デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

5章 学術及ビ其他ノ文化事業
2節 演芸及ビ美術
4款 帝国劇場
■綱文

第27巻 p.416-421(DK270115k) ページ画像

明治40年2月28日(1907年)

是日当社ハ東京商業会議所ニ於テ創立総会ヲ開催ス。栄一之ニ臨ミ創立委員長タルヲ以テ議長席ニツキ、当社発起以来ノ経過ヲ述ベ、取締役会長ニ推サル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK270115k-0001)
第27巻 p.416-417 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
二月廿八日 晴 風強            起床七時 就蓐十二時
○上略 午後三時商業会議所ニ抵リ帝国劇場会社創立総会ニ出席シ、要項
 - 第27巻 p.417 -ページ画像 
ヲ議決シ、取締役等ノ撰挙畢リテ午後四時過、第一銀行ニ抵リ重役会ヲ開キ ○下略


竜門雑誌 第二二六号・第四七頁 明治四〇年三月 ○帝国劇場会社創立総会(DK270115k-0002)
第27巻 p.417 ページ画像

竜門雑誌  第二二六号・第四七頁 明治四〇年三月
○帝国劇場会社創立総会 帝国劇場会社にては二月二十八日午後東京商業会議所に於て創立総会を開き、創立委員長たる先生議長席に着きて、先づ創立費四千五百八拾七円弐拾七銭支出の承認を経、次に定款を議決し、次に取締役及監査役選任の件は先生を取締役中に加へ議長指名に依て定むることに決し、即時左の如く指名ありたり
    取締役
  大倉喜八郎   福沢桃介   田中常徳
  西野恵之助   益田太郎   日比翁助
  手塚猛昌    渋沢栄一
    監査役
  浅野総一郎   村井吉兵衛
猶取締役互選の結果先生は取締役会長に推薦せられ、西野恵之助氏は専務取締役に当選せり
因に記す、同社は殆んど青淵先生自らの唱道に依り成立せしものにして、先生は戦後世界の列強に伍する我邦の体面上是非共斯る設備の一日も忽にすべからざるを深く感ぜられ、同志を説きて之が設立に尽瘁せられたる関係上、破格を以て自ら取締役会長の任に就かれたるものなり


(帝国劇場株式会社)第壱回報告書 明治四〇年上半期・第一―四頁 刊(DK270115k-0003)
第27巻 p.417-418 ページ画像

(帝国劇場株式会社)第壱回報告書
               明治四〇年上半期・第一―四頁 刊
 ○第一回報告書
    第一 創立総会ノコト
明治四十年二月廿八日午後二時東京市麹町区有楽町一丁目一番地東京商業会議所ニ於テ当会社創立総会ヲ開ク、出席人員委任状共壱百九名此株数一万八千六百三十株、男爵渋沢栄一氏会頭席ニ就キ、先ヅ当会社発起以来ノ経過略述アリ、次テ左記ノ議決及選挙ヲ為セリ
 一 創立事務報告是認
 二 定款中左ノ通リ改正
   (株主大橋新太郎氏発議)
   第十四条中、毎年七月及一月トアルヲ、八月及二月ニ改ム
   第十六条中、取締役ハ七名以下トアルヲ、八名以下ニ改ム
   第十七条中、社長一名トアルヲ、取締役会長一名ニ改ム
   第廿一条中、毎年六月及十二月トアルヲ、七月及一月ニ改ム
   第廿二条中、純益トシ以下五十六字ヲ刪除シ、株主総会ノ決議ニヨリ之レヲ分配ス、ト改ム
 三 取締役及監査役報酬年額金六千円以内
 四 取締役ニ男爵渋沢栄一・大倉喜八郎・福沢桃介・西野恵之助・日比翁助・益田太郎・田中常徳・手塚猛昌ノ八氏ヲ、監査役ニ浅野総一郎・村井吉兵衛ノ二氏ヲ選挙ス
 - 第27巻 p.418 -ページ画像 
 五 株式総数ノ引受アリタルコト、各株ニ付第一回株金ノ払込アリタルコト、及会社ノ負担ニ帰スベキ設立費用ニ関スル件是認
○創立略歴ニ対スル渋沢男演説要旨
当会社ノ創立ハ、明治三十八年十二月中福沢捨次郎氏外数名ノ同志ト倶ニ数回会合協議ノ結果、株式会社設立ニ就テ必要ナル諸事項調査ニ着手セルヲ内トシ、外ニハ伊藤侯爵・西園寺侯爵・林子爵等ノ熱心ナル賛助ヲ得テ、玆ニ明治三十九年六月九日ヲ以テ、東京市京橋区鎗屋町十五番地手塚猛昌氏方ヘ仮リニ創立事務所ヲ設ケ、発起人勧誘ヲ為シタル処大倉喜八郎氏外三十名ヲ得タルヲ以テ、同年十月十八日第一回発起人会ヲ日本橋区阪本町銀行倶楽部ニ開キ、其決議ノ末創立委員トシテ福沢捨次郎・荘田平五郎・手塚猛昌・日比翁助・福沢桃介・益田太郎・田中常徳・西野恵之助ノ八氏及自分トヲ併セテ九名ノ委員玆ニ定マリ、而シテ不肖其委員長トシテ推サレ、同年十二月廿七日ヲ以テ創立事務所ヲ麹町区八重洲町一丁目一番地ニ設置シ、此処ニ株式ノ募集ヲ始メタルニ、案外速カニ満株ヲ告ゲタルヲ以テ、証拠金ヲ廃シ直チニ第一回ノ払込期ヲ明治四十年二月八日ニ定メ、悉ク払込済ニ至リシヲ以テ、玆ニ本日(明治四十年二月廿八日)創立総会ヲ開クニ至レリ、云々
○役員ノ就任
創立総会ニ選挙セラレタル取締役及監査役ハ、孰レモ承諾就任シ、尚取締会ノ互選ヲ以テ左ノ如ク選定セリ
              取締役会長 男爵 渋沢栄一
              専務取締役    西野恵之助
    第二 事業ノ経過
劇場事業ノ創初ニ当リ最モ大切ナルハ、敷地ノ選定ト設計図案ヲ決定スルトノ二事ニ外ナラザルハ論ヲ俟タザル処ナレバ、敷地ノ選択ニ就テハ百方苦心調査ヲ為シ、殆ンド前後十ケ所余ノ候補地ニ就テ詳細取調ブル処アリシモ、適マ好適ナルノ地ハ之ヲ収得スル迄ニハ、其要スル時日ト費額トノ二点ニ於テ、我ガ注文ニ適スルモノ無カリキヲ以テ止ムヲ得ズ借地ト定メ、麹町区有楽町一丁目一番地馬場先門外、中濠ニ面シタル三菱合資会社所有地中、交通最モ便利ナル地点ヲトシ、同会社ト数次交渉ノ上、去ル五月ニ至リ漸ク此処ニ決定スルニ至レリ、又設計図案ニ就テモ逸早ク工学士横河民輔氏ニ依托シ着手セシモ、何分改良劇場ハ我国創初ノ事業トテ、其図案ノ如キモ容易ナル業ニ非ラズ、漸ク六月ニ入リ略ホ出来セシヲ以テ、直チニ之レニ依リ研究会ヲ開クコトヽシ、林子爵、末松・穂積・坪内・坂田ノ四博士及福沢捨次郎・荘田平五郎・高橋義雄・横河民輔・和田英作ノ諸氏並ニ俳優数氏ノ会合ヲ請ヒ、評論ヲ求メ、大体ニ於テ決スル処アリシモ、尚爾後数次補正ヲ加ヘ、漸クニシテ好良ナリト認ムル案ニ達シタルヲ以テ、之ニ決定スルニ至レリ、上述ノ如ク、幸ニ当半期内ニ於テ敷地及図案ノ二問題決定ニ至リシヲ以テ、今ヤ専ラ地礎工事ノ諸準備並ニ材料買入約束等着々進捗中ナリ
    第三 設立登記
明治四十年三月九日東京区裁判所ニ於テ本会社設立ノ登記ヲ了セリ
 - 第27巻 p.419 -ページ画像 

帝国劇場株式会社定款 (明治四十年二月廿八日改正) 刊(DK270115k-0004)
第27巻 p.419 ページ画像

帝国劇場株式会社定款 (明治四十年二月廿八日改正) 刊
    第一章 総則
第一条 当会社ハ帝国劇場株式会社ト称ス
第二条 当会社ハ演劇其他各種演芸ノ興行ヲ為シ、併セテ劇場賃貸ノ業ヲ営ムヲ目的トス
第三条 当会社ハ本店ヲ東京市ニ置ク
第四条 当会社ノ公告ハ、本店所轄区裁判所ノ商業登記公告ヲ為ス新聞紙ニ掲載ス
    第二章 資本及株式
第五条 当会社ノ資本金ハ壱百弐拾万円トシ一株ノ金額ヲ五拾円トス
○中略
    第四章 取締役及監査役
第十六条 取締役ハ八名以下トシ、一百株ノ株主中ヨリ選任シ、其任期ヲ三ケ年トス
第十七条 取締役ハ互選ヲ以テ取締役会長一名、専務取締役一名又ハ二名ヲ定メ、業務ヲ執ラシムルコトヲ得



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK270115k-0005)
第27巻 p.419-420 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
一月七日 晴 軽暖             起床六時三十分 就蓐十一時三十分
○上略 十一時新橋ニ着ス、馬車ニテ兜町事務所ニ抵ル ○中略 栗生武右衛門氏来リ、帝国劇場会社株式ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
一月十二日 晴 寒             起床七時
○上略 午後三時半帝国劇場株式会社事務所ニ抵リ、創立委員諸氏ト要務ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
一月二十一日 晴 寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略
二時帝国劇場会社創立事務所ニ抵リ、委員会ヲ開キ要務ヲ談ス
○下略
   ○中略。
三月五日 雪 寒              起床七時三十分 就蓐十一時三十分
○上略
西野恵之助氏来リ、帝国劇場会社ノ事ヲ談ス
○下略
   ○中略。
三月九日 晴 暖              起床七時 就蓐十二時
○上略
午前十時宮内省ニ抵リ、田中大臣ニ面会シテ帝国劇場会社ノ書面ヲ進達ス ○下略
   ○中略。
三月十六日 曇 寒             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後三時過帝国劇場会社ニ抵リ、又重役会ヲ開ク ○下略
 - 第27巻 p.420 -ページ画像 
   ○中略。
四月六日 曇 暖              起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午前十一時半帝国劇場会社ニ抵リ、重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス、横河技師ト劇場建築ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
五月二十八日 晴 暑            起床七時 就蓐十二時
○上略 兜町事務所ニ抵ル、西野恵之助氏来リ、劇場会社ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
六月一日 晴 暑              起床七時 就蓐十二時
○上略 十一時帝国劇場会社ニ抵リ重役会ヲ開ク、畢テ一同ト午飧シ ○下略
   ○中略。
六月七日 曇 冷              起床七時 就蓐二時
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リテ、帝国劇場会社ノ為メ宴会ヲ開ク、林外相・末松男・穂積博士・坪内氏其他数多来会シ、演劇改良且劇場建築ニ関シテ種々ノ説アリ、夜ニ入リテ芝翫・高麗蔵・梅幸等ノ俳優モ来会ス
夜一時散会 ○下略
   ○中略。
九月九日 雨 暑              起床七時
○上略 午後四時瓢屋ニ抵リ、伊藤侯歓迎ノ事ヲ談ス、帝国劇場会社重役一同ヲ会シテ、伊藤・西園寺其他ノ諸氏ヲ招宴シ、劇場建築ノ方法ヲ協議ス、俳優数名来会ス ○下略



〔参考〕竜門雑誌 第二三三号・第三八頁 明治四〇年一〇月 ○帝国劇場株式会社重役会(DK270115k-0006)
第27巻 p.420 ページ画像

竜門雑誌  第二三三号・第三八頁 明治四〇年一〇月
○帝国劇場株式会社重役会 帝国劇場株式会社にては去月二十一日麹町区八重洲町同会社楼上に於て重役会を開き、取締役会長たる青淵先生議長席に着き、専務取締役西野恵之助氏より工事上の報告及女優養成に関する議案の提出あり、種々協議の末議長より田中常徳・益田太郎・西野恵之助三氏を委員に指名し、之に該案の調査を付托して閉会せり



〔参考〕帝劇十年史 杉浦善三著 第一一―一四頁 大正九年四月刊(DK270115k-0007)
第27巻 p.420-421 ページ画像

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