デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
26款 国際教育関係諸団体 2. 海外植民学校
■綱文

第38巻 p.251-254(DK380022k) ページ画像

昭和4年7月31日(1929年)

是日栄一、海外植民事業関係者井上雅二・崎山比佐衛・小林美登利等ヲ飛鳥山邸ニ招キテ晩餐会ヲ催ス。


■資料

招客書類(三) 【昭和四年七月卅一日、於飛鳥山邸晩餐会午後六時 来賓】(DK380022k-0001)
第38巻 p.251-252 ページ画像

招客書類(三)              (渋沢子爵家所蔵)
 昭和四年七月卅一日、於飛鳥山邸晩餐会午後六時
                  来賓
                     (太丸ハ朱書)
                     ○井上雅二
                     ○山地土佐太郎
                     ○崎山比佐衛
                     ○今井修一
                     ○小林美登利
                     ○主人
                     ○社長
                     ○小畑久五郎
 - 第38巻 p.252 -ページ画像 
                     ○渡辺得男
                     ○白石喜太郎
一、食事 支那料理 偕楽園
一、食堂ハ日本間書院ノ予定 以上〆拾人


集会日時通知表 昭和四年(DK380022k-0002)
第38巻 p.252 ページ画像

集会日時通知表 昭和四年          (渋沢子爵家所蔵)
七月廿三日 火 午前八時半 海外植民学校長崎山比佐衛氏来約(飛鳥山邸)
  ○中略。
七月卅一日 水 午前六時  小林美登利・崎山比佐衛氏招待晩餐会(飛鳥山邸)


竜門雑誌 第四九一号・第五一頁 昭和四年八月 青淵先生動静大要(DK380022k-0003)
第38巻 p.252 ページ画像

竜門雑誌 第四九一号・第五一頁 昭和四年八月
    青淵先生動静大要
      七月中
 卅一日 小林美登利・崎山比佐衛両氏招待晩餐会(曖依村荘)



〔参考〕(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和四年九月一四日(DK380022k-0004)
第38巻 p.252 ページ画像

(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和四年九月一四日 (渋沢子爵家所蔵)
    子爵渋沢翁閣下
謹而申上げます。大変な雨で御座いました。御障もありませんでしたか、御伺ひ致します。前日御伺の節は御忙しき中にも不拘御拝顔を辱ふし、種々大切な御指導を御親切に受《(与)》へてくださいました、厚く御礼申上げます。
其後三菱の木村久寿弥太氏、三井の酒井徳太郎氏へ御話して、閣下が御目を透してくださいました書類を差し上げました。別に御気持も悪くされず却つて御同情して御受けくださいました。子爵の絶へず御同情くださる事をも申し上げて置きました。
何卒御序の時もありましたなら、三菱・三井の両家へ御立ち寄りくだされ、子爵から木村・団両氏に此事業の為め一言の御声でもかけてくださいますならば、只だに此事業と私の仕合たるのみならず、両氏にも御よろこびくださる事と存じます。しかし気候も大変かわりました今日でありますから特に御身の上御気をつけて頂きます。先つは畏縮ながら御願ひ迄申上げます。 頓首
  昭和四年九月十四日        崎山比佐衛拝



〔参考〕(崎山比佐衛)書翰 渋沢栄一宛 (昭和五年)六月五日(DK380022k-0005)
第38巻 p.252-253 ページ画像

(崎山比佐衛)書翰 渋沢栄一宛 (昭和五年)六月五日 (渋沢子爵家所蔵)
謹啓
閣下には益々御清勝之段奉慶賀候
過般は本校職員及学生大勢にて参上仕り、非常なる御歓待に浴し厚く深謝仕り候
閣下の御尊顔を拝し得たるは誠に我れ我れの光栄の至りに有之、剰へ御懇篤なる御訓話を拝聴致し一同感激に充たされ、殊に婦人達に於ては感涙に咽び申候
閣下の御訓言は我れ我れ一同感佩し、以て益々堅実なる植民者として
 - 第38巻 p.253 -ページ画像 
邦家の為め、奮闘仕る覚悟に御座候
終りに閣下の益々御健在にあらん事を、衷心より祈り上げ申候
執事様初め御各位によろしく御放声被下度く候
先は乍略儀書面を以て厚く御礼申上候 頓首
  六月五日
                      崎山比佐衛
                      外一同
     渋沢栄一閣下


〔参考〕(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和五年六月八日(DK380022k-0006)
第38巻 p.253 ページ画像

(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和五年六月八日 (渋沢子爵家所蔵)
    私の最も尊敬し奉る
     渋沢子爵閣下
閣下には益々御清祥の事と御よろこび申ます、去る三日の夜立つて今私は土佐へ来て居ります、それは拓務省から南米の講演を頼まれまして来ました、毎晩村から村へ御話をして廻つて居ります
去る二日ハ大勢御伺致しました、身に余る御もてなしに預り一同暗涙を飲みました、私はあの日に限り忠恕といふ事がはつきりわかりました、已を欺かずとは良心を欺かずといふ事であらふと云ふ様に思はれました、而も行ふに道を求めてするといふ事を教はりました
若しも私が南米に植民学校の分校を設立しましたならば、閣下を思ひ起す為めに、また東洋人が世界の人間となる霊魂の養の為めに、英文の論語を若者に教へてみたひと決心した程でありました
閣下よ御身体大事に御壮健で居つてください、南海室戸の岬より遥に御祈り申上げます 頓首
  昭和五年六月八日            崎山比佐衛
                       (土佐旅行先室戸より)



〔参考〕(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和六年六月(DK380022k-0007)
第38巻 p.253-254 ページ画像

(崎山比佐衛) 書翰 渋沢栄一宛 昭和六年六月 (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
                    (ゴム印)
                    昭和六年六月廿六日
謹啓 初夏の候御尊家益々御清祥奉賀ます
降つて我が校職員生徒一同、何等の故障もなく喜んで励んで居りますから御放神下さい
我が校が此不景気時代にありても、比較的順調に経営を進めつゝある事は、之れ全く此事業が此時代に如何に必要なるかといふ事と、皆様の厚き御同情の賜とに外ならないのであります
就きましては此処に昨年度の事業報告を御礼に代へて送ります、何卒御覧下され度御願ひ致します
更に御願ひがあります、若しも御親戚や御郷里の後輩にして海外に発展せんとする有為の青年男女がありましたなら御紹介して下さい、校則に準じ彼が為め其目的を達成する様充分御世話致します、それから又御尊家兄姉中どなたでも当地方へ御出掛けの事もありましたなら、是非学校へ御立ち寄り下さい、御待ち申して居ります
先づは御尊家皆様の上に、天よりの御幸福を祈りつゝ、右御礼迄申上
 - 第38巻 p.254 -ページ画像 
げます 頓首
  一九三一、六月            海外植民学校
                        崎山比佐衛(印)
     (宛名手書)
      渋沢栄一殿