デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.473-476(DK330040k) ページ画像

大正6年10月4日(1917年)

是日、当委員会、アメリカ合衆国ニ特派セラルベ
 - 第33巻 p.474 -ページ画像 
キ帝国政府財政経済委員長男爵目賀田種太郎及ビ其一行ヲ、日本橋倶楽部ニ招待シテ送別晩餐会ヲ開ク。栄一出席シテ送別ノ辞ヲ述ブ。尚是ヨリ先九月十日、栄一飛鳥山邸ニ送別午餐会ヲ開ク。十月二日日米協会主催送別晩餐会東京銀行倶楽部ニ開カレ、栄一出席シテ送辞ヲ述ブ。十月三日内閣総理大臣寺内正毅主催送別晩餐会、其官邸ニ開カレ栄一出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正六年(DK330040k-0001)
第33巻 p.474 ページ画像

集会日時通知表 大正六年         (渋沢子爵家所蔵)
九月十日 月 午前十時 目賀田男送別会(飛鳥山邸)


(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正六年(DK330040k-0002)
第33巻 p.474 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正六年
                     (阪谷子爵家所蔵)
  六、九、一〇 王子渋沢邸、目賀田男渡米ニ付会談ス


竜門雑誌 第三五三号・第一二二頁大正六年一〇月 目賀田遣米特派委員長一行送別会(DK330040k-0003)
第33巻 p.474 ページ画像

竜門雑誌 第三五三号・第一二二頁大正六年一〇月
○目賀田遣米特派委員長一行送別会 青淵先生が常務委員として尽力せらるゝ日米関係委員会にては、十月四日、日本橋倶楽部に於て今回米国に特派せらるゝ帝国政府財政経済委員長目賀田男爵、及其一行諸氏の為め送別会を催して其行を祝せるが、賓客は目賀田男爵を始め、杉本脩・坂口武之助・伊藤文吉・菱田静治の一行諸氏、又主人側として青淵先生を始め、阪谷・瓜生の各男、中野武営・添田寿一・池田謙三・村井吉兵衛・服部金太郎の諸氏等都合十三名の出席あり、席上青淵先生の送別の辞、並に之に対する目賀田男爵の答辞あり、主客一同胸襟を開きて日米の関係に就き快談したる由なるが、尚ほ余興としては講談手踊等ありしと云ふ。因に同月二日日米協会に於ても目賀田男等一行の送別会を銀行倶楽部に開催したるが、当夜は主客共百余名の盛会にて、金子会長・本野外相・米国代理大使ホイラー氏並に青淵先生・添田博士の送辞あり、目賀田男爵之に対する謝辞等ありて、主客和楽の裡に散会したる由。


中外商業新報 第一一三一五号大正六年一〇月四日 ○遣米委員招待(DK330040k-0004)
第33巻 p.474-475 ページ画像

中外商業新報 第一一三一五号大正六年一〇月四日
    ○遣米委員招待
寺内首相は、近く米国に特派せらるべき特派経済委員長目賀田男以下委員一同を、三日午後六時より首相官邸に招待し送別の晩餐会を開きたるが、尚ほ陪賓として左の諸氏出席せり
本野・後藤・勝田・仲小路・大島・加藤各相、幣原・市来・上山・内田各次官、金子・三島両子、渋沢・三井(八郎右衛門)・大倉・阪谷・郷各男、井上準之助・志村源太郎・志立鉄次郎・桜井鉄太郎・池田謙三・佐々木勇之助・松方巌・早川千吉郎・串田万蔵・安田善三郎・藤山雷太・浅野総一郎・末延道成・各務謙吉・団琢磨・古市公威・倉知鉄吉・村井吉兵衛・新井領一郎・森村開作・水町袈裟六(以上東京)、
 - 第33巻 p.475 -ページ画像 
茂木総兵衛・大谷嘉兵衛(横浜)、住友男・中橋徳五郎・島徳蔵・広岡恵三(以上大阪)、田村新吉・山下亀三郎・山本唯三郎・江口定条(以上神戸)諸氏


中外商業新報 第一一三一六号大正六年一〇月五日 ○寺内首相演説 目賀田男送別会席上(DK330040k-0005)
第33巻 p.475-476 ページ画像

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