デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
15款 二松学舎 2. 財団法人二松学舎
■綱文

第45巻 p.609-613(DK450228k) ページ画像

昭和3年2月9日(1928年)

是日、文部大臣ヨリ二松学舎専門学校設立ノ認可ヲ得、栄一、舎長トシテ之ヲ関係方面ニ報告ス。

四月二十一日開校式ヲ挙行ス。


■資料

渋沢栄一 日記 昭和三年(DK450228k-0001)
第45巻 p.609 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和三年         (渋沢子爵家所蔵)
一月二日 朝曇後晴 風ナクシテ寒カラス
○上略二松学舎山田学長ヨリ来書アリテ曩ニ一書ヲ送リシ回答ナリ○下略
  ○中略。
一月三十日 晴 寒気強カラス
○上略二松学舎理事国分亥三《(国分三亥)》氏来話ス
  ○中略。
二月十四日 雪 寒気強シ
○上略午前十時頃二松学舎学長山田準氏・理事早速柳平《(速水柳平)》氏来訪、学舎本年ノ経営ニ付其予算及国分氏ニ対スル報酬額ニ付テ協議アリ、山田氏其他ノ比例ヨリ年額千五百円トスヘキ事ヲ決ス、尋テ学舎ノ将来ニ付テ山田氏ニ注意ス○下略
  ○中略。
二月十六日 曇 寒気強カラス
○上略二松学舎理事国府三亥氏《(国分三亥)》ノ来訪ニ接シ、学舎ニ関スル要務特ニ其収支計算ノ事ヲ協議ス○下略


二松学舎六十年史要 国分三亥編 第六七―六九頁昭和一二年一二月刊(DK450228k-0002)
第45巻 p.609-610 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第六七―六九頁昭和一二年一二月刊
 ○第一編第二章歴年沿革
    昭和三年
 二月八日《(九)》、専門学校設立に関し文部大臣の認可を得、職員を左の如く嘱託す。
 二松学舎専門学校督学 安井小太郎
 二松学舎専門学校長 山田準
 修身、英語 小豆沢英男(国語漢文以外学課主任)
 漢文 池田四郎次郎(漢文主任) 西沢道寛 那智佐典 頼成一 山田準 佐倉孫三
 国語 橘純一(国語主任) 林訒 高木武 山崎麓 塩田良平 岡田起作(習字)
 英語   高岡潔
 歴史   三島一
 教育学  村上俊亮
 心理学  渡辺徹
 論理学  柿山清
 法制経済 尾立鼎三
 - 第45巻 p.610 -ページ画像 
 体操   岡田志紀
 校医   柳川時三
 外、次田潤・橋本奎次郎・内藤政良の三教授は開校直後辞職す。
 三月九日、校舎及書庫等の新築工事落成し引渡を受く、かくて生徒募集に着手し(一部及二部〔一部は昼、二部は夜〕)応募者五百数十人を得、銓衡及試験に依り入学を許可し、四月廿一日開校式を行ふ。
○中略
 従来の二松学舎は漢学専修二松学舎として存立を続け、課程を高等科・普通科・日曜科・詩文科とし、夜学科を廃し、毎年夏期講習会を開くを例とすること旧の如し。
 当時職員及教授左の如し。
 職員
 督学  安井小太郎
 学長  山田準
 教授  池田四郎次郎  岩渓晋    林直方
     那智佐典    久保輗次郎  山田準
     安井小太郎   五弓安二郎  佐倉孫三
 助教授 上田喜太郎   相良政雄
 五月一日調査生徒数左の如し。
 専門学校之部  第一部 百〇二名、第二部  五十八名
 二松学舎之部  五十名
○下略


二松学舎書類(一)(DK450228k-0003)
第45巻 p.610-611 ページ画像

二松学舎書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓 益御清適之段奉賀候、陳者本舎拡張計画ニ付テハ従来多大之御援助相蒙リ居候処、文部省ヘ認可申請中ノ二松学舎専門学校設置ノ件本月九日付ヲ以テ認可相成候ニ付、来四月ヨリ開校可致夫々準備中ニ有之、詳細ハ別紙概要ニ依リ御了知被成下度、尚将来一層之御後援切望之至ニ不堪候、此段御報告旁々御願迄得意貴候 敬具
  昭和三年二日 日
               財団法人二松学舎
                舎長 子爵 渋沢栄一
          殿

(別紙)
    二松学舎専門学校概要昭和三年二月九日文部省認可同四月開校
○国語漢文中等教員養成機関
    一、主旨
本学舎ハ明治十年十月故東宮侍講文学博士三島中洲先生ノ創始セル所ニシテ、当時慶応義塾・同人社ト相並ンテ三大塾ト称セラレ、主トシテ漢学ヲ教授シ、皇国ノ精華東洋ノ道義ヲ融合シテ経子詩文ヲ講究シ以テ一世有用ノ人物ヲ鍛錬養成スルヲ目的トセリ、爾来五十余年、世運幾度カ変シ世上学校ノ起滅常ナキニ拘ラス、本学舎ハ其ノ間ニ在リ
 - 第45巻 p.611 -ページ画像 
テ屹然其ノ主張ヲ一貫シ出身者一万有余、社会各方面ニ活躍セルコトハ万目ノ認ムル所タリ、然ルニ時勢ノ進運ハ本学舎ヲシテ更ニ一段ノ拡張ニ従事セシム、即チ本学舎カ玆ニ主務省ノ認可ヲ得テ専門学校トシテ陣容ヲ新ニスル所以ノ主旨ハ、当時設置要項トシテ届出タル左ノ二項ニ略之ヲ尽セリ
一、本学舎ハ五十年一日ノ如ク忠孝仁義ノ道ヲ力説セルノミナラス創立者ハ多年 先帝ニ侍講シ又本学舎ハ屡恩賜金ヲ拝戴セル 皇恩ニ感激シ専門学校ヲ設ケテ一層此ノ精神ヲ貫徹セントス
二、近来国語漢文ヲ教授スル中等教員ニ堅実ナル思想ト正確ナル実力トヲ闕如スル傾アリ本学舎ハ特ニ此弊ヲ矯正スヘク努力セントス
右ノ主旨ニ本ツキ本学舎ハ来ル四月ヲ期シ、玆ニ専門学校ヲ開始ス
    二、二松学舎専門学校学則○略ス
    三、職員
       設立者          財団法人二松学舎
       舎長理事        子爵渋沢栄一
       常任理事(前宮中顧問官)  国分三亥
       二松学舎専門学校校長    山田準
       二松学舎専門学校督学    安井小太郎
○中略
本校開校ノ上ハ速ニ中等教員無試験検定ヲ主務省ニ願出ツル筈
○本学舎従来ノ漢学専攻部ハ二松学舎トシテ依然之ヲ継続ス
  昭和三年二月
             東京市麹町区一番町四十六番地
                     二松学舎専門学校
                 電話九段(33)二〇〇七番
                 振替口座東京五五二四三番

二松学舎書類(二)(DK450228k-0004)
第45巻 p.611-612 ページ画像

二松学舎書類(二)            (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
粛啓時下陽春之候御清穆被為在奉恐賀候、陳者本舎曩に中等教員養成の為二松学舎専門学校設立を計画致候処、其筋の認可を得、諸準備略相了り候間、来る廿一日午後正一時より開校式挙行致候に付、御繰合御臨席被成下候はゞ光栄の至に存候、此段及御案内候 拝具
  昭和三年四月十日
                財団法人二松学舎舎長
                    子爵渋沢栄一
   追而式場準備の都合有之候間、乍御手数封入の葉書を以て来る十七日迄に尊来の有無御一報願上候

(印刷物)
拝啓二松学舎専門学校の儀、貴下始諸彦の厚き御同情に依り愈設立を告げ、別紙の通本月二十一日開校式挙行致候段感謝の至に候、就て聊祝意相表し晩餐差上度候間、同日午後五時富士見町壱丁目富士見軒に御来駕被成下候はゞ難有奉存候、此段御案内申上候 拝具
 - 第45巻 p.612 -ページ画像 
  昭和三年四月十日       財団法人二松学舎舎長
                    子爵渋沢栄一
   追て準備の都合有之候間、乍御手数封入の葉書を以て来る十七日迄に尊来の有無御一報願上候
(別紙、印刷物)
    二松学舎専門学校開校式
  式順 四月二十一日午後一時開始
○中略
 一、勅語奉読       山田校長
 一、式辞         渋沢舎長
 一、三島中洲先生霊位報告 国分理事
 一、来賓祝辞
 一、訓辞         山田校長
 一、答辞         生徒総代
○下略


二松学舎六十年史要 国分三亥編 第一二八頁昭和一二年一二月刊(DK450228k-0005)
第45巻 p.612 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第一二八頁昭和一二年一二月刊
 ○第二編財団法人二松学舎沿革
    第三章 財団法人二松学舎時代
○上略
 四月○昭和三年二十一日、二松学舎専門学校の開校式を挙行す。
○下略


集会日時通知表 昭和三年(DK450228k-0006)
第45巻 p.612 ページ画像

集会日時通知表  昭和三年        (渋沢子爵家所蔵)
四月廿一日 土 午後一―二時半 二松学舎開校式(同舎)
  ○栄一出席セズ。是日ヨリ七月マデ栄一病気ノタメ静養ス。


二松 第一号・第二―四頁昭和三年一二月 二松学舎専門学校開校記事(DK450228k-0007)
第45巻 p.612-613 ページ画像

二松  第一号・第二―四頁昭和三年一二月
  二松学舎専門学校開校記事
○上略
    二
 昭和三年四月二十一日、是れ我が二松学舎専門学校開校式当日なり中洲先生 東宮侍講の労を思召し 宮廷より下賜せられたる資金を以て造られたる恩賜講堂を以て式場とし○中略
 此の日天気清朗、風亦和ぎ、定刻に達する頃には来賓堂に満つ。かくて予定の如く、午後一時に至り一同着席、敬礼の後、先づ山田学校長の勅語奉読、ついで渋沢舎長代理国分常任理事の式辞、及同理事の中洲先生霊位に対する報告、池田理事の本校設立経過に関する報告あり。其れより来賓の祝辞に移り、一木宮内大臣・水野文部大臣・小川鉄道大臣各閣下の祝辞は各代理官によりて代読せられ、江木前文部大臣は来賓を代表して、松井陸軍中将は二松学舎出身者を代表して、各各祝辞演説あり。次に小豆沢教授より祝電の披露ありて後、山田学校長は生徒に対して訓辞を為し、若宮俊治は生徒の総代として答辞を述ぶ。終つて午後三時閉式せり。
 - 第45巻 p.613 -ページ画像 
○中略
    三
 此の日午後五時より富士見軒に於て、二松学舎に関係深き人々を招待し晩餐を供す。
○下略
  ○栄一ノ式辞筆記ヲ欠ク。



〔参考〕二松学舎六十年史要 国分三亥編 第一二八―一二九頁昭和一二年一二月刊(DK450228k-0008)
第45巻 p.613 ページ画像

二松学舎六十年史要 国分三亥編  第一二八―一二九頁昭和一二年一二月刊
 ○第二編 財団法人二松学舎沿革
    第三章 財団法人二松学舎時代
○上略
 八月○昭和三年四日、専門学校運動場として、府下豊多摩郡高井戸の原野九百九十七坪五合を購入し、所有権取得の登記を了す。
 四年二月十八日、評議員会開催、寄附行為第十一条中の評議員数を「二十五名乃至四十名ト為ス」件を議決し、三月四日文部大臣の認可を受く。
 同月五日、理事会開催、有賀長文・青木菊雄・松井庫之助を維持員に推薦す。
 四月二十日、維持員会開催、寄附行為改正に依り増員したる評議員の選挙を行ひ、左記の通当選す。
  佐々木勇之助  福島甲子三  尾高豊作
  大川平三郎   田中栄八郎  浅野総一郎
  大橋新太郎   内藤久寛   青木菊雄
  有賀長文    高杉晋    矢野恒太
  今井五介    松井庫之助  小豆沢英男
  門野重九郎   荻野元太郎  柳井信治
  柳井貴三    柳荘太郎   植村澄三郎