デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
2節 健康
■綱文

第29巻 p.119-126(DK290039k) ページ画像

明治34年(1901年)

渋沢栄一日記及ビ八十島親徳日録ニ記載セラレタル、栄一是年ニ於ケル健康ニ関スル事項。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三四年(DK290039k-0001)
第29巻 p.119-121 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
一月五日 雨
昨夜ヨリ頭痛強キヲ以テ、朝来医師ヲ招キ診察ヲ乞フ、午前十時兜町宅ニ帰リテ床ニ就ク、熱度稍高キヲ覚フ、終日煩悶ス、土屋・堀井両氏来診ス、此日ハ藍香ノ遺屍送葬ノ事アレトモ、病ノ為メ出張スルヲ得サリキ
一月六日 雨
感冒ノ気益強ク、熱度モ三十八度四五分ニ上リ、頭痛最モ甚シ、此日モ土屋・堀井来診シ、エンフレエンザ症ト診断ス
一月七日 曇
昨日ト同シク頭痛強ク苦脳多シ、午後四時青山国手来診ス、其診察ハ土屋・堀井ニ同シ、且処方ニ聊意見ヲ加ヘラル、此夜発汗甚シ、然レトモ苦脳尚未タ已マス
一月八日 曇
昨日ヨリハ聊熱度減却セシニヨリ、快方ニ赴クモノト思惟セシモ、午後ニ至リ熱度大ニ増加シ、三十八度六分ニ上リ、苦脳モ随テ多カリキ青山国手来診ス、終日薬用治療ニ怠リナキモ、未タ快方ニ至ラス
一月九日 曇
昨日ト同様ニテ終日治療ニ勉ム、此日篤二来ル
一月十日 晴
熱気幾分カ減却セシモ未タ快方ニ至ラス、土屋・堀井両医師各来診ス
一月十一日 晴
病昨日ト同シク、褥中ニ在リテ治療ニ勉ム、医師又ハ近親来リ訪フ者多シ
一月十二日
昨日ニ比シテ聊軽快ヲ覚フ、熱度モ大ニ減却スト云トモ、未タ褥中ヲ離ルヽヲ得ス、但病中諸方ヨリノ来状ヲ検シテ回答書ヲ裁ス
 - 第29巻 p.120 -ページ画像 
一月十三日 晴
日々軽快ヲ覚フ、褥中ニ在リト云トモ、読書執筆等ニ堪フルヲ以テ、書類ヲ調査ス
一月十四日 晴
未タ褥ヲ離ルヽヲ得サルモ、病ハ大ニ快方セリ、臥床中ニ於テ書状ヲ裁ス
一月十五日 晴
病稍愈ユルヲ以テ褥ヲ離ル、然レトモ外出スルヲ得サル為メ、此日郵船会社ヨリノ招宴ニハ断状ヲ発シテ之ヲ謝絶ス
一月十六日 晴
此日ヨリ全ク病褥ヲ去ル ○下略
   ○中略。
二月三日 晴
○上略 此夜歯痛甚シ
   ○中略。
二月六日 曇
昨夜ヨリ下痢症ニテ朝来出勤スルヲ得サルニヨリ、午後一時ノ郵船会社重役会及商業会議所臨時会ニハ、電話ヲ以テ断リ遣シ、終日在宅治療ニ勉ム
二月七日 雨又雪
腹部快方ニ至ラサルヲ以テ、医師ヲ招キテ診察セシメ、薬用ニ怠ラス終日褥中ニ於テ摂養ス
二月八日 曇
昨日ト同シク病未タ愈ヘサルヲ以テ、日本鉄道会社株主総会及福沢氏葬儀等モ書面ヲ以テ断リ遣シ、終日在褥治療ニ勉ム
二月九日 晴
病昨日ト同シ、甚シキハ夜中数行ノ下痢アリテ、頗ル困難ナリ、此日松平ヲ招テ書類ヲ整理セシメ、且松尾其他ノ人々ニ書状ヲ発ス
二月十日 晴
病尚愈ヘス、医師毎日来診スレトモ、未タ治療ノ方法ヲ得ス、終日褥中ニ在テ摂養ニ勉ム
二月十一日 雨
病昨日ト同シ、褥中ニ於テ治癒ス
二月十二日 晴
病尚未タ愈ヘサルヲ以テ、兜町宅ニ帰リ臥褥ス、此日高木医師来診ス
二月十三日 晴
昨日高木医師ノ処法ニテ大下剤ヲ服セシニヨリ、下痢症幾分ノ軽快ヲ覚フ、然レトモ全愈ニ至ラス
二月十四日 晴
臥褥中ナルヲ以テ、此日有楽会ニ出席シ難キ旨書面ニテ申送ル、益田早川二氏ニ書状ヲ発ス、阪谷夫妻来訪ス
二月十五日 晴
午前日下義雄氏来ル、午後佐々木勇之助氏来ル、何レモ臥床中面接ス昨日熱海ニ向テ兼子ニ書状ヲ送ル
 - 第29巻 p.121 -ページ画像 
二月十六日 晴
午前京釜鉄道会社ノ事ニ関シ、東北又ハ北越地方有力者ニ書状ヲ発セシメ、株式加入ノ事ヲ勧募ス、熊野沢硫黄坑業ノ事ニ関シ須永ノ来状ヲ閲ス
二月十七日 晴
病稍快方ニ赴クモ、尚臥褥ヲ離ルヽヲ得ス、午後穂積歌子・同重遠等来ル、六時過大倉喜八郎・梅浦精一二氏来ル
二月十八日 晴
宿痾稍愈ルヲ以テ此日ヨリ褥ヲ離ル、然レトモ食事ハ尚粥ヲ用フ ○下略
二月十九日 晴
○上略 此日ヨリ下痢症全ク快方セシニ付、服薬・食事トモ常ニ復スルヲ得タリ
○下略


竜門雑誌 第一五三号・第四二頁 明治三四年二月 ○青淵先生の病気全快(DK290039k-0002)
第29巻 p.121 ページ画像

竜門雑誌  第一五三号・第四二頁 明治三四年二月
○青淵先生の病気全快 先生には一月初旬インフルヱンザに冒され、同月十七八日頃同病は全快せられしも、其後二月五日より直腸加答児にて、久しく引籠りの上静養せられ居りし所、去る十八日より全快、従前の通り公私の事務に鞅掌せられつゝあり


渋沢栄一 日記 明治三四年(DK290039k-0003)
第29巻 p.121-124 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
三月十六日 雨
此日ハ歯痛甚キヲ以テ、書状ヲ以テ、大蔵省松尾氏ヘ銀行条例改正法案ノ事ヲ申通ス、夕五時商業会議所定期会ヲ開キシモ出席ヲ断リ遣ス
   ○中略。
三月廿六日 晴
午前日本新聞社員来ル、大倉喜八郎氏・渋沢喜作氏・小田信樹等来ル十勝開墾会社ノ事ヲ協議ス、東京瓦斯会社ニ重役会アリシモ、少シク病アルヲ以テ出席ヲ謝絶ス
三月廿七日 晴
午前佐藤某・市原盛宏ノ書状ヲ持シテ来ル、十時堀井医師来診ス、十一時歌舞伎座ニ抵リ観劇ス、家人及西園寺一家同伴ス、夕方大倉氏ヨリ向島別荘ニ招宴アリシモ、病ヲ以テ之ヲ謝絶ス、夜兜町ニ帰宿ス
   ○中略。
四月二日 晴
○上略 午後一時頃兜町ニ帰宅、途中ヨリ歯痛甚敷ニヨリ医師ヲ招テ治療ス、此日日本郵船会社ニ臨時重役会アリシモ、歯痛ノ為メ出席スルヲ得サルニヨリ、書ヲ以テ出席ヲ謝絶ス
四月三日 晴
昨日来歯痛尚未タ愈ヘス、終日褥中ニ在テ治療ス、来客アリシモ、病ヲ以テ面会ヲ謝ス
四月四日 雨
歯痛昨日ヨリ大ニ減却セシニヨリ、午前十時浅草公園ニ抵リ、瓜生岩子銅像建設場ヲ一覧シ、当日ノ準備ニ関スル評議ヲ為ス、後藤新平夫
 - 第29巻 p.122 -ページ画像 
妻及箕浦・松平諸氏来会ス、十二時兜町ニ帰宅ス、此日横浜正金銀行ヨリ横浜ニ招宴セラレシモ、歯痛全愈ニ至ラス、且夜ニ入リテ雨降リ
出セシヲ以テ、書ヲ送テ出席ヲ謝絶ス
   ○中略。
五月三十一日 雨
此日ハ日本鉄道会社会社及札幌麦酒会社ノ会合アリシモ、風邪気ナルヲ以テ謝絶シ ○下略
   ○中略。
六月三日 雨
午前安達憲忠氏来ル、養育院ノ事ヲ談ス、此日歯痛ノ為メ、銀行其他ヘノ出勤ヲ謝シ、宅ニ在テ休養ス
六月四日 曇
此日モ歯痛愈ヘス、依テ外出ヲ謝絶ス、夕麻布井上伯ヨリ招宴アリシモ、病ノ為メ列席スルヲ得サリシハ、頗ル遺憾ノ事ナリキ
六月五日 晴
午前一森彦楠・熊谷辰太郎来ル、共ニ京釜鉄道会社ノ事務、第一銀行ノ事ヲ談話ス、歯痛大ニ快方スルモ、尚外出ヲ謝シテ休養ス、夜植村澄三郎来ル
六月六日 晴
竹田政智来ル、人造肥料会社ノ事ヲ談ス、大川平三郎来ル、四日市製紙会社ノ事ヲ談ス、日本郵船会社近藤廉平・商業会議所萩原源太郎ヘ書状ヲ送致ス、此日ハ第一銀行ノ重役会例日ナリシモ、病ノ為メ出席セス
六月七日 雨
午前書類ヲ整理ス、午後日下義雄来ル、京釜鉄道会社ノ事務ニ関シテ種々協議ス、夜浅野総一郎・阿部吾市来リ、茨城炭坑会社創立ノ事ヲ談ス、浅野氏ト北越石油事業ノ合同方法ヲ協議ス、此日モ日本鉄道会社重役会例日ナリシモ、病ノ為謝絶ス
六月八日 曇
此日モ歯痛ノ為メ外出ヲ為ス能ハス、家ニ在テ書類ヲ整理ス
   ○中略。
六月十一日 晴
午前十一時駿河台ニ抵リ、一井歯科医ヲ訪ヒ歯ノ治療ヲ為ス、十二時兜町ニ抵リテ午餐ス、午後銀行ニ出勤シ行務ヲ処理ス、六時帝国ホテルニ抵リ、ステツト氏紹介ノ小宴ヲ開ク、近藤廉平氏ト共ニ開宴スルモノナリ、来会者十八名、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、畢テ深川宅ニ帰宿ス
   ○中略。
六月十三日 晴
午前十一時一井歯科医ヲ駿河台ニ訪ヒ ○下略
六月十四日 曇
○上略 三時日本鉄道会社重役会ニ列ス、五時ノ汽車ニテ王子別荘ニ帰宿ス、夜土屋医師来ル
六月十五日 雨
 - 第29巻 p.123 -ページ画像 
○上略 十一時一井歯科医ヲ訪ヒ、治療ヲ為ス、十二時兜町ニ於テ午飧ス
○中略 九時再ヒ一井医師ヲ駿河台ニ訪ヒ、夜十時王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
六月十七日 晴
○上略 三時辞シ去テ一井医師ヲ訪ヒ治療ヲ受ク、四時兜町ニ抵リ、三好退蔵氏来話ス ○下略
   ○中略。
六月廿一日 曇
午前九時駿河台ニ抵リ、一井医師ヲ訪ヒ ○下略
   ○中略。
六月廿四日 曇
午前二三ノ来人アリ、午後四時ヨリ帝国ホテルニ於テ海外教育会ノ評議員会ヲ開キタリシモ、歯痛ニヨリテ其出席ヲ謝絶セリ
六月廿五日 曇
午前九時駿河台一井歯科医師ヲ訪ヒ、治療ヲ受ク ○下略
   ○中略。
七月十二日 曇
朝来下痢甚ク出務ヲ得ス、依テ日本鉄道会社重役会ヘモ、電話ヲ以テ出勤シ難キ事ヲ断リ遣ス、終日家ニ在テ医師ノ診察ヲ受ケ治療ニ勉ム
七月十三日 曇
下痢未タ愈ヘス、京釜鉄道会社重役会ノ約アリシモ、出席スルヲ得ス依テ電話ヲ以テ断リ遣ス、終日褥中ニ於テ治療ス
七月十四日 雨
病少シク愈ルモ尚全快セス、褥中ニ於テ治療ヲ加フ、八十島・尾高ノ諸氏来話ス
七月十五日 雨
此日青山博士来診ス、然シ病ハ稍快方ニ赴クヲ覚フ、終日家ニ在テ治療ヲ加フ
七月十六日 稍晴
午前浅野総一郎氏来リ、セメント工場ノ事ヲ談ス、十一時佐藤三吉氏来診ス、下痢ハ稍愈ルモ、口中ニ痛所アルヲ以テ同氏ノ診察ヲ請ヘタルナリ、午後瓦斯会社株主総会アリシモ、病ノ為メ出席スルヲ得ス
七月十七日 雨
此日モ郵船会社ノ重役会アリシモ、病ノ為出勤ヲ謝絶シ、家ニ在テ治療ス
七月十八日 雨
病稍愈ルモ尚出勤ヲ得ス、家ニ在テ書類ヲ整理ス、第一銀行重役会アリシモ電話ニテ断リ遣ス
七月十九日 晴
病始テ全治スルヲ以テ、午前日本鉄道会社ノ重役会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
八月十二日 晴
朝来胸痛アリ、且腹部ニ下痢アルヲ以テ、曾テ白耳義人フランキー氏ト会談ノ約アリシモ、電話ニテ断リ遣ス、武田政智来リ肥料会社ノ事
 - 第29巻 p.124 -ページ画像 
ヲ談ス、終《(日カ)》ニ家ニ在テ静養ニ勉ム
八月十三日 晴
昨日来ノ胸痛ハ愈ヘタレトモ、下痢未タ快方ニ至ラサルヲ以テ、外出ヲ謝絶シ家ニ在テ治療ス
八月十四日 晴
病稍愈ヘタレトモ尚家ニ在テ休養ス、此日ハ郵船会社重役会ノ日ナリシモ出席ヲ断リ遣ス
   ○中略。
八月廿四日 晴
○上略 午後兜町事務所ニ出勤シ、五時駿河台一井歯科医師ヲ訪ヒ、六時王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
九月十四日 晴
午前八時加古医師ヲ訪ヒ、鼻ノ治療ヲ為ス、更ニ一井歯科医ヲ訪ヒ、十時兜町事務所ニ出勤ス ○下略
   ○中略。
九月十八日 晴
午前加古医師ニ鼻ノ治療ヲ請フ ○下略
九月十九日 曇
○上略 此日ハ深川鷗盟会常議員会ヲ開ク筈ナリシモ、風邪気ナルヲ以テ篤二ニ託シテ代理セシム
九月二十日 曇
此日風邪気ニテ出勤ヲ謝ス、臥床ニ在テ読書又ハ書類ヲ調査ス、此夜雨
   ○中略。
十月十一日 晴
朝来下痢強ク、明日水戸行ノ約ヲ履行スル能ハサルニ付、書状ヲ京釜鉄道会社ノ人ニ送付シ、且前島氏ヘ照会シテ同氏ノ啓行ヲ依頼ス、谷敬三氏ヘ一書ヲ送ル、十時堀井医師来診、四時兜町事務所ニ抵リ岸宇吉氏ニ会話ス、佐々木勇之助氏モ来会ス、六時王子別荘ニ帰宿ス
十月十二日 曇
昨日来ノ下痢症未タ愈ヘス、終日家ニ在テ書類ヲ整理ス、水戸行ヲ見合セタルニ付、河野茨城県知事・土浦桜井平兵衛氏ヘ書状ヲ送致ス
十月十三日 曇
此日ハ休日ナルヲ以テ、病稍愈ヘタレトモ家ニ在テ読書又ハ遊戯ニ清閑ス
   ○中略。
十月十六日 晴
朝来又下痢病再発ノ気味アルヲ以テ、出勤ヲ為スヲ得ス、日本郵船会社重役会ヲモ謝絶ス、此夜吉田某氏ヨリ常盤屋ヘ招宴セラレシモ、病ノ為メ出席スルヲ得ス、電話ヲ以テ之ヲ謝絶ス


(八十島親徳) 日録 明治三四年(DK290039k-0004)
第29巻 p.124-126 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三四年   (八十島親義氏所蔵)
一月五日 雨 中々寒シ
 - 第29巻 p.125 -ページ画像 
○上略 昨夜ヨリ青淵翁インフルエンザノ由ニ付、昼前一寸兜町ニ見舞ヒ
○下略
一月六日 曇少雨 寒し
日曜ナレトモ深川邸若主人ヨリノ依頼ニヨリ同邸ニ至リ、午後兜町ニ至リ青淵翁ヲ病牀ニ見舞ヒ、夕刻帰宅 ○下略
一月七日 雨 寒し
○上略 青淵先生ニハ引続キインフルエンザニテ、卅八度以上ノ熱アリ、兜町ニ平臥セラル ○下略
   ○中略。
一月九日 曇 寒シ
九時出勤、青淵翁インフルエンサ追々快方ナレトモ、未就床静養中、令夫人亦インフルエンサニテ、熱度三十九度余ニ上就床、如此事情ナルヲ以テ緊要ノ件ノミ床側ニテ執務 ○下略
   ○中略。
一月十一日 晴
前九時出勤、本日青淵翁先快方、従テ用談ノ来訪者ニ接シテ、病床ニ取次ノ要件多シ、午後六時帰宅
一月十四日 少雨
九時出勤、青淵翁快気ナレトモ未タ床上ヲナサズ、本日ハ床辺ニテ大ニ事務ヲ取扱フ、午後五時帰ル
○下略
   ○中略。
二月九日 晴
○上略 青淵先生ハ去ル五日夜以来腸胃病ニテ ○中略 外出セラレズ ○下略
   ○中略。
二月十二日 晴
○上略 青淵先生去五日来腸加答児ノ処、未タ快方ナキニ付本日 ○中略 兜町邸ヘ帰宅セラレ、高木国手ヲ招キ受診セラル、矢張直腸加答児ニテ、為差心配スヘキ事ハナカルヘシトノ事、病床ニテ輻湊シタル用事ヲ弁ス、牛込穂積令夫人見舞旁来訪 ○下略
   ○中略。
二月十八日 晴
九時出勤、青淵先生全快此日より来客ニ被接
○下略
   ○中略。
七月十二日 曇後晴
九時出勤、青淵先生ハ腸胃ヲ害サレ出勤無シ ○下略
七月十三日 晴
○上略
九時出テ京釜鉄道会社ヘ立寄リ、青淵先生病気不参ノワビヲナシ ○下略
七月十四日 日よう 雨
早起鉄道馬車ニ乗リ、八時ノ気車《(汽)》ニテ上の発王子邸ニ至ル、青淵先生ニ病牀ニ謁シ所用ヲ弁ス ○下略
   ○中略。
 - 第29巻 p.126 -ページ画像 
七月十八日 曇
九時出勤、青淵先生ハ不相変王子引籠中也 ○下略
七月十九日 晴
○上略
今午後青淵先生出勤 ○下略
   ○中略。
八月十二日 晴 八十六度
○上略 青淵先生少々風邪ノ為出勤無シ ○下略
八月十三日 晴 八十九度
九時出勤、本日モ青淵翁王子ヨリ出勤無シ ○下略
   ○中略。
八月十五日 晴 九十度
○上略 本日ハ青淵先生出勤セラレ、午後七時帰宅 ○下略
   ○中略。
九月廿一日 雨後晴
○上略 男爵ハ昨今両日風邪ノ為、王子ヨリ出勤ナシ、故ニ用事ハ書状ニテ往復ス ○下略
   ○中略。
九月廿三日 晴
九時出勤、男爵不相変風邪ニテ出勤ナシ ○下略
九月廿五日 曇 朝六十三度
○上略 夕刻男爵出勤アリ ○下略
   ○中略。
拾月十九日 雨
前十時兜町出勤、青淵先生微恙ノ為メ出勤ナシ ○下略
拾月廿一日 晴
九時前出勤、青淵先生不相変腸胃症ノ為出勤ナキニ付、午後飛鳥山邸ニ伺候ス ○下略
拾月廿二日 晴
九時出勤、本日ハ青淵先生出勤セラル、夕六時帰宅 ○下略
   ○中略。
十二月卅一日 晴
○上略 青淵翁ハ下痢ノ為出勤ナシ ○下略