デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

5章 交遊
節 [--]
款 [--] 20. 其他ノ関係諸資料
■綱文

第29巻 p.402-434(DK290121k) ページ画像

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■資料

(芝崎確次郎) 日記簿 明治一一年(DK290121k-0001)
第29巻 p.402 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一一年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
四月十九日
○上略 本晩宮城県大書記官四人来客、洋食差出、退出十時 ○下略
廿七日 雨降
○上略 稲荷祭宵祭得意先百人余招、洋食馳走致ス、表庇しヘガス相照し且東踊・花柳、其外本松斎生花・書画・神楽等有之、天気ニ相成不申候とも、賑ひ申候 ○下略


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一二年(DK290121k-0002)
第29巻 p.402-403 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一二年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
四月十九日
○上略 午後主君より被仰付候ハ、明後廿一日夕左之人名招待方被命候
 親子・中村夫婦・戸塚夫婦・渡辺幸兵衛
右七人呼遣とシテ退社際廻り、夫ヨリ浜町ときわやへ参り、料理方申付、而シテ帰宅、奥様へ上申致し候事
   ○中略。
五月四日
日曜日休
今朝雨降、十一時止、夫ヨリ王子別荘ヘ参リ、午後三時来客同行、主君御出に相成、五時御退散、小松彰殿ヘ招待被為入候事、跡片付致し夜ニ入帰宅致し候事
   ○中略。
五月十八日 曇
日曜休業
午前十一時ヨリ晴、夫ヨリ支度、王子別荘ヘ参リ、平山省斎其他笹瀬
 - 第29巻 p.403 -ページ画像 
元明兄弟□数人之事《(等カ)》 ○下略
   ○中略。
五月三十日 朝雲雨降
○上略
君公今夜午前九時麹町英国公使館《(後)》ヘ出頭被成、深夜ニ付迎ひ之為メ出頭、早追供奉致《(速カ)》し候事


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年(DK290121k-0003)
第29巻 p.403-404 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一三年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
第一月十五日 雲 極寒
○上略 浜町常盤屋ヘ御集会、但シ芳川電信頭洋洲《(欧)》ヨリ帰朝ニ付宴会ニ御座候 ○下略
   ○中略。
三月十日
○上略
今夜岩手県令其外十一人之来客有之候事
   ○中略。
三月廿五日 晴
○上略
御来客十人、但し華族方也
今晩御屋敷へ来客料理常わやノ事
   ○中略。
三月廿八日 晴
休日
本日ハ来客王子ニ有之、因テ主君・奥方、外附属人不残御越し相成候
○下略
   ○中略。
四月四日 雨降
日曜休
御別荘王子ヘ御来客有之、諸事用伺之為メ十二時より別荘ヘ罷出、奥様ヘ御面語、夕暮帰リ、夜七時帰宅
   ○中略。
六月廿八日 小雨降
○上略
御邸ヘ来客有之候事
○下略
   ○中略。
第七月廿七日 晴
○上略
麹町英国公使ヘ夜会ニ御出張、十一時御帰館
   ○中略。
八月十四日 晴
午前九時出頭、今夕も酒配り相始メ申候、夜ニ入帰宅
午後二時発車ニテ血洗島御客様御帰宿相成候 ○下略
   ○中略。
 - 第29巻 p.404 -ページ画像 
九月廿三日 晴
秋季皇霊祭休日
○上略
今日ハ王子別荘ニ来客有之候
九月廿六日
休日
○上略
君公両国中村楼ニ集会有之、右ヘ御出張相成、夕刻御帰館、御風邪気ニ御座候
   ○中略。
九月廿九日 雲
○上略
御邸江来客、五代友厚・三野村・西園寺・外山其外廿八人
○下略
   ○中略。
第十月廿三日 雨降
○上略 本日ハ出頭、直ニ王子ヘ参リ、明廿四日午後五時別荘ヘ来客ニ付料理十人前申付、献立可相廻旨申置、別荘ヘ参リ居候
谷敬三殿ヘ手紙壱封持参、面語夫より大川氏江面会、別荘ヘ出ル
献立持参致し候間、手配申付、帰リ途銀行ヘ立寄、夜ニ入候間、人力ニテ帰邸
献立奥様ヘ差上候事
第十月廿四日 午後晴
休日   終日在宅
午後一時主君御出張、別荘ニテ来客被遊候事
帰邸第十時ナリ


(芝崎確次郎) 日記 明治一四年(DK290121k-0004)
第29巻 p.404-405 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治一四年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
第四月廿一日 雲
例刻出頭、本日ハ午後二時より王子別荘ヘ御来客ニ付、主人早引相成、折悪敷小雨降
来客人名ハ 佐野大蔵卿 吉原大蔵少輔 郷純造 アルピン 益田孝三野村 其外社会之者都合十人《(会社)》、料理方梅屋しき常磐や
○下略
   ○中略。
五月五日 雲 夜ニ入雨降
○上略 夫より銀行連来客ニ付掃除其外手配方とシテ早引ニテ帰宅、夫々手配致し候、六時ヨリ須藤時一郎・松本常蔵・佐々木勇之助・向井小左衛門・大沢正道・小川貞之助・蒲・石川弥吉・一ノ瀬文二郎〆九人、松もとノ料理申付候処、追々多人数相成、壱人分増又壱人分増、大ニ差支申候事、夜ニ入十二時惣退散、一時帰宅臥ス
○下略
   ○中略。
七月十五日 晴
 - 第29巻 p.405 -ページ画像 
今朝例刻出頭、王子別荘江朝鮮人御招キ相成、右接伴掛としテ小使三人相廻し、自身罷出指揮候、本日朝鮮人四人断リ状参リ、拾壱人参リ候、外官員方並吟香 ○岸田も参リ、都合三十人余ニ相成申候、午前ニ参リ扇屋ニテ休足、且昼食致し抄紙場一覧、午後三時来荘、庭園見物、五時食事出ル、夜第十時後退散、小生十一時半ニ退散、十二時後帰宅
   ○中略。
九月十一日
休日 終日在宅
昨夜大風雨降ニ御座候
今夕御屋しきへ来客御座候、人名左ニ
   松本暢     須藤時一郎
   西園寺公成   西園寺猪太郎
   秀甫
          〆
夜ニ入十二時迄不残退散
   ○中略。
九月十三日
例刻出頭、雨降、主君十二時王子別荘より御出頭被遊候、午後三時ヨリ深川邸ヘ来客有之候由ニ付、直ニ小生帰宅、掃除仕、主君御帰館、続テ左之来客
   朝鮮人     大沢正道
   同通弁     増田充績
   花房公使
   大倉屋喜八郎  〆六人
夜ニ入九時退散
   ○中略。
十月七日 雲
例刻出頭、午後六時退社、主君向島ナル榎本武陽君別荘《(榎本武揚君)》ヘ御招キニテ被為入、十時後御帰館
○中略
月見之御馳走御奥ニテ頂戴、十一時帰宅、琴曲有之、賑敷御座候
   ○中略。
第十一月廿四日 晴
来ル廿八日朝鮮人王子ヘ相招キ候手配方ニテ、本夕奔走致し候事
○下略
   ○中略。
第十二月三十日 晴
○上略
主君夕刻深川三野村氏ヘ招待、御出張被遊、夜ニ入九時御帰館
○下略


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一五年(DK290121k-0005)
第29巻 p.405-406 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一五年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
七月八日 雨降
今朝大雨降、九時頃雨止ミ、追々晴
 - 第29巻 p.406 -ページ画像 
君公本日府知事葬儀ヘ出張之思召、然ルニ御風邪気御勝れ不被遊ニ付御断、増田啓造ヲ以名代礼服着用ニテ罷出候
余程賑々敷御葬礼ニ御座候
   ○中略。
九月廿一日 雲追々晴
○上略
小生ハ午前十一時半ヨリ同勤ヘ頼合、大沢正道殿ト同車向島ナル石工江故永田甚七殿紀念碑彫刻見分ニ参リ、帰途柏屋ニテ昼食致し、而しテ帰宅致し候 ○下略


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一七年(DK290121k-0006)
第29巻 p.406-407 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一七年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
廿三日 ○三月 晴
休日
本日ハ王子別荘ニ来客ニ付、午前九時ヨリ同所江出頭、諸事手伝ひ、来客之内十人不参、十六人来荘、盛宴ニ有之候
   落語家      円朝
   清元       菊太夫
    よし原   芸妓十人
    庭園ニテ住よし踊有之候事
夜ニ入十時退散、小生も同時退荘、帰邸泊、十二時ヨリ雨降
   ○中略。
三十日 晴
休日
○上略 今夕ハ御邸ニ招客有之候、但し銀行社員十六人ナリ、村瀬秀甫参リ子供弐人連参碁打、夜ニ入十一時退散、跡片付致し、而しテ帰宅
三十一日 雲
例刻出頭、午後六時帰宅
君公ニハ三井銀行之招待ニテ芝紅葉館御出相成候、十時立寄相成候事夜之八時頃地震致し十二時頃より雨降
   ○中略。
十九日 ○四月 晴
○上略 本タハ王子別荘ヘ来客ニ付君公御出張相成候、客人泊リ相成候
○下略
   ○中略。
廿五日 晴
例刻出頭 十一時ニテ切上ケ頼合、人力ニテ別荘ヘ参リ、時ニ十二時ナリ、来客ニハ
     山県参議   野村駅逓総官
     伊藤参議   榎本全権公使
     松方参議    東京府知事
    福地源一郎    大倉喜八郎    三野村利助
     渋沢喜作     小室信夫     原善三郎
      益田孝     穂積陳重       亭主
              陸奥宗光
 - 第29巻 p.407 -ページ画像 
    〆十六人
大盛会、三参議御泊相成候、新橋芸妓と御快楽之事
○下略
   ○中略。
八日 ○五月 晴
○上略 主君ニハ八丁堀開楽園招客ニテ御出張相成、夜ニ入九時半御帰館お立寄相成候事
○下略
   ○中略。
十八日 晴 大風
休日
○上略
  本日王子別荘ニ来客、支那料理ノ事、先年仏国同行之方々ナリ
   ○中略。
十四日 ○一一月 雲
○上略 午後ニ至リ常盤や妻来社、来ル十六日王子別荘御客来ニ付、庭園催し出店方ニ料理番入用之事共申出候ニ付、午後四時退社帰邸、小生之客操上《(繰)》ケ十五日則明日ニ致し候ハヽ都合宜敷、雇人致し明晩之手配致し呉候様相頼 ○下略
   ○中略。
廿八日 ○一二月 晴
休日
今夕ハ例年之通リ御邸ニテ忘年会御催ニテ、銀行重立候モノ不残、亦商工会・倉庫・会社・集会所・製紙会社・製銅会社各員、其外共合テ三十八人来客、大盛会ニ御座候、芸人ハよし原の俄連、円朝・菊太夫清瀬太夫、柳橋・よし原大小芸妓大勢参リ候事


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一八年(DK290121k-0007)
第29巻 p.407-408 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一八年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
六日 ○五月 晴々
例刻出頭、本日ハ王子別荘ニ招客多人数有之、右ニ付十一時より同所ヘ出張、夜ニ入十一時半帰宅致し候
  。内務 。大蔵 。駅逓 。農商務省
右諸省之官吏方廿人、銀行社員七人、都合ニテ中々盛宴ニ御座候、芸人ハ
   如燕 水戸黄門記ヲ講じ候事
     柳橋  吉原  新橋
     右三ケ所之大小芸妓賑々敷候事
十三日 上々天気
○上略
本日ハ王子ニ招客御座候、踏舞会ニテ盛大之事ニ御座候、小生ハ出張不致候事
   ○中略。
九日 ○六月 小雨降
例刻出頭、今日ハ御邸ニ御招客有之候、是ハ別懇之方々懇話会と申事
 - 第29巻 p.408 -ページ画像 
御始メ相成、順席御宿被成候御事ニ御座候、午後三時御揃相成候 ○下略
   ○中略。
(七月)六日 小雨降
○上略
主君夜ニ入御帰リ、十時後より明七日午後来客招待状御認メ相成、夜中手配ケニテ配達致し候○明朝小原勝五郎方ヘ使者小生ヘ被命候事
   ○中略。
十三日 ○十月 晴
例刻出頭、午后四時ヨリ君公之使者とシテ麻布鳥居坂町弐番地折田山形県令近日任所出立ニ付、餞別としテ糸織壱反被進、右持参差出而しテ帰社六時半ナリ ○下略


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一九年(DK290121k-0008)
第29巻 p.408 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一九年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
六日 ○一月 晴
例刻出頭、午后四時主君御出頭、万年町御老人死去親類忌中、松餝取除ケ可申、右等上原豊吉殿迄も申置べく、且亦諸方通知調之内、佐々木和助殿ヘ案内被致度旨も申入候様被申付、午后六時退社、帰途立寄上原氏ヘ面語いたし候、而しテ帰宅食事後、亦候同所ヘ出頭候得共、只混雑而已、早速帰宅致し侯
八日 晴
今朝午前七時万年町出棺、上野汽車九時便ヲ以送葬相成候、小生も自己之志ヲ以同所迄会葬而しテ第一銀行ヘ出頭相勤、午后七時退社帰宅来ル十日亡渋沢以静葬儀執行ニ付、第一国立銀行ヨリ鳶人足拾人並小使弐人・宰領壱人、増田啓造殿指揮役としテ出頭可致旨被申付候事
   ○中略。
十二日 ○四月 雲
例刻出頭
今日ハ王子別荘ヘ御招客ニ付、午前十一時ヨリ頼合、王子ヘ罷越し、途中ヨリ小雨降
午後二時ヨリ招客追々来ル
   松方大蔵大臣   秘書記官
   三井銀行     銀行各支店    物産
   大倉       万年町
     〆 弐拾弐人
常盤や之料理、吉原之芸者数人、菊太夫・円遊、庭園先にて俄踊り有之折悪敷雨降出、早々切上ケ相成、御座敷御夜食ニ相成、盛宴夜八時四十分不残退出相成、続テ小生帰宅
   ○中略。
三十日 ○一二月 晴
○上略
今夜ハ御邸ニテ忘年会御催銀行其外恒例之通御招待相成盛宴 ○下略


(芝崎確次郎) 日記 明治二〇年(DK290121k-0009)
第29巻 p.408-410 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二〇年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
明治二十年一月元旦
 - 第29巻 p.409 -ページ画像 
今朝四方拝終テ食事相済八時半御邸出頭、一同相揃而しテ君公ヘ年頭御祝詞上申、御酒頂戴君前退散、夫より奥様御産所ニテ御祝詞上申、退キ、夫より九番地及村井・鈴木・桃井、右三軒ヘ年頭いたし、最早十時ニ相成候ニ付銀行ヘ出頭、社員相揃楼上上等間ニおゐて御酒頂戴、而しテ退社、夫より西園寺・鈴木・大井・蠣殻町・浜町等ヘ年礼いたし、夫より浅草万梅ヘ三部一同相揃新年宴会相催、四時半一同退散、帰途須藤君ヘ年賀参上、而しテ浅野工場年賀立寄其上帰宅、直ニ夜ニ入候事
   ○中略。
(四月)二日 雨降
○上略
今夜御邸ニ御招客御座候事
 御来客ニハ
  井上外務大臣
  外務省古沢
  〃陸奥宗光
  原善三郎
  益田克徳
  横山源一郎
  万年町
  今村清之助
    外両三人
   ○中略。
十二日 ○四月 雨降
○上略
十三日・十四日之両日、王子別荘ニ招客有之、名前書等同人ヘ差出候
○下略
十三日 晴
例刻出頭、午后六時決算済、無事閉庫、帰途王子別荘ヘ出張、夜十時帰宅候事
 本日之招客ハ
  大蔵大臣松方公
  其外官員方
    〆十六人
盛宴ニ御座候
十四日 晴
○上略
本日ハ王子ニ支那公使及日本官員共十三人
招客御座候事
○下略
   ○中略。
(八月)十日 晴
○上略
主人宅ヘ
本夕三重県令
 - 第29巻 p.410 -ページ画像 
石井君御招待相成、洲崎養魚場ニテ鯉魚綱《(網)》ニテ取リ、即席料理御座候
十一日 晴
○上略
御邸江今夜も御招客御座候


(芝崎確次郎) 日記 明治二一年(DK290121k-0010)
第29巻 p.410 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二一年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
廿八日 ○十二月 雲
○上略 本日ハ兜町御新館ニテ忘年会御催ニ相成、社員其外諸会社重立候モノ招待致候事
夜分雨降、中々盛会ニ御座候
 和料理梅屋しき
  常盤やナリ
  芸人
夫々来リ候事


(芝崎確次郎) 日記 明治二二年(DK290121k-0011)
第29巻 p.410 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二二年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
廿二日 ○四月 小雨午后晴
○上略
本日ハ王子別荘ヘ深川区内重立候モノ百人余新話会之集合有之候
廿二日 ○十月 晴
○上略 兜町ニ立寄夜食頂キ、今夜ハ御招客ニテ芸人参リ居候ニ付綾太夫《(瀬脱)》ヲ聞、而して帰宅候事


(芝崎確次郎) 日記 明治二三年(DK290121k-0012)
第29巻 p.410 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二三年   (渋沢子爵家所蔵)
三十日 ○三月 晴
休日
本日ハ王子別荘ヘ御招客ニ付、出張奔走致候事


中外商業新報 第二四〇三号 明治二三年三月二九日 渋沢氏観桜の宴(DK290121k-0013)
第29巻 p.410 ページ画像

中外商業新報  第二四〇三号 明治二三年三月二九日
    渋沢氏観桜の宴
渋沢栄一氏には久々の病気も全く平癒したるに付、明三十日王子の別荘ヘ貴顕紳士十余名を招待して、観桜の宴を開く由


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK290121k-0014)
第29巻 p.410-413 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日
○上略 午後五時花月楼ニ於テ堀越善重郎ノ宴会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
一月廿三日
○上略 此夜瓜哇移住人峰岸氏・堀越善重郎氏、其他林権助・木内重四郎大倉・浅野・矢野・坂谷等《(阪谷)》ノ諸氏ヲ招宴ス、峰岸茂太郎氏ヨリ瓜哇ノ移住民ニ関スル談話及幻灯ノ余興アリ、夜一時過散会ス
   ○中略。
二月十三日 晴 風強シ
○上略 午後四時紅葉館ニ於テ、東京商業会議所書記長萩原源太郎氏清国
 - 第29巻 p.411 -ページ画像 
ヨリ帰朝セル為メノ慰労会ヲ開ク、夜十時過帰宅
   ○中略。
二月二十日
○上略 午後七時浜町常盤屋ニ於テ山中隣之助氏ノ招宴ニ列ス、山本達雄高橋是清・豊川良平等ノ諸氏ト会食ス、夜十時帰宿
   ○中略。
二月廿三日 雨
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ於テ成田銀行小倉氏ノ招宴ニ列ス、大倉・岡村輝彦・佐々木勇之助諸氏ト共ニ笑談ス
   ○中略。
三月二十四日 雨
○上略 足立太郎・吉川三次郎・鹿島岩蔵諸氏ト偕楽園ニ午飧ス、蓋シ足立韓国発途ヲ送別スル為ナリ ○中略 午後五時紅葉館ニ於テ盛岡銀行催ス処ノ招宴ニ会ス、村井・瀬川其他ノ諸氏ト会談ス、午後七時浜町常盤屋ニ抵リ、桂子爵・井上伯爵・平岡煕氏ト会飲ス、夜十時帰宅ス
三月二十五日 曇
○上略 午後三時過植物園ニ抵リ、樺山文部大臣ノ茶話会ニ列ス ○下略
三月二十六日 曇
○上略
午後五時築地瓢屋ニ於テ、平岡煕氏催ス処ノ宴会ニ列ス、井上伯・後藤台湾民政局長官・大倉喜八郎等来会ス ○下略
   ○中略。
四月十九日 曇
○上略 午後五時兜町ニ帰宅ス、此夜米国費府ノ人オスタイマー氏少女二人ヲ兜町邸ニ招宴ス、蓋シ同氏ハ曩ニ西園寺亀次郎米国ニ於テ厚遇セラレタルニヨリ、其渡航ヲ機トシテ今夕招宴シタルナリ、西園寺・岸精一二氏来会、頗ル歓ヲ尽シ、夜十時散会ス
   ○中略。
四月廿五日 晴
○上略 五時向島八百松楼ニ於テ各銀行懇親会ニ出席ス、山本日本銀行総裁・高橋・藤島・相馬・中上川・豊川等ノ諸氏来会ス、講談・歌舞等ノ余興アル《(リ)》 ○下略
   ○中略。
五月十三日 晴
○上略 午後四時過川上大将ノ死去ヲ弔シ ○下略
   ○中略。
五月十五日 晴
○上略 二時川上大将ノ葬儀ニ青山墓地ニ赴ク ○下略
五月十六日 曇
○上略 午後五時加藤正義氏ヲ元園町ニ訪ヒ、其招宴ニ参ス、渡辺洪基・中上川彦次郎・浅田正文・小幡・今村・園田ノ諸氏ト会話ス、夜十時帰宿ス
   ○中略。
五月十八日 曇
 - 第29巻 p.412 -ページ画像 
○上略 午後六時花月楼ニ於テ開キタル鶴原氏送別会ニ列ス ○下略
   ○中略。
七月二日 曇
○上略 午後一時富永氏ノ葬儀ニ会ス ○下略
   ○中略。
十月十五日 雨
○上略 此日兜町宅ニ於テ、日下義雄氏韓国行ニ付送別ノ宴会ヲ開ク、西園寺・佐々木・須藤・市原・西園寺亀次郎・清水泰吉・仲又七郎ノ諸氏来会ス、囲碁又ハ軍談・落語ノ余興ヲ催シ、一同歓ヲ尽シテ去ル
   ○中略。
十一月七日 晴
○上略 四時浜町常盤屋ニ於テ開キタル韓国ヨリ帰朝セシ秋月・日置両名及加藤・杉村・内田ノ数名ヲ招宴《(マヽ)》ニ出勤ス、主客歓ヲ尽シテ ○下略
   ○中略。
十一月十四日 晴
○上略 夜七時築地新喜楽ニ於テ催シタル韓国ヨリ帰国セシ日置・秋月・久永諸氏ノ招宴ニ出席ス、尾崎・竹内・大江・井上諸氏来会ス ○下略
   ○中略。
十一月十八日 晴
○上略 二時小石川植物園ニ催ス処ノ渡辺洪基氏結婚ノ披露会ニ赴ク、三時原町阪谷新居ヲ訪フ、老婦人 ○阪谷朗廬未亡人恭子ニ面話シテ去ル ○下略
十一月十九日 晴
○上略 午後二時新宿禁苑ニ於テ催ス処ノ曾根氏菊花観覧会ニ赴ク ○下略
   ○中略。
十二月七日 雨
○上略 三時向柳原松浦伯邸ニ茶事ニ招宴セラル、接待頗ル鄭重ナリ ○下略
   ○中略。
十二月九日 晴
○上略 十二時本所横網ナル安田氏邸ニ於テ催ス処ノ茶事ニ会ス、益田克徳・浅田正文・馬越恭平ノ諸氏来会ス ○下略
   ○中略。
十二月十六日 曇
○上略 午後三時深川宅ニ於テ林忠正氏仏国行ヲ送別スルノ宴会ヲ催ス、井上伯・益田孝・大倉喜八郎・梅浦精一・益田克徳・佐々木勇之助・市原盛宏・阪谷芳郎ノ諸氏来会ス、賓主歓ヲ尽シテ夜十時散会ス
   ○中略。
十二月二十日 曇
○上略 午後四時ノ汽車ニテ横浜ニ抵リ、長谷川一彦氏女子ノ新婚ノ儀席ニ列ス、夜十時佐々木勇之助氏ト共ニ帰京、兜町ニ帰宿ス
十二月二十一日 雨
○上略 畢テ築地瓢屋ニ抵リ、梅浦・進諸氏ト共ニ、大家与次郎・鈴木有作二氏ト造船ノ事ヲ談話ス、夜八時林忠正氏ノ寓居ヲ訪ヒ、明日仏蘭西行ノ発途ヲ送別シ種々ノ談話ヲ為ス、夜十時兜町宅ニ帰宿ス
   ○中略。
 - 第29巻 p.413 -ページ画像 
十二月二十四日 晴
○上略 午後五時築地香雪軒ニ抵リ、田中源太郎氏ト共ニ藤田農商務次官木内・美濃部・崎川・手島精一ノ諸氏ヲ招宴ス、船坂八郎仏蘭西ヨリ帰朝セシニヨリ、其修業中ノ事ヲ報告スル為ナリ○下略
   ○中略。
十二月二十六日 曇
○上略 四時根岸益田克徳氏ノ招ニ応シ、其邸ニ於テ催ス処ノ歳暮ノ茶事ニ会ス、真野・河崎・山澄三氏ト同伴ス、賓主歓ヲ尽シテ散会ス ○下略
   ○中略。
十二月二十九日 曇 風強ク寒甚シ
○上略 午後四時帝国ホテルニ抵リ、斎藤海軍次官・左宗・諸岡・村上諸氏ヲ招宴ス、蓋シ石川島造船所ノ為ニ梅浦・進・福地ト共ニ海軍ノ人人ヲ饗宴セシナリ、此日大家七平氏造船ノ事ニ関シ、芳川逓信大臣ノ宅ヲ訪フテ事情ヲ陳述ス、夜十時兜町宅ニ帰宿ス
十二月三十日 曇
○上略 六時過築地瓢屋ニ抵リ、井上勝氏ノ忘年会ニ列ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三三年(DK290121k-0015)
第29巻 p.413-414 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年     (渋沢子爵家所蔵)
一月廿五日 晴
○上略 此夜ハ大坂紡績会社山辺丈夫・滝村竹男、三重紡績斎藤恒三・大塚基・堀越善重郎等米国ニ渡航スルヲ送別スル為メ、ホテルニ於テ小宴ヲ設ケ、佐々木・市原、堀越商会員郷・赤羽等来会シ、商工業ニ関スル談話頗ル盛ナリ、賓主歓ヲ尽シ夜十時散会ス ○下略
   ○中略。
一月三十一日 晴
○上略 午後五時築地瓢屋ニ抵リ大江卓氏ノ宴会ニ列ス ○下略
   ○中略。
三月十二日 晴
○上略 四時帝国ホテルニ於テ開キタル大谷・白石二氏米国ヨリ帰朝セシニ付テノ歓迎会ニ出席ス、食後卓上一場ノ演説ヲ為ス、大谷・白石二氏ヨリモ米国及欧州各国見聞ノ概況ヲ演説セラル、夜十時散会ス ○下略
   ○中略。
三月十八日 細雨
○上略 午後五時帰宅直ニ番町ナル加藤正義氏ノ招宴ニ係ル其邸内ニ催ス処ノ茶事ニ列ス、石黒忠悳・益田克徳・高橋義雄・古筆某氏来会ス ○下略
   ○中略。
四月二日 晴
○上略 四時紅葉館ニ抵リ、進経太氏ノ送別会ニ列ス ○下略
   ○中略。
四月四日 晴
○上略 六時常盤屋ニ抵リ、高橋新吉氏ノ宴会ニ列ス ○下略
   ○中略。
五月四日 雨
○上略 四時浜町常盤屋ニ抵リ、木内重四郎氏仏国行留別ノ宴ニ会ス、伊藤・曾根《(曾禰)》・蜂須賀・近衛・黒田、其他ノ諸名士来会ス ○下略
 - 第29巻 p.414 -ページ画像 
   ○中略。
五月二十五日 晴
○上略 午後四時過英国公使館ニ於テ開キタル園遊会ニ抵ル、午後五時帝国ホテルニ抵リ、日本鉄道会社ノ宴会ニ参席ス ○下略
   ○中略。
六月四日 晴
○上略 四時過帝国ホテルニ抵ル、松方大蔵大臣及松尾・阪谷ノ二氏、青木外務・内田政務局長・山本・高橋二氏等ヲ招宴シテ、韓国ノ財政経済ニ関スル談話会ヲ開ク、蓋シ西脇長太郎仁川ヨリ帰朝シ、市原盛宏近日韓国ニ出張スルニ付、其紹介ノ為此宴ヲ設ケタルナリ、賓主各意見ヲ快談シ、夜十時散会ス ○下略
   ○中略。
六月十日 曇
○上略 四時前西小川町韓国公使館ニ抵リ、李夏栄氏ヲ訪問シ久濶ノ情ヲ述フ ○下略
   ○中略。
七月九日 曇
○上略 午後五時帝国ホテルニ抵ル、秋山定輔来リテ、三谷三九郎救助ノ事ヲ話ス ○下略
   ○中略。
七月二十日 曇
○上略 午後二時過第一銀行ニ抵リ三谷三九郎・朝倉鉄之助・秋山定輔ノ三氏ニ面会シ、三谷家政ノ事ニ関シテ書類ノ取替ハセヲ為ス ○下略
   ○中略。
十二月十九日 曇
○上略 馬越恭平氏宅ニ抵リ茶事ノ饗宴ヲ享ク、益田克徳・同英作・高橋義雄氏等来会ス、宴畢テ夜十時過兜町ニ帰宿ス
   ○中略。
十二月廿三日 晴
○上略 畢テ三野村利助氏ヲ訪ヒ、更ニ日下義雄氏ヲ訪ヒ、転シテ樫村清徳氏ヲ訪ヒ、新婚ニ関スル手続ヲ其夫人ニ談話ス ○下略
   ○中略。
十二月廿六日 曇
○上略 午後五時紅葉館ニ抵リ、郷隆三郎・樫村米子新婚ノ媒妁ヲ為ス、夜十時散宴、兜町ニ帰宿ス
   ○中略。
十二月廿八日 晴
○上略 午後五時常盤屋ニ抵ル、林権助氏ヲ招宴ス、佐々木勇之助・市原盛宏二氏来会ス ○下略
   ○中略。
十二月三十日 晴
○上略 午後六時瓢屋ニ抵リ、井上子爵ノ招宴ニ出席ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三四年(DK290121k-0016)
第29巻 p.414-416 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
 - 第29巻 p.415 -ページ画像 
一月二十二日 曇
○上略 十一時林権助氏来ル、蓋シ廿四日ヲ以テ帰任スルニヨリ送別ノ為招宴セシナリ、内田康哉・阪谷芳郎、其他第一銀行員佐々木・市原・西脇・尾高ノ諸氏来会ス、共ニ午餐ヲ饗シ、種々ノ要務ヲ談話ス ○下略
   ○中略。
二月二十七日 晴
○上略 午後五時帰宅、直ニ飯田町樫村清徳氏ヨリノ招宴ニ応シテ其宅ニ抵ル、蓋シ郷隆三郎・樫村□子《(樫村米子)》ノ結婚ヲ媒灼セシ為メ、其里帰リノ宴ヲ催セシニヨリ招待セラレシナリ、夜十時宴散シテ帰宿ス
   ○中略。
三月四日 晴
午前諸井恒平来ル、其弟四郎ノ身上ヲ談ス ○下略
   ○中略。
三月十五日 曇
○上略 浜町常盤屋ニ抵リ、外山脩造氏招宴ニ列ス ○下略
   ○中略。
三月廿四日 雨
午前九時荒木民三郎来ル、其身上ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
四月一日 晴
午前鈴木省作・進経太来ル、浦塩斯徳航路ノ事ヲ談話ス、鹿島善寿計来ル、家政ニ関スル内話アリ ○下略
   ○中略。
四月十一日 晴
○上略 此夜足立太郎韓国行ノ送別会ヲ開ク、内田康哉・山座円次郎・平井晴次郎・竹内綱・尾崎三良・日下義雄・佐々木・西脇諸氏来会ス、夜十時散宴ス ○下略
   ○中略。
四月十三日 曇
○上略 午後四時上野精養軒ニ抵リ、高木正義氏結婚ノ披露会ニ出席ス、食卓上婚儀ヲ祝スル為メ一言ノ挨拶ヲ述フ ○下略
   ○中略。
四月十六日 雨
○上略 六時偕楽園ニ抵リ、高松豊吉氏・益田克徳氏ト共ニ会食ス ○下略
   ○中略。
四月十九日 晴
○上略 此夜須藤時一郎氏韓国旅行ニ付兜町邸ニ送別ノ宴ヲ開ク、第一銀行佐々木・西脇・西園寺公成・日下義雄四氏、島田三郎・田口卯吉氏等来会ス ○下略
四月二十日 曇又ハ雨
○上略 十時渡辺洪基氏ヲ赤十字社病院ニ訪フ、親戚ニ面会シテ病症ヲ詳悉ス ○中略 午後六時去テ向島大倉別邸ニ抵ル、井上伯来会ス、主人ト三人静談、夜深クシテ辞シ ○下略
   ○中略。
 - 第29巻 p.416 -ページ画像 
六月二十日 曇
○上略 午後六時紅葉館ニ抵リ渡辺子爵欧洲行送別会ニ出席ス、席上一場ノ演説ヲ為ス、夜十時王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
六月廿六日 曇夕雨
○上略 麻布二本榎町星氏 ○星亨ノ葬儀ニ会ス ○下略
   ○中略。
七月八日 曇
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ手塚猛昌氏ノ招宴ニ列ス ○下略
   ○中略。
八月十一日 晴
此日ハ休日ナルヲ以テ終日別荘ニ在テ書類ヲ調査ス、持田直・橋本近等来リ渋沢宗助家政ノ事ヲ話ス
   ○中略。
十月十日 晴
○上略 二時中上川 ○彦次郎氏ノ葬儀ニ会スル為メ青山墓地ニ抵ル ○下略
   ○中略。
十月十四日 曇又雨
午前二・三ノ来人アリ、明日招客ノ事アルニ付、庭園又ハ室内装飾ノ事ヲ指揮ス ○下略
十月十五日 曇
蚤起、庭園ヲ散歩シテ掃除ノ事ヲ指揮シ、且室内ノ装置ヲ為ス、午後三時ヨリ内田康哉氏ヲ始メトシテ来賓続々会集ス、六時頃ヨリ曾根《(曾禰)》・小村両大臣モ来会ス、夜餐中長唄舞曲等アリテ、賓客歓ヲ尽シ夜十時過散会ス


渋沢栄一 日記 明治三五年(DK290121k-0017)
第29巻 p.416-417 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
一月九日 晴
○上略 井上角五郎氏来リ新年ノ賀詞ヲ述ヘラル、午後進経太氏来訪、其身上ニ関スル談話アリ、依テ明十日帰京、兜町事務所ニ於テ再会ノ事ヲ約シテ去ル ○下略
一月十日 晴
○上略 午後七時過王子別荘ニ帰宿ス、此夜岡部老婦人 ○尾高惇忠妹来宿セシヲ以テ、深更マテ旧事ヲ話ス
   ○中略。
一月十五日 曇
○上略 午前九時伊藤侯爵留守邸ヲ訪ヒ、転シテ山県侯爵ヲ訪フ、閑談一時ニシテ辞シ去テ大磯停車場ニ抵リ ○下略
   ○中略。
一月十九日 晴
○上略 西園寺公成氏ノ誘引ニ従テ、回光院《(向)》ニ抵リ角觝ヲ見ル ○下略
   ○中略。
一月廿二日 雪
○上略 十時過牛込ニテ林権助氏ヲ訪ヒ、其細君ニ面会シテ告別ノ辞ヲ残
 - 第29巻 p.417 -ページ画像 
シテ帰ル ○下略
   ○中略。
二月三日 曇
○上略 七時築地瓢屋ニ抵リ友人ノ宴会ニ列ス ○下略
   ○中略。
二月六日 曇
○上略 五時篤二・穂積陳重両氏ヨリノ招宴ニテ、正金銀行・中井物産会社岩原夫妻・本野公使・宮岡外務官吏・鏑木海軍将校等来会ス、夜十時過散会ス
   ○中略。
二月十六日 晴
○上略 十時兜町事務所ニ抵リ、中井三郎兵衛一家ノ整理ニ関スル事ヲ協議ス、大川・田中等ノ諸氏来会ス ○中略 此日ハ行員木村雄次氏大坂赴任ニ関シ、送別会ヲ行員中ヨリ開キタルニヨリ、其席ニ参列シ ○下略
   ○中略。
三月十日 晴
○上略 午後四時過浜町常盤屋ニ抵リ十日会ニ出席ス、大倉・岩永・岩出中村・柿沼ノ諸氏来会ス ○下略
   ○中略。
四月五日 晴
○上略 四時帝国ホテルニ抵ル、兼子同伴ス、蓋シ桜井郁次郎氏ノ大人八十八歳ノ寿筵ナリ、井上伯・大倉氏・金井・池田、其他七・八十人ノ来会アリ ○下略
   ○中略。
四月十日 曇
○上略 四時王子別荘ニ帰ル、此日ハ十日会ヲ別荘ニ催ス筈ナルニ付、四時ヨリ来会スル者十数名、種々ノ余興アリテ各歓ヲ尽シテ散会ス
   ○中略。
十二月十日 晴
○上略 畢テ十日会ニ出席シ、夜十時王子別荘ニ帰宿ス ○下略
   ○中略。
十二月十四日 雨
○上略 午後四時帝国ホテルニ抵リ、井上公使夫妻帰朝歓迎ノ大会ニ出席ス、来会者百三・四十人許、夜十時宴散シテ ○下略
十二月十五日 晴
○上略 夕五時帝国ホテルニ抵リ、川崎金三郎氏ノ招宴ニ出席ス、高橋・相馬・早川等ノ諸氏来会ス、夜十時深川宅ニ帰宿ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三六年(DK290121k-0018)
第29巻 p.417-418 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二日 晴
○上略 午後三時帝国ホテルニ抵リ商工業者ノ新年宴会ニ出席ス、会スル者約九十名、夜食中ニ一場ノ祝賀演説ヲ為シ ○下略
   ○中略。
二月廿五日 晴
 - 第29巻 p.418 -ページ画像 
○上略 此夜布畦領事斎藤幹氏夫妻ヲ別荘ニ招宴ス、浅野総一郎・谷竹田二氏来会ス
   ○中略。
三月十日 晴
○上略 夜浜町常盤屋ニ於テ十日会ニ出席シ ○下略
   ○中略。
六月十日 晴
○上略 七時十日会ニ常盤屋ニ抵リ夜食後夜十時王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
九月二十日 雨
○上略 九時本所報思寺ニ抵《(リ脱カ)》、谷敬三ノ葬儀ニ列ス ○下略
   ○中略。
十月十日 曇
○上略 本所横網安田氏邸ヲ訪ヒ、園遊会ニ出席シテ川上一坐ノ演劇ヲ観ル、午後六時王子別荘ニ帰宿ス


中外商業新報 第六五二四号 明治三六年一〇月一一日 ○安田家の園遊会(DK290121k-0019)
第29巻 p.418 ページ画像

中外商業新報  第六五二四号 明治三六年一〇月一一日
    ○安田家の園遊会
安田善次郎氏は、昨日鎮守柯神社の祭礼を兼ね、平素別懇の紳士紳商を招き別邸内に園遊会を催したるが、仲秋一入に趣きを添へたる園内には、酢子・団子・おでん・燗酒等、定例の露店を設け、余興には川上音次郎・貞奴一座の「マーチヤント・オブ・ヴエニス」「うかれ胡弓」抔ありて、来会者の心目を楽ましめ、終りて立食の饗応あり、黄昏より思ひ思ひに散会したるが、当日来会の重なるは渋沢男・益田孝山本達雄・高橋是清・相馬永胤・高橋新吉・添田寿一・首藤諒・山口宗義・木村清四郎・馬越恭平・大谷嘉兵衛・鶴原定吉・三崎亀之助・岩永省一・雨宮敬次郎の諸氏を始め、無慮五十余名なりしと云ふ


渋沢栄一 日記 明治三六年(DK290121k-0020)
第29巻 p.418 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月十日 曇
○上略 夜浜町常盤屋ニ抵リ偕楽会ニ出席ス、畢テ王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
十一月十四日 雨
○上略 午後六時本郷区浜政弘氏ノ家ニ抵リ饗宴ヲ亨《(享)》ク ○下略
十一月十五日 曇
○上略 午後四時帝国ホテルニ抵リ、河村艮平氏結婚披露ノ宴ニ出席ス
○下略


渋沢栄一 日記 明治三八年(DK290121k-0021)
第29巻 p.418-421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
二月十四日 曇 風ナシ
○上略 夜高橋副総裁再ヒ英国行ノ送別会ニ出席シ ○下略
   ○中略。
二月十七日晴 風寒シ
○上略
 - 第29巻 p.419 -ページ画像 
午前九時半新橋停車場ニ抵リ、高橋是清氏ノ欧洲行ヲ送別シ一首ノ国歌ヲ贐ス
 やかて咲く春のいろ香をこと国にまつ手おらまし山吹の花
○下略
   ○中略。
二月二十日 晴 風ナシ
○上略 午後五時築地喜楽亭ニ抵リ、大坂同業者ノ宴会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
二月二十三日 晴 風ナシ
○上略 五時瓢屋ノ宴会ニ出席ス、桂総理・曾根大蔵《(曾禰大蔵)》・松尾総裁及大坂同業者六名来会ス、夜十時散会 ○下略
   ○中略。
三月五日 晴 風寒シ
○上略 午飧後兼子ト共ニ児童ヲ伴フテ浅草ニ抵リ、種々ノ観覧ヲ為シ、一茶亭ニ小憩シ、午後六時帰宿ス
○下略
   ○中略。
四月十一日 曇 風ナシ
○上略
午後五時麻布竹田氏ノ招宴ニ抵ル、日下・佐々木・西脇ノ三氏同行ス庭中ノ早桜盛ニ開テ佳絶ナリ、種々ノ余興アリテ各歓ヲ尽シ、夜十一時王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
四月十三日 雨 風ナシ
○上略 正午十二時本所横網ナル安田氏ノ邸ニ茶事招宴ニ列席ス、浅田・近藤二氏来会ス、茶事畢テ兜町事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス
○下略
   ○中略。
四月十五日 雨 風ナシ
○上略 五時常盤屋ニ抵リ偕楽会ニ出席ス、夜十時過王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
四月十九日 曇 風ナシ
○上略 食後麻布広尾ニ抵リ、小幡篤次郎氏ノ葬儀ニ会ス ○中略
午後六時上野精養軒ニ抵リ、辻新次氏ノ饗宴ニ出席ス、会スル者十数名、食後雑談ヲ為シ、夜九時過王子別荘ニ帰宿ス
   ○中略。
四月二十一日 雨 風ナシ
○上略
堀越常七来リ、縁談ノ事ニ関シ、綱島ト美代子ト会見ノ日時ヲ協議ス
○下略
   ○中略。
五月五日 晴 風強シ
○上略 再ヒ兜町ニ抵リ、堀越常七氏ト婚儀ニ関スル事ヲ談シ ○下略
   ○中略。
 - 第29巻 p.420 -ページ画像 
五月十八日 雨 風強シ
○上略
堀越美代子ト綱島鉄蔵氏トノ婚儀ニ関シ、先般来種々ノ協議調整シ、此日結納ノ当日ナルモ病ノ為出席シ得サルヲ以テ、尾高幸五郎ヲ以テ双方ニ代理タラシテ結納《(メ脱)》ノ式ヲ結了ス
   ○中略。
六月七日 曇 風ナシ
○上略 二時過伊皿子ニ抵リ堀越氏ヲ訪ヒ、新婚結納ノ嘉儀ヲ述フ ○下略
   ○中略。
六月十日 曇 風ナシ
○上略 一時岸田吟香ノ葬儀ニ会ス、谷中共同墓地ニ於テ基督教ノ葬式ナリキ ○下略
   ○中略。
六月二十三日 雨 冷気
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ、佐藤秀顕・大野利右衛門・平沢・内田ノ諸氏ヲ招宴ス
○下略
   ○中略。
七月八日 晴 風涼シ
○上略 午後二時新橋ノ停車場ニ於テ小村大使ノ米国行ヲ送別ス ○下略
   ○中略。
八月十一日 晴 清暑
○上略 午前八時五十分上野発ノ汽車ニテ東京ニ抵リ、芝浜館ニ寿尾子ノ病ヲ訪ヒ ○下略
   ○中略。
九月二十四日 晴 冷
○上略 一時児童等ノ催ニ係ル交友会ニ出席ス、向山寒松堂ニ於テ之ヲ開ク、演説・談話及余興ノ福引等アリ、四時過散会ス ○下略
   ○中略。
九月二十八日 雨 秋冷
○上略 堀越常七氏来、美代子婚儀ノ事ヲ協議ス
   ○中略。
十一月十九日 晴 軽暖
○上略 午後二時伊皿子堀越角次郎方ニ抵リ、美代子・綱島鉄蔵ノ結婚ヲ媒灼ス、午後三時過ヨリ式ヲ始メ、親戚兄弟等ノ酒盃交換等モアリテ数席ニテ式ヲ終テ、最後ニ鄭重ナル宴会アリ、夜十時散会、十二時王子別荘ニ帰宿ス
結婚ノ席ニ於テ一場ノ祝辞即訓誡的ノ演説ヲ為ス、三宅秀夫妻式ニ参列ス
十一月二十日 晴 軽暖
○上略 午後二時曾禰大蔵大臣邸ニ抵リ、菊花ヲ観ル、来客頗ル多シ ○下略
   ○中略。
十一月二十九日 晴 風寒シ
○上略 午飧後芝紅葉館ニ抵リ、堀越家婚儀披露ノ宴ニ参席ス ○下略
 - 第29巻 p.421 -ページ画像 
   ○中略。
十二月八日 半晴 軽暖
○上略 午後四時王子帰宅、当日ハ堀越一家及新夫婦ヲ招宴セシニ付其接伴ニ従事ス、庭園散歩ノ後五時頃ヨリ開宴シ、種々ノ余興アリ、夜十時散会ス
   ○中略。
十二月二十八日 曇 寒
○上略 六時亀清楼ニ抵リ、阿部氏ノ宴会ニ出席ス
○下略


渋沢栄一 日記 明治三九年(DK290121k-0022)
第29巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三九年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二十八日 晴 風寒シ          起床七時 就蓐十二時
○上略 後楽園ニ抵リ陸軍大臣ノ饗宴ニ出席ス、皇族・元老・内閣大臣・陸海軍諸将校等会スル者数百人、奏楽中ニ午飧ヲ畢リ、夫レヨリ相摸場《(撲)》ニ抵リ相摸ヲ一覧ス ○下略
   ○中略。
三月十日 曇 風              起床六時三十分 就蓐十二時
○上略 五時浜町常盤屋ニ抵リ偕楽会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
三月十六日 晴 風             起床六時三十分 就蓐十一時三十分
○上略 午後二時上野精養軒ニ、柿沼谷蔵新婚ノ披露会ニ出席シ ○下略
   ○中略。
四月十五日 曇 軽暖            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 八時半谷中墓地ニ抵リ、林忠正氏ノ葬儀ニ参列ス ○下略
   ○中略。
五月九日 小雨 軽寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午前十一時横浜外国商数多来訪セラル、此日午飧ニ招宴セシニヨル、十二時頃ヨリ雨歇ミタレハ庭園中ヲ散歩ス、午後一時席画ヲ一覧セシメ、夫ヨリ書院ニ於テ午飧ヲ開宴ス、食事中種々余興アリ、午後四時過宴散シテ各退散ス、五時ヨリ岸宇吉・長部松三郎・牧口義矩・渡辺嘉一諸氏ヲ招宴ス、庭園ニ牡丹ヲ一覧シ、六時書院ニ於テ開宴、夜十時散会ス、佐々木勇之助氏モ来会ス、夜十一時悉ク散会ス
   ○中略。
五月十一日 半晴 暖            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午飧後兼子ト共ニ上野精養軒ニ抵リ、田中・高田両氏ヨリ招宴セラレタル園遊会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
五月十七日 晴 暖             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略
午前九時半新橋停車場ニ抵リ、加藤正義氏ノ欧米行発途ヲ送別ス


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK290121k-0023)
第29巻 p.421-424 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
一月五日 曇 軽暖             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 松方伯七十ノ賀ニ一詩ヲ送ル ○下略
 - 第29巻 p.422 -ページ画像 
   ○中略。
一月十八日 曇 風寒            起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後六時頃浜町日本銀行集会所ニ抵リ松尾氏ノ招宴ニ出席ス、曾禰・阪谷、其他銀行者来会ス、午後十一時散会帰宅ス
   ○中略。
一月二十三日 晴 寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 五時過築地香雪軒ニ抵リ、中井三郎兵衛氏ヨリノ招宴ニ出席ス、種々ノ余興アリ、夜十一時帰宿ス
一月二十四日 雨 寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略
午後七時香雪軒ニ抵リ、奥田正香氏ノ招宴ニ出席ス ○下略
   ○中略。
二月二十二日 晴 寒            起床七時 就蓐十二時
○上略 午後五時紅葉館ニ抵リ、長森氏ノ宴会ニ出席ス、夜十時散会、帰宿ス
   ○中略。
二月二十六日 曇 寒            起床七時三十分 就蓐十二時
○上略
午後五時帰宅ス、此日ハ第一銀行員市原・石井其他ヲ招宴シ、四時頃ヨリ続々来会、囲碁・談話等ニ数時ヲ費シ、六時過ヨリ饗宴ヲ開キ、種々ノ余興アリ、各充分ノ歓ヲ尽シ夜十時半散会ス
○下略
   ○中略。
二月二十八日 晴 風強           起床七時 就蓐十二時
○上略 午後六時木挽町花屋ニ抵リテ、京城・仁川人ノ招宴ニ出席ス ○下略
   ○中略。
三月七日 晴 暖              起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ、福島浪蔵氏ノ招宴ニ出席ス ○下略
三月八日 晴 暖              起床六時
○上略 午後五時瓢屋ニ抵リ、鶴原氏ノ招宴ニ出席ス
   ○中略。
三月十三日 曇 軽暖            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 六時芝紅葉館ニ抵リ久米良作氏ノ招宴ニ列ス、種々ノ余興アリ
○下略
三月十四日 曇 寒             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後六時木挽町花屋ニ抵リ、川田竜吉氏ノ招宴ニ出席ス、近藤・加藤二氏来会ス、夜食畢テ夜十時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
三月二十一日 晴 寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後六時半浜町常盤屋ニ抵リ、偕楽会ニ於テ催シタル加藤氏歓迎会ニ出席ス、饗宴畢テ○下略
   ○中略。
四月十一日 雷雨 暖            起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後三時半帝国ホテルニ抵リ、鈴木恒吉氏ノ催シタル結婚披露会
 - 第29巻 p.423 -ページ画像 
ニ出席ス ○中略 六時半新橋停車場ニ目賀田氏ヲ送別シ、七時再ヒ帝国ホテルニ抵リ結婚披露ノ晩餐ニ列ス、食卓上一場ノ演説ヲ為シ ○下略
   ○中略。
五月一日 雨 暖              起床七時三十分 就蓐十一時三十分
○上略 午後六時浜町常盤屋ニ抵リ、浜口・坂田氏等ノ招宴ニ出席ス、阪谷・松尾・馬越氏来会ス、種々余興アリ ○下略
   ○中略。
五月十日 雨 軽寒             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後三時王子ニ帰宿、偕楽会ノ友人十数名来会シ、共ニ牡丹ヲ賞シ、余興アリテ、夜半迄モ宴酣ナリ、夜十一時散会ス
   ○中略。
五月十三日 晴 軽暖            起床七時 就蓐十二時
○上略 午後六時半三井集会所ニ抵リ、全国鉱業者大会ヲ招宴セルニ列席ス、夜飧後種々ノ余興アリ ○下略
五月十四日 晴 暖             起床七時
○上略 午後七時帝国ホテルニ抵リ、日本銀行総裁ノ招宴ニ出席ス、若槻氏財務官トシテ海外渡航ニ付、之ヲ送別スルナリ、松方伯モ来会ス、午後十時宴罷テ王子ニ帰宿ス
○下略
   ○中略。
五月十六日 晴 暖             起床七時
○上略 午後六時帝国ホテルニ抵リ高根氏ノ招宴ニ列ス、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、夜十一時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
六月四日 曇 冷              起床六時三十分 就蓐十二時
○上略 午後五時築地瓢屋ニ抵リ、松尾氏ノ招宴ニ出席ス ○下略
   ○中略。
六月十四日 曇 涼             起床七時 就蓐三時
○上略 午後六時築地メトルホール客舎ニ抵リ、辻新次氏ノ招宴ニ出席ス
○下略
   ○中略。
九月二十日 曇 冷             起床六時三十分 就蓐十二時
○上略 午後五時三井集会所ニ抵リ、松尾氏ノ催ニ係ル荒井氏送別会ニ列席ス、饗宴畢リテ夜十一時王子ニ帰宿ス
九月二十一日 雨 冷            起床六時三十分 就蓐十一時三十分
○上略
午後五時亀清楼ニ抵リ荒井氏留別ノ宴ニ列ス、席上謝辞ヲ述ヘテ荒井氏ノ送別ヲ為ス、種々ノ余興アリ、夜十時散会 ○下略
   ○中略。
十月二十一日 曇 冷            起床六時三十分 就蓐十一時三十分
○上略 午後六時築地瓢屋ニ抵リ、添田寿一氏ノ招宴ニ出席ス ○下略
十月二十二日 晴 冷            起床七時 就蓐十二時
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リテ近藤氏ノ招宴ニ出席ス、八時退席シ
○下略
 - 第29巻 p.424 -ページ画像 
   ○中略。
十月三十一日 晴 冷            起床六時三十分 就蓐十二時
○上略 午後六時築地瓢屋ニ抵リ、近藤廉平氏ノ招宴ニ出席ス、夜十一時王子別荘ニ帰宿ス、帰宿後新聞紙ヲ一読ス
   ○中略。
十一月三日 曇 冷             起床七時三十分 就蓐十二時
○上略
夜九時外務大臣官邸ニ催フサレタル夜会ニ参列シ ○下略
十一月四日 雨 冷             起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後六時日本倶楽部ニ抵リ晩飧会ニ出席ス、花房子爵・菊池男爵招宴ニ係ル、食卓上一場ノ演説ヲ為シ、夜十一時王子帰宿ス
   ○中略。
十一月十四日 曇 冷            起床六時三十分
○上略 諸井母子来リテ六郎婚姻ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十一月十六日 雨 冷            起床七時 就蓐十二時
○上略 午後四時番町瓜生震氏ノ茶事ニ出席ス、兼子モ同伴ス、下城夫妻川辺宗匠来会ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK290121k-0024)
第29巻 p.424-426 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
一月十九日 晴 寒
○上略 午飧後日本橋倶楽部ニ抵リ、杉風会ノ浄瑠璃ヲ聞ク、数番、午後六時ヨリ夜食ノ為メ暫時休憩シ、八時過キヨリ又数番ノ演芸アリ、夜十一時散会、十二時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
二月二十五日 晴 寒
○上略 午後二時半兼子ト共ニ華族会館ニ抵リ、足立太郎氏ノ女結婚披露会ニ出席ス、余興・立食ノ饗応アリ、午後六時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
三月九日 半晴 寒
○上略
大沢正道氏来訪、新作ノ詩数首ヲ示サル、文徴明ノ墨帖ヲ持参シテ示サル
○下略
   ○中略。
三月十三日 晴 寒
○上略 五時兜町事務所ニ抵リ、兼子ヲ同伴シテ日本橋倶楽部ニ抵リ、諸井六郎氏ノ結婚披露ノ宴会ニ出席ス、食卓上披露ノ演説ヲ為シ、夜十時半王子ニ帰宿ス
此夜来会男女約百名許ニシテ種々ノ余興アリ、頗ル盛宴ナリキ
   ○中略。
四月二十八日 曇 曖
○上略 午後七時日本銀行集会所ニ抵リ高橋是清氏ノ招宴ニ出席ス、兼子同伴ス、英人トムソン氏夫妻外十数名来会ス、数番ノ余興アリ ○下略
 - 第29巻 p.425 -ページ画像 
   ○中略。
五月三日 晴 暖
○上略 堀越鉄蔵氏来訪、家事上ノ談話アリ ○下略
   ○中略。
五月十日 曇 暖
○上略 十日会ノ会員来リ集ル、一同又庭園ヲ散歩シ、牡丹其他一覧ノ後夜飧ス、余興数番アリ、夜十一時散会ス
   ○中略。
五月二十一日 曇 暖
午後五時築地瓢屋ニ抵リ、桂侯・曾禰子招宴会ニ出席ス、来会者ハ多数ノ銀行者ニテ、酒間種々ノ余興アリ、夜十一時散会帰宿ス
   ○中略。
五月二十四日 曇 暖
○上略 午後三時ヨリ緑陰会ニ招集セシ賓客続々来会ス、共ニ庭園ヲ散歩シ、或ハ囲碁ヲ試ミ、各其好ニ応シテ娯楽ス、四時洋館ニテ余興ノ落語アリ、後支那料理ニテ夜飧ヲ饗ス、食事中新派劇ノ余興数番アリ、午後十一時一同散会ス
   ○中略。
六月八日 雷雨 暑
○上略 五時過ヨリ曾禰子・芳川伯、其他来会、六時桂侯モ来ル、来賓ト庭園ヲ散歩シ、夜食後種々ノ余興アリ、十一時頃一同散会ス
   ○中略。
六月十日 曇 暑
○上略 六時偕楽会ニ抵リテ夜飧シ、九時兜町ニ帰リ、更ニ西園寺総理邸ニ抵リ夜会ニ出席ス、余興トシテ新派ノ演劇アリ ○下略
   ○中略。
六月二十三日 雨 暑
○上略 午後五時築地瓢屋ニ抵リ、野本・永田二氏ノ招宴ニ出席ス、松方侯爵・松尾男爵、其他同業者多ク来会ス、酒間一場ノ挨拶ヲ為ス、松方侯爵ト往時ヲ談シ、夜十二時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
七月五日 曇 冷
○上略 午飧後品川海晏寺ニ抵リ児島惟謙氏ノ葬儀ニ会ス ○下略
七月六日 雨 冷
○上略 午後六時浜町常盤屋ニ抵リ、村井吉兵衛氏ノ招宴ニ出席ス、種々ノ余興アリ、夜十一時宴散シテ王子ニ帰宿ス
   ○中略。
七月十日 晴 冷
○上略 午後六時浜町常盤屋ニ抵リ偕楽会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
七月十五日 曇 暑
○上略 此日ハ珍田・林両大使、石井・山座其他ノ外務省官員ヲ第一銀行ニ於テ招宴スルニヨリ、四時ヨリ王子ニ来会スル者十七名、囲碁及雑談アリテ後、六時ヨリ開宴、種々ノ余興アリ、夜十時宴散シテ一同家
 - 第29巻 p.426 -ページ画像 
ニ帰ル
○下略


竜門雑誌 第二四二号・第五三―五四頁 明治四一年七月 ○青淵先生の珍田大使等招待(DK290121k-0025)
第29巻 p.426 ページ画像

竜門雑誌  第二四二号・第五三―五四頁 明治四一年七月
○青淵先生の珍田大使等招待 青淵先生には、去る十五日午後四時より飛鳥山邸へ珍田・林の両大使を始め、石井菊次郎・山座円次郎・倉知鉄吉・萩原守一・添田寿一・豊川良平・池田謙三・志村源太郎、及木村清四郎の諸氏を招待し饗筵を開かれたるが、余興として落語・長唄・手踊等の催ありて、青淵先生及我社長は、佐々木・日下・土岐・西脇の第一銀行重役諸氏と共に丁寧に接待せられたり


招客書類(一) 【治四十一年七月十五日午後四時於飛鳥山邸《(タイブ)》 珍田・林両大使招待会】(DK290121k-0026)
第29巻 p.426 ページ画像

招客書類(一)              (渋沢子爵家所蔵)
明治四十一年七月十五日午後四時於飛鳥山邸《(タイブ)》
    珍田・林両大使招待会
                (男脱) 珍田捨已
                (伯脱) 林董
                     石井菊次郎
                     山座円次郎
                     倉知鉄吉
                     萩原守一
                     添田寿一
                     豊川郎平《(豊川良平)》
                     池田謙三
                     志村源太郎
                     木村清四郎
                     佐々木勇之助
                     日下義雄
                     土岐僙
                     西脇済三郎
                     主人
                     渋沢篤二
 一、余興 落語・長唄・手《(踊脱カ)》


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK290121k-0027)
第29巻 p.426-427 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
八月二日 晴 大暑
○上略 午後四時日本橋倶楽部ニ抵リ、堀越角次郎氏等ノ欧洲行留別会ニ出席ス、余興数番アリテ、七時食卓ニ就テ卓上一場ノ謝詞ヲ述ヘ、後階上ニ於テ雑話ヲ試ミ、夜十一時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
八月四日 晴 暑
○上略

 (欄外記事)
午前堀越角次郎・鉄蔵二氏来リ、欧行ノ告別ヲ為ス、種々ノ訓誡ヲ与ヘテ其行ヲ送ル
 - 第29巻 p.427 -ページ画像 
   ○中略。
九月二十九日 雨 冷
○上略 六時桂総理大臣官邸ニ抵リ晩飧会ニ列席ス、食後大臣ノ挨拶ニ対シテ答詞ヲ述フ、夜十時半王子ニ帰宿ス、此夜大雨暁ニ至テ歇ム
   ○中略。
十月十二日 晴 冷
○上略 畑弥右衛門氏来リ身上ノ事ヲ談話ス、福島甲子三氏来リ、奉祝会ヨリ寄贈スヘキ屏風ノ絵画ニ付種々ノ談話アリ ○下略
十月十三日 晴 冷
○上略 六時日本銀行集会所ニ抵リ、後藤逓相ノ催ニ係ル清国人唐紹儀氏ノ招宴ニ出席ス、日本料理ニシテ美善ヲ尽シ、芸妓ノ手踊ヲ余興トシテ数番アリ ○下略
   ○中略。
十月二十一日 曇 冷
○上略 九時半桂総理官舎ニ催フサレタル夜会ニ出席ス、仮設ノ食堂其他ノ設備頗ル美麗ナリ、会スル者千余名ニシテ、各室トモ雑沓ヲ極ム、夜一時半王子ニ帰宿ス
   ○中略。
十一月一日 晴 冷
○上略 二時兼子王子ヨリ来リ会シ、共ニ華族会館ニ抵リ、鳩山和夫氏ノ案内ニ係ル婚儀披露会○鳩山一郎ニ出席ス、食事中一場ノ祝詞ヲ述ヘ ○下略
   ○中略。
十一月十日 晴 冷
○上略 午後六時亀清楼ニ抵リ、水町氏ヨリノ招宴ニ出席ス、来会者頗ル多シ、種々ノ余興アリ、夜十時過散会帰宿ス
   ○中略。
十一月二十三日 晴 風寒
○上略 午飧後小石川後楽園ニ抵リ、井上角五郎氏ノ園遊会ニ出席ス ○下略


中外商業新報 第八一二六号 明治四一年一一月二五日 ○井上氏園遊会(DK290121k-0028)
第29巻 p.427 ページ画像

中外商業新報  第八一二六号 明治四一年一一月二五日
○井上氏園遊会 井上角五郎氏は炭礦汽船会社重役在職十五年を祝し昨年の渡英以来縁故ある人々に挨拶等を兼ね、二十三日午後一時より小石川後楽園に於ゐて大園遊会を開きたり、会場は日本国中に有数の名園にて、園樹の鬱蒼たる緑葉は各所に設けられたる模擬店粧飾の紅色と相映じ、天ぷら如何、焼鳥召せ、おこし買とくなはれと春鶯の囀つる声して、款待するは新・柳二橋、芳町・赤坂・吉原の粋を抜き、余興には高麗蔵・菊五郎の素襖落し、翠扇・旭梅の道成寺あり、其他芸妓の手踊、幇間のかつぽれあり、園内を練り行く木遣唄の勢獅子は本場なる吉原老妓二十余名にて、午後三時半に至り食堂を開き、井上角五郎氏の挨拶に次て山本大将は来賓総代として答辞を述べ、同じく大将の発声に依りて一同は井上氏万歳を三唱し、その散会せるは五時頃にて、当日の来賓は後藤逓相・山本海軍大将・加藤・中小路両次官平井鉄道総裁、逓信・大蔵等の各局長、渋沢男・豊川良平・朝吹英二早川千吉郎・松方巌・日比谷平左衛門等朝野内外の紳士二千余名にて近来稀なる盛会也し
 - 第29巻 p.428 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK290121k-0029)
第29巻 p.428 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
十二月四日 晴 寒
○上略 五時半築地瓢屋ニ抵リ、添田氏ノ招宴ニ出席ス、桂首相・後藤逓相等来会ス ○下略
   ○中略。
十二月十三日 晴 軽寒
○上略 一時十八分横浜発ノ汽車ニテ新橋ニ着シ、直ニ上野精養軒ニ抵リ佐々木謙一郎氏結婚披露会ニ出席ス、勇之助夫妻・三宅秀夫妻慇懃客ヲ迎フ、余興畢リ立食場ニ於テ一場ノ祝辞ヲ述ヘ ○下略
   ○中略。
十二月二十四日 曇 寒
○上略 午後五時築地瓢屋ニ抵リ木村清四郎氏ノ招宴ニ出席ス、来会者頗ル多シ、酒間数番ノ余興アリ、夜十時散会帰宿ス ○下略
   ○中略。
十二月二十六日 曇 寒
○上略 午後五時浜町常盤屋ニ抵リ、早川千吉郎氏ノ招宴ニ出席ス、数番ノ余興アリ、桂侯爵来会ス、九時半散宴 ○下略
   ○中略。
十二月二十九日 雨 寒
○上略 午後七時浜町常盤屋ニ抵リ、二木彦七氏ヲ招宴ス、植村・犬丸二氏来会ス、九時散会シ○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK290121k-0030)
第29巻 p.428-430 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二日 晴 寒
○上略 午後四時ヨリ帝国ホテルニ抵リ新年祝賀会ニ出席ス、一場ノ演説ヲ為シ、後内田嘉吉氏ノ南米巡遊ノ演説アリ、食卓上添田・大倉氏等ノ卓上演説アリテ夜九時散会帰宿ス
   ○中略。
一月二十八日 晴 寒
○上略 午後七時中途帰宅シテ兼子ト共ニ兜町事務所ニ於テ服装ヲ改メ、小村外務大臣ノ晩飧会ニ出席ス、仏国大使来会ス ○下略
   ○中略。
二月三日 晴 寒
○上略 午後五時浜町常磐屋ニ抵リ、伊達侯爵ヨリノ招宴ニ出席ス、余興アリ、夜十時宴散シテ王子ニ帰宿ス
   ○中略。
二月九日 晴 寒
○上略 三時麻布白金ニ抵リテ吉田省三氏ノ葬儀ニ会ス
○下略
   ○中略。
二月十五日 晴 寒
○上略 午後七時浜町常盤屋ニ抵リ、山口・久須美二氏ノ招宴ニ出席ス ○下略
   ○中略。
 - 第29巻 p.429 -ページ画像 
三月五日 曇 寒
○上略 午後六時浜町常盤屋ニ抵リ、岩下清周氏ノ催ニ係ル原敬氏帰国歓迎会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
五月一日 晴 暖
○上略 八時赤阪三河屋ニ抵リ、韓国閔詠韶氏等《(閔泳韶氏)》ノ饗宴ニ列ス ○中略
此日午後二時華族会館ニ抵リ、尾崎・千家両家ノ新婚披露会ニ出席ス又厚生館ニ韓客金宗漢ヲ訪問ス ○下略
   ○中略。
五月十日 半晴 暖
○上略 午後四時王子ニ帰宿シ、偕楽会ノ友人多数ノ来会ニ接ス、共ニ庭園ヲ散歩シ、宴会ノ際種々余興アリ、夜十時過散宴ス
   ○中略。
五月二十三日 晴 暖
○上略 午後一時帰宅ス、此日新緑会ヲ王子宅ニ催シタルヲ以テ、来会者皆参集ス、一時食卓ヲ開ク、畢テ余興トシテ女優ノ新派劇アリ、午後六時散会ス ○下略
   ○中略。
五月二十六日 雨 暖
○上略 午後六時日本銀行集会所ニ抵リ、曾禰子爵招宴ニ陪席ス、夜十一時散会帰宿ス
   ○中略。
五月二十八日 曇 暖
○上略 午後三時小石川富阪《(坂)》ニ抵リ三浦子爵ノ家屋及庭園ヲ一覧ス、兼子同伴ス、一覧後本郷真砂町ニ諸井氏ヲ訪ヒ、其母堂喜字ノ寿宴及新築ノ披露会ニ出席ス、種々ノ饗応アリ、夜十時散宴帰宿ス
五月二十九日 晴 暑
○上略 十二時半日本銀行集会所ニ抵リ、高橋是清氏ノ招宴ニ応ス、英国人チロル氏ニ対スル午飧会ナリ、チロル氏ハ倫敦ニ有名ナルタイムス新聞記者ニテ、東洋ノ記事ヲ担当スル者ナリト云フ ○下略
五月三十日 晴 暑
○上略 午後二時半新橋発ノ汽車ニテ大磯ニ抵リ、高田慎蔵氏ノ饗宴ニ出席ス、高田氏ノ別荘ハ大磯ナル岩崎氏ノ別荘ノ隣ニ在リ、構造華麗、庭園モ亦可ナリ、曾禰子爵・阪谷・松尾、其他数名来会ス、午後九時辞シ去リテ帰京ス、午後十二時過王子ニ帰宿ス、此日好天、夜ニ入ルモ月明ニシテ風静カナリ
○下略
五月三十一日 曇 暖
○上略 午後七時半桂総理大臣ノ催ニ係ル晩飧会ニ出席ス、米国前副統領フエーヤバンク氏招宴ノ会ナリキ、各大臣悉ク来会ス、食卓頗ル美ヲ尽クス、夜十時散会帰宿ス
   ○中略。
六月三日 晴 暑
○上略 六時本所横網ナル安田氏邸ニ抵リ其招宴ニ応ス、種々ノ饗応且余
 - 第29巻 p.430 -ページ画像 
興数番アリ、夜十時散会帰宿ス


(八十島親徳) 日録 明治三三年(DK290121k-0031)
第29巻 p.430 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三三年   (八十島親義氏所蔵)
十二月廿六日 晴
○上略 郷隆三郎、今夜青淵先生ノ媒妁ニテ樫村博士ノ令嬢ト結婚ス ○下略


(八十島親徳) 日録 明治三四年(DK290121k-0032)
第29巻 p.430 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三四年   (八十島親義氏所蔵)
四月十三日 晴
○上略 今夜ハ高木正一氏高木三郎嬢理与子ト結婚披露ノ宴ニ招カレシニ付、四時前帰宅 ○中略 上の精養軒ニ至ル、来賓ハ青淵先生ヲ始メ、第一銀行及大学ノ連中也、共ニ七十余名、余興ハ食前円遊、食後一蝶斎ノ手品ニテ中々ノ盛会、宴中高木三郎氏ノ挨拶、青淵先生ノ祝辞、市原盛宏氏ノ祝辞及諸井時二郎氏ノ滑稽的祝詞等アリ、拾時帰宅
   ○中略。
四月廿二日 曇夜雨
○上略 夜分深川邸ニ同族小集会アル由ニテ、本月初尽力慰労ノ為ニヤ元方員招待ヲ蒙リシモ、生憎本日午後四時ヨリ偕楽園ニ於テ浅野氏・青淵先生ト共ニ、渡部渡博士・前川益以等ヲ招キ、稷山金礦ノ件ニ付協議アリ、予モ清水泰吉等ト共ニ列席ノ必要起リ、深川ノ方ハ不参ス
○下略
   ○中略。
七月十日 曇
九時出勤、夕深川邸ニ小集会アリ、阪谷氏・穂積夫人等来臨、予モ招カレ十二時帰宅


(八十島親徳) 日録 明治三六年(DK290121k-0033)
第29巻 p.430-431 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三六年   (八十島親義氏所蔵)
三月廿一日 晴
○上略
鉄道作業局長官松本荘一郎氏一昨夜逝去、本日大森村同氏邸午後二時出棺、池上本門寺ニテ葬儀アリ、予ハ男爵ノ代トシテ会葬ス ○下略
   ○中略。
五月十三日 曇夜雨
○上略
今夕諸井四郎氏、柿沼谷雄氏女ト於常盤屋結婚ス、青淵先生及夫人其媒妁タリ
   ○中略。
五月廿三日 晴
○上略 五時ヨリ帝国ホテルニ諸井四郎氏(柿沼谷雄長女ト)結婚披露ノ宴ニ臨ム、男爵夫婦・篤二氏・穂積氏・阪谷氏・京釜重役・両家ノ関係者等七・八十人、大倉流ノ狂言ノ余興アリ、食事モ立派ニシテ盛会ナリキ ○下略
   ○中略。
九月二十日 雨 日よう
今朝九時谷敬三氏遺骸送葬ニ付、雨中今戸ノ同氏宅ニ至リ、夫ヨリ伴
 - 第29巻 p.431 -ページ画像 
ヲナシテ本所法恩寺ニ会葬ス、日蓮宗ナリ、渋沢男爵・益田孝・阿部泰蔵氏初、無慮数百名、生造花二十余対、中々盛ナル葬式ナリシ ○下略
   ○中略。
十一月七日 曇
○上略
午後二時ヨリ英国公使館ニ皇帝誕辰祝園遊会ノ招ニ応ス、男爵ノ秘書トシテ招待サレシナリ、来会内外ノ紳士女二・三百人、日本人モ元老其他官人多シ ○下略
   ○中略。
十一月十五日 晴 日よう 北寒風冽シ
○上略
今夜ハ河村艮平氏、吉田顕三氏長女ト結婚披露ノ宴ニ招カレ、五時ヨリ帝国ホテルニ至ル、来会者ハ矢の次郎・渡辺専次郎・渋沢男・同夫人、其他物産会社・高等商業同窓生等男女七・八十人、中々ノ盛会ナリ ○下略


(八十島親徳) 日録 明治三九年(DK290121k-0034)
第29巻 p.431-432 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三九年   (八十島親義氏所蔵)
三月十一日 日曜 午後より春雨シヨボシヨボ
○上略 今日ハ深川鹿島岩蔵氏ヨリ招カレ、三時半同氏宅ニ至ル、島田町ニシテ庭ハ池中ニ大ニ奇木珍石羅死セラレ、又其住宅ハ御殿風ノ大広間ノ新築アリ、見事ナモノ也、今日ハ男爵始、第一銀行重役・重立役員ヲ主トシ、之ニ阿部吾市・佐久間精一・坂市太郎・岡本儀兵衛等茨城採炭会社ノ人々、浅の惣一郎氏等ナリ、蔵幅ノ展覧、貞水ノ講談、達燕《(辰)》ノ浪花ぶし、芸妓健三ノ義太夫、同吉備団子ノ筑前琵琶、鹿島第一令嬢及ホウシヨウノ謡曲、鹿島第二令嬢ノ琴ヲ始メ、男爵・篤二氏尾高氏ノ義太夫マデモ催アリ、盛会ヲ極ム、外ニ柏堂画伯ノ席画ノ催アリ、主客大ニ満足、九時半退散帰宅 ○下略
   ○中略。
三月十六日 晴
○上略 午後二時ヨリ柿沼谷蔵氏長男結婚披露の園遊会ニ赴ク、場所ハ上野精養軒也、婦人ハ少ケレトモ来賓数百名ニ上リ、羽左衛門・吉右衛門及八十助ノ芝居二幕ノ余興アリ、最後立食ノ節谷蔵ノ謝詞、来賓惣代渋沢男爵ノ祝辞等アリ、五時過散会 ○下略
   ○中略。
五月九日 雨
早朝ヨリ飛鳥山邸ニ至ル、正午ミツチエル・デヒス・イリス・ポール其他第一銀行取引先ナル在浜欧人ノ招宴也、生憎雨ニテ閉口、金鳳 ○望月・玉堂 ○川合等ノ席画ナド中々興深シ、予ハ兜町ニ要務アレハ二時辞ス ○下略
   ○中略。
十月七日 晴但風強ク砂煙甚シ 日曜
○上略
深川渋沢邸愈取払ニ付、御名残リノ為一族小供園遊会《(子)》ヲ被催、招ニ応シ、チカ子ヲ連レ十一時同邸ニ至ル、男爵御夫婦・阪谷大臣・ホツミ
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夫人等モ来臨アリ、池ノ魚ノ網打、手品等ノ余興、支那料理ノ弁当等来会者数十人、中々ノ思付キ也、先代以来ノ本邸廃止ニ対シ、若主人ノカク迄思入ノ段落的取構ヲセラルヽハ中々用意ノ事ト云フベシ、予ハ昼飯後中坐
○下略
   ○中略。
十月二十日 曇
○上略 午后五時ヨリ深川邸ニ於テ、近頃英国ヨリ帰朝ノ土居剛吉郎氏並ニ其令閨ヲ招待セラルヽニ際シ、招伴ニ招カレ徳子モ共ニ同席ス、穂積夫人・令嬢・元治夫人・小脇源次郎等相客タリ、偕楽園出前ノ支那料理、小三ノ落語、外ニ毬ヲ投シテ籠ノ中ヨリ色々ノ玩具包等ヲ出シテ取アツル余興等ノ設アリ、十一時帰宅
   ○中略。
十一月十一日 日曜 好天気
○上略 飛鳥山ニ至リ、他親族方婦人ト共ニ、上京中ノ西園寺氏ヲ始メ若主人及尾高氏ノ義太夫ヲ聞ク、十一時半帰宅


(八十島親徳) 日録 明治四〇年(DK290121k-0035)
第29巻 p.432 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四〇年   (八十島親義氏所蔵)
一月廿三日 晴
○上略 午後五時ヨリ中井三郎兵衛父子ノ招ニ応シ香雪軒ニ至ル、合名会社組織後満五年トナリシニ付、謝意旁男爵父子ヲ招キタルニテ、予ト尾高氏ハ陪客也、田中栄八郎氏出席、其他店員(各支店)出席ス
○下略
   ○中略。
二月二十六日 晴
例刻出勤、本日ハ夕刻王子邸ヘ市原盛宏・石井健吾二氏ノ帰朝祝ヲ主トシ、第一銀行員ヲ招カレ、予モ招伴ヲ為ス、廿人計也、予ガ設計ニテ日本料理ノ献立ナルモノヲ印刷シテ初メテ之ヲ用ユ、余興トシテハ蓄髯・老鶴両大夫ノ義太夫、及北村一座ノ洋楽トノ合奏ハ最喝采ヲ博シタリキ
   ○中略。
三月七日 晴
例刻出勤、夕刻福島浪蔵氏ガ、男爵始メ第一銀行員諸氏ヲ招クニ付、共ニ招待セラレテ常磐家ニ至ル
   ○中略。
五月十六日 晴
○上略 午後六時ヨリ高根博士弁護士開業披露ノ宴ニ招カレ、帝国ホテルニ至ル、博士・学士連多シ、宮内大臣田中氏・渋沢男・佐々木勇氏等アリ、男爵ノテーブルスピーチ不相変ウマシ
   ○中略。
九月十三日 晴 涼シ
朝兜町ヘ立寄リ、夫ヨリ下谷高徳寺ニ松本ノ葬式ニ会ス、中々立派ナル葬式ナリ、宇和島人ニテハ穂積博士・松浦・山下・油屋・小西・宍戸・船山等ヲ見受ク、予ハ渋沢若主人ニ次テ一篇ノ弔文ヲ読ム ○下略
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(八十島親徳) 日録 明治四一年(DK290121k-0036)
第29巻 p.433 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四一年   (八十島親義氏所蔵)
三月十三日 晴
○上略 今夜諸井六郎氏新婚披露宴ニ被招、日本橋クラブニ至ル、渋沢家関係ノ人々ノ外ハ多ク外務省ノ人々也、渋沢男爵カ媒妁人トシテノ挨拶、及林外務大臣ガ来賓総代トシテノ祝詞等アリ、柳橋芸妓ノ踊ヲ余興トシ盛会ナリキ
   ○中略。
五月十日 日曜 雨
○上略
又今夕ハ王子ニ於テ偕楽会諸氏ヲ招待セラレ、松尾・高橋・山中・大倉・佐々田等十七・八人、日本料理ニシテ、余興ハ初代綾之助ノ義太夫及細川風谷ノ講談ニシテ、若主人及中村清蔵氏モ各一節ツヽ義太夫ヲ語ラル、夜十二時帰宅
   ○中略。
五月廿四日 曇 日曜
○上略 今日ハ二ケ年打絶ヘタル新緑ノ宴ヲ催サルヽナリ、午後三時ヨリ佐々木勇之助・植村澄三郎・星の錫等以下別懇門下生六十人、予及樹次郎モ亦加ハル、幸天気モ宜シキニツキ、新緑樹蔭ニ休息或ハ庭園散歩等意ノマヽニ時ヲ移シ、中ニハ囲碁ニフケル向モアリ、洋館ニテ円喬ノ話一席アリ、夕支那料理ノ馳走終リテ中村秋孝一坐ノ喜劇二幕、初ハ隣合ハセ次ハ十万両、何レモ一同大車輪ニ働キ大喝采ヲ博シタリ


(八十島親徳) 日録 明治四二年(DK290121k-0037)
第29巻 p.433 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四二年   (八十島親義氏所蔵)
二月九日 快晴 暖
○上略 午後二時白金増上寺下屋敷(本願寺)ニ於テ吉田省三氏ノ葬儀行ハルヽニ付、尾高幸五郎氏ト同道会葬ス、男爵モ亦臨マル ○下略
   ○中略。
四月廿四日 快晴
○上略
阪谷男爵母堂七十七祝ノ為、今午後同邸ニテ園遊会ノ催アリ、招カル徳子モ同断、長唱等《(唄)》ノ余興終リテ後ニ予ハ参会セシガ、庭ノ露店及立食共中々行届キタリキ、渋沢男爵ハ其昔興譲館ニ至リテ朗廬先生ノ開国説ニ驚嘆セラレシ当時ナド追憶シテ、母堂ノ長寿ヲ祝セラレタリ
○下略




〔其他ノ資料〕東京経済雑誌 第三四巻第八五三号・第九六〇頁 明治二九年一一月二八日 渋沢氏の園遊会(DK290121k-0038)
第29巻 p.433-434 ページ画像

東京経済雑誌  第三四巻第八五三号・第九六〇頁 明治二九年一一月二八日
    渋沢氏の園遊会
渋沢栄一氏は、去廿四日正午より商業会議所聯合会員並貴顕紳士数十名を王子の別荘に招待して園遊会を催したり、来賓は松方首相・野村逓相・鈴木次官・久我東京府知事・浜尾帝国大学総長・安藤商工局長佐藤管船局長・小山商業学校長・岩崎日本銀行総裁・芳野世経等の諸氏及聯合会員等無慮百四十余名にして、余興には大日本講習会員の武
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術試合、長唄、洋楽打合等あり、頗る盛会なりしと、


〔其他ノ資料〕中外商業新報 第七九〇七号 明治四一年三月二一日 ○原逓相の園遊会(DK290121k-0039)
第29巻 p.434 ページ画像

中外商業新報  第七九〇七号 明治四一年三月二一日
○原逓相の園遊会 予想の如く三井集会所に於ける原逓相主催の園遊会は午前一時《(午後)》より開会せり、当日は生憎朝来の晴れも空頼みと為り午後よりは又も微雨を降らし折角の催ふしも本意なかりしが、定刻に近づくや来賓の車馬は雨中を衝て来到し、玄関前には原逓相以下出迎ひ接待員は一々定めの席に導き、斯て午後一時と共に会は開かれ、先づ余興を開始し、新橋芸妓の手踊国の華、清人李彩の手品、政弥独舞の浦島、例の雲右衛門の浪花節あり、終りて模擬店を開き、来賓は三々伍々各処に就き、午後四時半食堂を開始し、原逓相は起ちて雨中の来臨を謝する旨の挨拶を述べ、徳川公来賓に代はりて之に答へ、主客杯を挙げて歓を尽し六時近く散会せり、当日食堂並他の設備頗る意匠を凝らし見事なる出来栄なりしが、雨の為め其労を没せしは遺憾なりき来賓の主なるは如左
 各省大臣・次官・阪谷男・渋沢男・松尾男・添田興銀総裁・朝吹英二・荘田平五郎・豊川良平・加藤正義・飯田義一・原六郎・末延道成・仙石貢・高田慎蔵・池田謙三・大谷嘉兵衛・渡辺嘉一・貴衆両院議員・同書記官長
等其他八百余名にして原逓相以下仲小路次官・平井総裁・山内副総裁各局長等席上に斡旋し、近来稀有の盛会なりき


〔其他ノ資料〕中外商業新報 第七九六一号 明治四一年五月二二日 ○毛利家園遊会(DK290121k-0040)
第29巻 p.434 ページ画像

中外商業新報  第七九六一号 明治四一年五月二二日
○毛利家園遊会 旧山口藩主毛利公には廿一日午後二時より高輪自邸に於て園遊会を開催せらる、当日来賓は山県元師、三条公、井上・西園寺・徳川(頼倫)の三侯、桂・岡沢両大将、寺内陸相、斎藤海相、曾禰副統監、渋沢男、大倉喜八郎、安田善次郎、近藤廉平氏等を始め朝野知名の士千三百余名にて、寿子・蕎麦・田楽・氷水・ビール等の各摸擬店は雲霞の間に房総を望む眺め宜き所に設けられ、新橋南北の紅友襷掛けにて接待を為し、余興にて三遊連一座の滑稽茶番あり、四時頃食堂を開き、陸軍楽隊の奏楽中に立食の饗応あり、一同歓を尽し其散会を告けしは五時過なりし