デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
6節 国際災害援助
9款 関東大震災ニ対スル外国ノ援助
■綱文

第40巻 p.227-232(DK400058k) ページ画像

大正12年9月(1923年)

是月以降、関東大震火災ニ対シアメリカ合衆国及ビ其他ノ国ノ栄一ノ関係団体及ビ友人ヨリ、栄一ニ見舞及ビ災害救援ノ申出アリ。栄一其都度其厚意ヲ謝シ、希望ヲ回答ス。

42. フランク・エー・ヴァンダーリップ


■資料

渋沢栄一書翰 控 フランク・エー・ヴァンダーリップ夫人宛大正一二年一〇月一〇日(DK400058k-0001)
第40巻 p.227-228 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  フランク・エー・ヴァンダーリップ夫人宛大正一二年一〇月一〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆)
                     十月九日出状
    回答案
 紐育州、スカーバーロー・オン・ハドソン
  ヴァンダーリップ夫人殿
                   東京 渋沢栄一
拝啓、加州サンペドロ市に於て御認めの八月七日附尊翰落手拝見仕候
○中略
老生等夫妻も八月の初伊香保に転地し、月末帰京致し多少健康を増進致候処、九月一日大震災突発致し、爾来日夜奔走休息の閑も無之候、今回の大地震及大火災によりて東京・横浜の二大都市及附近の町村等は未曾有の打撃を受け、東京市のみにて百五十万余の市民が焼出され家屋の焼失数約四十万、死傷者約十五万人、横浜市の如きは全滅と申す惨状に御座候
而して惨害の如何に莫大なるかは到底筆紙の尽す能はざる処に御座候老生の兜町事務所も地震によりて崩壊し、後全焼し、飛鳥山宅も稍大なる損害を受け候も、幸に身体に何の障りも無之、二日以来一般罹災者の救護並ニ罹災地の復旧等の為尽力致居候間、乍憚御休神被下度候而して不幸中の幸とも申すべきことは、官民共聊も落胆不致、相挙つて復興を計り、勇気と楽観とを以て努力致居候義ニ有之、老生の意を強うし且つ満足する処に御座候
此際特に感激に堪えざるは、貴国の御同情と御援助とに有之候、貴国大使ウッヅ氏は、貴大使館の類焼せしにも拘はらず機敏に活動せられ時を移さず貴大統領及フヰリツピン総督に架電して、我国の急を告げ候結果、豊富なる金品を寄贈せられ候は、小生の感佩措く能はざる所に御座候、其他貴国各方面之諸団体及海外の諸国が相競ふて同情を表され、且つ物資を寄贈せられしことは、国際的親善を現実ニ証明致候義にて、此点より考ふれば今回の大災厄も禍とのみ見るべからずと存候、令兄チャールス・エス・コックス氏には此程マニラ府より東京へ御渡来態々老生を御慰問被下候ニ付、去二十四日銀行倶楽部にチェス
 - 第40巻 p.228 -ページ画像 
ター・エイチ・ラウエル氏と共に尊来を請ひ、阪谷男・添田寿一氏・頭本氏等と午餐を共にし、種々懇談仕候、只混雑の場合とて甚御接遇の法を失し候事を遺憾至極に存候
擱筆ニ臨み御良人を始め御家族御一同の御健在を祈りて止まざる次第に御座候 敬具
  ○英文書翰ノ日付ハ十月十日トアリ。


渋沢栄一書翰 控 フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一〇月一〇日(DK400058k-0002)
第40巻 p.228-229 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一〇月一〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
               大正十二年十月十日附発信
    案
 フランク・エー・ヴァンダーリップ殿
                     渋沢栄一
拝啓、益々御清適奉賀候、然ハ去九月十三日外務省の好意により貴台に対し左の通り架電致候間、已ニ御承知のことゝ存候
 『震災並ニ之ニ次て起りたる火災は東京及横浜両大都市の七・八割を灰燼に帰せしめ、一望大砂漠の如くならしめたり、其他幾多の市町村も壊滅せられたり、余等は惨害見るに忍びず大震災善後会を組織し、市民の救済と市街の再建とに全力を注ぎつゝあり、今回の損害は莫大にして俄に数字を以て言明し難し、市民は豪も落胆せず復旧方ニ付大なる勇気を示しつゝあるは余の満足する処なり、将来復旧に対しては貴国の御同情と御助力に俟つこと多かるべしと思考す宜敷願ふ』
爾来三週間を経過致候も、損害の程度に関する的確なる報告を得る能はざる有様にて、被害範囲の如何に莫大なるかを御推察被下度候、今日迄の調査により、東京市のみに於る被害の大要を申上ぐれば、焼出されたる人々約百五十万人、死傷者約十五万人以上、焼失家屋約四十万戸とのことに候、如此大災害を受けたるに拘らず官民共聊も落胆せず相挙つて復興を計り、勇気と楽観とを以て努力致居候は老生等の私に意を強うする処に御座候
此際特に感激に堪えざるは貴国の御同情と御援助とに候、貴国大使ウッヅ氏は貴大使館の類焼せしにも拘らず機敏ニ活動せられ、時を移さず貴大統領及フヰリツピン総督に架電して我国の急を告げ候結果、豊富なる金品を寄贈せられ候は老生の感佩措く能はざる所に御座候
老生は日本国民の一人として貴国官民に対し深甚なる謝意を表し候、其他貴国他方面の諸団体及海外の諸国が相競ふて同情を寄せられ、且つ物資を寄贈せられしことは、国際的親善を現実に証明致候儀にて此点より考ふれば今回の大災厄も禍とのみ見るべからずと存候
老生の兜町事務所も地震によりて崩壊したる後全焼し、飛鳥山宅は倒漬は免れたるも相当大なる損害を受候、然乍ら幸に身体には何の障もなく、二日以来一般罹災者の救護並ニ罹災地の復興等の為尽力致居、九月以来徳川公爵等と共に発起組織したる大震災善後会の為主として活動致居候、同会は政府に於て設置したる臨時災害救護事務局と同一目的を有し、同一の活動を為すものなるニ付、貴国に於る個人若くは
 - 第40巻 p.229 -ページ画像 
団体にして金品の寄贈を希望せらるゝ向あらは、可成右大震災善後会へ宛送附せられんことを切望して止まざる次第に御座候、右得貴意度如此御座候 敬具
 追白 八月七日付令夫人よりの御書翰により、貴台の御近状を承知し欣慰罷在候、特に最近発明の療法により著しく御健康御恢復の由を承知し欣喜仕候、御親戚のチヤールス・エス・コツクス氏此程マニラより東京へ御渡来態々と御慰問被下候ニ付、折柄滞京中のチエスター・エチ・ラウエル氏と共に、去廿四日銀行倶楽部に尊来を乞ひ阪谷男・添田博士・頭本氏等と午餐を共にし種々懇談仕候、コツクス氏は来る十月頃フヰリツピンに向つて出発し、約二週間程同地に御滞在の後帰米せらるゝ由ニ付、其節同氏より老生の近況御聴取被下度候
  ○チャールス・エス・コックスニ就イテハ前出ノ、チェスター・エッチ・ローエルニ就イテハ後出ノ各書翰参照。
  ○栄一、十月十二日付ヲ以テ、フランク・エー・ヴァンダーリップニ宛テ、エッチ・イー・コールマン紹介状ヲ、コールマンニ手交ス。ロバート・エヌ・リンチ宛同日付書翰参照。同文ナリ。


(フランク・エー・ヴァンダーリップ)書翰 渋沢栄一宛一九二三年一〇月三〇日(DK400058k-0003)
第40巻 p.229-230 ページ画像

(フランク・エー・ヴァンダーリップ)書翰  渋沢栄一宛一九二三年一〇月三〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
              ROOM 7O1
         ONE HUNDRED ELEVEN BROADWAY
              NEW YORK
                  October 30th., 1923
Viscount Shibusawa,
  Tokyo, Japan.
My dear Shibnsawa :
  The terrible experience which Japan has been passing through occurred while Mrs. Vanderlip and I, with our children, were on a camping trip in Southern Utah and Northern Arizona and quite out of touch with the world. When we learned of the disaster, sometime after it occurred we took immediate steps to learn the fate of many of our friends, and in spite of learning that some of them had suffered very seriously, we were glad to learn that many of them had fortunately escaped serious damage.
  The loss, it seems to me, is by no means without compensation. It is hard to think that it needed such a disaster as this to arouse a better spirit of fellowship and understanding, but undoubtedly that has been the fact. The contributions which have been made here are of course, small indeed, compared to the needs of the situation, but they carry with them a great deal of sympathy and an increase in friendly international spirit.
  There must be many things which you are pressed to do, and with your vision and great heart I know that you are doing
 - 第40巻 p.230 -ページ画像 
 them in the best possible way. Mrs. Vanderlip and I want to make a small contribution directly to you, to be made use of in any way you see fit, and to that end, I am enclosing a cheque to your order for five thousand dollars, and with it goes the greatest sympathy as well as admiration for the way the Japanese people have met this disaster.
            Very truly yours,
           (Signed) F. A. Vanderlip
(右訳文)
          (栄一鉛筆)
          十一月二十八日一覧、短文なれとも道理と真心とを以て作成せる書状ニ付之に適当する回答文を起草し、且送越せし五千弗は大震災善後会に寄附せし理由を丁寧□《(不明)》度候事
 東京              大正十二年十月三十日
  渋沢子爵閣下
             フランク・エー・ヴアンダーリツプ
拝啓
日本に勃発せる大災害は、私共夫妻が子供等と共にユータ州の南部及アリゾナ州の北部に、浮世を離れて天幕旅行を致居る際のことに候、災害後数日を経て其報道に接するや、私共は直ちに多くの友人の安否を尋ね候処、中には被害甚大の人も有之候へども、多くの人々には幸にも大なる損害を免れ候由にて欣喜罷在候
今回の損害は甚莫大なるもの有之候へども、償ふ能はざるものには無之様存ぜられ候、日米両国の友情と理解とを増進せんが為に、如斯大災害の力を要せんとは思ひもよらざりし処に候へども、事実は其必要を表明致候、当国に於て募集せる寄附金は実際に必要なる金額に比すれば些少のものに候へども、此寄附金の中には多大の同情と増進せる国際友誼の籠もれるもの有之候
閣下の任務は必ずや重きを加へたる事と存候、閣下には定而大なる見地と精神とを以て最善の御努力を被遊居ることと存候、私共夫妻は僅少乍ら別紙の通り小切手を以て金五千弗を寄附金として直接閣下まで差上候間思召により如何様にも御使用被下度候、此金は軽少には候へども私共の真心と、震災に際して日本国民のとりし立派なる態度に対する賞讚の微意を表はしたるものに外ならず候 敬具


渋沢栄一書翰 控 フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一二月一〇日(DK400058k-0004)
第40巻 p.230-231 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一二月一〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                     (栄一鉛筆)
                     十二日一覧
 ニユーヨーク市
  フランク・エー・ヴアンダリツプ殿
                    東京
                      渋沢栄一
拝啓○中略
 - 第40巻 p.231 -ページ画像 
十月卅日付の御懇書正に拝受、御同封の金五千弗の小切手も亦正に落手、右小切手は直ちに老生等の組織せる大震災善後会に寄附致候間、左様御承引被下度候、御懇書に対しては別に拝答可致候へども、序を以て右拝受の義取急ぎ申上候
右御紹介○海老名弾正紹介旁如此御坐候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十二年十二月十日付ヲ以テ発送セラレタリ。


(堀越善重郎)電報 渋沢栄一宛一九二三年一二月二八日(DK400058k-0005)
第40巻 p.231 ページ画像

(堀越善重郎)電報  渋沢栄一宛一九二三年一二月二八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
 Radio Newyork
Viscount Shibusawa, Tokio      December 28, 1923
Vanderlip gosendoruokutta henjinaitoyuuke tottakasuguhen horikooshi
 (右翻字)
ヴアンダリツプ五千弗送つた返辞無いと云ふ受取つたか直ぐ返
                         堀越
              (大正十二年十二月廿九日入手)
  ○右翻字文ハ送達紙ニ別筆ニテ記入サレタルモノニシテ、末尾ニ「大正十二年十二月廿九日入手」ト注記シアレド、送達紙ニ印書サレタル東京中央電信局ノ受信時刻ハ十二月二十八日九時五十五分ナリ。


渋沢栄一電報 控 堀越善重郎宛大正一二年一二月二八日(DK400058k-0006)
第40巻 p.231 ページ画像

渋沢栄一電報 控  堀越善重郎宛大正一二年一二月二八日
                    (渋沢子爵家所蔵)
             (COPY)
Z Horikoshi, Newyork
Denmitakifukin uketorisugu daishinsaizengo kaiewatashita Doshiefumishita sayodentatsuoko Shibusawa
(右翻字)
             (別筆)
             十二月廿八日
                    大震災善後会経由発信
電見た寄附受取直《(金脱)》ぐ大震災善後会へ渡した
同氏へ文した左様伝達を乞ふ
                        渋沢
  紐育 堀越
  ○右五千弗義捐金ニ就イテハ、本款大正十二年九月十五日ノ条ニ収メタル、栄一宛大正十二年十一月二十三日付ノ堀越善重郎書翰参照。


渋沢栄一書翰 控 フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一二月三一日(DK400058k-0007)
第40巻 p.231-232 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  フランク・エー・ヴァンダーリップ宛大正一二年一二月三一日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                 (栄一墨書)
                 十二月二十五日閲
    案
 紐育市
  フランク・エー・ヴアンダーリツプ殿
                   東京
 - 第40巻 p.232 -ページ画像 
                      渋沢栄一
拝復、十月三十日附尊書正に落手拝誦仕候
然ば貴台には御静養の為め御家族と共に加州の仙境に御銷夏被遊候由にて、裨益する処多かりし事と信し遥頌仕候、過般の大震災に付貴国官民より深厚なる御同情と莫大なる御援助に与り、大に勇気を得一同元気と希望に満ち復興を急ぎ居る次第に御座候、玆に老生は一同に代り這般之貴国の御好意に対して、実に衷心より感謝の意を表する者に有之候
二十年に近き歳月を日夜日米親善の為め苦心致来り候老生としては、今回の災禍により両国民間相互の諒解と親善とを激増せしを見て、今回の大損害をも忘れて喜悦致候、老生は今次の大震火災を以て我邦人の不用意に対する天譴なりと確信する者に有之候へ共、日米両国々交より見る時は天佑と見るを得べきかと相考へ、一層の勇気を得たるを覚え申候
去る十日、海老名弾正氏の為め貴台宛相認め候紹介状に、序を以て過般貴台より御送附被下候小切手此金五千弗を拝受致候義と、之を老生等の組織致候大震災善後会へ寄附致候義とを申上置候間、御承知被下候義と存候、右之通り所置致候は、貴台及令夫人の我国民に対する御同情の熾烈なるに感激仕、斯る深甚の御好意に報ゆるに最適当と相信候為めに候間御承引被下度候、尚将来貴台並に令夫人の御期待に反かざる様、復興の事業に付努力すべきは勿論、貴我両国民の密接なる関係、即ち真の諒解に基く親善を実現せしむる為め尽力致度と存候
右貴答旁如此御座候 敬具
 追白 大震災善後会よりの領収書玆許封中拝送仕候間、御査収被下度候
  ○右英文書翰ハ大正十二年十二月三十一日付ニテ発送セラレタリ。