デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
7款 帰一協会
■綱文

第46巻 p.481-482(DK460122k) ページ画像

大正2年5月4日(1913年)

是年四月十四日、アメリカ合衆国帰一協会代表ハーヴァード大学名誉教授フランシス・ジー・ピーボディノ当協会主催歓迎会、上野精養軒ニ開カル。是日栄一、同人ヲ飛鳥山邸ニ招待シテ午餐会ヲ開キ、万国館設立ノ件ヲ議ス。


■資料

帰一協会会報 第三・第一―三頁 大正二年一二月 ピーボデイー博士歓迎会(DK460122k-0001)
第46巻 p.481-482 ページ画像

帰一協会会報 第三・第一―三頁 大正二年一二月
    ピーボデイー博士歓迎会
○四月十四日 午後六時上野精養軒に於て、米国帰一協会を代表して来朝せられたるピーボデイー博士の歓迎会を開き、尚ほ、日米交換教授として来朝中なるメビー博士を招待す。当日の来賓及び出席者左の如し。
 主賓 ピーボデイー氏 メビー氏
 客員 田所美治氏   井深梶之助氏  岡田哲蔵氏
    渡瀬庄三郎氏  鎌田栄吉氏   金子堅太郎氏
    神田乃武氏   吉田静致氏   高峰譲吉氏
    頭本元貞氏   中川謙二郎氏  中山寛三郎氏
    丸山正彦氏   五島清太郎氏  阪井徳太郎氏
    篠田利英氏   杉浦重剛氏   箕作元八氏
    菊池大麓氏   セシル氏
     外に会員十七名
 主賓相会するや、森村市左衛門氏は大要左の如き歓迎の辞を述ぶ。
「予は年長者の故を以て、一言歓迎の辞を述べむとす。帰一協会の趣意は、広く世界に推し及ぼすにあり。随つて曩に幹事成瀬氏を欧米に派遣したるに、意想外の賛成を得たり。我等は実に世界の平和、人類の幸福の基礎を据ゑむと欲する者なり。而して日米の関係は極めて親密なり。教育商業其他に於ても然り。五十余年前ペルリ提督の来朝せし時、予は実に彼に面会せり。爾来米国が我国を指導したる事は恰も親の子に対するが如きものあり。近くメビー博士が全国に亘りて有益なる講演をせられしは、誠に感謝の至に堪へず。今玆に斯の如き親善の関係ある米国の名士ピーボデイー博士を歓迎する事は、吾人の最も光栄とし且つ歓喜する所なり」云々。此に於て、会員デー・シー・グリーン博士司会者としてピーボデイー博士を紹介し、博士の講演を請ひ、次で司会者は更にメビー博士を演壇に導く。両博士の講演は非常なる喝采を以て迎へられたり。講演畢はるや、阪谷男爵起ちて謝辞を
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述べて曰く、「両博士の有益なる講演を拝聴する事を得たるは深く感謝する所なり。今日所謂排日問題の起れる時、米国大使は東京にあらざるも、両博士の如き米国の名士が偶然時を同じくして東京に滞在せらるゝ事は、大使が東京に在る事以上更に有意義なり」云々。右畢つて散会せり。
   ○四月十四日栄一欠席。


(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正二年(DK460122k-0002)
第46巻 p.482 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正二年
                   (阪谷子爵家所蔵)
○五月四日
 四月九日桑港平和協会書記ルート氏ヨリ来状、千九百十五年大平和会案内並助力ヲ求ム
○中略
 万国館設立ノ件、王子渋沢邸ノ帰一協会ニテ相談アリ、此日ピーボデー、マコーレー、グリーン、姉崎、浮田、成瀬、中島諸氏及余会談ス
   ○其他ノ資料ハ本資料第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」同日ノ条ニ収ム。