デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
8款 早稲田大学
■綱文

第45巻 p.368-370(DK450143k) ページ画像

大正12年6月11日(1923年)

是月五日、当大学研究室、思想問題ニ関シテ当局ノ臨検ヲ受ク。仍ツテ是日当大学、維持員会ヲ開キ、事件ニ対スル方針態度ニツキ決議ス。栄一出席ス。


■資料

半世紀の早稲田 早稲田大学出版部編 第三六一―三六二頁昭和七年一〇月刊(DK450143k-0001)
第45巻 p.368-369 ページ画像

半世紀の早稲田 早稲田大学出版部編 第三六一―三六二頁昭和七年一〇月刊
 ○第一篇 第五章 昂揚期
    第七節 校規改正と高田総長就任
○上略
 大正九年の経済恐慌に当り、学生の諸団体を聯合したところの青年文化同盟が現はれ、労働運動・普選運動等を指導したが、其年十二月に社会主義同盟が創立されて、学生を支配したデモクラシイの思想を社会主義の思想に転換せしめることに努力した結果、学園内に於ける民人同盟は暁民会と文化会とに二分した。十一年には社会主義同盟内に共存したアナーキズムとコムミユニズムとが分離して対立し、それに影響せられて建設者同盟を脱退したものは文化会と合同して文化同盟を組織したが、文化同盟を初め各大学・高等学校・専門学校の社会思想研究団体は、其年十一月に至つて学生聯合会を結成した。かうして学生の思想的動向は漸次過激となつたので、政府は之を取締る必要を感じ、議会に過激社会運動取締法案を提出したところ、学生聯合会は極力之に反対し、又積極的に主義の宣伝に努めた。其結果十二年四月には東大で自治権獲得大会が催され、五月には早大で反軍運動が惹起された。
 いはゆる「反軍運動」は五月十日、教授及び学生の一部が軍事研究団を組織し、其発会式を大講堂に挙げた際、文化同盟に属する学生及び学外からの闖入者が演説を妨害し、翌十一日、文化同盟の学生らが大隈侯銅像前で演説を試みた際、聴衆中から飛出した二・三人が弁士に鉄拳を加へたことをいふのであるが、此事件は軍事研究団及び文化同盟の自発的解散によつて解決した。
 超えて六月五日に予審判事及び検事が学園の研究室を、総長高田の
 - 第45巻 p.369 -ページ画像 
同意によつて臨検したが、それは一・二の教員が思想運動に関係があつたといふ嫌疑からで、国家の権力を以て行はれた以上拒むわけにはいかないものであるが、学生聯合会はそれを以て官権の圧迫となし、「学問の独立、研究の自由を守れ」といふスローガンを掲げて政府の処置を排撃し、いはゆる大学擁護運動を継続的に行つた。
○下略


集会日時通知表 大正一二年(DK450143k-0002)
第45巻 p.369 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年        (渋沢子爵家所蔵)
六月十一日 月 午后弐時 早稲田大学定時維持員会(恩賜館)


中外商業新報 第一三三八八号大正一二年六月一二日 学園臨検問題で 早大では維持員会 学園の権威と学の自由の為と云ふ三つの決議;稲門弁護士会蹶起す 暴行事件と研究室臨検問題で(DK450143k-0003)
第45巻 p.369-370 ページ画像

中外商業新報 第一三三八八号大正一二年六月一二日
  学園臨検問題で
    早大では維持員会
      学園の権威と学の自由
      の為と云ふ三つの決議
社会主義者大検挙の余波を受けた早稲田学園では、同大学佐野講師が共産党関係者の一人と其筋から睨まれ、其許りか研究室は判検事の捜索する所となり、学園の権威を傷つくる事少からざるより、予め該事件に対する大学の方針態度を決定し置くの必要ありとして、十一日午後二時から最高機関たる同大学維持員会を恩賜館楼上に開き五時まで協議した、出席者は全員二十五名中、在阪及び病中の者を除き早速整爾・渡辺亨・高田早苗・田中穂積・坪内雄蔵・中島半次郎・松平頼寿・寺尾元彦・浅野応輔・三枝守富・渋沢栄一・塩沢昌貞・市島謙吉・坂本三郎・島田文次郎・増田義一の十六氏出席、満場一致を以て左の決議を可決した
    決議
 一、大学研究室が臨検に応じたるは国法上止むを得ざるが為なるも事学園の威厳、研究の自由に関係を有するが故に、事件の真相と其推移如何に依り適当の処置を執るべし
 一、本大学の一講師が其筋の嫌疑を蒙りたるは遺憾なるも、未だ以て事件の真相を確知する能はず、仍て此際篤と事実を究める適当の処置を執るべし
 一、思想問題に対しては総長就任式に於て述べたる意見の徹底を図り、校紀の振粛に就いても今後一層鋭意努力すべし
  稲門弁護士会
    蹶起す
      暴行事件と研究
      室臨検問題で
軍事研究団発団式が導火となり、文化同盟会員と縦横倶楽部員との間に起つたごたごたは、遂に刑事問題と化し、曩に浅沼稲次郎外二名は縦横倶楽部森伝外十三名を脅迫不法監禁・傷害罪として東京検事局に告訴し、検事局では今尚取調中だが目鼻も付かずに居るが、今回又々文化同盟会員たりし松尾茂樹・伊藤・伊東・中島・宮井外一名は、縦横倶楽部々員結城源心・佐々木貢・粟谷誓・柏木三千二・宮田晋の五
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名に対し、家宅侵入・脅迫・不法監行禁・暴告訴を提起すべく、其手続一切を稲門弁護士会の三浦・中村・山田外一名の弁護士に依頼した事実は前告訴と同様で、暴行脅迫を加へて宣誓書を書かしめ、徹宵倶楽部内に引留め翌朝に至つて釈放したと云ふにあるが、之が依頼を受けた前記四氏は、稲門弁護士会百余名と共に母校及正義の為憤然蹴起するに決し、両三日中某所に集会の上予め同会の態度を決定し、次に高田総長を訪問の上、文化同盟対縦横倶楽部の刑事々件及判検事の研究室臨検に関する二問題に付、総長の声明を求め、其上で告訴提起の運びに出づるとの事である



〔参考〕集会日時通知表 大正一二年(DK450143k-0004)
第45巻 p.370 ページ画像

集会日時通知表 大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
七月九日   月 午后壱時 早稲田大学定時維持員会(同恩賜館)
   ○中略。
九月廿五日  火 午前十時 早稲田大学定時維持員会(恩賜館)
   ○中略。
十一月十五日 木 午后弐時 早稲田大学維持員会(恩賜館)



〔参考〕会員関係書類 【(謄写版) 拝啓、時下愈御多祥奉大賀候、扨弊大学に対し毎々御高配御援助を忝ふし候段深謝の至りに御坐候、然る処今春より旧大隈侯爵邸を大隈会館と命名致し…】(DK450143k-0005)
第45巻 p.370 ページ画像

会員関係書類              (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
拝啓、時下愈御多祥奉大賀候、扨弊大学に対し毎々御高配御援助を忝ふし候段深謝の至りに御坐候、然る処今春より旧大隈侯爵邸を大隈会館と命名致し、別紙規定に依り開館仕居候、就ては此際貴下を大隈会館会員ニ御推薦申上度候間御了承被下度、右得貴意申候 敬具
  大正十二年十月廿七日
              早稲田大学総長 高田早苗
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一殿
   尚貴下は弊大学に多大の御援助を賜居候に付、聊か微意を表し永久無会費にて待遇可申上候間御含置被下度候
   ○別紙「大隈会館使用規定」略ス。

(写)
拝復、十月二十七日付御書面落手拝見致候、然ハ大隈会館会員に御推薦相成候由にて、御懇示之段正に拝承致候、右御受旁得貴意度如此御座候 敬具
  大正十二年十一月二日          渋沢栄一
  早稲田大学
    総長高田早苗殿