デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
9款 財団法人東照宮三百年祭記念会
■綱文

第47巻 p.237-240(DK470052k) ページ画像

大正3年7月13日(1914年)

是年五月、栄一、当会評議員トナル。是日、華族会館ニ於ケル第一回評議員会ニ出席シ、特別委員ヲ委嘱セラル。次イデ二十五日、麹町区内幸町貴族院議長官舎ニ於ケル当会賛助首唱者相談会ニ出席ス。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK470052k-0001)
第47巻 p.237 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳          (渋沢子爵家所蔵)
一東照宮三百年祭記念会評議員        三年○大正五月
一東照宮三百年祭記念会特別委員       三年七月


東照宮三百年祭記念会会議録(一)(DK470052k-0002)
第47巻 p.237 ページ画像

東照宮三百年祭記念会会議録(一)     (徳川公爵家所蔵)
    大正三年七月十三日 華族会館ニ於ル第一回評議員会
東照宮三百年祭記念会規則協議ノタメ、七月十三日午後五時ヨリ華族会館ニ於テ評議員会ヲ開催ス、岡野博士・菊池男爵及ヒ加納子爵・渋沢男爵等ノ質問アリテ議決スルニ至ラズ、来ル廿日議長○貴族院官舎ニ於テ議長指名ノ特別委員会ヲ開キ起案ノ上、更ニ第二回評議員会ヲ開キ附議スルコトニ決定シ、午後八時廿分散会ス
  特別委員
    男爵 渋沢栄一   男爵   菊池大麓
    子爵 加納久宜   法学博士 岡野敬次郎
       平山成信        鎌田栄吉


東照宮三百年祭記念会会議録(一)(DK470052k-0003)
第47巻 p.237-238 ページ画像

東照宮三百年祭記念会会議録(一)     (徳川公爵家所蔵)
    七月十三日○大正三年議員会出席者(○印は出席者)
   ○公爵 徳川慶久   ○侯爵 徳川義親
   ○   成田勝郎   ○男爵 山内長人
   ○   三田佶    ○   木下友三郎
   ○   豊崎信    ○侯爵 徳川頼倫
   ○伯爵 徳川達孝   ○男爵 徳川厚
   ○男爵 徳川義恕   ○子爵 松平頼和
   ○子爵 大河内正敏  ○子爵 加納久宜
   ○男爵 加藤弘之   ○   石渡敏一
   ○   村田惇        鎌田栄吉
   ○   松原行一   ○男爵 宮原二郎
   ○   室田義文   ○   益田孝
   ○男爵 菊池大麓   ○男爵 渋沢栄一
   ○   堀鉞之丞       平沼騏一郎
   ○   町田重備       箕作元八
 - 第47巻 p.238 -ページ画像 
   ○塩沢昌貞          柴田桂太
   ○侯爵 徳川圀順    子爵 本多忠敬
   ○伯爵 松平頼寿    子爵 榊原政敬
   ○子爵 松平頼平       平山成信
   ○子爵 岡部長職
   ○   岡野敬次郎
   ○男爵 中村雄次郎


東照宮三百年祭記念会会議録(一)(DK470052k-0004)
第47巻 p.238 ページ画像

東照宮三百年祭記念会会議録(一)    (徳川公爵家所蔵)
    大正三年七月廿五日議長官舎ニ於ル記念会賛助首唱者相談会
一、記念会賛助首唱者中ヘ加名スヘキ人名ヲ選定シ勧告状発送ノコトニ付協議ス(渋沢男爵ヨリ、自分及平山ハ奉斎会正副会長ニ付、寄附金募集上記念会賛助首唱者トシテ署名ノ儀ハ除カレタキ旨申出ラレタルモ、一同ヨリ懇請ノタメ再考スル事トナリタリ)
一出席者
 岡野敬次郎  室田義文  松原行一  渋沢栄一
 山内長人   成田勝郎  三田佶   箕作元八
 町田重備   塩沢昌貞
欠席者
 石渡敏一   加藤弘之   鎌田栄吉   宮原二郎
 柴田桂太   平沼騏一郎  若槻礼次郎  加藤高明
 中村雄次郎  村田惇    益田孝    有馬良橘
 菊池大麓   平山成信   堀鉞之丞   豊崎信
 木下友三郎
  ○次イデ行ハレタル大正三年七月廿七日貴族院議長官舎ニ於ル特別委員会ニハ栄一欠席ス。


東照宮三百年記念会書類(一)(DK470052k-0005)
第47巻 p.238-240 ページ画像

東照宮三百年記念会書類(一)       (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
    東照宮三百年祭記念
    育英奨学資金ニ関スル計画趣意書
 我祖贈正一位賜諡東照宮ハ元和二年ヲ以テ薨去セラレ、来ル大正四年ハ恰モ三百年ニ相当ス、子孫タル者情固ヨリ此ノ期ヲ黙過スル能ハス、然レトモ顧ミテ我宗家カ今日此ノ
盛世ノ余沢ニ霑フ事ヲ得ル所以ヲ攷フルニ、明治維新ノ当時
朝廷徳川氏ノ祀ヲ絶ツコトナク、特ニ家達ヲ徴シテ封土ヲ賜ハリ、尋テ栄爵ニ叙セラレタルニ是レ由ラスムハアラス、爾来殊寵屡々我一族ニ及ヒ
聖恩ノ洪大ナルコト洵ニ海岳モ以テ比トスルニ足ラス、此レ蓋シ東照宮カ百戦備サニ艱苦ヲ嘗メ乱ヲ靖ムシ治ヲ開キタルノ旧功ヲ録セラレシニ由ルモノニシテ、一ニ祖先ノ余慶ニ頼ルトイフト雖、又実ニ
朝廷ノ殊恩ヲ賜フニアラスムハ焉ソ能ク此ノ如クナルヲ得ムヤ、是ヲ以テ挙族感激ニ堪ヘス、夙夜微力ヲ尽シテ其万一ニ酬ヰ奉ラムコトヲ期ス
 念フニ大正四年ノ三百年祭ニ当リテハ、我東照宮ヲ奉祀スル官幣社
 - 第47巻 p.239 -ページ画像 
ニ於テ何レモ儀典ヲ挙ケラルヘク、我一族一門ニ於テモ亦固ヨリ祭儀ヲ行ヒ、以テ追孝ヲ申フルヲ当然トス、然レトモ其ノ経費ヲ節シテ之ヲ公益ノ事業ニ転用シ、以テ永ク三百年祭ノ記念ト為シ、併セテ国恩ニ報スルノ一端ニ供スルハ最モ時宜ヲ得タルモノナルヘシ、因テ一族一門胥謀リ、精思熟慮シテ適応ノ方法ヲ考究シ、遂ニ育英奨学資金ヲ醵出スルコトニ決セリ、庶クハ東照宮カ元和偃武ノ後首トシテ教ヲ立テ学ヲ奨メラレタルノ遺志幾分ヲ継紹シ得ルニ幾カラムカ
 乃チ此ノ資金ヲ名ケテ東照宮三百年祭記念育英奨学資金ト称シ、我一族一門之ヲ醵出シ、以テ永遠ノ方法ヲ立テムトス、之カ詳細ニ至リテハ更ニ商議ヲ経追テ其成案ヲ具スヘシ
 資金醵出ノ趣旨大要此ノ如ク、事ヤ素ト我一族一門ノ計画ニ止マル然レトモ旧誼縁故アル諸氏ニシテ此ノ計画ヲ賛助セムコトヲ希望セラルル如キ或ハ之ナキヲ保セス、其ノ芳志ヲ空ウスルモ亦甚タ遺憾ナリ故ニ若シ此ノ挙ニ参加セラレムトスルノ諸君子アラハ、欣然トシテ其ノ意ニ応スヘシ、玆ニ我等微衷ノ在ル所ヲ陳ヘ同感ノ諸彦ニ諗ク
  大正二年八月廿五日
               発起者
                   公爵 徳川家達
                   公爵 徳川慶久
                   侯爵 徳川義親
                   侯爵 徳川頼倫
                   侯爵 徳川圀順
                   伯爵 徳川達孝
                   伯爵 徳川達道
                   男爵 徳川厚
                   伯爵 松平頼寿
                   子爵 松平義生
                   男爵 徳川義恕
                   子爵 松平頼和
                   子爵 松平頼平
                   子爵 松平頼孝
                   子爵 松平頼安
                   子爵 徳川武定
                   子爵 松平武修
               賛成者
                   侯爵 松平康荘
                   子爵 松平康民
                   伯爵 松平直亮
                   伯爵 松平直之
                   子爵 松平直徳
                   子爵 松平直静
                   子爵 松平直平
                   子爵 松平直敬
                   子爵 松平慶民
 - 第47巻 p.240 -ページ画像 
                   男爵 松平斉光


楠享平談話筆記(DK470052k-0006)
第47巻 p.240 ページ画像

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