デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
4節 保健団体及ビ医療施設
10款 財団法人泉橋慈善病院
■綱文

第31巻 p.130-142(DK310024k) ページ画像

大正8年4月11日(1919年)

是日栄一、当病院評議員副会長ニ選任セラレ、爾後屡々評議員会並ニ記念式或ハ産婆看護婦養成所卒業式等ニ出席ス。


■資料

財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日) 前付第四頁 刊(DK310024k-0001)
第31巻 p.130 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日)
                         前付第四頁 刊
    財団法人泉橋慈善病院沿革略
 明治三十九年、三井家ニ於テ時勢ニ鑑ミ、貧困ニシテ医薬ヲ得ルノ資ナキ病者ノ為メ施療ヲ為スノ目的ヲ以テ、市内ニ施療機関ヲ設クルノ急務ナルヲ認メ、金壱百万円ヲ寄附シテ財団法人組織ノ慈善病院ヲ設立スル事ニ決シ、同家総代男爵三井八郎右衛門氏ハ益田孝・土肥慶蔵・岡田和一郎・入沢達吉・朝吹英二、五氏ニ設立委員ヲ嘱託シ、同年十月財団法人三井慈善病院設立ノ認可ヲ得、地ヲ元大学第二医院跡即チ現在ノ地ニ卜シ直ニ建築ニ着手シ、同四十一年十二月工事竣成、同四十二年三月廿一日開院式ヲ挙ゲ、翌廿二日ヨリ一般患者ノ診療ヲ開始シタリ、其後二回ニ三井家ヨリ金弐拾五万円、後大正八年四月金百七拾五万円ノ寄附アリ、資本総額ヲ金参百万円トシ、同時ニ名ヲ財団法人泉橋慈善病院ト改ム、大正十四年十二月卅日三井家ヨリ更ニ金壱百万円ノ寄附アリテ、資本総額ヲ金四百万円トナセリ


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二〇頁 昭和六年一二月(DK310024k-0002)
第31巻 p.130 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調  竜門社編
               竜門雑誌第五一九号別刷・第二〇頁 昭和六年一二月
    大正年代
 年  月
 八  四 ―財団法人泉橋慈善病院評議員―昭和六・一一。大八・四、―〃評議員会副会長 ○下略


財団法人泉橋慈善病院第拾弐回報告 (自大正八年一月一日至同年十二月卅一日) 第七―一二頁 刊(DK310024k-0003)
第31巻 p.130-131 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾弐回報告 (自大正八年一月一日至同年十二月卅一日)
                        第七―一二頁 刊
 ○第三 寄附行為ノ変更、評議員会並役員ノ異動
    (二) 評議員会
○中略
○四月十一日開会、左ノ件ヲ可決ス
 一、評議員選任報告
 一、評議員会長及副会長互選ノ件
○中略
    (三) 役員ノ異動
○四月十一日 寄附行為第十五条・第十六条ノ規定ニ基キ、三井家総代男爵三井八郎右衛門氏ハ、左ノ諸氏ヲ増員トシテ新ニ評議員ニ選
 - 第31巻 p.131 -ページ画像 
任セラル
  侯爵井上勝之助 男爵渋沢栄一 医学博士田代義徳 三井源右衛門
 尚同日評議員会ニ於テ、評議員会長ニ侯爵井上勝之助氏ヲ、副会長ニ医学博士佐藤三吉・男爵渋沢栄一・男爵三井八郎右衛門三氏ヲ互選ス
○下略


青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年六月六日(DK310024k-0004)
第31巻 p.131 ページ画像

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編  昭和三年六月六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
    青淵先生と泉橋慈善病院 (泉橋慈善病院事務長の話)
渋沢子爵は、大正八年四月此病院の評議員に御就任になる迄は別に御関係はなかつたと思ひます。同年は病院の創立十週年になるのと、四月七日に今の皇太后陛下、当時の皇后陛下の行啓を仰いだので、之を記念して、三井家から従来の寄附金に更に百七十五万円の寄附があつて、病院の規模を拡張すると共に、組織を改正したのであります。即ち従前財団法人三井慈善病院と称して、三井家の所有でありましたのを、財団法人泉橋慈善病院と改名して、三井家の所有から切り離しました。そこで理財の道に長けて、而も三井家とは御親交のある渋沢子爵を評議員に御就任願つて、此慈善病院の監督を仰ぐ事になつたのだらうと思ひます。
    財団法人泉橋慈善病院
一、創立       明治卅九年十月三日
           創立と同時に財団法人の許可を受けたり
一、場所       東京市神田区和泉町壱番地
一、基本金      設立の際に於ける三井家総代男爵三井八郎右衛門よりの寄附金壱百万円、第二回の寄附金廿万円、第三回五万円、第四回百七十五万円、第五回壱百万円、合計四百万円を以て資産とし、其中土地、建物、器具等の設備費を支払ひ残額を以て維持基本金とす
一、創立委員     委員長 益田孝
           委員  医学博士 土肥慶蔵
               同    岡田和一郎
               同    入沢達吉
                    朝吹英二
一、青淵先生との関係 大正八年四月十一日評議員副会長に推され現在に至る
一、創立目的     汎く貧困なる病者の為め施療を為すを目的とす
○下略


渋沢栄一 日記 大正八年(DK310024k-0005)
第31巻 p.131 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年      (渋沢子爵家所蔵)
五月三十日 晴 暖
○上略
正午井上侯爵邸ニ抵リ、午飧会ニ出席ス、和泉橋病院ノ事ニ係リ三井ノ人々及医師数名ノ会合ナリ ○下略
 - 第31巻 p.132 -ページ画像 


財団法人泉橋慈善病院第拾弐回報告 (自大正八年一月一日至同年十二月卅一日) 第五一頁 刊(DK310024k-0006)
第31巻 p.132 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾弐回報告 (自大正八年一月一日至同年十二月卅一日)
                         第五一頁 刊
 ○第八 彙報
    (五) 雑事
○上略
○十月五日 評議員副会長男爵渋沢栄一氏ハ、本日ハ日曜ナレトモ東京市養育院幹事田中太郎氏・同医長医学博士碓居竜太氏外二氏ト共ニ午前九時来院、田代院長・木村副院長・船尾理事ヨリ事務ノ状況ヲ聴取セラレ、終テ院内隈ナク巡覧、正午帰邸セラル


集会日時通知表 大正九年(DK310024k-0007)
第31巻 p.132 ページ画像

集会日時通知表  大正九年        (渋沢子爵家所蔵)
四月七日(水) 午前十時 泉橋慈善病院記念会及賛助婦人会発会式(同院)


財団法人泉橋慈善病院第拾参回報告 (自大正九年一月一日至同年十二月卅一日) 第三三―三四頁 刊(DK310024k-0008)
第31巻 p.132 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾参回報告 (自大正九年一月一日至同年十二月卅一日)
                       第三三―三四頁 刊
 ○第七 彙報
    (二) 紀念会
○四月七日 午前十時ヨリ、本院ニ於テ左ノ順序ニヨリ 皇后陛下行啓紀念会ヲ行フ
 一、金剛石ノ歌
 二、評議員会長ノ挨拶(渋沢男爵)
 三、院務ノ報告
 四、十年勤続者表彰
 五、来賓祝辞(岡田博士)
 当日来賓、男爵渋沢栄一氏・佐藤三吉氏・男爵三井八郎右衛門氏・三井元之助氏・三井源右衛門氏・岡田和一郎氏・団琢磨氏・早川千吉郎氏・有賀長文氏・石川八十井氏・小室三吉氏・藤井市三郎氏・山田直矢氏夫人・米山梅吉氏夫人・山田文太郎氏夫人・田代義徳氏夫人・宮田哲雄氏夫人
 十年勤続者左ノ如シ
              薬剤員   布村繁造
              同     野沢順司
              看護婦取締 綿谷礼利
              門衛    丹羽久次郎


財団法人泉橋慈善病院第拾参回報告 (自大正九年一月一日至同年十二月卅一日) 附録第一・第一―三頁 刊(DK310024k-0009)
第31巻 p.132-133 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾参回報告 (自大正九年一月一日至同年十二月卅一日)
                     附録第一・第一―三頁 刊
    附属看護婦養成所報告 第五 (大正九年度)
○上略
    (二) 看護法講習生卒業式
○四月七日本院紀念日ヲ卜シ、午前九時ヨリ本院講堂ニ於テ左ノ順序ニ依リ第八回看護法講習生卒業証書授与式ヲ挙行セリ
 - 第31巻 p.133 -ページ画像 
   一、君が代
   二、看護婦養成所報告  (事務長)
   三、卒業証書授与    (院長)
   四、賞状授与      (院長)
   五、桐和会ノ賞品授与  (院長)
   六、院長訓辞
   七、来賓祝辞      (東京府知事〔代理〕)
   八、卒業生総代答辞   (橋村クニ)
   九、閉会
当日ノ来賓ハ、東京府知事代理・男爵渋沢栄一氏・医学博士佐藤三吉氏・男爵三井八郎右衛門氏・三井元之助氏・三井源右衛門氏・医学博士岡田和一郎氏・早川千吉郎氏・有賀長文氏・石川八十井氏・小室三吉氏・藤井市三郎氏・工学博士団琢磨氏夫人・山田直也氏夫人・米山梅吉氏夫人・山田文太郎氏夫人・医学博士田代義徳氏夫人・宮田哲雄氏夫人、其他卒業生父母保証人モ数名参列セラレタリ
東京府知事ノ祝詞左ノ如シ
 医療ノ効ハ看護ノ周到ヲ俟ツテ始メテ其完キヲ期スヘシ、泉橋慈善病院夙ニ貧窮患者ノ救療ニ尽スノ傍ラ、看護婦養成ノ必要ヲ認メ、施設ニ教養ニ意ヲ注クコト深ク、斯界ヲ裨益スルノ大ナル、世既ニ定評アル所以ナリ、玆ニ第八回卒業式ヲ挙行セラルヽヲ聞キ慶賀ノ至ニ堪エス、卒業者諸子今ヤ拮据勉学ノ功成リ此栄典ヲ荷フ、希クハ益健康ニ留意シ其術ヲ実地ニ施スト共ニ、博愛以テ病者ノ友タルニ努メラレンコトヲ、一言以テ祝辞トス
  大正九年四月七日
           東京府知事正三位勲一等 阿部浩


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK310024k-0010)
第31巻 p.133 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一〇年     (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 晴 寒
○上略 午飧後事務所ニ抵リ ○中略 団琢磨氏来リ、泉橋病院ノ事ヲ談ス ○下略
二月十日 晴 寒
○上略 午後三時泉橋慈善病院ニ抵リ、評議員会ニ列席ス ○下略
   ○中略。
四月七日 曇 軽寒
○上略 午前十時兼子ト同シク泉橋慈善病院ニ抵リ、紀念会ニ出席シテ、医員・職員・看護婦等ヘ一場ノ訓示ヲ兼タル祝詞ヲ述フ ○下略
   ○中略。
四月九日 晴 軽寒
○上略 午後六時半三井集会所ニ抵リ、泉橋慈善病院々長交迭ニ付其送迎会ヲ開キ食卓上慰労ノ詞ヲ述フ、食後種々ノ談アリ夜十時帰宅 ○下略


財団法人泉橋慈善病院第拾四回報告 (自大正十年一月一日至同年十二月卅一日) 第二頁 刊(DK310024k-0011)
第31巻 p.133-134 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾四回報告 (自大正十年一月一日至同年十二月卅一日)
                           第二頁 刊
 ○第二 評議員会並役員ノ異動
    (一) 評議員会
 - 第31巻 p.134 -ページ画像 
○二月十日開会、左ノ件ヲ議決ス
 一、大正九年度資産及業務ノ状況報告ノ件
 一、同剰余金処分ノ件
 一、大正十年度予算ニ関スル件
 一、東京市ノ委託ニ係ルトラホーム患者診療ノ件
 一、田代院長辞職、後任院長嘱託ノ件
 一、田代前院長ニ対スル謝意ノ件
○下略


財団法人泉橋慈善病院第拾四回報告 (自大正十年一月一日至同年十二月卅一日) 第三四―三五頁 刊(DK310024k-0012)
第31巻 p.134 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾四回報告 (自大正十年一月一日至同年十二月卅一日)
                       第三四―三五頁 刊
 ○第七 彙報
    (一) 記念式
○四月七日 午前十時ヨリ本院ニ於テ、左ノ順序ニヨリ記念式ヲ行フ
 一、君が代
 二、評議員会長及同副会長ノ挨拶(井上侯爵及渋沢子爵)
 三、新旧院長ノ挨拶
 四、十年勤続者表彰
 五、院歌
 当日来賓、侯爵井上勝之助氏・子爵渋沢栄一氏・男爵三井八郎右衛門氏・土肥慶蔵氏・三井元之助氏・田代義徳氏・石川八十井氏・藤井市三郎氏・船尾栄太郎氏・渡辺竹二郎氏・当間安太郎氏・矢吹慶輝氏・海野虎林氏
 賛助婦人会、井上末子氏・渋沢兼子氏・三井苞子氏・岡田徳子氏・団芳子氏・土肥多越子氏・三井暁子氏・三井栄子氏・三井広子氏・池田艶子氏・田代春子氏・木村益子氏・宮田つな子氏・市毛のぶ子氏
 右来賓ヨリ、昨六日浅草大火罹災者見舞金ヲ、醵出セラレタルヲ以テ、直ニ之ヲ時事新報社ニ送附シ、其取扱方ヲ依頼セリ
 十年勤続者左ノ如シ
           皮膚泌尿器科医長 井上成美
           小使       武藤金三郎


集会日時通知表 大正一二年(DK310024k-0013)
第31巻 p.134 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
四月七日(土) 午前十時 泉橋慈善病院ヘ御出向


財団法人泉橋慈善病院第拾六回報告 (自大正十二年一月一日至同年十二月卅一日) 第二七―二九頁 刊(DK310024k-0014)
第31巻 p.134-135 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾六回報告 (自大正十二年一月一日至同年十二月卅一日)
                       第二七―二九頁 刊
 ○第七 彙報
    (二) 記念式
○四月七日 午前十時ヨリ本院ニ於テ、左ノ順序ニヨリ記念式ヲ行フ
 一、君が代
 二、評議員会長ノ挨拶  副会長渋沢子爵
 三、院務ノ報告     院長
 - 第31巻 p.135 -ページ画像 
 四、来賓祝辞      社会局長官
                 (代読)
             東京府知事
 当日来賓、東京府知事代理佐々木梵成氏・社会局長官代理熊谷直三郎氏・姉崎正治氏・子爵渋沢栄一氏・男爵三井八郎右衛門氏・岡田和一郎氏・団琢磨氏・田代義徳氏・石川八十井氏・船尾栄太郎氏・有賀長文氏・藤井市三郎氏
 賛助婦人会、三井苞子氏・団芳子氏・田代春子氏
 社会局長官ノ祝辞左ノ如シ
 財団法人泉橋病院ハ我邦有数ノ救療事業タリ、其ノ明治四十二年ヲ以テ創立セラレテ以来、孜々トシテ病傷者救護ノ事ニ従ヒ、事業年ニ整備ヲ加ヘ、経営玆ニ十有五年、其ノ人生ノ幸福ニ資シ、社会奉仕ノ実ヲ挙ケラレタルノ功ヤ大ニ多トスヘク、創立者其ノ他関係諸氏ノ労ヤ洵ニ感謝ニ堪ヘサルナリ、念フニ斯種事業ハ、時運ノ進展ニ伴ヒ益々其ノ機能ノ発揮ヲ望ミテ已マス、冀クハ今後更ニ一段ノ精采ヲ加ヘテ事業ノ大成ヲ図リ、以テ社会ノ福祉ヲ増進セラレムコトヲ、本日記念ノ式ヲ挙ケラルヽニ方リ、一言嘱望スル所ヲ述ヘテ以テ祝辞ト為ス
  大正十二年四月七日      社会局長官 塚本清治
 東京府知事ノ祝辞左ノ如シ
 本日泉橋慈善病院記念ノ式典ヲ挙行セラル、洵ニ欣幸ニ堪ヘサルナリ
 惟フニ本院ハ創立以来既ニ十有五年ヲ閲シ、其ノ間設立者並当事者諸賢ノ意ヲ斯業ニ注クコト深ク、之ガ為メ多大ノ労ト巨万ノ資トヲ吝マズ、今ヤ輸奐宏壮ニシテ設備内容亦之ニ伴ヒ、施療機関トシテ完備セル事都下ニ多ク其ノ類ヲ見ズ、無告ノ病者救ハサルナク、其恩恵ニ浴シテ生ヲ全フセルモノ数フ可ラス、洵ニ社会ニ貢献スル所大ナリト謂フヘシ、希クハ益々奮励以テ隆盛ヲ期シ、窮民ノ福祉ヲ増進シ、永ク此ノ式典ノ繰リ返ヘサレン事ヲ、聊カ蕪辞ヲ述ベテ祝意ヲ表ス
  大正十二年四月七日     東京府知事 宇佐美勝夫


財団法人泉橋慈善病院第拾六回報告 (自大正十二年一月一日至同年十二月卅一日) 附録第一・第二―三頁 刊(DK310024k-0015)
第31巻 p.135-136 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾六回報告 (自大正十二年一月一日至同年十二月卅一日)
                     附録第一・第二―三頁 刊
    産婆看護婦養成所報告 第八 (大正十二年度)
○上略
      (三) 卒業式
○四月七日 午前十時本院記念式ニ次テ、左ノ順序ニ依リ、第三回産婆講習科及第三回看護法講習科卒業証書授与式ヲ挙行セリ
  一、金剛石の歌
  二、産婆看護婦養成所報告 (事務長)
  三、卒業証書授与     (所長)
  四、賛助婦人会ノ記念品授与(三井男爵夫人)
  五、無欠席者賞品授与   (所長)
  六、所長訓辞
 - 第31巻 p.136 -ページ画像 
  七、来賓祝辞       (東京府知事代理)
               (菊野フサヨ
  八、卒業生総代答辞
                藤本ヨシ)
 来賓ハ本院記念式ニ同シ
○下略


渋沢栄一 日記 大正一四年(DK310024k-0016)
第31巻 p.136 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月七日 曇 軽寒
○上略 和泉橋病院ノ諸計算書類一覧、捺印ヲ要スルモノ数通来ル、点検捺印シテ返却ス ○下略


竜門雑誌 第四五三号・第八一頁 大正一五年六月 青淵先生動静大要(DK310024k-0017)
第31巻 p.136 ページ画像

竜門雑誌  第四五三号・第八一頁 大正一五年六月
    青淵先生動静大要
      四月中
○中略
七日  ○中略 泉橋慈善病院卒業証書授与式並同院賛助婦人会総会(同院)


財団法人泉橋慈善病院第拾九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日) 第三〇―三三頁 刊(DK310024k-0018)
第31巻 p.136-137 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日)
                       第三〇―三三頁 刊
 ○第七 彙報
    (二) 記念式
○四月七日 午後二時ヨリ本院ニ於テ、左ノ順序ニヨリ記念式ヲ行フ
 一、君か代
 二、院務ノ報告    院長
 三、評議員会長ノ挨拶 副会長 渋沢子爵
 四、十年勤続者表彰
 五、来賓祝辞     社会局長官(代読)
 同          東京府知事(同右)
 同          東京市社会局長 同石)
 当日来賓ハ、社会局長官代理相田良雄氏・東京府知事代理小林正金氏・東京市社会局長代理室田寅雄氏・東京帝国大学教授文学博士辻善之助氏・東京朝日新聞・中外商業新報・東京医事新誌各社員、及家庭学校長代理諸氏ニシテ、評議員会副会長佐藤三吉氏、同子爵渋沢栄一氏・同男爵三井八郎右衛門氏、理事石川八十井氏・船尾栄太郎氏、監事藤井市三郎氏出席
 賛助婦人会副会長男爵夫人三井苞子氏・同常議員土肥多越子氏・同会員田代春子氏・木村益子氏・宮田つな子氏出席
 十年勤続者左ノ如シ
                雑務員 沢田清吉
                同   青山伝
                    篠原虎太郎
 社会局長官ノ祝辞左ノ如シ
 疾病ハ貧困ニ陥ル最モ一般的原因タルト共ニ、一面ニハ貧困ニ依テ疾病ノ増加ヲ来スコト甚タ多シ、故ニ貧困ヲ救ヒ社会福祉ノ増進ヲ
 - 第31巻 p.137 -ページ画像 
図ラムトスルニハ、救療事業ノ発達整備ヲ講スルヲ急務ナリト信ス泉橋慈善病院ハ我邦有数ノ施療病院ニシテ、最近一年間ノ療病数ハ外来患者三十三万・入院患者三万ノ多キニ及ヒ、病室常ニ満チ、医治ヲ求ムルモノ門外ニ溢ル、洵ニ盛ナリト謂フヘシ、其ノ此ノ如クナル所以ノモノハ、独リ要療患者ノ夥多ナルノミナラス、慈善病院トシテノ設備逐年整頓シ、国手ノ霊腕妙術ト看護取扱ノ懇切周匝トハ以テ患者ヲ満足セシムルモノアルニ因ラスンハアラス、其ノ功、其ノ労、邦家ノ為感謝ニ堪ヘス、希クハ益本院ノ機能ヲ発揮シ、以テ社会民人ノ福祉ヲ増進スルニ努メラレンコトヲ、本日ノ記念式ニ際シ一言以テ祝辞トス
  大正十五年四月七日     社会局長官 長岡隆一郎
 東京府知事ノ祝辞左ノ如シ
 社会事業ノ遂行スヘキモノ、之レヲ現代ノ世相ニ観テ多々考慮スヘキモノアリ、慈善療病ノ如キ、尤モ緊切留意セラルヘキノ要ナクムハアラス、泉橋慈善病院創設既ニ年アリ、本日ヲ以テ開院記念ノ式典ニ、併セテ講習科卒業証書授与式及賛助婦人会総会ヲ挙行セラル顧フニ本院ノ使命ハ、社会問題ヲ解決スヘキ重要ナル意義ノ達成ニ在リ、幾多ノ無告ノ患者ヲ救療シ、一面看護・助産婦ノ養成ニ当リ社会ノ福利ヲ増進スルニ資セルモノ、蓋シ尠少ニアラス、当局諸士本日ノ式典ニ方リ、益々其ノ使命ノ軽カラサル所以ヲ思ヒ、精励一層更ニ社会事業ノ上ニ寄与セラルル所アラムコトヲ庶幾シ、慶賀ノ余一言所懐ヲ陳シテ祝辞トス
  大正十五年四月七日     東京府知事 平塚広義
 東京市社会局長ノ祝辞左ノ如シ
 財団法人泉橋慈善病院本日第七回行啓記念日ヲ卜シ、祝典ヲ挙ゲラルルニ当リ、一言祝意ヲ表スルヲ得ルハ、余ノ洵ニ欣幸トスルトコロナリ
 本院ハ創立以来十有七年、年ト共ニ其内容ヲ充実シ、施設ヲ完備シ帝都ニ於ケル窮民救療機関トシテ、社会福祉ニ貢献スルトコロ頗ル大ナリ、之固ヨリ本事業ニ対スル世人ノ理解ニ負フモノアルベシト雖モ、偏ニ職員関係者各位ガ献身以テ其責務ニ尽瘁セラレタルニ因ラズンバアラズ
 刻下世相ノ推移ト財界ノ不況トニ伴ヒ、救療事業ノ活動ヲ要スル愈愈切ナルモノアルニ際シ、願クハ奮励以テ本事業ノ大使命ノ貫徹ニ努メラレンコトヲ
 一言以テ祝詞トス
  大正十五年四月七日   東京市社会局長 矢吹慶輝


財団法人泉橋慈善病院第十九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日) 附録第一・第二―三頁 刊(DK310024k-0019)
第31巻 p.137-138 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第十九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日)
                     附録第一・第二―三頁 刊
    産婆看護婦養成所報告 第十一 (大正十五昭和元年度)
○上略
     (三) 卒業式
○四月七日 午後二時本院記念式ニ次テ、左ノ順序ニ依リ、第六回産
 - 第31巻 p.138 -ページ画像 
婆講習科及第六回看護法講習科卒業証書授与式ヲ挙行セリ
  一、金剛石の歌
  二、産婆看護婦養成所報告  (事務長)
  三、卒業証書授与      (所長)
  四、賛助婦人会ノ記念品授与 (副会長三井男爵夫人)
  五、無欠席者賞品授与    (所長)
  六、所長訓示
                (細沼もと
  七、卒業生総代答辞
                 宮田ます)
 来賓ハ本院記念式ニ同シ
○下略


中外商業新報 第一四四〇九号 大正一五年四月八日 泉橋病院の記念式と看護婦・産婆科の卒業式 渋沢子の挨拶や辻博士の講演(DK310024k-0020)
第31巻 p.138 ページ画像

中外商業新報  第一四四〇九号 大正一五年四月八日
  泉橋病院の記念式と
    看護婦・産婆科の卒業式
      渋沢子の挨拶や辻博士の講演
花日和の七日午後二時から、泉橋慈善病院では記念式並に看護婦・産婆講習科の第六回卒業式があつた、定刻院長木村徳衛氏が、昨年中の取扱患者外来二十一万四千六百二十九名、入院千九百八十九名あつたなど、院務の報告あつてから、記念式に移り、副会長渋沢子の挨拶があつた、そして沢田清吉(四二)青山伝(三八)篠原虎太郎(四四)氏等十年勤続者の表彰授与、来賓側で平塚府知事や長岡内務省社会局長官・矢吹東京市社会局長などの祝辞代読の後、看護婦の卒業式があつて、産婆科では細沼もと子さん以下十三名、看護婦科では宮田ます子さん以下十四名の証書授与、続いて無欠席者の小林はる子・小山松枝・佐々木春枝さんの三名が、各々手文庫を賞品に貰つて式を閉ぢ、賛助婦人会の総会が開かれ、同席上では「国史に現れたる社会事業」といふ題下に辻善之助博士の講話があつて、五時近く閉会した


竜門雑誌 第四五八号・第八七―八八頁 大正一五年一一月 青淵先生動静大要(DK310024k-0021)
第31巻 p.138 ページ画像

竜門雑誌  第四五八号・第八七―八八頁 大正一五年一一月
    青淵先生動静大要
      十月中
○中略
廿七日 三井八郎右衛門氏寿像除幕式(泉橋慈善病院)


財団法人泉橋慈善病院第拾九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日) 第三三―第三四頁 刊(DK310024k-0022)
第31巻 p.138-139 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第拾九回報告 (自大正十五年一月一日至昭和元年十二月卅一日)
                      第三三―第三四頁 刊
 ○第七 彙報
    (三) 三井男爵寿像除幕式
○十月廿七日 午后三時ヨリ本院ニ於テ、左ノ順序ニヨリ三井男爵寿像除幕式ヲ挙行ス
 一、君か代
 二、発起人総代報告及挨拶 院長    木村徳衛氏
 三、除幕        三井男爵令嬢 祥子氏
 四、院歌
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 五、泉橋慈善病院理事挨拶 理事    有賀長文氏
              東京帝国大学
 六、来賓祝辞             林春雄氏
              医学部長
   同          子爵    渋沢栄一氏
   祝電(朗読)           井上侯爵・同令夫人其他
 七、三井男爵挨拶
 出席者、三井男爵・同令夫人・同令嬢、評議員副会長渋沢子爵、外約三百五十名


中外商業新報 第一四六一二号 大正一五年一〇月二八日 高徳を慕ひ三井男の寿像 泉橋病院講堂に建つ きのふ盛大な除幕式(DK310024k-0023)
第31巻 p.139 ページ画像

中外商業新報  第一四六一二号 大正一五年一〇月二八日
  高徳を慕ひ三井男の寿像
    泉橋病院講堂に建つ
      きのふ盛大な除幕式
神田区和泉町の泉橋慈善病院は、今を去る廿年前三井家が細民を病苦から
 救済す るを目的で寄附した一百万円に依つて設立されたもので、其後数回の寄附を加へ、現在では四百万円の資金を持ち、施療救済延人員実に五百六十九万三千七百六十三人といふ素張らしい成績を上げ、また一面には同院養成の医師及び研究生・講習生等三千八百八名(日本全医師約四万に対し一割に近い)
の医事関係者を出して
 医学界 にも尠からぬ貢献をしてゐるが、今度同院関係の医師・薬剤師・看護婦及び小使その他の人が三井家の徳を慕つて、折も丁度本年が三井八郎右衛門男の古稀寿齢に当るのを機会に、同男の寿像を作る事を決議し、零砕な金を出し合つて四千円を作り、彫刻家武石弘三氏に依頼し、八月初旬から着手されたが、高さ一メートル八〇の銅製
 胸像は 数日前美事に完成した、次で高さ一メートル三六、ルネサンスに東洋趣味を取入れた台座は、早大教授工学士吉田享二氏が引き受けて落成したので、院内講堂の正面に建築して廿七日午後三時その除幕式を挙行した、実業家・学者その他各方面の名士多数参列、定刻君が代の合唱あつて、院長木村博士が発起人総代の報告挨拶をなし、同院理事長有賀長文氏受納の辞あつて後、式場真中に設けた浅黄に白の段だら幕に被はれた寿像の
 除幕は 令嬢祥子さんの細引きに依つて行はれた、折から黄菊の香ひ高く薫る講堂に茜さす色美くしくさし込んで、寿像の面は生けるが如く映える、やがてリズミカルなピアノの音と共に、四十名の白衣の看護婦は「仁を説かざる願なく……」の院歌をもつて永久の功績を讚へた、帝大医学部長の林博士の来賓挨拶に次いで渋沢子の「陰徳あれば陽報あり」の祝辞、三井男の鄭重な
 謝辞で 式は閉ぢられた、彫刻家武石氏は語る
 「急の事で二ケ月で出来上りました、丁度暑い盛りでしたが、男爵は私たちの様なむさくるしいアトリエまで十回程通うて、光線を生命とする芸術家を理解して下さいました事は、私を大変緊張させ、スラスラと快い気持ちで作り上げさせました」

 - 第31巻 p.140 -ページ画像 

竜門雑誌 第四六四号・第六七頁 昭和二年五月 青淵先生動静大要(DK310024k-0024)
第31巻 p.140 ページ画像

竜門雑誌  第四六四号・第六七頁 昭和二年五月
    青淵先生動静大要
      四月中
○中略
七日  泉橋慈善病院看護婦卒業証書授与式及賛助婦人会総会(同院)


財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日) 第三一―三二頁 刊(DK310024k-0025)
第31巻 p.140 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日)
                       第三一―三二頁 刊
 ○第七 彙報
    (二) 記念式
○四月七日 午後二時ヨリ本院ニ於テ左ノ順序ニヨリ記念式ヲ行フ
 一、君か代
 二、院務ノ報告    院長
 三、評議員会長ノ挨拶 副会長 渋沢子爵
 四、十年勤続者表彰
 五、来賓祝辞     社会局長官(代読)
 同          東京府知事(同右)
 同          東京市社会局長(同右)
 当日来賓ハ、社会局長官代理相田良雄氏・東京府知事代理軽部修伯氏・東京市社会局長代理早田正雄氏ニシテ、評議員会副会長佐藤三吉氏・同子爵渋沢栄一氏、理事有賀長文氏、船尾栄太郎氏・監事藤井市三郎氏出席
 賛助婦人会幹事岡田徳子氏・三井ゑい子氏・南条敬子氏・安川タイ子出席
 十年勤続者左ノ如シ
                雑務員 松村好次
○下略


財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日) 附録第一・第二―三頁 刊(DK310024k-0026)
第31巻 p.140 ページ画像

財団法人泉橋慈善病院第弐拾回報告 (自昭和二年一月一日至同年十二月卅一日)
                     附録第一・第二―三頁 刊
    ○産婆看護婦養成所報告 第十二 (昭和二年度)
○上略
    (三) 卒業式
○四月七日 午後二時本院記念式ニ次テ、左ノ順序ニ依リ第七回産婆講習科及第七回看護法講習科卒業証書授与式ヲ挙行セリ
 一、金剛石の歌
 二、産婆看護婦養成所報告  (事務長)
 三、卒業証書授与      (所長)
 四、賛助婦人会ノ記念品授与 (賛助婦人会岡田幹事)
 五、無欠席者賞品授与    (所長)
 六、所長訓辞
               (伊藤ヤス
 七、卒業生総代答辞
                伊藤美代子)
来賓ハ本院記念式ニ同シ
○下略
 - 第31巻 p.141 -ページ画像 


中外商業新報 第一四七七三号 昭和二年四月八日 きのふ泉橋病院の第八回の記念式 看護婦産婆科の卒業式や永年勤続者の表彰(DK310024k-0027)
第31巻 p.141 ページ画像

中外商業新報  第一四七七三号 昭和二年四月八日
    きのふ泉橋病院の第八回の記念式
      看護婦産婆科の卒業式や永年勤続者の表彰
神田区和泉町にある財団法人泉橋慈善病院では、去る大正八年皇太后陛下が皇后宮にましませし当時畏くも行啓遊ばされた日を以て、同院
 記念日 としてゐるが、七日は恰もその第八回記念日に相当し、午後二時から院内大講堂で盛大な記念式を催した、当日は雨もよひの空であつたが、創立者三井男爵をはじめ、佐藤三吉博士外知名の士続々と参集し、数百名の来賓で、広い式場にあふるゝ盛況――定刻院長木村博士の挨拶に式は始まり、同院評議員会長井上侯爵に代つて同副会長渋沢子爵の演説に次で、長岡内務省社会局長官・平塚東京府知事・御厨東京市社会局長等の祝辞があつた後
 引続き 第七回看護婦産婆講習卒業証書授与式及び同院賛助婦人会総会をも挙行せられ、席上田代博士の演説あり、同院十年以上勤続者の表彰式を行ひ、盛会裡に同四時散会した



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治四四年(DK310024k-0028)
第31巻 p.141 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 晴 寒
○上略 午後一時三井慈善病院ニ抵ル、閑院宮御来観アリ ○下略



〔参考〕財団法人三井慈善病院第拾回報告 (自大正六年一月一日至同年十二月卅一日) 第三九頁 刊(DK310024k-0029)
第31巻 p.141 ページ画像

財団法人三井慈善病院第拾回報告 (自大正六年一月一日至同年十二月卅一日)
                         第三九頁 刊
 ○第八 雑件
    (三) 雑事
○上略
○拾弐月十九日、去月開催ノ中央慈善協会総会並ニ全国救済事業大会ニ関シ、尽力少カラザルモノアリトテ、同協会長男爵渋沢栄一氏ヨリ鄭重ナル謝状ニ、菓子一折ヲ添ヘ贈与セラル



〔参考〕新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第一三巻・第五一一頁 昭和一一年五月刊(DK310024k-0030)
第31巻 p.141 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第一三巻・第五一一頁 昭和一一年五月刊
    三井慈善病院
      百万円ポンと投出す
〔一二・五 ○明治四一年東朝〕 東京市では数年前から市営の施療院を建てる計画で、去三十六年三井から基本金として十万円の寄附を受けたが、財政困難の為めに其儘放つたらかして今日に及んだ。
△愈々建設 処が三井では東京市が何時迄もグヅグヅして居るのを憤慨して、新に百万円の資金を投じ、先年焼けた第二病院の跡に三井慈善病院を建設することゝし、既に建築も竣工することになつたので、市の方でも黙つて居る訳には行かず、且つ近来貧民施療の必要を痛切に認めたので、いよいよ東京市施療院を建設することゝし、目下其設計中である。



〔参考〕新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第一四巻・第六〇頁 昭和一一年六月刊(DK310024k-0031)
第31巻 p.141-142 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第一四巻・第六〇頁 昭和一一年六月刊
 - 第31巻 p.142 -ページ画像 
    三井慈善病院=開院
〔三・二〇 ○明治四二年東朝〕 院長は田代医学博土 ○神田の和泉橋へ建築中の三井慈善病院は、昨年十二月外部の工事を竣り、本年へ入てから内部の設備に取懸り、略ぼ竣工したので、来廿二日の春季皇霊祭を卜して治療に着手することゝ成たが、追て警視庁の認可を得次第、入院患者を取扱ふことにする相だ。〔下略〕