デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.96-97(DK390034k) ページ画像

大正2年5月4日(1913年)

是日栄一、アメリカ合衆国ニ於ケル帰一協会代表、ハーヴァード大学名誉教授ヘンリー・ダブリユー・ピーボディヲ、飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正二年(DK390034k-0001)
第39巻 p.96 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正二年
                    (阪谷子爵家所蔵)
○二月二十一日米国大使館ニテ米人平和協会第二回総会 余・メビー・新渡戸・大使アンデルソン演説
 マコーレー氏ヨリ三月末渡米ノピーボデー氏ヲ渋沢男ニテ招待ノ件話アリ


招客書類(一) 【大正二年五月四日正午、於飛鳥山邸 ピーボデー博士招待会】(DK390034k-0002)
第39巻 p.96 ページ画像

招客書類(一) (渋沢子爵家所蔵)
 大正二年五月四日正午、於飛鳥山邸
  ピーボデー博士招待会
          ハーバード大学名誉教授 ピーボデー
                      同夫人
                      プリン
                      マツコーレー
                      中島力造
                      高峰譲吉
                      浮田和民
                      姉崎正治
                      成瀬仁蔵
                      大橋新太郎
                      添田寿一
                      神谷忠雄
                    男 阪谷芳郎
                      同夫人
                      明石照男
                      同夫人
                      主人


竜門雑誌 第三〇〇号・第六〇頁大正二年五月 ○米賓招待会(DK390034k-0003)
第39巻 p.96-97 ページ画像

竜門雑誌 第三〇〇号・第六〇頁大正二年五月
○米賓招待会 米国ハーバード大学名誉教授ピーボデー博士は、米国に於ける帰一協会を代表して来朝せられたるに付、青淵先生には五月四日正午、同博士及同令夫人を王子別邸に招待して午餐の饗応を為したり、陪賓は同一行中のプリン博士、マツコーレー博士、又日本人側にては中島・高峰・浮田・姉崎・成瀬・大橋・添田・神谷・阪谷男爵同令夫人、明石・同令夫人諸氏にして、午餐後席画の催しありし由。
   ○ピーボディハ日米交換教授トシテ来日ス。
   ○"The Outlook", Aug. 2, 1913ニピーボディノ「加州ト日本」ト題ス
 - 第39巻 p.97 -ページ画像 
ル論文掲ゲラレタリ。川島伊佐美著「日米外交史」第二六三頁ニヨル。
   ○ピーボデー博士夫人ハ日本ノ国際親善人形ガアメリカ合衆国ニ於テ歓迎セラレタルトキ、同国国際児童親善委員会委員長タリ。本資料第三十八巻所収「日本国際児童親善会」昭和三年二月十八日ノ条参照。
   ○帰一協会ニ就イテハ本資料本編第一部第六章所収「帰一協会」ノ条参照。