デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.16

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.507-551(DK340058k) ページ画像

大正14年5月12日(1925年)


 - 第34巻 p.508 -ページ画像 

是日栄一、当委員会会員頭本元貞ヲ招致シ、同人ガアメリカ合衆国ハワイニ開カルル太平洋問題協議会ニ出席シ、次イデ合衆国本土ニ渡航シテ同国千九百二十四年移民法改正ノ機運ヲ促サンコトヲ勧ム。十六日頭本之ヲ承諾ス。六月六日当委員会主催同人送別午餐会、丸ノ内東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一ハ病気ニヨリ出席セズ。頭本帰朝ノ後九月二十一日、当委員会主催同人歓迎及ビ報告聴取会同所ニ開カレ、栄一出席ス。


■資料

(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)五月一四日(DK340058k-0001)
第34巻 p.508 ページ画像

(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)五月一四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、一昨日ハ久々にて親しく御面謁の機を得、殊ニ御病後と思はれさる御元気の御懇話を辱ふし欣喜ニ不堪候、其節御申聞相成候ホノルル並ニ米本国行の御下命ニ付き、事務所ニ帰来直に事業の同志相集め協議仕候処、出席同人等ハ賛成致し候得共、欠席の者両名有之候ニ付本日是非出社の通知差出候処、内一名ハ出社賛意を表し候得共、一名は無拠差支出社不致ニ付、明朝同人面談までは確答申上兼候、併し前陳の次第ニて残全部賛成候付き、十中九までは何等故障無之事と奉存候、何れ明日中御確答申上候得共、右概状不取敢御報申上候、猶精々御加養奉祈候 敬具
  五月十四日
                          元貞
    渋沢子爵閣下

(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)五月一六日(DK340058k-0002)
第34巻 p.508-509 ページ画像

(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)五月一六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、陳者昨日態々増田君御遣ハし相成恐縮奉存候、同君を以て申進候通り昨日仲間(一名を除く)の決議ニ依り御下命拝受仕候事ニ相成り、小生ニ於ても衷心より満足ニ奉存候、又右不在社員今朝出社直に賛成を表し呉れ候ニ付、何等後顧の必要なく専心御申付の用務ニ奔走致得候次第ニ御座候、就而ハ出発前
一、閣下より前以て米国ニ於ける同志者(米人)ニ宛小生渡米の事を御紹介頂く事、但し文案ハ二三日中ニ小生作成可申候
二、今一応御面謁を願ひ御訓命を仰く事
三、関係委員中重なる方々ニ御会合を乞ひ御意見拝聴致度事
右御含まて申上置候、猶米本土ニ於ける旅行概程表昨日増田君ニ御渡し置候ニ付、同君より御清覧ニ入れ候事ト奉存候、在米の日数僅かに三十三四日ニ有之候為めロスアンゼレス並ニサンディーゴー方面ハ無拠相省き候様相成可申乎と奉存候、シヤトルは我同志も多きことなれは同地は是非訪問致度、又同地ニ参候得者ポートランドのクラーク氏を素通りする訳ニ参り不申、同地へも一日の滞在ハ必要と奉存候、何分夏季之際候事なれは有力者の面会ハ中々困難と奉存候、先ハ右迄不
 - 第34巻 p.509 -ページ画像 
取敢御報申上度如此御座候 草々 敬具
  五月十六日 元貞
    渋沢子爵
        閣下


日米関係委員会往復書類 (一)(DK340058k-0003)
第34巻 p.509 ページ画像

日米関係委員会往復書類 (一) (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓、時下益御清適奉賀候、然ば今般布哇及米国へ御渡航相成候に付ては聊か御送別の意を表し度と存候間、来六日(土)正午東京銀行倶楽部へ御枉駕被成下度此段御案内申上候 敬具
  大正十四年六月二日     日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
                 同    藤山雷太
    頭本元貞殿


日米関係委員会往復書類 (一)(DK340058k-0004)
第34巻 p.509 ページ画像

日米関係委員会往復書類 (一) (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、時下益御清適奉賀候、然ハ来七月一日ヨリ十五日マデ布哇ニ於テ太平洋沿岸諸国ノ有志代表者相会シ、人種・移民・商工業教育等ニ関スル諸問題ニ付テ研究協議セラルヽ事ト相成、我国ヨリモ右ノ問題ニ関シ造詣深キ人々ニ出席ヲ請ヒ、又本会ヨリハ会員頭本元貞氏ニ出席ヲ請フ事ニ致候処、此機会ニ於テ右協議会終了後同氏ニ更ニ米本国ニ出張ヲ請フテ、予テ本会ノ趣旨ヲ賛シ、日米問題ノ解決ニ付キ不絶尽力セラルヽ太平洋沿岸各地、シカゴ・紐育・ボストン・華盛頓其他各地ノ人々ヲ歴訪シテ、本会ノ有スル感謝ノ意ヲ伝達シ、兼テ目下ウイツカーシヤム、ギユーリツク両博士其他ガ排日移民法ヲ改正セント運動致居ル状況等ヲ調査致候事ハ、単ニ本会ノ行動上必要ナルノミナラズ、我国ノ対外政策上ニモ資スル処大ナルベシト被思候間、何卒同氏遣米ノ義御賛同被下度候、就テハ同氏ノ為メ送別ノ意ヲ表シ、又同氏ノ此使命ニ関スル御希望ヲ親敷同氏ニ御話頂度奉存候間、卒急ノ次第ニハ候得共、来六日(土)正午麹町区丸ノ内東京銀行倶楽部ヘ御来会被成下度願上候、右御案内申上候 敬具
  大正十四年六月二日
               日米関係委員会
                常務委員 渋沢栄一
                同    藤山雷太
    委員各位
  追テ御服装ハ御平服ニ願上候
  尚午餐ノ用意仕候間乍御手数御来否御一報被下度候


日米関係委員会集会記事摘要(DK340058k-0005)
第34巻 p.509-511 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要 (渋沢子爵家所蔵)
 日米関係委員会、大正十四年六月六日正午、於東京銀行倶楽部、頭本氏送別会
  出席会員 服部金太郎氏・堀越善重郎氏・大谷嘉兵衛氏・小野英二郎氏・金子子爵・添田寿一氏・頭本元貞氏・内田嘉吉氏・山
 - 第34巻 p.510 -ページ画像 
田三良氏・白仁武氏・江口定条氏・阪谷男爵
  幹事 服部文四郎氏・小畑久五郎氏
阪谷男爵(司会者) 今回太平洋会議がハワイーに開催せらるゝ事となりましたに付きましては、日米関係委員会を代表して姉崎博士及頭本君が列席せらるゝ事になりました、頭本君は此機会に於て大陸に渡り渋沢子爵の友人等を訪問して日本に於ける情況を知らしめ、且つ米国の情況を調査する事となりましたので、今日心ばかりの送別会を催し、頭本君に対する御注意なり或は御依頼なりを語合ふが此際有益と存じます、諸君が御腹蔵なく御話あらんことを願ひます
金子子爵 米国人は当方で唯々諾々として聞いて居れば何処までも突き上ぐるといふ国民性を有つて居るから、言ふべき事は遠慮なく淡白に言明するが宜敷い。外交談判の如きは徹頭徹尾相互的でなければならぬ、然るに米国は昨年七月励行の移民法によつて最も偏務的なる外交手段に出でられたのは甚だ遺憾である、米国人は自己を日本人の地位に置いて深く此問題を研究する必要があると思ふ。金子は排斥移民法の通過を見て日米親善に大打撃を与たものと考へ居ることを、頭本君が余の友人方に伝へられんことを請ふ次第である
 (註=日米国交は相互的なりといふ例証として、森有礼氏とフイツシユ氏との談判及び金子子爵が司法大臣たりし頃、名古屋に於ける宣教師が廃娼運動の為め秘密出版物を発行して罰金に処せられた時、金子司法大臣に訴へたことがあつたが、其時金子大臣は右教師に対して、貴国の或る州に事件が起つて当事者が州裁判所より有罪の宣告を受けしと仮定し、其罪人が之を中央政府の大審院に訴へた処で採用せらるゝであらうかと反問されて、如何にも御最と言ふて帰られたといふことであります)
山田氏 アメリカに誠意ありや、大審院の判決も当該判事の手心によるものにあらずや、アルバート・ジヨンソン氏の意見等を精査する必要あるへし
藤山氏 太平洋会議に朝鮮人の代表者を加ふるとは如何なる意味なるや、朝鮮を独立国視するの意味にあらずや、今回の会議は米国の提案に出でたるものなれば自然米国の益を計るものとなるべし、就ては斯る会議を東京に開くを善しとす、日米問題は移民問題以上であると思ふ
阪谷男爵 朝鮮人問題に関しては太平洋問題研究会も相当の考慮を煩はせり。次回の会合は必ずしも、ハワイーと限らず、支那若くは日本に於ても開かるゝことを得るなり
頭本氏 朝鮮人を招待することに就ては自分も已に経験したることあり、而して其結果は甚だ良好なり、即ち予め資格論などを担ぎ出さずに、先づ其言ふ所を聞くを良しとす
添田氏 高等聯合委員問題、移民法改正問題、帰化法改正問題等悉く不利、而して戦争に参加した者に対して帰化権を附与せず、否已に附与した帰化権を剥奪するに至つては言語同断である。米国は輿論によりて動く国なれば先づ此方面に向つて力を致し、同国民の了解を得るを必要とす
 - 第34巻 p.511 -ページ画像 
金子子爵 山田君がどうすれば良からうかと言はるゝに就ては、自分は相変らず高等聯合委員を組織するを最善の道と信ず。米国最後の目的は支那と提携して大芝居を打たうといふのである
堀越氏 聯合高等委員は主義として結構であるが、今日の米国人は我儘勝手になつて居るから、当方より忠告がましい事を言ふならば結局喧嘩をせようといふことになるのである。頭本君が今回亜米利加を旅行するに付ては、余り理屈ぽーい事などを言はずに通過する方が宜敷からうと思ふ、米国は日本の弱味に附け込んで移民法も帰化法も何にも彼も勝手に極めて仕舞つたのである。アングロサキソン人種は世界をドミネートせようとして居る、而して其れに大なる邪魔を与へるものは日本であるといふのである。米国が嘗つて日本の要求を聞き容れしは、日本を恐れて居り米国自身にも自覚がなかつたからである。昔の米国人には正義人道の観念があつたかも知らんが、今日の米国人には毛程も之が無い、其証拠は南部に於て米国人が黒人を取扱ふ仕方によつて了る。金子子爵が先きの米国大使ワーレン氏が聯合高等委員に反対なりしにも拘らず、米墨問題解決の為めに自分が委員の一人になつたではないかとおつしやられるけれども、米国と墨国とは到底角力にならないのである。日本は全く別問題である。米国海軍の少将フイスク氏が、日米は支那問題に関して将来干戈を交ゆるに至らんと公言して居るが、之は独り同少将のみの考では無いと思ひます。今日の米国人に対しては寧ろ敬遠主義を取るを要す……云々


(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一四年(DK340058k-0006)
第34巻 p.511 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一四年
                     (阪谷子爵家所蔵)
 一四、六、一 東京クラフニテ頭本ト会食シ、同人米国行ニ付ルート氏ニ伝言ヲ託シ、種々意見ヲ交換ス、同人ハ円卓ニテ米国カ脅威ノ原因タルコトニ論及セントスルニ付、渋沢子爵ニ御含ミヲ願フトノ話アリ
 一四、六、六 日米関係委員午餐、頭本氏ハワイ及米国行送別金子子爵ノ演説アリ其他諸氏意見ヲ述 藤山・阪谷・山田・頭本・添田等


米国人往翰 (三)(DK340058k-0007)
第34巻 p.511-512 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

渋沢栄一書翰 ジェー・ビー・ミレット宛一九二五年六月八日(DK340058k-0008)
第34巻 p.512-513 ページ画像

渋沢栄一書翰 ジェー・ビー・ミレット宛一九二五年六月八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
           VISCOUNT SHIBUSAWA
          2 KABUTOCHO NIHONBASHI
              TOKYO
                     June 8, 1925
Mr. J. B. Millet,
  67 Park Avenue,
  Boston.
My dear Mr. Millet,
  I take much pleasure in informing you that the Committee of which I have the honor to be Chairman has asked Mr. Motosada Zumoto, one of its members, to visit your country on
 - 第34巻 p.513 -ページ画像 
 a special tour of friendly greetings to its sister organizations at the principal centres, east and west.
  One of the particular objects of his mission is to exchange views with our American friends on various aspects of the present situation between the two countries, to the end that there may emerge on both sides clear, accurate and comprehensive understanding as to how matters really stand.
  He will be in your city some time in the first half of August. You will hear from him at Honolulu where he will attend the Pacific Conference, July 1 - 15.
  Thanking you in advance for the courtesy you will kindly extend to him, I remain,
           Yours very truly,
             渋沢栄一(署名代筆)
                 E. Shibusawa,
            Chairman of the Japanese
            American Relations Committee.
(欄外別筆)
 本書状ハ受信人ノ住所不明ナリトノ理由ニテ遥々送還セラレタリ。
 大正十四年九月十六日入手


渋沢栄一書翰 控 デーヴィッド・エス・ジョルダン宛一九二五年六月一二日(DK340058k-0009)
第34巻 p.513-514 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 デーヴィッド・エス・ジョルダン宛一九二五年六月一二日
                     (渋沢子爵家所蔵)
              (COPY)
                   June 12, 1925
Dr. David Starr Jordan
  Stanford University, Calif
My dear Dr. Jordan
  I take pleasure in informing you that the Committee of which I have the honor of being Chairman has asked Mr. Motosada Zumoto whom you know so well to pay a visit to your country on a special mission of friendly greetings to its sister organizations at the principal centres, east and west.
  The main object of his mission is quietly to exchange views with you and other friends on various aspects of the situation between the two countries, to the end that there may be on both sides clear, accurate and comprehensive understanding as to how matters really stand.
  As Mr. Zumoto is going to attend on route the Pacific Conference at Honolulu, he expects to be in your city towards the end of August. You will hear from him at Honolulu as soon as he makes up his itinerary, when I am sure you will be so good as to arrange beforehand his programme for your city.
  With warm regards and with sincere thanks for your courtesy to him in advance, I remain,
 - 第34巻 p.514 -ページ画像 
               Yours very truly,
                 渋沢栄一(署名)
                     E. Shibusawa
                Chairman, Japanese American
                Relations Committee


渋沢栄一書翰 控 頭本元貞宛大正一四年六月一〇日(DK340058k-0010)
第34巻 p.514 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 頭本元貞宛大正一四年六月一〇日 (渋沢子爵家所蔵)
                     明六
拝啓、益御清適奉賀候、然ハ米国への御発途も弥明日と相成り嘸御事多と察上候、老生ハ病中にて御送別も仕兼候、折角御旅行御健康ニ御注意被成、米国各地に於て御出逢之老生知友にハ衷情厚く御伝被下、且現下我邦之状況及本会従来之苦辛経営も、夸張之態度ニ至らさる程合にて成るへく鄭寧に説示し、此際ハ米国之同志諸君ニ於て一奮発被成下、せめてハ日本之面目回復致候様之方法御講究被下度と、懇切ニ御要求被成下候様仕度候
御紹介之意味にて米国知友へ発送せし電信之宛名ハ別紙之通にて、今回悉く御会見と申事ハ素より不相望候へとも、別紙ニ其要望を単語にて記入いたし置候間御参考被下度候
特ニ桑港に於て、アレキサンダー及リンチ、又過日書状写も差上候ガイ氏之事、紐育府に於て、ジヤジ・ゲーリー、ギュリック、其他之有志者にハ充分御協議相成、何歟具体案にても出来候ハヽ重畳之事に御座候
右別紙ニ相添御告別旁一書拝陳仕候 敬具
  大正十四年六月十日
                      渋沢栄一
    頭本賢契
       研北
   ○別紙見当ラズ。


渋沢栄一書翰 控 金子堅太郎宛大正一四年六月一〇日(DK340058k-0011)
第34巻 p.514-515 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 金子堅太郎宛大正一四年六月一〇日 (渋沢子爵家所蔵)
  (大字ハ朱書)
  大正十四年六月十日付金子堅太郎子宛総長親書
追日向暑之候老閣益御清適之条奉賀候、然は過日達尊聴候今般頭本元貞氏太平洋会議出席之為ホノルルまて出張を機とし米国へ渡航し、同地各方面之同志に声息を通し、幾分揮攉鼓舞致度と相考へ、日米関係委員会之名を以て老生より米国各地之同志ニ発状し、頭本氏出張之際充分之応援を致呉候様書通いたし候義ニ御坐候、右ニ付而ハ過日銀行集会所ニ於る会議にハ御出席相成、種々御意見御垂示被下候由拝承感謝此事ニ御坐候、小生爾来宿痾回復ニ至らす籠居罷在候、昨今ハ幾分快方ニ付或ハ今一回社会ニ執務出来可申哉と折角摂養仕居候
頭本氏出立ハ明日と相成候ニ付、別ニ老生より各方面之大家へハ覚書を以て伝言を通し、可成本会之宿望貫徹に相努可申と存候、右等病臥中にて一々御打合も不申上候得共、快方候ハヽ緩々拝陳可仕候
○中略
右拝答旁近況申上度、病中之執筆不如意御海容可被下候 匆々敬具
 - 第34巻 p.515 -ページ画像 
  大正十四年
   六月十日
                       渋沢栄一
    金子老閣侍史

(アレグザンダー・エッチ・フォード)書翰 渋沢栄一宛一九二五年六月二九日(DK340058k-0012)
第34巻 p.515 ページ画像

(アレグザンダー・エッチ・フォード)書翰 渋沢栄一宛一九二五年六月二九日
                     (渋沢子爵家所蔵)
              THE
           PAN-PACIFIC UNION
               HONOLULU, June 29, 1925
Viscount E. Shibusawa,
  2 Kabutocho Nihonbashi,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount E. Shibusawa :
  Thanks for your letter of June 9th. We had Mr. Zumoto speak at our Pan-Pacific Club Luncheon, and I put in his hands the correspondence I have been having with Mr. McClatchy. I think he will assure you of the work that I am doing to soften McClatchy and to bring about some understanding that will be satisfactory both to the United States and to Japan. I am doing quite a little of this in my personal capacity, and will keep Mr. Zumoto informed, as I wish to do all that I can to help.
  With best regards, I am,
             Very truly yours,
               (Signed) A. H. Ford
                   Director,
                   PAN PACIFIC UNION
(右訳文)
                    (栄一墨書)
                    七月十八日一覧
 東京市                 (七月十日入手)
    子爵渋沢栄一閣下  ホノルヽ、一九二五年六月廿九日
                   エー・エチ・フオード
拝啓、六月九日附貴翰難有入手仕候、頭本氏は汎太平洋倶楽部午餐会に於て演説相成り候、小生がマクラチー氏との往復文書は頭本氏に手交致し置候間、マクラチー氏の態度緩和の為に私の試み候手段、並に日米両国双方にとりて満足なる諒解を実現せんが為の尽力につきては同氏より閣下へ報告可有之と存候、小生は微力乍ら一個人として右様の尽力罷在次第に御座候、此事に就ては全力を尽し頭本氏の為に便誼を図り可申候 敬具
   ○六月九日付栄一ノ書翰ハ頭本ノ紹介状ニシテ、前掲八日付ミレット宛ノモノト同一ナリ。


(ジェームズ・ディー・ローマン)書翰 渋沢栄一宛一九二五年七月二日(DK340058k-0013)
第34巻 p.515-517 ページ画像

(ジェームズ・ディー・ローマン)書翰 渋沢栄一宛一九二五年七月二日
                     (渋沢子爵家所蔵)
 - 第34巻 p.516 -ページ画像 
          SEATTLE, WASHINGON,
   LOWMAN BUILDING, FIRST AVENUE AND CHERRY STREET
                     July 2, 1925
Viscount Shibusawa,
  2 Kabutocho Nihonbashi,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount :
  Your letter of June 5th was received and I am very glad to know Mr. Zumoto is coming over for a conference with the American friends of Japan.
  With his past experience and knowledge of the conditions of this country, he of all men, would be able to give you a clear insight into the conditions here.
  As you know our peculiar form of government made up of a number of independent sovereign states, is quite different from any form of government of any important country in the world, even quite different than other so-called Republics.
  The greatest danger to the proper settlement of this question and the proper modification of the law, is that wrong moves are made by friends of the two countries. It is so easy to stir up opposition that the greatest care should be exercised in what we do and if our moves are properly made and only at the right time, I feel sure the proper settlement can be had.
  In any case Mr. Zumoto will be able to tell you the exact conditions when he returns.
  I am sorry to hear lately that your health has not been so good, and I hope that by the time this reaches you that you will be well, and please give our best regards to the Baroness《(Viscountess)》, and my best wishes for you also.
  Mrs. Lowman has been ill for the last year but is now convalescing.
          Very sincerely yours,
             (Signed) J. D. Lowman
(右訳文)
         (栄一墨書)
         頭本氏帰京其報告を得たる上にて此書状之回答相発し而可然事
                   七月二十二日一覧
 東京市                (七月十五日入手)
  渋沢子爵閣下      沙市、一九二五年七月二日
                 ジエー・デイー・ローマン
拝啓、六月五日附貴翰正に拝承仕候、頭本氏には今回米国親日家諸氏と懇談の為め御来訪の由にて喜び居候
同氏は従来経験もあり我国情にも通ぜられ候事なれば、我国の現状を閣下に御伝へ申上ぐるには最も適当の人と存候
 - 第34巻 p.517 -ページ画像 
御承知の如く我政体は多数の独立せる州より成れる一種特別のものに候へば、世界の主なる国々の政体とも異なるのみならず、所謂共和国とも相違有之候
本問題の適当なる解決及び移民法の正当なる改正の為に最も危険とするは、両国の友人によりて誤れる運動の起さるゝ事に候、反対者側を刺戟するは易々たる事に候へば我等は此際吾等の行動に充分なる注意を払ふ事肝要に候、若し吾等の運動にして時機に適し候はゞ適当なる解決を期待し得べくと存候
兎に角頭本氏帰朝の上は正確なる事情を御承知可相成候
閣下には最近御不快の由にて御気毒に存候、本状貴着の頃には定て御全快の事と存候、何卒令夫人へも宜敷御伝声被下度候
荊妻も昨年中病気にて悩まされ候処、此程次第に快方に向ひ申候
                            敬具
  ○右書翰ニハ栄一ノ発信ヲ六月五日トナス。前掲ミレットニ宛テタルハ八日フォードニ宛テタルハ九日ナリ。各々異レル日付ヲ付セルナルベシ。


渋沢栄一書翰 控 阪谷芳郎他二名宛大正一四年八月一一日(DK340058k-0014)
第34巻 p.517 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  阪谷芳郎他二名宛大正一四年八月一一日  (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、各位益御清適之条奉賀候、然者先般太平洋会議出席之為め「ホノルル」市に罷越し、更に特別之使命を以て米国に渡航せし頭本元貞氏七月十八日附書状御廻申上候間、御一覧被下度候、本状中ニ記載有之候米国労働界之驍将「シヤレンブルグ」氏との会議中に於る一問答ハ将来ニ記憶すへきもの、又朝鮮人参加之事も他日之注意を要すへき事柄と存候ニ付特ニ玆ニ申添候
米本国ニ於る頭本氏之行動ハ目下各方面ニ向つて努力中と遥察いたし候、右ニ付曩ニ頭本氏往訪之事を通知せし米国之諸大家よりハ既ニ多数之回答有之、就中前大統領タフト氏、前大使ウツヅ氏及スタンフオルド大学名誉総長ジヨルダン博士抔ハ頗る有意義なる回答にて、頭本氏会見之節ハ相応之助力も有之事と存候、何れ来月末ニハ同氏帰朝直接報道之筈ニ候へとも乍序此段申上候
右可得貴意如此御坐候 敬具
  十四年八月十一日
    阪谷・添田・井上準之助
  ○頭本ノ来状ハ次ニ掲グ。


(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)七月一八日(DK340058k-0015)
第34巻 p.517-519 ページ画像

(頭本元貞)書翰  渋沢栄一宛 (大正一四年)七月一八日
                      (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一墨書)
                  十四年八月八日入手
                  翌九日閲了
拝啓、出発以来絶て御無沙汰申上誠に申訳無之候、御尊体其後益々御回復に向はせられ候事と奉存候、ホノルルへの船中も我一行より呈出する文書の取まとめ方を依頼され候上、小生の演説案を起稿する等多忙を極め、ホノルル到着の上は多少の閑暇も可有之と存居候処、到着の日より直に予備会議に引出され、毎日演説やら討議やら甚だ繁雑を極め、今日に至るまで一書も拝呈致さす、欠礼の段平に御寛恕願上候
 - 第34巻 p.518 -ページ画像 
去十四日夜を以て会議終了ニ付き翌十五日の米船にて予定通り愈渡米の途ニ上り申候、昨日まては連日の疲れ相出候為めか徒に睡眠を催し今朝始めて元気回復玆に一書拝呈仕候
太平洋問題会議の模様ニ付ては既に沢柳其他の諸氏より親しく御聞取り被遊候事と奉存候、大体に於て同会議は成功ニ有之候、移民問題・在留民待遇問題等に関し日本側は絶へす攻撃に出て、米人側ハ受身にてシドロモドロの状態ニ陥り、時に気の毒の感有之候位に御座候、同会議中特に快感を覚候事は加州労働界の大立物たるシヤーレンブルグ氏が出席したる事にて、氏は全員会議の席上移民問題に関し氏特独の卒直なる言句にて『米国宣教師等が日本人の意を迎へて昨年の移民法修正の運動を起すものあり、之か為め反て時局を紛乱せしむるは歎すべき事なり、若し斯の如き運動さへ無けれは我々労働者は将来必す在留日本人に対する差別的法律の廃止に努力することを避けさるべし』と言明せるに付き、小生は直に起つて『只今のシヤーレンブルグ氏の言明は小生等日本人の諒とするものである、固より我等は昨年の排日的移民法ニ対しては其の改善されざる限り、之に対し非難抗議するの権利を放棄するものに非すと雖も、在留民対遇の改善さるることは極めて快感を以て迎ふるものである、就ては将来如何なる時期に於て、シヤ氏は其の改善に努力される意志なるや承はり度し』と質問仕候、シヤ氏は快然として之に対して、『将来と云はず、私等は現に此の点に付き留意を怠らさる者である、例へば昨冬の州議会に於て日本人漁業者に対して他の漁業者より苛重なる税を課する法案の提出されたる際、我等は之に反対し、遂に其の上議を思止らせたり、斯の如く加州の議会は我等の意志にて如何様にも左右し得るなり』と大得意に演述致候、次に桑港商業会議所副会頭リンチ氏(氏も会員として出席)起立して『労働者側に於て斯の如き態度を執られる事は我々実業家側の喜ふ所なり、我等も在留日本人対遇改善は大に希望する処なるを以て将来加州の労資両方面協同して努力せんことを期するものである』と言明し、満場の「カツサイ」を博し候、爾来シヤレンブルグ氏は小生に対し特に親密の態度を示し色々と懇話を試み、殊に去十五日ホノルル出発の際は態々船まて見送りに参り、其の少女と小生を甲板上に相並んで立たしめ自ら撮影し、又其の妻君と共に花のクビ輪を小生に贈り懇親の意を表し呉れ申候
去七・八日頃シヤ氏、マクラチー氏より接手の電報を小生に見せ申候其の趣意は『去六月二十日のジヤパン・タイムス特別号にギユーリツクの寄書を掲載す、其の意は日本人に向て現行移民法を以て満足する様勧告するに在り』と有之候、果して然るにや(小畑ニ於テ調べ中)《(別筆)》
今回の会議にハ米国より相当地位ある人物出席致候、特に会長ウヰルバー博士(スタンフオード大学総長)は一流の人物に有之、特に日本に対し同情を有する人にて何角便宜を得候、其他ハーバード大学国際法教授ウヰルスン博士、クラーク大学のブレーキスレー博士、シカゴ大学のパーク博士、スタンフオード大学のトリート博士、ポートランド市リード大学のコールマン博士、米国一流の新聞記者ホワイト氏等大体に於て我等に同情を表し居候、支那側の同情者としては例のゼン
 - 第34巻 p.519 -ページ画像 
クス博士、ウヰロビー博士(支那の政治顧問たりし人)等有之候、併し今回は日支の間には何等争議の種無之、至極相融和致候事好都合に有之候
之に反し朝鮮より出席したる連中は兼て斎藤総督に内約したる趣旨に反し、総督政治に対する抗議的演説を為し、小生等をして極めて不快の感を起さしめ候、小生は始め此の事あるを察し中央委員に向て鮮人をして政治的演説の機会を与へさる様注意致候得共、我委員中に之に反対するもの有之、遂に初回の総会に於て特に鮮人に前陳の演説を為す機会を与へ候事遺憾奉存候、併し次期の会議には鮮人に対して出席の招待状を発送せさる様内々会長ウヰルバー博士其他幹部の内諾を得置候
○中略
今回の会議の大成功は濠洲並にニユージーランド代表と我等との間に極めて良好なる親善関係の成立したる事に有之候、右両国の人々は是非次回は日本に於て開会を希望すること甚だ熱心に有之候
ホノルルに於ける米日関係委員と会談の儀小生同地着の際アサトン氏に申込置候処、会議の為め遷延、漸く去十二日午後デイーン、アサトン、フリア、リーブリク、ジヤツド、ヘドレー等の諸氏と会談の機を得候に付き、閣下御申聞の趣意に基き当方の意見開陳致候処、皆々閣下の御心労の在るところを諒とし、且日本の立場に対して同情を表し候、併しながら今日の実際問題としては遺憾ながら移民法改正の事は到底近き将来に期待を容さゞる状態ニ有之、強て之か為め運動を起すハ最後の目的を達する上に好ましからざる結果を生ずべきに付、当分は移民法に対しては何等の運動を起さず、専ら在留民待遇改善の方面に努力するの外なしとの意見ニ有之候、猶布哇に於て日米問題ニ関して色々意見相出で候処、之は帰朝の上御報可申上候
当船中に於てウヰルバー会長其他米国委員の多数同船に付き毎日談話を交換致居候、其の意見もホノルルの米日関係委員会の諸氏と大同小異ニ有之候
今日迄の経過大体右の通りニ有之候、委細ハ後便に可申述候
                          草々敬具
  七月十八日 元貞
    渋沢子爵閣下
  二白○略ス
  ○本章第三節国際団体及ビ親善事業中「太平洋問題協議会」大正十四年七月一日ノ条参照。


(フランク・シー・アサートン)書翰 渋沢栄一宛 一九二五年八月一三日(DK340058k-0016)
第34巻 p.519-522 ページ画像

(フランク・シー・アサートン)書翰  渋沢栄一宛 一九二五年八月一三日
                      (渋沢子爵家所蔵)
     INSTITUTE OF PACIFIC RELATIONS
         HONOLULU, HAWAII
                 August 13, 1925
Viscount E. Shibusawa
  2 Kabutocho Nihonbashi
  Tokyo, Japan
 - 第34巻 p.520 -ページ画像 
My dear Viscount Shibusawa:
  Mr. Zumoto has probably reported to you direct, upon the conference which I was able to arrange for members of the Japanese-American Relations Committee to meet with him while he was here at the Institute of Pacific Relations. I have delayed writing you before, on account of pressure of business matters following the Conference.
  While I regret that I was unable to get together more men for the conference with Mr. Zumoto, yet we had a very representative group of men who had thought a great deal over the matter of the Immigration Bill, and what course it is best to follow, in the future. All of the men present expressed themselves very freely and frankly to Mr. Zumoto, as feeling that it would be unwise to agitate this matter further at the present time.
  Last fall when I was in the United States, I went as far east as New York, Boston and Washington, and while there discussed this subject with many prominent men and women. Almost without exception, those with whom I talked expressed very deep regret at the action which had been taken by Congress, yet they felt it would be unwise to work for a repeal of this measure for at least the next two or three years; and that it would be far wiser to wait and ascertain how the law was carried out, and endeavor to work for the better treatment of aliens in the United States and those coming to the United States, either on business or pleasure trips.
  The feeling seems to be quite general that if any agitation is started to try to secure a repeal of the law by Congress, it would result in a strong opposition movement arising which would carry on anti-Japanese and anti-Chinese propaganda and do a great deal of harm, and it would be very unpleasant both to the Japanese and Chinese, as well as to us Americans.
  As people take time to study this subject carefully and learn more in reference to it from articles which will appear in the newspapers and magazines from time to time, I believe they will gradually come to recognize the unfairness of the present bill, and then there will be a decided public opinion developed which will result in some action being taken. This may take several years to accomplish but I think in the long run it will work out for the best interests of all concerned.
  I am giving you very candidly the views which I have received from many leading Americans. While I know you are anxious to have something accomplished in the near future looking to a change in the law, yet I feel this is a matter in
 - 第34巻 p.521 -ページ画像 
 which we must all be patient and work slowly, for in the end that will be the wisest course.
  I sincerely trust that this will find your health much improved.
  Again I wish to express to you my deep appreciation for your interest in the Institute of Pacific Relations, and for the assistance which you rendered in securing such a splendid delegation from Japan.
  With kind regards, I am,
             Very truly yours,
              (Signed) F. C. Atherton
 (右訳文)
          (栄一墨書)
          頭本君帰朝後会議之実況をも承及、其上にて本状ニ対する回答案取調可申事
                九月八日一覧
東京市                   (九月四日入手)
  子爵渋沢栄一閣下
             布哇ホノルヽ、一九二五年八月十三日
                  エフ・シー・アサートン
拝啓、已に頭本氏より直接閣下へ報告有之候事と存候得共、太平洋協議会出席の為め同氏が当地に滞在中、布哇日米関係委員会を開催致し頭本氏を歓迎致申候、協議会の終了後事務輻輳致候為め御報告延引に及び申候
頭本氏歓迎会に今少しく多数の出席者を得る事能はざりしは残念に存候得共、移民法の問題及び将来取るべき最良の方法につき深く思慮を費されし代表的の方々の列席有之候、出席者は何れも今日此れ以上問題を紛糾せしむるは賢明ならずと感じ居り候に付、頭本氏に対し自由且つ腹蔵なく思ふ処を陳述致候
昨年来小生は米本国に亘《(渡)》り、紐育・ボストン・華府まで参り候、小生は此等各地に滞在中多数の有力なる男女の方々と本問題を論議致候、小生の談話を交換したる人々は殆ど皆議会の議決を遺憾と致候得共、少くとも玆両三年間は該法撤回の運動に取掛るは賢明なる策にあらず
却て該法が如何にして成立したるかを確め、尚ほ在米外国人及商用又は観光の為め米国へ入国すべき者の取扱改善の為めに尽力する方遥に賢明なりとの意見を表明せられ候
若し右法律撤回運動に着手する時は有力なる反対運動勃発し、排日及排支の宣伝を実行し多大の害毒を流し、日・支・米に不快極まる結果を齎すなるべしとの感を一般に抱き申候
米国民は時間を費し熱心に本問題の研究を為し、又時々新聞雑誌に掲載せらるゝ記事によりて本問題に関する知識を得るにより、次第に彼等は現行法の不公平なるを覚えり、確乎たる輿論が次第に勢力を得、斯くて何等かの手段を執る気運を形成するに可至と信じ申候、此れが実現には数年を要すべくと存候得共、結局関係者一同に最も有利なる結果を齎すべくと存候
 - 第34巻 p.522 -ページ画像 
以上一流米国人より聞込みたる説につき腹蔵なく申述べ候、近き将来に於て法律変更実現の見込現はれ候様閣下には御希望被遊候事と存候得共、此れが為には吾等一同は忍耐により徐々に努力するを以て結局最も賢明なる方法と存候
閣下には御健康大いに進ませられ候事と存申候、閣下が我太平洋協議会に対して多大の興味を抱かれ、有力なる代表者を日本より御派遣相成候御尽力に対し謹んで奉深謝候 敬具


(頭本元貞)書翰 渋沢栄一宛(大正一四年)八月一五日(DK340058k-0017)
第34巻 p.522 ページ画像

(頭本元貞)書翰  渋沢栄一宛(大正一四年)八月一五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
              (別筆) (栄一鉛筆)
              大正十四年九月二日落手閲了
  八月十五日
              ウヰリヤムスタウン
                ウヰリヤムス大学に於て
    渋沢子爵閣下          頭本元貞拝
拝啓愈御健勝被為在候御事と存上候、桑港より一書拝呈致候、御入手被下候事と奉存候、同地に於てアレキサンダー氏は病気の為め面会不致候得共、リンチ其他数氏に面談意見交換の結果、将来の運動に付き協議致度ニ付、是非帰途同地に立寄り呉度との事に付承諾致候、察するに大に活動の必要を感し居る様相見候、果して何処迄の決心有之や存知不申候共、小生も将来日米問題解決に付き心中多少の暗示を得候ニ付き、加州方面の人士と充分の協議を遂度希望の折柄ニ付き、例へシヤトル方面の訪問を中止するとも桑港には再び立寄可申と決心致したる次第ニ御座候、其後去七月卅一日紐育着以来十日間同地に滞在、ギユリツク氏欧洲旅行の為め不在は遺憾ニ有之候得共、ウヰカシヤムゲレー両氏始め幾多の人士に面談致候、其間プリンスにモリス前大使の客となりて一夜を閑談し、費府の人々にも面会の後数日前当ウヰリヤムス大学の招待に依り其の政治研究会に出席講演を試み申候、此の会には米国各地より名士多数集り居り意見交換には大に便宜を得候、明日出発、更に紐育並に費府を経由して十八日夜ワシントンに着の予定に御座候、帰朝は桑港を九月一日発の大洋丸にて同月十七日横浜着の筈ニ有之候、今回の旅行に依り今日までに得たる印象は、東部は概して親日的なれとも吾不関焉と云ふ態度、之に反して加州方面は親日家も排日家も多少真面目にして共に談するに足ると云ふ一事に有之候
結局将来の活動は太平洋沿岸殊に加州に於て為すの外無之と奉存候
                           敬具


(ロバート・エヌ・リンチ)書翰 渋沢栄一宛 一九二五年九月一日(DK340058k-0018)
第34巻 p.522-524 ページ画像

(ロバート・エヌ・リンチ)書翰  渋沢栄一宛 一九二五年九月一日
                     (渋沢子爵家所蔵)
        ROBERT NEWTON LYNCH
       MERCHANTS EXCHANGE BUILDING
        SAN FRANCISCO,CALIFORNIA
                 September 1st, 1925
My dear Viscount:
  Mr. Zumoto is leaving for Japan tomorrow and I am
 - 第34巻 p.523 -ページ画像 
 taking opportunity of sending this personal note to you by his hand. We have greatly appreciated the visit of Mr. Zumoto and I have had splendid opportunity of conferring with him during the sessions of the Institute of Pacific Relations at Honolulu and during his two visits to San Francisco. I have tried to convey to him the present situation in California and particularly the problem which was raised by some of our Eastern friends who started what we think an abortive attempt to change the present immigration law. Such an attempt has little chance of success at the present time, and the present agitation of the question has operated in California to prevent constructive efforts to better the condition of the Japanese resident in California.
  We believe that we should concentrate all our efforts towards the removal of restrictions which so greatly hamper the Japanese in California, and while there are some difficulties in our path, we have hopes of the cooperation of elements antagonistic on the immigration question. The moral effect of such an effort, especially if it succeeds, would be fine for this country and for Japan.
  Our Committee, after conference with Mr. Zumoto passed a resolution, copy of which he is taking with him.
  Mr. Alexander has been ill during the summer, but has recovered sufficiently to go to Europe with his family, leaving a week ago. He will be gone two or three months. He very greatly regretted not seeing Mr. Zumoto, but I discussed the whole subject with him very carefully before he left.
  We were both delighted to learn that your health was much better and we hope you have many more years of useful service. I certainly will look forward to the next opportunity of talking with you personally and in the meantime you may be assured that my own personal efforts will be devoted as wisely and effectively as possible toward the bringing in of a better day.
             Sincerely yours,
         (Signed) Robert Newton Lynch
Viscount E. Shibusawa
  Tokio, Japan
 (右訳文)
        (別筆)
        十月十日回答済
        (栄一鉛筆)
        頭本氏帰朝詳細之報告を得て米国之現状熟知したるニ付、向後可成桑港之諸君と意見打合候事必要と考居候旨をも回答文へ認入申度候事 十月六日一覧
 - 第34巻 p.524 -ページ画像 
 東京市      (九月十八日頭本元貞氏持参)
  子爵渋沢栄一閣下 桑港、一九二五年九月一日
               ロバート・ニユートン・リンチ
拝啓、明日頭本氏日本へ向け出発相成候に付同氏に托し本書差上申候私共はホノルヽに於ける太平洋関係協議会中及び同氏両度の桑港来訪中充分なる協議を遂くる機会有之候、小生は加州の現状を同氏に伝へ尚ほ特に東部地方の友人によりて起されたる無効なるべき現行移民法改正運動につきて報道する処有之候、現状よりする時は右の如き運動は殆と成功の望み無之のみならす、斯様なる運動を加州に於て試みるが為に、加州在留日本人の情況を良好ならしめんとの積極的運動を阻害するに至るべく候
吾等は加州在住の日本人に甚しき阻害を与ふる法制を除去せんが為全力を集注せざるべからずと信ずるものにして、前途難関可有之も移民問題に反対なる諸団体の協力を期待し得べくと存申候、右の如き努力は成功を見たる暁には特に米国にも日本にも極めて良好なる影響を及ぼすべくと存候
我々委員は頭本氏と協議の上一決議文○次掲を通過致し、其写本は頭本氏に手交致置候、アレキサンダー氏は夏季中病気なりしも充分恢復せられ、一週間前家族同伴欧洲旅行の途に上られ候、同地には二・三ケ月滞在せらるべく候、アレキサンダー氏は頭本氏に面会叶はざるを遺憾とせられたるも、出発前問題の全部に亘り熟議する処有之候
閣下には愈々御健康進ませられ候由にて喜ばしく、今後永く有用なる御尽力遊被候様祈上候、小生は将来親しく閣下と御懇談可致機会有之様期待罷在候、尚ほ今後日米親善実現の日の到来すべき様賢明且つ有効なる努力を小生一個人としても可仕御請合ひ申上候 敬具


日米関係委員会往復書類(一)(DK340058k-0019)
第34巻 p.524-525 ページ画像

日米関係委員会往復書類(一)     (渋沢子爵家所蔵)
        (別筆)
        頭本元貞氏持参本決議文は頭本氏自ら翻訳せらる
    SAN FRANCISCO CHAMBER OF COMMERCE
      MERCHANTS EXCHANGE BUILDING
        465 CALIFORNIA STREET
                August 31st, 1925
     RESOLUTION ADOPTED BY JAPANESE
     RELATIONS COMMITTEE OF THE SAN
     FRANCISCO CHAMBER OF COMMERCE.
  At a meeting of the Japanese Relations Committee of San Francisco, held August 31st, which received the message of Mr M. Zumoto, special representative of the American Japanese Relations Committee of Tokyo, the following resolution was unanimously adopted:
  RESOLVED : That this Committee expresses to the American Japanese Relations Committee of Japan its continued cooperation in bringing about the best possible relations and understanding between Japan and the United States.
 - 第34巻 p.525 -ページ画像 
  It is proposed that the Japanese Relations Committee of the San Francisco Chamber of Commerce develop a special committee to cooperate with other interested groups and organizations for the purpose of securing constructive action which will improve the industrial and agricultural status of Japanese legally resident in California.
           (Signed) Robert Newton Lynch
                 Vice-President, San Francisco
                 Chamber of Commerce.
 (右訳文)
    桑港商業会議所対日関係委員会決議書
桑港商業会議所対日関係委員会は八月卅一日会合を催し、東京日米関係委員会特派代表頭本元貞氏より其の使命の趣旨を聴取し、左記の決議を満場一致可決せり
 本会は日米相互の親交並に諒解を進むる為め、今後引続き東京日米関係委員会と協同一致して努力することを玆に同会に向て言明す
 本会は加州に於て適法的に在住する日本人の工業上並に農業上の地位改善の効果ある積極的施設を達せしむる目的を以て、此の事に利害を感する他の団体及び組合と協力する為め、特別委員会を設くることを期す
  大正十四年八月卅一日  桑港商業会議所副会頭
               ロバート・ニユートン・リンチ


渋沢栄一書翰 控 ロバート・エヌ・リンチ宛大正一四年一〇月九日(DK340058k-0020)
第34巻 p.525-526 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ロバート・エヌ・リンチ宛大正一四年一〇月九日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一墨書)
                   十月二十二日一覧
 桑港商業会議所
  ロバート・エン・リンチ殿
                東京、大正十三年十月九日《(十四年)》
                      渋沢栄一
拝啓、頭本氏御托送の尊書難有拝誦仕候、同氏の貴地滞在中は相変らず多大の御便宜を御与へ被下候由にて誠に難有奉深謝候
正規の手続を履みて加州に在住せる日本人の農工業状態改善の為め、桑港米日関係委員会に於かせられては貴下を始め委員諸氏の御尽力により一計画を立てらるゝ事と相成候由にて、特に難有御厚礼申上候
一九二五年八月卅一日頭本氏と御協議の際、満場一致を以て通過せられたる貴委員会の決議文は慎重に審議致候、此決議文中に示されたる御計画は誠に機宜を得たる賢明の策なりと断言して憚らざる処に御座候、在留日本人に多大の損害を与へ居る差別的法律の制定の為、予て活動を怠らざりし諸団体と御協力相成るべき旨を右決議文中に御示有之候は、特に小生の感銘を深ふせしめ申候
而して此決議に対し小生の満足を感ずる第一の理由は、右諸団体の指導者等が日本贔負の人達より敵視され居らずとの保証を得るは本計画の成功の為に欠くべからざる要件なる事にして、第二の理由は貴下を
 - 第34巻 p.526 -ページ画像 
始め委員諸氏が右諸団体の援助を求むる事を希望せらるゝのみならず斯る援助を受け得べしと御考へ下さる程に事態の好転を見るに至りし事に有之候
ポール・シヤーレンバーグ氏の態度に関する頭本氏の報告は小生の深く興味を覚ゆる処に御座候、シヤレンバーグ氏はホノルヽに於ける太平洋協議全委員会に於て、日本人に対する差別的法律撤廃の為めには何時にても援助すべしとの旨を公言せられたるのならず、八月卅一日桑港に於ける頭本氏との再度の会見に於ても同様の趣を述べられ候由に御座候、頭本氏はまたマクラチー氏と数度会見せられ候処、マ氏は確実なる約束を与へられしにはあらざりしも、全体の態度より推す時はマ氏の意向は相当有望なる変化を受け居る事を信じ得るものなりし由に御座候
此問題に就いては充分考慮の後、紐育米日関係委員会々長ジヨージ・ウヰツカーシヤム氏に書面を送り候間、右写玆許同封御参考に供し候
右は何卒御内密に願上候
桑港米日関係委員会が、去る八月卅一日極めて機宜に叶へる重要の決議を通過せられたるに際し、小生は個人として又東京日米関係委員会の代表者として深厚なる謝意を奉表候、私共は今後の事態の推移に就ても周到なる観察を怠らざるべきは申上くるまでもなき処に御座候、今般御計画相成たる大事業に関し東京日米関係委員会に於て、若し御援助申上げ可得事も候はゞ御遠慮なく御申越被下度、当方にては御役に立ち候事は何なりと喜んで御尽力可申上候 敬具
  ○右英文書翰ハ同日付ニテ発信セラレタリ。
  ○ウィカシャム宛十月三日付栄一書翰ハ後掲。


日米関係委員会往復書類(一)(DK340058k-0021)
第34巻 p.526 ページ画像

日米関係委員会往復書類(一)       (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば会員頭本元貞氏去六月中旬当地出発、七月ホノルヽ市に於ける太平洋協議会に出席、同月末同会終了後米国へ渡航し日米問題に付各地を巡回視察中の処、十七日帰朝致候に付同氏の歓迎を兼ね、其報告を聴取致度と存候間、残暑の折柄御迷惑の儀とは存候得共、何卒御繰合の上来廿一日(月)正午丸の内東京銀行倶楽部へ御枉駕被成下度、此段御案内申上候
 敬具
  大正十四年九月十六日    日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
    委員各位
  御諾否折返し御回示願上候


日米関係委員会往復書類(一)(DK340058k-0022)
第34巻 p.526-527 ページ画像

日米関係委員会往復書類(一)       (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、然ば来廿一日(月)正午東京銀行倶楽部に於て頭本元貞氏の帰朝歓迎を兼ね同氏の報告を聴取致度旨申上置候処、其前同氏より各地の近況を聴取し、又会員各位の御質問に応答有之候様致度と存候に付御繰り合はせ相付候はゞ、同日午前十時より御参会被成度候、此段得貴意候 敬具
  大正十四年九月十六日
 - 第34巻 p.527 -ページ画像 
                日米関係委員会
                 常務委員 渋沢栄一
    委員各位
  追而当時刻には万障御差繰りの上御出席願上候
(貼紙)
 廿一日午前十時ヨリ会合ヲ請フ人々
 (此一行栄一鉛筆)
 金子子 御送別ノ御出席ニモ相成シ事トテ
 井上 阪谷 添田 藤山
 団 山田 姉崎 串田


日米関係委員会集会記事摘要(DK340058k-0023)
第34巻 p.527-531 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要        (渋沢子爵家所蔵)
 大正十四年九月二十一日、於銀行倶楽部、頭本元貞帰朝歓迎及報知聴取会
 主催者 日米関係委員会
 出席者
  来賓 奥村多喜衛氏
  会員 井上準之助氏 一宮鈴太郎氏 堀越善重郎氏
     添田寿一氏  頭本元貞氏  串田万蔵氏
     山田三良氏  江口定条氏  浅野総一郎氏
     阪谷 男爵  渋沢 子爵
  調査嘱託      高木八尺氏
  幹事 服部文四郎氏 増田明六氏  小畑久五郎氏
    記事概要
   午前十時四十分開会
渋沢子爵 排斥移民法の件に関しては、昨年十二月二十五日付を以て米国の友人諸氏殆んど二百名以上に書面を発して了解を求めまして其れ其れ返事もありましたが、中には不賛成の向もあつて何となく事情が徹底せぬ嫌ありし折柄、七月一日より十五日迄ホノルヽに開催された太平洋会議に頭本氏が参列せらるゝ事となりましたので、先きに書面を発送した友人中の特に懇親なる人々を訪問する事を御依頼して承諾を得ました結果、頭本氏が大陸に渡られ種々折衝を遂けられて今回帰朝せられましたるに付、歓迎を兼ね同氏の御報告を聴取する事と相成つた次第で御座います
 高木八尺氏御紹介旁々一言申上げます、高木氏は東京帝国大学に於けるヘボン講座の担任者で、米国に関する諸問題に深き興味を有せらるゝを以て、出来得る限り日米関係に関する事情を知り度しとの希望を有せらるゝので、本会に出席せらるゝ事となつたのであります
高木八尺氏 唯今渋沢子爵より御丁寧なる紹介の御辞を戴きまして難有存じます、私はヘボン講座を担当致居る高木八尺と申す者で御座います、私の職務上、貴日米関係委員会に出席を許さるゝ事は大なる特権であると存じます、未た経験も足らざる者でありますから今後共宜敷御引立を願ひます
渋沢子爵 ヘボン博士の事に関し序でに一言申上け度う御座います、
 - 第34巻 p.528 -ページ画像 
同博士は欧洲の戦乱は人間の利己心に其源を発するものなる事を深く慨歎せられ、少くとも日米両国間丈けにても真の了解を遂け平和を維持する必要ありといふ考より、帝国大学に講座を設けて米国を日本に紹介し、相互間に友情を成立せしめて利己情感情《(的)》を抑制し、両国間に永久の平和を見るに至らしめんが為め此講座を設け度しとて、私に其斡旋方を依頼して参り、終に拾弐万円余の寄附金を横浜正金銀行紐育支店長一宮鈴太郎を経て送附せられたのであります
頭本氏 視察談は食後に致すことゝし視察より得たる結果としての感想を申上げます。今回の旅行は短期なると暑中休暇の際なるとにより予期の結果を得ることが出来なかつたのは残念でありました、然しながらホノルヽに於ては太平洋会議に於て米国の有力者多数と会見し、尚ほ大陸に於てはウヰリアムスタウンの政治研究会に出席して一週間、之れ又有力なる人々と意見を交換する機会を得ました
 太平洋会議中、米国労働党の大立物たるパウロ・シヤーレンバーグ氏と屡々会見して意見を交換しました、同氏は全員会議の席上に於て、今回の排斥移民法は余等年来の期待を成就したのであるから、之を改正せんとする運動が開始せらるゝならば大に反対せざるを得ない、然し日本が之に満足せらるゝならば余等は在留日本人の為め将来改善の道を講ずる考であると述べられたから、私は之に対して将来とは近き将来か若くは遠き将来かと質問しましたが、シヤーレンバーグ氏は何等の躊躇なく、近き将来所ではない、現に改善の策を講じつゝあり、即ち昨年の冬加州の議会に日本人の漁業者に重税を課せんとの法案が提出された時に之に反対して成功せり(満場喝采)と応答されました。リンチ氏も起ちてシヤ氏に対する讃辞を呈し、且つ在留日本人生活改善の為め尽力すべき旨を述べられました
マクラチー氏と食事を共にしましたが、マ氏はシヤ氏程に態度を判然と公言しませんが大に緩和の様子を示しました。米国東部に於ては宗教家は移民法の改正を絶叫し居れり、然し実業家、例へばジヤツヂ・ゲーリー。ゼローム・クリーン《(ゼローム・グリーン)》。ローランド・エス・モーリス等の諸氏は急激な改正には反対であります
 今回の旅行中私の最も奇怪に感じましたのは、ウヰリアムスタウンの研究会に於ても、又は桑港のリンチ氏の如き親日者でも、我々日本人が何故に排斥移民法に反対するかの真意を理解し居らざる事であります。即ち日本人が差別待遇法を目して自分等を劣等視するが故であるとの方面を深刻に考へて居らないのであります。
 第二回目に桑港を訪問しました時、米日関係委員会は時局問題に関して左の決議を致しました
      決議文○前掲ニツキ略ス
 右決議文の趣旨に関しては、桑港米日関係委員と紐育米日関係委員との間に十分なる了解を得置く必要あるべし。若し米国西部に於ける態度と東部に於ける其れと、意見の相違を見る時は問題を益々紛糾せしめる恐あるべし。此際我か関係委員は如何に処すべきか。私は米国到る所に移民法の不都合を高調しました。然し之が改正は加州の人気の緩和を待つより外に道がないと思ひます。加州は大統領
 - 第34巻 p.529 -ページ画像 
選挙の際、共・民両党立候補の決選を司る程有力な州であるから、日本人問題が加州人の感情を激せしめる様では、到底中央政府に向つて有利の解決を期待する事が出来ません。スタンフオード大学教授トリート博士との談話が、幾分私の上来申述べた事に裏書を与へるものと思ひます。トリート博士の言はるゝには、日本人が絶対に入国せん所からして米国にはメキシコ人が入国するであらう、然し此メキシコ人は労働者として能率が挙からないばかりでなく、品行が悪くて実に厄介な労働者である、メキシコ労働者は将来必ず米国の一問題となるに相違ない、そうなると日本人問題は全然忘却せられて仕舞ふといふ結果になるであらう、先づ来る三年間位辛棒を願ひ度いものであると、トリート博士の意見は米国人一般の希望を代表するものと見る事が出来やうと思ひます
   十二時十五分前食事の為め協議一時仲止《(中)》
   食後 奥村氏は午後二時内務大臣に会見するの約ありとて卓を囲みつゝ一場の挨拶をせられたり
奥村多喜衛氏(子爵の紹介に依り大要左の通り語らる)
 大正九年八月及十一月日米関係委員会々員諸彦と相会し、御援助を賜はるとの保証を得たりし事を謝す。大正十年一月より啓発運動に着手、今年に至るまで五年間之を継続せり。運動の目的は直接には資本家側と労働者側との諒解を計るにあれども、先づハワイ生れの日本人に対し、又彼等の両親に対し、善良なるハワイ市民となるべき事を極力奨励するにありしなり。従つて国籍離脱、市民権獲得等の必要を懇切に勧告せり。六万二千有余人のハワイ生れの日本人が出生証明書を得ざるべからず、而して衛生局に於ては三十日以内に届出でさる時は証明書を発給せずと言ひ居るなり。ハワイ大学の教授リーブリツク氏は国籍離脱問題に関し同情を以て日本人を援助し居らるゝが、或る同大学の日本学生を集めて、国籍離脱法の改正に乗じて手続をなせしやと尋ねし時、然りと答へて挙手せしものは唯一人の日本人のみにて、此一人は私の倅であつたのであります、そこでリーブリツク教授は何故手続を履まずやと反問せられし時、国籍離脱の為には十五弗の費用を要するから実行せずといふものもありし由なり。一千名程も投票施行権を有するものあれども彼等は甚だ無頓着なり。ハワイ生れの日本人は親の職業即ち農業を嫌ふ傾向あり。今年ハワイの中学校を卒業せし生徒の数は二百三十七名なるが、其内百二十名は日本人なり、彼等は一人として親の職業を継承せんとせず、唯市中に生活して或は歯科医或は店の番頭又は弁護士等の職に就かんとするものゝ如くなれども、将来はハワイの耕地制を改良して、日本系米国人に農業を奨励する必要あり。今年二月発行のアウトルツク誌は、私共親子の運動を認めて日本人運動にはハワイに習らへとの記事を掲げて賛成の意を表せられたるは、私共の大なる喜びとする所であります。今後共皆様の厚き御援助を蒙り此事業を継続せようと存じます。
渋沢子爵 ハワイのアサトーン氏及家族外三氏及其家族の連署になる奥村氏持参の証明書面を披露せらる(書面は渋沢事務所「ハワイ人
 - 第34巻 p.530 -ページ画像 
往復綴込」中に在り)又此機会に於て奥村氏を日米関係委員諸彦に再び紹介することを得しを喜びとする旨を述べらる
   午後一時十五分過食卓を離れ集会室に移り協議を続く
頭本氏 桑港の米日関係委員会は、前陳の決議文中に示さるゝ通り、在留日本人の生活改善に関し積極的運動を開始する決心なれば、之に対して我が日米関係委員会は回答を与ふる必要あり、又紐育の米日関係委員会に対しても相当の諒解を得置く必要あると思ひます。紐育の委員に対しては成るべく責任を先方に持たしめ、我々外国人は本問題に容喙する権利なければ、宜敷諸彦の判断と実行とに一任するとの意向を知らしめるが宜ろしからうと思ひます。紐育市にてはギューリック及フランクリン博士の一派は移民法改正に熱心であるが、其他の人々は去程気乗《(左)》りがして居らぬ様に感じました。私は紐育委員に対して加州方面の態度を告げ、且つ帰途再び桑港に立ち寄ることを語り、紐育委員諸君の意見を伺ひ置き度しと述べましたが、若い連中の中には正義の為めには四隣を顧慮することなく処信に向つて進むべしと言ふ者ありしも、老練家の中には移民法改正を急ぐは不得策なりと言ひ、特に日本に長く居られたギヤレン・フヰツシヤー氏は此点を主張されました。フヰツシヤー氏の此主張には面白い根拠があるのであります。即ち同氏の妹君は加州に於てフヰラン氏と隣接して居るを以て時々日本人問題に関しては、フヰツシヤー氏に内報かあるとの事であります。フヰラン氏は上院議院内に椅子を占めんか為めに、日本人問題を携へて起つたと言つて居るそうであります、又ギューリック博士が幾分か熱がサメた様に見受けらるゝのも、マクラツチー氏等の抗議に鋒先を鈍らして居るのではないかと思はれる点もあります。
阪谷男爵 桑港の米日関係委員の決議によれば、日本人に便宜を与ふるといふが、之は土地法改正をも含むものであらうか
頭本氏 左様であります
山田氏 排日の禍根は加州にあれば、其本家に於て改善を見るは大切の事柄なるべし
渋沢子爵 ギューリック博士等の運動を盛にして行き度いものであるが、斯くすれば功能薄くして害が多いといふ有様で、此間に立つ我等は誠に心苦しい次第であるが、加州に於ける親日派連中の考は、或は目下我等の取るべき方針ではあるまいかとも思はれます。
井上氏 体面論を弱めてはならないと考へます
頭本氏 ローラント・モーリス氏の客となりて一夜を過し緩々懇談しました、其一端を申しますと、加州の連中は彼等年来の主張を貫徹したのであるから、之を正面より破壊せらるゝといふに至つては猛烈に反対するのは無理もない事である、故に暫らく時日を与へて彼等の熱を冷さしめ、徐ろに帰化法改正問題を提出するかよからうと思ふと言はれました。
 左に在加州日本人有力者の声を列ねて見ますと
 安孫子氏=将来有望なり
 某君=毎日のパンの問題なり、体面論も去《(さ)》る事なから、吾々在
 - 第34巻 p.531 -ページ画像 
留民の適当の方法を講じて貰い度いものである
                     (午後二時散会)


(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一四年(DK340058k-0024)
第34巻 p.531 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記  大正一四年
                      (阪谷子爵家所蔵)
十四、九、二一 日本クラフニテ日米関係委員午餐、頭本元貞氏帰朝、奥村多喜衛氏帰朝ニ付招待、頭本氏ハ桑港日米関係委員ノ決議ニ付報告アリ、右決議ハ在米日本人ノ工業及農業ノ地位ヲ《(ノ)》建設的改善ヲ目的トス、移民法ノ改正ニアラス、右ニ付当方ヨリ回答方相談アリ、宿題トス


(ハーヴェー・エッチ・ガイ)書翰 渋沢栄一宛(一九二五年九月一八日)(DK340058k-0025)
第34巻 p.531-533 ページ画像

(ハーヴェー・エッチ・ガイ)書翰  渋沢栄一宛(一九二五年九月一八日)
                      (渋沢子爵家所蔵)
                     (別筆)
                     頭本元貞氏持参
           HARVEY H. GUY
           449 Phelan Building
            SAN FRANCISCO
Viscount Eiichi Shibusawa
  Tokyo, Japan
My dear Viscount :-
  Taking advantage of the return of Mr. M. Zumoto I am sending you this word of greeting.
  First of all I must thank you for making possible this visit of Mr. Zumoto. I am very sure his presence in America and his wise words of advice will do much to make clear to Americans Japan's point of veiw concerning our international relations. He will carry back to Japan the good wishes and high esteem of all whom he met here during his all too short sojourn. He greatly appreciates this visit.
  While the situation between Japan and the United States is far from satisfactory it is, nevertheless, not entirely hopeless. There are indications, which Mr. Zumoto will explain to you, that a change in the local situation is actually taking place. The matter is too complicated to admit of very great optimism ― the chief ground for hope is the fact that now both business and labor are willing to attempt some solutions together. Of course there are many irreconcilables who will not easily fall in line but the gesture of friendliness once made may lead on to some tangible results.
  One difficulty we have to overcome is the inertia of the people here. They are busy with many things and this matter, to many, seems very distant and hazy. It requires some one to be continually advising and urging lest the matter be permitted to go by without action. Though quite inadequate to such a task I feel that to be my special mission just now ― to work
 - 第34巻 p.532 -ページ画像 
 behind the scenes with the leaders. I shall advise you from time to time as to how matters are progressing.
  It is a great personal pleasure to be associated with you and your committee in such a significant undertaking and wen《(when)》 should we fail in the end we will have the consciousness of having aimed high at least.
  I hope you are quite well again and that the message which Mr. Zumoto will carry back will bring some cheer and encouragement to you.
            With high regard,
                     (Signed)
                  Harvey H. Guy
(右訳文)
                  (別筆)
                   回答案作製済
          (栄一鉛筆)
          頭本氏帰朝後米国各地之実況を詳知しガイ氏尽力之事共も承及候旨をも申添回答案取調可申事 十月六日一覧
 東京市
  子爵渋沢栄一閣下
          桑港、一九二五年九月十八日頭本氏持参
                  ハーヴエイ・エチ・ガイ
拝啓、頭本元貞氏帰国相成候に付幸便に托し御挨拶申上候
第一に頭本氏を御派遣相成候閣下の御心尽を奉感謝候、同氏の米国来訪と氏の与へられたる忠告は、日米問題に関する日本の見地を米国民に明かにするに当り与つて力ありし事と存候、同氏が当地の極めて短き滞在中に面会せられたる人々よりの厚意と敬意とを土産として、日本へ持帰らるべくと存候
吾等は同氏の今回の米国訪問を感謝致し居るものに候
日米関係は不満足至極の状態には有之候得共全然絶望には無之、現に地方的形勢の変化せんとする兆有之、此儀に就ては頭本氏より伝へらるべくと存候、問題は余りに錯綜致し居候へば大なる楽観を容さす候希望の主なる理由と申すは、目下商業界・労働者ともに問題の解決を求め居る事実有之候、勿論容易に同和せざる多数の分子有之候得共、一度友誼恢復の曙光相見え候はゞ、問題の解決に導くべき事と存せられ候
吾等が苦闘すべき大難関は米国々民の習性を打破する事に候、彼等は諸事に亘り多忙なれば、日米問題は彼等に取りては遠隔にして模糊たるものゝ如くに思はれ居候へば、何人かをして不断警告を与へしめ、此問題を看過せしめさる事必要に候、右の如き要務に対しては小生の如きは微力には候得共、首脳者と共に幕内に在りて活動するは、今日小生に与へられたる特別の使命と存候、事態の転向に伴ひ時々御報知可申上候
此種の意義ある事業の為めに、閣下を始め東京日米関係委員の諸氏の《(とカ)》交誼を忝ふする事は、小生の大なる愉快とする処に候へば、万一結果
 - 第34巻 p.533 -ページ画像 
に於て失敗する事有之候とも、吾等は人事の限りを尽したりとの自覚を有して慰むる所可有之と存候
閣下には御全快被遊、頭本氏の持帰らるゝ使命を喜ばれ、又之れが為めに力を得られ候様希望罷在候 敬具


渋沢栄一書翰 控 ハーヴェー・エッチ・ガイ宛 大正一四年一一月四日(DK340058k-0026)
第34巻 p.533 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ハーヴェー・エッチ・ガイ宛 大正一四年一一月四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                 (栄一鉛筆)
                 十四年十月廿六日一覧
      案
 桑港
  ハーヴエー・エチ・ガイ殿
    大正十四年十月廿日      東京 渋沢栄一
拝啓、益御清適奉賀候、然ば頭本元貞氏に付托の九月十八日附尊書正に入手難有拝誦仕り候、同氏貴国滞在中は種々懇篤なる御援助に与り候趣感謝之至に候、殊に貴台が日米親善の為不相変御尽力被下候事を承及別して感佩仕候、御来示によれば在留日本人に対する加州の形勢は追々好転の徴候を示し候由誠に欣幸の事に候、乍併排日法施行後、日米問題は一層錯綜致候事なれば、前途中々に多事なるべくと存候、就ては今後とも貴台の如き名利を超越して両国の親善を期図せらるゝ方々の御尽力に俟つ所大なるもの可有之と存候、将来尚一層御努力の程切望仕候、老生は貴国の人士が此問題を忽緒に附するが如き事無之様切望するものに御座候
右御返事旁々御挨拶迄如此御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ十一月四日付ニテ発送セラレタリ。


(ハーヴェー・エツチ・ガイ)書翰 渋沢栄一宛 一九二五年一二月八日(DK340058k-0027)
第34巻 p.533-536 ページ画像

(ハーヴェー・エツチ・ガイ)書翰  渋沢栄一宛 一九二五年一二月八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
        BERKELEY CALIFORNIA
         2515 Hillegass Ave.,
                     Dec., 8, 1925
Viscount Shibusawa
  Tokyo, Japan
My dear Viscount :―
  I wish to thank you for your esteemed letter of the 4th of November. I appreciate fully the conditions which you set forth in your letter and assure you I shall do all in my power to change matters.
  We face a peculiar psychological situation here in California. Actually Americans here are on very good terms with their Japanese neighbors, at least for the most part, but they are living in the constant fear of the ghost of a Japanese invasion which will submerge our civilization. It is a kind of superstition based on dreams and not reality. And this fear, groundless in fact, is continually being stirred up by those who find an outlet
 - 第34巻 p.534 -ページ画像 
 here for their patriotism or who have some personal reason for continuing active in anti-Asiatic movements. If we were dealing with realities and not dreams our work would be greatly simplified and the hope for success would be much brighter. When we change the psychological conditions the other desirable results will follow without much effort.
  I fear this is not a very clear statment of the situation but it is not easy of statement. Our task is now to divert, for the time being, the attention of California from the troublesome matter which has engaged the public for so long in the hope that a cooler moment may come when we can consider definite action. That definite action shall need to proceed slowly for haste here would mean a revival of the ancient antagonisms and fears and defeat our ends entirely. We shall have to shift the point of view from New York to California and the lead will have to fall into local hands. With California this issue is a living reality, with New York it is more or less a principle and a theory. I do not mean to suggest that California can get on without New York, quite on the contrary we shall need them the more as this case proceeds. I only mean to suggest that the initiative should be here and not there. We must face the facts where they arise. Conferences in Honolulu or Williamstown, important as they may be, miss the real heart of the problem. If Mr. McClatchy and his coadjutors remain unconvinced and obdurate our cause will have little chance of success. We have got to reach some ground upon which both parties to this case can stand and from that ground hope to find still further ways of attacking the yet unsolved problems ahead.
  Because we are moving slowly and carefully I hope you will understand that we are not looking lightly upon this menacing situation. I fully appreciate the threat in a long continuing of the present unfriendly attitude on the part of many Americans. I am only hoping that if we have time and move with caution and wisdom we shall be able to change all this some day. It may be we shall have to wait for the change in the tide which, as you know, comes unannounced to cover up, the defects of our too human weaknesses but in any case we shall not be inactive and hopeless before these great odds.
  May I offer to your self and all friends the Greetings of the New Year.
             With high regard,
                 (Signed)
                 Harvey H. Guy
 - 第34巻 p.535 -ページ画像 
(右訳文)
            (別筆)
            此書面に対しては回答を発送せり
          (栄一鉛筆)
          頭本君に熟読を請へ且阪谷・添田両君にも一覧を経て回答案取調申度事
                      一月八日一覧
 東京市                (十二月廿五日入手)
  渋沢子爵閣下      バークレー、一九二五年十二月八日
                  ハーヴエー・エチ・ガイ
拝啓、十一月四日附尊書正に落手拝誦仕候、御申越の事情は充分に諒知仕候、小生は事態を改むる為めに全力を尽し可申候
小生等は当加州に於て奇異なる心理的変化に当面致居候、実は加州米国人の大部分は附近の日本人と親密なる交際を致居り候得共、彼等は日本人の進入が、我が文明を沈淪するに至るべしとの悪夢に絶へず襲はれ居候
右は夢幻に基く一種の迷信にして実在には無之、従つて此恐怖は事実何等の根拠無きものなるにも不拘、自称愛国者連の煽動に因つて誇大視せられ、又は或る私的理由に基きて排日運動に携はる輩によりて絶えず増進せられ候、若し吾等の相手とするものが夢幻にあらずして実在に有之候はゞ、吾等の努力は大いに簡単となり、成功の希望も更に大なるもの可有之候、若し吾等にして加州に於ける心理情態を変更する事を得ば、其他の好き結果は大なる努力なくして発生可致候
以上の陳述にては事情或は明瞭を欠くやの恐れ有之候得共、充分に申述べ候事は容易の業にては無之候、今日吾等の為すべき事は加州民をして多年彼等の注意を喚起し居りたる厄介なる問題より暫時心機を転ぜしめ、一定の行動につき考慮し得る余裕を与ふる方針に出づることに候、而して右一定の行動は之を徐々に進むるを要し候、如何となれば斯る運動を急ぐ時は、再び旧時の反感及恐怖を喚起することゝなりて、終に吾等の目的をも全然破壊し去るに至べきが故に候、吾等は注意を紐育より加州に転じ加州地方に重きを置かざるべからず候、加州人にとりては本問題は実際問題なるも、紐育人にとりては多少主義及理論の問題に有之候、此く申し候とも、加州人は紐育人の力を仮らずとも自ら事を裁き得べしと申す意味にては無之、否此れとは反対の問題の進展に伴ひ加州人は益々紐育人の援助を必要と可致候、小生は唯だ加州より事を起すべきにて、紐育にて始むべきに非らずと申すのみに有之候、吾等は事の発生せる地にて其問題に対さゞるべからず候、ホノルヽ又はウヰリアムスタウンは重要の地に相違無之候得共、此等の地に於て会議を開く事は問題の核心を外るゝの虞有之候、若しマクラツチー氏及其の一派の人々が依然頑迷なる態度を取るに於ては、吾等は成功の機会を捕捉し難く候、親日派及排日派が或る程度迄諒解を遂げ、その諒解に基き未決の問題を解決すべき方法を見出す様致し度と存候
吾等は徐々に且つ周到なる注意を以て運動に従事し居るが故に、之を以て重大なる問題を軽視し居る者と御考へ無之様希望罷在候
現在の排日的態度を永く継続することは、多くの米国人に取り恐るべ
 - 第34巻 p.536 -ページ画像 
き脅威なることを小生は十分承知致居候、若し我等が時間の余裕を有ち注意と知慧とを利して運動に従事する時は、何日かは此形勢を挽回するを可得と存居候、尤も吾等人類の短処を補塡せんが為めに予期せざる方面より力の現はれて、時局の収拾を見ることなしとも限り申さざるべく候、何れにしても我々は此等の大なる問題を面前に控え乍ら活動を止め、又絶望に陥る可きにあらすと存じ候
閣下を初め御友人諸氏に対し新年の御挨拶を申述候 敬具


渋沢栄一書翰 控 ハーヴェー・エッチ・ガイ宛 (大正一五年一月二五日)(DK340058k-0028)
第34巻 p.536 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ハーヴェー・エッチ・ガイ宛 (大正一五年一月二五日)
                      (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一鉛筆)
                  十五年一月二十二日閲了
      案
  ガイ博士殿
                      渋沢栄一
拝啓、十二月八日附尊翰正に落手致候、貴下には不相変日米両国間の諒解増進の為めに御尽力被下候段、感謝の至に不堪候
此問題に対しては先づ加州が自ら解決の第一歩を進むべく、紐育より始むべきにあらずとの御意見は能く現況を穿てる御観察と存候、御申越の如く、最も必要なるはマクラチ氏及び其一派が代表する加州の或一部の人々の態度を改めしむるの一事に可有之と存候、排日派の此最後の城郭を打破し得る迄は、両国間の関係を旧に復し、互に信頼し且つ友誼ある国交を維持せんとの事業の進捗を見る事は困難にして、此は小生及び同僚の明に認むる処に御座候
先般桑港米日関係委員会に於て通過し、昨年九月頭本氏に手交せられたる決議を吾等の歓迎したるは此の理由に基くものに候、貴下が此決議を衷心より御賛成相成り、之れが通過の為めに種々御助力相成候は小生の頗る満足する処に御座候、何卒今後とも右決議文中に示されたる事業の成行に従ひ、時々御報告を賜り候はゞ難有奉存候
ホノルヽ乃至ウヰリアムスタウン等に於て開催せられたる会議の如きは、加州の現勢に対して直接の影響を及ぼざる事は小生も貴下と見解を同じうする次第に御座候、乍併其効用は間接的なるにも不拘、極めて価値あるものなる事は充分承知致居候、先般催ふされたるホノルヽの会議は、其節シヤーレンバーグ氏の行動によりて頗る重大なるものと相成り、氏の此直接的行動の為めに少くとも加州に於ける労働関係の方面に於て、已に意義ある影響を受け候次第に御座候、右は必ずや貴下に於ても御同意見と被存候、兎に角小生はホノルヽ其他の地に於ける国際的会議に対しては相当興味を有するものに有之候得共、之れが為に加州関係の吾々の事業を軽視するものに非らざる事を御承知願上候、否寧ろ我等は此種の事業は頗る尊重する処にして、此れが助長の目的の為めに日本を充分に諒解せられ、平和と文明との為めには日米両国間の正確なる諒解を増進する事の、如何に意義あるかを了知せらるゝ貴下の如き方々の御努力に俟つ所、真に大なるものある事を申上候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十五年一月二十五日付ニテ発送セラレタリ。

 - 第34巻 p.537 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 控 ジョージ・ダブリュー・ウィカシャム宛 大正一四年一〇月三日(DK340058k-0029)
第34巻 p.537-538 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ジョージ・ダブリュー・ウィカシャム宛 大正一四年一〇月三日
                      (渋沢子爵家所蔵)
                   (栄一墨書)
                   十月二十二日一覧
 紐育市ウオール街四〇
  ジヨージ・ダブルユー・ウヰツカーシヤム殿
    大正十四年十月三日
                      渋沢栄一
拝啓、数日前頭本元貞氏米国旅行より帰朝相成り候、同氏紐育滞在中は貴下を始め米日関係委員諸彦より多大の便宜を与へられ候由にて、老生及東京日米関係委員より玆に謹んで御厚礼申上候、貴下には愈々御清健の由頭本氏より聞及び殊の外喜ばしく存居候
昨年移民法の通過によつて発生せる不幸な形勢を挽回する一策として輿論喚起の為に不断御努力被遊候段、更めて深厚なる謝意を奉表候
頭本氏の報告によれば同氏が旅行せられたる都市及面会せられたる各階級の人士は、何れも好意を以て氏を迎へたるのみならず、全米国には日本人に対する好感情の瀰漫せるを感ぜられし由にて、此は私共の頗る欣快とする処に御座候
就中私共の特に興味を感じ候は、太平洋沿岸に於ける対日感情が漸次緩和しつゝありとの報告に接せし事に御座候、頭本氏の談によれば今後新なる日本移民入国せずとの確証を米国人に与へたるが為めに、沿岸諸州の米国民の心理的態度は根本的変化を受け居るものゝ如しとの事に候、又従来排日運動の巨頭たりし人々がその態度を更めし顕著なる実例につきて報告を相受け申候、其最も著しきは加州労働党の領袖ポール・シヤーレンバーグ氏にして、氏は去る七月ホノルヽに於て開催せられたる太平洋関係協議会全員会に於ける演説中に、若し現行移民法を覆すべき運動をなさすとの保証を与へられなば、加州在留日本人に対する差別的法律撤回の為めに、協力して努力すべき旨言明せられたることに候、同氏は頭本氏が桑港発航の前夜同市に於て開かれたる送別会の席上に於ても、前回に優り更に遠慮なく又懇切に前言を繰返され候由に御座候
桑港米日関係委員会も同様頗る有力なる声明を与へられたる由誠に喜ばしく存居候、頭本氏は同委員会とは両度に亘りて協議を遂げられ、第一回は七月布哇より同地へ到着せし際、次回は日本への帰途にて、実は氏は同委員会の懇望により、旅程を変更して再度桑港へ赴かれし由に御座候
右両度の会議の結果、桑港委員会は一の決議を為し、之れを氏に交附致候間、御参考として左に転記致候、右は何卒御内密に附し、御公表の儀は御差控へ被下度候
  ○決議文前掲ニツキ略ス。
右は如何なる結果を生むや未知数に候得共、太平洋沿岸諸州、特に加州に於ける対日感情が好感を示しつゝある事は明に候、従来同州が日米問題の中心たりし事実に照らし、此の如きは明に結構なる報知と存候、加州に於ける対日好感情の発生は、在留日本人に対する差別的待
 - 第34巻 p.538 -ページ画像 
遇法及移民問題に於ける侮辱的法律の満足なる解決を齎すべき第一条件と存候、尤も州及合衆国の排日的法律の何れを撤廃するも、単に之れによりて日本人に充分なる満足を与ふる事能はざるべく候得共、形勢の実質的改善は、日本人の心裡を深く侵蝕せる不快の情を除去するに与つて効力可有之候
前述の次第に付き、桑港米日関係委員会が通過せる決議中に示されたる新計画は、現下の状況にも最も適応するものと被存候、乍併吾等は此問題に関する吾等の意見を確定するに先ち、貴下を始め貴委員会の諸彦と腹蔵なき意見の交換を行ひ度と存申候
桑港米日関係委員諸氏は太平洋沿岸諸州の主なる実業家・宗教家及労働者側の諸氏と共に、此際移民法改正の為に積極的行動を執る事は、太平洋沿岸全体に亘り危険なる反感を誘致し、且つ反対運動を勃発せしむべき恐有るのみならす、米国人の対日感情の好転せる此機会に乗じて、在留日本人の地位改善を試みんとする凡べての企図をも危殆に頻せしむるものなれば、決して賢明なる策に非らずと思考せらるゝ由に有之候
我等は今や極めて面倒なる情勢に遭遇致し居る次第に御座候、移民法の制定による米国の不当行為訂正に関する貴委員会の運動は、果して加州方面の憂慮せるが如き悪結果を齎すべきものなるや、或は毫も心配の要なきものなるや、此等の問題は米国の国情に通暁せる人々のみが明答を与へ得る処と存候、錯綜せる米国の事情に暗き我等は、到底如此問題に臨む事能はさる次第に御座候
吾等は現行移民法に対して、決して満足の意を表明せんとするものには御座なく候、此法律に差別的条項の存在せる限り、思慮ある日本人は満足し能はざるものに候、それと同時に加州排日法の結果、在留日本人が惨憺たる境遇に在る事を承知せる人は、苟くも此の法律の徹回又は改正の機会に接する時、決して之れを看過せざるべく、又加州に於ける情況の良化は、必ず彼の移民法中より忌むべき排日条項を削除すべき重大なる一条件となるべき、有意義の機会たる事を忘却せざるべく候、右様の次第につき現状に於て吾等の執り得る手段としては、吾々の承知せる限りの事情を腹蔵なく開陳し、貴下の公平にして円熟せる判断を請ひ、之れによりて吾等は方針を定めんとするものに候、貴下を始め貴委員諸氏には何卒此重大問題を御熟議被下、其結果を御通報被下候はゞ幸甚の至に存申候、終に臨み貴下を始め委員諸氏に対し謹んで敬意を奉表候 敬具
  ○右英文書翰ハ同日付ニテ発送セラレタリ。


(ジョージ・ダブリュー・ウィカシャム)書翰 渋沢栄一宛 一九二五年一一月七日(DK340058k-0030)
第34巻 p.538-540 ページ画像

(ジョージ・ダブリュー・ウィカシャム)書翰  渋沢栄一宛 一九二五年一一月七日
                      (渋沢子爵家所蔵)
                          40 Wall Street
                           New York
                      November 7, 1925
His Excellency
 The Viscount Shibusawa
 - 第34巻 p.539 -ページ画像 
My dear Viscount :
  Your letter of October 3rd has been very carefully considered by me and by the Committee on American Japanese Relations at a special meeting.
  We carefully discussed at the meeting various methods of dealing with the problem before us, which is, to do all that we can towards removing the discrimination against Japan in our present Immigration Law, without conducting such premature and tactless propaganda as might do more harm than good. The Committee was interested in Mr. Zumoto's reports of his conferences with Mr. Paul Scharrenberg, but we were not very optimistic as to the outcome of Mr. Scharrenberg's promises.
  After full discussion, the Committee decided to continue in its policy of making no political campaign or effort to approach Congress or Congressmen during the session about to open, on the matter of the Exclusion Law. A Special Committee was constituted to conduct careful inquiries into the feasibility of having a large representative conference of church leaders held at some point in the Middle West next spring, to consider the problem created by the Asiatic exclusion section of the Immigration Law, and it was decided that if the result of the preliminary investigation satisfied us that leading men and women of the country would be interested in attending such a conference and making it a success, we should go forward and bring about the conference.
  In the meantime, it was resolved to continue our quiet campaign of education by the dissemination of information bearing upon the problem. The Committee felt that it was impracticable to mould its actions in any respect by the attitude of Mr. McClatchy and his associates, but that we should work out progress on the lines above mentioned. We feel that this is the only safe alternative to complete acceptance of the present situation, ― a course which in our opinion should not be adopted.
                Yours faithfully,
             (Signed) Geo. W. Wickersham
GWW- ps
(右訳文)
               (栄一鉛筆)
               十四年十二月二十二日一覧
 東京市                 (十二月七日入手)
  子爵渋沢栄一閣下      紐育、一九二五年十一月七日
          ジヨージ・ダブルユー・ウヰツカーシヤム
拝啓、十月三日附の尊書にて御申越の儀につきては、小生紐育米日関係委員諸氏と共に特別の会合を開き慎重に評議致候
 - 第34巻 p.540 -ページ画像 
私共は此会合に於て当面の問題を処理する種々の方法、即ち此際如何にせば寧ろ害ありて利少き尚早且つ無稽の宣伝を為さずして、現行移民法中の排日差別法を削除せしむべきやに就き協議する処有之候、同委員会は頭本氏より同氏とポール・シヤーレンバーク氏との協議に関する報告を興味を以て聴取致候得共、シヤーレンバーグ氏の約束の成果については楽観不致居候
尚ほ同委員会は熟議を遂げ、当季開会の議会又は同議会の議員に向ひては何等排日法に関する政治運動を行はずとの、従来の政策を続行する事に決定致候、尚ほ又今回特別委員を挙げ明春、中西部地方の何れかの地点に教会首脳代表者大会を開き、移民法中の亜細亜人排斥に関する条項より発生せる問題を討議せしむべきや否やにつき、慎重なる研究を遂げ候結果、若し準備的調査を行ひたる上満足なる報告、即ち全国の主なる人々が此種の会合に喜んで出席し、其会をして成功裡に終らしむべしと考へらるゝならば、進んで斯る大会を開催すべしとの決定を見ると同時に、同問題に関する資料を各方面に分布する事により、私共の静穏なる教育運動を継続すべしとの決定をも見るに至り申候、我委員会に於てはマツクラツチー氏及其一派の人々の態度によりて我行動を変ずる事は不可なるを以て、従来採れる策を続行すべしとの感を深うしたる次第に御座候、私共としては右の方法に出るを以て此不満足なる現状に処する唯一且つ最も安全なる方法なりと存申候
                            敬具


渋沢栄一書翰 控 シドニー・エル・ギューリック宛 一九二五年一〇月九日(DK340058k-0031)
第34巻 p.540-543 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  シドニー・エル・ギューリック宛 一九二五年一〇月九日
                      (渋沢子爵家所蔵)
                (COPY)
                     October 9, 1925
Dr. Sidney L. Gulick,
  Federal Council of the Churches
  of Christ in America,
  105 East 22nd St., New York City.
My dear Dr. Gulick,
  Mr. Zumoto who came home from his American trip a few days ago tells me that he just missed you as you had to leave New York for Europe a few days before his arrival there. He at the same time reports me that by your instructions your assistants at your office spared no pains to make his visit comfortable and profitable, for which please accept my warmest thanks. I trust this will find you safely home from your European trip and busy as ever in your noble work in the interest of justice and humanity.
  By this mail I write to Mr. Wickersham an official letter in which I try to place before the members of the American Japanese Relations Committee a frank statement concerning the delicate situation in which the Committee here finds itself in the face of
 - 第34巻 p.541 -ページ画像 
 a new development of affairs in California. I have no doubt that Mr. Wickersham will place my letter to him in your hands without any loss of time. From it you will learn all about the matter, but I cannot let this opportunity pass without writing you personally and telling you in what perplexity I and my colleagues are.
  Nobody can appreciate more fully than I do the great courage and self-sacrifice with which you have taken up this self-imposed task of educating the public opinion in your country as to the right way of rectifying the unfortunate mistake committed by Congress last year in the matter of Japanese immigration. I know many of your own countrymen accused you of unworthy motives in taking this course, and knowing as I do how utterly baseless such accusations are, I cannot help but most deeply sympathize with you and tell you how greatly I admired your fearless courage.
  Such being my sentiments toward you, you can, I believe, easily imagine how painful it is to me even to lend my ears to counsels that may involve implications in any way antagonistic to the course of action which your sense of fair play has made you espouse and for which we are all so sincerely thankful.
  I am, however, sure that you who know me so well will not misunderstand me in writing as I have done to Mr. Wickersham. You will, I trust, readily bear witness to the truth that it is only my solicitude, and the solicitude of my colleagues, for the ultimate good of both our countries that has led us to ask you and your fellow members of the Committee in New York to consider the facts presented to you and kindly favor us with your candid opinion as to the course which you think to be proper and wise to take in connection with the new development on the Pacific coast. I hope you will tell me without reserve exactly how you feel and think about this matter.
  I fear that there might be some who might consider me and my colleagues ungrateful for the great efforts so far made by your New York Committee to prepare the public for a satisfactory settlement of the immigration question. In that case I trust you will be so good as to explain to them that in this respect they labor under a great misconception, and that it is exactly because we so heartily appreciate their noble efforts that we felt so embarrassed in the face of the new situation developing on the Pacific coast.
  Hoping that this will find you in good health and with warmest regards, I remain,
             Yours very truly,
 - 第34巻 p.542 -ページ画像 
                    E. Shibusawa
(右草案)
                    (栄一墨書)
                    十月廿二日一覧
 紐育市
  シドニー・エル・ギユーリツク博士殿
              東京、一九二五年十月九日
                      渋沢栄一
拝啓、数日前米国旅行より帰来せる頭本元貞氏の談によれば、同氏の紐育到着数日前、貴下には欧洲旅行へ御出立相成候由にて甚だ遺憾とせられ候、乍去御申置により事務員の方々より多大の便宜を忝ふし、以御蔭愉快なる旅行を全ふせしとの事に有之候へば、老生よりも謹んで御礼申述候、本書貴着の頃には定而無事御帰国相成り、不相変正義人道の為め高尚なる事業に御従事相成候事と存居候
本書と同時に老生はウヰツカーシヤム氏へも公式の書面を送り、加州問題に関する微妙なる新局面に就き、我東京日米関係委員会の腹蔵なき所懐を紐育関係委員諸氏に披瀝致す事と相成候、右書状はウヰツカーシヤム氏より早速貴下に示さるべくと存居候へば、詳細は右につき御一覧を願上候、乍併老生始め東京の委員一同の当面せる難局につき左に事情開陳致度と存候
昨年排日移民法の通過によりて議会の為せる決議を訂正せんとの目的を以て貴国の輿論を涵養すべき大事業を、自発的に御計画相成たる大なる勇気と犠牲的御精神とに対しては、老生は感服の外御座なく候、貴委員会に於て如此手段を執られたるに対し、米国人中には之れを下劣なる動機より出でたるものとなし、非難せるもの多数有之由に御座候得共、此かる批難の取るに足らざるは勿論にして、老生は貴下に対し深厚なる同情を表すると共に、貴下の敢為なる御行動に対し多大の賞讃を捧げんとするものに候
貴下に対す老生の意向は以上の如くに候へば、公正の精神に基きて執られたる貴下の御行動に対して、只管感謝致居る次第に有之候が、他面に於て斯る御行動に反するが如き向より出でたる主張をも尊重せざるべからざる羽目に陥りしは、老生の頗る遺憾とする処にして老生の苦衷御推察被下度候
貴下は老生を御熟知相成候に付、ウヰツカーシヤム氏宛の書状に就きては、誤解被為間敷と存居候、貴下を始め紐育関係委員会の方々に以上の事実を申上げ御考慮を乞ひたるは、両国の親善を庶幾へる老生及東京の関係委員一同の素志に基くものなる事は、直ちに御裏書可被下と存候に就ては、太平洋沿岸地方に於て新に発生せる事態に適応すべき賢明なる対策も候はゞ、御遠慮なく御開陳の程を願上度、猶本件に関する御感想に就ても御腹蔵なく御申越被下候様重ねて御願申上候
予而紐育関係委員諸彦が移民問題を満足に解決せんとの目的にて、輿論涵養の為め大に御努力被下候に就ては、我々日米関係委員は満腔の謝意を表し居る次第に有之候間、万一我々が至つて冷淡なりとの御考を抱かるゝが如き方々有之候はゞ、そは甚しき誤解なる旨を御説明被
 - 第34巻 p.543 -ページ画像 
下度、又貴委員各位の御尽力を感謝し居るが為に、今回太平洋沿岸方面に発生せる新局面に対し、当方が頗る当惑致し居る者なる事をも併せて御伝へ被下度候
擱筆に臨み御健康を祝し申上候 敬具


(シドニー・エル・ギューリック)書翰 渋沢栄一宛一九二五年一一月六日(DK340058k-0032)
第34巻 p.543-544 ページ画像

(シドニー・エル・ギューリック)書翰 渋沢栄一宛一九二五年一一月六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
         NATIONAL COMMITTEE
             ON
       AMERICAN JAPANESE RELATIONS
        287 FOURTH AVE., NEW YORK
                  November 6, 1925
Viscount E. Shibusawa
2 Kabutocho Nihonbashi, Tokyo, Japan
My dear Viscount Shibusawa :
  Your leter to Mr. Wickersham of October 3 he very promptly passed on to me, and then came your two letters to me of October 8 and 9. Let me thank you for them all. I am exceedingly grateful to you for your courteous expressions in a matter of much difficulty and perplexity.
  I am writing this note merely to let you know that the letters have been recieved, and that yesterday we held a rather long joint conference of the Committee on American Japanese Relations and the Federal Council's Committee on the Orient.
  The question you raised was considered at great length, and I must write you a letter with regard to our discussion and plans. Mr. McClatchy has greatly distorted and exaggerated the very quiet campaign of education which we are carrying on. Please rest assured that we have no plans or purpose for an aggressive political campaign. We have known from the beginning that it would be useless to approach the present Congress. Of course we shall not do so.
  But I must not take the time now for any more careful statement of the situation and of our plans. I hope to write you more in detail about this matter at the end of the month.
             Cordially yours,
            (Signed) Sidney L. Gulick
                   Secretary
(右訳文)
                  (栄一鉛筆)
                  十四年十二月一日一覧
 東京市日本橋区兜町二         (十一月廿四日入手)
  子爵渋沢栄一閣下     紐育、一九二五年十一月六日
               シドニー・エル・ギューリック
拝啓、ウヰツカーシヤム氏宛の十月三日附尊書は早速小生へ廻附相受け申候、次で同八日及九日附の小生宛御書面を拝受致候、如此困難且
 - 第34巻 p.544 -ページ画像 
つ複雑なる問題に就きて御懇書を忝ふしたるは、小生の深く感謝する処に御座候
本書相認め候は只御書面拝受の御挨拶を申上ぐるに止まり候、実は昨日紐育米日関係委員会及東洋関係聯合委員会との聯合会を稍長時間に亘りて開催致し候
御申越の件に就ては長時間に亘りて論議を試み候へば、右の顛末及び将来の計画に就ては追而一書相認め可申候、マクラツチー氏は我穏健なる教育運動を甚しく曲解誇張致居候、乍併私共は積極的政治運動を行はんとの計画乃至目的を有せず候へば、何卒御安心被下度候、今年の議会に向つて運動する事の到底無効なるへきは当初より承知せる処に候へば、此れを実行せざるは勿論に御座候
現下の状勢及私共の計画につきては玆に解説する事を避け、本月末に至り委細可申上積に御座候 敬具
  ○本月末送付スベシト云ヘルギューリック博士ノ書翰ハ十八日付ニテ送越サレタリ。


日米関係委員会往復書類(一)(DK340058k-0033)
第34巻 p.544 ページ画像

日米関係委員会往復書類(一)       (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば九月二十一日頭本氏歓迎午餐会の節、同氏の報告に基き御協議申上候結果、紐育米日関係委員会々長ウヰツカシヤム博士、同委員会幹事ギューリック博士及び桑港米日関係委員会のリンチ氏に対し老生より出状の件は、其後慎重なる考慮を遂げ候上別紙写の通り作成発状方相運び候間御承知被下度願上候 敬具
  大正十四年十一月二日           渋沢栄一
    子爵渋沢栄一殿


日米関係委員会緊要書類(DK340058k-0034)
第34巻 p.544-545 ページ画像

日米関係委員会緊要書類          (渋沢子爵家所蔵)
大正十四年十一月二日別紙ノ如キ「ウイッカーシヤム」「リンチ」「ギューリック」三氏宛各通ノ書面写発送先
                  (済)井上準之助
                  (済)一宮鈴太郎
                  (済)堀越善重郎
                (済)子爵金子堅太郎
                  (済)小野英二郎
                  (済)添田寿一
                  (済)頭本元貞
                  (済)内田嘉吉
                  (済)串田万蔵
                  (済)山田三郎《(山田三良)》
                  (済)姉崎正治
                (済)男爵阪谷芳郎
                  (済)江口定条
                  (済)団琢磨
                  (済)梶原仲治
                  (済)服部文四郎
 - 第34巻 p.545 -ページ画像 
                  (済)藤山雷太
                 (済)子渋沢栄一
          〆十八人
  ○ウィカシャム、ギューリック及ビリンチニ送レル栄一書翰ハ前掲ノ各書翰ナリ。


米国人往翰(三)(DK340058k-0035)
第34巻 p.545 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

渋沢栄一書翰 控 エルバート・エッチ・ゲーリー宛 一九二五年一二月二五日(DK340058k-0036)
第34巻 p.545-546 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  エルバート・エッチ・ゲーリー宛 一九二五年一二月二五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
 - 第34巻 p.546 -ページ画像 
                (栄一鉛筆)
                十五年一月二十二日一覧
 紐育市
  エルバート・エチ・ゲーリー殿
          東京市、一九二五年十二月廿五日
                      渋沢栄一
拝啓、先般頭本元貞氏が貴国を訪れられ候節には懇篤に同氏を御款待下され、貴殿事務所に於ける午餐に御招き被下候由、御親切の段忝く奉深謝候
貴台には公私共極めて御多忙なるにも不拘愈々御壮健の由にて大慶の至りに存候
頭本氏今回の旅行の結果、貴国に於ける対日感情は従来よりも良好に赴き親日的態度顕著なるもの有之、猶ほ又同氏の旅行は重要なる積極的結果を齎し、桑港日米関係委員会に於ては一の決議を通過するに至り候、右決議文及びウヰツカーシヤム氏に宛てたる小生書翰の写を同封御覧に供し候間、御閑暇の折御一読被下候はゞ、加州に於ける目下の情勢には注目に価ひするもの有之を御承知可相成と存候
猶ほ右決議文は御内密に附し被下度乍序申添え候
小生此程宿痾漸く癒え候得共医師の奨めにより外出をつゝしみ居り候間、未だ新任米国大使○チヤールズ・マクヴェには面会の機を不得候得共、当地に於ける評判極めてよろしく御同慶至極に存候
乍末筆新年と共に愈御清福の程祈上候、右御礼旁得貴意度如此御座候
 敬具


(エルバート・エッチ・ゲーリー)書翰 渋沢栄一宛 一九二六年一月一八日(DK340058k-0037)
第34巻 p.546-547 ページ画像

(エルバート・エッチ・ゲーリー)書翰  渋沢栄一宛 一九二六年一月一八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
           ELBERT H. GARY
            71 BROADWAY
             NEW YORK
                 January 18th, 1926
My dear Viscount Shibusawa :
  I have read with much interest your letter of December 25th ultimo, together with copy of personal letter to Mr. Wickersham.
  I sincerely hope conditions will improve to your entire satisfaction.
  With kind regards, I am,
             Cordially yours,
              (Sgined) E. H. Gary
Viscount E. Shibusawa,
  2 Kabutocho Nihonbashi,
  Tokyo, Japan.
(右訳文)
                (栄一鉛筆)
                十五年二月二十五日一覧
 東京市日本橋区兜町二         (二月五日入手)
  子爵渋沢栄一閣下
 - 第34巻 p.547 -ページ画像 
              紐育、一九二六年一月十八日
                エルバート・エチ・ゲーリー
拝啓、昨年十二月廿五日附貴翰並にウヰツカーシヤム氏宛御書状の写正に落手難有拝見仕候
事態が次第に良好に趣き充分御満足可被遊状況と相成る様希望罷在候
右御受け旁々御返事申上候 敬具


渋沢栄一書翰 控 ローランド・エス・モーリス宛 大正一四年一二月二五日(DK340058k-0038)
第34巻 p.547 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ローランド・エス・モーリス宛 大正一四年一二月二五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                  (栄一鉛筆)
                  十五年一月六日一覧
 費府
  ローランド・エス・モーリス殿
                  大正十四年十二月廿五日
                      渋沢栄一
拝啓、頭本元貞氏が貴地方を訪れられ候節には懇切なる御款待を賜り候由にて同氏は深く感謝罷在り候、老生よりも謹んで御礼申上候
頭本氏の談によれば、貴台始め御家族様には御壮健の由にて何よりと存候、貴台には日米両国の親善と諒解との増進の為め従来と同様熱心に御尽力被下候由、深く感謝仕候
頭本氏より御聞及びの通り、太平洋沿岸特に加州に於ける米国人が在留日本人に対する心理的態度の変化せる為め新なる情勢展開致し、為めに一方に於ては、在留日本人の地位向上に資すべき労資協調の前途に光明を与へ、他面に於ては加州に於ける凡有階級の米国人が有害不当なりとして反対せる移民法修正運動に就きて、紐育のウヰツカーシヤム博士及び友人諸氏に現状を報告するに至り申候
此デリケートなる問題に対する当方の態度を明かにする為め、老生がウヰツカーシヤム博士に宛てたる書翰の写を同封貴覧に供し候、右は何卒御内密に願上候、頭本氏との御談話の際貴台には移民法修正運動を援助する事には御賛成無之候由に御座候
老生より御書通申上げたるは、紐育関係委員会に於ては今議会に移民法修正案提出を見合はし、各人種に公平なる待遇を与ふる事を究極の目的とし、輿論の涵養に努力すべしとの声明を為せるに基けるものなる事を御諒知願上候、此声明は貴台の御希望に添ふものならんと推察罷在候、季節の御挨拶を申上け、尚新年と共に貴台を始め御家族様の御幸福を祈上候 敬具


(ウォレス・エム・アレグザンダー)書翰 渋沢栄一宛 一九二六年六月四日(DK340058k-0039)
第34巻 p.547-550 ページ画像

(ウォレス・エム・アレグザンダー)書翰  渋沢栄一宛 一九二六年六月四日
                     (渋沢子爵家所蔵)
            WALLACE M. ALEXANDER
            ALEXANDER & BALDWIN, LTD.
              MATSON BUILDING
             SAN FRANCISCO, CAL.
                        June 4th, 1926
Viscount E. Shibusawa
  Tokyo, Japan.
 - 第34巻 p.548 -ページ画像 
My dear Viscount :
  On my return to San Francisco I received a report from the Committee which I appointed to confer with various groups in California looking toward a modification of the alien land laws and other restrictive legislation against Japanese in California. This Committee was appointed in accordance with our understanding with Mr. Zumoto when he conferred with our Committee in San Francisco. Our feeling at that time was that there was some hope of making a forward move along these lines and we also felt that such action was the first necessary step toward the solution of our problem, and the creation of a better feeling and understanding between our countries.
  The one thing standing in the way of an agreement between all elements in California seemed to be the attitude of Dr. Gulick and those he represented in the East, who were making efforts for the immediate modification of the exclusion law. We had rather hoped that Dr. Gulick had definitely abandoned this attempt and we were encouraged by the position taken by Mr. Scharrenburg last summer in Honolulu. We have also had the cooperation of Mr. McClatchy, Senator Phelan, Mr. Scharrenburg and others in showing kindness and courtesies to distinguished Japanese visitors.
  Unfortunately, however, the Gulick attitude still impresses certain groups here as not at all abandoned, and they believe they have evidence that there is a very definite program to attack the National Legislation in 1927. I appointed a strong committee to confer with these gentlemen and see what could be done, and a meeting was finally held. The result of this meeting plainly showed that a satisfactory agreement could not be had to make the changes in our local laws at this time. Various organizations like the Native Sons have been stimulated and kept intact on the Japanese question by their fears of modification of the exclusion law. The situation is complicated by the fact that the law which provides leasing of land, etc. was passed by a direct vote of the people and can only be changed by a similar vote. Therefore, it is essential to have substantial aggreement on the part of Phelan, McClatchy, Scharrenburg and similar interests, that the time is right to make the change, and that the proposal would have their consent and endorsement. With their organized opposition it would be difficult, if not impossible, to get a favorable vote of the people and in case of defeat the situation would be decidedly worse.
  The conference did accomplish something, however, as it shows that the gentlemen mentioned above are not implacably
 - 第34巻 p.549 -ページ画像 
 opposed to a change in our California laws, and in fact are quite open-minded and even sympathetic with the idea that this drastic legislation may not be for the best interests of California. They are also anxious to show a kindly attitude and recognize the necessity of the establishment of cordial relations between Japan and the United States on a sound basis. They are, however, in passionate support of the exclusion law and believe that if there is any danger of further immigration protective laws are necessary.
  The conference was left in a favorable atmosphere and I believe that the time may come when we can secure an agreement for the modification of the California laws. A great deal depends of course on the program of our Eastern friends.
  This report is made to you and your Committee to inform you of our very earnest and faithful attempt to carry out the program agreed upon with Mr. Zumoto and consistent with the spirit of the resolution which we passed at that time.
  While I have been away from San Francisco Mr. Lynch has been constantly at work on the subject, and has had the whole committee together at different times. He was one of the members of the subcommittee that dealt with other groups, and he has given me a faithful report on the situation. From time to time he has taken advantage of the presence in San Francisco of men like Mr. Horinouchi, and gave them the status of the situation at different periods, knowing that these messages would be conveyed properly to you.
  With very kindest regards from Mr. Lynch and myself, and with the hope that you may continue in good health and be spared for many years to the good work in which you are engaged, I am
               Sincerely yours,
            (Signed) Wallace M. Alexander
           Chairman, Japanese Relations Committee.
(右訳文)
          (別筆)
          訂正ノ上再提出供貴覧候
          (栄一鉛筆)
          十五年八月四日 伊香保客舎ニテ一覧
          小畑氏承合タル後回答案作成スヘキ事
 東京市                (六月廿二日入手)
  子爵渋沢栄一閣下   桑港、一九二六年六月四日
              ウオレス・エム・アレキサンダー
拝啓、益御清適奉賀候、然ば今般桑港に帰着するや、予而委嘱致居候外国人土地法並に在留日本人関係諸法規の改正に関する委員の報告を受取申候、右委員は過般頭本氏来航の際桑港日米関係委員会委員と協議の上委嘱致候義に有之候、当時我等は此方面に活動を開始すべき機
 - 第34巻 p.550 -ページ画像 
運到来せるものと推測致、随て又右委員の委嘱は日本人問題の解決及び日米間の好感情及諒解増進の為めに、最も必要なる第一歩なりと考へたる次第に御座候
加州の諸団体と協調を遂げんとするに当り障碍となるべしと思はるゝは、ギユーリツク博士並に排斥法を直に改正せんと努力致居候同博士が代表する諸団体に候、吾等はギユーリツク博士がその企を全然放棄せしことを期待致、且昨夏シヤーレンバーク氏が布哇に於て取りし態度によりて大に鼓舞せられし次第に御座候。尚ほ来遊の日本名士諸氏に対し厚意と礼譲を表する為め、吾等はマクラチー氏、上院議員フヰーラン氏、シヤーレンバーグ氏其他の諸氏と協力致候、然るに当地に於ける諸団体は不幸にもギユーリツク博士は其企を棄てずとの印象を有し、且ギユーリツク博士が一九二七年度の国会に提案すべき確実なる計画を有すと確信し居るものも有之候、小生は此等の人々と協議する為めに有力なる委員を委嘱して対策を考究せしめ、結局一の会合を催す事と相成候、此会合の結果、此際加州の法律改正の為め満足なる協定を得る事能はざる事判明致候、ネチヴ・サンズ(加州内に生れたる男子の総称)の如き各種の団体に於ては排斥法の改正を恐るゝ結果神経過敏となり、依然排日の態度を有し居候。借地法其他州民の直接投票によりて成立したるものは同一方法を以てせざれば改正する能はざるにより、事態愈々紛糾致候。さればフヰーラン。マクラチー。シヤーレンバーク。その他一味の人々より時期に関し又改正に対する同意と裏書とを得へき具体的協定緊要に候。彼等が一致して反対する時は州民の賛成的投票を獲る事は(仮令不可能に非らずとも)困難なるべく、而も万一敗るゝ時は形勢確実に悪化すべく候
彼等は排斥法を熱心に支持する者にして、今後移民増加の危険ある時防備的法律の必要を信じ居候も、前記諸氏は加州の法律改正に頑として反対するにあらずして、事実少からず感情を和らげ居、且斯る忌むべき法律が加州にとりて最上の利益を齎らす所以にあらずとの思想に対し、寧ろ同情し好意ある態度を示さんとし、且日米両国の関係を確固たる基礎の上に築き上くる必要を認め居候こと判明致候は、幾分此会合の目的を達する事を得たるものと存候
此会議は好都合なる雰囲気の裡に終結を告げし次第に候へば、加州法律の改正に同意を得る時期到来すべしと確信致候、而して東部に於ける友人諸君の運動に左右せらるゝ所多大なるべきは申すまでも無之候右は予而頭本氏と協定せし方法を実行し且其際成立せし決議の精神に悖らざらん為め、最熱心且忠実なりし事を閣下及御友人に御報告するに外ならず候
小生不在中はリンチ氏常に本問題に鞅掌し数次全委員会を開催致候、リンチ氏は他の団体と交渉せる副委員の一人にして、形勢につき余に忠実なる報告を送り申候。氏は堀内氏の如き人々が桑港に立寄らるゝ機会ある毎に之れを利用し屡々現状につきてそれ等の方々に伝へ候がそは此等の人々を通じて閣下に伝達せらるべきを承知したるが故に候
リンチ氏及び小生より謹で敬意を表し、尚ほ閣下が愈々御壮健にて、御従事中の事業の為めに多年御長命被遊候様祈上候 敬具

 - 第34巻 p.551 -ページ画像 


〔参考〕(牛島謹爾)書翰 渋沢栄一宛 (大正一四年)一〇月三日(DK340058k-0040)
第34巻 p.551 ページ画像

(牛島謹爾)書翰  渋沢栄一宛 (大正一四年)一〇月三日
                     (渋沢子爵家所蔵)
          (栄一鉛筆)
          本状落手後回答延引致居候処頃日之報道ニよれハ牛島氏ハ二月中帰国之由来状有之由ニテ回答書発送ハ見合候事
                一月三十日 栄一
  渋沢青淵先生
    十月三日            牛島謹爾拝
謹啓、久敷御伺不申上候処愈御清祥之程奉欣賀候、先般来神崎○驥一・頭本諸君子来訪の機ニ接し、丁度老台ニ接するようの喜を以て迎送致候、実は小子事業一応引上げてハどうかとも被存居候、神崎にも其旨開陳せしに大反対を受け申候
毎年吾庭園より好柑差上来候処今年ハ収納皆無のよし園丁より申来、乍御不都差上不申上事《(合脱カ)》に致候、それのみならず古帳面調見候処老台宛正金手形六百余円差上ざるもの有之、不取敢乍大延引封入慥ニ差上候故御笑受被下度奉願候、如此事ハ小子の最短所ニ有之健忘症の上疎懶の悪癖あり、君乞此を万宥せられんことを乞ふ



〔参考〕渋沢栄一書翰 控 コーウィン・エス・シヤンク宛 一九二八年七月一〇日(DK340058k-0041)
第34巻 p.551 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  コーウィン・エス・シヤンク宛 一九二八年七月一〇日
                     (渋沢子爵家所蔵)
          (栄一鉛筆)
          本書状は頭本氏発足之際既に添付せしものと存候事、七月二十七日一覧
 シヤトル            (七月十一日発信)明六
  コルウヰン・エス・シヤンク博士殿
              一九二八年七月十日
                      渋沢栄一
拝啓、益御清適奉賀候、然ば今回予而御知己の間柄なる頭本君貴市訪問の期を利用し敬意を表上げ度と存候、小生事今春以来健康を損じ引籠居候処、昨今大いに快方に趣き遠からず全快致す事と楽しみ居候
御承知の如く、頭本君はワシントン大学の招致に依り、国際関係協会(International Relations Institute)会議に出席のため渡米せらるゝ次第に候、貴市滞在中は貴下其他の有力なる方々と接触して、小生等の興味を抱き居る例の諸問題に付き御意見を交換せらるゝ様願上候
右御挨拶旁得貴意度如此御座候 敬具
  ○シャンク博士ニ就テハ本章第五節所収「其他ノ外国人接待」大正十三年四月四日ノ条参照。