デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
4節 国際記念事業
4款 グラント将軍植樹記念碑建設
■綱文

第38巻 p.446-450(DK380047k) ページ画像

昭和4年8月(1929年)

是月栄一、益田孝ト共同シテ本碑ヲ建設シ、右ニ
 - 第38巻 p.447 -ページ画像 
要スル経費ハ両人ノ負担トスル件ヲ決シ、翌五年四月工事ニ着手、同年五月二十日落成ス。


■資料

グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件(DK380047k-0001)
第38巻 p.447-448 ページ画像

グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件
                      (渋沢子爵家所蔵)
     ○グラント将軍植樹記念碑建設並除幕式記録
       附、東京市へ寄附の事
発端
 昭和三年二月の頃、世古孝之助氏の発案として小松緑氏を通じて記念碑建設の勧誘あり、渋沢子爵主となり普く有志者の間より寄附金を募集して行ふべしとの議出で、建碑総費約壱万円を以て其予算とし準備に着手せり。
 然るに其後増田理事の病気により荏苒延々となれり。
準備
 越えて昭和四年八月、子爵より渡辺理事に対して引続き計画を続行すべき下命あり、玆に子爵並に益田男爵にて建設するの案を採り、各関係方面に対して交渉を開始せり。
 昭和四年十一月には東京市公園課とやゝ具体的協議に入り、其設計は予てより公園課技手の手を以て作成しありたるが、猶之を変更する事数回に及べり。同十二月には之が警視庁令中に形像建設取締規則にかかるによりて警視庁保安課風紀係と引合の上、下谷上野警察署保安課と交渉を開きたり。
 翌昭和五年一月渋沢子爵及益田男爵連名にて東京市長宛「寄附願」を提出し、同二月十三日其受領通知を受け、翌十五日警視総監宛「形像建設許可申請書」を提出し、同時に風紀係警部を案内して上野公園内建設予定地を視察せしめたり。之に対する許可証の下附ありたるは三月十二日附にして、当所に入手せるは其月末なりき。
起工
 四月上旬工事一切を清水組に依頼し、清水組は約一ケ月を以て竣工するの予定にて工事に着手せり。
 これより先、関係官庁と交渉を進むるの傍、一方小田原在なる益田男爵邸と再三往復し、日本文の碑文・英文碑文及除幕式の件等に関して協議を進めたり。
 右の中最も困難なりしは碑文の選定なり、之が為には益田男爵及公園課を往来する事無慮十数遍、稿を改むる事十回に及び、英文碑文も亦長きに失して稿を改むる事数次、漸くにして其折衷案を得たり。
 起工着手の後、其除幕式の準備にかゝり、其設備は従来の関係上之を清水組に依嘱し、日本文リーフレット、英文パンフレツト、及絵葉書の作製は全部之を公園課の手に委ねたり。
 プログラム、案内状(和英両文)及返信用ハガキは当事務所より東京印刷会社に命じて作製せしめ、招待者人名簿に従つて当事務所より案内状を発せり。
落成
 斯くて五月二十二日碑は完成し、同日下谷上野署を経て警視庁に其
 - 第38巻 p.448 -ページ画像 
落成届を提出し、除幕式当日(五月三十日)を以て東京市に対して同じく落成届を提出せり。
○下略


グラント将軍同夫人来訪五十年記念碑建設ニ関スル件(DK380047k-0002)
第38巻 p.448 ページ画像

グラント将軍同夫人来訪五十年記念碑建設ニ関スル件
                     (渋沢子爵家所蔵)
          (別筆)
          益田男爵ニ同信世氏ヲ経テ協議事項
                     三、七、二六
    グラント将軍来朝五十年記念ニ関シ益田男爵ニ
    御相談事項
一、グラント将軍ノ来朝シタルハ、明治十二年ニシテ東京市民有志ガ上野公園ニ於テ、同将軍夫妻ノ大歓迎会ヲ催フシ明治天皇及昭憲皇太后ノ親臨ヲ賜ハリ、同将軍夫妻ガ市民ノ好意ヲ感謝シテ、手ツカラ二樹ヲ同公園ニ植ヘタルハ同年八月二十五日ニシテ、本年ハ正ニ五十年ニ相当ス
一、右植樹ハ今ヤ亭々タル大樹トナリテ繁茂シツ、アルモ、只其周囲ニ鉄柵を廻ラシアルノミニテ、別段ノ施設ナク、此状態ニテハ年処ヲ経ルニ従テ、殆ト湮滅ニ帰スル恐レアリ
一、依テ同将軍夫妻来朝五十年記念トシテ、右遺跡ヲ永遠ニ顕彰スル為メ、記念碑ヲ建設シテハ如何有之哉
    記念碑建設ニ関スル案
一、発起人ハ渋沢子爵・益田男爵両氏トスルコト
一、総費用予算約金五千円トスルコト
      内
   金弐千五百円  記念碑及鉄柵建設費
   金弐千円    除幕式費及当日招客費
           パンフレット印刷費其他諸掛費一切
   金五百円    記念碑及記念樹保存費宛トシテ東京市ヘ寄附
          以上
一、総費用金五千円ハ発起人両氏ニテ負担スルコト
一、碑石ノ形状寸法ハ別紙ノ通トスルコト
一、碑文ハ和英両文トスルコト
一、碑文ハ渋沢子爵ニ於テ立案シ、益田男爵ニ協議スルコト
一、除幕式ノ時日ヲ昭和三年十月廿五日午後二時頃トスルコト
一、除幕式日招待スル人々及設備ハ追テ案ヲ具シ、御協議スルコト


グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件(DK380047k-0003)
第38巻 p.448-449 ページ画像

グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件
                      (渋沢子爵家所蔵)
(写)
     寄附願
一、グラント将軍記念腰掛台
   位置東京市上野公園グラント将軍手植樹傍広場
前米国大統領グラント将軍は我国に関係深く、明治初期の国政に貢献せられしこと尠なからざるものもあり、明治十二年七月入京せらるゝ
 - 第38巻 p.449 -ページ画像 
や、畏くも明治天皇の御臨幸を仰ぎ、将軍夫妻を上野公園に迎へて市民歓迎会を催し、其際小生等に於ては故福地源一郎氏と共に代表者として親しく接伴仕り候
此日将軍夫妻は公園内に記念植樹を為し、将軍は檜を、夫人は玉蘭を植ゑられ、今尚健全に繁茂し居れるは、実に好個の国交記念と存ぜられ候
然るに昭和四年は将軍の五十年祭に相当致し候を以て、右手植樹の傍に別紙の如き小碑を建立し、貴市に寄附致し将軍の事蹟を後世に伝へ聊か日米親善の一端とも相成べく候間、何卒右記念碑建設寄附方御許可被下度、別紙目録の書類相添此段出願候也
  昭和五年一月 日
                   子爵 渋沢栄一
                   男爵 益田孝
  東京市長 堀切善次郎殿
    別紙目録
一、碑文「グラント将軍植樹の碑」一篇
   但併記せらるべき英文の碑文は右日本文の全訳に付省略せり
一、記念碑建設位置図面 一葉
一、右設計図      一葉
一、維持基金金参百円也
              以上
保収第一三号
  昭和五年二月十三日
                東京市役所東京市役所印
  子爵 渋沢栄一殿
         外一名
    寄附願ニ関スル件
昭和五年一月九日御申越、本市上野恩賜公園設備用トシテ「グランド」将軍記念腰掛台(並右維持費共)壱基建設寄附ノ件、二月七日受領ノ事ニ決定致候間、工事施行其ノ他ニ関シテハ本市保健局公園課ト御協議相成度候也
 追而通貨ハ別紙納付額通知書ニ依リ本市金庫ヘ御納入相成度申添候


グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件(DK380047k-0004)
第38巻 p.449-450 ページ画像

グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件
                      (渋沢子爵家所蔵)
(控)
    形像建設許可申請書
元米国大統領グラント将軍ノ形像建設ノ儀、御許可相成度、別紙書面相添此段及申請候也
  昭和五年二月十五日
                申請者
             東京市麹町区丸ノ内一丁目二番地
                   子爵 渋沢栄一
 - 第38巻 p.450 -ページ画像 
             東京府荏原郡北品川宿三一二番地
                   男爵 益田孝
               右代表者
                   子爵 渋沢栄一 
     警視総監 丸山鶴吉殿
   ○別紙書面略ス。
指令第八三四一号
             麹町区丸ノ内一丁目二番地
                   子爵 渋沢栄一
昭和五年二月十五日願、元米国大統領グラント将軍ノ形像建設ノ件、許可ス
  昭和五年三月十二日
             警視総監 丸山鶴吉 警視総監之印


グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件(DK380047k-0005)
第38巻 p.450 ページ画像

グラント将軍同夫人 来訪五十年記念碑建設ニ関スル件
                      (渋沢子爵家所蔵)
(控)
    形像建設落成届
昭和五年三月十二日、指令第八三四一号ヲ以テ建設方御許可相成候上野公園内元米国大統領グラント将軍ノ形像、五月二十日落成致候ニ付此段及御届候也
  昭和五年五月二十二日 東京市麹町区丸ノ内一丁目二番地
                   子爵 渋沢栄一
             東京府荏原郡北品川宿三一二番地
                   男爵 益田孝
               右総代 子爵 渋沢栄一 
  警視総監 丸山鶴吉殿
(控)
    グラント将軍植樹記念碑落成届
昭和五年二月十三日、保収第一三号ヲ以テ貴市上野公園内ニグラント将軍記念腰掛台壱基建設寄附ノ件御許可相成候所、今般落成致候間御受領相成度、此段及御届候也
  昭和五年五月三十日  東京市麹町区丸ノ内一丁目二番地
                   子爵 渋沢栄一
             東京府荏原郡北品川宿三一二番地
                   男爵 益田孝
               右総代 子爵 渋沢栄一 
  東京市長代理 白上佑吉殿