デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
1節 外遊
1款 渡米実業団
■綱文

第32巻 p.456-459(DK320020k) ページ画像

明治43年1月10日(1910年)

是日並ニ三月二十八日、渡米実業団残務整理委員会開催セラレ、栄一出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK320020k-0001)
第32巻 p.456 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四三年   (渋沢子爵家所蔵)
三月二十八日 小雨 軽暖
○上略 午後一時半商業会議所ニ抵リ、渡米実業団雑務委員会《(残)》ニ出席シ、要件ヲ議決ス○下略
  ○一月十日ノ日記ヲ欠ク。


竜門雑誌 第二六〇号・第四八―四九頁明治四三年一月 ○渡米実業団残務整理委員会(第一回)(DK320020k-0002)
第32巻 p.456 ページ画像

竜門雑誌  第二六〇号・第四八―四九頁明治四三年一月
    ○渡米実業団残務整理委員会(第一回)
一月十日午前十一時より東京商業会議所に於て第一回実業団残務整理委員会を開催せり、出席者は青淵先生を始めとし、土居通夫・大谷嘉兵衛・松方幸次郎・上遠野富之助・日比谷平左衛門・佐竹作太郎・根津嘉一郎・岩原謙三・水野総領事・巌谷季雄・加藤辰弥の諸君にして会議に先だち青淵先生より、兼ねて宮内大臣へ伝献の儀を願ひ出でたる太平洋聯合商業会議所よりの金製ダイヤモンド入徽章及び合衆国造幣局よりの金牌献納に就ては、此程岩倉宮内大臣より畏き辺に進達されしに、殊の外御満足に思召めさせられ、先方へ然るべく伝達あるベしとの御諚あらせられし旨、本月五日附を以て御沙汰ありたる旨の報告あり、次で左の事項を決議したり
一 紀念写真帖印刷の件
  団員一同及旅行中随伴の米国委員の写真を集めたるもの
  装釘等は美術的なるを要し、調製方は特別委員附託
一 団誌の件
  実業団出発前より帰朝後に至る団に関する凡ての記事約五百頁
一 感謝状の件
  特に意匠を凝せる絹地織出しの見事なるもの
  謝状には団員自署す(但し正賓・専門家に限る)自署者には一葉宛配布す
一 謝礼紀念品の件
  特に意匠をこらせる銀製の盛花鉢
一 残務執行方法の件
  相談役を渋沢男爵に、委員長を中野氏に、残務主任を水野氏に、編輯主任を巌谷氏に、庶務会計を加藤氏に嘱託して残務執行の事
一 委員会の件
  自今委員会は事件のある毎に委員長随時に召集す、但し出席者の多少に拘らず開催する事


渡米実業団誌 同団残務整理委員編 第六二三―六二九頁明治四三年一〇月刊(DK320020k-0003)
第32巻 p.456-458 ページ画像

渡米実業団誌 同団残務整理委員編  第六二三―六二九頁明治四三年一〇月刊
 ○第三編 報告
 - 第32巻 p.457 -ページ画像 
    第十章 残務整理
昨年十二月十六日、米国より帰朝の途、地洋丸船中に於ける総会開催の結果、解団後残務整理の為め、東京正賓・各地商業会議所会頭(但し名古屋は副会頭)等を委員に挙げ、米国各地に於ける商業団体、其他米国官民にして、実業団の為めに斡旋の労をとられたる向に、夫々表謝の事。本団の訪米顛末を周く世に知らしめ、且つ永く記録として参考に資せん為めに、団誌を編纂する事。及び解団式後本団に関する各種の残務を整理する事等を委任し、是等に要する種々の費用は、正賓及び専門家の寄附になる資金を以て、之れが費途に充る事等を議決せり。
   第一回委員会
斯くて帰朝後、第一回委員会を明治四十三年一月十一日《(マヽ)》、東京商業会議所内に開く。当日の出席者左の如し。
  渋沢男爵・土居通夫・大谷嘉兵衛・松方幸次郎・上遠野富之助・日比谷平左衛門・根津嘉一郎・岩原謙三、外に水野幸吉・巌谷季雄・加藤辰弥
当日事故の為め欠席せるは左の如し。
  中野武営・西村治兵衛
此第一回委員会に於て決定せる事項左の如し。
一、団誌編纂 実業団の出発前より帰朝後に至る間の、本団に関する詳細なる記事を編纂し(約七百頁)之れを団員及び本団に関係ある当局・会議所・新聞通信社・図書館其他へ配布し、周く世人をして本団の行動を知らしむる事。
一、感謝状  米国各地の商業会議所・学校・工場、其他の団体にして、本団の為めに斡旋尽瘁せる向に贈与すべき感謝状は、京都高島屋見本に憑り、之れに日米両国に因める意匠を凝らしたる、横二尺・縦三尺の西陣織額地を製作し、感謝文は、渋沢男の手になりたる揮毫を其儘織出し、尚ほ正賓・専門家の自署を悉く織出せるものとす。(巻頭所載)
一、記念品  接伴委員長ローマン氏始め、終始本団に随伴せし、各地商業会議所代表者・政府派遣委員・各商業会議所書記長・各地鉄道会社代表者・在米帝国臨時大使・総領事・領事及び名誉領事等にして、間接直接、本団の行動に対し、援助又は斡旋の労をとられたる向に贈呈すべき銀器紀念品は、東京多聞店主益田英作氏に之れが製作を依頼する事、而して其意匠は四千年前周の時代に於て祭祀の際用ひし彜の形を採り、之れを純銀にて製作し、一号より四号迄の種類を作り、外に五・六号の花瓶を作り、併せて六種類とし、尽力斡旋の多少により、之れを贈呈する事。(同上)
一、紀念写真帳 実業団の一行及び随員、米国接待委員等の小照を集めて印刷し、之れを団員・接伴員及び関係会議所へ配布する事。
 - 第32巻 p.458 -ページ画像 
而して以上各種の残務整理の為め、渋沢男爵を相談役とし、委員長を中野武営氏、残務整理主任を総領事水野幸吉氏、編輯主任を巌谷季雄氏、庶務会計を加藤辰弥氏に夫々嘱託する事とし、委員会は事件のある毎に、委員長随時之れを召集して、出席者の多少に不拘開催する事とし、爾来各委員は着々其整理に従事せり。
   第二回委員会
残務整理主任水野総領事は、帰朝以来其整理に鞅掌せしが、其整理も略ば進捗せしを以て、愈々四月六日出帆の地洋丸にて、紐育へ帰任の途に上るに付き、明治四十三年三月二十八日、東京商業会議所内に、第二回委員会を開催す。当日の出席者左の如し。
   渋沢男爵・中野武営・大谷嘉兵衛・日比谷平左衛門・佐竹作太郎・岩原謙三・根津嘉一郎・水野幸吉・巌谷季雄・加藤辰弥
欠席者
   土居通夫・西村治兵衛・松方幸次郎・上遠野富之助
午後二時開会、中野委員長開会の主旨を述べ、残務整理の現況に付ては各主任より左の如く各々報告ありたり。
渡米実業団誌 巌谷主任は原稿六百余頁を示して、編纂の状況を説明し、印刷は之れを東京商業会議所副会頭大橋新太郎氏の好意により、同氏の経営せる博文館印刷所に於て担当する事に決し、印刷製本出来の上は、団員其他へ配布し、残余は之れを博文館にて売捌き、収益ありたる時は、不足予備費に繰込む事に協議決定せり。
感謝状 水野主任前述意匠により、高島屋にて製織せる見本感謝状を示して説明し、一同の批評を乞ひ、一同満足の意を表したり。尚ほ右感謝状は署名者に一枚宛無代にて配布の手筈なりしも、経費の都合上之れを許さず、実費を以て之れを分つ事とせり。
紀念品 水野主任は多聞店の製作に係る一号より六号迄の銀製紀念品を示して説明あり、一同の批評を乞ひしに、満場異議なく決定す。
其他紀念写真帳は目下製本中なれば、数日中に出来、配布の運びに至るべしと報告をなせり。斯くて第二回委員会の閉会を告ぐ。
帰朝以来残務整理主任として、種々斡旋の労をとりたる水野幸吉氏は其整理の進捗と共に帰任を急ぎ、夫人・令息・令嬢と共に、四月六日横浜出帆地洋丸に便乗せるに依り、渋沢男・同夫人・神田男・同夫人・中野・大谷・佐竹・日比谷・根津・岩原・左右田其他多くの団員諸氏は、新橋或は横浜埠頭まで之を見送れり。


東京日日新聞 第一一八八七号明治四三年一月一一日 渡米実業団残務 記念品贈呈に決す(DK320020k-0004)
第32巻 p.458-459 ページ画像

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