デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
2款 日露協会
■綱文

第36巻 p.22-23(DK360011k) ページ画像

大正7年6月27日(1918年)

是日、当協会主催ロシア国実業家バトーリン招待午餐会、東京銀行倶楽部ニ開カレ。栄一出席ス。


■資料

竜門雑誌 第三六二号・第六九―七〇頁 大正七年七月 ○日露協会招待会(DK360011k-0001)
第36巻 p.22 ページ画像

竜門雑誌 第三六二号・第六九―七〇頁 大正七年七月
○日露協会招待会 同会にては六月廿七日正午より東京銀行倶楽部に於て過般来朝せる露国富豪バトウリン氏を正賓として招待午餐会を催したるが、席上後藤外相は同協会副会長の資格を以て招待の辞を述べ尚ほ同氏を朝野の名士に紹介する所ありたるが、之に対し主賓バトウリン氏は鈴木於莵平氏の通訳にて謝辞及び日露経済提携に就ての希望演説ありたる由。因に当日は青淵先生を始め仲小路農相、上山・内田両次官、目賀田男等重なる諸氏の出席ありたる由。


中外商業新報 第一一五八二号 大正七年六月二八日 露実業家招待 諸名士の参集(DK360011k-0002)
第36巻 p.22 ページ画像

中外商業新報 第一一五八二号 大正七年六月二八日
    ○露実業家招待
      諸名士の参集
渋沢男其他朝野の名士主人側となり、廿七日正午東京銀行集会所に於て目下来朝中なる露国実業家バトリン、バンニー其他諸氏を招待して午餐会を開く、食後渋沢男の挨拶に次いてバトリン氏の答辞あり、次いで後藤男の談話あり、一同歓を尽して午後二時半散会せり、当日の出席者左の如し
 ▽来賓 バトリン、バンニー外数氏
 ▽主人側 渋沢栄一男外三十二氏○氏名略


集会日時通知表 大正七年(DK360011k-0003)
第36巻 p.22-23 ページ画像

集会日時通知表 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
 - 第36巻 p.23 -ページ画像 
六月廿七日 木 正午    日露協会主催ピー・ピー・パトウリン《(ピー・ピー・バトウリン)》氏歓迎午餐会(銀行クラブ)
   ○中略。
七月六日   土 午前十一時 パトーリン氏招待会(飛鳥山邸)
   ○中略。
七月廿二日  月 午前十一時 バトウリン氏提議ニ関スル委員会(兜町)
   ○中略。
十月廿一日  月 午前九時  バトウリン氏ノ件ニ付御会合(兜町)
   ○中略。
十二月廿六日 木 午前九時  バトウリン氏ノ件(兜町)



〔参考〕集会日時通知表 大正七年(DK360011k-0004)
第36巻 p.23 ページ画像

集会日時通知表 大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
七月廿四日 水 午後六時 日露協会講演会(同協会)
   ○中略。
九月廿一日 土 午後三時 日露協会ノ件(同会事務所)
   ○中略。
十二月二日 月 午後三時 日露協会茶話会



〔参考〕集会日時通知表 大正八年(DK360011k-0005)
第36巻 p.23 ページ画像

集会日時通知表 大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
六月三十日 月 午後四時 バトウリン氏秘書オボロスキー、大井包高氏兜町ニ来約
   ○中略。
八月廿七日 水 午後四時 チタ市之布教師ゲロモナフ・ヒローフエー氏講演会(日露協会)