デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
1款 日本女子大学校
■綱文

第44巻 p.663-664(DK440182k) ページ画像

大正14年9月12日(1925年)

是日、当校評議員井上準之助新任披露式、飛鳥山邸ニ於テ催サル。栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一四年(DK440182k-0001)
第44巻 p.663 ページ画像

集会日時通知表 大正一四年         (渋沢子爵家所蔵)
九月十二日 土 午后参時 日本女子大学評議員会(飛鳥山邸)


竜門雑誌 第四四五号・第五九頁 大正一四年一〇月 青淵先生動静大要(DK440182k-0002)
第44巻 p.663-664 ページ画像

竜門雑誌 第四四五号・第五九頁 大正一四年一〇月
    青淵先生動静大要
      九月中
 - 第44巻 p.664 -ページ画像 
 健康も日増快復に近く、日本女子大学評議員会(十二日)○中略 等に出席せられたるも尚ほ摂養に努められつゝあり。


家庭週報 第八一九号大正一四年一二月四日 井上さんを迎へて 日本女子大学評議員 渋沢栄一(DK440182k-0003)
第44巻 p.664 ページ画像

家庭週報 第八一九号大正一四年一二月四日
    井上さんを迎へて
                 日本女子大学評議員 渋沢栄一
 今日のやうなお目出度い日に、久々で皆様に御目にかゝる事が出来まして大変嬉しく思はれます。昨年来病気をしてをりまして、暫く御目にかゝる機が得られませんでした処、今日かうして御目に懸れた事は、先づ私の方から御礼を申上げたい程であります。
 只今校長から詳しくお話申された通り、この学校の将来に最も必要な井上氏を得たと云ふ事は、皆さんも定めし悦ばれたであらうが、殊に我々老人が非常に嬉しいわけであります。教養ある婦人が今後の社会に益々必要な事は、創立者始め、その他の多くの人々が既に幾度か繰返された事でありますが、その如何に必要であるかと云ふ事は如何程申してもまだ足りぬ程に必要なのであります。その故に、皆様が後顧の憂なく、完全に学業の道に進まれるやうにと願つて止まぬ次第でありますが、その為にはよい設備が必要であります。
 先頃も雑誌などで見ると、政府は女子の教育費を盛に削減してゐます。元よりこれは緊縮また緊縮の政府の方針によるものではありませうが、女子に対する教育が国家として斯くある事は御同様慨嘆に堪へぬ所であります。故に我々はより以上皆さんに完全な勉強をさせる事の必要を痛切に感じてゐる際、幸にも井上君の如き人を得た事は実に祝す可き事で、井上氏は皆さんも知られる通り、日銀に又は正金に関係され、或は大蔵大臣も務められました。元より我々はその事のために来て戴いたのでなく、井上さんは女子教育にも亦充分の理解を持つてゐられる所から、麻生校長の熱心なる懇望に依つて、評議員たる事を快諾された次第でありました。斯の如き有力なお方を得た事を今日は諸君と共に心から悦びたいと思ひますす。永い間病気をしてゐましたので、余り口を利かぬやうにと医者から申されてをりますから、今日はお悦びの御挨拶に止め、又後日快くなりました時には、皆様がお五月蠅くお思ひになる程お話したいと存じます。