
6款 其他 4. 私立東京商業学校
■綱文

第26巻 p.782-785(DK260129k) ページ画像

明治25年2月7日(1892年)

是日栄一、当校第二回卒業証書授与式ニ臨ミ演説ヲナス。


■資料

東京経済雑誌 第二五巻第六一〇号・第二一一頁 明治二五年二月一三日 ○私立東京商業学校の卒業式(DK260129k-0001)
第26巻 p.782 ページ画像

東京経済雑誌  第二五巻第六一〇号・第二一一頁 明治二五年二月一三日
    ○私立東京商業学校の卒業式
神田区錦町なる私立東京商業学校にては、去る七日朝野の貴顕紳士を日本橋区板本町銀行集会所に招き盛大なる卒業式を行えり、其の次第は、先つ教頭文学士浜田健次郎君立ちて卒業学生修学の経過及び同校設立以来の沿革を報告せり、其の報告に拠れば同校の生徒は月に年に増加して現今は既に五百名以上に達し、何れも能く勉励すと云ふ、是れ独り同校の為めに賀すへきのみならず、国家の為めに賀すへきなり次きに校長高橋健三君立ちて卒業生三十一名に卒業証書を授与し、特に優等生には褒賞を賜ひ、了りて祝辞を朗読せられたり、校長の祝辞は懇篤にして厳粛、是れ宜しく卒業生諸氏の服膺すへき所なり、次きに卒業生総代一名立ちて答辞を朗読し、夫より渋沢栄一・菊地武夫・谷干城諸君の祝辞を以て式を了り、茶菓の饗応ありて目出度散解せり


竜門雑誌 第四九号・第一―八頁 明治二五年六月 論説(DK260129k-0002)
第26巻 p.782-785 ページ画像

竜門雑誌  第四九号・第一―八頁 明治二五年六月
    論説
 左に掲くるは、去る二月中東京商業学校の第二回卒業証書授与式場に於て青淵先生が演説せられたるものなり
皆さん、今日当私立東京商業学校の第二回卒業証書授与式に当りまして、小生も此盛莚に陪しましたのは身の光栄で御坐います、蛍雪の労空しからずして今日卒業証書を授与せられました学生諸氏、及在校諸氏が続いて学問に尽力せられることは甚だ慶賀の至に堪えませぬ、小生にも一言の祝辞を述べよとの御高嘱がありましたから、甚だ不弁不束も顧みませんで一言を申述べまして清聴を汚さうと思ひます、斯かるお目出度い席には或は賀称の詞、慶賀の弁を申述べます筈で御坐いますが、至て取飾つたことを申述べるに拙い私で御坐いますから、平
 - 第26巻 p.783 -ページ画像 
生感じて居りまする思ひ入れを一言申述べますやうに仕りたう御坐います、即ち意志にある所の真情実話で御坐います、御聴苦しくとも暫時清聴を煩します
商工業者も実に昔日とは大に其位置を進め、責任も大いなれば、掌る所の区域も広くなつたと申すことは、私が喋々申述べますには及びませぬ、併し左様に位置も進み責任も多くなつたに付てハ、従て夫に従事する者の心掛け又行ひも共に共に進まねば相成りますまいと云ふことは、論を待たぬことゝ考へます、今日卒業された諸君及在学の皆さんハ、共に此世の中に出て商工業に従事して、即ち今申す任の重い責の大いなる事務に就て下さらなければならぬお人である、憚り多う御坐いますけれども、私共は今現に其事務に従事しつゝあるもので御坐いますが、共に共に同じ船の中を漕ぎ行かねばならぬものと考へて居ります、此に申上げますことは前に申上げました通り甚だ慶賀の詞に相成りませぬが、却て規箴教誡ともなりまするが、商工業者の思想とでも題しませうか、平たく申せば商工業者の心掛けと申しますことを一言申上げて置きませうと考へます
商工業に従事する人々と云ふてもが、別に変つた心掛けを持つと云ふ訳には及びませぬが、前に申す通り昔の商売人と今日の商売人とは其位置も換りまして、是れまで聞伝へ教へ伝へた其商売人の有様のみに着目致しましては、此広大なる負担を負ひますことは出来ますまいと考へます、さればと申して如何に務が重い任が大なりと云ふてもが、唯だ無闇に朝に晩にキツイ心を以て力味散らして、此世の中は渡れるものではない、つまり其間に処するには、夫々順序がある、此順序に於て簡単に斯くありたい、斯様にして行かねばならぬと云ふことを申上げやうと考へる、蓋し今申上げますことは大方の君子に申上げますことでは御坐いませぬ、即ち今卒業されて此に実地に臨む人々、又在校される方に申上げる詞と御聞き成しを願ひます
先づ此商業世界で極く必要に感じますのは、甚だ古めかしい堅苦しいことを申上げますやうで御坐いますが、言忠信に行篤敬……第一に此志がなければならぬと考へる、甚しきは昔の商人ハ或ハ偽も資本の一部分と申伝へ誤つたことも御坐いますが、夫等の賤しい教へ伝へが商売人の卑下せらるゝ根源なりと云はねばならぬ、即ち商売人と云ふものは左様に卑劣のものではない、商売人と云ふものは、世の中の人間に対して一分高くこそあれ卑しいものではない、即ち守る所、言忠信行篤敬……之ハ論語の講釈見たやうで、少し漢籍を読んだお方は一も二もなく知つて居らるゝが、偖行ふと云ふ日には如何に論語を一字一句皆諳記して御坐つても出来ぬものである、況んや是れから新規に世の中に出て新事物に触れて行くには、守る所今の言忠信に行篤敬と云ふことを、全く念頭にお留めなさるやうでないと、前に申す是れまで誤り伝へたことに動かされて、商売人と云ふものは不図したことから奇利を得るもの、不図したことから幸福の来るものであると云ふやうな、此位の薄弱の詞で商売の始められるものでハない、相欺くは商売人の常であると云ふやうに相成つては、殆んど商売人の徳義と云ふものは紊乱滅裂することゝ相成ると考へる、第二に心掛くべきことは、
 - 第26巻 p.784 -ページ画像 
又矢張り古い堅苦しきことにしか聞けませぬが、言語を寡黙にして行為を敏捷にしなければならぬ、言に訥にして行に敏と云ふことを、支那の孔子は君子たる教にしましたが、私は之を商売人の教にしたいと思ふ、君子なり政治家なり、世を治める人、若くは人を教へる人にハ誠に尊むべきことで、商業に従事する者も常に此心掛がなけれバならぬ、動もすれば世の中に喋々と其事を論じまするが、極く込み入つたことは知らずにさうすれば斯うなるかと、向ふが斯うあるだらうと思つたがアチラが違つた抔と云ふことは、言が不訥にして行が不敏なるより出来ることである、苟も業を治めるには、自分が信ぜねば物を言はぬ、知つた以上は行ふと云ふ念を強くすれば、知らず識らず言語ハ寡黙になり、行為は甚だ敏捷になることは、果してあるべきことと考へる
其次に希望するのは、此思想と云ふものを堅く考へて、守る所を厚くせねばならぬ、而して事に当つて所謂豪毅と云ふ志を以て、不屈不撓と云ふ思慮を強くせねばならぬ、凡そ世の事業の成立ちは世事の善悪と云ふ弁別をしなければならぬ、即ち智が入る、併し其事を果して遂げると云ふは独り智慧のみでは間に合ふものであるかと云ふとさうは参りませぬ、其事に勉励しなければならぬ、然らば智と勉励だけで行けるか、耐忍と云ふものがなくてはならぬ、或る事柄に付ては都合好く順を追ふて運んで来ることもある、其代り耐忍が甚だ必要でないこともあるかも知れぬ、左りながら物事は左様に参らぬ、年月を重ねて始めて其効労の酬つて来るは間々あることである、其機に乗じ得るは何であるか、即ち耐忍である、耐忍と云ふ中には唯だ空に其月日を経過するも耐忍らしく見える、物を改むるとか、物を進めて斯くせねばならぬ、斯様に改めねばならぬと云ふ思案なしに其日を送るのも、外見からは耐忍らしく見えるが、之は耐忍でなくして下手の考へ休むと云ふものに相なる、左れば屈撓すれば強いものも打れる、堅い物が砕ける、此即ち其事に怠らず、其事に屈せずして行くのが即ち耐忍である、守る所を厚くして行ふ所を撓まぬやうにしなければならぬ、近頃の世の有様を見ますと、私共流儀の違ふ所から折れるのか恐れるか、或は杞憂に属するかも知れませぬが、甚だ人情が此事業とか工業とか云ふものゝ希望は日々増すやうにありながら、其実は進まずして却ツて反対して段々政治とか法律とか云ふものゝみに行き走る憂は、日に月に進むやうに考へる、指折り数ふれば私が官を辞しまして二十年、其二十年の昔日自ら思へらく、日本の国も斯かる有様に政治のみに進みが強くては、人の身体で云ふたら必ず脳動脈は破裂するであらう、どうか形体のモウ少し進むやうにしたい……生理学のことを説くのは私の此学問のないのに少し不似合のことで御坐いますが、取りも直さず学問とか理窟とか云ふ方に傾いた事のみに、智慧が馳せて行くよりは、どうか工業・商売と云ふものに人の念慮が赴きたいものであると云ふ、さう云ふ杞憂を持ちましたのは今を去る二十年、即ち明治六年のことである、其以来屡々其事を考へて居りますが、実に今日の如きは殆んど狂奔と申すべき有様と存せらるゝ、已に校長の祝辞の中にも生徒諸氏を誡められた詞に、其文字があらしやつたやうに思ひますが
 - 第26巻 p.785 -ページ画像 
誠に御同感である、斯かる世の中に出て商売上で真の国利民福を図ると云ふことは、即ち私は今日卒業せられたお方、続いて修学しつゝある諸君抔は固より極く良友と考へる、成程政治を論ずるお人も勿論国家に必要である、法律を講する人も尚ほ必要である、国を治める人がなければ、治められる民がありやうがない、去りながら国利民福は唯だ口の先、文字の上の国利民福では効用が薄いと思ふ、勿論文字の上にも口の先にも極めて出さねばならぬが、之を実地に行ふのは誰れの任であるか、即ち今日卒業されたる人達と、修学されつゝある諸君が此商業者になろうと考へる、果して左様であるならば、我々の任は甚だ重く且つ前途は遠いでは御坐らぬか、此世の中に出て其効能を奏しやうと云ふや、其構ふる所の志も今申す如くに第一に言忠信行篤敬、第二に言に訥にして行に敏、第三に守る所に厚くして行ふ所に撓まぬと云ふ考がなければ相なりますまいと云ふは、決して無理なる御注文と申すのではなかろうと考へます
終りに臨んで尚一言申上ますが、孔子は儒者ですから始終儒者を以て人を教へ、君子の儒となれ小人の儒となるなかれと申しましたか、私は生徒諸君に対し、君子の商人となれ小人の商人となることなかれ、と申します、之を一言御忠告と致します
   ○右ハ「東京商業学校五十年史」ニ収録サル。傍題ニ「明治二十五年二月七日、銀行集会所ニ於ケル第二回卒業式の祝辞演説」トアリ。


東京商業学校五十年史 渋木直一著 第一一九頁 昭和一四年三月刊(DK260129k-0003)
第26巻 p.785 ページ画像

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