デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
8款 聖路加国際病院
■綱文

第36巻 p.172-174(DK360064k) ページ画像

大正3年11月9日(1914年)

是日、国際病院創立委員長大隈重信、首相官邸ニ創立ニ関スル協議会ヲ開ク。栄一出席セリ。尚、当病院創立ニツキ、皇室ヨリ金五万円下賜ノ通達アリ。仍ツテ十三日、栄一、委員長ノ代理トシテ宮内省ニ出頭シ、之ヲ受ク。次イデ十七日、更ニ首相官邸ニ評議員会開カレ、栄一出席シテ座長トシテ議事ヲ宰ス。


■資料

集会日時通知表 大正三年(DK360064k-0001)
第36巻 p.172 ページ画像

集会日時通知表  大正三年         (渋沢子爵家所蔵)
十一月九日 (月) 午後零時半 国際病院ノ件(首相官邸)
  ○中略。
十一月十三日(金) 午後一時  宮内省ヘ御出向
  ○中略。
十一月十七日(火) 午前十時  国際病院ノ件(総理大臣官邸)


中外商業新報 第一〇二五七号大正三年一一月一〇日 ○国際病院創立委員会(DK360064k-0002)
第36巻 p.172 ページ画像

中外商業新報  第一〇二五七号大正三年一一月一〇日
    ○国際病院創立委員会
大隈首相は九日午後零時半より国際病院創立委員長の資格を以て、目下来朝中の米国側代表者パンコースト氏・同夫人を主賓とし、同じく委員英米両大使・同夫人其他外国人十余名、並に阪谷市長・渋沢栄一男・大倉喜八郎・森村市左衛門・中野武営・早川千吉郎・三井八郎右衛門男・尾崎法相・同夫人・新渡戸博士・同夫人・松井外務次官・同夫人・美濃部拓殖銀行総裁、其他実業家五十余名を永田町官邸に招待午餐会を開き、畢て同病院創立に関し種々協議する所ありたり

 - 第36巻 p.173 -ページ画像 

竜門雑誌 第三一八号・第六五頁大正三年一一月 ○国際病院協議(DK360064k-0003)
第36巻 p.173 ページ画像

竜門雑誌  第三一八号・第六五頁大正三年一一月
○国際病院協議 大隈首相は国際病院設立委員長の資格を以て、十一月九日青淵先生以下の委員並に賛助員一同を永田町の宮邸に招待し、午餐会を催したる後、引続き設立に関し協議会を開き、同病院創立に関する事業の経過報告、並に其他の打合を為したり、因に義捐金の募集其他の準備は一切整ひたるが、敷地の選定に関し行悩み中の所、結局築地聖路加病院を増築することに決定したる由なるが、畏くも右の趣き天聴に達し、特に御内帑金五万円御下賜の恩命を辱ふしたりと申す。


中外商業新報 第一〇二六一号大正三年一一月一四日 ○五万円御下賜 国際病際の設立(DK360064k-0004)
第36巻 p.173 ページ画像

中外商業新報  第一〇二六一号大正三年一一月一四日
    ○五万円御下賜
      国際病際の設立
畏こき辺りにては今回国際病院設立の挙あるを聞召され、特別の御思召を以て御内帑金五万円御下賜の御沙汰ありたるより、渋沢男は創立委員を代表し、十三日午後一時宮内省に出頭し、河村宮内次官より拝受せり


竜門雑誌 第三一九号・第四五頁大正三年一二月 ○青淵先生参内(DK360064k-0005)
第36巻 p.173 ページ画像

竜門雑誌  第三一九号・第四五頁大正三年一二月
○青淵先生参内 畏き辺りにては今回国際病院設立の挙あるを聞召され、特別の御思召を以て御内帑金五万也御下賜《(円脱)》の御沙汰あり、同病院設立委員副会長たる青淵先生には、設立委員会長大隈伯爵の代理として、十一月十三日午後一時宮内省に出頭し、河村宮内次官より右の恩命を拝受せりといふ


中外商業新報 第一〇二六二号大正三年一一月一五日 ○国際病院設立準備(DK360064k-0006)
第36巻 p.173 ページ画像

中外商業新報  第一〇二六二号大正三年一一月一五日
    ○国際病院設立準備
国際病院設立委員会にては、来る十七・八日頃永田町首相官邸に設立委員会を開き、委員長たる大隈伯を始め渋沢・阪谷・後藤各副会頭、並に評議員一同出席、同病院設立実行に関し協議をなす由なるが、右は十三日を以て畏き辺より御下賜の金五万円を基礎とし、普く一般の寄附金を募集し、所要の地所を購入して以て該病院建築敷地に充てんとするものにして、当日は評議員中より三井家を代表する団琢磨氏、岩崎家を代表する豊川良平氏、日銀総裁たる三島弥太郎氏・大倉喜八郎氏・近藤廉平男・水町袈裟六氏・高田慎蔵氏等約十名を実行委員に推選し、渋沢会計監督、セント・ルカ病院長トイスラー氏、並に常任幹事阪井徳太郎氏等と共に、之が実行の任に当るべしと


中外商業新報 第一〇二六五号大正三年一一月一八日 ○国際病院評議員会(DK360064k-0007)
第36巻 p.173-174 ページ画像

中外商業新報  第一〇二六五号大正三年一一月一八日
    ○国際病院評議員会
国際病院設立評議員会は、十七日午前十時より永田町首相官邸に開会せり、大隈会長、渋沢・阪谷の副委員長以下左記数名の出席ありたるが、同病院敷地は東京の中央に於て千坪より五千坪に至る範囲内にて購入することに決し、其経費は恩賜金の外会員中より募集することに
 - 第36巻 p.174 -ページ画像 
決定し、普く大方よりは募集せざることゝし、正午散会せり
 団琢磨△豊川良平△三島弥太郎△志立鉄太郎△志村源太郎△高田慎蔵△大倉喜八郎


竜門雑誌 第三一九号・第四八頁大正三年一二月 ○国際病院設立協議(DK360064k-0008)
第36巻 p.174 ページ画像

竜門雑誌  第三一九号・第四八頁大正三年一二月
○国際病院設立協議 別項記載の如く、日米共同の計画に係る国際病院設立に付き、畏くも畏き辺より金五万円の御下賜を辱ふしたるを以て、設立委員会長大隈伯爵を首め、青淵先生・阪谷男・後藤男の各副会長及評議員一同は聖旨の存する所を奉体して、一日も早く之を設立せんとて、十一月十七日午前十時より永田町首相官邸に於て、同病院設立に関する協議の為め評議員会を開きたり、副委員長青淵先生座長席に着き、常任幹事阪井徳太郎氏より今回御下賜の恩命に接したる顛末より其後の経過を報告し、寄附金募集の方法等に就き、各自意見を交換し正午散会したりとなり


聖路加国際病院月報 昭和三年下半期号・第四頁昭和三年一二月 聖路加国際病院の過去現在並に将来 副院長 久保徳太郎(DK360064k-0009)
第36巻 p.174 ページ画像

聖路加国際病院月報  昭和三年下半期号・第四頁昭和三年一二月
 ○左の一篇は京橋杏林会例会に於ての講演
    聖路加国際病院の過去現在並に将来
                 副院長 久保徳太郎
○上略
 第三期に移り行きました聖路加病院は、日露戦役後我国が一躍して世界の一等国となり、内外の施設に多端をきわめ、教育産業一として面目を改めざるものなしと云ふ此時、恰も大隈内閣が戦後桂内閣に次で中外の信望を繋ぎし時、宮中に於かれても聖路加病院が多年救療機関として貢献せしことを聞こし召され、畏れ多くも両陛下より金五万円を下だし賜はりました事が動機となり、官民の篤志家玆に首相邸に会合され、渋沢子爵斡旋の下に金拾五万円余、直ちに醵金さるゝこととなりました
○下略