デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.16

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.183-231(DK340025k) ページ画像

大正13年4月21日(1924年)

曩ニアメリカ合衆国下院ヲ通過シタル一九二四年移民法ハ、四月十五日又上院ヲ通過ス。栄一其前後ニ亘り焦心奔走シ、特ニニュー・ヨーク及ビサン・フランシスコノ米日関係委員会ト呼応シテ、其成法阻止ニ力ム。十九日栄一、外務大臣男爵松井慶四郎、合衆国特命全権大使サイラス・イー・ウッズト会見シ、後チ東京銀行倶楽部ニ於ケル当委員会ニ臨ミテ協議シ、是日、合衆国ノ知人ニ対シ其尽力ヲ電請ス。


■資料

東京朝日新聞 第一三六〇三号 大正一三年四月一七日 排日移民案 果然上院を通過(DK340025k-0001)
第34巻 p.183 ページ画像

東京朝日新聞  第一三六〇三号 大正一三年四月一七日
    排日移民案
      果然上院を通過
〔華盛頓国際十五日午後一時発〕米国上院は日本人排斥条項を含む移民法案修正案(即ちシヨートリッヂ修正案)を可決した


日米外交史 川島伊佐美著 第七〇五―七〇六頁 昭和七年二月刊(DK340025k-0002)
第34巻 p.183 ページ画像

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集会日時通知表 大正一三年(DK340025k-0003)
第34巻 p.184 ページ画像

集会日時通知表  大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
四月十九日 土 十二時頃 外務省ニ御出向
        午後三時 米国大使館ヲ御訪問(同大使館)
        午後五時 日米関係委員会協議員会(銀行クラブ)


日米関係委員会往復書類 (一)(DK340025k-0004)
第34巻 p.184 ページ画像

日米関係委員会往復書類 (一)      (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓時下益御清適奉賀候、然ハ最近ノ日米問題ニ関シ篤ト御協議申上度ト存候間御多忙中恐縮ニ存候ヘ共、万障御差繰リ来ル十九日午後五時東京銀行倶楽部ヘ尊来被成下度、此段御案内申上候 敬具
  大正十三年四月十六日    日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
                 同    藤山雷太
    委員各位
     追テ御諾否折返御回示願上候


日米関係委員会集会記事摘要(DK340025k-0005)
第34巻 p.184-186 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要        (渋沢子爵家所蔵)
 日米関係委員会、大正十三年四月十九日午後五時、於銀行倶楽部
  出席者
  渋沢子爵・金子子爵・大倉男爵・大谷嘉兵衛氏・小野英二郎氏・添田寿一氏・頭本元貞氏・山田三良氏・山科礼蔵氏・藤山雷太氏・江口定条氏・浅野総一郎氏 幹事 服部氏・増田氏・小畑氏
  賓客 神崎驥一氏
渋沢子爵坐長ニ着席、大略左記ノ如ク本会ノ取扱事務経過ヲ報告ス
 米国土地法ニ関スル大審院判決ノ際、本会ハ高等聯合委員設置ノ必要ヲ説キタルモ遂ニ成立ニ至ラス、其後ウツヅ大使ニ謀リタルガ、大使ハ同意ナリシモ暫ク時機ヲ待ツベシトノコトナリシカバ、一時其主張ヲ緩メタルガ、昨年ギユリツク博士ノ意見ニ依リステートメントヲ作成シテ米国有識者ニ配布シテ、米国ノ之ニ対スル輿論ヲ確カメント試ミタリ
 然ルニ其後米国下院ニジヨンソンノ排民移民法案《(日)》ノ提出アリ、金子子爵大ニ憂ヘ米国滞在中ナルウツヅ大使ニ電報ヲ発シ、高等委員設置ノ提案ヲ試ミタルガ実現スルニ至ラス、次テ阪谷男爵ハ昨年ノ我震災ニ対スル米国民ノ同情ニ感謝ノ意味ニテ、我国民ノ代表者ヲ派遣シテ彼地ノ有力者ト内談セシムル策如何トノ提議アリ、我々ハ之ニ対シ種々協議ノ上、金子子爵ニ之ヲ嘱スルヲ最モ至当ト決定シテ外務大臣(松井男爵)ニ稟議シタルニ、大臣ハ略同意ヲ表シ、乍併官吏ヲ派遣スルハ面白カラサレハ、寧ロ渋沢ニデモ命ジタキカノ如キ談話アリシカ、其後同大臣ヨリ阪谷・団及渋沢ニ出頭ヲ命シ、代表者派遣ノ件ハ、目下ノ華府ニ於ケル政況ヨリ推考シテ、却テ反対者ヲ激昂セシムル恐アルニ付見合ハサレタシト埴原大使ヨリ電報アリタレハ政府ハ之ヲ中止スト申渡サレタリ、然ルニ其後ノ形勢ハ諸君御承知ノ如ク悲憤ニ耐ヘサル排日移民法ノ通過ヲ見ルニ至レリ、
 - 第34巻 p.185 -ページ画像 
如此形勢ニ迄陥ルベシトハ予期セサル処ニシテ、過日シヤトル市ノシヤンク氏ノ来邦ヲ機トシテ意見ヲ交換シ、又同行ノフランクリン氏ニモ胸襟ヲ披ラキテ談シ種々尽力ヲ請フ所アリシナリ
以上ノ報告ヲ為シタル後、座長ハ本会トシテ将来如何ナル方針ヲ取ルベキ哉、篤ト諸君ノ賢慮ヲ伺ヒタシト諮リタリ
金子子爵 先キニ松井大臣ハ予ニ代表者ヲ派遣スルコトハ閣議ニテ決定シタリト書面ヲ以テ通知シタルガ、後埴原大使ノ申出ニ依リ閣議ニテ決定シタルモノ変更スルトハ甚タ不都合ナリ
藤山雷太氏 代表者派遣ノコトハ本会ヨリ頭本元貞氏ヲ派遣スルコトニ内定シタル次第ナリシカ、外務大臣ハ之ヲモ賛成セサリシヤ
渋沢座長 予ハ頭本氏ト指名セス、一人代表者ヲ出スコトヽシテ大臣ニ談シタル次第ナルガ、閣議ニテ一人代表者ヲ出スコトヽ決シタルナリ
大倉男爵 渋沢子爵ノ米国ニ対スル尽力ハ容易ニアラス、明治十二年グラント将軍ノ歓迎以来、不断私財ト時間トヲ費シ今日ニ至リ《(シ脱)》モノナルカ、遂ニ事此ニ至シハ返ス々々モ痛嘆ニ堪ヘサルナリ
藤山雷太氏 排日移民法ノ通過ハ、単ニ移民問題ニ止マラス日本人全体ノ入国拒絶ナリ、此結果ハ我経済界ニモ甚大ノ影響ヲ与フベシ、現ニ為替相場ハ四十弗ヲ割リ我公債ハ非常ニ下落シタルナリ、米国ニ於ケル日本ニ対シ貿易ニ従事スルモノハ、我等ト均シク大ニ憂慮シツヽアルコトヽ思フ、向後償款モ出来サルベシ、東京商業会議所ハ臨時会ヲ開キ、紐育・シカゴ及太平洋沿岸商業会議所ニ宛左記電報○略スヲ発シタルガ、同時ニ会議所議員ノ外米国ニ利害ヲ有スル諸方面ノ人々ニ来会ヲ請フテ意見ヲ求メタルカ、孰レモ本問題ニ対シ活気ヲ有セサルニ一驚ヲ喫シタリ
金子子爵 本席ニ出席スル前、京都商業会議所浜岡会頭ヨリ左ノ電報ヲ受領シタリ、ト報告ス
  「新聞紙ノ報スル処ニ依レハ、排日問題ニ付本日日米関係委員会開ノ由、其結果返電請フ」
渋沢座長 本問題ニ関シ外務大臣ハ埴原大使書面ノ書方多少注意ノ足ラサリシ譏アリシモ、所謂政権ノ軋轢(ヒユーズ氏ト議会トノ)ヨリ如此状況ニ及ビシモノト思フ、此場合如何トモ致方ナシ、成行ヲ待ツ外ナシト、将来ノ政策等ニ付テハ決定シ居ラサル様子ナリ
 ウツヅ氏ニ面会シタルニ、氏ハ意外ノ結果ニ至リシヲ悲シム、上院ハ如斯ナルベシトハ予期セサリシナリ、リード(ペンシルバニヤ選出)案ハジヨンソン案ニ対抗スル為メ提出セラレタルモノナルニ、如此俄ニ反対ノ態度ニ《(ヲ)》取ルニ至リシハ全ク埴原氏ノヒユース氏ニ当テタル書面ノ結果ナリト陳ヘ、且クーリツヂ、ヒユース、リード及ペツパー(ペンシルベニア州選出議員)ノ四氏ニ打電シテ心配ヲ請フベシト云ハレタリ云々
   八時二十分再協議
頭本氏 昨日他の用事を兼ね外務省のモーア氏と時局に関して懇談せしが、同氏は今回通過せし排日的移民法は、全く国論に反したる議会の行動なりと言はれたり
 - 第34巻 p.186 -ページ画像 
山田博士 今回通過せし移民法は日米通商条約の精神に反するものなり、然しながら事爰に至りては善後策として(一)内閣全体が責を負ふて辞職すること(二)外務大臣の引責辞職(三)埴原大使を召喚するか或は自ら職を辞せしむるかの何れかにあり、而して国民としては米国民特に上院に対して鄭重に反省を促すにあるべし
渋沢子爵 四月十七日汎太平洋倶楽部の午餐会に於て日米関係の歴史を述べ、最後に米国大統領に対して排日移民法のヴエトーを希望し一方に於て聯合高等委員会を組織せられたき旨を述べ、同時に正義は最後の勝利者であつて米国民は正義人道の首唱者であるが為め、必ず道理正しい処置を取るべきことゝ信ずると述べらる
添田博士 根本は輿論問題なり、米国の大新聞は議会の決議に反対なり、故に此際善意の宣伝を行ふこと必要なり、其方法としては意見書を発表すること、他の一方には米国の有力者に電報を発すること等なり
藤山氏 財界の有志者を召集して本問題の真相を知らしむること、而して他の一方に於ては貿易者・金融者及実業家たる者の抱懐する感情を広く米国民に知らしむること肝要なり
大倉男 実は吾々は冷淡に過ぎますよ
金子子爵 米国人は一八八二年に支那人を放逐せり、而して斯る行動は勿論条約違反なりしにも拘はらず、今日に至るまで斯る行動を持続し居れり、米国人は同一の筆法を用ゐて吾々日本人に臨むべし、此際山田博士の一案に従つて罪を埴原大使に負はせ、同時に上院に反省を促す機会を作ることを必要とすべし
    決議
一、電報を発すること
二、非公式の使者を派遣すること
三、国論の緩和に努むること
        九時半閉会


(増田明六)日誌 大正一三年(DK340025k-0006)
第34巻 p.186 ページ画像

(増田明六)日誌  大正一三年      (増田正純氏所蔵)
大正十三年四月十九日 土 曇
○上略
午後六時銀行倶楽部に於ける日米関係委員会ニ出席す、米国ニ於ける排日移民法の上下両院通過ニ関し、一同深憂、之カ善後策ニ付き種々協議を凝らし、一、米国ニ於ける紐育及桑港の両日米関係委員会其他有力なる向へ電報を発し、大統領の之が証認を拒否する様尽力を請ふ事、二、此際民間の有力者を国民代表者として米国に派遣して排日気勢の緩和に勤むる事、三、内地ニ於ける人心の鎮静ニ努むる事と大凡決議し、午後十時散会


報知新聞 第一六九五三号 大正一三年四月一六日 任命さるればいつでも渡米する しかし未だその時期でない 渋沢子爵談(DK340025k-0007)
第34巻 p.186-187 ページ画像

報知新聞  第一六九五三号 大正一三年四月一六日
    任命さるればいつでも渡米する
      しかし未だその時期でない
                    渋沢子爵談
 - 第34巻 p.187 -ページ画像 
米国上院で日米紳士協約が否認された形勢から、遂に日米関係委員会を代表して渋沢子自身この問題の円満交渉のために渡米するかの如く伝へられたが、当の渋沢子は未だその時期にあらざる主旨にて左の如く語る
△米国においては議会を通過した法案も、大統領はこれを三回まで否決し得る権限を与へられてゐるのであるから、未だ排日法案が実施されることとするは少しく早計であるが、この問題が益々形勢不安に傾く場合には、速かに日米両国政府委員の聯合会を組織し円満解決を計るより他はあるまい、而してこの方法に対して米国要路の
△親日派中にも充分了解を持つてゐるものあり、両政府の意向によつてはその設立を見ることゝなるべく、私といへどもその際代表委員として政府から任命を受ければ敢て渡米することを拒まぬものである、たゞ今日の処では未だ前途の推移計り難く、いま少しく適当の時期を待つべきであらうと


国民新聞 第一一五七八号 大正一三年四月一七日 排日問題と我財界 悪影響は免れまい(DK340025k-0008)
第34巻 p.187-188 ページ画像

国民新聞  第一一五七八号 大正一三年四月一七日
    排日問題と我財界
      悪影響は免れまい
米国の排日条項を含むジヨンソン案は曩に下院を通過し、上院で目下討議を為しつゝあるが、ジヨンソン案と略ぼ同様のシヨートリツヂ修正案が上院を通過した形勢より見れば、到底ジヨンソン案の通過は免れざる運命となつた、大統領の署名拒否権も差して頼りにならぬと云へば最早本問題は絶望とも見られる、而して之が影響として米国に於ける日本公債・為替・生糸等一斉に大暴落を告げ、漸次財界へも波紋が拡かりつゝある此際、我財界の人々は果して之を如何に見るか、玆に二三氏の意見を叩けば次の如く語つた。
    国民は真剣に考慮を要す
                      渋沢子爵談
六月十五日《(三十日)》を以て期限となる米国移民法案に代るべき新移民法案として、排日を含むジヨンソン案は曩に下院を通過し、之と略ほ同様のシヨートリツヂ案が上院を通過したのは、実に以外の感に耐えないが、然し過般私が渡米して日米の親善に努力した当時にも、将来必すや斯る大問題の起る事を感知し、帰国後も屡々当局に対策を建議した、此度の問題に就ても、是非役人で無い者を派遣して国民外交の有利を説いたが、当局は私の提言を許容して呉れなかつた、今更致し方も無いが、日米関係委員大会《(衍)》を十八日《(十九日)》に開いて、直ちに其の決議を米国有力者並に米国会員等に打電する事に決定したが、今回の排日的移民案上院通過が日本経済界に及ぼす影響は実に甚大であると思ふ
 (一)日本人を世界の最劣等国に置く事は、今後日本帝国の立場として如何なる措置を採るか
 (二)日本人最大多数の意志でない凡てが米国に誤解されたとは云へ、最劣等国とされても甘じて商業上の取引を為す可きか
 (三)現在米同胞が米国に与へたる長い間の犠牲に対し、其の得たる賜を悉く放棄せしめて迄も夫れを傍観するか
 - 第34巻 p.188 -ページ画像 
 (四)国際間の貿易に対しても今後の影響をどうするか
此等の諸問題に対しては単に官僚政治に一任せず、国民は真剣に考慮せねばなるまい、私は米国が世界に宣伝する正義と平等に訴へて、大に意見の交換をして見る考へである


東京朝日新聞 第一三六〇三号 大正一三年四月一七日 排日問題解決の為め 日米委員会を作れ 渋沢栄一子談(DK340025k-0009)
第34巻 p.188 ページ画像

東京朝日新聞  第一三六〇三号 大正一三年四月一七日
    排日問題解決の為め
      日米委員会を作れ
                  渋沢栄一子談
 米国に於ける排日問題形勢は、別項の如く上院に於て日本移民排斥の新法案を可決するなど雲行甚だ面白くない、右に就き多年同問題に尽瘁し、既に幾回も渡米し、又今春も同問題の切迫するや渡米説の伝はつた渋沢栄一氏は左の如く語つた
かうなる前に何とかせねばならぬと思つて、及ばず乍ら出来る丈けのことは骨折つて見たのであるが、力及ばず誠に残念のことである、米国下院が多数であゝいふ案を通過せしめたことは、日本に取つては面目丸潰れである、しかし、電報で見ると大統領が之を拒否するやうな形勢である、此の大統領の拒否は三度目は駄目であるが二度までは有効である、従つて形勢が
 切迫し たとは雖も尚今後十分交渉の余地がある、私の考へでは、両国政府が任命する委員会を設け、之で十分研究の上無理のない解決をしたいと願つてゐた、その為めには前回渡米した際政府の任命する委員会を設けることに決め、日本に帰つて日本政府に其諒解を求めることに努め、一方米国政府に向つては彼地の関係委員よりヒユーズ氏に運動したのである、然るにヒユーズ氏はそれを容れないで
 今日に 及んだのである、此の運動を徹底せしめる為めには何時でも出かける決心であるが、又考へて見ると昨今埴原氏の抗議が却て米国人の反感を招き、移民排斥案の通過をして一層早めはせなかつたかと思はれるやうに、私が渡米して彼此することが却つて米国の内政干渉と云ふ意味で逆用されはせぬかと心配して中止することにした、何分にも目下駐日ウツヅ大使は、日本人に対し非常に
 同情を 有し、私達の希望する委員会設置に就て骨折つてゐる、大統領選挙でも済めば愈其委員会の設置を実現し得るかも知れぬ、さうすればそれによつて無理のない解決を見出すことが出来やうし、又私は出かけて骨を折つて見たいつもりである


中外商業新報 第一三六九二号 大正一三年四月二〇日 国民外交で日米親善を維持 各方面実業団体起つ(DK340025k-0010)
第34巻 p.188-189 ページ画像

中外商業新報  第一三六九二号 大正一三年四月二〇日
    国民外交で日米親善を維持
      各方面実業団体起つ
 東京商業会議所 は既報の如く十九日午前十時排日的移民法案に対する実業家の協議会を開き、大倉男・佐々木勇之助・添田寿一・三島弥吉の諸氏及び会議所側の藤山・山科正副会頭その他出席、藤山会頭から
 米国の新移民法案は遂に上下両院を通過した、唯一の頼みは大統領
 - 第34巻 p.189 -ページ画像 
の拒否であるが、結局拒否し得ずして実施されるものと思はれるがかゝる結果を見たことは日本の外交が政府委で、国民が少しもこれに参与せぬからである、これが実施の暁、移民のみならず通商上同国に出入する者までも厳重に取締るやうなことがあらば、更に重大事である、さればこの際われわれ実業家は円満解決のため、従来冷淡であつた外交方面にも眼を開かねばならぬ
と述べ、次で添田博士一言後、大倉男も
 米国の排日原因は、日支の提携に対して横槍を入れ、その離隔を策して支那を奪はんとするものであらう
と意見を吐き、皆川・橋本・星野の諸氏もそれぞれ意見を発表したがなほ経済聯盟・銀行クラブ等の主脳者を招待して更に協議することとし正午散会した
 日米関係委員会 は十九日午後五時銀行クラブに開催
 渋沢子・大倉男・藤山・山科・服部・大谷(嘉)・浅野(総)・頭本・山田(三)・金子子・添田・小畑(久)・増田の諸氏
出席、渋沢子より米国において昨年七月米通商条約改訂期以前《(日脱)》に日本人排斥に関する法律改正案をヂヨーンス氏が提出した以来、今回排日的移民法案が上下院を通過するに到つた経過を述べ、日本人として取るべき方針に就き諮り、各自熱心に意見を発表して協議した末、左の申合せをして十時散会
 一、成るべく穏健に問題の解決を図るべく、政府に意見を開陳すること
 一、場合に依つては委員中より適当の人を渡米せしめること
 一、商業委員(政府の認むる実業家の委員)の急設を図ること
    米国大使外相を訪ふ
米国大使ウツヅ氏は十九日午前十時半外務省に松井外相を訪問し、移民問題につき意見を交換し十一時半辞去した
    渋沢子奔走、外相大使間を
渋沢子爵は日米問題の成行きを憂慮して、十九日正午外務省へ松井外相を訪問して会談し、更に午後三時、米国大使ウツヅ氏を訪問して意見の交換をした


中外商業新報 第一三六九三号 大正一三年四月二一日 対米問題は困つた問題 結局は正論が容れられやう(DK340025k-0011)
第34巻 p.189-191 ページ画像

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時事新報 第一四六四七号 大正一三年四月二三日 排日問題に昂奮して遂に病床に就く渋沢子 『基督教を信ずる彼の国が…』と 翁の閉ぢた瞼からは涙が流れた(DK340025k-0012)
第34巻 p.191 ページ画像

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日米関係委員会往復書類(一)(DK340025k-0013)
第34巻 p.192 ページ画像

日米関係委員会往復書類(一)       (渋沢子爵家所蔵)
拝啓時下益御清適奉賀候、然者去十九日の日米関係委員会の決議に依り米国に於ける排日移民法案に関し、別紙の通紐育日米関係委員会々長ウイツカーシヤム氏、同幹事長ギユーリツク博士及桑港同会々長アレキサンダー氏を始め紐育ジヤツヂ・ゲーリー、ヴアンダーリツプ、キングスレー、ラモント、ルート、モツトの諸氏外六氏に対し打電致置候間此段御通知申上候 敬具
  大正十三年四月廿二日
              日米関係委員会
                常務委員 渋沢栄一
    委員各位
(別紙)
貴国上院の正義と公正とに深く信頼せる吾等は、日本移民に関する上院の決議を聞き驚愕措く能はず、事態甚だ切迫したれども貴国に於ける有力なる諸新聞紙の公平なる態度に鑑み、上院に於て再考せらるべしとの希望を抱き、且つ貴下に於て充分御尽力下さる事と信じ大いに意を強ふす、吾等が排日条項を含める法案が法律として成立せざる事を希望する所以は、斯る法律は従来なされたる両国親善に付ての努力を水泡に帰せしむる恐ある為なり、吾等は貴下が友情と正義の為め尽力せられたることを深謝す
              日米関係委員会
                常務委員 渋沢栄一
  ○右ノ英文電報ハ次掲。


渋沢栄一電報控 ウィカシャム外一六名宛 大正一三年四月二一日(DK340025k-0014)
第34巻 p.192-193 ページ画像

渋沢栄一電報控  ウィカシャム外一六名宛 大正一三年四月二一日
                   (渋沢子爵家所蔵)
                      (欄外別筆)
                      13/4/21
  The action taken by the Senate regarding Japanese immigration has been a painful shock to the Japanese who had reposed firm trust in Senatorial justice and fairmindedness. However even at the eleventh hour we feel disinclined to abandon hope of reconsideration by the Senate. We are encouraged in this hope by the attitude of outspoken fairness on the part of the responsible section of the American press for which we all feel gratefully appreciative. We earnestly pray that proposed exclusion provision will not become law for in that event we fear all past efforts for promotion of good will between the two nations will be nullified. In any event we tender you warm thanks for your personal exertions in the interest of justice and amity.
               Shibusawa
                Chairman
         Japanese American Relations Committee.
  ○右文中「水泡ニ帰セシムル」ノ語(nullify)ガ強硬ナル外交辞令ニ属スルニヨリ、ウィカシャム等ノ注意ヲ受ケタリ。(後掲堀越ノ来翰参照)
 - 第34巻 p.193 -ページ画像 
    List of Names the Telegram Despatched.
Judge Gary
Mr. Vanderlip
Mr. Lamont
Mr. Kingsley
President Butler   New York
Mr. Henry Taft
Dr. Wickersham
Dr. Gulick
Dr. John R. Mott
Dr. Elliot       Boston
Senator Root      Washington
Mr. Alexander ; Lynch Chamber of Commerce, San Francisco
Dr. Jordan       Stanford University, Peloalto
Judge Burke       Seattle
Mr. Lowman
(鉛筆) (鉛筆)
Franklin, Shank.


(ウォレス・エム・アレグザンダーロバート・エヌ・リンチ)電報 渋沢栄一宛 一九二四年四月二三日(DK340025k-0015)
第34巻 p.193 ページ画像

(ウォレス・エム・アレグザンダーロバート・エヌ・リンチ)電報
           渋沢栄一宛 一九二四年四月二三日 (渋沢子爵家所蔵)
  Radio, Sanfrancisco,
Viscount E Shibusawa, Tokio.      April 23, 1924.
  Alexander just returned from honolulu stop referring your cablegram 21st situation admittedly desperate stop we have not relaxed our efforts and if bill reaches president will make every effort to have him use veto power stop appreciate your kind cable exceedingly
                Alexander Lygch《(Lynch)》
(右訳文)
                   (栄一墨書)
                   四月二十四日一覧
    電信          (大正十三年四月廿三日入手)
 東京市
 子爵 渋沢栄一閣下
                      アレキサンダー
                      リンチ
廿一日附の貴電拝受謹んで深謝す。アレキサンダー儀只今ホノルルより帰来せり。仰せの如く形勢頗る険悪なるを以て、吾等は今後も絶へず努力すへし。尚ほ該法案が大統領に提出せらるゝならば、同大統領をして否認権を行使せしむる様全力を尽すへし。


紐育日米関係委員会往復(一)(DK340025k-0016)
第34巻 p.193-194 ページ画像

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渋沢栄一書翰控 ダーウィン・ピー・キングズリー宛 大正一三年五月三〇日(DK340025k-0017)
第34巻 p.194-195 ページ画像

渋沢栄一書翰控  ダーウィン・ピー・キングズリー宛 大正一三年五月三〇日
                   (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一墨書)
      案            四月二十六日一覧
 紐育市紐育生命保険社
  ダーウヰン・ピー・キングスレー殿
                      渋沢栄一
拝復過般之貴国大審院に於ける加州及華州外国人土地法並に日本人帰化法に関する判決、ジヨーンス氏等によりて議会に提出せられたる帰化権なき外国人たる両親より生れたるものに市民権を附与せざることを目的とする法案等に関し、其都度御通知被下御厚意難有拝謝仕候、土地法に関する大審院の判決文も正に入手、折柄在米の友人より其翻訳文を接手致候を以て、貴台之御厚意により原文と対照することを得殊に好都合と深謝致候
日本人の帰化問題に関する大審院の判決は「自由なる白人及黒人のみ帰化権を有す」との法律に拠るものにして、貴国大審院としては法理上当然乎とも存候、而して此判決により日本人に帰化権なきこと確定致候次第なるが、五十年前支那人排斥の目的を以て制定せられたる法文を基礎とし、其制定の当時夢想だにせられざりし日本人に之を応用したる義は、日本人として実に遺憾千万に御座候、従来加州及華州の外国人土地法は日本人を帰化権なき者と断定して制定せられたるものなれば、大審院が日本人の帰化権有無に関し与ふる判決は我在留日本人に取り最も重大なる問題なりしに拘らず、法文の形式に拘泥して其精神に論及する所なく決定せられしを見て特に此感を深うするもの有之候、此判決が将来日米親善の上に幾多の障害を与ふべきは予知する
 - 第34巻 p.195 -ページ画像 
に難らざる事と憂慮致候、正義人道を尊重せらるゝ貴国の最高法廷の決定としては幾分之疑問を発せざるを得ざる次第に候、元来個人たると団体たるとを問はず「道理」を以て標準とし、何事も之れに準拠すべきものなりと確信致居候に付ては、貴国が我国民に対し如斯差別待遇を与へ候事を深く遺憾と致し居候
右拝答旁愚見申上度匆々如此御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十三年五月三十日付ニテ発送セラレタリ。


(トマス・ダブリュー・ラモント)電報 渋沢栄一宛 一九二四年四月二五日(DK340025k-0018)
第34巻 p.195 ページ画像

(トマス・ダブリュー・ラモント)電報  渋沢栄一宛 一九二四年四月二五日
                   (渋沢子爵家所蔵)
  New York
Viscount Shibusawa, Daiichigin Tokio April 25, 1924.
Thank you for your courteous despatch of April twentyfirst deploring anything that endangers the good relations of our countries I am eager to do everything possible for their maintainance please accept assurance of my personal regard for you and your associates of the Japanese American relations committee
                      Lamont
(右訳文)
                 (栄一鉛筆)
                  四月二十六日一覧
    電報         (大正十三年四月廿五日入)
 東京
  渋沢子爵閣下              ラモント
四月二十一日付の貴電難有拝誦、日米両国間の親善を毀損する一切の行動を痛嘆し、余は最善を尽して親善維持の為に鋭意尽力すべし
閣下並に御同僚たる日米関係委員諸氏に対し、謹んで敬意を表す


(ダーウィン・ピー・キングズリー)電報 渋沢栄一宛 一九二四年四月二四日(DK340025k-0019)
第34巻 p.195-196 ページ画像

(ダーウィン・ピー・キングズリー)電報  渋沢栄一宛 一九二四年四月二四日
                   (渋沢子爵家所蔵)
             (COPY)
           TELEGRAM
From   Mr. D. P. Kingsley
To    Viscount Shibusawa through Gaimusho
Date of receipt April 24 1924
Notwithstanding Hanihara's second note Senate not likely reverse itself stop I profoundly regret existing condition stop our best programme is to accept fact and readjust our mind stop resentments get us nowhere stop American press almost solidly against methods employed by the Senate stop
(右訳文)
                  (栄一鉛筆)
                  四月廿六日一覧
    電報  (外務省経由大正十三年四月二十五日入)
  渋沢子爵閣下
 - 第34巻 p.196 -ページ画像 
                       キングスレー
埴原大使の第二書翰ありしに拘らず上院は反省せざる如し、余は深く現状を遺憾とす、吾等向後の最良策は事実に直面し之に善所するにあり、此際怨恨を構ふるは無益の沙汰なり、米国の新聞紙は上院の採れる方法に対し殆んど一斉に反対し居るなり
  ○埴原大使ノ第二書翰ハ「一九二四年米国移民法制定及之ニ関スル日米交渉経過」(第九九―一〇三頁、外務省編大正一三年七月刊)ニ収録セラレタリ。


(シドニー・エル・ギューリック)電報 渋沢栄一宛 一九二四年四月二五日(DK340025k-0020)
第34巻 p.196 ページ画像

(シドニー・エル・ギューリック)電報  渋沢栄一宛 一九二四年四月二五日
                   (渋沢子爵家所蔵)
  New York.
Viscount Shibusawa, Tokio.      April 25, 1924.
Multitude best American citizens deeply mortified deplore senates hasty action needlessly affronting Japan federal council churches other organizations seeking modification senates action busily promoting vigorous campaign good faith friendship
                    Gulick
(右訳文)
                  (栄一墨書)
                  四月二十五日一覧
    電報         (大正十三年四月廿五日入手)
 東京
  渋沢子爵
                       ギユーリツク
多数の主なる米国市民は、上院が躁急の行動に出で故なく日本を侮辱せるを痛嘆悲傷す、米国基督教聯合会並其他の団体は此際上院をして其決議を変更せしめんが為に努力すると同時に、誠意と友誼とを助長せんが為に極力活動しつゝあり


渋沢栄一書翰控 シドニー・エル・ギューリック宛 大正一三年五月一六日(DK340025k-0021)
第34巻 p.196-197 ページ画像

渋沢栄一書翰控  シドニー・エル・ギューリック宛 大正一三年五月一六日
                   (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一墨書)
                  五月十六日一覧
      案
 紐育市
  シドニー・エル・ギユーリツク殿
               東京、大正十三年四月三十日
                       渋沢栄一
拝復、一月十五日及二月十一日附の書翰正に入手何れも難有拝誦仕候、然は貴関係委員会に於ては、目下天下之注意を受けつゝある排日法案が議会に提出せられし当日に会合せられ、徹底的反対の決議をなし、各議員に対し同決議文を御通牒相成、又米国基督教会聯合実行委員会に於ても同様之決議をなし、各議員に配布相成候由にて、其写御送附被下難有拝誦仕候、引続き御尽力の段感謝之至ニ候
然るに、ジヨンソン氏提出の排日法案は、三百廿二票対七十一票の多数を以て、下院を通過致候由の情報に接し、上院に於ても、リード案
 - 第34巻 p.197 -ページ画像 
否決となり、終にシヨートリツジ案通過せしとの悲報を聞き、慨嘆の至に御座候、斯く再三之報告は接手するも、老生は、正義は最後の勝利者たるべきことを確信致候間、之が為め失望落胆致すものには無之候、乍去、若し今回の移民法案が、全然法律と相成り候はゞ、独り日米両国の関係に支障を生ずるのみならず、引いては世界の文明に影響する処多大なるべしと、深く憂慮致居候間、此上とも貴下の御尽力を祈り候
○下略
  ○右英文書翰ハ五月十六日付ニテ発送セラレタリ。
  ○右書翰ニ対スルギューリック博士ノ返書ハ本款大正十三年五月二十二日ノ条ニ収ム。


(シドニー・エル・ギューリック)書翰 渋沢栄一宛 一九二四年五月二日(DK340025k-0022)
第34巻 p.197-204 ページ画像

(シドニー・エル・ギューリック)書翰  渋沢栄一宛 一九二四年五月二日
                   (渋沢子爵家所蔵)
     FEDERAL CONUNCIL OF THE CHURCHES
         OF CHRIST IN AMERICA
    NATIONAL OFFICES, 612 UNITED CHARITIES BUILDING,
       105 EAST 22ND STREET, NEW YORK
                     May 2, 1924.
Viscount E. Shibusawa,
  1 Yaesucho Itchome,
  Kojimachiku, Tokyo, Japan.
My dear Viscount Shibusawa :
  Your letter of March 15 and the wireless message of April 21 have been received, and I thank you most heartily for both. Enclosed is a copy of the message I received from you, as well as one of my reply.
  I am deeply disappointed, pained and mortified by the hasty and inconsiderate action of the Senate. There are, of course, many factors which have combined to produce this result.
  The demand for the rigid reduction of all immigration is steadily rising. Many persons even propose stopping all immigration entirely for a period of five years.
  It is true that the Gentleman's Agreement is not producing the result which was originally expected. Although the action of the Japanese Government in stopping the coming of "picture brides" in 1920 caused considerable reduction in the number of women coming to this country, it is still a fact that 3,163 women were admitted to the United States (including Hawaii) in 1923, and among them 1,395 wives and 521 children were admitted to Continental United States. Although between the years 1909 and 1923 the net departures for males were 22,737 more than the admittances, for females the admittances were 38,833 more than the departures.
  Congress has always been jealous of its prerogatives, and
 - 第34巻 p.198 -ページ画像 
many members have the firm conviction that the Department of State did not have the right to regulate immigration, which comes exclusively under the jurisdiction of Congress, by a Gentlemen's Agreement or by treaty.
  The fact that, until Ambassador Hanihara wrote his letter, the terms of the Gentlemen's Agreement had never officially been made public, gave an impression of secrecy which is quite repugnant to American ideas and for some time has been increasingly resented by our political leaders.
  While the Immigration Bill was being considered, a special delegation of able men from the State of California, Mr. McClatchy, Attorney General Webb, and ex-Senator Phelan, was exceedingly active in Washington. These men talked personally with all the senators, and imparted many falsehoods and especially a spirit of distrust.
  Ambassador Hanihara's official protest, which gave the impression that Japan was trying to control American legislation, gave great offense, and it was, of course, a serious blunder on the part of the Ambassador and also of Secretary Hughes to make public a message containing the words "grave consequences" ― words which in a diplomatic usage have a technical meaning amounting to an ultimatum and virtual threat of war.
  Trying to help calm the troubled waters has kept me terribly busy, and has prevented me from writing to you more promptly.
  I am glad to say that the Christian Churches, even in California, have taken a clear and strong position in condemnation of the action of Congress. The California State Church Federation sent out to one hundred educational and religious leaders and men and women in business and the professions a letter asking for signatures to the following telegram:
  "President Calvin Coolidge,
    "Washington, D. C.
  "As Californians we beg to urge veto of immigration bill carrying with it exclusion clause. We strongly feel such clause contrary to American ideals of international justice and also opposed to the future interests of the Pacific. We believe that the mature thought of American people will respond to the insistence that the prosperity of nations as of individuals inheres in an obvious policy of brotherliness and that effective and sufficient results can be secured within the limits of international courtesy. "
  Letters of protest were sent to all the members of Congress
 - 第34巻 p.199 -ページ画像 
by the Federal Council, the American Japanese Relations Committee and the National Committee on Constructive Immigration Legislation, of which I enclose copies. As you have already seen, many of the leading papers had fine editorials on the subject.
  These have caused Congress to halt and reconsider. At the present moment President Coolidge and Secretary Hughes are trying to find a solution. Probably you will know the issue before this letter reaches you.
  I wish to make it absolutely clear that few if any important leaders wish to insult or humiliate Japan. What is desired and insisted on is that there shall be no further increase by immigration of the Japanese population in the United States, especially, of course, of the laboring class.
  All Americans fear another race problem if there is a large Asiatic population in America, for they are sadly conscious that the problem of the Negro is far from settled.
  This discussion has revealed serious misunderstandings, in America of the Japanese, and in Japan of America. There is great need for mutual forbearance and earnest effort on both sides to understand the problems, desires, and psychology of the other.
  It was with much distress that I heard that you had overstrained yourself on account of these problems. I hope, however, that you are making a good recovery and may long continue to work at this difficult and highly important task of promoting mutual understanding and goodwill between our two countries.
                Sincerely yours,
               (Signed) Sidney L. Gulick
                     Secretary
(右訳文)
              (別筆)
              要回答
                   (別筆)
                   七月廿六日御一覧
 東京市                 (五月廿四日入手)
  子爵渋沢栄一閣下   紐育、一九二四年五月二日
               シドニー・エル・ギユーリツク
拝啓三月十五日附貴翰並に四月廿一日附貴電夫々正に落手難有拝誦仕候、貴電並に当方の返電写別紙の通り御覧被下度候
議会の為せる早急にして思慮無き議決に対し小生は深く失望、悲傷罷在候、如此結果を招徠するには幾多の要素の結合によりし事は勿論に御座候、全部の移民(欧洲よりの移民をも含める全部)を厳重に制限すべしとの要求は次第に力を増大し来り、五年間全然移民の入国を阻止すべしとの説を為すものすら多数相生じ申候
 - 第34巻 p.200 -ページ画像 
紳士協約は当初予期したる結果を齎らさゞりし事は事実に候
一九二〇年写真結婚の花嫁の入国を阻止する目的を以て日本政府の執れる処置により、婦人の渡米者数は大いに減少したるも、一九二三年度に於て三千百六十三人の婦人入国者あり(布哇をも含む)、其内既婚婦人の千三百九十五人と五百二十一人の児童が米本土に上陸せるは事実に有之候、一九〇九年より一九二三年に至る間に於て、男子の離国者は入国者よりも二万二千七百三十七人丈け多かりしが、婦人の入国者は離国者よりも三万八千八百三十三人多かりし状況に候
多数の議員は議会の既得権を擁護するに熱心なる所より、移民制限問題は必然議会の権限に属すべきものなれば、国務省が紳士協約又は条約によりて之を制定するの権能なしとの確乎たる信念を抱き居り候
埴原大使が例の書翰を送りしまで紳士協約の条文が嘗て公表せられざりし一事は、米国の理想に反する秘密主義なりとて政党首領の甚しき憤激を買ひたる次第に御座候
移民法案の討議中加州の有力者マクラチー・検事総長ウエツプ・前上院議員フヰーラン諸氏より成れる特別の代表者は華府に於て暗中飛躍を試み申候、此等の人々は上院議員と親しく相談し、数多の虚言を弄し特に日本人を猜疑するの情を抱かしめ候
日本は米国の立法に迄も干渉すべしとの感を与へたる埴原大使の公式抗議は甚しく議員の感情を害し候、兎に角用語としては最後の通牒若くは宣戦にも相当すべき「重大なる結果」なる語を有する書翰を公表したるは、埴原大使としてもヒユーズ国務長官としても、勿論甚しき失策たるを免れ不申と存候
狂瀾を既倒に回さんと努力致居候為め小生は甚しく多忙を極め居り、兎角通信も遅延勝と相成り候段御海容被下度候
基督教会は加州に於てすら、議会の議決に対し強硬且つ明瞭なる批難の声を揚げ申候、加州教会聯合会は左の通りの電報を発するに当り、教育・宗教・実業方面の一流の人々壱百人に書を送り、各其署名を求め申候
 「華府
 大統領カルヴヰン・クーリツヂ閣下
 我等は加州人として、日本人排斥条項を含む移民法案を拒否されん事を切望す、国家の隆昌は個人のそれと等しく友情ある政策の必要なるは明瞭にして、国際間の儀礼を尊重する時、有効且つ充分なる結果を収取し得べしとの主張に対し、円熟せる米国人の思想は必すや之を容認すべしと信ず」
教会聯合会・米日関係委員会・建設的移民法全国委員より各議員に対して抗議書を送り候につき、御参考までに抗議書写同封御送附申上候
既に御承知の通り多数の一流新聞紙は本問題に関し堂々たる社説を掲げ候
此れが為に議会は一時本件の議事を停止し再考を試みる事と相成候、目下大統領及び国務長官は解決策を見出さんと努力致居候が、其結果に就ては多分本書貴着前に御承知可相成事と存候
重要なる地位に在る人々にして日本を侮辱し且蔑視せんとせるもの殆
 - 第34巻 p.201 -ページ画像 
ど無之候義に付ては明瞭に申上置き度と存候、只彼等は移民による日本人、特に申すまでもなく労働者の数が、今後米国内に増加せざる事を希望し且之を主張致候
全米国人は黒人問題の解決を見ざる今日、更に多数のアジア人の増加により別種の人種問題に悩ませらるゝ事を恐れ居るものに候
此議論の結果米国に於ては日本を、日本に於ては米国を甚しく誤解致居候事明瞭と相成候、相手国の問題・希望及心理を諒解する為には双方共に忍耐と熱心なる努力とを必要とするものに候
閣下には此等の問題の為深く心を悩ませられ候結果御病臥被遊候由にて御気毒に存候、乍併何卒速に御恢復の上両国の諒解と親善増進の為に永く御努力被遊候様希上候 敬具
  ○右ニ同封セル抗議書写ハ次掲ノモノナリ。
         (COPY)
      NATIONAL COMMITEE
          ON
    AMERICAN JAPANESE RELATIONS
      287 FOURTH AVE. , NEW YORK
                   April 24, 1924
Dear Sir :
  The Immigration Bill will soon be reported back by the Conference Committee of the Senate and the House and will come before you for final action.
  The importance of this measure in its bearing on American Japanese relations is so great that our Executive Committee has prepared the accompanying, "A Declaration and an Appeal". to which we earnestly invite your careful and serious consideration.
        Respectfully yours,
      (Signed) Charles H. Levermore
          Linley V. Gordon
           For the Committee

    A DECLARATION AND AN APPEAL
  THE NATIONAL COMMITTEE ON AMERICAN JAPANESE RELATIONS, composed entirely of American Citizens, devoted to the promotion of mutually friendly understanding between the United States and Japan, regrets that recent Congressional a ction upon immigration has quite unnecessarily imperiled that friendly feeling.
  The United States compelled Japan against its will to begin commercial intercourse with the Western World. The Japanese finally regarded this act of ours as a friendly service and desired our good will. Inspired by the lessons and example that we first presented to them, the Japanese nation has won
 - 第34巻 p.202 -ページ画像 
its way to a place in the front rank of modern nations.
  For about fifteen years the difficult question of possible Japanese migration to this country has been regulated by an agreement between the two Governments concerned. This agreement has been faithfully observed by the Japanese Government, and under it the number of Japanese men in this country and Hawaii has been decreased by 22,737, the small increase in the total number of the Japanese here being due to the arrival of women and childern (Net increase in fifteen years is 16,096).
  The Committee is entirely in sympathy with regulation of immigration by a general law. It does not oppose the substitution of the provisions of a general law for the aforesaid agreement.
  The Committee does censure the proposal by legislation to cancel that agreement precipitately and peremptorily without any of the courtesies customary in international procedure among friendly nations, without any proper modification, without any opportunity for a neighborly conference in which representatives of the two Governments could examine the situation, without a word or even a gesture of courtesy towards the other party to a mutual agreement, and without allowing any time for adjustment after the passage of the Act, although such a grace is granted to immigrants from Europe.
  Such a summary and offensive form of terminating an agreement might be consistent with a desire for warfare, but is unworthy of a Government and a people that seek Peace and pursue it.
  The Committee urges that our Senate and House should follow either one of two courses.
  First: Submit, as Secretary Hughes suggested, the regulation of Japanese laborers' immigration to the provisions of the proposed general law, in which case the Japanese quota in any year could not exceed 146.
  Second: Empower the President and Secretary of State to enter into conferences with the Japanese Government for the prolongation of the agreement in some acceptable form, or for its revocation in accordance with the usunal forms of ordinary politeness in international intercourse.
  In case this second course is adopted Congress should suspend the operation of the restrictive provisions at least until an effort has been made to restore the spirit of neighborly good will and confidence between these two nations.
(右訳文)
 - 第34巻 p.203 -ページ画像 
             (栄一鉛筆)
             本書ノ性質ヲ詳細ニ説明セラレタシ 七月二十六日
    抗議書写             (五月廿四日入手)
          紐育、一九二四年四月廿四日
            チヤールス・エイチ・レヴアーモーア
            リンレイ・ヴヰ・コルドン
拝啓、移民法案は上下両院の会議委員より遠からず廻附せらるべく候へば、貴下に於れても最後の行動を執らるゝ事と相成可申候
此法案の日米国交関係上に及ぼす処は甚だ重大なるもの有之候間、我実行委員に於て玆許同封の「宣言と訴願」なる一文を草し候に付、何卒御熟読の上御考慮相煩度と存候 敬具
    宣言と訴願
日米両国の親善増進に資せんが為に米国市民のみによりて組織せられたる米日関係全国委員会(紐育米日関係委員会)は、移民に関する最近の議院の議決によりて両国の友誼が徒らに危殆に瀕するに至れるを遺憾とす
合衆国は日本が其意志を有せざるにも不拘、泰西諸国と通商を開始する事を強制したりしが、日本国民は終に我国の行動を目し友誼に基くものなりと見做し友交を求むるに至れり、我国が日本に対して示せる教訓及実例に刺戟せられ日本は現代に於ける一流国家の班に列するに至れり
我国に於て起り得べき重大なる日本移民問題は、約十五年間関係両国政府間の協約によりて調節せられたるが、此協約は日本政府によりて忠実に履行せられ、斯くて我国及布哇の日本人の数は二万二千七百三十七人を減じたり、其後日本人総数に幾分の増加ありしは婦人小児の入国ありし為めにして、十五年間に於ける純増加数は一万六千九十六人なりき
我委員会は一般法律によりて移民を制限せんとするに至りしは全然同感なり、又前記協約に代ふるに一般法律の規定に依る事にも反対せず唯本委員会は友邦間に於ける慣例的の儀礼を無視し、適宜の改更を此協約に加ふることもなく、親しく両国代表者の協議会を開きて事態に関する討議をも為さず、協約の相手国に対して儀礼ある挨拶をなす事もなく、又欧州移民に対して与へらるる如く、法案の通過後整理に必要なる時を仮すこともなく、躁急且つ独断的に該協約を立法によりて取消さんとするを非難するものなり
如此速急にして且つ侮辱的なる形式によりて協約を廃棄するは戦争を希望せるものにも等しく、平和を求め之れを追求する我政府及国民として真に恥つべきものなり
依て我委員会は上下両院が左記二方法の一を採用せん事を推奨す
第一、ヒユーズ国務長官の提議せる如く、日本移民に関する規定は之れを今日提案となれる一般法律となし、而して日本移民の比率は毎年百四十六人を超えさる事とすべし
第二、相当の形式により紳士協約の期限を延長し、若くは外交上の慣例たる儀礼に従ひて、其廃棄を行ふ為め日本政府と協議するの権能を
 - 第34巻 p.204 -ページ画像 
大統領及国務長官に附与すべし
若し第二の方法を採用せんとせは、少くとも両国の親善並に信任の精神を恢復する為め努力の行はるゝ迄は制限的条項の実施を延期せざるべからず


日米関係委員会緊要書類(DK340025k-0023)
第34巻 p.204 ページ画像

日米関係委員会緊要書類         (渋沢子爵家所蔵)
        「午後五時五分発信 午後八時十三分受信」


図表を画像で表示--

         ケイゼ ウセウギ ニシカハラ    ヨウカイギ シ《(ヨ脱)》 シブサワ    カイトウクトチカ《(七字衍カ)》 (消印一三・四・二三)  エイイチ                    [img 図]〓         イトウクギ モト         トウジ ロウ 



ベ イコクリヨウインニオケルハイニチホウアンノツウカハリヨウコクタネンノシンゼ ンオハカイシヒガ ノツウシヨウナラビ ニジ ンド ウジ ヨウカンカスベ カラザ ルジ ウダ イジ ニシテマコトニユウリヨニタヘズ ヨツテトウカイギ シヨハホンジ ツリンジ ヒヨウギ インカイオヒラキゼ ンカイ一チオモツテコレガ コオリヨクノハツセイボ ウシゼ ウサイゼ ンオツクサンコトオケツギ セリコノウヘナガ ラカツカノゴ ジンリヨクオハイガ ンス


日米関係委員会緊要書類(DK340025k-0024)
第34巻 p.204 ページ画像

日米関係委員会緊要書類       (渋沢子爵家所蔵)
                 大正十三年四月二十四日

図表を画像で表示--

 京城商業会議所《ケイゼウセウギヨウカイギシヨ》   シブ サワ 副会頭《フクカイトウ》  釘本藤次郎《クギモトトウジロウ》 



ハイニチイミンホウアンニカンスルキカイギ シヨノケツギ リヨウシヨウサイゼ ンヲツクシツヽアリ


渋沢栄一電報控 堀越善重郎宛 大正一三年四月三〇日(DK340025k-0025)
第34巻 p.204 ページ画像

渋沢栄一電報控  堀越善重郎宛 大正一三年四月三〇日   (渋沢子爵家所蔵)
 紐育
  堀越善重郎様 渋沢
    大正十三年四月三十日無線電信
排日法案ノ阻止ニ付キテハ御心配ノコトヽ思フガ、当方ニテモ爾来大イニ憂ヒ、過日米国ノ重ナル友人ニ打電セシ故、ギユーリツク博士ト面談シ貴下懇親ノ向ヘハ之カ阻止方依頼セラレタシ


(堀越善重郎)電報 渋沢栄一宛 一九二四年五月三日(DK340025k-0026)
第34巻 p.204-205 ページ画像

(堀越善重郎)電報  渋沢栄一宛 一九二四年五月三日
                   (渋沢子爵家所蔵)
  Radio, Newyork
Shibusawa, Tokyo.               May 3, 1924.
Hainichianzento madawakaranga jikkoenkigaiko nitekimerusodan tukuyosugulikga hijonojinryoku konosaihankanno kokuronfu
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rinari narubechinmoku《(ku脱)》 mamoruyonegau garimodaitoryo niattetanonda hinosenebahuse《(in)》 jishokuuwasaari Horikoshi
(右翻字)
 東京
  渋沢栄一閣下
排日案前途未ダ解ランガ実行延期外交ニテ定メル相談ツク様子、「ギユーリツク」ガ非常ノ尽力、此際反感ノ国論不利ナリ、成ルベク沈黙守ルヤウ願フ、「ジヤツヂ・ゲーリー」モ大統領ニ逢ツテ頼ンダ、否認セネバ「ヒユーズ」氏辞職噂アリ 堀越


渋沢栄一電報控 堀越善重郎宛 大正一三年五月二六日(DK340025k-0027)
第34巻 p.205 ページ画像

渋沢栄一電報控  堀越善重郎宛 大正一三年五月二六日   (渋沢子爵家所蔵)
 紐育
  堀越善重郎殿              渋沢
    無線電信
御報告ノ貴電詳細拝誦御厚意ヲ謝ス
  大正十三年五月廿六日


(堀越善重郎)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年五月一五日(DK340025k-0028)
第34巻 p.205-208 ページ画像

(堀越善重郎)書翰  渋沢栄一宛 大正一三年五月一五日
                        (渋沢子爵家所蔵)
                    (栄一鉛筆)
                    六月十七日落手閲了
    大正十三年五月十五日プレジデント・ジヱツフアソン号便
  子爵 渋沢栄一閣下
粛呈去四月十四日ジヨンソン移民法案通過之前後
閣下には東奔西馳寝食を忘れて御配慮之局、遂に病を得て御臥床被遊候由新聞電報にて承知仕候処、幸に御軽症之趣に候故別段御伺も不申上、切に御恢復之吉報を待居候処、四月三十日附之貴電五月一日左之如く到着
  ○前掲電文ノ写ニツキ略ス。
と拝承仕候「ギユリツク」博士には度々面会し
閣下より御来電ありし事は疾く承知仕候、ウヰツカシヤム氏並にジヤツヂ・ゲーリー氏並にヴアンダリツプ氏にも同文の電報ありし趣拝承受電者孰れも皆夫々御尽力に相成りウヰツカシヤム及ひタフト等は、新聞に、演説に議会の不法を論して余蘊なく「ジヤツヂ・ゲーリー」は四月十五日南米の旅行より帰着後、幾干もなく大統領か聯合通信社大会の招に応し此地紐育に御来遊せられたるを機として面会を求め、移民法之不条理を述へて其不承認を要求し、同時に公会演説に又製綱会社之株主総会《(鋼)》に何れも多数公衆の集合する場合は之を利用して議会の不法を詰り、以て輿論の喚起に務むる所あり、又「ギユーリツク」は申上候迄も無御座候、実に日夜之苦心屡々華盛頓に出張して頑冥なる議員の説得に勉むる所あるか如く、同氏の労は特に御高聞に達し度旁以て電文中に加へ候次第に御座候、又独りギユーリツクに限らず曾て日本に在留して伝道の任に方り、目下米国に帰休せる者は孰れも皆非常之同情にて焦心苦慮、或は華盛頓に至り、或は新聞に、演説に、或は寺院之講演に、能く我日本之為弁護せられ候故、吾々は実に其労
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を多として深く感謝しつゝあるの際、故国日本にありては苟くも総理大臣の栄職に在りし山本伯爵を始として、憂国之士往々宣教師之不用論を唱へ、猶其甚しきは之を国外に放逐すへしなとの激論を唱ふるものあるか如く、日々の新聞に見へ「ギユリツク」始其他の宗教専門家に対して誠に面目を失する次第に御座候、日本人と申せは議会は玉石混淆唯猥りに排斥して顧みさる故、邦人は唯沈黙時世の推移を観望するの外なく、此場合一人にても多く米国人の賛成を得、其米人の同情によりて議会を動かすより他に策も無く候処、日本の新聞に於て囂々として米国攻撃を為すため大に米人の同情を失ふの恐あり、依て貴電に対する五月二日の返電にて此件を附記せる次第に御座候、則ち
  ○電文前掲ニツキ略ス。
右之如く申上候へとも、爾来議会は上下両院とも自説を固執して相譲らず、大統領並に国務卿か日本に対する排斥実行の延期を熱心に主張する所ありしも、今朝の形勢にては水泡に帰するものあるの如く、終に紳士協約も其命脈を維持する能はさるべく実に千秋の遺憾に候へとも、震災後我国富之衰亡甚しく到底米国に反抗の力なかるへきを洞観せる米国の政治家は、好機逸す可らす奇貨居く可しとなして、此際日本に関する係争問題を一掃すへしと為すものゝ如く、されは大審院は曩日十一月初旬邦人之借地権を剥奪し、続て収獲利益の分配を停止し今又紳士協約を無視して之を破壊したるも、米人は蓋し猶ほ之を以て足れりとせさるへきを以て、次には当然之順序として憲法を改正し、市民権を有せさる国民の子孫は米国に生るゝも市民権を享有する能はすとの議決を為して、玆に全く邦人の権利を剥奪して始めて安心せらるゝものなるへしと推測せられ申候、是甚だ不条理の如くなれとも、国際間には正義人道と言ふか如き道義の観念は甚乏しく、弱肉強食之悪醜は今猶存して去らさるものゝ如く、強国は常に横暴専恣、弱国の権利を蹂躙して顧みさるは古今東西を通して一轍なるか如く、今日の事唯徒らに悲歌慵慨するも、我に一戦の力なくんは、螳螂の勇に異ならず、切歯扼腕何の益する所なかるへきを以て、今は我国民宜しく沈黙を守り臥薪嘗胆、異日の推移を待つの外あらさるへきやに奉存候
去四月廿三日の夜、此地紐育に於て日曜学校の晩餐会あり、此宴は主として日本を代表して本月英国に開催せらるへき日曜学校大会に出席の「コールマン」氏を歓迎優遇の意を以て開かれたるか如し、其主宰者並に列席の重なるものは、先年東京に於て開催せる日曜学校大会に出席せるものにして、卓上演説に指名を受けしものは孰れも皆異口同音に、閣下並に阪谷男爵の労を多として当時の追懐談を為し、両閣下並に邦人一般の徳を賞して大に謝する所あり、然るに之れに反し米国に於ける頑冥不霊の徒は、其行ひ暴慢無礼、此君子の国人に対して無法の制限を加へ、国際の礼を無視して国交を妨けんとす、誠に米国の恥辱之より甚しきはなし、吾人此宴に会するもの日本に対する申訳の意を以て、今夕列席の日本人の卓上に此花を呈するものなりとなし、美麗なる薔薇の一束を小生に与へられ申候、小生の食卓にはギユーリツク博士夫妻、我総領事斎藤博夫妻、社員上野道夫妻並に小生等夫婦あり、食事中の談話に「ギユーリツク」博士曰く
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渋沢子爵閣下より電報ありしも、文中穏当ならさる字句あるを以て之を発表する能はすと、小生は其何の理由なるやをも質議せす、其儘相分れ申候
越えて本月一日の御電命に基きジヤツヂ・ゲーリーに面会し、談終りて小生退出せんとするやジヤツヂ曰く、子爵は甚た妥当ならさる文句を盧列して埴原大使の嚬《(顰)》に傚はんとす、斯の如き電報を他人に送らは其受電者は当然慊焉たらさる《(たる)》ものあらん、余(ジヤツヂ)は温厚篤実なる子爵が、余か解するか如き軽挙不遜の意味に於て此電文を発したるに非るを知るを以て、決して子爵を咎むるに非されとも、若し余をして子爵の地位にあらしめは、此の如き辞句を挿入せさるへしと申候
之を聴く小生嚮きにギユーリツク博士の言ありしを思ひ、如何なる不穏の文句ありしや心中頗る平かならさるものあるを以て、玆に小生電文中の如何なる語句か、妥当を失するものなるやを質せし処「ジヤツヂ」、子爵の電報を示し、其末文の字句を指摘して曰く
  両国間ノ親善進捗ノタメ為シタル従来ノ努力ヲ
 *水泡(無効《ナリフアイ》)ニ帰セシムルノ恐アルヲ以テナリ
此文句は米人か解すれは外交断絶戦争を為すとの強き意味なりと申され候、浅学の小生等此原文を読んて斯の如く重大なる意義には解釈し能はされとも、ゲーリー氏は則ち法律家なり、字句の適用の如きは最も能く留意せらるゝものなるへし、又ギユーリツクも同様の解釈を下せしものゝ如く、此則ち外国語の至難なる所以ならん、依て小生之れに対て曰く
子爵は御承知の如く英文を知らす、書記の翻訳其当を逸せるの過なれは、ジヤツヂの注意なりとして之を
子爵に具状すへしとて相分れ申候
ヴアンダリツプ夫人は津田梅子女史の創設せる英学塾の再興を図るとて熱心に奔走尽力中にて、来六月七日の土曜日には「スカーボロー」の自邸に園遊会を開き、各種の遊戯を催すへき予定にて、此会に出席の観客に切符を(一枚弐弗宛)販売中に御座候、排日の気焔高き今日日本の為に寄附を募集する容易の業にあらさるへしと存候処、玆に最も驚く可きは、日本大会社の支店長の米国の大家・巨商と共に其名を募集委員に列しなから自身出金を厭ふ為にや、彼是遁辞を捏造して其責任を避けんとするものゝ如しと報するものあり、誠に世道人心の頼むに足らさる其情の薄き紙の如し、偶々移民法案の通過、紳士協約の破棄より、我邦人中米国々会議員の非道を鳴らすものありと雖とも、犠牲的観念を知らさる懦夫賤小の徒多き今日の如くんは、斯る不法の待遇を受くる又自然の勢ならん乎、誠に落胆の至に不堪候
又夫ヴアンダリツプ氏は政府当局の腐敗を一掃し、華盛頓の空気を清浄にせんとて自費を以て市民調査局なるものを華盛頓府に設立し、高給を払ふて各方面より人材を集め、今や約五十名の人見此業に従事せらるゝ由、従て同氏は巨大なる住宅と外に其事務所を借り受け盛に廓清調査を為しつゝある趣に御座候、之か為め大小の官吏其罪蹟を発かられ《(衍)》、今や政界の大問題と相成居候、之を記載せは文益々冗長に亘り恐縮の至に不堪候故、此件は帰朝拝顔の折具状可仕候
 - 第34巻 p.208 -ページ画像 
右は本月初貴電を賜りし節御復命迄に早速一書拝呈の積に候処、其当時より流行性感冒に罹り爾来意気銷沈執筆の勇なき而已ならす、近時惰性生して執筆せさる為めか筆端愈々鈍りて容易ならす、容易ならさるか為め自然呈書を怠る次第と相成り、斯くては却て其罪を重ね恐懼之至に不堪候故、欠礼を顧みす玆に悴創をして代筆せしめ候次第、多罪御海恕奉願上候 恐惶頓首
                     堀越善重郎
*(欄外栄一鉛筆)
 [電報之本文を調査すへし


(ジョージ・ダブリュー・ウィカシャム他三名)電報 渋沢栄一宛 一九二四年五月一六日(DK340025k-0029)
第34巻 p.208 ページ画像

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渋沢栄一電報控 ウィカシャム他三名宛 大正一三年五月一七日(DK340025k-0030)
第34巻 p.208 ページ画像

渋沢栄一電報控  ウィカシャム他三名宛 大正一三年五月一七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
 紐育
  ウイツカーシヤム殿 フインレイ殿 フランクリン殿
  ギユーリツク博士殿
                      渋沢栄一
      返電
御懇切ナル貴電拝承衷心感謝ノ至ニ不堪、小生ハ貴電ノ如ク決シテ落胆スルコトナク、今後共両国親善ノ為ニ益々努力スル決心ナルヲ以テ此上トモ貴台ノ御尽力ヲ偏ニ希フ、友人一同ニ貴意伝達致スベシ
  大正十三年五月十七日

 - 第34巻 p.209 -ページ画像 

(ダーウィン・ピー・キングズリー)書翰 渋沢栄一宛 一九二四年五月七日(DK340025k-0031)
第34巻 p.209-212 ページ画像

(ダーウィン・ピー・キングズリー)書翰  渋沢栄一宛 一九二四年五月七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
          Darwin P. Kingsley
           346 BROADWAY
           NEW YORK, N. Y.
                     May 7, 1924.
My dear Viscount Shibusawa:-
  At this writing the Immigration Bill has not yet reached its final stage, and no one knows, certainly I do not, whether President Coolidge will approve it or veto it.
  When your cable came some days ago, I immediately replied stating in effect that I thought the bill was going to be enacted with the Exclusion Clause, and that you and I had better re-adjust our minds to that condition. About that time the Executive Committee of the Chamber of Commerce placed in my hands with one or two other members authority to draft a report on the situation in Washington and present it at the regular meeting of the Chamber that came on the 1st of this month. After a good deal of discussion I finally decided to make no report whatever. I drafted one in which I asked for a quota for Japan, but became satisfied that if I presented it, big discussion and much feeling would arise in the Chamber, all of which might perhaps embarrass the President in Washington who seemed to be trying to arrive at some sort of a compromise, so I presented nothing.
  Looking back over such knowledge as I have of this question from the time when we first sat around the big table in the Bankers Club in April, 1920, I realize what a tremendous mistake your people made in inaugurating the program of "Picture Brides". We can sometimes see things a little more clearly when we look back at them. Beyond question, the feeling on the Pacific Coast and in the country generally against Japan over that program is more settled and bitter than it is over almost any other single thing done by Japan after the Gentlemen's Agreement was inaugurated. I cannot quite understand now why your Foreign Office did not consult our Secertary of State before that program was entered on. Possibly your Foreign Office did. If so then our State Department greatly misinterpreted what the reaction to this program would be amongst the people of the Pacific Coast and the people generally.
  The pending Immigration Bill has raised the question of discrimination all over the world. Several of the countries of southeastern Europe think they are insulted, just as people
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do. Frankly, I have no sympathy with that sentiment when it presents its objections from any country. The determination of who shall come into any country, whether that country be the United States or Japan or Italy or any other is solely in the discretion of the sovereignty itself, and that sovereignty has a right without giving any reason to establish any basis of immigration it sees fit. It could go so far as to say that it would only admit immigrants who were left-handed or who had red hair, and nobody would have any right to find fault with it.
  Moreover, it seems to me, after having sympathetically studied the question of the relations between your country and mine for a little over four years, we have got to do just what I said in my wireless message to you, and that is, readjust our minds. I have many dear friends in Japan. I admire your people immensely. I can think of no part of the world I would rather visit again. And yet, and I say this with no assumption of superiority whatever, I hold it to be true that Kipling was right when he said - "Never the twain shall meet. " Your civilization is older than ours, and in many ways finer. But it is different, and why shouldn't it be? The two are so different that nothing like amalgamation can happen without unhappy results. We shall be better friends and do better business between the countries if we frankly recognize this and proceed on that basis.
  I think we have pretty well come to the end of the road, as far as this discussion is concerned. I find as I write you I am questioning all the time whether anything I say may not be interpreted by you as some assumption of superiority on the part of my country or my race. I assure you I do not feel that way at all. It is just the fact that "East is East and West is West." That fact doesn't make friendship impossible. If the fact is frankly and completely recognized, I am very sure it makes friendship all the more possible.
  I am writing this note in advance of the final action of Congress, and I am writing it on the assumption that the bill is finally passed unless vetoed by the President and will substantially involve exclusion of all Japanese hereafter except such travellers and visitiors as are allowed under all arrangements between nations, to wit, members of the Embassies and Consulates, ordinary travellers, students, merchants, artists, etc.
  That you may not misunderstand my personal position, let me say that if I had the writing of the law I would give Japan the quota of two percent of the Japanese who were citizens of this country in 1890. That would amount to about 146 people
 - 第34巻 p.211 -ページ画像 
annually. But unfortunately, I am not a member of Congress and have almost less than no influence there.
           Very sincerely yours,
             (Signed) D. P. Kingsley
Viscount E. Shibusawa,
  Asukayama,
  Tokyo, Japan.
(右訳文)
          (栄一鉛筆)
          此来状之回答案ニ付而ハ姉崎又ハ山田博士等と協議致度候事
            六月十九日一覧
 東京市                  (六月四日入手)
  子爵渋沢栄一閣下     桑港、一九二四年五月七日
              ダーウヰン・ピー・キングスレイ
拝啓益御清適奉賀候、然は本書相認め候際には移民法は未だ決着を見るに至らず、クーリツヂ大統領の拒否するや否やに就ては逆睹するを得ず候
過般の貴電に対し、小生は同法案は排日的文句を含みたる儘にて通過する見込ある事と、従て閣下も吾々も其情況に適合する様準備を為さざるべからず云々との意味を御返電致置候、当時我商業会議所実行委員は華府事情の報告を作製し、五月一日の商業会議所例会に於て提出致候様小生等に依嘱致候も、其後種々討議之結果、此際何等の報告を作製せさる事に決定致候、実は小生報告を起草し此事による入国者の内に日本人を加へんことを要求せんとしたるも、若し之れを提出せば商業会議所内議論百出し、擾然終に収拾すべからざるもの可有之、且つ或種の和解点を見出さんと努力し居る大統領に迷惑を及ぼすべきを恐れたる為め思止り候次第に御座候
一九二〇年四月貴地銀行倶楽部に於て大卓を囲みて協議致候後、本問題に関し小生の知り得たる処を顧みるに、日本が所謂「写真結婚」を創始致候は日本国民として重大の過誤なりし事を確信致候、一般に回顧によりて比較的明確に其実相を観取し得るものに御座候
勿論太平洋沿岸並に全国一般に於ける本問題に関する討日感情《(マヽ)》は辛辣を加へ、紳士協約以来のあらゆる事件に対するよりも一層甚しきもの有之候
本問題に関し、日本の外務省が何故米国々務卿と協議せざりしかを疑申候、小生は外務省が協議せし事を推察致候も、果して然らば我国務省は太平洋沿岸及全国民か本問題によりて受くべき影響に付き甚しき誤解を為し居りしものに御座候
該移民法案の差別的規定は全世界に対するものなるを以て、欧洲東南の諸国の中にも日本と等しく侮辱を感じ居るもの有之候、然しながら忌憚なく意見を申上くれば、此規定に対し如何なる国より抗議有之候とも同情する能はず候、本来入国の許可は米国にせよ、日本にせよ、伊太利にせよ、其国の主権者の自由意志に存するものにて、移民の適否決定に就ては他国の干渉を許さす候、故に例へば左手利き赭毛の移
 - 第34巻 p.212 -ページ画像 
民のみの入国を許可するとも、之れに対し何人も異議を挟むの権利を有せず候
小生は日米問題を四年以上同情的に研究致候結果、無線電信を以て申上候通り環境に善処する外なしとの結論に到達致候、小生は日本に多数の親友を有し日本人を深く賞讚するものに候、小生が再び訪問せんとの希望を有する国は日本の外に可無之と存候程なれば、日本に対して何等偏頗の観念を抱くことは断じて無之候得共「相反する両者は一致せず」とキップリングの言へるは正鵠を得たりと存候、日本の文明は米国より旧く且つ多くの点に於て優越致居候、之即ち両者の相違にして亦当然の事と存候、然も其相違余り著しく、若し之れが融和を企図するに於ては不幸なる結果を避くること能はすと存候、此事実を認め之れを基礎として進むに於ては、両国は友邦として貿易を行ひ得べしと存候
以上述べたる処にて議論は已に尽きたることゝ存候。以上執筆中も米国若くは白人種の優越といふ観念を基調とせるにあらずやとの反問を受くる無きやと絶えず疑ひ申候、然し小生は決してかゝる感情を抱き居らざる事を保証致候、而て右は東洋は東洋にして、西洋は西洋なるに事実と共に真実に御座候、此東洋は東洋にして西洋は西洋なる事実は友交を不可能ならしむるものには無之候、若し此事実が赤裸々に且完全に認めらるゝに於ては、寧ろ却て友交は一層可能となるべきは必定と存候
本書相認候際には議会は未だ決議不致ず候へども、大統領が拒否せざれば結局通過すべく、而も国際条約によりて入国を認め居れる、大使館又は領事館員・普通の旅行者・学生・商人・芸術家等を除いては、今後日本人は一切入国を禁止すべしとの規定を包含せる儘通過すべしとの仮定のもとに筆を執り申候
猶小生の個人的地位に付誤解を避く為め一言加へ置候
若し小生が議員の一人ならば、一八九〇年に在留せし日本人の数の二分に当る数、即ち年々約百四十六名の比率を日本に附与する事に尽力可致候へども、不幸にして小生は議員に無之、従而議会には何等の勢力をも有せざる次第に御座候、右得貴意度如此御座候 敬具


(エフ・ムーア)書翰 渋沢栄一宛 一九二四年五月一〇日(DK340025k-0032)
第34巻 p.212-214 ページ画像

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〔参考〕(シー・シー・ピアース)書翰 小畑久五郎宛 一九二四年四月二四日(DK340025k-0033)
第34巻 p.214-219 ページ画像

(シー・シー・ピアース)書翰  小畑久五郎宛 一九二四年四月二四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
            PIERCE BROTHERS
           720 W. WASHINGTON ST.
              LOS ANGELES
               CALIF.
                      April 24, 1924.
Mr. Obata,
  Private Secretary to
    Baron Shibusawa, Tokyo, Japan.
My Dear Sir:-
  Many many times have I thought with sentiments of admiration and friendship of my noble and good friend, Baron《(Viscount)》 Shibusawa, and of you who were so gracious to us when we were in Japan just one year ago.
  …………
  Just now I have it in mind to say a few words regarding the recent Exclusion law passed by our national Congress. I want you and the Baron to know that there are hundreds of thousands of people in the Pacific coast states, and millions all over the country who do not at all desire such legislation. It has been said that in your own country there has been a militaristic party in the saddle, and that they have done things not at all in harmony with the better and more noble sentiments of at least a vast number of the Japanese people. So in America to-day, there are men making our laws in Washington who do not represent at all the real sentiments of the better class of the American people. We hope that they will not always be in power but they have done so much injury to America during the past four years, that we feel that it will take a generation or more to overcome the evil work they have done.
 - 第34巻 p.215 -ページ画像 
  …………
  I am inclosing copies of telegrams sent by me to Secretary Hughes, and to Mr. Hanihara, both of which will show my sentiments in this matter. I am also writing a letter to Senator Shortridge ― copy inclosed ― telling him how sorry I am that he has missed the opportunity of doing a great international service which would have been as good for America as for Japan.
  I trust you good friends of humanity who have done so much to establish and cultivate sentiments of international friendship will not get wholly discouraged for we true hearted ones of America are with you seeking to do our best to see that principles of world-wide brotherhood, friendship and brotherhood shall prevail. We say in the language of Paul, the great Christian Apostle of the first century, "We are perplexed but not in despair, persecuted but not forsaken, cast down but not destroyed. " We feel and indeed know that Justice will yet prevail.
  Mrs. Pierce joins me in greetings to you and to the good Baron, and in pleasant remembrances of our most delightful and wonderful trip to Japan last year. Please write to me.
    Sincerely and fraternally yours,
                (Signed) C. C. Pierce
  …………
(別紙1)
           PIERCE BROTHERS
           720 W. WASHINGTON ST.
             LOS ANGELES
               CALIF.
              (COPY)
                   April 24, 1924
Senator Samuel Shortridge,
  Washington, D. C.
Dear Sir :
  I read with a sad heart your communication to the Los Angeles Times, congratulating yourself on what I deem the nefarious work which was accomplished in the matter of the Japanese Exclusion Act, and for which you evidently expect to receive some credit, personally. Permit me not to congratulate you.
  You certainly have gained no friends by your activity in this unfortunate and untimely accomplishment. There are a great many people in this state and I think you would have to admit that they are among the very best people too, who cannot but feel that you have missed a great opportunity to do
 - 第34巻 p.216 -ページ画像 
some noble, statesmanlike and constructive work.
  Under the Quota plan, the result would have been practically the same as that now contemplated and Japan would have felt that she had been treated with that courtesy and consideration to which her history, her people and her place among the nations of the earch so justly entitle her.
  We cannot wholly blame some of our eastern representatives for their action; for their minds have been poisoned by the mis-statements of the enemies of Japan and false friends of America, who here on this coast have done much to stir up anything but sentiments of friendship between this country and Japan. It would have seemed, however, that any man of intelligence who was a real lover of his country, to say nothing of sentiments of friendship for all mankind, would have made some little attempt to adjust this matter ― which by the way does not need one-tenth of the adjusting that many claim and seem to think necessary ― it would have seemed, I say, that any man of real heart and judgment might at least have tried to adjust this matter in a way that would have done justice to some of the very finest people that have ever come to this country, and which at the same time would have avoided what amounts practically to an open and deliberate insult to a great, friendly and kindly disposed nation.
  Much as I regret to record the feeling, I cannot divest myself of the impression that after the work in which you pride yourself as having taken an active part, your words of professed friendship for Japan and appreciation of the noble qualities of her people ― and none deserve them more truly than they ― your words, I say of friendship and appreciation of their nobility and the rest, partake of the quality of "sounding brass and a clanging cymbal. "
  Is it not a fact that we are living in a time when it behooves all men to use every honest endeavor to further the principles of international comity, friendship and brotherhood? The trend of the age, all must see, is toward a better understanding and acquaintance between the various nations of the earth. The old barriers of prejudice and ignorance and race antagonisms are being obliterated. Am I not right therefore in supposing that our lawmakers shall do everything in their power to further this great cause? And should I not naturally hope and expect that our statesmen at Washington, who are supposed to represent the sentiments of real Americanism, would assist rather than retard this great movement toward a friendly and brotherly world?
 - 第34巻 p.217 -ページ画像 
  I want you to know that I have written these words far more in sorrow than in the spirit of offense. I have known your sister, Mrs. Clara Shortridge Foltz, in this city for many years, and worked for you when you were a candicate for the Senate. I rejoiced when you were elected to that high office, but I am compelled to state that your attitude in the matter of the Japanese question has been a very great disappointment to me. You need not have offended the enemies of Japan, by the course of action which I have suggested, and would have accomplished a great and lasting service to the general cause of world friendship.
              Very sincerely yours,

                      C. C. Pierce.
(別紙2)
  ………………
    (イタリツク体ハ赤インク)
    Copy of telegram to Secretary of State, the
      Honorable Charles E. Hughes.
 Thousands of voters in California feel that if one-tenth of the effort put forth to misrepresent, falsify and mislead, had been expended to inform eastern people regarding the real situation here, anti-Japanese legislation would have been defeated by an overwhelming majority. Quota plan the only just and fair solution.
                      C. C. Pierce.
   ○右電報発信日明ナラズ、四月中ノモノナルベシ。
(右別紙1訳文)
      (写)*
 華府
  サミユエル・シヨートリツヂ殿
         ロスアンゼルス、一九二四年四月廿四日
                   シー・シー・ピアース
拝啓、貴下が日本人排斥法成立の為に尽力せられ、終に其極悪非道の事業の成就したるを誇り、ロサンゼルス・タイムス紙に寄せられたる貴書を読み、悲歎禁ずる能はず候、貴下は右により人望を獲ん事を予期せられたるも、小生は断じて慶賀の意を表する能はざるものに候
貴下は此不幸なる且時宜に適せざる立法の為に尽力せられたれ共、之れが為に誰れ一人味方を得られざりし事と存候、貴下が崇高なる政治家としての建設的事業に従ふには、またと得難き好時機を空しく逸せられたりとの感を抱き居るものは米国には多数有之、而も上流人士の間に特に其数多き事は貴下に於ても否認せざる事と存候
若し比率の制度を採用致候はゞ、其結果は目下計画中のものと実質に於て何等の相違可無之、而も日本は其歴史、其国民及其世界に於る地位に従ひ、当然受くるに足るべき儀礼と待遇とを与へられし事を感得
 - 第34巻 p.218 -ページ画像 
したるなるべしと存候
吾国東部諸州の或議員の執れる行動に対しては、全然彼等を批難する事能はざる理由有之候、如何となれば、彼等は日米両国の友誼を損傷攪乱せんが為に種々の手段を講じたりし日本の敵、及び米国の佯れる友の誤れる言葉によりて其心を毒せられ居りし為に御座候、然れども世界人類の擁護者と迄言はずとも、苟も真の憂国者たる知識階級に属する人士中には独立の見識を以て欺瞞者の奸策を看破し、適当の処置を施し得たりしならんと相考へ候、而して斯る処置によりて吾国に渡来せる移民中最も優良なる人々に対し、正当の待遇を与へ以て偉大にして友誼あり且つ親切なる国民に対し、公然而も故意の侮辱を与ふるに等しき行動を避くることを得たりしならんと考慮致候
小生の感想を露骨に記述するは如何にも心苦敷候得共、貴下が主として関係せる事業の成功を誇りつゝ言はるゝには「予は日本に対して友誼を保ち且つ日本国民の崇高なる美徳を賞賛し、日本国民程美徳の賞賛を受くるに足るものは他に無之と存候」と日本に対する友誼及其美徳・賞賛に関する貴下の言語は、単なる「空世辞」に不過との感を禁じ得ざる次第に御座候
現代は国際間の儀礼、友誼及親善の主義を助長する為に凡有正直なる努力を致すべき時に候はず哉、世界の各国は互に諒解と親善とを助長せんとするは現代の傾向に候、偏見、無知及人種的確執といふが如き旧式の檣壁は消滅に帰し候、故に我国の立法府に於ても此本旨を助長する為に全力を尽すならんと想像致候とも敢て無理ならぬ事と存候、真の米国精神の代表者として期待せらるべき華府の政府当局者は、友誼と同胞心とに充てる世界を実現せんが為に援助すべきものにして、決して之を妨害すべきものには非らざるべくと思考仕候
右の如く申上候は憤懣の飛沫にはあらずして、寧ろ悲痛の極に発したるものに御座候、貴下の御令妹なるクララ・シヨートリツヂ・フオルツ夫人とは当地に於て永年御交誼を忝うし居り、貴下が上院議員候補者として選挙に臨まれし時は、小生も微力を相尽し申候、貴下が当選せられたる時小生は大いに喜び候得ども、日本人問題に関する今回の貴下の態度を見、小生は失望を禁ずる能はず候、若し貴下が小生の提起したる方法を以てせば、排日家の怒を買ふこともなく、却而世界の平和の為に偉大にして永続的なる貢献を為し得られし事と存候 敬具
 *(欄外記事)
 子爵の御意見としてピアス氏へ申送る言葉
 日本を訪問せられし為め実情を知られし故、同情も強く従つてシヨートリツヂに対する非難も強烈を極めたりと思ふ。不都合なる移民法は法律となりし為め甚た遺憾ながら、米国建国の主義なる正義人道は斯る法律を其儘には捨て置かすと思ふ。此事は外部より攻撃する時は却つて反感を催すべしと思ふ、依つて国内の同志諸君に奮闘を願ふより良策なかるべしと思ふ。ヒユーズ氏《(へ脱)》の電報は実に子爵の意を得たるものなり。
(右別紙2訳文)
    国務卿ヒユーズ氏に宛てたる電報写
 - 第34巻 p.219 -ページ画像 
加州に於る幾千人の有権者は、若し誤伝・虚妄・欺瞞の為に費されたる努力の十分の一を以て、加州の実情を東部の国民に伝へしめしなば排日法は圧倒的多数を以て否決せられしならん、比率の計画は唯一の正当且つ公平なる解決策なり
                       シー・シー・ピアース
   ○埴原大使ニ宛テタル電報略ス。



〔参考〕(小畑久五郎)書翰控 シー・シー・ピアース宛 一九二四年七月一九日(DK340025k-0034)
第34巻 p.219-221 ページ画像

(小畑久五郎)書翰控 シー・シー・ピアース宛 一九二四年七月一九日
                   (渋沢子爵家所蔵)
           (COPY)
                    July 19 1924
Dr. C. C. Pierce
  720 W. Washington St.,
  Los Angeles, Calif.
My Dear Dr. Pierce,
  Your esteemed letter of April 24 together with a copy of your letter to Senator Shortridge and copies of your telegrams to Secretary of State Hughes and Ambassador Hanihara was transmitted from Mr. Y. Sakamoto of Shanghai to me and it reached me on May 30th. Ever since I had heard from you, I have been intending to write you, but letters and printed reports from America to Viscount Shibusawa, preceding to yours claimed their priority for translation. Hence this long delay for which I must beg your pardon. The Shortridge letter and the telegrams were translated in full and submitted to the Viscount, and your letter to me was verbally communicated to him, so that he could get a full sentiment expressed by you about the passage of the Immigration Bill with the Exclusion Clause. His veiws will be stated later.
  I have not been able to ascertain the welfare of your good friend Mr. Abe for the reason that there are so many Abes in Japan that he can not be identified unless his initial is given. I thank you most heartily for the explanations you gave on the sad situation brought about in the United States against us Japanese. However, I can fully enter into the difficulty with which your nation is confronted, on account of the heterogeneous population whose ideas and ideals do not conform to those principles of justice and humainty preached and practiced by your great forefathers. I would hail with enthusiasm any attempt you true Americans make for Americanizing and unifying unruly and selfish elements dumped into your Eastern shores from the "White race" countries. I rather admire what Congress has accomplished in restricting the European immigrants to your country. They are the ones who gradually
 - 第34巻 p.220 -ページ画像 
undermine American ideals by Europeanizing them instead of their being Americanized. They finding themselves in a newer and better atmosphere saturated with sweet order of freedom and fair play may become intensely patriotic and loyal, being jealous of every whit of America. This mental fervor tends toward selfishness and exclusion. Such was the case with the Japanese for Japan at the time of the Meiji Restoration and the Jews for their tribe for a long time. All this intense patriotism is good nationally, but it is sadly inadequate internationally, and in these days anything that is internationally inadequate and weak is out of date. But for a time being it might be a necessity for America to shut her ears to the noise of the surrounding nations and to seclude herself, so that she may uninterruptedly exercise herself to restore her ancient spiritual beauty which manifested itself through the lives and personalities of Washington, Lincoln, and Wilson,―and sane and full-orbed internationalism. The entire Japanese would have praised the action of Congress had it put Japan under the quota basis. Yea, total exclusion would not offend Japanese if it is equally applied.
  Viscount Shibasawa is instinctively sympathetic with the idea that America needs strengthen her national solidarity, and he knows that the time-honored Nationalism of the real America was characterized with the broad spirit of Internationalism. The Vicount believes that your contention with Senator Shortridge was undoubtedly intensified and sharpened by the fact that your recent visit to Japan revealed to you the true Japan. He regrets most pungently Congress' enactment of the Immigration Law with its Exclusion Clause, but at the same time he is quite confident that the sons and daughters of Washington, champions of justice and humanitywould be far from being satisfied with the present condition, and the true Americans will surely come to right the wrong if the work is fully entrusted into their hands. He thinks that an outside interference is rather detrimental, cuasing some resentment even among the well-meaning citiziens of America. Therefore he would bear with patience hard as it is for him to do so until some move comes from your side. Your telegram to Mr. Hughes was, he said, exactly what he should have done if he were an American citizen. Viscount Shibusawa is absolutely irreconcilable to the idea of discrimination and he is determined to fight it out. And so we! He wants me to tell you that he is glad to know there are many Americans of your type.
  I remember with a peculiar pleasure of the visit of Dr. Crawshow and your good self to our country and hope to have a
 - 第34巻 p.221 -ページ画像 
privilege of seeing you again sometime and somewhere while still in the flesh, believing that it is a foregone conclusion that we can see each other in heaven. Please remember me to Dr. Crawshow when you write him.
  With my best wishes to you, I am,
           Very cordially yours,
                     K. Obata



〔参考〕国際知識 第四巻第四号・第六九―七二頁 大正一三年四月 思慮ある米国人に訴ふ 法学博士 阪谷芳郎(DK340025k-0035)
第34巻 p.221-224 ページ画像

国際知識 第四巻第四号・第六九―七二頁 大正一三年四月
    思慮ある米国人に訴ふ
                 法学博士 阪谷芳郎
 最近、ワシントン州選出上院議員ジヨンソン氏が、日本人排斥の為に、米国憲法修正案を上院に提出したので、日米間親交の事態は容易ならざるものとなつた。余は右事態を憂慮するの余り、標題の如き英文パンフレツトを作り、日本平和協会の名によつて、思慮ある米人の反省を促すべく、アツピールを発した。左に其の内容の概略を紹介する。
 ジヨンソン氏提案は憲法第十九条の修正であつて、その要旨の第一は、米国の市民権を享受し得る権利なき外国人の子は市民権も帰化権もなし、第二の点は市民権を得る能はざる両親の子にして米国内で生れたものも米国市民たり得ず、と修正することである。
 此の修正案は字句に慎重の注意を加えて居るから、明に日本人とは指示はして居ないけれども、真意は日本人を排斥し、日本人移民を禁じ、米国生れの日本人から帰化権を奪はんとするものと見ることが出来る。
 日本は一九〇八年に両国間に協定された紳士協約を忠実に遵守して来て居り、年々米国に入国する日本人の数は米国から日本に帰る数よりも少数であることは米国政府の統計の明かに示して居る所である。
 修正案は日本人を排斥するのみならず、米国生れの日本人から市民権を奪はんとして居るのである。米国政府の統計に拠れば米国在住の日本人は二十二万で、此の内には米国で生れた者も含んで居る。米国で生れた者は米国の憲法に拠つて市民たる権利が保証されて居るのである。此の内十一万は布哇在住民で、八万が加州、残余の三万が米国全土に散在して居るのである。
 此等の移民は初めは日本政府が送つたものでもなければ、自発的意志で渡航したものでもない。元はと言へば労働力の不足を痛感した米国資本家が招いたのである。而して移民の多くは農業に従事し、前住者が荒廃に近からしめた土地を開拓し其の産出額を増加せしめた。此の意味に於て米国の国富に多大の貢献をした。又世界戦争中には喜んで米国軍に従ひ其子を戦場に送つた。戦時公債にも自発的に応じた、斯て忠実に米国市民としての義務を尽して居る。
 布哇の人口二十六万の内十一万は日本人で、其の多数は一八九八年に米国が同島と併合する以前から在住して居るのである。布哇と日本との関係は米国の併合前から存在して居るのであるから、布哇在住日
 - 第34巻 p.222 -ページ画像 
本人に対する日米両国の関係は、米国本土に在住する日本人に対する関係とは自ら異るものがあるのである。而して米国在住民十一万中、米国生れの者は三万に過ぎない点から考ふる時、何故に憲法を修正してまで此等の日本人を圧迫しなければならないかは不可解である。今次昨年十二月六日上院に修正案を提出したジヨンソン氏はワシントン州選出と、又ジヨンソン氏と共に昨年十二月五日に下院に同一精神の決議案を提出したレツカー氏はカリフオルニア州選出の議員である。
 日本は久しい間門戸を閉鎖して居たが、一八五〇年前後にペリー提督に依つて国際関係の圏内に引き入れられた、其の結果日本は其後長足の進歩を達した、この点に於て日本は米国に非常に感謝の意を持つて居る。従つて日米間国交険悪になることは日本人として甚だ遺憾に堪えない、若し避け得べくんば避けんものと種々の方法が考へられたけれども一として成功しなかつた。
 排日運動は当初はカリフオルニアに限られ、夫を唱ふるものも労働者に限られ、理由は純粋に社会的及経済的理由であつたが、最近ではカリフオルニア以外にも伝播し、唱導者も新聞記者・軍国主義者・政治家等もの範囲にまで及び、国際問題化して来た。過去の運動を回顧する時其の将来も暗澹として居る。若し修正案が通過すれば、両国間の国交に悪影響を及ぼすべきことは憂慮に堪えぬ所である。
 幸にして現在日米間の友誼は親交を加へて居る。其の理由は(一)日本が紳士条約を厳重に遵守し写真結婚を禁止し、(二)華府会議に於て吾々は海軍制限に対する米国の意図を尊重し、我が対露及対支政策に於ても米国の意志を充分尊重して来て居る。而して海軍条約実施に就ては我が国は忠実に履行して居るは言を俟たざる所である。(三)過般大震災に米国民の日本に対して寄せたる同情は痛く日本国民の心底に感銘する所あり、ウツヅ大使帰国に際して日本国民が示した熱烈な感謝の意の如き此の間の消息を伝ふるに充分である。
 余は米国の人士が今回の憲法修正動議の結果が及ぼすべき悪結果に無関心であるとは考へられぬ。世界戦争は世界の各国に多大の惨害を与へた。其の内日米両国のみは比較的損害が軽微であつた。世界の或部分には機会ある毎に日米の国交の害せられんことを欲して居る人がある。夫等の人々は日米戦争の起らんことのみを願つて居るのである。
 もとより憲法修正は米国の国内問題であるけれども、其の吾人に影響する所は甚大である、吾人は只帰化及他の権利に於て他の国民と平等の待遇を受けんことのみを要求するのである。又土地法其他の法律に於て、現行法に遵拠して日本人が他の文明国民と同一の待遇を受けんことを要求するのである。米国に於ける有色人種さへ帰化の権を完全に有して居る。これはワシントン又はリンコルンの如き大政治家の努力に負ふ結果であるが、日本人がこれらの土人よりも以下の地位に置かれるは不当と言ふべきである。
 一九二〇年十月十三日東京に開かれた日曜学校大会に於て、次の如き諸決議を声明して居る。
 一、吾等は人類の共同連帯に関して確い信念を持つて居る。此の基本的事実を無視する人種的又は国民的保全に関聯する取極は世界
 - 第34巻 p.223 -ページ画像 
の平和を害することを確信す。
 二、国民間の相互扶助又は相互依存の精神を深めるに資する全ての運動を尊重すると同時に、誤解不和を招くべき一切の行為を非難す。
 三、世界の同胞主義の実現可能を信じ、人類共通の善の信条に忠実であることは、習慣風俗の相似よりも以上に各人種各国民を結合せしむるものであることも信ずる。
 四、吾々は国民又は人種に対して差別的待遇を与ふるが如く見ゆる国策又は外交政策は、世界平和樹立てふ最善の努力を壊滅せしめ又害意あるものと信ず。
 此の会議に参加した者数は三十余の国民を代表する二千人の代表者と三千万の生徒と教師で、其代表者中米国人が実に五百人以上あつた
 右の決議は極めて公正で、世界の傑れた政治家及人民はこの趣旨に同意するだらうと思ふ。又人類社会自然の進化の帰趨も亦此の方面に向ふことゝ思ふ。余は米国民の指導者も亦この決議実行の支持者となることを確く信じて疑はない。故に余は今回憲法の修正案も実現不可能なるべしと信ずる。勿より余は憲法修正が実現されたからとて直に両国間に戦争の惨禍が起るとは思はないけれども、両国間の温い真摯な友情は終熄するであらう。憲法修正の報道が伝はれば日本七千万の国民には憤懣憎悪の感情が起るであらう。七十年前ペリー提督は日本の門戸を開いて呉れた、日本は其結果今日の知識と文明とを贏ち得た此の一事に対する日本の感謝の念は失はれ、其の代りに不快の念が起るであらう。而して華盛頓其他の協定の精神も失はれるであらう。不正は独り日本人のみならず、支那人其他の亜細亜人にまで及ぶであらう。永遠に米国と亜細亜との障壁となり、世界恒久平和に対して門戸を鎖すことにならう。取りも直さず世界平和に対する大障害であり、文明の進歩を障礙することにならう。十一万の日本人、其の内三万は米国で生れた者である、それを米国外に追はんとするは米国の大罪悪である。如何にして吾人は自由と正義の最も尊重される米国に於て斯ることが行はれるかを信ずることが出来ないのである。如何にして開明の二十世紀に斯の如き罪悪が行はれるか想像出来やうか。紳士協約締結以来日本人労働者は一人も米国に入国することが出来ない、若し日本人と米国内の他国人との雑婚が許されるならば、日本人の血は漸次に稀薄になり終に皆無になるであらう。米国が修正案を可決しやうとする意志を有するのは果して何のためであるか、不可解と言ふべきである。
 布哇に於ける日本人は、アメリカの布哇併合前に移住したのである而して、気候その他の関係で白人労働者は、日本人と競争することができなかつたのである。故に日本人は布哇の文明に対し欠くべからざるものである。布哇の日本人はアメリカ本土の日本人と同一には考へられない、而して彼等が米国の忠実なる国民として、布哇に尽してきた事は云ふまでもない。余はどうして二・三の上院議員又は下院議員がこの問題を政争に使ひ、後にまた一般のアメリカ人がこの修正の重大なる性質に気がつかないことを不思議に思ふ。余はアメリカ人が正
 - 第34巻 p.224 -ページ画像 
義の点に於ても、慈善の点に於けると同様に寛大であらん事を望む。
 余は日本を愛すると同様に米国を愛し、世界の平和及び日米両国民の永遠の友情を心から冀ふものであることは言を俟たない。



〔参考〕竜門雑誌 第四二九号・第五七―六五頁 大正一三年六月 ○米国移民法案に就て 法学博士 山田三良(DK340025k-0036)
第34巻 p.224-229 ページ画像

竜門雑誌 第四二九号・第五七―六五頁 大正一三年六月
    ○米国移民法案に就て
                 法学博士 山田三良
      一
 今日米国議会の問題となれる米国移民法案について、日本との関係の上よりいへば、移民問題は既に一九〇七年に所謂日米紳士協約が出来てそれによつて解決されて居つた問題を、更に今改めんとすることになるのである。故にこの法案についてよく真相を理解する為めには第一紳士協約の成立した事情を明かにすること、第二にその以後日米間に於けるこの移民問題についての関係の推移を明かにすること、第三に今日米国議会の問題となれる移民法案の性質その他を明かにすることが、必要なのである。
      二
 先づ所謂紳士協約の出来たのは一九〇七年(明治四十年)であつた。その前年の明治三十九年四月桑港の大震災に際し、前年以来勃興せる排日運動は益々暴威を逞し、つひに日本児童を米国の公立小学校より放逐して、清韓児童と共に東洋人小学校に転校せしむべく桑港市学務局は決議したのである。この日本学童排斥問題はやかましい日米間の問題となり、日本の方ではその面目を蹂躙するものとして厳しく米国政府に反省を促した。時の大統領ルーズヴエルト氏は我国の要求に深く同情を表し、日童隔離令の不当なることを明かにして、桑港市民にその取消を求める旨教書中に附言した。これに対し桑港の排日派では州権不可侵を楯として反抗し、大統領の調停を肯じなかつた。玆に於て大統領は日本の面目をたてるため、桑港は学童隔離令を撤廃すると共に、中央政府は移民条例を改正して布哇在住労働者の転航を禁止し且日本政府に対して労働者移住の制限を求めることゝした。当時の日米条約第一条は労働者たると否とを問はず、互に往来及び居住の自由を保障せりと雖も、同第二条但書には労働者の移住に関し、現に行はれ又は将来制定せらるべき法律規則には、何等の影響を及ぼすことなしとの留保的規定を存したるが故に、米国政府が我労働者の移住を制限しても、条約上日本政府は何んともいへないのであつた。が併し一八八二年の支那人排斥法の如く、米国の法律で日本人排斥を規定することを甘んじてうけることが出来ぬといふのが、我が国の終始変らぬ態度であつた。ルーズヴエルト氏は日本が自制的に移住を制限するならば、敢て国内法で禁止又は制限することをしないといふ意向を示したので、これに基き我が政府は官吏・学生・商人等労働者以外の臣民に対しては米国大陸行の旅券を下附するも、労働者に対しては再渡航者、米国在住者の父母・妻子、若くは米国の農園に財産関係を有する者を除くの外は一切渡米の旅券を下附せざることとし、我国が斯の如く自制的に労働者の移住を制限する以上は、米国も亦その在住邦人に
 - 第34巻 p.225 -ページ画像 
対し差別的待遇を与へないといふことが、実に暗黙の条件となつて居たのであつた。これは日本の一方的の覚書であつたが、爾来忠実に之を守り、一九一一年の日米通商条約の改訂に際しても、日本政府はこの紳士協約を確実に維持することを宣言したので、米国政府に於てもそれに対して旧条約第二条の但書を削除することに同意し、我移住民の制限に関して法律を制定せざることを承認したのであつた。
      三
 かくの如くにして移民問題は日米両国間に於ては既に解決された問題である。其後日米間に発生した問題は移民問題に非ずして在米日本人の待遇問題、地位の問題となつてきたのである。
 在米日本人に対する差別的待遇の端緒は、前述の学童隔離問題であつた。その学童隔離問題はルーズヴエルト氏の斡旋で解決はしたが爾来排日派はあらゆる機会を以てその目的を貫徹せんとした。がル大統領時代は中央政府の威圧で排日的規定の成立は不可能であつた。而して在米邦人は自然に増加し彼等は主として田園の労働に従つてゐたが小作に従事するものは漸次に小地主となり、小地主になつたものは更に成功して大地主となり、到る所に日本人の農園が出来た。近年に於てその人口は加州全人口の百分の二に達し七万二・三千人となり、彼等の農産物は加州全産出額の百分の十一となつた。かゝる盛なる状況につき加州排日論者は頭を擡げきて労働状態の低下することを絶叫し日本人が土地を所有することはやがては加州全体が日本人に占領せられるのだと、まことしやかに宣伝するに至つた。こゝに於て労働者間の経済的問題は一変して政治上、社会上、国際上の問題となつた。そこで一九一三年(大正二年)日本人の農業を圧迫する目的の下に外国人土地所有権法といふをこしらへ日本人の土地所有を禁じた。その法文は第二条に於て左の如く規定してゐる『合衆国市民たるを得ざる外国人は該外国人の本国と合衆国との間に現在する条約に規定せる方法範囲及目的に於てのみ不動産又は不動産上の利益を取得・保有・使用及譲渡することを得』不幸にして日米条約は土地の所有について何等規定するところなく、且農業をなしうるか否かも規定するところがなかつた。当時加州の排日熱は非常に強くあり、殊に当時の知事はハイラム・ジヨンソン氏であつて、タフト大統領の勧告をも斥けてつひにこれに署名した。
      四
 これまで欧羅巴人と同様であつた在米邦人はこの法律の制定によつて不当且差別的な権利の制限を受けねばならなくなつた。我が政府及び国民は抗議に抗議を重ねたが我国と違ひ米国は中央政府の主権が憲法により与へられたものであつて各州の立法権を左右し得ないのであるから米国政府は如何ともすることが出来なかつた。従つて該法案成立の上は、最早残された方法は大審院に訴へて米国憲法に違反するか日米条約にするかにより之を無効とすの判決を得ることであつた。かくしてそれはそのまゝ日米間の懸案として数年を経た。しかし、この法は既得の権利は尊重し、且つ三年間の借地権は許されたので在米邦人はこゝに活路を見出し借地を更新して農業を継続してゐたのである
 - 第34巻 p.226 -ページ画像 
その結果は一九一三年に耕作農園地二八、一六八七英町であつたが、一九一九年には四二、七〇四〇英町に達し、土地所有権禁止法の実施以後数年ならずして却て十四万五千英町の増加を見たのである。こゝに於て排日論者は実際の結果に見て一九一三年の法律の効力なきを悟り、たまたま一九一八年世界大戦の終了後日米間には山東問題・シベリヤ問題・朝鮮問題等の各種の政治問題が惹起したが改選期に近づいた政治屋連は巧にこれを利用して猛烈な排日運動が再開し、一九二〇年には借地権を禁ずること、米人と会社をたてゝ土地を所有することも禁ずる、又米国に生れた子供の名義にて土地を所有借地することも禁ずること等の規定を含んだ、日本人の農業を根本より覆へす法律を――新排外土地十四ケ条《(法脱カ)》を、イニシエチーヴ(人民投票)によつて制定した。而して、これと同様の法律は一九二二年迄の僅か二・三年間に西北十一州の間に制定せらるゝことゝなつたのである。かくして日本人の農業は殆んど計画がつかぬ程に根本的に破壊されんとしてゐるのである。この差別的待遇を如何にするかゞ今日の最も困難なる問題となつた、日本の側より日米問題といふのは即ちこれであつた。
     五
 吾人は、今回のことを激発せしめたことについては尚最近の事情を考慮するの必要あることを信ずるものである。
 一は、米国大審院の最近の判決
 二は、我国の地震による天災が
その原因となれるものである。一昨年即ち一九二二年十一月米国大審院は布哇在住者小沢孝雄の事件につき、日本人に帰化権無きことを確定したのであつた。それは従来未定であつて、在米邦人中にも往々帰化権を許与せられた者もあつたのである。然るに今や大審院の判決で日本人は帰化し得べからざる外国人であると極印をつけらるゝに至つたので、排日論者は得たりかしこしとあらゆる方面に日本人の権利を差別的に制限することが正当であるとするに至つた。特に昨年十一月に宣告した四つの裁判で、加州其他の州法中日本人に対する差別的待遇の規定が米国憲法の『平等の保護』に関する条項にも違反せず又米日条約の規定にも矛盾せずと保障したのである。此の判決に接したる彼等排日論者は大いに其成功を喜び、今まで差別的規定の無効を顧慮して居つた態度を一変して差別的待遇の適法なることを確信するに到つた。自分はしかしこれが果して米国憲法の精神にかなつてゐるや否やを疑問とせざるを得ない(法学協会雑誌本年四月以降掲載の『排外土地法に関する米国大審院の判決と日米問題』参照)が排日論者をして、日本人に一層根本的の排斥を行ひその勢力を駆逐するのは今の内であると信ぜしめたのはこの判決であつた。時あたかも不幸にして昨秋大震災は東京・横浜を襲ひ、その結果は今日吾等が感ずるより幾層倍も強く我が国力の失墜低下を世界に感ぜしめたので、米国の低級なる排日派政治家、人気取りの煽動政治家たちをして、この際恰も往時支那人排斥法を制定せしと同様に根本的に日本人を排斥せねばならぬと感ぜしめたことは深く遺憾としなければならない。
      六
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 今回米国移民法案は、一九一七年五月より実施せられた移民法中欧洲移民の入国制限に関する規定がこの六月で期限がみつるので、それの改正案として議会に出たので元来我国移民に関係なき法案である、然るに此の機会に於て下院ではジヨンソン氏一派が日本人排斥の規定をこれに挿入し、上院にても種々の排日案が提出され、これが日米両国間の問題を惹起するに至つたのである。一九一七年制定の現行移民法は帰化し得べからざる移民の入国を禁止するといふ形式をとらずして、亜細亜人の移民を、日本又フイリツピンを除いて地理的経緯度によつて亜細亜大陸及び附近の諸島よりの移民を絶対に禁止するといふことにしたのであつた。而して日本人については欧洲諸国と同じであつて只紳士協約によつて自ら移民を送らぬといふことであつた。それを今回の法案によると一般的に帰化権を有せざる者の入国を禁止し、一方には紳士協約を廃止し、他方には日本人も支那人印度人と同様に米国の法律を以て入国を禁止せんとするものである。しかしかゝる法案は実に現行日米条約に違反し、且つ又紳士協約に違反するものと断ぜざるを得ない。何んとならば日米条約第一条は労働者たると否とを問はず互に往来及居住の自由を保障してゐるのである。我邦労働者の移住し得ざるは紳士協約あるが為である、従つて若し紳士協約が廃止されるといへば現行日米通商条約の規定のみが行はることゝなり、すべての労働者が自由に渡米し得ることゝなるのである。従つて日本労働者の移住を禁止せんとする新法案は明かに日米条約の明文に違反することになるのは国務卿ヒユーズ氏が明言する如くである。紳士条約については上院がいふ処によれば、上院の協賛した条約ではないから之を無視すると云ふのであるが、そは形式上の議論であつて、実際上から言へば紳士協約は立派な条約で一字一句の末に至る迄日米両国政府が厳密に協定したものである。只条約といふ形を避けたのに過ぎない。従つて条約と同様にこれを一方的に自由勝手に変更し得ない。日米両国はこれと矛盾した法律命令をなし得ないところの義務をもつ。故に、米国政府としてはこの義務に反する法律案に協賛することは出来ぬのである。国際道徳上よりいへば条約と同様で、国際道徳を遵守する以上は、その条文を無視して突然日本の移民を禁止することはなし得ない筈である。国務卿が切に議会に対し反省を促してゐるはそうあるべき事である。然るに上院に於ては移民の制限といふことは議会の随意に行ふべきことであつて他国政府に一任しておくのが不都合であるといへるが、これは勿論米国の法律がいかやうに制限するも勝手たるべしと雖も今迄の両国間の取極めを変更するには新なる取極めによつてなすべきである。かゝる法案が下院を通過したことすら驚くべきであるに、外交事情に精通した多くの議員を有する上院に於ても亦大多数を以て同様の法案を通過せしめたことは吾人の理解し得べからざる所である。時折しも改選時期に迫つてゐるので或は選挙区に対する関係や、現大統領又は国務卿に対する政争関係等と相俟つて、埴原大使の抗議の為め一時の感情に制せられたる結果でないかと思はれるのである。しかし冷静に帰ればかゝる決議も何とか修正されることと想像されるのである。よし斯かる法案が通過するとしても私は米国の
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光栄の歴史と国際信誼と相俟つて大統領・国務卿はかゝる法案を終局的に成立せしめないであらうと信ずるのである。
      七
 而してかくの如くなつた以上は紳士協約のみの上に移民問題をこのまゝに放任することは出来ないことゝなつた。之が善後策として自分の希望するところをいへば
 第一に紳士協約を正式の日米条約に改訂すること、従来体面を重んじて紳士協約を一方的覚書とし、且秘密としてゐたが、今やその秘密は米議会のために公にされた。此の機会に於てこれを公然と両国間の条約と為し且この条約にて移民の制限を一層厳重にして排日気運を緩和することに努めること。
 第二には、米国をして在米日本人の差別待遇を一切廃止せしめること。即ち排日法律は条約上の規定に依ることを認むるが故に、すべての権利保護について、最恵国の待遇を与ふべき旨を条約上に保障すること。
 第三には米国をして日本人に帰化し得べき資格を認めしむる事。米国帰化法に改正を加へ、総ての日本人に帰化する権利を有せしむるといふのでなく、在米日本人中米国政府に於て帰化を許可するに適当なる資格を具備する者は之れを許可し得ることを条約で保障するか、又は米国の法律で之を認むることが必要である。
 第四には、二重国籍問題を解決すること。米国は米国に生れ米国市民たる者が尚日本の国籍を保有することを嫌ふから、日本は自ら進んで米国に生れ米国の国籍を取得し、引続き米国に居住するものには届出に依りて日本国籍を喪失せしむることゝし、現行国籍法の如く年齢の制限や、内務大臣の許可を要求せさることにしたいと思ふ。
 第五には、我国に於ても外国人土地所有権法を実施して相互に土地所有を認むること。
 我国と米国とは実に開国以来の親友であつて太平洋をはさんで互に通商貿易日に月に盛んである、のみならず亜細亜の開発も東西文化の調和ともに両国民の協心協力を必須の要件とする。日米両国は何れの点に於ても利害の衝突は見出し得ない。たゞ残る所は従来適法に入国したる在米邦人の待遇問題のみである。我国の求むる所は労働者の入国にあらずして我国民に対する平等の待遇である。この問題さへ解決し得ば日米両国は太平洋をして永久太平たらしめ得るのである。吾人は偉大なる米国民がその建国の精神に顧みてかゝる不当不合理の法案の撤廃を促すとゝもに、更に進んで此の問題を根本的に解決するに至らんことを切望するものである。(帝国大学新聞)

      日米移民問題の略史
 一九〇〇年 桑港排日派は市民大会を開き排日決議をなす。
 一九〇一年 一月カリフオルニア州知事教書を州会に送り、州会日本移民制限の建議案を可決し、之を中央議会に送附す。
 一九〇六年 十月桑港市学務局は日本人学童の為隔離学校を設くる決議をなし、初めて日米間の公式交渉案件を発生した。十二月大
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統領ルーズヴエルト氏議会に教書を送り、排日運動を阻止す。
 一九〇七年 日本政府学童排斥中止の交換条件として在ハワイの日本人の大陸転航禁止に同意し、十二月三十一日日本の移民自制を約せる紳士協約成る、此年日本人土地所有権禁止案始めてカリフオルニア州会の議に上り、ルーズヴエルト氏干渉阻止せしむ。
 一九〇九年 日本人土地所有権禁止案カリフオルニア州会に現れ、ルーズヴエルト氏干渉阻止。
 一九一一年 同タフト氏干渉阻止。
 一九一三年 ウイルソン大統領の干渉ありたるも不成功に終り、同年五月十九日初めて日本人土地所有権禁止借地権制限の法律成立す。
 一九一五年 帰化不能外国人移民禁止条項を含む移民法案米国議会に出づ、バーネツト法案とす、成立せず。
 一九二〇年 十一月カリフオルニア州の一般人民投票に依り、邦人の借地権を全禁し、且つその米国生子女の後見人たることを禁止する新排外土地法成立す。
 一九二一年 三月ワシントン州会、日本人の所有権禁止を目的とする外国人土地法を通過す。
 一九二二年 十一月米国大審院は、日本人の帰化権無き旨判決す。
 一九二三年 十一月米国大審院は、加州及ワシントン州の排日土地法を有効と判決す。
 一九二四年 四月、米国議会初めて日本人排斥を目的とする帰化不能外国移民禁止条項を含む移民法案を通過す。
  依りて大統領は上下両院の移民委員と協議し、該法案の実施を一九二六年三月迄延期すべしとの提案をなせり、之に対して右委員等は一九二五年三月迄延期すべしとの妥協案を作製して大統領の諒解を得之を上下両院の本会議に附議したるも遂に否決せらる。
  五月中旬排日条項を含む移民法案は大統領に回附せらる、依りて大統領は之を労働省に回附し、更に之を国務省に回附す。
  五月二十六日、大統領は終に弁明書を附して移民法案に署名す、而して其弁明中に、若し排日法案が単独に提出せらるゝならば何等躊躇する所なく否認すべきも、合衆国に取りて最も緊急を要する移民法と相関聯して提出せられたるが故に、止むなく署名するものなりと。
  五月三十一日、排日条項を含む移民法案の通過に対し、日本政府は米国政府に抗議を提出す。



〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第六八〇―六八三頁昭和七年二月刊(DK340025k-0037)
第34巻 p.229-230 ページ画像

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〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第六九三頁昭和七年二月刊(DK340025k-0038)
第34巻 p.230-231 ページ画像

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