デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
2節 女子教育
2款 財団法人東京女学館 付 女子教育奨励会
■綱文

第45巻 p.21-27(DK450006k) ページ画像

大正12年11月12日(1923年)

是ヨリ先、四月三十日、当校新校舎敷地トシテ、宮内省ヨリ羽沢御料地ヲ貸与セラレ、ソノ地ニ校舎新築準備中、九月一日ノ関東大震火災ニ遭ヒ、虎ノ門校舎焼失ス。仍ツテ前記校舎新築資金流用及ビ文部省ノ低利資金ヲ以テ同御料地内ニ仮校舎ヲ設ケ、是日ヨリ授業ヲ開始ス。栄一、女子教育奨励会評議員長トシテ尽力ス。


■資料

集会日時通知表 大正一二年(DK450006k-0001)
第45巻 p.21 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
参月八日 木 正午 東京女学館ノ件(銀行クラブ)


東京女学館書類(二)(DK450006k-0002)
第45巻 p.21-22 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(写)
    借地願
東京府豊多摩郡渋谷町大字下渋谷南豊島御料地内字羽沢字笄開谷
一面積 弐千七百坪 但別紙図面○略ス ノ通
  此拝借期間 自大正十二年五月至大正四十二年四月 卅ケ年
   此拝借料金年額金八百拾円
右御料地東京女学館校舎及運動場敷地トシテ御指定ノ条件ヲ以テ拝借致度此段奉願候也
  大正十二年三月卅日
           東京市麹町区三年町一番地
            女子教育奨励会
                評議員長 渋沢栄一
 - 第45巻 p.22 -ページ画像 
  帝室林野管理局長官 本田幸介殿
(写)
    副願書
東京女学館ハ去ル明治廿三年九月以来東京市麹町区三年町御料地ノ建物ヲ拝借シテ校舎ニ充テ今日ニ至リ候、而シテ右建物ノ拝借期間ハ既ニ去ル明治四十一年ヲ以テ満了致シ居リ候モ何分市内ニ適当ノ土地ヲ得ルコト能ハス荏苒今日ニ迨ヒ候次第ニ有之候、幸ニ今回出願ノ御料地内ニ東京感化院ガ他ヘ移転ノ議アルコトヲ仄聞致シ候ニ付、其ノ跡地ノ一部ヲ拝借シ新タニ校舎ヲ建築シテ現在ノ建物ヨリ撤退致度別途借地方出願ニ及ヒ候、就テハ東京感化院ノ移転ニ要スル費用ノ補償等ハ直接同院ト交渉ノ上処弁可仕、尚本地拝借御許可ノ上ハ他日払下御処分ノ御詮議相生シ候場合ニ於テモ、無償御下賜等ノ義決シテ情願致間敷候条、何卒本願御許可相受度此段副願仕候也
  大正十二年三月卅日          渋沢栄一
   帝室林野管理局長官 本田幸介殿
(写)
    地上権設定契約書
地上権設定ニ関シ帝室林野管理局長官ヲ甲トシ、女子教育奨励会評議員長子爵渋沢栄一ヲ乙トシ、双方ノ間ニ契約ヲ締結スルコト左ノ如シ
第一条 甲ハ左記御料地計面積弐千七百坪、別紙図面緑色ノ区域ヲ東京女学館校舎及附属物所有ノ為、乙ニ対シ地上権ヲ設定ス
    東京府武蔵国豊多摩郡渋谷町大字下渋谷字羽沢拾四番ノ九御料地
    一宅地千九百四拾六坪弐合四勺
    同府同国同郡同町字同
    字笄開谷拾四番ノ七御料地
    一宅地五百八拾八坪五合四勺
    同府同国同郡同町大字同
    字拾四番ノ八御料地
    一宅地百六拾五坪弐合弐勺
     以上参筆計面積弐千七百坪
第二条 乙ハ地代トシテ壱ケ年ニ付金八百拾円(壱箇年壱坪金参拾銭ノ割)ヲ甲ニ支払フヘキモノトス
第三条 本地上権ノ存続期間ハ大正拾弐年五月壱日ヨリ同四拾弐年四月参拾日マテ満参拾箇年トス
第四条 乙ハ本地ヲ目的外ニハ一切使用スルヲ得サルモノトス
第五条 本契約ニ関シテハ御料地貸附規程(大正三年一月九日官報彙報欄官庁事項ニ掲載)ニ拠ルモノトス
右契約ヲ証スル為、本書二通ヲ作リ各其壱通ヲ領置スルモノ也
  大正拾弐年四月参拾日
           帝室林野管理局長官 本田幸介
           東京市麹町区三年町壱番地
            女子教育奨励会評議員長
                  子爵 渋沢栄一
 - 第45巻 p.23 -ページ画像 

集会日時通知表 大正一二年(DK450006k-0003)
第45巻 p.23 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
十月十参日 土 午后弐時 東京女学館評議員会(事務所)


女子教育奨励会東京女学館の沿革概略(DK450006k-0004)
第45巻 p.23 ページ画像

女子教育奨励会東京女学館の沿革概略
○上略
但シ此ノ校舎ハ年所ヲ経ルニ従ヒ漸ク廃頽ニ帰スルノミナラズ、校舎トシテ不完全ノ点尠カラサルヲ以テ女子教育奨励会ハ夙ニ相当ノ敷地ヲ他ニ求メ之ニ相当ノ校舎ヲ新築シテ移転セントノ議アリシガ、未ダ其ノ機会ヲ得スシテ荏苒歳月ヲ経過セシニ、大正七年末ニ至リ校舎新築資金募集ノ議ヲ決シ、同八年秋ニ至リ愈々募集ニ着手シタレバ大正十二年六月末ニ至リ約二十万円ノ金額ヲ得ルニ至レリ、是ヨリ先女子教育奨励会ハ帝室林野局ニ府下豊多摩郡渋谷町大字下渋谷字羽沢笄開谷御料地ノ内二千七百坪ノ地所ヲ本館校舎敷地トシテ貸与セラレンコトヲ願出デシニ、大正十二年四月一日ヨリ大正四十三年三月三十一日ニ至ル三十ケ年貸与ノ許可ヲ得タルヲ以テ、本年春夏ノ交ニ至ラバ校舎建築工事ニ着手スベキ予定ナリシガ、図ラズモ九月一日ノ震災ニテ大破壊ノ上夜ニ入リ類焼、校舎全部烏有ニ帰シタルカ故ニ応急施設トシテ該御料地内ニバラツク式仮校舎ヲ建築シ、之ニ十一月十二日ヨリ生徒ヲ収容シテ授業ヲ開始シタリ、右校舎敷地ノ貸与ヲ得ルカ為ニ前借地人タル財団法人東京感化院ニ金五万円ヲ給シ、剰ヘ仮校舎建築ノ為メ更ニ金六万円ヲ費シタルヲ以テ目下ノ事情ハ本校舎建築ノ時期ヲ多少延期スルノ已ムヲ得サルノ状態ニ在リ、然レトモ多数ノ生徒ヲ久シク仮校舎ニ収容スルハ誠ニ忍ヒザル所ナレバ、可及的取急キ本校舎建築ニ着手スルノ予定ナリ


東京女学館書類(二)(DK450006k-0005)
第45巻 p.23 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
                     (西田)
    女子教育奨励会東京女学館 沿革概要 (印)
○上略
      東京女学館
○中略
校舎 麹町区永田町二丁目二十一番地所在宮内省所管ノ建物〔通称雲州屋敷、現閑院宮邸所在地〕明治二十二年冬麹町区三年町一番地所在帝室博物館所管ノ建物(旧工部大学寄宿舎)ニ移転、大正十二年九月一日ノ大震火災ノタメ校舎ヲ初メ図書器械器具簿冊等一切焼失(損害約金五万円)依テ同月末ニ至リ、応急施設トシテ仮校舎ヲ現在ノ地ニ建築シ、十一月中旬ニ至リ授業ヲ開始ス、昭和二年五月中旬本校舎建築起工未ダ全ク落成スルニ至ラズ、但シ新学年ヨリ本校舎ニテ授業開始ノ予定(本校舎ハ総建坪約壱千弐百坪、工事費金約参拾万円)
○下略
   ○本記録ハ昭和二年五月中旬ニ書カレタルモノナラン。


集会日時通知表 大正一二年(DK450006k-0006)
第45巻 p.23-24 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
 - 第45巻 p.24 -ページ画像 
十二月四日 火 午后参時 転貸ニ付検分ノ為女学館ヘ御出向

東京女学館書類(一)(DK450006k-0007)
第45巻 p.24-25 ページ画像

東京女学館書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
    東京女学館仮校舎視察要領
敷地
 所有者 宮内省
 所在地 市外下渋谷羽沢(日本赤十字社正門前)
 総坪数 弐千七百坪
 借地期限 三十ケ年
 借地料 一坪一ケ年参十銭、総額一ケ年八百拾円也
仮校舎
 総建坪 弐百九拾六坪八合
 附属宿舎 七拾参坪七合五勺
 構造 木造平家建 鉄板葺
    但シ附属宿舎ノ内二棟ハ瓦葺
 建築費(設備費ヲ含ム) 金五万円也
 火災保険金額(横浜火災保険会社) 金五万五千円也
 工事請負人 渡辺仁工務所
 工事期間  大正十二年十月ヨリ同年十一月
職員及生徒
 男教員   二人
 女教員   弐拾人
 生徒    参百参拾人
 書記    二人(男教員兼務)
 小使    三人(中一人女)
財政
 創立ノ当時ハ常ニ支出超過セシモ明治三十年頃ニ至リ漸ヤク収支相償フニ至タレリ、然カルニ明治三十八年ノ頃再ビ不足ヲ告ゲ、其額一ケ年千弐百円ニ上リ欧洲戦争ノ頃ニ至リテハ年々約四千円ノ支出超過ヲ見、以テ今日ニ至タレリ、以上ノ不足ヲ補フタメ、当初ノ基金六万円ヲ全部支出シ終ハレリ
 一方校舎新築ノ為メニ集マレル寄附金ハ拾八万円ニシテ、現収拾五万円ニ達シ利子ヲ加ヘテ拾七万円ニ上レリ、此内金五万円ヲ支出シテ新校舎敷地タル御料地内ニアリシ東京感化院ノ立退料ニ宛テ、更ラニ仮校舎建築費及書籍・器械購入費トシテ金六万円ヲ支出スル筈ニテ差引金六万円ヲ第一銀行定期預金トシテ保管中ナリ、尚今後ノ予定計画トシテハ、現在生徒ノ父兄ヨリ五万円乃至六万円ヲ卒業生(約千弐百名)ヨリ参万円乃至四万円ヲ募集スル筈ナリ
教員宿舎、巡査宿舎及技手住宅
 英国婦人教師弐名何レモ聖マリア館ノ附属家屋ニ居住シ居リシモ、先般ノ震災ニテ英国大使館焼失ノ為メ同館員ノ事務所ニ充当セラレ立退ヲ要求セラレ、一人ハ香蘭女学校内ニ、一人ハ雑司ケ谷ノ友人ノ許ニ仮寓シ居リ、共ニ情状同情スベキヲ以テ宿舎ヲ与ヘ起臥セシメントスル由
 - 第45巻 p.25 -ページ画像 
巡査宿舎ハ虎門時代ニ麹町警察署長ノ依頼ニヨリ附属家ヲ無料ニテ貸与シ居リシカ、新敷地内ニ古材木ヲ用ヰテ建設シ、従前通リ住居セシメントス
 技手住宅敷地貸与ノ件ハ工事請負人渡辺仁工務所ノ理事ニテ、当校建築工事主任水上布雄氏ガ住宅全焼シ目下作事室ニ起臥シ居ルガ、本建築ノ余材ヲ以テ幹事宿舎ノ隣接地ニ約二十六坪ノ住宅ヲ建築セントスル次第ニテ、学校ノ必要アル時ハ何時ニテモ立チ退ク条件ニテ貸与セントノ幹事ノ意向ナル由
   (青写真及新築調査書添付○略ス)
右大正十二年十一月十二日羽沢御料地内同館仮校舎ニ子爵ノ代理トシテ参向、西田幹事ヨリ聴取リシ要領ナリ (印)《(渡辺)》


東京女学館書類(一)(DK450006k-0008)
第45巻 p.25-26 ページ画像

東京女学館書類(一) (渋沢子爵家所蔵)
 低利資金貸付ニ関スル文部省ノ指令(写)
 文部省ニ提出シタル願書、借用証及附属書類(写)
  大正十三年三月廿二日
                        (西田)
                    東京女学館(印)
    文部省指令(写)
                    東京女学館
 一、大正十二年度貸付金壱万参千八百六拾参円トス
 二、大正十三年度貸付見込金弐万七千百参拾七円貸付総額四万壱千円ノ予定ナリ
 三、大正十二年度貸附金ニ対スル大正十八年四月一日ヨリ同四十八年三月三十一日ニ至ル三十年間ノ毎期年賦償還金額左ノ如シ
 毎年九月二十日迄金四百四拾八円五拾弐銭
 毎年三月二十日迄金四百四拾八円五拾壱銭
   計 金八百九拾七円参銭
 四、○略ス
 五、○略ス

    震災応急施設費貸付願(写)
 一金壱万参千八百六拾参円也 東京女学館
  右校大正十二年九月震災ニ際シ全部焼失致候ニ付テハ応急施設費ニ充ツル為メ大正十二年度貸付金トシテ頭書ノ金額御貸相願度、左記所要書類添付此段及御願候也
          東京女学館設立者
             東京市麹町区下二番町十二番地
  大正十三年三月廿二日          長崎省吾
    文部大臣 江木千之殿
      記○略ス

    震災応急施設費貸附金借用証(写)
 一金壱万参千八百六拾参円也
  右ノ金額ヲ     東京女学館応急施設費ニ充ツル為、大正拾
 - 第45巻 p.26 -ページ画像 
参年参月弐拾弐日、左ノ契約ヲ以テ借用ス
 一、前記ノ借用金ハ大正拾八年参月参拾壱日迄元金ヲ据置、大正拾八年四月壱日ヨリ同四拾八年参月参拾壱日迄ニ元利均等償還ノ方法ニ依リ償還スルコト
 二、利息ハ据置期間中ハ無利子トシ年賦償還期間中ハ年利五分トシ此割合ヲ以テ算出シタル年賦金額ハ金八百九拾七円参銭トス
 三、毎年ノ年賦金ハ之ヲ二分シ、左ノ通日本銀行ニ払込ムコト
  一金四百四拾八円五拾弐銭ハ毎年九月弐拾日迄
  一金四百四拾八円五拾壱銭ハ毎年参月弐拾日迄
 四、借用金ハ学校ノ震災応急施設又ハ其ノ借換金ニ充ツルノ外之ヲ他ニ使用セズ、且ツ借用金ノ用途ニ関シ調査ヲ為サントシ、若ハ報告ヲ求メラルヽトキハ直ニ其ノ要求ニ応スルコト
  ○五以下十五項マデ略ス。
 十六、本契約ニ基キ償還金ヲ払込ムコト能ハサルトキハ保証人ハ連帯シテ債務ヲ弁済スルコト
   抵当物
  東京府豊多摩郡渋谷町大字下渋谷字羽沢弐百五拾九番地(南豊島御料地)
   一木造亜鉛葺平家壱棟建坪弐百九拾九坪五合
 大正十参年参月弐拾弐日
           本籍 鹿児島市柳町百七番戸
           住所 東京市麹町区下六番町拾弐番地
              借主  長崎省吾
                嘉永五年拾壱月拾弐日
           本籍 東京市深川区福住町四番地
           住所 北豊島郡滝ノ川町大字西ケ原千参拾六番地
              保証人 渋沢栄一
                 天保拾壱年弐月十四日生
           本籍 東京市芝区白金三光町
           住所 同所
              保証人 服部金太郎(印)
                万延元年拾月九日
           本籍 東京市麹町区平河町九番地
           住所 同所
              保証人 大倉粂馬(印)
                慶応弐年参月拾六日


東京女学館書類(一)(DK450006k-0009)
第45巻 p.26-27 ページ画像

東京女学館書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
拝啓仕候、陳者予テ御配慮相願候本館震災応急施設費、大正十二年度分金壱万参千八百六拾参円也、昨三月三十一日文部省ヨリ貸付相成候間何卒御含置被下度、此段不取敢御通知申上候 敬具
  追テ右金員ハ第一銀行ヘ預入申候間、此亦御含置之程奉願候
                東京女学館
 - 第45巻 p.27 -ページ画像 
  大正十三年四月一日     幹事 西田敬止(印)
    渋沢評議員長殿



〔参考〕東京女学館書類(二)(DK450006k-0010)
第45巻 p.27 ページ画像

東京女学館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
               (西河)(別筆)
                (印) 昭和六年十月六日
    御願
当館敷地ハ大正十二年拝借当時ヨリ狭隘ヲ感ジ、当時既ニ其ノ拡張ノ希望ヲ申出デ候処ナリシガ、昭和三年校舎本建築後空地極メテ乏シク相成(別紙略図ノ通)、生徒ノ屋外運動ニ事欠キ保健上、又体育上遺憾尠カラザル現状ニ有之候、果セル哉昭和四年専門学校入学者検定規程ニ依リ指定ヲ受クルニ当リ、監督官庁ニ於テ実地調査セラレタル結果、可及的迅速ニ屋外運動場ヲ拡張スルコトヲ条件トシテ指定セラレタル次第ニ有之候、屋外運動場ノ施設ハ当館トシテハ今ヤ緊要避クベカラザル条件ニ有之、女子ノ中等学校トシテ此ノ条件ヲ充タサンニハ大正十二年以来、年来翹望ニ堪ヘザリシ南隣ノ空地(東京感化院長高瀬真卿氏住宅跡)ニ依拠スルノ外無之、将来右南隣ノ空地(千弐百余坪)ニシテ他ノ所用ニ帰シ候ハンカ、当館ノ運命ニ至大ノ影響ヲ来タスノ虞モ有之次第ニ御座候、然ルニ右南隣ノ空地ハ近ク払下ゲラルルヤニ仄聞致候、若シ果シテ其ノ儀ニモ相成候ハンカ、右払下ニ至ル迄ノ間タトヘ一・二年間ナリトモ、現在拝借地ト同様ノ条件ヲ以テ貸付セラレ、生徒ノ保健上体育上ノ施設ニ資セシメラレ度、若シ又払下ゲラルル場合ニハ可及的低廉ニ且長期年賦ノ方法ヲ以テ当館ニ払下ケラルル様、事情御賢察ノ上特ニ御詮議相仰ギ度此段及御願候也
  昭和六年十月六日   財団法人東京女学館
            理事長 子爵 渋沢栄一理事長印
  帝室林野局長官
    三矢宮松殿
   ○東京女学館ハ昭和四年一月十六日付ヲ以テ「専門学校入学者検定ニヨル指定」ヲ文部省ニ申請シ、左記条件ヲ履行スルモノトシテ同年七月十五日文部省告示第三〇四号ヲ以テ右指定ヲ受ケタリ。
    一、有資格教員ヲ増加シ全数ノ三分ノ二以上トスルコト
    二、理科用機械器具並ニ図書ヲ充実スルコト
    三、屋外運動場ヲ拡張スルコト(渋沢子爵家所蔵「東京女学館書類」(二)ニ拠ル)