デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
13款 アメリカ海軍卿エドウィン・デンビー歓迎
■綱文

第39巻 p.21-26(DK390004k) ページ画像

大正11年7月4日(1922年)

是月二日来日セルアメリカ合衆国海軍卿エドウィン・デンビーヲ迎ヘ、是日内閣総理大臣加藤友三郎主催午餐会、同夜アナポリス兵学校同窓会、五日東京市長後藤新平主催午餐会、同夜外務大臣内田康哉主催晩餐会、六日平和記念東京博覧会主催午餐会等各所ニ催サレ、栄一ソレゾレ出席ス。


■資料

中外商業新報 第一三〇四〇号大正一一年六月二九日 海越しの同窓会 遥々米国から渡来するア兵学校出身者の一行(DK390004k-0001)
第39巻 p.21 ページ画像

中外商業新報 第一三〇四〇号大正一一年六月二九日
    海越しの同窓会
      遥々米国から渡来する
     ア兵学校出身者の一行
千八百八十一年、米国アナポリス兵学校を卒業した人々に依つて組織されて居るクラス会は、昨年は米国華盛頓市に開かれ、我海軍からも瓜生大将が出席したが、今年は既報の通り来る七月四日の米国独立記念日に東京で開かれる、で夫に出席する海軍卿デンビー夫妻、桑港海兵団長ヂヨージ・バンネツト氏、有名なる法律家フランク・バンツ氏上院議員ウエラー氏等の一行二十七名と、其夫人・令嬢等総勢七十名の一行は、七月二日横浜入港のヘンダーソン号で来朝する筈であるが一行は十日迄滞在して各種の招待会に出席、十一日午前横浜から乗船し、神戸、上海、マニラ、ガム等を経由して帰国する筈である、右に就いて外務省欧米局の岩手事務官は語る
 「現在日本で同校を出身した人は瓜生大将のみで、他は皆他界して了つた、今度はハーデイング氏も非常に力を入れて居るので日米親善の上から見ても好い機会だと思ふ、尚宮中のお催物もある筈であつたが、東伏見宮が薨去遊ばされたのでお取止めになる事と思ふ云云、一行の中には活動写真隊も居て日本に於ける一行の動静を詳細撮影し、帰国してから大いに日米親善を宣伝するさうだ」云々


集会日時通知表 大正一一年(DK390004k-0002)
第39巻 p.21-22 ページ画像

集会日時通知表 大正一一年      (渋沢子爵家所蔵)
七月四日 火 午後〇時半  総理大臣催米国海軍卿歓迎午餐会(同官舎)
       午後八時   米国海軍兵学校卒業生(デンビー氏一行)ヨリ正式招待(銀行クラブ)
              燕尾勲章佩用
七月五日 水 午前十一時半 東京市長催
              米国海軍卿一行招待会 工業クラブ
       午後七時半  外務大臣晩餐会(同官舎)燕尾服略章
 - 第39巻 p.22 -ページ画像 
       午後九時   右同 夜会
七月六日 木 午前十一時  東京博覧会協賛会催
              米国海軍卿デンビー氏一行歓迎会(迎賓館)


東京日日新聞 第一六四四一号大正一一年七月五日 米賓招待 官邸の午餐会(DK390004k-0003)
第39巻 p.22-24 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京日日新聞 第一六四四三号大正一一年七月七日 外相米賓歓迎(DK390004k-0004)
第39巻 p.24 ページ画像

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竜門雑誌 第四一〇号・第五二―五三頁大正一一年七月 ○加藤首相主催午餐会(DK390004k-0005)
第39巻 p.24-25 ページ画像

竜門雑誌 第四一〇号・第五二―五三頁大正一一年七月
○加藤首相主催午餐会 加藤首相は七月四日正午より、首相官邸に於
 - 第39巻 p.25 -ページ画像 
てデンビー卿一行の歓迎午餐会を開催したるが、参会者は一行の外、陪賓として内田外相以下各大臣、青淵先生、米国大使、後藤市長、井上日銀総裁其他五十余名出席し、席上、加藤首相の歓迎辞、デンビー卿及上院議員ウエラー氏の謝辞あり、午後二時半主客歓を尽して散会せりと云ふ。
○アナポリス兵学校同窓会 一八八一年米国アナポリス兵学校卒業生第十一回同窓会は七月四日午後八時より丸の内東京銀行集会所に於て開催せられ、主賓米国海軍卿デンビー氏を始め瓜生男外同窓生二十七名並に陪賓加藤首相、内田外相、ワーレン米国大使、徳川公爵、青淵先生、幣原大使、山下軍令部長、井出海軍次官、金子子、後藤男其他五十余名の諸氏参会し海軍々楽隊の奏楽裡に宴を開き、青年時代の楽しき追懐談に興じつゝデザートコースに移るや、同窓生なる上院議員ウエラー氏は同会幹事として挨拶を述べ、更にステートン氏起つて歓びの辞を述ぶれば瓜生男は之に応へて来訪の厚意を感謝する所あり、デンビー卿次で謝辞を述べ、同十時半和気靄々裡に散会せりと云ふ。
○東京市長主催歓迎宴 後藤市長は七月五日午後丸之内日本工業倶楽部に於て、デンビー卿一行を招待し午餐会を催したるが、当日はデンビー卿一行の外、加藤首相、内田外相、青淵先生、米国大使、瓜生・山下両大将、宇佐美府知事其他市会議員等諸氏出席し、主客合せて二百余名、宴は三曲の合奏に始まりて興を添へ、更に別室に於て食堂を開き、席上後藤市長の歓迎辞、デ卿の挨拶あり、午後一時半一同和楽の裡に散会せりと云ふ。
○内田外相主催晩餐会 内田外相は七月五日午後七時半より、外相官邸に於てデンビー卿一行の歓迎晩餐会、同九時より夜会を催したるが参会者は来賓一行の外、加藤首相以下各大臣、青淵先生、米国大使、金子子、阪谷男、瓜生男、幣原大使、埴原次官其他数十名の諸氏陪賓として参列し、席上内田外相の歓迎辞に対し、デンビー卿の挨拶あり終つて宴を閉ぢ更に九時より階上の舞踏に移り、夜の更る迄歓を尽せりと云ふ。
○平和博覧会デ卿一行招待 平和記念東京博覧会にては七月六日、デンビー卿一行を招待して随意に各館を観覧せしめたるが、同日零時二十分デ卿其他の来賓諸氏は、宇佐美会長の案内にて迎賓館に入り、青淵先生、瓜生男夫妻、幣原大使、伊集院男、後藤市長と共に設けの宴に着き、デザートコースに入るや宇佐美会長及協賛会長青淵先生の歓迎辞に対し、デ卿の謝辞ありて宴を閉ぢ、夫れより各館を巡覧して午後二時半辞去したりと云ふ。


平和記念東京博覧会協賛会事務報告書 同協賛会編 第五九―六〇頁大正一二年二月刊(DK390004k-0006)
第39巻 p.25-26 ページ画像

平和記念東京博覧会協賛会事務報告書 同協賛会編 第五九―六〇頁大正一二年二月刊
 ○開会中の事業
    接待
○上略
米海軍卿招待会 瓜生海軍大将の招待により、米国海軍兵学校一八八一年出身者同級会出席のため、七月二日米国海軍卿デンビー氏一行渡来に付、博覧会と共同し同月六日一行を迎賓館に招待し、午餐会を開
 - 第39巻 p.26 -ページ画像 
催せり。食堂は大広間とし休憩室には貴賓室・同附属室・貴賓室前広場・特別室を以て之に充て、玄関階段を始め各室入口、天井支柱は日米国旗、花環等を以て美々しく装飾せり、当日は主賓デンビー卿同夫人、上院議員ウヱラー氏、亜細亜艦隊司令官ストラウス提督、同夫人を始め一行七十名、陪賓として米国大使ワレン氏及び同大使館員其他在京米国新聞記者、瓜生大将、同夫人、珍田伯、伊集院大使、同夫人鳩山春子刀自等、主人側として博覧会長、本会長を始め常任常議員及び理事其他関係役員等主客百二十名出席せり。
定刻に至り海軍軍楽隊の奏楽裡に食堂は開かれ、宇佐美博覧会長の挨拶に対しデンビー卿の答辞あり、次に渋沢会長の歓迎辞に対し、ウヱラー氏の謝辞及びヘインズ夫人の感想談等あり、主客歓談和気靄々の裡に散会せり。



〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第六三五―六四〇頁昭和七年二月刊(DK390004k-0007)
第39巻 p.26 ページ画像

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