デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
1節 実業教育
16款 其他 11. 明治専門学校
■綱文

第44巻 p.544-545(DK440130k) ページ画像

大正3年6月5日(1914年)

是日栄一、中国旅行ノ帰途当校ヲ参観シ、演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正三年(DK440130k-0001)
第44巻 p.544 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正三年         (渋沢子爵家所蔵)
六月五日 晴 風ナク気候人ニ可ナリ
○上略 此日ハ曾テ安川敬一郎氏ヨリ案内セラレタル明治専門学校一覧ノ為メ八時過馬関ヲ発シ小汽船ニテ門司ニ抵リ、夫ヨリ電車ニ搭シテ戸畑村ニ抵リ、停車場ニテ自働車ニ移リ、安川父子ノ案内ニテ学校ニ抵ル、明石・西条二氏モ同行ス、校内各室ヲ詳細ニ一覧シ、参考品陳列所・図書館等マテ巡覧シテ午後一時安川氏居宅ニ抵リテ午飧会アリ、畢テ又寄宿舎・浴室・娯楽所等ヲモ一覧シ、三時頃ヨリ講堂ニ於テ一場ノ講演ヲ為ス、後安川氏宅ニ於テ晩飧会アリ一同会食ス、専門学校ハ数年前安川氏独力創設ノ校舎ニシテ、工学採鉱冶金等総テ実用的ノ学科練習ノ所トス、其大体ハ山川博士参画セシモノニシテ、現校長ハ的場博士担任ス、其趣旨実着ニシテ敢テ浮華ノ風ナシ、真ニ理想的ノ修学タリト云フヲ得ヘキナリ○下略
   ○講演筆記ヲ欠ク。
   ○山川博士ハ理学博士山川健次郎。


竜門雑誌 第三一三号・第六六頁大正三年六月 △渋沢男帰着(六月四日下関発電東京朝日着電)(DK440130k-0002)
第44巻 p.544 ページ画像

竜門雑誌 第三一三号・第六六頁大正三年六月
△渋沢男帰着(六月四日下関発電東京朝日着電) 渋沢男四日着関春帆楼に投じ、午後六時より銀行同盟会の歓迎会に臨み一場の談話をなせり、五日戸畑専門学校、六日製鉄所を参観し七・八両日別府入浴耶馬渓に遊び、十日着阪の予定なり


竜門雑誌 第三一四号・第四八頁大正三年七月 ○青淵先生支那旅行梗概 増田明六(DK440130k-0003)
第44巻 p.544-545 ページ画像

竜門雑誌 第三一四号・第四八頁大正三年七月
    ○青淵先生支那旅行梗概
                      増田明六
○上略
六月五日 金曜日 晴
 青淵先生は令夫人と共に明石氏・増田及西条・辻両氏を伴ひ、安川
 - 第44巻 p.545 -ページ画像 
敬一郎氏の案内にて午前戸畑に赴き、同氏の独力創立に係る明治専門学校を参観し、午後職員及学生の為に一場の講演を試み、夜同氏宅に於て晩餐の饗を受け且一泊す。
○中略
六月六日 土曜日 晴
 青淵先生は令夫人と共に午前七時安川氏の案内にて、明治専門学校学生の野外演習参観の後朝餉を為し○下略