デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
2節 女子教育
2款 日本女子大学校
■綱文

第26巻 p.909-910(DK260166k) ページ画像

明治41年4月11日(1908年)

是日栄一、当校卒業証書授与式ニ臨ミ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK260166k-0001)
第26巻 p.910 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十一日 曇 寒
○上略 午後一時半女子大学ニ抵リ卒業証書授与式ニ列シ、一場ノ演説ヲ為ス、畢テ一同ト共ニ撮影シ ○下略


家庭週報 第一四〇号 明治四一年四月二〇日 ○卒業式に於ける演説(男爵渋沢栄一)(DK260166k-0002)
第26巻 p.910 ページ画像

家庭週報  第一四〇号 明治四一年四月二〇日
    ○卒業式に於ける演説(男爵 渋沢栄一)
今日卒業になりまする大学部、又高等女学校学生諸子に対しては、校長から懇切なる告辞がありましたから、私の申す事は何もないが、併し此の学校はこゝに御列席の諸君、並びに学生諸君も御知悉なさつてで御座いませうが、多数の人が日本の教育、就中女子教育最も必要なりと感じて、多くの資財を四方から集め、そこで此の学校は成立したのであります。日本の事物が、四十年の間に、他の国の人々も驚く程又己れ自身もかく迄はと思ふ程、進んで参つたのは、種々な原因もありますが、其主なるものは教育の力であらうと思ふ。これは何人も否定する事は出来まいと信ずる。併し此の言葉は多く男子にのみ用ひらるゝが、私はこれは誤と思ふ。男女相並び、相助けて国家を成して居る以上、決して男子丈を教育すれば足れりと云ふ訳はない、今迄はそれで済んだかも知れぬが、明治昭代に於て女子教育の必要なる事を多数の人が認めるのである。私共は教育主義のない者であるから、自分で発動しないかも知れぬ。又他の誘導に由て動いたかも知れないが、此多数の人と考を合せて、十年の間に是程の大学を組織し、これ丈の卒業生を出す迄に進んで参つた、即ち其の設備と、教育を受けんとする需要と相俟つて来たのである。
然らば今日社会に於て、女子大学に就て、或は高等教育に反対の説もある様であるが、私はこれを僻事とするのである。
先年英国のミス・ヒユーズと云ふ人が、此の学校で演説をした事があるが、私の記憶する所に由れば、英国に於ても女子の高等教育に就て学者・教育家・政治家其の他社会に種々の説が現はれ、大に議論があつたが、今日は既に女子に高等教育を授くるの必要は公論であつて、此の問題に就て首をひねる様な野暮はないとの事であつた。我国に於ても今日女子の高等教育は女中頭を作るのであると云ふ如き議論は、親切から出たのでなくして、寧ろ愚痴であると云ふてよろしい。
それでこれから外に御出でになるあなた方は、今迄内に修めた学問を必要に応じて外に発するので、只今校長も云はれた通り、今から真の学校に入るのでありますから、皆さんは此の場合余程御注意をなさらなければならぬ。皆さんの力に由て、高等教育の真価は判断されるのである、私は皆さんに繰り返して申たいのはぶるな、らしくと云ふ語である。