デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

5章 学術及ビ其他ノ文化事業
2節 演芸及ビ美術
4款 帝国劇場
■綱文

第27巻 p.422-425(DK270117k) ページ画像

明治41年2月22日(1908年)

是日栄一、東京商業会議所ニ於ケル当社第二回株主総会ニ出席シ、議長席ニ就キ事務ヲ処理ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK270117k-0001)
第27巻 p.422 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
二月二十二日 曇又雨 軽寒
○上略 午後二時東京商業会議所ニ抵リ帝国劇場会社株主総会ヲ開ク ○下略


(帝国劇場株式会社)第三回報告書 明治四一年上半期・第一―三頁 刊(DK270117k-0002)
第27巻 p.422-423 ページ画像

(帝国劇場株式会社)第三回報告書
               明治四一年上半期・第一―三頁 刊
 ○第三回報告書
    第一 第二回定時株主総会
明治四十一年二月廿二日(土曜日)午後一時東京市麹町区有楽町一丁目一番地東京商業会議所ニ於テ第二回定時株主総会ヲ開ク、出席人員委任状共八拾名、株数一万四千五百六拾個ニシテ、取締役会長男爵渋沢栄一氏会頭席ニ就キ、明治四十年下半期事務報告・貸借対照表・財産目録・利益金処分案等ヲ議シ総テ原案ノ通リ承認シタリ、又監査役満期ニ付改選ノ処浅野総一郎及村井吉兵衛ノ両氏重任ニ決定シタリ
    第二 事業ノ経過
本期中ニ於ケル劇場建築ノ工程ハ終始基礎工事ニ鞅掌セシニ過ザリシモ松杭ノ打込ハ四月ヲ以テ之ヲ了シ、続テ割栗石ヲ一面ニ打込ミ、五
 - 第27巻 p.423 -ページ画像 
月中旬ヨリ下層「コンクリート」工事ニ着手シ、月余ニシテ之ヲ終リ更ニ六月中旬ヨリ「アスファルト」防水工事並ニ上層鉄筋「コンクリート」工事等ニ着手シタリ、時恰モ梅雨ノ候ニ際シ一時工事ノ進捗ヲ妨ゲラレシモ、其後幸ニ着々進捗ヲ告ゲ、期末ニ於テハ既ニ約七分方工程ヲ終フルニ至リタリ
由来劇場ニハ舞台下即チ奈落ト称スル地下室設置ノ必要アリ、我邦在来ノ分ハ概ネ湿気勝ナルノミナラズ、断ヘズ湧キ水汲出シノ止ムナキ者スラ尠少ナカラズ、本劇場ハ之ニ鑑ミ充分ナル計画ヲ以テ地盤一面ニ「アスファルト」ヲ敷詰メ、完全ナル防水並防湿ノ方法ヲ実行スルコトトナセリ
又劇場建物ニハ観覧席ト云ヒ舞台ト云ヒ広大ナル無柱ノ大室ヲ設クルガ為メ、建物ノ重量ハ自ラ他ノ部分ニ集荷スルヲ免レザルヲ以テ、普通建物ヨリモ基礎地形ヲ堅牢ニナシ置クノ必要アリ、加フルニ本敷地ノ如キ地質軟弱ヲ免レザルヲ以テ、近時欧米諸国ニテ専ラ行ハルヽ鉄筋「コンクリート」ノ方法ヲ応用スルコトヽナシタレバ、為メニ「コンクリート」打ノ量ヲ大ニ減ジ得タルノミナラズ、地盤ヲ一枚石ノ如ク広キ面積ニテ耐重ノ効果アラシムルヲ以テ、結局費用ニ大差ナクシテ本業ノ如キ多人数ノ集散ニ対シ毫末顧慮スル処ナキヲ期画セリ
永久的建物ノ工事中最モ眼立タズシテ而カモ苦心ノ多キハ地中基礎工事中ナリトス、今ヤ此等ノ工事モ幸ニ何等滞ナク已ニ七・八分方進捗セルヲ以テ、今後ノ工程ニ至リテハ大ニ見ルベキモノアルヲ信ゼリ
本館用鉄骨材料ノ注文ハ、公入札ノ結果三月中旬英国「グラスゴー」市「ブラウンリー・エンド・モーレー」会社ヘ注文スルコトヽセリ、本年十一月迄ニハ全部到着スルノ予定ナリ
本劇場設計及監督担当技師横河民輔氏ハ三月三十一日出発欧米劇場視察ノ途ニ就キタリ、八月末ニハ帰朝ノ予定ナリ、惟フニ氏ノコノ行ハ本館ノ建築ニ対シ多大ノ裨益ヲ与フベキハ勿論ニシテ、其結果ハ今ヨリ期待スル所ナリ
本季中演劇ニ関スル事項研究ノ為メ斯道ニ堪能ノ士相会シ、数回ノ劇談会ヲ催シ、席上名アル俳優ヲモ招キ其意見ヲ徴シ、以テ開場後ノ施設ニ資スル処アリタリ
○下略



〔参考〕(帝国劇場株式会社)第二回報告書 明治四〇年下半期・第一―二頁 刊(DK270117k-0003)
第27巻 p.423-424 ページ画像

(帝国劇場株式会社)第二回報告書
               明治四〇年下半期・第一―二頁 刊
 ○第二回報告書
    第一 第一回定時株主総会
明治四十年八月三十日午前十時東京市麹町区有楽町一丁目一番地東京商業会議所ニ於テ第一回定時株主総会ヲ開ク、出席人員委任状共八拾名、株数壱万参千参百五拾個ニシテ、取締役会長男爵渋沢栄一氏旅行中欠席ニ付、取締役大倉喜八郎氏代テ会頭席ニ就キ、明治四十年上半期事務報告・貸借対照表・財産目録・利益金処分案等ヲ議シ、総テ原案通リ之ヲ承認シタリ
    第二 事業ノ経過
 - 第27巻 p.424 -ページ画像 
劇場ノ火災ハ、洋ノ東西ト今昔トニ論ナク、頗ル頻繁ニ起ル所ノ問題ニシテ、且其結果ノ悲惨往々聞クニ忍ザル処ノモノナレバ、当社ノ如キ劇場新設ニ当ルモノハ防火的建築法ヲ採用スルノ一事ハ最モ肝要ナリトス、之レニ次デハ事業ノ性質上建物ノ堅牢ト美観トヲ併有セシムル上ニ、震災ニ耐フルノ方法ヲモ講ゼザルベカラズ、敷地ト決定シタル馬場先門前・日比谷公園附近一帯ノ地方ハ、概ネ地質軟弱ナルニヨリ、此ノ地点ニ於テ上記ノ諸条件ヲ完全ニ且ツ経済的ニ施行センガ為メ、劇場本屋ハ総テ鉄骨煉化石造トシ、成ルベク建物ヲ堅牢トスルト同時ニ重量ヲ減ズルノ方法ヲ採リ、尚ホ地礎ハ充分ナル計画ヲ立テ杭打地形トナスコトニ決定シ、即チ九月中旬ヲ以テ地礎根堀工事ニ着手シ、十月下旬ニ至リ杭打工事ヲ開始シタリ、爾後両工事共大ニ進捗シ季末ニ於テ根堀工事ハ全部、又杭打工事ハ全数ノ約五分ノ四即チ松杭八千四百余本ノ打込ヲ了スルニ至レリ
杭打結了後引続キ着手スベキコンクリート用諸材料ハ大部分購入ノ手配ヲ了シ、又次デ要スル所ノ鉄骨材料ハ目下入札購入ノ手配中ナリ
又一方ニ於テハ演劇脚本類ノ蒐集取調等予メ文芸ニ対スル準備ノ必要アルヲ認メ、掛員ヲ置キ専ラ之レニ従事セシメ居レリ、又女優ニ関スル件、舞台構造ニ関スル件等ノ如キモ、本季ニ於テ徐々着手ノ端ヲ開クニ至リタリ



〔参考〕(帝国劇場株式会社)第四回報告書 明治四一年下半期・第一―二頁 刊(DK270117k-0004)
第27巻 p.424 ページ画像

(帝国劇場株式会社)第四回報告書
               明治四一年下半期・第一―二頁 刊
 ○第四回報告書
    第一 第三回定時株主総会
明治四十一年八月廿九日(土曜日)午前十時東京市麹町区有楽町一丁目一番地東京商業会議所ニ於テ第三回定時株主総会ヲ開ク、出席人員委任状共八拾参名、株数壱万参千九百拾個ニシテ、取締役会長男爵渋沢栄一氏旅行中欠席ニ付、取締役大倉喜八郎氏代テ会頭席ニ就キ、明治四十一年上半期事務報告・貸借対照表・財産目録・利益金処分案等ヲ議シ、総テ原案ノ通リ承認シタリ
    第二 事業ノ経過
本期間ニ於ケル劇場建築ノ工事ハ、八月下旬ニ於テ「コンクリート」工事及「アスフアルト」防水層工事ヲ終リ、次デ十二月上旬地中煉瓦積工事ノ落成ヲ告ゲ、礎石据置工事ニ進ミタルヲ以テ、同月十二日帝国劇場礎石式ヲ挙行シタリ
予テ英国ヘ注文中ノ鉄骨材料ハ十二月下旬六十九噸余、一月上旬七十四噸余横浜ニ到着セルヲ始トシ、其後漸次回着シ来ルヲ以テ、日ナラズ之レガ組立ニ着手スベキ予定ナリ
本会社ノ依嘱ニヨリ欧米劇場建築視察中ナリキ技師横河民輔氏ハ、九月下旬ヲ以テ帰朝シタリ



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治四一年(DK270117k-0005)
第27巻 p.424-425 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
二月一日 晴 軽寒
○上略 午後一時半帝国劇場会社ニ抵リ重役会ヲ開ク ○下略
 - 第27巻 p.425 -ページ画像 
   ○中略。
三月十四日 晴 寒
○上略 午後四時中央亭ニ抵リ帝国劇場会社ノ重役会ヲ開キ要件ヲ決シ、更ニ横河技師欧米行ノ送別ノ為メ小宴ヲ開キ、在外中調査スヘキ要項ニ付種々ノ談話ヲ為ス、来会者十四人、夜十一時散会ス ○下略
   ○中略。
五月三十日 曇 暖
○上略 午後三時帝国劇場会社ニ抵リ、重役会ヲ開キ要務ヲ議決ス ○下略
   ○中略。
七月四日 雨 冷
○上略 三時帝国劇場会社ニ抵リ重役会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
八月一日 晴 大暑
○上略 午前十一時帝国劇場会社重役会ヲ開ク為メ中央亭ニ抵リ ○中略 劇場会社重役ト午飧ヲ共ニシテ、株主総会ノ事ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
九月十九日 曇 冷
○上略 午後三時帝国劇場会社ニ抵リ重役会ヲ開ク、西野・益田・田中・福沢・手塚諸氏来会ス○下略
   ○中略。
十二月四日 晴 寒
○上略 午後二時劇場会社ニ抵リ重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス ○下略