デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

7章 行政
1節 自治行政
8款 埼玉県関係 3. 埼玉会館
■綱文

第48巻 p.398-404(DK480127k) ページ画像

大正15年11月6日(1926年)

是ヨリ先、摂政宮殿下ノ御成婚ヲ表慶記念センガタメ、埼玉県下並ニ県関係者有志ノ寄付金及ビ県費ヲ以テ、埼玉会館建設ノ議決セラレ、栄一、埼玉県知事斎藤守圀ト共ニ、寄付金募集ニ尽力ス。
 - 第48巻 p.399 -ページ画像 
是日埼玉会館開館式行ハレ、栄一出席シテ祝辞ヲ述ブ。

昭和二年十月二十七日、栄一、右寄付ニツキ賞勲局総裁ヨリ表彰セラル。


■資料

紹介状往翰(一)(DK480127k-0001)
第48巻 p.399 ページ画像

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埼玉県公共事業書類 【(控) 拝啓 益御清適奉賀候、然ば予て御相談致居候埼玉会館設立の義に関し…】(DK480127k-0002)
第48巻 p.399 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
(控)
拝啓 益御清適奉賀候、然ば予て御相談致居候埼玉会館設立の義に関し親しく御協議致度と存候に付ては、御多用中恐縮ながら来十月三日正午東京銀行倶楽部へ御来車被下度候、右得貴意度如此御座候 敬具
 尚々当日は斎藤埼玉県知事も上京出席致候筈に御座候、為念申添候
  大正十四年九月廿八日          渋沢栄一
    大川平三郎殿   諸井恒平殿
    小倉常吉殿    渋谷正吉殿 各通
    指田義雄殿    山中勇殿


集会日時通知表 大正一四年(DK480127k-0003)
第48巻 p.399 ページ画像

集会日時通知表 大正一四年       (渋沢子爵家所蔵)
十月三日 土 正午 埼玉会館ノ件(銀行クラブ)


竜門雑誌 第四四六号・第一〇五頁大正一四年一一月 青淵先生動静大要(DK480127k-0004)
第48巻 p.399 ページ画像

竜門雑誌 第四四六号・第一〇五頁大正一四年一一月
    青淵先生動静大要
      十月中
○上略 埼玉会館の件(三日正午東京銀行倶楽部)○下略


埼玉県公共事業書類 【(別筆) 大正十四年十月廿四日 埼玉県知事斎藤守圀氏来状】(DK480127k-0005)
第48巻 p.399-400 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
               (別筆)
               大正十四年十月廿四日
               埼玉県知事斎藤守圀氏来状
拝啓
秋冷の候愈々御清昌奉慶賀候
陳者来る十一月三日午前十一時より埼玉図書館前に於て、御成婚表慶記念埼玉会館地鎮祭を執行可致候間御参列の栄を得度、此段御案内申
 - 第48巻 p.400 -ページ画像 
上候 敬具
  大正十四年十月廿四日
                埼玉県知事 斎藤守圀
    子爵 渋沢栄一 閣下
 追て別紙葉書封入致置候間乍御迷惑御来臨の有無本月末日迄に御報相煩度候


集会日時通知表 大正一四年(DK480127k-0006)
第48巻 p.400 ページ画像

集会日時通知表 大正一四年       (渋沢子爵家所蔵)
十二月十六日 水 午前十時 埼玉県知事斎藤守圀氏来約(アスカ山)


埼玉県公共事業書類 【(謄写版) 粛啓 愈御清穆の段奉慶賀候、陳者昨春御挙行被遊候 東宮殿下御成婚の御盛儀は国を挙けて寿き奉る所ニ御座候…】(DK480127k-0007)
第48巻 p.400 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
粛啓 愈御清穆の段奉慶賀候、陳者昨春御挙行被遊候
東宮殿下御成婚の御盛儀は国を挙けて寿き奉る所ニ御座候、就ては此御盛典を永遠に記念し百四十万県民奉祝の赤誠を表せんか為め、別紙趣意書及図面の通り記念事業として埼玉会館を建設し、産業教育其他大小各種集会の便に供し併せて各種公益団体ニ事務室を提供し、以て産業の振興文化の普及等に資するの施設と為すことに相成、昨冬県会に於ても満場一致の協賛を得目下著々計画進捗中ニ御座候、然して之に要する経費の大半は有志各位の御寄附を相仰きたき予定に有之候ニ就てハ、在京県人各位に於ても何卒事業御助成の御厚志を賜はり何分の御寄附相願ひ度切望に不堪候、右乍失礼御書中得貴意候 敬具
  大正十四年十二月
                埼玉県知事 斎藤守圀
   ○別紙欠ク。


渋沢栄一 日記 大正一五年(DK480127k-0008)
第48巻 p.400 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
三月九日 晴 寒
午前七時起床、入浴朝飧ヲ畢リ、後埼玉県知事斎藤守圀氏来リ、近日埼玉会館建設ニ付県下ノ有力者ヨリ寄附ヲ歓誘《(勧)》スル為メ小集ヲ開催スヘキ事ヲ約ス、本月二十五日ト決ス○下略


集会日時通知表 大正一五年(DK480127k-0009)
第48巻 p.400 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
三月二十五日 木 正午 埼玉会館之件(銀行倶楽部)


竜門雑誌 第四五一号・第七七頁大正一五年四月 青淵先生動静大要(DK480127k-0010)
第48巻 p.400 ページ画像

竜門雑誌 第四五一号・第七七頁大正一五年四月
    青淵先生動静大要
      三月中
廿五日 埼玉会館創立相談会(東京銀行倶楽部)


渋沢栄一 日記 大正一五年(DK480127k-0011)
第48巻 p.400 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
四月三日 曇又雨 軽寒
○上略 埼玉県知事ヨリ企望ニヨリ、横浜ナル原富太郎氏・渋沢義一氏ヘ書状ヲ送リテ、埼玉会館ニ寄附金ノ事ヲ依頼スル為書状ヲ発送ス○下略
 - 第48巻 p.401 -ページ画像 

埼玉県公共事業書類 【(印刷物) 謹啓 愈々御清勝之段奉賀上候 陳者今般我が埼玉県に於ては 東宮殿下御成婚の御盛典を永遠に表慶記念せんがため…】(DK480127k-0012)
第48巻 p.401 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
謹啓 愈々御清勝之段奉賀上候
陳者今般我が埼玉県に於ては
東宮殿下御成婚の御盛典を永遠に表慶記念せんがため、県下並県関係有志の寄附金及県費を以て埼玉会館を建設する事に決定致し候趣の処我が埼玉県には御承知の通大集会に際し適当なる会場無之、常に不便を感じ居候折柄に有之、斯る会館の建設は産業教育其他各種の会合に至大の便宜を得、県の発展上にも大なる効果有之候事と被存、至極適当なる計画と存候に付ては、小生に於ても大に此の挙を賛し寄附致す事に相成候、就ては貴台に於かれても右の趣旨に御賛成被下、何分の御寄附相成様特に御配慮相煩はし度、右御勧誘まて如此御座候 敬具
  大正十五年六月
                      渋沢栄一


埼玉県公共事業書類 【(印刷物) 曩に挙行せられたる我が東宮殿下御成婚の御盛典は…】(DK480127k-0013)
第48巻 p.401-402 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
曩に挙行せられたる我が東宮殿下御成婚の御盛典は、実に千秋万歳歓喜極まりなく国民挙つて奉祝せる所なり。此の御盛儀を永遠に記念するため各地方に於て夫々適当なる記念事業を計画実行せり。我が埼玉県も亦県民表慶の赤誠を披瀝せんがため考慮を廻したる結果、予て産業並教育其の他の大集会に際り之を収容すべき大会堂なく之が建設の必要を感ずること切なるものあるに鑑み、県費及県民有志の寄附金を以て埼玉会館建設の計画を樹て、県会に提案し満場一致を以て之が議決を経たり。右決議に基き左記要綱を以て昨秋該工事に着手し着々進捗中にして、本年秋には建築完成し県民奉祝の赤誠を如実に表現する予定なり。希くは各位愛郷の御趣旨を以て此挙に賛せられ相当御寄附あらんことを。
  大正十五年六月四日
               埼玉県知事 斎藤守圀
    建設の要綱
一、建設場所
  浦和町元女子師範学校跡
二、設計ノ大要
  1、構造鉄筋コンクリート建
  2、本館平屋建大会場 一棟
      建坪三六一・五坪、千有余人を収容することを得
  3、附属別館三階建 一棟
        建坪四八二・五坪
   イ、各種集会室 大小三室(二階)
   ロ、事務室(教育産業其他一般公益団体に供給するものを含む)十一室(一階)
   ハ、食堂・娯楽室・宿直室・厨室等(地階)
   ニ、日本室 三室(三階)
三、建設費
 - 第48巻 p.402 -ページ画像 
  金三十万円(県費十万円、寄附金二十万円)


(斎藤守圀)書翰 増田明六宛(大正一五年)一〇月二二日(DK480127k-0014)
第48巻 p.402 ページ画像

(斎藤守圀)書翰 増田明六宛(大正一五年)一〇月二二日
                   (渋沢子爵家所蔵)
謹啓
秋冷之候に候処益御清栄之段奉賀候
扨御多忙中誠に恐縮之次第に候へとも、今回埼玉会館竣工につき会館の扁額を是非子爵に御染筆願度と存し、昨廿一日子爵邸へ罷出、右御願申上候処、来月六日の竣工式に間に合ふ様御染筆下さるゝ旨之御承諾を得申し、誠に難有存し居る次第に御座候、其につき其節も子爵に申上候が六日の開館式まてに御染筆を石膏に彫刻いたし(式後青銅に彫みて永久に保存致度存居候)当日会館に揚け度と存し居候処、右彫刻之為四・五日を要する趣に有之候に就ては、かやうの事を申上け候て何とも恐入りたる次第には御座候へとも、若し本月末日までに子爵の御染筆を賜り候事を得ば此上もなき仕合に有之、此義幸ひに可然子爵へ御とりなし願はれ候はゞ誠に幸甚之次第に御座候、実ハ参上御願申上度存居候へとも、昨今予算編成之為此の数日上京之機会を得不申候間、誠に略儀に候へとも書中を以て御願用迄如此御座候
時下折角御自愛希上申候 敬具
  十月廿二日               斎藤守圀
    増田明六殿
        侍史
 追而埼玉会館日本室の掛幅之御染筆も同時に子爵へ御願申上け御内諾を得候処、此之分は前記扁額と同時にて無之とも結構に有之、来月六日之挙式当日までか又は御都合によりては其後に相成候ても宜敷候間此義御含被下度候
 甚だぶしつけの義に候へとも天長節の吉辰か又は先帝陛下御誕辰の十一月三日に御染筆願はるれば、御慶事記念の埼玉会館に最もふさはしく結構之義ニ存候


埼玉県公共事業書類 【謹啓 秋冷の候愈々御清適奉賀上候 陳者埼玉会館建設に関しては…】(DK480127k-0015)
第48巻 p.402 ページ画像

埼玉県公共事業書類           (渋沢子爵家所蔵)
謹啓 秋冷の候愈々御清適奉賀上候
陳者埼玉会館建設に関しては御深厚なる御後援に依り万事無滞進捗致し、来る十一月六日の開館式には御臨席下さるべき御内諾を得誠に光栄の至に奉存候、就ては当日是非御祝詞を賜り度奉懇願候、先は御願迄如此御座候 敬具
  十一月二日
                埼玉県知事 斎藤守圀
    渋沢子爵 閣下
          侍史


集会日時通知表 大正一五年(DK480127k-0016)
第48巻 p.402 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
十一月六日 土 午前十時 埼玉県埼玉開館式《(会館脱)》へ御出向(埼玉県浦和)
 - 第48巻 p.403 -ページ画像 

(増田明六)日誌 大正一五年(DK480127k-0017)
第48巻 p.403 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一五年      (増田正純氏所蔵)
十一月六日 土 晴
前八時半飛鳥山邸に至り子爵の自動車に陪乗、前九時十分同邸出発十時浦和町ニ至る、同時刻より開館の埼玉会館開館式に参列の為めなり提灯と国旗とにて装られたる町を過きて同会館別館に至る、斎藤守圀知事階下に出てゝ子爵を迎ふ、誘ハれて階上貴賓室に入り休憩、知事より同会館建築ニ関する技術者及県庁主要の人々を紹介す
十一時本館ニ於て開館の式あり
 神官に依りて行ハれたる種々の儀式を了す、知事に次いで子爵玉串を捧く
 知事の式辞 工事の報告 内務大臣の祝辞 渋沢子爵の祝辞 同県上下両院議員代表者の祝詞 県会議長 市村町長総代 小学校長総代 浦和高等学校長の祝辞ありて後
 神官ニ依りて式行ハる
 了りて川越市の簓獅子舞あり、行列如左
 警固二人 錫杖童子二人 拍子木童子一人 警護四人 山伏一人 天狗一人 天女簓子の役四人 謡方六人 笛八人 天童一人 獅子三頭先獅子(牡)中獅子(牝)後獅子(牡) 警固二十人頗る大人物なるが其舞ハ単純にして特ニ記すべき程にあらす
午餐 知事の挨拶に次て来賓総代として子爵の答辞あり
午餐を了り直ニ帰京せらるゝニ同乗
○下略


(渋谷正吉)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)一一月七日(DK480127k-0018)
第48巻 p.403 ページ画像

(渋谷正吉)書翰 渋沢栄一宛(大正一五年)一一月七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
恭啓 時下晩秋之候益々御健勝奉敬賀候、陳者昨日ハ埼玉会館式御出張被遊、御祝辞ト御演説ハ為県民多大ノ緊張ヲ与ラレ候様相感候、閣下県民ノ向上ヲ御促被遊候御主意ハ、恰モ老父カ子弟ニ将来ヲ真似、日々克本館ヲ善用有益ナル働ヲセヨト仰セラレタカ如シ、洵ニ同感ノ至ニ奉存上候、乍失礼御演説ノ体度並ニ御音声ノ高調、迚モ八十有七歳之御高齢トハ唯驚入ノ外無御座御元気ニ候、且又御血色ノ若々シキ御頭髪之多キ所六十五六位ニ候、愈天寿百歳無疑奉存上候 先ハ所感一節申上度如斯ニ御座候 敬具
  十一月七日               渋谷正吉
    青淵先生
       閣下


埼玉及埼玉人 第四巻第九号・第二二頁大正一五年一一月 埼玉会館の落成にこの功労者あり(DK480127k-0019)
第48巻 p.403-404 ページ画像

埼玉及埼玉人 第四巻第九号・第二二頁大正一五年一一月
    埼玉会館の落成に
        この功労者あり
○上略
と共に此処に特筆大書すべき隠れたる功労者は、郷土の先輩渋沢子爵である。
 渋沢子爵は斎藤知事の懇請を入れて、早速在京方面の寄附金勧誘に
 - 第48巻 p.404 -ページ画像 
起ち先づ、大川平三郎氏・小倉常吉氏・渋谷正吉氏・諸井恒平氏・山中勇氏・故指田義雄氏を説いて寄附金募集の発企人となり、いろいろ尽力されたのである。それがために在京の寄附金は、たちまちにして大川平三郎氏の一万円、同じく小倉常吉氏の一万円を筆頭として三万何千円程集つたのである。
○下略


青淵先生公私履歴台帳(DK480127k-0020)
第48巻 p.404 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳           (渋沢子爵家所蔵)
    賞典
昭和二年十月二十七日 自大正十一年七月至十五年十一月埼玉県営埼玉会館並同県入間郡豊岡町公会堂建設費及同県大里郡深谷町立商業学校設立費金九千円寄附ス、仍テ褒章条例ニ依リ之ヲ表彰セラル 賞勲局総裁
   ○本資料第四十四巻所収実業教育中「深谷商業学校」参照。