デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
8款 財団法人理化学研究所
■綱文

第47巻 p.215-218(DK470042k) ページ画像

大正14年1月30日(1925年)

是日、日本工業倶楽部ニ於テ、当研究所理事会及ビ評議員会開カレ、栄一出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一四年(DK470042k-0001)
第47巻 p.215 ページ画像

渋沢栄一日記  大正一四年         (渋沢子爵家所蔵)
一月三十日 大雪 寒甚
  ○本文略ス。
(欄外記事)
[○上略 午前十一時理化学研究所理事会開催種々ノ議案ヲ決議ス


理化学研究所書類(一)(DK470042k-0002)
第47巻 p.215-216 ページ画像

理化学研究所書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    第五十二回理事会議事要録
一、日時及場所 大正十四年一月三十日午前十時三十分日本工業倶楽部ニ開会、十一時閉会
一、出席 大河内・渋沢・大橋・団・森村・内藤各理事、古市顧問
 - 第47巻 p.216 -ページ画像 
      片山研究員代表
一、決議事項
  (イ)青木菊雄君ヲ評議員並ニ理事ニ推薦スルコト
  (ロ)住友・久原両監事ハ来ル二月七日ヲ以テ任期満了ニ付再選スルコト
  (ハ)鯨井研究員ハ東京市電気研究所長ニ補セラレ、業務多忙ノ故ヲ以テ辞任申出タルニ付、適当ナル時期ニ於テ之ヲ承認スルコト
  (ニ)小野忠五郎・綾部直両技手ヲ技師ニ任用スルコト
                          以上


評議員会決議録 自大正十一年一月至大正十五年十二月(DK470042k-0003)
第47巻 p.216 ページ画像

評議員会決議録  自大正十一年一月至大正十五年十二月 (財団法人理化学研究所所蔵)
    大正十四年一月定期評議員会議事要録
一、日時及場所 大正十四年一月三十日午前十一時日本工業倶楽部ニ開会、正午閉会
一、出席  大河内・渋沢・大橋・団・内藤・森村・小野・田中(栄)植村・藤原・大日本人造肥料株式会社・鈴木(三)各評議員、古市顧問、片山代表
      此外他ノ評議員ヲ以テ代理人ト為ス旨通知セシ者二十六名
一、報告事項
  ○(イ)―(ヘ)略ス。
  (ト)設立当時ノ計画ニ依ル建築ハ大正十四年三月中ニ大体ヲ終了スル見込ニシテ、従テ建設予算ハ本年度内ニ支出シ悉スヲ以テ、大正十四年度ヨリハ事業費中ニ建築費ヲ計上シタルコト
一、決議事項
 (イ)大正十四年度業務計画並ニ予算原案ノ通
 (ロ)左記諸氏ヲ各頭書ノ通役員ニ推薦スルコト
    理事  農商務次官           男爵四条隆英君
    同                     青木菊雄君
    監事(十四年二月七日任期満了ニ付再選) 男爵住友吉左衛門君
    同   (同)               久原房之助君
    評議員 農商務省工務局長          宮内国太郎君
    同                     青木菊雄君
    同                     日本郵船株式会社
        以上
          議長 評議員 子爵 渋沢栄一 (印)
             評議員 子爵 大河内正敏 (印)


理化学研究所書類(一)(DK470042k-0004)
第47巻 p.216-217 ページ画像

理化学研究所書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
    大正十四年度業務計画
昨年度ニ於ケル研究室ハ其数二十三、研究事項百三十七種ニシテ、本年度ニ在テハ是等ノ研究ヲ続行スル外、更ニ多少ノ新研究ニ着手セザルベカラス、又応用化学方面ニ於テハ、将来工業トシテ成立ノ見込ア
 - 第47巻 p.217 -ページ画像 
ルモノニ就キ工業的試験ヲ要スルモノアリ、且ツ当所予定ノ建設費ハ昨年度第四号館ノ竣成ト共ニ支出シ悉シタルヲ以テ、今後所要ノ建設費ハ事業費ヲ以テ支弁セザルベカラザル等相当多額ノ経費ヲ要スルモ極力節約ニ努ムルト同時ニ、作業収入ノ増加ヲ図リ、以テ経費ヲ補塡シ、益々事業ノ発展ヲ期セントス。



〔参考〕渋沢栄一書翰 水谷清宛(大正一四年)一月一八日(DK470042k-0005)
第47巻 p.217 ページ画像

渋沢栄一書翰  水谷清宛(大正一四年)一月一八日   (水谷清氏所蔵)
恭賀新年
賢兄益御清適御超歳と拝祝仕候、老生旧冬より持病之喘息にて年末まて籠居致し候へとも、軽快ニ付当地へ転居、爾来追々快方ニ赴き候間月末にハ帰京之予定ニ候、偖内々申進候義者昨日之国民新聞紙に大河内子爵之記事有之、高等工業学校ニ於て校長更迭之必要有之、切ニ子爵ニ嘱望云々稍事実と相見へ候まてニ記載有之候、兎角有能之士ハ各方面ニ必要なるハ当然之義ニハ候へとも、貴所之事業ハ僅ニ其緒ニ就き候まてにして、今日其首脳を失候様にてハ実ニ折角之進歩も、将来如何と寒心に堪へさる次第ニ御坐候、但右ハ老生之婆心にて、子爵に於てハ未た御聞込も無之、縦令他之懇望を受候とも御応諾等被下間敷とも相考候も、是迄も度々色々之事共聞知いたし居、老生ニ於てハ真ニ痛心ニ付、内々賢兄まて摸様御伺申候、何卒子爵ニ相知れさる様御配意被下、もしも何等事情有之候ハヽ御内報之程頼上候、右拝願まて匆々如此御坐候 不宣
  一月十八日
              湯河原客舎にて
                    渋沢栄一
    水谷清様
       貴下



〔参考〕(水谷清)書翰 中野時之宛大正一四年一月二一日(DK470042k-0006)
第47巻 p.217-218 ページ画像

(水谷清)書翰  中野時之宛大正一四年一月二一日
                     (渋沢子爵家所蔵)
    中野時之様
拝啓 厳寒之砌益御多祥奉賀候、陳者閣下には其後全く御健康に復せられ候趣大慶至極ニ奉存候、御転地後一度御見舞旁参上可致筈ニ候へ共公務多忙其機を得す失礼仕居候、御容赦被下度候
却説、当日閣下より国民新聞記事にありし大河内先生の高工問題に就き御下問を賜はり難有拝読仕り候、閣下常々理研の為御配慮被成下候義洵に辱なく奉存候、先生は曩に清浦内閣成立の際農相に、又現内閣成立の際は政務次官に推挙せられ候得共、何れも理研用務多忙の故を以て御辞退被成候事は嘗て御内報申上置候次第に有之、今回の高工校長一件も全然無根の事実には無御座候へ共、昨今の理研は益多忙にて一週僅に三・四時間の帝大に於ける講義さへ御欠席勝ちの有様にて、過る大晦日も元日も二日も三日も日曜日も平日と異ならず非常なる熱誠と興味を以て業務に従事せられ候状況により察すれは、今回も決して応諾せらるゝ事なきは小生の確信する所に御座候、万一にも外部よりの切望烈敷形勢穏ならすと認められ候節は、即時急電可仕、書中十
 - 第47巻 p.218 -ページ画像 
分尽さゝる点有之候へ共、上記の次第故、何卒閣下に御安神被遊候様申上被下度、右得貴意候、終りに閣下の御健康を祈申候
  大正十四年一月二十一日         水谷清