デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
1款 埼玉学友会
■綱文

第45巻 p.149-153(DK450048k) ページ画像

大正8年2月11日(1919年)


 - 第45巻 p.150 -ページ画像 

是日栄一、当会ノ例会ニ臨ミ演説ヲナス。


■資料

集会日時通知表 大正八年(DK450048k-0001)
第45巻 p.150 ページ画像

集会日時通知表  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
一月二十六日 日 午前八時半 埼玉学生会幹事数人来約(飛鳥山邸)


渋沢栄一 日記 大正八年(DK450048k-0002)
第45巻 p.150 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
二月十一日 晴 寒
○上略 午飧後埼玉学生誘掖会ニ抵リ学友会例会ヲ開ク、当日ノ講演ハ穂積重遠氏ノ思想ノ変遷ト、桜井錠二氏ノ欧洲旅行談アリ、後余モ一場ノ訓示演説ヲ為ス○下略


集会日時通知表 大正八年(DK450048k-0003)
第45巻 p.150 ページ画像

集会日時通知表  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
二月十一日 火 午後一時 埼玉学友会茶話会(埼玉学生誘掖会)


学友会報 埼玉学友会編 第二七号・第一―六頁大正九年二月 講演 男爵 渋沢栄一君(DK450048k-0004)
第45巻 p.150-153 ページ画像

学友会報 埼玉学友会編  第二七号・第一―六頁大正九年二月
    講演
                  男爵 渋沢栄一君
 大分時間も経過しましたし且つ前席には穂積博士の法律に関する頗る学問的の御話があり、今又桜井博士は海外留学に付て新旧の相違を述べられ、諸君と共に参つて大層興味を覚へた事であります。私は例として玆に一言学友会の皆様に斯様考へたら宜からうといふ、ツマリ申すと訓示の一言を申述べやうと思ひますが、昨年の此会に於て成るべく此歳月を無用にせぬやうにせねばならぬといふ事を懇切に申上げたと覚へて居ります。古人の『年々歳々花相似、歳々年々人不同』といふ詩があります。其詩を引いて人の月日を無聊に経過する位、人たる職を尽さぬ事はない、穂積氏の権利義務論から云ふたら天であるか何かに対して義務を尽さなければならぬ。又一方から云ふたら自己の権利を忽諸にするといふ事を詳くお話をして置いたのでありますが、其時に欧羅巴の戦乱は何うなるであらうかといふ事を==勿論お互ひ神ならぬ身の分らぬ事であるが、何れ治まる時はあるであらうといふ誰も云ふ漠然たる未来を予言したのでありますが、即ち此大正八年に於て治まつたる時期に接したので、纔か一年の歳月の間に如何に変化が強く起るかといふ事は私ばかりの感触ではなからうと思ひます。仮へ独逸は到底は左様になるであらうと思ふたにせよ、或は仮へ米国が参戦して見ても、航路のある真中を中断されるやうになつたら、戦況甚だ不利に陥つて誠に徹底せぬ講和にでもなりはせぬか、左様なつたなれば所謂侵略主義といふものも、若くは自由主義といふものも王道も軍国主義も、何れが善いのか悪いのか、所謂滅茶にして此世の中が終るといふ事は穏当でないが、併し目前の間に正邪善悪が判明されぬといふ恐れを憂国者は皆持つた所だ。而してこれが昨年の十一月に至つて、ハツキリと斯様な講和問題が生ずるといふ事は実に誰しも予想しなんだのだ。今後この講和問題が如何に片付くかは分りませんが既に斯く相成つた所謂天定まつて人に勝つ時代に立至つた所から考へますと、始めて玆に信義を論じ、道徳を尚ぶ人の始終論じた事が、玆に
 - 第45巻 p.151 -ページ画像 
明かに証拠立てられた訳だと、聯合国の一員として我国民の等しく喜ばなければならぬが、其のみならず我々埼玉県学友会としては、要義にも書いてある通り、何処までも正義を持つて世に立ちたい。道徳を守るといふものは、遂に勝つものである。正義人道が遂に功を奏するものであるといふ事が、斯の如く立派に証拠立てられた事は、真に嬉しい事でございます。其当時に私は今戦争に関係して居る日本の実業界の有様を見ると、大分仕合せ多くあるともその戦争の終熄の暁には大なる変化を来すであらうと思ふから、之に対しては其局に当る人は余程注意しなければ、遺憾であるが兎角勢ひに乗じ慾に流れるといふのは、人情の弱点で或は恐るゝ仕合せに付き纏ふたバクテリヤが、戦後の不幸を差引いて、結局はバクテリヤだけが残るやうな事はありはせんか。どうぞ其うないやうに心掛けたいものである。之は今日玆に集まつて居らるゝ埼玉県の学友会のお方々に申すのではないが、世界の一般に注意しなければならぬ事で、後の実業界に出る皆さんは、今日から覚悟をしなければならぬと申述べて置きました。今日は丁度その時期が来たとは申されませんけれども或は戦争関係者の一時の勢ひに乗じて騰つた値はそれこそ急転直下に下落して、三分一にも下るといふ様な有様から、各種の事業殊に船とか鉄とかいふやうな物に大なる変動を来して、現に大阪・神戸に其れが多いやうです。東京にも少少ある。甚しきは破綻を惹起すといふやうな苦境にまで立至りましたけれども、是等は左様に深く恐るゝ事ではない。其れよりもまだ恐るべき事は一般の人気、輿論である。思想の混乱して居るといふ事は、余程憂ふべき事で、道理といふものは、遂に勝を制するものであると同時に、其実業上からも道理に叶ふ富でなければ、安心して維持して行くべきものでないといふ事を、政治に当る人、実業に関する人、共に能く観念して貰はなければならぬのであります。けれども誰しも==私も矢張り其一人たるを免れませんけれども、時に乗ずることの道理を踏違へ、易きに流れ勢ひに乗じ、兎角誤り易いのでございますから相変らず、私は世間に向つて、始終今のやうなる苦言忠告に日を送つて居ります。このお集りの諸君に対して、何時も斯ういふ注意ばかりを申すのは、余り紋切型の言葉になつて、又かと云はれるでありませうけれども、其又かといふ事が屡々聞く程、或は成程と感ずる場合が多いであらうと思ひます。デ変つたお話は申しません。唯この未来に対する注意を一般社会に論ずると共に、青年の皆様にも同じく覚悟して貰ひたいといふ事を申すのであります。講和会議は何れに傾きますか、五大国の一として日本も其会議に列して居る事は、新聞等で諸君も御承知である。之に対して今何ういふ評議があるか知らぬが、西園寺侯を始めとして牧野・珍田・松井といふ人々が行かれ、又同時に経済上の事に付ては、其道の人々、金融運輸其他の方面に於ても、顧問に備へる人々も行かれましたが、併し此会や、唯その時の政治といふばかりでなく、結局未来の平和を如何に維持するかといふ談判が欧米の極く堅い人々の集りから、大問題として扱はれて居る。即ちウイルソン大統領は、国際聯盟といふ事を云ひ出したのはそれであらうかと想像するのであります、丁度まだ戦争が盛んな頃ほひでした、或る
 - 第45巻 p.152 -ページ画像 
集会然かも交詢社の会合の席上で、此戦争後に於て益々武備を講ずるであらうか、或は王道を講ずるであらうかといふ議論が起つた。私共は第二の方に行きたいと考へて居るものであるが、或る種類の人は其は望んでも駄目である、斯の如く物質の向上して居る世の中に於て、之は独逸と英吉利の威勢争ひのやうなものであるから、結局は欧羅巴は益々牙を磨き、爪を研ぎ行くより外ないであらうといふ。或は然らんかと私共恐れた位であつたが、果して此講和会議は何うなるか。矢張り前者であるか後者であるか。併し今のウイルソンの国際聯盟といふやうなものが出た以上、唯単に爪を研ぎ牙を磨いて、武力に依つて平和を保つといふ事は、よもや其のみであるまいと思ひます。然かも国際聯盟といふものを完全に維持しやうといふなれば、私共不断に云ふて居る個人道徳==個人道徳に付ても、世の進むに連れて先刻穂積氏の示された思想変遷の表にある無自覚から、段々に自覚して来る。遂に社会中心本位に相成るといふ事に系統を引いて、斯く論じて来ると、法律は即ち道徳である、道徳は即ち法律であるといふ。之は法律家の論ずる所であるから、私共の希望と又主義とは多少差はあるか知らぬが、若し人生が本当に地位が進み、本当に文明が進んで行つたなれば、力強いといふ事を取去るといふ事も出来る。強くなければお互に悪漢を抑へる事が出来ないといふならば、其はまだ野蛮人相手であるからだ、個人道徳が高まつて行つたなれば、力強い人が威張るといふ事は相成らぬ。国際間でもその通りで、所謂優勝劣敗といふ事は免れぬでも少くとも弱肉強食の弊は必ず取去られるに相違ない。国際聯盟の趣意は玆にあるだらうと思ひます。大正七年二月の此学友会には斯の如き希望まで申述べる事は出来なかつたが、一年の歳月は、実に世界に大変化を惹起して、大正八年に於ては、或はさういふ協定が欧羅巴に於ては成立ちはしないか、我帝国なども其会議の一員として列席して、其事が成立する事となれば其国民たる吾々は将来何ういふ考を持て世に立たぬければならぬか、其にはこの道理と事業とを共に進めて行きたい。所謂道徳経済一致を押立てる吾々である。何うぞ此欧羅巴の天地に成立するものは、我々埼玉県人の希望であると信じ、此覚悟を以て進んで行きたいと思ふのであります、桜井さんから大分古いお話がありましたが、併し古話を申すと寧ろ私はまだ其一段と古い話が出来るのである。桜井さんはまだ明治へ入つてからで、私から見ると新しいので、御維新以前に私は欧米を知つて居る人間であるから其を諸君にお話しても丸で偽であるといふかも知れぬ。チヨン髷で両刀を手挟んで、欧羅巴を横行したんで、偉いといへば偉い、可笑いといへば可笑いが、まア夫故に斯の如く年を取つたのであるが、今年の喜びを述べて
  四海雲収旭日新。  辛盤依旧賀佳辰。
  残躯殊憶天恩渥。  迎得昇平八十春。
    己未元旦試筆       青淵
辛盤といふのは、正月に用ふるお屠蘇などの祝物の道具で、私も丁度八十になりましたから、斯ういふ詩を玆へ持つて来て、諸君に御覧に入れます。古い話の方は桜井さんに先を越されたのでありますが、其
 - 第45巻 p.153 -ページ画像 
よりまだ古いといふ事は云ひ得るのであります。但し桜井君が耄けると云ふ以上私は大耄けになる訳である。併し今申上げました国際聯盟真に道徳と経済を一致させるといふ事に付ては、まだ私は耄けないつもりであります。之だけはどうぞ諸君耄けない言葉として、お聴き下さるやうに願ひます。余り時間がございませんから、私は之で御免を蒙ります。(拍手)