デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
13款 社団法人国際聯盟協会
■綱文

第37巻 p.170-175(DK370033k) ページ画像

昭和2年10月8日(1927年)

是日、当協会第七十一回理事会、東京銀行倶楽部ニ開カル。栄一出席ス。後、国際労働総会ニ出席帰朝セル政府代表長岡隆一郎、同労働代表鈴木文治及ビ国際聯盟交換教授トシテ渡欧帰朝セル佐伯矩、他三名ヲ招待シ、当協会主催午餐会ヲ開ク。


■資料

国際聯盟協会書類(三) 【昭和二年九月三十日】(DK370033k-0001)
第37巻 p.170 ページ画像

国際聯盟協会書類(三)         (渋沢子爵家所蔵)
  昭和二年九月三十日
                国際聯盟協会々長
                   子爵 渋沢栄一
    渋沢会長殿
拝啓、愈御清適奉賀候、陳者来る十月八日午前十一時より、丸ノ内銀行倶楽部に於て第七十一回理事会を開催、前回理事会後の会務の報告を兼ね、国際聯盟より派遣の交換医員諸氏、並に国際労働会議参列の代表諸氏の帰朝歓迎会を開催可致候に就ては、御繁用中乍恐縮同刻迄に御光臨被成下度、此段御案内申上候
 追て御出席の有無、折返し御回報相煩はし度願上候 敬具


集会日時通知表 昭和二年(DK370033k-0002)
第37巻 p.170 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
十月八日 土 午前八時半 奥山清治氏来約(飛鳥山邸)
       午前十一時 国際聯盟協会理事会(銀行クラブ)
 - 第37巻 p.171 -ページ画像 

国際聯盟協会書類(三) 【(謄写版) 第七十一回理事会議事録】(DK370033k-0003)
第37巻 p.171 ページ画像

国際聯盟協会書類(三)         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    第七十一回理事会議事録
                昭和二年十月八日午前十一時
                丸ノ内 銀行倶楽部に於て
出席者
 渋沢会長、阪谷副会長、林・服部・田川・山川・山田・秋月(午餐会へ出席)宮岡・下村・関屋各理事、奥山主事
一、会務報告 奥山主事より前回理事会以後の活動、並に今後の計画に就き、報告及び説明ありたり。
一、協議事項 阪谷副会長より朝鮮・台湾方面に於ける宣伝につき、質問並に意見の開陳あり、渋沢会長はじめ山川・関屋・宮岡各理事右地方に対する宣伝賛成の旨を述ぶ、但し具体的方法其他に関しては、後日改めて協議の筈。
  閉会後、左の諸氏を賓客として午餐会を開く。
 主賓 佐伯矩   黒田教慧   原徹一
    鈴木文治
  欠席 北島多一
 陪賓 山田準次郎 宮島幹之助  内野仙一
午餐終るや、別室に於て鈴木文治氏の「世界労働運動の大勢」に関する講話、及び佐伯矩博士の「国際聯盟交換教授として、欧洲並に南北両米講演旅行」談ありて、午后四時散会。


国際知識 第七巻第一二号・第一三七頁昭和二年一二月 ○本協会ニユース(十月中)(DK370033k-0004)
第37巻 p.171 ページ画像

国際知識 第七巻第一二号・第一三七頁昭和二年一二月
○本協会ニユース(十月中)
 十月八日 第七十一回理事会を銀行倶楽部に開催し、同時に聯盟交換衛生官黒田・原両氏、同交換教授佐伯博士の歓迎午餐会を開き、また労働会議代表長岡・鈴木両氏をも歓迎した。



〔参考〕国際聯盟協会報告(三)(DK370033k-0005)
第37巻 p.171-175 ページ画像

国際聯盟協会報告(三)         (渋沢子爵家所蔵)
                   (栄一鉛筆)
                   十月十四日閲了
    復命書
小官儀客歳末海外出張中ノ処去ル九月一日帰朝致候ニ付、左記及復命候也
  昭和二年九月 日
               栄養研究所長 佐伯矩
  甲 出張ノ目的
一、這般国際聯盟ハ医務部ニ於テ新タニ交換教授ノ制ヲ設ケ、其ノ最初ノ交換教授トシテ小官ハ欧洲枢要諸大学ニ栄養学ニ関スル講演ヲ行ハムコトヲ要請セラレ、日本政府亦之ニ応ジ、大正十五年九月二十二日附ヲ以テ小官ハ海外出張ヲ命ゼラルヽニ至レリ
二、一月十七日ヨリ巴里大学ニ於テ開設セラレタル国際聯盟主催ノ万国衛生学講習会ニ講師トシテ講演ノ嘱託ヲ受ク
 - 第37巻 p.172 -ページ画像 
三、南米諸国ノ国際聯盟関係者ヨリ、小官ノ欧洲ヨリノ帰朝ノ途ヲ南米ニ取リ国民栄養問題解決ノ計画ニ指導ヲ与ヘラレ度キ旨国際聯盟ヲ通ジテ希望シ来リ、小官之ヲ承諾シタリ
四、欧洲ヨリ南米ヘノ途次ロツクフエラー財団ノ賓客トシテ北米各地ニ招待シタキ旨同財団ヨリ申込アリ、小官之ヲ諾ス
五、スタンフオード大学ヨリ特別講演ノ為メ予テ招待ヲ受ケ居タルニ付、此機会ヲ利用シ其ノ約ヲ果スコトニ打合セヲ了ス
   乙 講演
○昭和元年十二月二十八日東京出発、シベリア経由ニヨリ一路急行、翌二年一月十四日巴里着
○一月十八日ヨリ巴里大学ニ於テ、国際聯盟主催万国衛生学講習会講師トシテ、講演三日、質疑応答一日、実物示説一日、講習生ハ欧洲及ラテンアメリカ諸国人ニシテ、小官ノ講演ニ対シ初講以来毎回共特ニ大ナル満足ト感謝ノ意ヲ表セリ
○一月二十五日英国ニ向ケ出発、二月一日巴里帰着、倫敦滞在中ノ要務左ノ如シ
  一、講演打合セ
  二、諸研究所訪問
  三、栄養研究ノ施設ニ関スル経験ノ説明
○二月三日パストール研究所ニ於テ、特ニ小官ノ為メニ臨時ニ開催セラレタル生物学会講演、満堂三百ノ聴衆ハ何レモ栄養ニ関係アル各科ノ諸学者ニシテ、学生及一般人ヲ交ヘズ、光景厳粛ヲ極メ而シテ学会ハ成功セリ
○二月六日巴里出発、同八日維納着、同九日同大学ニ於テ講演ノ喝采ヲ博ス
○二月十二日維納出発、同十三日ゼネヴア着、同十六日国際聯盟本部ニ於ケル万国保健委員会議ニ於テ講演ス、感動ヲ与ヘタリ
○二月十九日ゼネヴア出発、同二十一日伯林着、同二十二日伯林大学ニ於テ講演、盛会ナリ、招待多キモ滞在日数少クシテ之ニ応ズル能ハズ、特ニヤバン・インスチツートノ講演希望ヲ果ス能ハザリシヲ遺憾トス
○二月二十五日伯林出発、三月三日ストツクホルム着、同四日医学校ニ於テ講演、盛会、即夜出発
○三月五日コツペンハーゲン着、同日同大学ニ於テ講演二回、盛会、即夜出発
○三月六日ハンブルヒ着、同七日同大学ニ於テ講演、聴衆モ小官モ共ニ満足セリ、即夜出発
○三月八日倫敦着、同十七日ローヤル・ソサイチーニ於テ講演、成功セリ
○三月二十日倫敦出発、三度巴里帰着、同二十一日日本大使館ニ於テ日本人ノ為メニ通俗講演
○三月二十三日巴里出発、シヤーボーヨリ乗船、同三十日紐育着
○四月四日紐育出発、ニユーヘヴン着、六日エール大学ニ於テ講演、同日午后出発
 - 第37巻 p.173 -ページ画像 
○四月六日ボストン着、同八日出発、同九日バルチモア着、同十一日出発、同日ワシントン着、同十二日出発、同十三日紐育帰着、同夜出発、同十四日ローチエスター着、同大学ニ於テ開催セル全米聯合学会ニ於テ、実験病理学部会並ニ癌研究部会ニ於テ討論ヲ行フ
○四月十五日ローチエスター出発、シカゴヲ経テ十九日アイオア着、同日同大学ニ於テ講演、即夜出発
○四月二十二日桑港着、同日及翌日スタンフオード大学講演、盛会
○四月二十五日カリフオルニア大学講演、即夜出発
○四月二十九日三度紐育帰着
○四月三十日紐育出発、五月十六日リオ・デ・ジヤネイロ着、同十九日学士院ニ於テ講演、聴衆堂ニ溢ル、同二十四日内外科学会講演、盛会
○五月三十一日リオ・デ・ジヤネイロ出発、同日サン・ポーロ着、日本移民生活状態視察ノ為メ地方出張
○六月五日サン・ポーロ出発、サントスヨリ乗船、同八日モンテビデオ着、同十三日同大学ニ於テ講演、盛会
○六月十四日モンテビデオ出発、同十五日モンテビデオニテ講堂満員ノ為メ、聴講シ得ザリシモノ三名ベノスアイレスニ追掛ケ来ルモノアリ
○六月十九日ベノスアイレスニ於テ、在亜日本人会ノ請ニヨリ講演、盛会
○六月二十三日同大学ニ於テ講演、大盛会
○六月二十四日同日本移民ノ生活状態視察
○六月二十五日同国立癌研究所ニ於テ講演成功
○六月三十日ベノスアイレス出発、七月一日サンチヤゴ着、同四日サンチヤゴ大学ニ於テ第一回講演、同六日サンチヤゴ大学第二回講演両会共満員ニテ講堂危険ノ為メ扉ヲ鎖ス
○七月七日サンチヤゴ出発、同日コンセプシヨン着、同八日コンセプシヨン大学ニ於テ第一回講演、同九日同大学第二回講演聴衆堂ニ溢レ廊下ニ及ブ
○七月十日コンセプシヨン出発、同日サンチヤゴ帰着
○七月十四日サンチヤゴ小児科学会講演聴衆堂外ニ溢ル
○七月十八日市立劇場ニ於テ講演聴衆国務大臣、外交官ヲ合セ三千五百満員ノ為メ多数入場謝絶
○七月十九日サンチヤゴ出発、同日ヴアルパライソ着、同日商業会議所ニ於テ第一回講演、同夜医学会ニ於テ第二回講演、盛会
○七月二十日基督教青年会ニ於テ講演、盛会
○七月二十二日ヴアルパライソ出発、八月十四日桑港着
○八月十五日桑港基督教青年会ニ於テ講演
○八月十六日桑港出発
○九月一日横浜帰着
  丙 講演ノ成果
講演ノ成果ハ一ニ将来ノ努力ニ俟ツベキモノニシテ、小官ノ今回ノ訪問ハ只栄養問題ニ関スル各国ノ注意ト感興ヲ喚起セシムルニ過ギザル
 - 第37巻 p.174 -ページ画像 
モノニシテ、殊ニ小官滞在日数ノ極端ニ制限セラレタル為メ、講演ノ効果ニ関スル詳細ノ観察ヲ遂グル能ハザルハ洵ニ遺憾トスル所ナレドモ、其ノ親シク見聞セシ所ノモノ二・三ヲ摘記スレバ左ノ如シ
 一、日仏学界近接ヲ目的トスル日仏学術協会ノ設立ヲ仏国学者ニヨリテ主唱セラルルニ至リタルコト
 二、墺国ウイン大学ヨリ我ガ栄養研究所ニ留学生派遣ノ希望ヲ表明セシコト
 三、独逸伯林大学ヨリモ同様ノコト
 四、英国ニ於テカウンシル・フオア・メジカル・リサーチニヨリ栄養研究所設立ノ計画決定セルコト
 五、ブラジル、オスワルド、クルツ研究所ニ栄養研究部設置ノ気運ヲ作リシコト
 六、ウルグアイニ於テ衛生局長ハ栄養研究所設立ノ計画ヲ中央衛生委員会ニ提案シ、一同ノ賛成ヲ得タルコト
 七、アルゼンチンニ於テ同ジク栄養研究所設立ノ企図ニ関シ、衛生局長、大学教授、伝染病研究所長、実験的医学研究所長等ノ希望一致シ、之ガ実現ニ協力スルニ至リタルコト
 八、チリ政府カ其ノ衛生社会労働省内ニ一新機関ヲ設ケ、之ニ依リテ国民栄養ノ実際問題解決ヲ達成セムトシ、且之カ指導ノ為メ最高顧問トシテ日本栄養学者ヲ招聘ノ意ヲ決シタルコト
以上ハ単ニ学術上ヨリ見タル成果ノ概要ニシテ、国交若クハ国際聯盟上ニ於ケル効果如何ニ就テハ、在外各関係機関ヨリ夫々報告アルベキヲ信ズ
  丁 講演希望
講演ヲ希望シ招請ヲ受ケタルモ、小官ノ日程上之ニ応ズル能ハサリシモノ、左ノ如シ
  チエツコスロヴアキア
  ポーランド
  ハンガリー
  ポルトガル
  ボリビア
  ペルー
  コロンビア
  グアテマラ 等
ノ諸国ニシテ其ノ他
  シンシナチー大学
  コロンビア大学
  カリホルニア医学大会
  ハートフオード医学大会等
  戊 歓待
各所講演ニ対シ小官ノ為メニ設ケラレタル慰労歓迎ノ宴会ハ、時恰モ諒暗中ナルヲ以テ之ヲ辞退シ、已ムヲ得ザルモノハ極メテ静粛ナル食事ニ止メシメタルモ、南米ニ入ル頃ヨリハブラジルニ於ケル教育長官ウルグアイニ於ケル外務大臣及同国駐箚ブラジル公使、アルゼンチン
 - 第37巻 p.175 -ページ画像 
ニ於ケル大統領及同国駐箚ポーランド公使、チリニ於ケル大統領其ノ他ノ特別ナル饗宴ニ列ス、又チリ国政府ガ栄養問題解決ノ目的ヲ以テ一新機関ヲ創設セムトスルニ当リ、之ニ参劃セシ功ニヨリ、同国大統領ヨリ勲章(El grando de Comendador)ヲ授ケラル。