デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
3節 其他ノ教育
2款 同志社大学
■綱文

第27巻 p.33-35(DK270006k) ページ画像

明治23年4月24日(1890年)

是日、栄一当校ニ到リ、学生ニ対シ一場ノ講演ヲナス。


■資料

同志社文学会雑誌 第三三号 明治二三年五月 渋沢栄一氏演説の大要(DK270006k-0001)
第27巻 p.33-35 ページ画像

同志社文学会雑誌  第三三号 明治二三年五月
   渋沢栄一氏演説の大要
 左の一篇ハ四月廿四日渋沢氏が同志社公堂に於てなせる演説を筆記せるものなり、然れども筆記者の狸毛の渋難なるより、自然辞足らず意通せずして氏の主旨を失へる箇処もあらんと思ふ、読者諸君乞
 - 第27巻 p.34 -ページ画像 
ふ諒せよ
                      U.I. 生記
予は渋沢栄一と申す者にして、今度商売上の用事にて当地に罷越しゝに、中村・三木等の諸君よりして何か話せと勧めらるゝにより、不肖を顧みす唯今諸君の前に出てたる所以なり
さて暖気靄々、春風楊柳を靡かすの好時節に方り、予は今諸君と此堂に相見ることを得たるは何よりも喜とする所なり、然れども諸君の知れる如く、予は固より学者にあらず、又教育家にもあらず、故に学問上の話を以て諸君に満足を与ふること能はざれども、予の持前即ち商売・工業・実業に就て、聊か予の経験し来れることを叙し、併せて予希の望を述ぶるも、敢て諸君に向て聊の裨益をもなさゞる様のことはあるまじと存じ、不弁を顧みず一言を陳して諸君の清聴を煩さんと欲するなり
凡そ学問とし言へば、其趣く所の甚だ煩雑にして、先有形的学問にしてハ或ハ理化学あり、医学あり、工学あり、農・商学あり、又無形的にしてハ或は哲学あり、歴史あり、文学あり、政治・法律ありと雖も然れども其有形と無形とを問ハず、其目的とする処は、畢竟するに唯実用如何といふに帰着し去るべし、然るに若学問する人にして、誤て実用の如何を問はずば、其学問の価値果して安くに在る、故に予は望む、此学問に就ては、可成的実用を主眼として、専ら其方向に趣かれんことを切に望むなり
然るに我日本国人の気風は、何故か、政治・文学・哲学等、凡て無形に属する学問にのみ馳するの趣ありて、理化学或ハ商工等有形的の学問には格別耳を寄せざるの傾向あり、譬へば頭顱大に過ぎて、四肢自在に働くを得ざるが如し、つまり身体の如何を顧みず、唯識見のみ高尚になり、終には所謂片輪者の姿になり果てはせざるかと、予は窃に憂ふるなり
かくの如き有様なるが故に、一通り学問ある人にして工業を興し或は器械を設くるといふ如き実に少し、之れ蓋し種々の原因あるべしと雖も、要するに我国学生の目的は官吏たるにあらざれば教員たり、教員たるにあらざれば官吏たり、斯る点よりして其影響を受くるに由らずんばあらず、然るに官吏と謂ひ教員と謂ひ畢竟他のものあるによりて必要なり、即ち人民あるによりて官吏の必要を生じ、生徒あるによりて教員の必要を感ずるなり、若夫れ総ての学生が悉く官吏となり教員となり果てたらんには、其官吏・其教員は果して何れの処にか身を措くべき、終にハ詮すべもなき境遇に陥ゐるべし、此事は予が嘗て大学の諸生に話しゝ所なるが、併方今に至りてハ斯る習風は追々と書生の間に減少せるものゝ如し、語を換へて言へば即ち我々の流儀が頗る拡充せるものなり、今予が諸君に望む所も畢竟此点に外ならざるなり
さて予は殊に此同志社に就て感する所は、予が嘗て新島先生に見えし時、近来西洋の文明入り来りしより、智識上に於てハ頗る進歩せるものゝ如く見ゆれども、道徳上に於ては少しも進歩せざるのみならず、却て退くものゝ如く、今や徳気殆ど地を掃ふに至るは悲むべきことなりと述べしに、先生大に慨嘆して、君の言へる如く、予ハ常に之を憂
 - 第27巻 p.35 -ページ画像 
ひ居る所なり、予ハ予の学校を以て此等のものを改革せんと欲するなり、君の言誠に感心の外なきなりと、涙を含で仰せられたる事なり、それ故に予が最も特に此同志社に望を措く所以のものハ、決して智育にあらす、決して奇才子を得る為めにあらず、智才固より必要なるが猶此上に支那にて所謂仁義忠孝といふ如き徳育を加へ、正直にして且つ確固不抜の精神ある人物を生ずるに在り、之れ実に新島先生の素志にして、亦予が諸君に望む所のものなり、併同志社の生徒は社会の実用に応ずるにハ如何なりや、予之を知らず、唯予ハ将来に向て大に望を嘱せんと欲するなり、故に予が今日諸君に望む所は、立派なる教員或ハ官吏となれとにあらず、唯智あり徳あり、殊に徳ある実用的の人物となられんこと是なり、此の如く智徳兼ね備はれる実用的の人物となり、務めて同志社の功能を天下に発表しなば、一は以て新島先生の志をなすべく、又予の望をも満たすことを得て此上もなき仕合と思ふなり、以上述ぶる所ろ実に予が微衷にして即ち予が諸君に望む所ろ、冀くハ諸君何卒新島先生の言の、虚にならざる様、水泡に帰せざる様注意に注意を加へて、益々学芸に勉励あらんこと切に希望に堪へざるなり