デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
4節 保健団体及ビ医療施設
1款 社団法人東京慈恵会
■綱文

第31巻 p.5-26(DK310001k) ページ画像

明治42年6月7日(1909年)

是日、当会第二回総会開催セラレ、栄一副会長トシテ之ニ出席シ会計報告ヲナス。爾後昭和五年ニ至ル間、大正九年・同十四年・昭和三年ヲ除ク外毎回出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK310001k-0001)
第31巻 p.5 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年     (渋沢子爵家所蔵)
六月七日 雨 暑
○上略 午後一時慈恵会ニ抵リ総会ニ出席ス 皇后陛下、皇太子及妃殿下各皇族共臨御、三時総会ノ式ヲ開キ、決算報告書ヲ御前ニ於テ朗読ス式畢テ芝離宮ニ於テ茶菓ノ恩賜アリシモ、午後四時大森ニテ伊藤公爵訪問ノ約アルヲ以テ、直ニ大井村ニ抵リ伊藤公ニ面話ス ○下略


竜門雑誌 第二五三号・第四一―四二頁 明治四二年六月 ○東京慈恵会(DK310001k-0002)
第31巻 p.5-6 ページ画像

竜門雑誌  第二五三号・第四一―四二頁 明治四二年六月
○東京慈恵会 慈恵会にては本月七日第二回総会を開きたるが、当日は皇后宮陛下の行啓あり、陛下には午後一時三十分御出門、御着輦に先だち同会正門前には愛宕尋常高等小学校職員生徒五百余名整列、門内より新館の御車寄に至る左右には、慈恵学校職員生徒・看護婦等三百余名、御車寄階下には顧問・理事・商議医員・評議員等数十名整列奉迎を為し、同階上に於て御先着の東宮・同妃・東伏宮妃周子・伏見若宮妃経子各殿下御出迎申され、陛下には君ケ代の奏楽中に、徳川会長の御先篳に依り階上の便殿に入らせられ、前記各皇族殿下に御対顔終て当日参会したる徳川公、蜂須賀・鍋島・徳川(頼)各侯、実吉子・高木男・青淵先生・長崎宮中顧問官以下拝謁仰せ付けられたり、右終つて前記諸氏一同並に男爵夫人石本錻子以下各正会員、大村純雄伯以下各賛助員、日高昂氏以下各医員等は階下の式場に着席、二時廿分 陛下には徳川会長の奏請に依り、東宮・同妃・皇族各殿下扈従の上式場に着御、左の報告を聞召さる。
 一、東京慈恵会第二回会務報告
                    (徳川会長)
 一、明治四十一年度歳入歳出決算報告
                    (副会長青淵先生)
 一、明治四十一年度施療患者報告
                    (高木医院長)
右に対し 陛下には玉顔麗はしく令旨を賜はり、徳川会長恭しく拝受の上直に答辞を奉呈し、終て 陛下には式場御退出、一旦便殿に復御香川大夫・柳原典侍をして各入院患者の実況を巡覧せしめられたるが
 - 第31巻 p.6 -ページ画像 
病室に在りたる男女百三名の患者は、孰れも天恩の辱きに感泣せざるはなく、就中十歳未満の少年二名幼女五名に対しては種々の玩具品を下し賜はり、斯くて三時三十分諸員の最敬礼中に還御仰出され、御帰途芝離宮に御立寄、四時三十分より当日同会に参集したる前記役員一同を御召しの上、懇篤なる茶菓を賜はり、五時四十五分宮城に還啓あらせられたり。


渋沢栄一 日記 明治四三年(DK310001k-0003)
第31巻 p.6 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
七月五日 曇 冷
○上略 午飧後慈恵会ニ抵リ評議員会ヲ開ク、畢テ
皇后陛下ノ行啓ヲ奉迎ス、会長不在ニ付代理シテ便殿ヘ御先導申上ル拝謁畢テ本会ノ総会ヲ開キ、本会ノ諸計表ヲ朗読ス、散会後芝離宮ニ於テ茶菓ヲ会員一同ニ下賜セラル、午後四時頃有栖川宮・閑院宮御邸ニ伺候シ、後白金ニ抵リ ○下略


竜門雑誌 第二六六号・第六一頁 明治四三年七月 ○慈恵会ヘ行啓 青淵先生の御先導(DK310001k-0004)
第31巻 p.6-7 ページ画像

竜門雑誌  第二六六号・第六一頁 明治四三年七月
    ○慈恵会ヘ行啓
      青淵先生の御先導
皇后陛下には予て仰出されし如く七月五日午後一時三十分御出門、柳原典侍御陪乗、千種権典侍・吉田権掌侍・平田権命婦・香川太夫・岩佐侍医・渡辺・山内両主事等供奉の上、同二時愛宕町なる東京慈恵会第三回総会に行啓あられたり、同会にては御出門の報ありたると同時に、来会せし顧問・理事・評議員・各会員、並に附属医院役員・看護婦養成所役員生徒等数百名正門内に整列、玉車は君が代の奏楽中に新館御車寄に着御、総裁有栖川宮妃慰子殿下御代理閑院宮妃智恵子殿下副会長青淵先生の御先導にて楼上便殿に入御、総裁宮殿下御侍立の上当日参会したる同会関係者一同に謁を賜ひ、其れより陛下には再び奏楽中に青淵先生の御先導にて会場に臨御、青淵先生より四十二年度の会務並に収支の決算報告を聞召れ、次に医院長高木兼寛男より施療患者情況を上聞に達せり
 一、明治四十二年度施療患者に関する要件(入院外来併せて六万九千三百三名)
 一、明治十五年七月創立以降四十三年三月に亘る二十七年九ケ月間に於ける施療患者数(四十六万二千五百九十八名)
尚ほ御前に於て、高木医院長より本年度の看護婦養成所卒業生根守やひ以下二十一名に証書を授与し、右畢て 陛下には一旦便殿に復御、御休憩中に供奉員中の岩佐侍医・平田命婦を各病室に御差遣の上、目下入院中なる男子患者七十五名、婦人患者五十七名、小児男六名、女五名、嬰児女四名、男二名の各々情況を視察せしめ、特に十七名の小児患者一同に対しては人形、其他の玩具品を賜ひ、 陛下には高木医院長より、在院患者一同、天恩の辱きに感激せざるものなき旨を聞召され、三時四十分御機嫌麗はしく御退出、御順路を経て芝離宮に入らせられ、当日同会に参集せし顧問・理事・評議員、有功・終身両会員商議医員・医院役員等数十名を御召しの上、御鄭重なる茶菓を賜ひ、
 - 第31巻 p.7 -ページ画像 
四時三十分玉顔麗はしく還御仰出され、五時宮城に還啓相成りたり


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK310001k-0005)
第31巻 p.7 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年    (渋沢子爵家所蔵)
六月七日 晴 軽暑
○上略 十二時第一銀行ニ於テ午飧シ、直ニ自働車ニテ慈恵会ニ抵リ、皇后陛下ノ着御ヲ奉待ス、二時過キ着御、直ニ評議員総会ヲ開キテ、四十三年度ノ会計決算ヲ報告ス、拝謁、畢リテ芝離宮ニ於テ茶菓ノ下賜アル筈ナリシモ、曾テ福岡日々新聞紙ニ於テ帝国座ニ開催セル紀念会ニ出席シテ、祝詞ヲ述フルノ約アリシニヨリ、四時頃帝国座ニ抵リ
○下略


竜門雑誌 第二七七号・第七八―七九頁 明治四四年六月 ○皇后陛下行啓(DK310001k-0006)
第31巻 p.7 ページ画像

竜門雑誌  第二七七号・第七八―七九頁 明治四四年六月
    ○皇后陛下行啓
東京慈恵会 皇后陛下には、予て仰せ出されたる如く六月七日午後一時三十分御出門、典侍御陪乗、香川皇后大夫・山内皇后主事・田沢侍医・平川侍医補・小倉権典侍・津守権掌侍・生源寺権命婦の供奉員を従へさせられ、御順路芝区愛宕下町なる東京慈恵会に行啓あらせられたり、予報の如く是より先、会長徳川家達公・副会長青淵先生・顧問理事・評議員及び其他の役員は正午頃より参集し、総裁有栖川宮妃殿下の御代理として閑院宮妃殿下、並に名誉会員伏見若宮妃殿下・梨本宮妃殿下も亦御参会、陛下には午後二時御機嫌麗はしく着御、各宮殿下始め一同の奉迎を受けさせられ便殿に入御、玆に各皇族に御対顔あり、次で徳川会長・副会長青淵先生以下、福原有信・根津嘉一郎・松平頼寿伯・終身会員阿部吾市・大浜忠三郎・日比谷もと子等有功会員に拝謁仰付られ、了て会長先導にて総会式場に臨御、予定の如く式を終らせらる、斯くて院長高木兼寛男は左記卒業生十六名に証書を授与せり。
 長野県平民竹林しま・同県平民別府ふさ・岡山県平民戸部通代・鳥取県平民松尾善野・東京府士族鷲島弘恵・宮城県平民佐々木咲代・長野県平民塩原茅治・茨城県平民伊藤みね・岩手県平民小原よし・宮城県士族奈坂坂《(衍カ)》みわ・山口県平民中島はな・宮城県平民鈴木つや神奈川県平民山田まさ・東京府平民西村やゑ・埼玉県平民三橋茂子山口県平民佐々木るい
右終りて陛下には便殿に復御、此の間に香川大夫は御沙汰を奉じ、侍医・女官同伴、高木院長の御案内にて各病室を巡視し、収容患者百四十三名に対し御菓子料(各一円)を伝達し、猶左記入院幼児に対し人形及び犬張子の玩具を賜りたるが、頑是なき幼児等にも尚聖旨の程や感じたりけん、何れも無心の笑を見せて嬉び合へりき。
 古山ふみ(五歳)三好九十九(五歳)森田某( 歳)宮崎巌(一歳)岡本はる(二歳)赤沢信吉(一歳)大杉すゑ(五歳)
かくて三時二十分、着御の時の如く一同の奉送を受けさせられ、還啓の途次芝離宮に御立寄あり、同会御出席の各皇族方並に徳川公爵・青淵先生以下役員、貴婦人に酒饌を賜りたり。

 - 第31巻 p.8 -ページ画像 

渋沢栄一 日記 明治四五年(DK310001k-0007)
第31巻 p.8 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年     (渋沢子爵家所蔵)
五月十三日 晴 暖
○上略 午後一時慈恵会ニ抵リ総会ヲ開ク、 皇后陛下行啓アリ、拝謁ノ後、会員聚合ノ際ニ報告書ヲ朗読ス、次テ病室ヲ巡視ス、午後三時半還御ノ後事務所ニ抵リテ ○下略


竜門雑誌 第二八八号・第四六頁 明治四五年五月 ○東京慈恵会評議員会及総会(DK310001k-0008)
第31巻 p.8 ページ画像

竜門雑誌  第二八八号・第四六頁 明治四五年五月
○東京慈恵会評議員会及総会 東京慈恵会にては五月十三日午後評議員会を開き、続て総会を開催せられたるが、此日 皇后陛下には予て仰せ出されたる如く午後一時三十分宮城御出門同総会に 行啓あらせられ、同五十分総裁閑院宮妃智恵子殿下を初め奉り、会長徳川公爵・副会長青淵先生・理事高木兼寛男以下、同会員数百名の紳士淑女の奉迎を受けさせられ、君が代の奏楽裡に御機嫌麗しく御著、直に便殿に於て総裁宮妃殿下並に名誉会員東伏見宮妃殿下に御対面、会長徳川公爵・副会長青淵先生、高木・実吉両氏以下理事評議員及び有功会員及終身会員に拝謁仰付られ、終て玉座に著御あらせられ、会長より東京慈恵会第五回報告を奉呈し、次で副会長たる青淵先生は会員に対し明治四十四年度歳入歳出決算の報告を為し、高木院長は明治四十四年度施療患者の報告並に看護婦生徒二十一名に対する卒業証書を授与、終つて陛下には再び便殿に入御の後、特に香川皇后宮大夫並に女官をして各病室を巡覧せしめ、在院施療患者百四十名(内男子七十七名・女子六十三名)を慰問せしめ給ひ、御菓子料を下賜せられたり、特に本年生れ姓名不詳の幼児、及び昨年生れたる平方勇等二名に対し、人形其他の玩具数点を賜はり、其状況を香川大夫より一々啓上に及びしに 陛下には御満足の御沙汰ありて、午後三時半還啓仰出され、各員奉迎の間に御出門、芝離宮に成らせられ、日本館に於て同会理事等に酒饌を賜ひ、午後四時半頃宮城に還啓相成りたり。
   ○閑院宮妃智恵子殿下ハ当会総裁有栖川宮妃慰子殿下病気療養中総裁ヲ代理シ(正式ニハ明治四十五年四月十一日ヨリ)大正三年九月十六日ニ至ル。(「東京慈恵会総裁威仁親王妃慰子殿下御事蹟」ニヨル)


竜門雑誌 第三〇六号・第五三―五四頁 大正二年一一月 ○東京慈恵会総会(DK310001k-0009)
第31巻 p.8-9 ページ画像

竜門雑誌  第三〇六号・第五三―五四頁 大正二年一一月
    ○東京慈恵会総会
皇太后陛下には十月二十日午後一時三十分御出門、姉小路権典侍御陪乗、香川皇太后宮大夫以下供奉、同二時東京慈恵会へ行啓あらせらる門前には会長徳川家達公・副会長青淵先生・同医院長男爵高木兼寛・次長子爵実吉安純・理事蜂須賀侯爵・同鍋島公爵・顧問阪谷男爵等の御奉迎あり、斯くて 陛下には徳川会長の御先導にて、総裁載仁親王妃殿下並に名誉会員たる各皇族殿下を随へて、総会式場に臨御あらせらる、軈て徳川会長は恭しく同会第六回報告書を捧呈し、副会長青淵先生は明治四十五年大正元年度歳入歳出決算を報告し、高木院長は大正元年度施療患者の報告を為し、次で二十七回卒業看護婦十八名に卒業証書を授与し、畢つて 陛下には便殿に入御あらせられ、御休憩中香川大夫並に供奉の女官をして在院患者を慰問せしめ給ひて、御菓子
 - 第31巻 p.9 -ページ画像 
料を下賜あらせらる、尚ほ七歳未満の児童に対しても御菓子料を賜はり、午後三時二十分還御仰出され、更に芝離宮へ御立寄の上、会長徳川公・副会長青淵先生、其他同会役員一同に拝謁仰付けられて酒饌を賜はり、午後五時青山御所へ還御あらせらる。


集会日時通知表 大正三年(DK310001k-0010)
第31巻 p.9 ページ画像

集会日時通知表  大正三年      (渋沢子爵家所蔵)
大正三年十月十九日(月) 午後〇時半 東京慈恵会評議員会(同会)
                   引続総会後芝離宮ニテ賜茶菓


竜門雑誌 第三一八号・第五七頁 大正三年一一月 ○皇后陛下慈恵会行啓(DK310001k-0011)
第31巻 p.9 ページ画像

竜門雑誌  第三一八号・第五七頁 大正三年一一月
    ○皇后陛下慈恵会行啓
皇后陛下には十月十九日午後一時半宮城御出門、千種典侍御陪乗、吉見掌侍・香川大夫・大谷侍医以下を随へられ、東京慈恵会に行啓あらせられたり、同二時同会に御着輦、総裁有栖川宮故威仁親王妃慰子殿下を始め、閑院宮妃・東伏見宮妃・伏見若宮妃・久邇宮妃各殿下、並に会長徳川家達公以下役員来賓等正玄関に、附属医学校生徒は正門内に整列して奉迎し、陛下には会長の御先導にて便殿に入らせられ、各皇族殿下及び会長以下重役に拝謁を賜ひ、再び会長の御先導にて式場に臨御あらせられたり、此日陛下には第三期の御喪服を召させられ、最と淑やかに設けの御座に御着席あらせらるゝや、先づ会長徳川 開会を宣し、恭しく同会奉告書を捧呈し、次で副会長青淵先生・附属医院長高木男爵は前年度の諸報告を為し、終つて卒業看護婦生小寺まさ子以下二十一名に対し一々証書を授与し、徳川慶久公以下に有功章・終身会員章を贈与し、式を了り陛下には再び便殿に入御、暫時御小憩中に千種典侍・香川大夫等を附属医院に差遣され、施療患者百六十三名に対し御菓子料金百六十三円御下賜ありたれば、斯の光栄に浴したる人々は陛下の海より深き御仁慈に感じ、有難涙に咽ばざるはなかりき、斯くて陛下には午後三時頃御退出、御帰途芝離宮に御立寄あらせられ、秋色深き御苑内に於て、総裁宮殿下以下各役員に対し御慰労の宴を賜ひ、午後四時御機嫌麗しく御還啓あらせられたり。


渋沢栄一 日記 大正四年(DK310001k-0012)
第31巻 p.9 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
五月十九日 曇
○上略 一時半慈恵会総会ニ出席ス、有栖川宮妃殿下臨場アリ、総会畢リテ各病室ヲ一覧シ、芝離宮ニ於テ茶菓ヲ下賜セラル ○下略


竜門雑誌 第三二五号・第六五頁 大正四年六月 ○東京慈恵会総会(DK310001k-0013)
第31巻 p.9-10 ページ画像

竜門雑誌  第三二五号・第六五頁 大正四年六月
○東京慈恵会総会 東京慈恵会にては五月十九日午後二時三十分より総会を開き、次に同会医院看護婦第二十九回卒業式を行ひたり、是れより先き同会にては午後一時半頃より会長徳川家達公・副会長青淵先生、其他の役員諸氏参集、軈て午後二時三十分諸員奉迎中に、総裁有栖川御後室宮慰子殿下御臨場ありて式場に成らせられ、皇后陛下御使東久世皇后宮主事参列の上総会を開き、徳川会長並に同会医院長高木男爵の報告あり、次で看護婦卒業生二十三名に卒業証書を授与し、午
 - 第31巻 p.10 -ページ画像 
後四時式を終り、夫れより有栖川総裁宮殿下並に東久世皇后宮主事は高木院長の先導により医院病室を御巡覧あらせられたりと。


東京慈恵会第九報告 同会編 第三―八頁 (大正五年)刊(DK310001k-0014)
第31巻 p.10-11 ページ画像

東京慈恵会第九報告 同会編  第三―八頁 (大正五年)刊
    第三 総会
大正四年四月二十三日、総裁殿下ヨリ本会総会開催ニ付、五月十七日ヨリ十九日マテノ内ニ於テ御都合ノ日ヲ以テ 皇后陛下ノ 行啓ヲ仰キ度旨、皇后宮大夫ヘ御申入アリ
同年五月十日右御願ニ対シ、此度ハ御都合ニ依リ 行啓不被為在、総会当日皇后宮主事ヲ本会ヘ差遣サレ、総会終了後芝離宮ニ於テ会長以下一同ヘ茶菓被下候様御沙汰被為在候旨、皇后宮大夫ヨリ総裁殿下ヘ上申アリ
同年同月同日有栖川宮附武田宮内事務官ヨリ、総裁殿下ニ於テ本会総会期日ヲ五月十九日ト御定メ相成タル旨、会長宛通知アリ
同年同月十四日、本会名誉会員タル各宮妃殿下総会ノ節御台臨被為在候様言上方、各宮附宮内事務官ヘ会長ヨリ願出、同時ニ各会員ニ対シ総会召集状ヲ発シ、理事・顧問・評議員・商議医員・各会員並有志者一同ヘ案内状ヲ送ル
同年同月同日会長ヨリ医員其他附属医学専門学校職員等五十余名ニ対シ、総会当日接待向キ依頼状ヲ発ス
 総会次第
  一当日会員及有志者ハ午後二時迄ニ参集
  一参会諸員着席
  一午後二時三十分開会
  一会長東京慈恵会第八報告ヲ呈出ス
  一副会長大正三年度歳入歳出決算ヲ報告ス
  一院長大正三年度施療患者ノ報告ヲ為ス
  一院長卒業看護婦生徒ニ卒業証書ヲ授与ス
渋沢副会長ヨリ報告セル大正三年度東京慈恵会歳入歳出決算左ノ如シ
     歳入
一金七万八千弐百参拾八円四拾六銭
     歳出
一金五万七千九百六拾八円九拾七銭七厘
  右収支差引
   金弐万弐百六拾九円四拾八銭参厘  残高
     資産
 金九拾四万四千九拾四円五拾壱銭五厘
      内
  金九拾弐万参千八百弐拾五円参銭弐厘 大正二年度迄ノ残高
  金弐万弐百六拾九円四拾八銭参厘   本年度残高
外ニ金拾六万七千参百四拾九円      建物及備品価格
 合計金百拾壱万千四百四拾参円五拾壱銭五厘
高木医院長ヨリ報告セル大正三年度施療患者ニ関スル要領
 一本年度施療患者
 - 第31巻 p.11 -ページ画像 
  総計四万四千百参拾九人
     内
                  一日在院百四拾四人強
   入院患者千八百四人
                  一人平均在院日数弐拾九日強
   外来患者四万弐千参百参拾五人 一人平均受療日数拾参日強
  入院外来合計施療日数参拾九万参千九百弐拾壱日、平均一日千五拾壱人強
 一明治十五年七月創立以降大正四年三月ニ至ル三十二年九ケ月間ニ於ケル施療患者
  総計六拾五万参百七拾八人
   此施療日数四百七拾参万千四百四拾壱日
此日 皇后陛下ノ思召ニ依リ、入院患者百五十九名ヘ御菓子料各一封ノ御下賜アリ、一同感涙ニ咽ヒ拝戴セリ
当日総会ヘ御台臨ノ皇族殿下及出席職員
 総裁 有栖川宮故威仁親王妃殿下
  名誉会員
   閑院宮載仁親王妃殿下
   東伏見宮依仁親王妃殿下
   伏見宮博恭王妃殿下
 理事
   会長  公爵 徳川家達  副会長  男爵 渋沢栄一
   医院長 男爵 高木兼寛  医院次長 子爵 実吉安純
          長崎省吾          早川千吉郎
 評議員
    伯爵夫人 東郷鉄子    子爵夫人 井上光子
    男爵夫人 波多野為子   公爵夫人 徳川実枝子
    侯爵夫人 鍋島栄子    男爵夫人 阪谷琴子
    子爵夫人 実吉連子         穂積歌子
         長崎多恵子   侯爵夫人 前田渼子
    伯爵夫人 亀井久子    伯爵夫人 小笠原貞子
         早川里子         周布貞子
 商議医員
      男爵 佐藤進
 医員
   高木喜寛    高木兼二   石黒宇宙治
   広田京右衛門  中曾根吉次  実吉純郎
   矢島英次    鎌田清太郎
各会員並有志者ノ出席総数百十三名、総会終了後芝離宮ニ於テ一同ヘ茶菓ヲ賜ハル
○下略


中外商業新報 第一〇八〇五号 大正五年五月一四日 ○坤徳如海 皇后陛下慈恵会に行啓、御慰問(DK310001k-0015)
第31巻 p.11-12 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

竜門雑誌 第三四九号・第九〇頁 大正六年六月 ○皇后陛下慈恵会行啓(DK310001k-0016)
第31巻 p.12 ページ画像

竜門雑誌  第三四九号・第九〇頁 大正六年六月
    ○皇后陛下慈恵会行啓
 皇后陛下には五月十日東京慈恵会へ行啓の上、徳川会長より捧呈せる同会第十回報告書を臠せられ、次で副会長たる青淵先生より同会大正五年度歳入歳出決算を、又高木医院長り同年度に於ける施療患者の報告ありて後、医院長は御前に於て第三十一回卒業看護婦廿二名に対して卒業証書を授与せるが、右終つて 陛下には便殿に入御、御小憩中、千種典侍をして各病室の在院患者百五十五名に御慰問の御沙汰を伝へしめられ、御菓子料として金一封の御下賜あり、尚ほ還御の道すがら芝離宮へ御立寄の上、同会に御参列遊されたる各皇族妃殿下を始め奉り、会長徳川公爵・副会長青淵先生・医院長高木男爵以下主なる役員及び会員二十余名を御召の上、御鄭重なる茶菓を賜ひて、還啓遊されたる由。


中外商業新報 第一一一六九号 大正六年五月一一日 ○慈恵会へ行啓 入院患者に恩賜(DK310001k-0017)
第31巻 p.12-13 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外商業新報 第一一五四〇号 大正七年五月一七日 ○皇后宮 慈恵会行啓(DK310001k-0018)
第31巻 p.13 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

竜門雑誌 第三六一号・第六八頁 大正七年六月 皇后陛下慈恵会行啓(DK310001k-0019)
第31巻 p.14 ページ画像

竜門雑誌  第三六一号・第六八頁 大正七年六月
    ○皇后陛下慈恵会行啓
 皇后陛下には五月十六日午後一時半御出門、東京慈恵会へ行啓あらせらる。午後二時御着、御先着の各宮妃殿下及び諸員の奉迎を受けさせられ、徳川会長の御先導、各宮妃殿下の御扈従にて会場へ御臨場あり、仰げば場の中央に掲げたる 昭憲皇太后御下賜の
  人のみぬ時とてこゝろゆるひなく
      みの行ひをまもりてしか那
の御短冊と、先月中 皇后陛下より特に賜りたる
  うつくしむなさけの露の民草に
      もるゝくまなくそそきてしかな
の御短冊いとも畏く拝せられ、やがて 陛下御着座遊さるゝや、徳川会長東京慈恵会第十一回報告を捧呈し、次で副会長青淵先生は大正六年度歳入歳出の決算報告、高木院長は大正六年度施療患者の報告を為し、引続き院長は 御前に於て第三十二回卒業看護婦生徒十七名に卒業証書を授与し、終つて 陛下には便殿に入御、御少憩の後、千種典侍をして各病室の入院患者百五十八名に対して各御慰問の御沙汰を伝へさせ給ひ、尚ほ患者一同に御菓子料金壱封の御下賜あり、午後三時御機嫌麗しく還啓遊されたるが、其御道すがら芝離宮に御立寄の上、前記各皇族方を初め奉り、会長・副会長以下二百余名に御鄭重なる茶菓を賜ひ、午後五時還啓あらせ給ひし由。


渋沢栄一 日記 大正八年(DK310001k-0020)
第31巻 p.14 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年      (渋沢子爵家所蔵)
六月三日 晴 軽暑
○上略 午飧後慈恵会ニ抵リ
皇后陛下行啓ヲ奉迎ス、御前ニ於テ計算書ノ朗読ヲ為ス、三時過キ還御アリ、後芝離宮ニ赴キ茶菓ノ恩賜アルモ他ノ約束ニヨリ退出シ ○下略


竜門雑誌 第三七三号・第五四―五五頁 大正八年六月 ○皇后陛下慈恵会行啓(DK310001k-0021)
第31巻 p.14 ページ画像

竜門雑誌  第三七三号・第五四―五五頁 大正八年六月
○皇后陛下慈恵会行啓 皇后陛下には六月三日午後東京慈恵会に行啓あり、徳川会長の御先導にて会場に臨御せらるゝや、副会長青淵先生は大正七年度歳入出決算を、高木院長は同年度施療患者の報告をなし引続き第三十三回看護婦生徒十六名に対して卒業証書を授与し、終つて陛下には患者室へ臨御の上親しく其状況を臠せられ、尚在院患者百六十八名(男子八十名・女子八十八名、内十五歳未満十二名)に対し御慰問の御沙汰を伝へしめられ、御菓子料として金一封を御下賜の上同会御出門、芝離宮に御立寄被遊、正副会長・院長以下理事・顧問・評議員其他二百余名に対し、御鄭重なる茶菓を賜ひたり。


集会日時通知表 大正一〇年(DK310001k-0022)
第31巻 p.14 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年       (渋沢子爵家所蔵)
大正十年五月十二日(木) 午後〇時半 東京慈恵会(同会)
                    引続総会(同会)
                       皇后陛下行啓ニ付シルクハツト御用意

 - 第31巻 p.15 -ページ画像 

竜門雑誌 第三九七号・第六三頁 大正一〇年六月 ○皇后陛下慈恵会行啓(DK310001k-0023)
第31巻 p.15 ページ画像

竜門雑誌  第三九七号・第六三頁 大正一〇年六月
○皇后陛下慈恵会行啓 皇后陛下には五月十二日午後一時三十分宮城御出門の上、東京慈恵会総会に行啓被遊、会長徳川家達公・副会長青淵先生・実吉院長・高木副院長、其他の各理事・顧問・評議員・常議員の奉迎裡に便殿に入御あり、夫より各宮妃殿下及会長以下の諸員に拝謁を賜はり、畢つて会長の御先導にて式場に臨御被遊、徳川会長の第十四回報告書捧呈に次ぎ、青淵先生は大正九年度決算報告を、又実吉院長より同年度に於ける施療患者の報告を聴召され、終つて陛下には実吉院長の御先導にて病室の一部に臨ませられ、親しく患者の状況を臠はせ給ひ、又現在の入院患者男女百六十名に対して御菓子料を下賜あらせられ、午後三時諸員奉送裡に還啓、更に芝離宮に御立寄の上前記参列の各宮妃殿下、徳川会長以下各役員其他二百余名に茶菓を賜ひ、午後五時御機嫌麗しく還啓被遊たる由。


集会日時通知表 大正一一年(DK310001k-0024)
第31巻 p.15 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年       (渋沢子爵家所蔵)
大正十一年五月十二日(金) 午後二時 慈恵会総会(同会)
                       (フロツクコートシルクハツト)


東京慈恵会第十六報告 同会編 第三―七頁 (大正一二年)刊(DK310001k-0025)
第31巻 p.15-17 ページ画像

東京慈恵会第十六報告 同会編  第三―七頁 (大正一二年)刊
    第三 総会
大正十一年五月九日宮内大臣ヨリ左ノ通牒ニ接ス
 皇后陛下来十二日午後一時三十分 御出門、其会ヘ 行啓可被為在旨被 仰出候
  追テ午後三時同会御出門、還御ノ御予定ニ有之候
同月十一日皇后宮職ヘ左ノ調書ヲ提出ス
 一拝謁人名書
 一入院患者人名書
 一行啓次第書
 一第十五報告書
 一決算報告
 一施療患者要領報告
 一患者費用割合調
 一患者食最近一週間献立表
同月十二日 行啓次第
 一当日理事・評議員ハ午後零時三十分迄ニ、会員及有志者ハ午後一時迄ニ参集
 一午後一時三十分
  皇后陛下 御出門
 一臨御ノ報ヲ得テ 臨御御門内ニ整列奉迎
 一臨御
 一御車寄ニ於テ 下御、総裁殿下・評議員奉迎、会長御先導、便殿ヘ着御
 一会長以下拝謁 拝謁ノ時総裁殿下侍立ノコト
 一有功会員及終身会員拝謁
 - 第31巻 p.16 -ページ画像 
 一参会諸員着席
 一午後二時会場ヘ 臨御、会長御先導、妃殿下扈従
 一会長東京慈恵会第十五報告ヲ奉呈ス
 一副会長大正十年度歳入歳出決算ヲ報告ス
 一院長大正十年度施療患者ノ報告ヲ為ス
右畢テ
便殿ヘ入御
 一還御奉送臨御ノ時ノ如シ
総会席上報告セル大正十年度本会歳入歳出決算並同年度施療患者ニ関スル要領左ノ如シ
  大正十年度歳入歳出決算
     歳入
  一金弐拾壱万五千百九拾円六拾五銭
     歳出
  一金拾壱万七千六百七拾壱円四拾壱銭
  右収支差引
   金九万七千五百拾九円弐拾四銭   残高
      資産
  金百五拾万五千六百拾円弐拾参銭
      内
   金百四拾万八千九拾円九拾九銭   大正九年度迄ノ残高
   金九万七千五百拾九円弐拾四銭   本年度残高
 外ニ金弐拾壱万五千弐百参拾四円    建物及備品価格
合計金百七拾弐万八百四拾四円弐拾参銭
  大正十年度施療患者要領報告
 一本年度施療患者
   総計四万四千八百弐拾八人
      内
                  一日在院百弐拾参人
   入院患者千八百八拾七人
                  一人平均在院日数 弐拾参日強
   外来患者四万弐千九百四拾壱人 一人平均受療日数十六日強
  入院外来合計施療日数参拾六万六千五百参拾五日一日千四人強
 一明治十五年七月創立以降大正十一年三月ニ至ル三十九年九ケ月間ニ於ケル施療患者
  総計九拾七万六千七百拾壱人
    此施療日数七百四拾七万四千参拾参日
皇后陛下ニハ総会後、実吉院長ノ御先導ニテ各病室御巡覧、入院患者中特ニ老幼病者ニ対シ御心ヲ注カセラレ、種々御下問ヲ賜ハリ、院長ヨリ一々奉答スル所アリ、後又女官ヲシテ各病室ヲ普ク慰問セシメラレ、患者総数百五十一名ニ対シ御菓子料各一封ノ御下賜ヲ忝フス
午後三時還御、会長以下総会出席員全体ニ対シ、芝離宮ニ於テ御茶菓ヲ賜ハル
総会出席人員百八十一人、其内訳左ノ如シ
 名誉会員
   東伏見宮依仁親王妃殿下
 - 第31巻 p.17 -ページ画像 
   竹田宮故恒久王妃殿下
   北白川宮成久王妃殿下
   朝香宮鳩彦王妃殿下
 理事
     公爵 徳川家達     子爵 渋沢栄一
     子爵 実吉安純        長崎省吾
     男爵 大倉喜八郎    男爵 高木喜寛
     男爵 森村開作        福原有信
 顧問
      男爵 三井八郎右衛門
 評議員
   子爵夫人 井上光子   男爵夫人 穂積歌子
   侯爵夫人 井上末子   伯爵夫人 珍田岩子
   子爵夫人 実吉連子        長崎多恵子
        尾崎英子   伯爵夫人 寺島京子
        早川里子   子爵母堂 三島兼子
   男爵母堂 周布貞子   男爵母堂 高木富子
 医員
   松山陽太郎   広田京右衛門  佐藤敏夫
   実吉純郎    臼井宏     宮川兵市
   鎌田清太郎   糟谷利三郎   矢野清史
   花岡三     伏島興雄    小田部荘三郎
 右ノ外有功会員以下各会員有志者百四十四名


集会日時通知表 大正一二年(DK310001k-0026)
第31巻 p.17 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年       (渋沢子爵家所蔵)
大正十二年五月十八日(金) 午後〇時半 東京慈恵会評議員会
                     引続総会
                     皇后陛下慈恵会ヘ行啓


東京慈恵会第十七報告 同会編 第六―一〇頁 (大正一三年)刊(DK310001k-0027)
第31巻 p.17-19 ページ画像

東京慈恵会第十七報告 同会編  第六―一〇頁 (大正一三年)刊
    第四 総会
大正十二年五月十六日宮内大臣ヨリ左ノ通牒ニ接ス
 皇后陛下来ル十八日午後一時三十分御出門、其会ヘ 行啓可被為在旨被仰出候
  追テ午後三時同会御出門、還御ノ御予定ニ有之候
同月十七日皇后宮職ヘ左ノ調書ヲ提出ス
 一拝謁人名書
 一入院患者人名書
 一行啓次第
 一第十六報告書
 一大正十一年度決算報告
 一大正十一年度施療患者要領報告
 一患者費用割合調
 一患者食最近一週間献立表
 - 第31巻 p.18 -ページ画像 
同月十八日 行啓次第
 一当日理事・評議員ハ午後零時三十分迄ニ、会員及有志者ハ午後一時迄ニ参集
 一午後一時三十分
  皇后陛下御出門
 一臨御ノ報ヲ得テ 臨御御門内ニ整列奉迎
 一臨御
 一御車寄ニ於テ 下御、総裁殿下・評議員奉迎、会長御先導、便殿ニ着御
 一会長以下拝謁(拝謁ノトキ総裁殿下侍立ノコト)
 一有功会員及終身会員拝謁
 一参会諸員着席
 一午後二時会場ヘ 臨御、会長御先導、妃殿下扈従
 一会長東京慈恵会第十六報告書ヲ奉呈ス
 一副会長大正十一年度歳入歳出決算ヲ報告ス
 一院長大正十一年度施療患者ノ報告ヲ為ス
 右畢リテ
 便殿ヘ入御
 一還御奉送 臨御ノ時ノ如シ
総会席上報告セル大正十一年度本会歳入歳出決算、並同年度施療患者ニ関スル要領左ノ如シ
  歳入歳出決算報告
     歳入
一金拾六万四円弐拾参銭
     歳出
一金拾八万六千百五拾参円四拾五銭
右収支差引
   金弐万六千百四拾九円弐拾弐銭   不足高
     資産
   金百五拾万五千六百拾円弐拾参銭  大正十年度迄ノ残高
      内
    金弐万六千百四拾九円弐拾弐銭  本年度不足高
  差引現在高百四拾七万九千四百六拾壱円壱銭
   外ニ金弐拾九万千弐百六拾九円   建物及備品価格
  合計金百七拾七万七百参拾円壱銭
  施療患者要領報告
 一本年度施療患者
   総計四万千六百六拾四人
      内
                 一日在院百弐拾六人強
    入院患者千七百六拾人
                 一人平均在院日数弐拾六日強
    外来患者参万九千九百四人 一人平均受療日数十六日強
  入院外来合計施療日数参拾八万参千四百四拾四日、一日千五人強
 一明治十五年七月創立以降大正十二年三月ニ至ル四十年九ケ月ニ於ケル施療患者
 - 第31巻 p.19 -ページ画像 
   総計百壱万七千五百八拾七人
    此施療日数七百八拾五万七千四百七拾七日
皇后陛下ニハ総会後実吉次長ノ御先導ニテ各病室御巡覧、各患者ノ病状等巨細ニ御下問アラセラレ、難治ノ病症ト聞コシ召サレテハ、特ニ「折角加療セヨ」トノ難有御言葉ヲサヘ賜ハリタリ、又四号病室(産科室)ニ成ラセラレテハ、各嬰児ノ誕生後ノ経過等ニ関シ御尋ネアラセラレ「愛ラシキ小児ナリ」ト仰セラレシカハ、其生母等ハ何レモ恐懼措ク所ヲ知ラス、無上ノ光栄ナリトテ感涙ニ咽ヒ合ヘリ
後チ又供奉女官ヲシテ普ク各病室ヲ慰問セシメラレ、且ツ各患者総数百五十四名ニ対シ御菓子料各一封ノ御下賜ヲ忝フセリ
午後三時還御、会長以下総会出席員全体ニ対シ、新宿御苑ニ於テ御茶菓ヲ賜ハル
総会出席人員弐百参拾名、其内訳左ノ如シ
  名誉会員 二名  理事    八名  評議員 十二名
  顧問   一名  医員   十五名  有功会員 一名
  終身会員 六名  正会員 九十一名  賛助会員 四名
  有志者  四名  接待員 八十六名
○下略


集会日時通知表 大正一三年(DK310001k-0028)
第31巻 p.19 ページ画像

集会日時通知表  大正一三年      (渋沢子爵家所蔵)
大正十三年六月二十日(金) 午前九時半 皇后陛下東京慈恵会ヘ行啓(同会) (シルクハツト)


東京慈恵会第十八報告 同会編 第三―一〇頁 (大正一四年)刊(DK310001k-0029)
第31巻 p.19-22 ページ画像

東京慈恵会第十八報告 同会編  第三―一〇頁 (大正一四年)刊
    第三 総会
大正十三年六月十八日宮内大臣ヨリ左ノ通牒ニ接ス
 皇后陛下来二十日午前十時三十分御出門、其会ヘ行啓可被為在旨被仰出
  追テ正午其会御出門、御還御ノ御予定ニ有之候
同月十九日皇后職ヘ左ノ調書ヲ提出ス
 一、拝謁人名書
 一、入院患者人名書
 一、行啓次第
 一、第十七報告書
 一、大正十二年度施療患者報告書
 一、同決算報告
 一、患者費用割合調
 一、患者食最近一週間献立表
同月二十日行啓次第
 一、午前十時三十分
  皇后陛下御出門
 一、午前十時三十分 職員・会員其他門内ニ整列奉迎
 一、臨御
  御車寄ニテ下御、総裁殿下・名誉会員・理事・評議員奉迎 会長
 - 第31巻 p.20 -ページ画像 
御先導、便殿ニ着御
 一、会長以下拝謁 拝謁ノトキ総裁殿下侍立ノコト
 一、有功会員及終身会員拝謁
 一、参会諸員着席
 一、午前十一時十分会場ヘ 臨御、会長御先導
 一、会長東京慈恵会第十七報告書ヲ奉呈ス
 一、副会長大正十二年度歳入歳出決算ヲ報告ス
 一、院長大正十二年度施療患者ノ報告ヲナス
 右畢テ
 一、便殿ヘ 入御、会長御先導
 一、午前十一時三十分病室御巡視、会長御先導
 右畢テ
 一、便殿ヘ 入御
 一、還御奉送 臨御ノ時ノ如シ
総会席上報告セル大正十二年度本会歳入歳出決算並同年度施療患者ニ関スル報告左ノ如シ
  歳入歳出決算報告
     歳入
 一、金拾壱万五千七拾六円八拾六銭
     歳出
 一、金七万千四百六拾七円四十三銭    本会並医院費
 一、金参拾七万参千五百八拾七円六拾弐銭 建築及備品費
 一、金弐万弐千六百九拾七円参拾六銭参厘 公債売却並貸家焼失ノタメ欠損
合計金四拾六万七千七百五拾弐円四拾壱銭参厘
右差引
 金参拾五万弐千六百七拾五円五拾五銭参厘 歳出超過金
     資産
 一、金百四拾七万九千四百六拾壱円壱銭  大正十一年度残高
 一、金参拾五万弐千六百七拾五円五拾五銭参厘 本年度減少高
 差引現在高
 金百拾弐万六千七百八拾五円四拾五銭七厘
  大正十二年度施療患者報告
一、本年度自四月一日至八月三十一日施療患者
 総計壱万七千八百九拾五人
    内訳
                一日平均在院 百三十三人強
  入院患者 八百十三人
                一人平均在院日数 二十五日強
  外来患者 壱万七千八拾弐人 一人平均受療日数 十三日強
  入院・外来合計拾六万参千九百拾五人 平均一日千七拾壱人強
一、明治十五年七月創立以降大正十二年八月ニ至ル四十一年四ケ月間ニ於ケル施療患者
 総計 百参万五千四百八拾弐人
 此施療日数 八百弐万千参百九拾弐日
皇后陛下ニハ、総会後徳川会長ノ御先導ニテ、各病室・外来患者診察所・手術室・分娩室・看護婦教育所等ヲ御巡視遊ハサル
 - 第31巻 p.21 -ページ画像 
病室内ハ高木院長御先導、恐レ多クモ一々患者ノ病床ニ臨マセラレ、院長ニ病状其他ノ御説明ヲ聞召サレ、夫々厚キ御言葉ヲ給ハリタリ、就中女室ニ於テハ当院看護婦武藤亮子盲腸炎ニテ入院セルヲ御覧アリテ、昨年震災ノ疲労ナラン大切ニセヨトノ仰セアリ、尚同室八十才ノ患者ニ御目ヲ止メサセラレ、皇后大夫ヲシテ何処ニテ震災ニ遭ヒシカ等ノ御下問アラセラレ、老婆ハ京橋ニ居住セシカ、火ニ追ハレ千葉県下ヘ逃レシト御答ヘ申上ケシニ
陛下ニハ御感深ク御首肯遊ハサレ、高齢ノモノナレハ充分注意セヨトノ御言葉ヲ給ハル
男室入口ノ廊下ニ於テ高木院長ニ御下問ノ御言葉ニ、此バラツクニテハ冬ニナツタラ患者ハサゾ寒カラウナ ト仰セラル、院長ハストウブノ設備ガアリマスト言上セシニ アヽソウデスカ ト仰セラル
男室ニ於テハ盲腸炎ニテ入院セシ吉田一二三ニ対シ、高木院長、此者ハ当院ノ小使ニテ、曩キニ宮内省救療班ニ於テ良ク働キシ者ナリト言上セシニ
陛下ニハ恐レ多クモ病床近ク御進ミアリテ、何日頃発病セシカ、何時入院セシカ、病名ハ何カ、何時手術ヲシテ其後ノ経過ハ如何ニト、細細御下問アラセラレ、早ク養生シテ慈恵医院ノ為メニ務ムル様ニト御言葉ヲ給ハリキ、吉田ハ感極マリテ、一時茫然トシテ感涙ニ咽ヒ合ヘリ
小児科室ニ於テハ、毛細気管支炎ノ患者稍々軽快ニ向ヘツヽアル稚児ノ病床ニ近ク御進ミアラセラレ、恐レ多クモ玉手ヲ延ハサレテ愛撫シ給ヘリ、傍ラニ在リシ母親ハ恐懼感極テ、滋雨枯草ニ及フノ有難キニ咽ヒタリ
産婦人科病室ニ於テハ五十四才ニテ卵巣嚢腫ノ患者平伏セルヲ御覧アラセラレ、顔ヲ上ケヨト仰セラレ、大切ニセヨトノ御言葉ヲ給ハリタリ、尚三人ノ初生児ニ対シ暫時玉歩ヲ止メサセラレ、分娩後幾日目トノ御下問アリ、可愛ラシイ可愛ラシイトノ御諚ヲ給ハリヌ
右了リテ便殿ニ入御、御休憩ノ際、当日患者ノ昼食ヲ御覧ニ供セシニ恐レ多クモ
陛下ニハ御箸ヲ採ラセラレ、正午過御機嫌麗ハシク還御アラセラル
前述ノ有様ヲ拝セシ職員・会員並患者ハ勿論、此事ヲ伝ヘ聞キタル人人ハ、御慈悲深キ大御心ヲ拝察シ、皆感涙ニ咽ヒ合ヘリ
当日ノ入院患者百四十名ニ対シ御菓子料一封御下賜アリシヲ以テ、御巡視ニ先チ実吉次長各患者ニ授与セリ、又職員外一同ニ対シテモ酒饌料ヲ賜ハリタリ
総会出席人員一五〇人、其内訳左ノ如シ
 総裁
   竹田宮故恒久王妃昌子内親王殿下
 名誉会員
   東伏見宮故依仁親王殿下
   久邇宮邦彦王妃殿下
   梨本宮守正王妃殿下
   李王世子妃殿下
 - 第31巻 p.22 -ページ画像 
   恒憲王妃殿下
 理事
         公爵 徳川家達       子爵 渋沢栄一
         侯爵 徳川頼倫          長崎省吾
         侯爵 蜂須賀正韶      侯爵 鍋島直映
         男爵 古河虎之助      男爵 高木喜寛
         男爵 森村開作          金杉英五郎
            実吉純郎
 顧問
         男爵 穂積陳重       男爵 三井八郎右衛門
         子爵 実吉安純
 商議医員
         子爵 石黒忠悳
 評議員
       伯爵夫人 東郷鉄子     子爵夫人 井上光子
       男爵夫人 穂積歌子     伯爵夫人 珍田岩子
       男爵夫人 大森齢子     公爵夫人 徳川泰子
       子爵夫人 実吉連子          長崎多恵子
       男爵夫人 三井苞子     侯爵夫人 山内禎子
       伯爵夫人 小笠原貞子    男爵夫人 高木島子
            早川里子  故子爵謙澄夫人 末松生子
   故子爵弥太郎夫人 三島兼子          周布貞子
            実吉綾子
 医員
       医学博士 新井春次郎    医学博士 加藤義夫
       同    松山陸郎     同    戸川篤夫
       医学士  中曾根吉次    医学士  鎌田清太郎
       同    小田部荘三郎   同    小島譲
       同    平松鶴吉
 右ノ外有功会員各会員有志者一〇三名
○下略


竜門雑誌 第四五四号・第一〇五頁 大正一五年七月 青淵先生動静大要(DK310001k-0030)
第31巻 p.22 ページ画像

竜門雑誌  第四五四号・第一〇五頁 大正一五年七月
    青淵先生動静大要
      六月中
○中略
十五日 東京慈恵会総会(同会) ○下略


東京慈恵会第二十報告 第九―一五頁 (昭和二年)刊(DK310001k-0031)
第31巻 p.22-25 ページ画像

東京慈恵会第二十報告  第九―一五頁 (昭和二年)刊
    第三 総会
大正十五年六月十四日宮内大臣ヨリ左ノ通牒ニ接ス
 皇后陛下明十五日午後一時三十分御出門、其会ヘ 行啓可被為在旨被仰出候
  追テ午後三時十分其会御出門、還御ノ御予定ニ有之候
 - 第31巻 p.23 -ページ画像 
○中略
同月十五日行啓次第
 一、午后一時三十分 皇后陛下御出門
 一、午后一時三十分職員・会員其他門内ニ整列奉迎
 一、臨御 御車寄ニ於テ下御
    総裁殿下・名誉会員・理事・評議員奉迎
    会長御先導、総裁殿下扈従、便殿ニ着御
 一、総裁殿下 名誉会員拝謁
 一、会長以下職員拝謁 拝謁ノトキ総裁殿下侍立ノコト
 一、有功会員及終身会員拝謁
 一、会員其他総会場ニ着席
 一、午后二時十分会場ヘ 臨御、会長御先導
 一、会長東京慈恵会第十九報告書ヲ奉呈ス
 一、副会長大正十四年度歳入歳出決算ヲ報告ス
 一、院長大正十四年度施療患者ノ報告ヲ為ス
右畢テ
 一、便殿ヘ入御 会長御先導
 一、午后二時三十分病室ヘ臨御、会長御先導
 右畢テ
 一、便殿ヘ入御
 一、還御奉送 臨御ノ時ニ同シ
総会席上ニ於テ報告セシ大正十四年度本会歳入歳出決算並同年度施療患者ニ関スル報告左ノ如シ
  歳入歳出決算報告
     歳入
 一、金拾壱万六千九拾参円八拾銭
     歳出
 一、金拾万七千参百四拾七円四拾七銭
 右収支差引
 金八千七百四拾六円参拾参銭      残高
     資産
 一、金百四拾壱万七千四百拾弐円参拾銭
      内
   金百拾六万四千七百拾円九拾七銭  大正十三年度迄ノ残高
   金八千七百四拾六円参拾参銭    大正十四年度残高
   金弐拾四万参千九百五拾五円    建物及備品価格
  施療患者報告
 一、本年度施療患者
   総計壱万九千参百八拾四人
      内
                   一日平均在院   百二十九
   入院患者 弐千百参拾六人
                   一日平均在院日数 二十二日強
   外来患者 壱万七千弐百四拾八人 一人平均受領日数 十九日
   入院・外来合計施療日数参拾七万五千八百参拾六日
                   一日平均千三十人
 - 第31巻 p.24 -ページ画像 
 一、明治十五年七月創立以降大正十五年三月ニ至ル四拾参年弐ケ月間ニ於ケル施療患者
   総計壱百五万弐千六百六拾六人
   此施療日数八百四拾八万九千四百六拾九日
皇后陛下ハ総会後 会長徳川公爵御先導、各病室・外来患者診察所等ヲ御巡視遊ハサル、病室内ハ高木院長御先導、恐レ多クモ一々患者ノ病床ニ臨マセラレ、院長及主任各部長ヨリ病状其他ノ御説明ヲ聞召サレ夫々厚キ御言葉ヲ給ハリタリ、就中女室ニ於テハ、整形外科設置後初メテノコトトテ、同部長片山博士ヨリ詳細言上申上ケ、並ニ手術前後ノ写真ヲ台覧ニ供シ奉リシニ、一々有難キ御諚ヲ給ハリ、唯々感泣ノ他ナカリキ
男室ニ玉歩ヲ進メサセラレシトキ、多クノ病メル人ノ上ニ冬ノ寒サヲ御思召サレテ
 冬期病室ノ温度ハ何度ハ何度位ニ昇リマスカト
御下問アリ、高木院長ハ六十度前後マテ昇リマスト言上ス、同室ニ於テ十四才ノ男子、幼少ノ折火傷シ下半身ニ非常ナル瘢痕アルヲ御覧遊バサレ
 可愛想ニ
トノ御言葉ヲ給ハリヌ、小児科病室ニ於テハ、難症ノ病児ニハ別ケテ細々ノ御下問アリ、同科部長戸川博士ヨリ病状等言上セシヲ聞召サレ
 養生セヨ
トノ有難キ御諚ヲ給ハリヌ、傍ラニ居リタル慈母ハ玉歩ヲ拝ミテ恐懼感涙ニ咽ヒ合ヘリ、産科、及婦人科病室ニ於テハ、同部長樋口博士ヨリ病名及手術方法・経過ヲ御説明申上ケタリ
正会員及賛助会員ハ廊下ニ整列シ、拝謁ノ光栄ニ浴シタリ
右了リテ便殿ニ入御、御休憩ノ後午後三時十五分御機嫌麗ハシク還御アラセラル
当日入院患者百五十六名ニ御菓子料金一封ヲ給ハリ、会員及職員ニハ新宿御苑ノ拝観ヲ許サレ、茶菓ヲ賜ハリタリ
総会出席人員百七十五名、其内訳左ノ如シ
 総裁
   竹田宮故恒久王妃昌子内親王殿下
 名誉会員
   東伏見宮故依仁親王妃殿下
   久邇宮邦彦王妃殿下
   梨本宮守正王妃殿下
 理事
         公爵  徳川家達       子爵  渋沢栄一
         侯爵  鍋島直映           長崎省吾
         男爵  古河虎之助      男爵  高木喜寛
         男爵  森村開作           金杉英五郎
             実吉純郎           大倉喜七郎
 顧問
         子爵  実吉安純       男爵  三井八郎右衛門
 - 第31巻 p.25 -ページ画像 
 評議員
       伯爵夫人  東郷鉄子     子爵夫人  井上光子
       伯爵夫人  珍田岩子     子爵夫人  実吉連子
             長崎多恵子          尾崎英子
       男爵夫人  三井苞子     伯爵夫人  寺島京子
       男爵夫人  小笠原貞子    男爵夫人  古河不二子
       男爵夫人  高木島子           早川里子
   故子爵弥太郎夫人  三島兼子  故男爵員規夫人  鮫島峰子
             周布貞子           金杉多喜子
             実吉綾子
 有功会員
             大谷嘉兵衛          樋口繁次
             高木百合子          神田鐳蔵
 終身会員
             秋山松蔵           日比谷もと
 医員
       医学博士  新井春次郎    医学博士  樋口繁次
       同     松山陽太郎    同     加藤義夫
       同     松山陸郎     同     戸川篤次
       同     村上俊泰     同     片山国幸
       同     高木慎      同     小田部荘三郎
       慈恵医学士 中曾根吉次    慈恵医学士 鎌田清太郎
 右ノ外会員有志者百二十四名
○下略


竜門雑誌 第四六六号・第一〇一頁 昭和二年七月 青淵先生動静大要(DK310001k-0032)
第31巻 p.25 ページ画像

竜門雑誌  第四六六号・第一〇一頁 昭和二年七月
    青淵先生動静大要
      六月中
○中略
廿一日 ○中略 慈恵会評議員会(同会) ○下略


やまと新聞 昭和二年六月一七日 慈恵会総会 伏見宮妃差遣(DK310001k-0033)
第31巻 p.25 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

竜門雑誌 第四九〇号・第七三頁 昭和四年七月 青淵先生動静大要(DK310001k-0034)
第31巻 p.25-26 ページ画像

竜門雑誌  第四九〇号・第七三頁 昭和四年七月
    青淵先生動静大要
      六月中
 - 第31巻 p.26 -ページ画像 
○中略
五日  東京慈恵会総会(憲法記念館)
○下略


竜門雑誌 第五〇一号・第八七頁 昭和五年六月 青淵先生動静大要(DK310001k-0035)
第31巻 p.26 ページ画像

竜門雑誌  第五〇一号・第八七頁 昭和五年六月
    青淵先生動静大要
      五月中
○中略
廿九日 東京慈恵会総会(華族会館)
○下略