デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.22-31(DK470003k) ページ画像

大正4年3月26日(1915年)

是ヨリ先、農商務省ニ設置セラレタル化学工業調査会ハ、化学研究所設立ノ建議ヲナシ、後更ニ之ヲ拡張シテ理化学研究所ノ設立ヲ図ラントス。仍ツテ栄一等ノ発起セル化学研究所設立案ト合流シ、是日、理化学研究所設立案成ル。


■資料

財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編 第五―一〇頁 刊(DK470003k-0001)
第47巻 p.22-24 ページ画像

財団法人理化学研究所設立経過概要 同所編
                       第五―一〇頁 刊
 ○第一章 発端
三、化学研究所設立ノ建議
 大正三年八月欧洲大戦乱ノ突発スルヤ、其余波又日独戦争トナリ、為ニ外国トノ交通一部杜絶シ、医薬品及工業原料ノ輸入梗塞制限セラレ、我国衛生上及産業上多大ノ障害ヲ来セシヲ以テ、此際化学工業ノ振興ヲ図ルノ急務ナルヲ認メ、農商務省ハ化学工業調査会ヲ設置シテ、其振興策ヲ講スルコトトナリ、大正三年十一月第一回化学工業調査会ヲ開キ、本邦ニ於ケル化学工業ノ改良発達ヲ図ルヤ、調
 - 第47巻 p.23 -ページ画像 
査会ハ化学研究所設立ヲ以テ急務ト為シ、調査会ヨリ之カ設立ニ付テ建議スヘシトノ議起リ、全会一致之ヲ可決シ、農商務大臣ニ左ノ建議書ヲ提出セリ
    化学研究所設置ニ関スル建議
  凡ソ工業ハ、其ノ種類ノ何タルヲ問ハス、微妙精緻ナル学理的研究ト発明ノ成果ニ非サルハナシ、殊ニ化学工業ニ於テ然リトス、現今本邦ニ散在スル府県立工業試験場ノ如キハ、何レモ其ノ経費ノ欠乏ト技術者ノ不足ナルカ為、常ニ期待セル成績ヲ挙クルヲ得ス、又官立工業試験所アルモ其ノ設備未タ完全ナラサル所アリ、殊ニ独創的発明ヲ奨励スヘキ設備ニ至リテハ殆ント絶無ト謂フヘシ、サレハ、将来本邦化学工業ノ指導者トシテ之レカ振興ヲ図ラムトセハ、学理的研究ノ設備ト相俟ツテ、応用的実験ノ設備ヲ完成スルヲ要ス、依テ之レカ研究機関ヲ設備シ、又ハ之ヲ設置セムトスル民間ノ計画ニ対シ、補助ヲ与ヘラレムコトヲ望ム
  右本会ノ決議ニ依リ建議候也
   大正三年十二□三日《(月)》
                      化□工業調査会《(学)》
    農商務大臣 子爵 大浦兼武殿
 超エテ大正四年三月農商務省ニ於テ第二回化学調査会ヲ開キ、化学研究所設立実行方ニ付審議シ、更ニ化学研究所ノ設立ヲ必要トスル理由書、研究所ノ組織・事業要項及予算概算書ヲ附シ、官民合同ノ設立委員ヲ組織シ速ニ之カ実行ニ着手セラレムコトヲ、農商務大臣ニ建議セリ
    化学研究所設立ニ関スル建議
  曩ニ本会ノ決議ニ依リ、化学研究所設立ニ関シ建議致候処、此ノ事タルヤ、単ニ化学工業ノミナラス、一般産業ノ振興ヲ計リ国富発展ノ基礎ヲ強固ナラシムル国家重要ノ案件ニシテ、而カモ這般ノ欧洲戦乱ニ鑑ミ、一日モ忽ニスヘカラサルモノナルカ、之ヲ民間ノ計画ニ放任セムカ、莫大ナル資金ヲ要スルカ為、容易ニ其ノ実現ヲ期スルコト能ハサルハ、一昨年来ノ実況ニ徴シテ明ナリ、故ニ政府ニ於テ速ニ之ヲ実行スル目的ヲ以テ、内務・大蔵・文部及農商務各省ノ関係諸官庁ヨリ委員ヲ命シ、之ニ民間ノ実業家ヲ加ヘテ、官民合同ノ委員ヲ組織シ、其ノ実行ニ着手セラレムコトヲ切望ス
  右別紙理由書、化学研究所ノ組織及事業要項並予算概算書相添、本会ノ決議ニ依リ建議候也
   大正四年三月七日           化学工業調査会
    農商務大臣 河野広中殿
        (別紙省略)
    化学工業調査会員
  委員長             農商務次官 上山満之進
  委員               工学博士 高松豊吉
  同   東京帝国大学理科大学教授 理学博士 桜井錠二
  同   同 工科大学教授     工学博士 渡辺渡
 - 第47巻 p.24 -ページ画像 
  委員  京都高等工芸学校長    工学博士 中沢岩太
  同   衛生試験所技師      薬学博士 田原良純
  同   東京帝国大学工科大学教授 工学博士 江守襄吉郎
      同 農科大学教授     農学博士 古在由直
      同 工科大学教授     工学博士 井上仁吉
      同 農科大学教授     農学博士 鈴木梅太郎
      九州帝国大学工科大学教授 工学博士 西川虎吉
                   工学博士 平賀義美
      東京高等工業学校教授        鈴木達治
      農商務省商工局長          岡実
 東京帝国大学医科大学教授 理学博士 薬学博士 長井長義
      同 理科大学教授     理学博士 池田菊苗
      同 工科大学教授     工学博士 鴨居武
四、理化学研究所設立計画
 大正四年三月第二回化学工業調査会ニ於テ、偶々委員中議ヲ為ス者アリ、曰ク「化学研究所ノ設立ハ固ヨリ目下ノ急務ニ属スト雖モ、独リ化学ノ研究ニ止ムルハ其範囲狭キニ失スルノ憾アリ、我国産業ノ発達ヲ図ル為ニハ、物理学及化学ノ両方面ニ亘ル研究所ノ設立ヲ必要トス、宜シク官民合同シテ理化学研究所ヲ設立スヘシ」ト、此議ハ各委員ノ賛同スル所トナリ、長井長義・渡辺渡・高松豊吉・桜井錠二・古在由直ノ五博士ヲ特別委員ニ挙ケ、之カ実行方ヲ一任スルコトトセリ、仍テ右特別委員ハ直ニ商工局長及大学教授等ト相会シ、更ニ数回ノ協議ヲ重ネ、設立ノ趣旨、設立計画ノ大要、研究事項ノ例等ヲ協定シ、尚曩ニ有志ノ計画セル化学研究所設立案トノ連絡統一ヲ得、渋沢男爵・菊池男爵・山川男爵・中野武営氏及前記特別委員首唱者ト為リテ、大正四年四月右設立ニ関スル草案ヲ重ナル実業家及当路者ニ送付シテ其賛同ヲ求メ、玆ニ理化学研究所設立ノ曙光ヲ見ルニ至レリ


中外商業新報 第一〇二〇六号 大正三年九月二〇日 会議所の建議 化学工業の奨励(DK470003k-0002)
第47巻 p.24-25 ページ画像

中外商業新報  第一〇二〇六号 大正三年九月二〇日
    ○会議所の建議
      化学工業の奨励
東京商業会議所は十九日午後四時臨時総会開催、出席者廿七名、中野会頭議長席に着き開会を宣し、曩に会議所時局調査会に於て調査決議せる、左記化学工業の奨励並に化学工業調査会設置に関する建議案を附議せしに、満場一致を以て原案通り可決し、総理・農相・蔵相に建議交渉の件は総て中野会頭に一任し、直ちに散会せり
    化学工業の奨励並に化学工業調査会設置に関する建議
 今や世界的大戦乱に際会し、吾人は一面兵馬の戦に関しては、一に我が忠勇なる陸海軍に信頼するを得ると雖も、而かも一面経済関係に就ては、単に我が産業界に殺到する幾多の災害を防避するを謀るに止まらず、深慮熟計以て一旦の禍患を転じて永久の福利と為すの方策を連ら《(マヽ)》ざるべからず、即ち農工商の各業に亘りて、飽まで積極的に我が経済利益の発展上進に努むるは、是れ実に吾人か今日に処
 - 第47巻 p.25 -ページ画像 
するの最大急務なりと信ず
 就中我が国の現状に於て最も敏活に画策実行を要するものは化学工業の奨励及び化学工業原料の内地供給力の養成に在り、現に今次の戦乱の為め、従来主として海外に仰げる化学的工業原料、乃ち染料塩酸加里・曹達・石炭酸・グリセリン・硝石、赤・黄燐等の如き、其の輸入杜絶するや、啻に内地に於ける幾多の工業をして非常の困厄に陥らしむるものあるのみならず、延て我が輸出業をして頓挫萎靡せしむるに至らんとす、目下の事情正に斯の如くなりとせば、速に是か救済の途を講せざるべからず、今試に二・三の事点を挙ぐれば
 一、従来主として独逸より輸入せる工業原料にして、幸に他国より輸入し得るの見込あるものは、出来得る限り有利なる方法の下に之を我に輸致するの途を開くこと
 二、従来主として外国産に仰げる工業原料にして、幸に内地に於て生産供給の見込ある者は、極力之が奨励発達を計ること
 三、従来使用せる輸入工業原料に代用せらるべき原料にして、内地に於て生産供給の見込あるものは、出来得る限り之が生産使用を奨励すること
 四、未だ内地に於て生産せざるも、適宜の奨励保護を加ふるときは漸次内地に於て生産供給の見込ある工業原料は、此際出来得る限りの手段を講じて、特に之か実現を促致すること
 右に掲記する事項に関し既に相当の調査研究を了せるものあらは、当面臨機の応急策として直に之が実行に努むへきは勿論なりと雖も蓋し是等の調査は広く各方面に亘り、且つ学術の応用、経済の調理に至大の関係を有するが故に、素より吾人一部の力を以て為し能ふべきものにあらず、故に吾人は更に一歩を進め完全なる調査研究を遂げ、我が工業の基礎を確立せしめんが為め、此際政府に対し
    化学工業調査会
 の設置を要望せざるを得ず、而して斯会は広く官民を通じて化学・動植物・鉱物等に通暁する専門家及び経験ある実業家を網羅して調査に従事せしめ、官民一致能く斯業に力を尽さば、必ず偉大の効果あるべきは吾人の信じて疑はざる所なり
 以上開陳する所は、吾人今日軍国に処して我が経済利益を促進するの最要方策の一端たるべきを信ず、切に望むらくは、明断以て速に之が実行を期せられんことを
 右本会議所臨時総会の決議にて建議仕候也


中外商業新報 第一〇二五八号 大正三年一一月一一日 化学研究所問題(DK470003k-0003)
第47巻 p.25 ページ画像

中外商業新報  第一〇二五八号 大正三年一一月一一日
    ○化学研究所問題
曩に全国商業会議所聯合会より政府に建議せる化学研究所設置の件は当局に於ても調査の結果賛同を表し、目下重なる所員の人選中なれば近く発表するに至ると云ふ


中外商業新報 第一〇三三九号 大正四年二月二日 化学研究所問題 高松博士調査中(DK470003k-0004)
第47巻 p.25-26 ページ画像

中外商業新報  第一〇三三九号 大正四年二月二日
 - 第47巻 p.26 -ページ画像 
    ○化学研究所問題
      高松博士調査中
一時朝野有力者の会合協議さへ行はれたる化学研究所設立の計劃に就いては、其後杳として消息を聞かず、或は全く断念されたるものならずやとも思はるゝ程なりしが、聞く所に依れば関係政府当局の素志は今日に至り毫も渝らず、依然調査を続行しつゝあり、即ち当初より熱心なる設立主唱者の一人たる高松博士が、故高山甚太郎博士の後任として農商務省工業試験所長に任命されたる如き、同問題と一道の脈絡を有するものと見るべく、現に同博士は就任以来現在の試験所の制度其他に就き切りに調査を試みつゝあり、左れば現試験所を拡張せしむるなり、或は又全然之を離れたる官民協同の組織とするなり、何れかの案を立てゝ早晩発表するに至るべしといふ


中外商業新報 第一〇三四四号 大正四年二月七日 化学研究所問題 上山農商務次官談(DK470003k-0005)
第47巻 p.26 ページ画像

中外商業新報  第一〇三四四号 大正四年二月七日
    ○化学研究所問題
      上山農商務次官談
我国に於ける化学の進歩は近時著しきものなるも、欧米先進国に比し尚遜色あるを免れず、殊に今次対独戦争の結果、薬品及其他あらゆる化学的製品に尠なからぬ不便を感じたり、之を要するに、化学的智識の欠乏せる結果に外ならず、されば這般官民有識者間に一大化学研究所を設立すべしとの議起り、或程度迄進捗したるやうなれ共、何分巨額の費用を要すべきことゝて、一時は半官半民的事業として計画すべしなどとの議論もありしやに聞けるが、余個人としては矢張り民間に於て経営し、政府は之に対し補助をなすべき方法を採るを最も適当なりと信ず、這般高山博士の後任として高松博士が工業試験所長に命ぜられたるが、這は右研究所問題にも多くの関聯ありて、同博士は就任以来其方面に向つて調査研究しつゝあり、尚民間に於ても其々計画に向つて調査中なるが、何分にも巨額の費用を要すべければ、今少し経済界の活況を俟つて初志を貫徹するに至るべし


設立経過(DK470003k-0006)
第47巻 p.26-30 ページ画像

設立経過               (財団法人理化学研究所所蔵)
    化学工業調査会ノ設置
大正三年八月欧洲大戦乱ノ突発トナリ、其余波又日独戦争トナリ、為メニ化学研究所設立ノ計画ハ遂ニ一時中止スルノ止ナキニ至レリ、然ルニ欧洲戦乱ノ為メ外国トノ交通一部杜絶シ、医薬品・工業原料薬品等ノ輸入制限セラレ、我カ衛生上及産業上多大ノ障害ヲ来シ、却テ我国化学工業ノ振興ヲ必要トスルニ至シヲ以テ、農商務省ハ化学工業調査会ヲ設置シ、善後策ヲ講スルコトヽナレリ
    化学工業調査会規程
第一条 化学工業調査会ハ化学工業ニ関スル重要ノ事項ヲ調査審議ス
第二条 化学工業調査会ハ化学工業ニ関スル重要ノ事項ニ付農商務大臣ノ諮問ニ応シテ意見ヲ開申ス
第三条 化学工業調査会ハ委員長一名及委員若干名ヲ以テ之ヲ組織ス特別ノ事項ヲ調査審議スル為必要アルトキハ臨時委員ヲ置クコ
 - 第47巻 p.27 -ページ画像 
トヲ得
第四条 委員長ハ農商務次官ヲ以テ之ニ充ツ、委員ハ農商務大臣之ヲ嘱託ス
第五条 委員長ハ会務ヲ総理ス
第六条 化学工業調査会ニ幹事ヲ置ク、委員長ノ指揮ヲ受ケ庶務ヲ整理ス
   幹事ハ農商務大臣之ヲ命ス
第七条 化学工業調査会ニ書記ヲ置ク、委員長及幹事ノ指揮ヲ受ケ庶務ニ従事ス
   書記ハ農商務大臣之ヲ命ス
    化学工業調査会調査要綱
一、本邦ニ於テ特ニ助長スヘキ化学工業ニ必要ナル原料ノ調査
 (イ)時局問題トシテハ独逸其他交戦国ヨリノ輸入原料ニ対シテハ他ヨリ之カ供給ノ方法ヲ講スルコト
 (ロ)輸入原料ト同様ノ内地産原料ノ供給力ヲ調査スルコト
 (ハ)輸入原料ニ対シ代用原料ノ内地供給力ヲ調査スルコト
 (ニ)本邦ニ生産ナキ工業原料ニシテ適当ノ保護奨励ヲ加フルニ於テハ漸次内地ニ於テ生産増加ノ見込アルモノヲ調査スルコト
 (ホ)前各項ニ付テハ採取又ハ製造ノ費用、運賃諸掛、其他経済上ニ関スル調査ヲナスコト
 (ヘ)其他原料ニ関スル必要事項ノ調査
二、本邦ニ於テ化学工業助長ノ方法
 助長ノ方法ニ関シテハ左記各項ニ則リ凡テ具体的調査ヲ遂ルコト
 (一)技術上ノ関係
  (イ)技術ノ幼稚ナルモノハ工業試験所ニ於テ研究シ、又ハ適当ナル当業者ニ実験ヲ嘱託スルコト
  (ロ)当局ニ於テ既ニ技術ノ明カナルモノニ就テハ技術者ヲ派遣シテ実地指導ヲナサシメ、又ハ工業試験所ニ於テ当業者ニ実地指導ヲナスコト等
 (二)経済上ノ関係
  (イ)特種ノ事項ニヨリ一時資金ノ固定大ナル事業ニ対シ必要ノ施設
  (ロ)起業ノ当初製品ニ対シ其設備ニ比較的大資本ヲ要スル事業ニ対シ必要ノ施設
  (ハ)原料ノ供給ヲ容易ナラシムルニ必要ナル施設
  (ニ)制度ノ改廃
  (ホ)技術者ノ表彰
  (ヘ)研究機関ノ整備
    第一回協議会
大正四年三月十日午後一時、帝国大学本部楼上ニ於テ、理化学研究所設立ニ関スル協議会ヲ開キ、研究所ノ大体方針、研究綱目、及重要ナル研究事項等ニ付協議ヲ重ネ、午後四時散会ス、当日ノ出席者左ノ如シ
          理学博士 薬学博士 長井長義
               理学博士 桜井錠二
 - 第47巻 p.28 -ページ画像 
               工学博士 渡辺渡
               工学博士 高松豊吉
               理学博士 田中館愛橘
               農学博士 古在由直
               理学博士 長岡半太郎
               工学博士 柴田畦作
               工学博士 田中不二
               工学博士 末広恭二
               工学博士 大河内正敏
               商工局長 岡実
    第二回協議会
大正四年三月十三日午前九時、帝国大学本部楼上ニ於テ、協議会ヲ開キ、設立趣意書、計劃ノ大要及事業等ノ草案ニ就キ協議○中略 午後零時半散会ス、当日ノ出席者ハ前回ニ同シ
    第三回協議会
大正四年三月十九日午後一時半、帝国大学本部楼上ニ於テ、協議会ヲ開キ原案ニ就キ審議シ、午後五時散会ス、当日ノ出席者ハ、前回出席者中、柴田・田中・末広・大河内ノ四博士ヲ除ク外全部出席
    第四回協議会
大正四年三月二十四日午後一時半、帝国大学本部楼上ニ於テ、協議会ヲ開キ、玆ニ大体ノ草案ヲ得タルヲ以テ、更ニ今後ノ方針ヲ協議シ、山川・菊池両博士、渋沢男爵及中野武営氏ニ従来ノ経過ヲ報告シ、併テ之カ実行方ヲ協議スルコトヽシテ散会ス、当日ノ出席者前回ニ同シ
    設立ニ関スル草案ノ配布
大正四年三月二十六日、第四回協議会ニ於テ修正済トナレル設立ニ関スル大体ノ草案ヲ浄書シ、従来ノ関係者ニ配布セリ
    理化学研究所設立ニ関スル草案
    (其ノ一)理化学研究所設立趣意書
明治維新以降帝国ノ文明ハ有史以来嘗テ見タルコトナキ長足ノ進歩ヲ遂ケ、全世界ノ耳目ヲ聳動セシメタリト雖、其ノ由テ来ル所ヲ察スルニ、主トシテ先進諸国ノ模倣ニ勉メタルノ結果ニ外ナラス、理化学及之ヲ応用シタル各般ノ技術ニ於テ殊ニ其ノ然ルヲ見ル、是ノ故ニ、理化学ニ対スル我邦人固有ノ発明トシテハ、世界ニ誇称スヘキモノ甚タ鮮ク、学者ハ今尚ホ欧米諸国ニ於ケル研究ノ成果ヲ追蹤スルニ是レ急ニシテ、自ラ進ムテ是等学理ノ研究ヲ為サムトスルモ、其ノ設備ト経費トニ欠ク所アリ、未タ十分ニ其ノ目的ヲ達スルコトヲ得サルノ実状ニ在リ、然レトモ、吾等ハ固ヨリ永ク此ノ如キノ状態ニ安ンスヘキニアラス、速ニ一等国トシテ恥カシカラサル此ノ種ノ研究所ヲ設立シ、以テ是等学理ノ研究ヲ盛ナラシメ、先ツ百般工業ノ根本ヲ啓沃シ、以テ其ノ健全ナル発達ヲ促進スルト共ニ、我国ノ自ラ研究シ自ラ発明シタル所ヲ以テ、久シク外国ニ負ヒ来リシ智能上ノ我債務ヲ償却シ、進ムテ世界ノ文運ニ貢献スルコトヲ期セサルヘカラス、試ニ欧米諸国ニ就テ此ノ種ノ実例ヲ求メムカ、英国ニハ国立理学研究所アリ、仏国ニハ工芸試験所アリ、北米合衆国ニハ国立標準局アリ、独逸国ニハ国立
 - 第47巻 p.29 -ページ画像 
理工学研究所及ウイルヘルム帝化学研究所アリ、普国ニハ国立材料試験所アリ、概ネ官公立ノ性質ヲ有ス、其ノ他富豪又ハ篤志者ノ建設セル私設ノ営造物ニ至テハ、挙ケテ数フヘカラス、加フルニ、各種ノ大工場亦各其ノ試験所又ハ研究所ヲ附設スルアリ、理化学ノ学理ト之カ応用ニ関シテハ、官民戮協シテ之カ研究ヲ相競ハサルナシ、欧米列国ニ於ケル文運進暢ノ勢汪然トシテ当ルヘカラサルノ盛況ラ呈スルモノ其ノ由来スル所決シテ偶然ニアラスト謂フヘシ
今ヤ帝国ハ既ニ三大戦役ヲ経テ国威益々揚リ、国際上ノ位置愈々隆キヲ加ヘタリト雖、此ノ勢力ヲ維持シテ倍々之ヲ皇張セムトスルニハ、国費ヲ要スルコト弥々多カラサルヲ得ス、是ニ於テカ、我国民ノ富力ヲ増進シ、其ノ負担力ヲ大ナラシムハ、立国ノ根本問題トシテ一日モ忽諸ニ附スヘカラサル所ナリ、然ルニ、我国ハ面積甚大ナラスシテ土地自ラ限リアルノミナラス、農業・鉱業其ノ他原始産業上ノ富源亦豊カナラサルヲ以テ、我邦産業上ノ国是トシテハ、一ニ智能上ノ生産ヲ潤沢ナラシメ、以テ是等ノ闕如スル所ヲ補フノ外アルヘカラス、智能上ノ生産ヤ、其ノ源泉トスル所ハ、一ニ理化学ノ研究ニ存ス、研究愈愈深クシテ之カ応用益々広キヲ得ハ、源泉・分流共ニ滾々トシテ尽クルコトナク、此ノ種生産ノ増加亦随テ旺盛ナルヲ致サム、故ニ理化学ノ研究ト之カ応用トヲ遺憾ナカラシメムカ為、玆ニ理化学研究所ヲ設置スルハ、寔ニ刻下時勢ノ切要ニ応スルモノナリ
殊ニ今次欧洲ノ戦乱アリテ以来、彼ノ地列国トノ通商交通一時ニ杜絶セラレ、若ハ甚シク制限セラレタリ、尚交戦国ハ数多クノ重要品ニ付其ノ輸出ヲ禁止シタル為、我邦薬業者及工業者ハ何レモ其ノ必要トスル薬品又ハ原料ヲ得ル能ハサルモノヲ生シ、医術上ニ於テハ、此ノ際薬剤ノ完ウセシムルノ必要ヲ痛切ニ感シタルノミナラス、工業上殊ニ国防上ニ於テ、火薬其ノ他ノ防禦材料ニ関スル供給ノ途ヲ講スル、復タ一日ヲ緩ウスヘカラサルコトヲ感知セシメタリ、当時政府ハ乃チ一定ノ薬品及一定ノ工業原料ニ対シテ之カ輸出ヲ禁止スルト共ニ、聯合各国ニ本邦ニ対スル輸出解禁ヲ要請スル甚タ切ナルモノアリ、而シテ内務大臣ハ、製薬業者ニ補助シテ必要ナル薬品ヲ試製セシメ、臨時薬業調査会ヲ起シテ薬品自給ノ途ヲ立テムコトヲ勉メ、農商務大臣ニ於テモ亦、化学工業調査会ヲ起シテ重要ナル化学工業ノ独立ヲ実ニセムコトヲ図レリ、念フニ、今回ノ時局ハ実ニ幾多重要ナル教訓ヲ我邦人ニ与ヘタリ、随テ今後益々軍事材料ノ独立ヲ確保スヘキハ固ヨリ言ヲ竢タス、工業上ニ於テモ亦、其ノ基礎タルヘキ一定ノ物資ハ必スヤ予メ之カ自給ノ途ヲ確立セサルヘカラサルコトヲ一般ニ覚知セシメタリ就中最モ重要ノ教訓トスヘキハ、智能上ニ於テ我邦復タ従来ノ如ク常ニ欧米列国ニ倚頼スヘカラサルコトヲ、深ク感悟セシメタルコト即チ是ナリ
要之、理化学ノ独創的研究ヲ旺盛ナラシメ、以テ工業其ノ他一般産業ノ発達ヲ期スルト共ニ、我邦人ノ発明能力ヲ発揮シテ、智能上ノ生産力ヲ充実スルハ我邦目下ノ急務ナルノミナラス、永遠ニ富強ノ基礎ヲ鞏固ナラシムル所以ニシテ、理化学研究所ノ設立ハ此ノ目的ヲ達セムトスルニ外ナラス、吾等這般之カ設立ヲ企図スルヤ、政府ハ理化学研
 - 第47巻 p.30 -ページ画像 
究所国庫補助法ヲ発布シテ、十年間ニ二百万円ノ補助金ヲ交付セラレムトシ、畏クモ 皇室ニ於テモ亦、御下賜金ノ御内議アルヲ拝聞セリ希クハ江湖ノ諸士吾等ノ意ノ在ル所ヲ諒トセラレ、奮ツテ此ノ挙ニ賛同シ、十分ノ助力ヲ与ヘラレムコトヲ


報知新聞 第一三七〇六号 大正四年五月一日 自発的事業の勃興 理化学研究所設立の要 男爵 渋沢栄一(DK470003k-0007)
第47巻 p.30-31 ページ画像

報知新聞  第一三七〇六号 大正四年五月一日
    自発的事業の勃興
      ○理化学研究所設立の要
                   男爵 渋沢栄一
理化学研究所の設立は産業発達の根本基礎を作り、他面 聖上陛下の御即位大典の記念を永遠に光彩あらしめやうと云ふのが動機で、一昨年来の宿望である、蓋し欧米に於ける近世産業の隆盛は、畢竟科学工芸の力に俟つ処が多く、科学に対する研究の結果である、而して今や機械工業の時代は過ぎて科学工業の時代に移り、各国競ふて科学の研究に日も足らざる有様である、科学工芸の消長は、国の進暢に至大の関係を有し、欧洲戦争の為め染料・薬品の輸入杜絶、価格騰貴に伴ふ国民生活上の打撃は、我国に於ける科学工芸に対する学理上の知識が欠乏せる事を痛切に感じた、由来粗製品を輸出して精製品を輸入する国は貧乏国で、精製品を輸出して粗製品を輸入する国は何時も富むで居る、是れ経済上の通則の然らしむる処で、朝鮮の如きは前者を証し欧米諸強は後者の好実例である、粗を精に化し、我国をして富国たらしめ、名実共に真に一等国の体面を保たしめんと欲せば、何うしても科学工芸の力、則ち科学研究の結果に俟たなければならぬ、熟々我国に於ける製造工業発達の径路を案ずるに、模倣的に発達したる外、多少の加減を加へたる者あるに過ぎない、独創的に発達を告げたるものは皆無の姿である、真に国家の繁栄を冀はんと欲せば、自発的事業の勃興を計る必要がある、欧洲大戦の結果は、深刻に我国民に此必要を感ぜしめた、理化学研究所設立の必要なる所以玆に存するのである、高峰博士米国より帰朝し、一昨年築地精養軒に斯界の大家実業家等百余名の集会を催し、先帝の諒闇明を待つて御即位大典の記念事業とし一は以て国富開発の根本事業として、政府に化学研究所設置の建議を試みたのが、今次計劃の抑もの起りであつたが、爾後昭憲皇太后の再度の諒闇に際会し、一度計劃を中止し、去年四月大隈内閣成立するに及び、予は中野東商会頭と相携へ、国政に対する国民希望条件の一として、理化学研究所設立の一項を述ぶるに到つた、時に大浦農相も対座されて予輩の所志に賛意を表され、歴代の内閣に比し受け入れが好い様に感じたので、爾来専ら之が促成に努めたが、同六月隈伯は実業家を早稲田に会同せる機会に於て、進んで該事業の国家産業上緊切なるを説かれ、官民協力を慫慂された、依つて設立の機運は一層進行されたが、恰も欧洲大戦勃発により、国庫剰余金支出政府の予定計劃に影響を及ぼすに到つたので、設立に対する組織・形式等経費に至る迄専門大家により既に作案されて居たが、資本用途の一件から今日に及んだのである、然るに第二諒闇は既に明け、欧洲戦の影響は適切に我経済界に現はれて来た、就ては政府の援助と国民の熱誠なる愛国的公
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共的精神に訴へ、此際是非共設立の目的を達せしめたいと思ふ云々


理化学研究所彙報 第一輯第一号・第八一頁 大正一二年二月再版刊 設立の経過並に現況 書記 水谷清(DK470003k-0008)
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理化学研究所彙報  第一輯第一号・第八一頁 大正一二年二月再版刊
    設立の経過並に現況
                    書記 水谷清
○上略
    発端
 ○中略
 其の年○大正三年の八月欧洲に大戦乱が勃発し、其の余波日独戦争となり、外国との交通は一部杜絶し、工業原料医薬品等の輸入は制限され産業上又衛生上著しき障害を来たしたので、当時の上山農商務次官を委員長とし、帝国大学教授等を委員とした、化学工業調査会なるものが設置せられ、化学工業の振興策が講究せられたのであります、ところが調査会に於ては、此際完全な設備を有する研究機関を設くることが最も急務であると言ふことに一決しまして、時の大浦農相に其の事が建議されました、次で大正四年三月農商務省に同調査会が開かれまして、其の実行方法が審議されました結果、関係諸官庁の官吏及実業家を委員に挙げて、一日も早く其の実行に着手されん事を建議されました、此会議に当つて、産業の発達を図る為には、化学と限らず物理学の研究機関も、同時に必要であると言ふ議が起りましたが、何れも大賛成で、直ちに五名の特別委員に其の実行方を一任することゝなりました、そこで此特別委員は曩に高峰博士の主唱により、渋沢男爵等の計画された化学研究所設立案と協定されまして、大正四年四月初めて理化学研究所設立に関する趣旨計画の大要等草案が出来たのであります。
○下略