デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.142-145(DK470020k) ページ画像

大正6年12月8日(1917年)

是日栄一、当研究所所長古市公威ト共ニ、関西地方ノ寄付金募集ノ途ニ上リ、神戸・大阪・京都・名古屋ニ於テ協議会ヲ開キ、十二日帰京ス。次イデ十七日理事会ニ出席シテソノ報告ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第三五五号・第八八―八九頁 大正六年一二月 ○青淵先生西下せらる(DK470020k-0001)
第47巻 p.142-143 ページ画像

竜門雑誌  第三五五号・第八八―八九頁 大正六年一二月
○青淵先生西下せらる 青淵先生には理化学研究所に関する協議会開催の為め、古市所長と相携へて十二月八日西下せられたり。日程左の如し。
 十二月八日午前八時  東京出発     神戸着泊
 - 第47巻 p.143 -ページ画像 
 同 九日午前     神戸に於て協議会
 同 九日午後     大阪に於て協議会 大阪宿泊
 同 十日       京都に於て協議会 京都宿泊
 同 十一日午後    名古屋に於て協議会 名古屋宿泊
 同 十二日      名古屋出発 東京帰着
 因に寺内首相も予て右は国家的事業として、又特に時局多難の今日最も緊要なる事業たるを以て、官余、西下して洽く世間の同情に訴ふる希望なりしも、公務多端の為め其意を得ざるを遺憾とし、今回副総裁青淵先生及び古市所長の西下勧誘を機として、首相より特に愛知・京都・大阪・兵庫の各府県知事に宛て充分の便宜を講じて、両氏が好成績を挙げらるゝやう尽力せんことを依頼する旨の書状を発し、青淵先生及古市所長よりも同様、二府二県知事及神戸・大阪・京都・名古屋各市長並に各商業会議所会頭及同所設立発起人諸氏に対して、予め管下の有力者諸氏の招集方並に勧誘、参会の希望等に付き、夫々依頼の書状を発せられたる由なるが、尚ほ右協議会に招待せらるゝ諸氏は京都府十七名、大阪府四十一名、兵庫県二十一名、愛知県十三名の予定なるも、各府県知事其他の意嚮により適宜追加せらるべければ、多少の増加あるべしとなり。


集会日時通知表 大正六年(DK470020k-0002)
第47巻 p.143 ページ画像

集会日時通知表  大正六年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月十七日 月 午前十時 理化学研究所ノ件(同事務所)


自第壱回 至第三十八回 理事会決議録(DK470020k-0003)
第47巻 p.143-144 ページ画像

自第壱回 至第三十八回  理事会決議録  (財団法人理化学研究所所蔵)
    第十七回理事会
大正六年十二月十七日午前十時、第十七回理事会ヲ当事務所ニ開ク、渋沢男爵ハ関西地方寄附金勧募協議会ノ状況ヲ報告シ、大阪府・京都府、及愛知県ニ於テハ委員ヲ設ケテ寄附金募集ニ着手スルコトトナリタルモ、委員ヲ設クルニ至ラサリシ兵庫県ニ於テハ、追テ有力ナル船主ヲ諭シテ相当ノ方法ヲ講セシメ、来春四月頃総裁奉戴式挙行ノ予定ニ付右挙行式以前ニ前記二府二県下有志寄附金ノ決定ヲ為サシムル見込ナル旨陳述シテ一同ノ承認ヲ得、次テ建設会ニ於テ決定シタル建築設計ニ対スル予算並ニ職員手当支給ニ関スル件ヲ協議シ、左ノ通決議正午散会セリ
一、建設費予算ニ関シテハ予テ評議員会ノ議決ヲ経タル予算案ト対照シテ、其ノ過不足等ヲ明ニシ、更ニ予算案ヲ提出スルコト
二、職員ノ手当支給方ニ関スル件ハ柴山参事官ノ提案ニ基キ、古市・荘及大橋ノ各理事ニ協議決定方ヲ一任スルコト、但シ柴山参事官ニ対スル手当ハ此際決定ヲ見合スコト
                        以上
続テ古市・荘及大橋ノ三理事ハ柴山参事官ノ提案ニ係ル手当又ハ賞与支給表ニ付審議スル所アリ、其額稍少キニ失スルトノ議アリシモ、事業其ノ緒ニ就カムトスル際ナルヲ以テ、本年末ニ限リ左ノ通支給スルコトヲ議決セリ
一、兼務職員ニ対スル手当ハ原案ノ通
 - 第47巻 p.144 -ページ画像 
二、古市所長ニ手当金弐百円ヲ、桜井副所長ニ手当金壱千円ヲ支給スルコト
三、専務職員ニ対スル賞与ハ間瀬技師ノ四拾円ヲ五拾円ニ増加支給スル外原案ノ通
四、書記以下ニ対スル賞与金ハ物価騰貴セル時局ニ鑑ミ、特ニ原案ニ二割ヲ加算支給スルコト
本日出席者
 渋沢・古市・上山・大橋・高松・桜井・荘各理事、原監事、柴山参事官



〔参考〕渋沢栄一 書翰 増田明六宛(大正六年)七月三一日(DK470020k-0004)
第47巻 p.144 ページ画像

渋沢栄一 書翰  増田明六宛(大正六年)七月三一日  (増田正純氏所蔵)
○上略
大阪・神戸・西京・名古屋之第一銀行支店長へ書状御逓送被下度候、是ハ理化学研究所之事を申通候ものなるニ付、其段為念水谷氏へ御示被下度候
○中略
  七月三十一日
                         栄一
    明六様
      坐下



〔参考〕渋沢栄一書翰 野口弘毅宛(大正六年)七月三一日(DK470020k-0005)
第47巻 p.144 ページ画像

渋沢栄一書翰  野口弘毅宛(大正六年)七月三一日  (野口弘毅氏所蔵)
拝啓 益御清適奉賀候、然者一事御依頼申上候義者、当春東京ニ於て富豪之賛同を得て成立いたし候理化学研究所之義者爾来所長及副所長其他之理事も出来いたし、研究所敷地も相定り、追々進捗相成候ニ付而ハ阪神及貴方之有力者諸君よりも御同情を得寄附金之御申込相願度ニ付客月末又ハ本月初旬ニ総理大臣之御都合次第招集可相成筈当春木内知事御出京之際にも御願致置候処、臨時議会も却々ニ混雑之様子ニて、総理ニ於て右招集之余日無之ニ付、初秋之頃ニハ是非総理も阪神ニ所用有之候間、其節各地之有力者一地方ニ会同之事ニ可致と申事ニ相成候、右ニ付貴地之知事及発起人と相成候方々ニハ既ニ書通仕候得共、賢兄ニも前段御承知被下、知事其他有力之諸氏御逢之際宜敷御伝声被下度候
研究所之事務ハ政府よりの補助及東京之寄附金にて目下適順ニ相運居候間、是又御承知可被下候
○中略
  七月三十一日
                      渋沢栄一
    野口賢契
       坐下
  ○追書略ス。



〔参考〕渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正六年)七月三一日(DK470020k-0006)
第47巻 p.144-145 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正六年)七月三一日  (杉田富氏所蔵)
○上略
 - 第47巻 p.145 -ページ画像 
先般来毎々御助力被下候理化学研究所ニ対する貴地有力者諸君より之寄附金勧募之事ハ、東京ハ春来稍相運候ニ付、大阪と貴地及西京・名古屋等ハ七月前ニ寺内伯爵之御案内ニて東京ヘ会同相願候筈、当春清野知事公出京之際ニも御打合相願置候、然処臨時議会も却々に御世話敷様子ニ有之、何分各地方之富豪招集之時日無之、終ニ初秋之候総理ニも貴地御越之御用有之候ニ付、其際ニ阪神其他之有力者招集と申事ニ相成候、右ハ知事及貴地之発起人諸君ヘハ既ニ書通致候得共、賢台ニも御含被下其中知事其他之人ニ御逢之際ニハ御打合置可被下候、いつれ九月頃ニ相成候ハヽ又書中御照会申上候様可仕候、研究所之現況ハ菊池・桜井二氏主任と相成、老生其他爾来之関係者時々督励致居候間、適順ニ相進居候、御悦可被下候
○中略
  七月三十一日
                      渋沢栄一
    杉田賢兄
       坐下



〔参考〕渋沢栄一書翰 杉田富宛(大正六年)八月二五日(DK470020k-0007)
第47巻 p.145 ページ画像

渋沢栄一書翰  杉田富宛(大正六年)八月二五日  (杉田富氏所蔵)
○上略
秋冷之候ニハ理化学研究所寄附金勧募之為メ総理大臣と共ニ阪神地方ニ参上云々之義申上候得共、其後寺内伯之御都合相伺候も、十一月ならてハ旅行難出来ニ付、其積ニ致呉候様との内示ニ候、尚時日決定候ハヽ早々可申上とハ存候も、一応御含置可被下候
○中略
  八月廿五日
                      渋沢栄一
    杉田賢台
       侍史